第二章 十人十色
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25.救出作戦 中編
八左ヱ門くん、雷蔵くんに続いて入った古寺。
私は部屋の入口で目を大きく見開いて立ち止まった。
『みんな!!』
「「「「「ユキさんっ」」」」」
ポスン ポスンッ
駆け寄ってきて次々と私に飛びついてくる一年は組のみんなの重みで床に尻餅をつく。
体にかかる重みは幸せの重み。私の目には自然と涙が浮かんでくる。
「コラコラお前たち!ユキさんが潰れてしまうだろうがッ」
「早くどきなさい!」
山田先生と半助さんに怒られて慌てて私の上から飛び退くは組のみんな。
コロコロ変わる彼らの可愛い表情に笑みを零していた私は一人だけ離れたところで泣きそうな顔をしている良い子に気がついた。
『また心配させちゃったね。ごめんね、きりちゃん』
「ほんとだよ、もう」
泣くのを我慢して無理矢理怒った顔を作っているきりちゃんの手を引き、抱き寄せる。
彼の背中を安心させるようにトントンと叩くと、きりちゃんが私の胸にギュッとしがみつく。
心配させちゃってごめんね。
「あーーきり丸だけズルーーい」
「僕も抱っこしてっ」
「おんぶして欲しい!」
『よっしゃ。みんなまとめておいで!』
コラコラ!と咎める声が聞こえるが気にしない。
私は飛びついて来てくれたみんなをギュッと抱きしめたり、頭をグリグリ撫で回したり、どさくさに紛れてコチョコチョくすぐったり。
わぁーきゃーと賑やかな笑い声が響く中で、次第にきりちゃんの表情も明るくなっていく。
少しは不安な気持ちが飛んでいったかな?
「そろそろ終わりにしなさい」
呆れた声の半助さんによってベリベリと、は組の良い子が引き剥がされていくのを少々寂しく思っていると、最後のきりちゃんを引き離した半助さんがピタッと動きを止めた。
え?何でこんな怖い顔してるの!?
『は、半助さん・・?』
半助さんの異変に気がついた周りのみんなが顔を見合わせる中、私はオズオズと彼に話しかける。
特に悪いことした覚えはないんだけど、と考えていたら抱き上げられた。
そして私はビュンと寺の外に連れ出される。
もしや、雪野五月蝿すぎ。調子乗りすぎだ。もっぺんドクタケ城帰れッ。的な?
まさかの厄介払い?泣くよ?泣いてもいいかい??
優しい半助さんがそんなことするはずないと信じていますよ。変な想像してごめん。
地面に下ろされた私は胸に罪悪感を感じながら半助さんを見上げる。
「ユキ」
私の名を呼んだ半助さんが緊張したように唾を飲み込む。
喉仏が上下して色っぽい・・・じゃなくて、
『どうされました?』
思ったことをそのまま口にする奴は馬鹿だ、と最近学びました。
そんな日々成長し続ける私は半助さんのセクシー喉仏を見つめ続ける変態です。
「ユキ・・・その・・」
『??・・・はい』
半助さんがもう一度私の名前を呼んだ。
どうやら言いにくいことらしい。
自分の服を見てみる。
わーお。白い長襦袢姿だったよ!
セクシーだったのは(ん?私の場合はただの猥褻物陳列罪!?)私の方だったようだ。
ボンッと顔を赤くして居心地の悪さを笑いで誤魔化す。
『アハハ。こんな格好お目汚しでしたね。お恥ずかしい。でも、断じて露出が趣味とかではないんですよ!ワケがありま・・し・・』
急に視界が真っ黒に変わって固まる。
冷えていた体に伝わる半助さんの体温。
私は半助さんにキツくキツく抱きしめられていた。
抱きしめられながら、私は驚き、目を瞬く。
『半助さん・・・?さあ、ゆっくり呼吸をして。大丈夫、大丈夫』
私は半助さんの背中に手を回し、先ほどきりちゃんにやったのと同じようにトントンと背中を優しく叩く。
私を抱きしめる半助さんの体は震えていた。
そんなに心配させてしまったのだろうか?
は組のみんなと戯れている時は呆れながらも温かい目で見守ってくれていたのに・・・
腑に落ちない思いを感じながらも暫く背中を摩っていると落ち着いたのか、半助さんが私から身を離した。
「・・・・すまない。辛いのはユキのはずなのに」
酷く悲しそうな顔で唇を噛む半助さんに目を瞬く。
『??確かに連れ去られたのは驚きましたし、怖くもありましたけど、直ぐに利吉さんも傍に来てくれましたし、頼りになる五年生が脱出させてくれましたから、そこまで辛い思いはしませんでしたよ?』
私は意外とタフな女ですよ!とニカッと笑ってマッチョポーズを決めてみても半助さんはクスリとも笑わない。
もう一度言う。クスリとも笑わない。
「嘘はつかなくていい」
ガッツリ心に傷を負いながら、キメたポーズをゆるゆると下ろしていると、半助さんが私の体を張ったウケ狙いをなかったことにしながら口を開いた。
あなた、たまにこういう事ありますよね!
一度生徒指導室(あったかな?)でじっくり話し合いましょうか。と考えていた私の首に半助さんの手が伸びる。
反射的にビクッと体を跳ねさせた私の前には半助さんの悲しそうな顔。
「これは・・・ドクタケ城の殿だね」
『何がです?』
「すまない・・・ユキ、すまない・・」
これって何?
半助さんに手を添えられている位置に自分の手を持っていく。
一つ一つ思い返す今日の記憶。
『あ・・・』
首のこの位置。思い当たるのは利吉さんからの口づけで出来たであろうキスマーク。
「学園長の思いつきなど無視して・・・」と苦しそうな顔で悔やんで下さっている半助さんは、どうやら私が殿様に手篭めにされたと
勘違いしているらしい。
どうしたものか・・・と頭を掻いていた私は
ガタンという物音に振り返る。
振り向いた先にいたのはショックを受けたように立ちすくむ八左ヱ門くんと雷蔵くんの姿。
「ユキ・・・まさか、あの時にはもう・・・」
「僕たちのせいで、ユキさん・・・クソッ」
うわああ大変だ。
力無く地面に膝をつく八左ヱ門くん、普段では考えられないような暴言を吐いちゃった雷蔵くん。
ややこしいことになる前に誤解を解かないと!
でも、正直に言っちゃっていいものかな?
うぅぅどうしよう。
「土井先生」
上手い言い訳はないものかと頭を抱える私の耳に響いたゾッとするような低い声。
顔を上げれば真剣な目で土井先生を見据える八左ヱ門くんがいた。
「なんだ?竹谷」
虚ろな目をした半助さんを見ながら八左ヱ門くんが口を開く。
「ユキの仇を打ちにいかせて下さい」
「僕も一緒に行かせてくれ」
グッと握りこぶしを作る二人。
やーーめーーてーー!!
ドクタケ城の殿様も飛んだ濡れ衣だ。
早々に誤解を解かなければドクタケ殿様の身が危ないっ。
ひぃぃと焦る私だが、
「それは教師として許可できない」
という半助さんの教師としての真っ当な判断に胸を撫で下ろす。
「そんなっ」
「でも、こんなことって」
「竹谷、不破、落ち着くんだ。私だって辛い・・・私だって、本当はあいつらを八つ裂きにしてしまいたい」
忍者怖ッッ
教師らしく彼らを落ち着かせようと、怒りに震える二人の肩に手をのせた半助さんは、教師らしからぬ言葉を背筋も凍るような声で吐き捨てるように言った。
物の例えだとは分かっているけどさぁ・・・
(半助さん本気じゃないよね?顔が本気だけど・・・)
これは利吉さんに付けられたって言える雰囲気じゃないよね。
利吉さんが八つ裂きにされたら大変だ。
ドクタケ城にいた時よりもガタブル震えていると、私の耳に元気な声が聞こえてくる。
「五年ろ組の鉢屋三郎、只今戻りました」
「五年い組、尾浜勘右衛門。戻りました」
「同じく、い組。久々知兵助、戻りました」
「利吉です。任務完了しました」
よかった!みんな無事に戻ってきてくれた!
私は自然と彼らの方へと走っていく。
『おかえりなさい』
「ユキちゃん!?顔が真っ青だ」
みんなの元へ駆け寄っていくと兵助くんに抱き留められた。
「こんなに震えちゃって・・・怖かったんだね」
眉をハの字にする兵助くん、違うんだよ。
私が震えているのは後ろでドス黒いオーラを放っている三人がいるから。
私は震えながらも取り敢えず、みんなに怪我がないか確認。
笑顔で無傷だと頷いてくれた四人にホッとする。
しかし、ホッとしたのも束の間、
「オイ!この首にある跡って・・・」
と勘右衛門くんによって話題を元のレールに戻される。
まだ上手い言い訳が思いついていないのに、と絶望的な顔をする私に詰め寄る勘右衛門くん、兵助くん、三郎くん。
三人の剣幕にたじろいでいると、私の肩がスっと抱かれ、引き寄せられた。
「君たちが心配しているような事はないよ」
シンとする中集まる視線。
真横を見れば、利吉さんの爽やかな笑顔。
「もしやこのキスマークは・・・」
「うん。これは私が付けたものだ。だから君たちが考えているようなことにはなっていないから安心してくれ」
「「「「「「!?!?」」」」」」
一同絶句
とんだ命知らずだよ、この人は!!
八左ヱ門くんの問いに答えた利吉さんはみんなの驚く顔を見てご満悦な様子。
それから、「ね?ユキさん」と同意を求められても困ります。
私を巻き添えにしないでよおぉ
「・・・ユキ。本当なのかい?」
明らかに機嫌の悪い半助さんの声にビクッとなる。
五年生からも怒りのオーラが出ている。
半助さんと五年生が怒るのも無理はない。
半助さんと五年生に余計な気と罪悪感を持たせてしまった。
私がちゃっちゃとキスマークは利吉さんに付けられたもので、殿とは何にもなかったよ!と言わなかったのがいけないのだ。
『わざと黙っていたわけじゃないんです。言うタイミングがなくて・・その・・』
「本当なのかい?」
口調は穏やかなのに、半助さんの声には頭を拳で押さえられたような重さがあった。
私は半助さんに嫌われてしまうという恐怖と戦いながら、しかし、嘘を付くことは出来ず、首を縦に一つ振る。
「じゃあ、怪我はないんだね?」
『ありません・・・』
「そうか。それなら良かったよ」
地面を虚ろに彷徨う視線。
私に対する嫌悪の表情が見たくなくて、私は彼の顔を見ることが出来なかった。
半助さんの影が視界から消えていく。
本気で私の身を心配してくれた人に、適当な嘘をつこうとしたからこうなってしまったのだ。
半助さんや五年生に嫌われてしまったのは自業自得だ。
深い罪悪感に胸の奥が痛む。
「コラ、お前たち。まだ実習は終わってないぞ」
何の気配もなく私たちの前にストンと木下鉄丸先生が現れた。
「今回の実習はユキさんを忍術学園に連れ帰ることだ。忍術学園の門を潜るまで気を抜くなよ」
家に帰るまでが遠足
こんな罪悪感でいっぱいな時にまでフザけたフレーズが頭に浮かんでしまう私はどうしようもない馬鹿だ。
木下先生に言われ、森の中に消えていった五年生を眺めていた私の口から重い溜息が漏れる。
『もういっそ、尼になろうかな・・ハハ』
「ユキさん!?今日の昼からちょっと変ですよ!」
白目を剥く私をユサユサ揺する利吉さん。
あぁ、何かが飛んで行く!
揺すられるたびに不浄な心が吹っ飛んでいく気がするよッ
「大変です!」
中に入るのが気まずくて暫く利吉さん、木下先生と庭で話していたら八左ヱ門くんが慌てた様子で戻ってきた。
「どうした、竹谷」
「ドクタケの軍勢がこちらに進軍してきています」
「何ッ!?」
「それは本当なのかい!?」
八左ヱ門くんの話に驚く木下先生と利吉さん。
「確認できたのは足軽隊だけですが忍者隊も・・・」
「まさかドクタケがここまでするとは・・」
「竹谷くん、分かっているだけの数と進軍具合を・・」
「・・・鉢屋が詳しく確認して・・不破は・・尾浜と久々知にも・・・」
「ううむ。まずいな。山田先生と土井先生にも相談を・・・」
地図を見ながら足早に古寺の中に入っていく三人。
私はそんな三人をボーッと見送った。
だって私がいても役に立ちそうにないしね。
今の私は落ち込むだけで精一杯です。
「ユキさん?」
『お、きりちゃん』
ぼんやりと夜空を見上げていたらきりちゃんが声をかけてくれた。
「こんなところで何してるの?」
『考え事ー。ねぇ、ギュッとさせて』
「わわっ」
承諾を得る前にぎゅーっと抱きしめてしまう。それでもきりちゃんは嫌がらずに「仕方ないなぁ」と、こそばゆそうな声を上げて抱きつかせてくれた。
『ありがと』
「悩み事?」
『ううん。何でもないよ。何となくぎゅってしたくなっただけ』
「ふうん。変なユキさん」
顔を顰めようとしているのに、表情が緩んでしまっているきりちゃんが可愛い。
そんな彼の頭を笑みを零しながら撫でていた私は固まる。
音もなく、私たちを覆う黒い影。
『魔界之』
「声を上げたらこの子の為になりませんよ?」
私の声に被せるように言って、魔界之小路先生が不敵に笑う。
きりちゃんの口は魔界之小路先生に塞がれてしまっている。
彼の口から聞こえるのはモゴモゴという声にならない抵抗の叫び。
「確かきり丸くんだったね。静かにした方が身の為だよ」
きりちゃんに何をするつもり!?小さい子にこんな事するなんて・・・
『きりちゃん、静かに。抵抗しないで』
「賢明な判断ですよ、ユキさん」
私に言われ、大人しくなったきりちゃんを見て魔界之小路先生が満足気に笑う。
「ユキさんは私と一緒にドクタケ城に来ていただきます。申し訳ないが否とは言わせません」
ギリッと唇を噛む。
せっかく脱出させてもらったというのに・・・
『・・・卑怯者』
「アハッ。イイ!」
『黙れよ変態。その汚い手できりちゃんに触るなっ』
目の前で恍惚の表情を浮かべる魔界之小路(先生)。
奴の腕の中できりちゃんが震えている。多分人質にされたのとは別の意味でね!
あの汚い手から一刻も早く救出しなくては・・・
『私は煮るなり焼くなり好きにしてくれていいから、きりちゃんの手を離しなさい』
「素直ですね。しかし、私には加虐欲求はないので急にそんな事言われても・・・」
『もう嫌ッ。つべこべ言わずさっさと人質交換しなさい!』
私の命令口調に魔界之小路(先生)の顔が嬉しそうに歪んだ。
おぞましいもの見せるな!とは言わない。
だって喜んじゃうからね。
言いたいことを言えないのは何と辛いことだろう。
胃に重いストレスを感じて摩っていると突然の浮遊感。
『え、何??』
荷物のように脇に抱えられた私。
顔を横に動かせば、きりちゃんも反対の手で同じように抱えられている。
「気づかれたみたいなので行きましょう」
古寺の方を見れば、乱太郎くんとしんべヱくんの驚く顔。
助けを求める間も無く、私の体は宙に浮く。
『ちょっとおおぉ!どうしてきりちゃんまで連れて行くのよ!!』
「ん・・・・あっ。これはうっかり・・・」
『ハアァァ!?!?あんたバッカじゃないのおおぉ!?って、嬉しそうな顔するなっ。気持ち悪いッ「ああぁぁもっと罵って」ホントに誰か助けてえええぇ』
森の中にこだまする魔界之小路(先生)の不気味な嬌声。
攫われたのとは別の意味でガタガタ震えている私。
そして呆れ顔のきりちゃん。
「ユキさん、ドンマイ」
『うわああぁん』
こんな感じで私は、魔界之小路(先生)に拐かされたのであった。
***
森の中を落ち合う場所になっている古寺に向かって走っていた私は人の気配を感じ、視線を横に動かした。
「三郎?」
「勘右衛門か!兵助に利吉さんも」
勘右衛門に声をかけられた私はストンと近くの枝で止まる。
彼が疑問形で私の名を呼んだのは、私がユキの変装をしているから。
私は庭で見回りにあたっていた兵士たちを引きつける役割を果たし、無事にドクタケ城を脱出してきたところだった。
「何かあったのか?」
ユキの姿がなくて、眉を顰めながら尋ねる。
作戦では囮になるのは私だけで、残りの四人はユキを守りながら落ち合うことになっている古寺まで行くことになっていたからだ。
「城門を越えるときにドクタケ忍術教室の魔界之小路先生に見つかってしまってな。俺と勘右衛門が足止めを引き受けたんだ」
「ユキには八左ヱ門と雷蔵がついている。安心してくれ」
兵助と勘右衛門の言葉にホッとする。無事に城門を出られたのなら無事に古寺についているはずだ。
「二人とも怪我は?」
あちこち忍装束が切れている兵助と勘右衛門。
魔界之小路先生は一見穏やかそうに見えるが彼も講師。
忍術学園の先生と同じくらいの実力を持っているだろう。
心配しながら聞くが二人からは穏やかな笑み。
「苦戦してたけど利吉さんが合流してくれたんだ」
「あんなに鍛錬したのに倒せないなんて!クッソ~~」
「そんなに悔しがることないさ。二人とも魔界之小路先生相手によく戦っていたじゃないか」
勘右衛門が悔しそうに自分の髪をグシャグシャにするのを利吉さんが宥める。
魔界之小路先生、か。
私も手合わせしたかったな・・・残念だ。
「さあ、こんなところで立ち止まってないで古寺へ急ごう。ユキさんが心配しているよ」
まあまあ、と利吉さんが勘右衛門を先へと促す。
「そうですね」
「早くユキに会いたいな~」
ユキの名を聞いた途端に兵助も勘右衛門も表情が明るく変わった。
私の心も彼らと同じく弾んでいる。
ユキは私たちの帰りを今か今かと待っているだろう。
「勘右衛門、古寺に着くまでは私を見て我慢するといい」
喜ぶユキの顔を想像して緩みそうになる顔を無理矢理ニヤリとした笑みに変えて勘右衛門の方を向く。
「助けてくれてありがとね。勘・右・衛・門・くんっ」
「三郎だと分かっていてもいいな!けど、胸がペッタンこなのがな~」
「おいっチチ触るなよっ」
「二人とも、ユキちゃんに知られたら大変だぞ」
ベシンッと勘右衛門の手を叩く。
そんな私たちのやり取りを見て、兵助は苦笑い。
「ほら、お前たち。先に行ってしまうぞ」
既に二、三本先の木に移っていた利吉さんに
呆れた声で呼ばれる。
「「「はーーい。今行きまーーす」」」
三人揃って返事をし、私たちは同時に枝を蹴った。
私は一番最後を走り、いつもの顔で会いたいとユキの顔から雷蔵の顔に変装を変える。
うん。やっぱりこれが落ち着く。
見えてきた古寺。
嬉しさで頬が緩む。
「お先っ」
「あっ、三郎!」
「アハハ。三郎もユキちゃんに関してだけは素直だよな」
「抜かされたー」と叫ぶ勘右衛門、からかうような兵助の声、利吉さんの笑い声を背中で聞きながら古寺の敷地内に入ると直ぐにユキと土井先生の姿が見えた。近くに雷蔵達もいる。
「五年ろ組の鉢屋三郎、只今戻りました」
「五年い組、尾浜勘右衛門。戻りました」
「同じく、い組。久々知兵助、戻りました」
「利吉です。任務完了しました」
私たちの声で振り返ったユキ。
「ユキ、どうしたんだろ・・」
私に追いついた勘右衛門が呟く。
振り返ったユキの顔色は見るからに悪かった。
それに土井先生を含めたみんなの様子もどこか変だ。
こちらに走ってくるユキの目は喜びで輝いていたが、心の中には何か別に気に掛かることあるように見える。
私たちは不安な表情で顔を見合わせ、ユキの元へと駆け寄っていく。
『おかえりなさい』
「ユキちゃん!?顔が真っ青だ」
駆け寄ってきたユキを兵助が抱きしめる。
倒れてしまいそうなくらいユキの顔には血の気がなく、よく見れば体もガタガタと震えてしまっていた。
『怪我はしていない?』
震えながらも私たちを気遣ってくれるユキ。
誰も怪我をしていないと答えると、安堵から表情をほころばせた。
ユキの方も怪我はしていないようだ・・・・・ん?
私の視線は一点の場所で止まる。
ユキの白い首筋にある赤い跡。
「オイ!この首にある跡って・・・」
私より早く、勘右衛門が声を上げた。
後ろで兵助が息を呑む音を聞きながら視線をユキの背後に向ければ土井先生たちが苦しそうな表情を浮かべていた。
まさか・・・
体が芯から冷たくなっていく。
「誰に付けられた跡だっ」
「落ち着くんだ、三郎!」
「まさか、ユキ・・そのキスマークって、まさか」
嫌な想像に怒りと悔しさで冷静さを失ってしまい、ユキの肩を強く掴んだ私を兵助が止める。
勘右衛門も最悪の事態を思い、息をつまらせている。
『みんな、一旦深呼吸。落ち着こ、うわっ!?』
突然、ユキは自分のものだと言うように、利吉さんがユキの肩をサッと抱いて自分の方に引き寄せた。
唖然とする私たちに利吉さんがニコリと笑う。
「君たちが心配しているような事はないよ」
チッ、キスマークはこの人か。
ユキへの心配が消えて、苦い思いが沸いてくる。
「このキスマークは・・・」
「うん。これは私が付けたものだ。だから君たちが考えているようなことにはなっていないから安心してくれ」
「「「「「「!?!?」」」」」」
八左ヱ門の問いに答える利吉さん。
分かりやすい牽制をしてくれるじゃないですか。
というか、これほど利吉さんがユキにご執心だったとは知らなかったよ。
「ね?ユキさん」とユキに微笑む利吉さん。
これだけ見れば二人は付き合っているようにも見える。
なるほどな・・・
これだけ見せつけられれば、何人かは利吉さんとユキが付き合っていると勘違いしそうだ。
どうやら利吉さんはまず、我々五年生をライバル争いから外そうとしているらしい。
こうやって見せつけて諦めさせようという魂胆ですか?
それとも焦りを誘って自爆するのを狙っているのだろうか。
どちらにせよ、あなたの思惑通りには動きませんよ・・・
「コラ、お前たち。まだ実習は終わってないぞ」
私たちを森へと送り出す利吉さん。
彼の微笑みの中にある二つの瞳。その瞳は鋭い。
ライバルからの宣誓布告・・・おもしろいじゃないか。
策を立てるのは私も得意だ。
今は利吉さんの腕の中にユキを残していく。
だが、直ぐに取り返してみせるさ。
私は自然と口角を上げながら、気落ちした仲間と共に森の中へと入っていく。
木下先生に指示され、い組の兵助と勘右衛門は忍術学園に帰る道の安全確認を、ろ組の私たちは追っ手が来ていないか確認することになった。
「ハアァ利吉さんとユキさん、付き合っているのだろうか?いや、あれだけで判断するのは早急すぎる。う~ん、でも、お花見の時も仲良さそうだったし・・」
いつもの雷蔵の迷いグセ。
私と八左ヱ門は顔を見合わせて苦笑い。
「三郎はあのキスマークの意味、どう思う?」
「ドクタケ城でいちゃこいてたんじゃないか?」
「いちゃこいてたって、お前・・・」
否定して欲しそうな八左ヱ門の心を乱すような返事をして私は次の枝へと飛び移る。
こうやって悩んでくれていた方が私としては有り難い。
しかし、私もグズグズはしていられないよな。
忍術学園に帰ったら早速ユキをデートに誘ってみよう。
ユキが喜びそうな場所・・・うどん屋、餡蜜屋、団子屋、ちまき屋・・・食べ物の店しか思い浮かばないな。
私の中に ユキ=よく食べる の方程式が出来上がっていることに気がついて笑ってしまう。
「「「!?」」」
遠くから聞こえた音に笑顔が消える。
私たちは同時に足を止め、顔を見合わせた。
ザッ ザッ ザッ ザッ
聞こえてきたのはおびただしい人の足音。
「(三郎、雷蔵、確認に行くぞ)」
息を潜め、足音の正体を確かめに走る。
茂みの間から街道を覗った私たちの顔が一斉に歪む。
「(ユキさんを捜索するために?)」
「(まさか!人一人のためにこれだけの兵を動かすってのか!?)」
「(だけど、他に理由が・・)」
「(雷蔵、八左ヱ門、言い合いは後だ。理由はどうであれ、ドクタケ軍はユキたちがいる古寺に向かっている。先生たちに知らせないと)」
古寺にはユキを心配してついてきた一年は組もいる。
きっとドクタケ忍者隊も動いているだろう。早く古寺を出なければ逃げられなくなってしまう。
「(三郎の言う通りだな。古寺にこのことを伝えてくる)」
「(じゃあ僕は兵助と勘右衛門のところへ)」
「(八左ヱ門、雷蔵、頼む。私はここで様子を見ておく)」
八左ヱ門と雷蔵が闇の中へと消えていった。
私もドクタケの軍勢に視線を戻す。
しかし、雷蔵の言う通り木野小次郎竹高がユキを探し出すためだけに出陣したのだとしたらドクタケはどんだけ金持ちなんだ。
「(しかも殿様自らご出陣とはね・・・)」
塗腰の上に座っている殿様は張子の馬に跨って(貫通して?)いる。
じーっと観察していた私は溜息をついた。
あれは完全に酔ってるな。
目を凝らしてみればドクタケ兵士の顔はどれも迷惑そうな顔をしている。
戦意ゼロ
きっと殿様のわがままに付き合っているだけだろう。
その辺を歩き回って、殿様の気が済んだら城へ帰りそうな気もするが、念のため様子を見ていたほうがいいだろう。
早く忍術学園に帰ってユキに『ありがとう』ってハニカミ笑顔で言われながら抱きしめられてえええぇ!
さっさと城に帰ってくれよ、木野小次郎竹高のバーーカ。
明け方には忍術学園に戻れるだろうか、と考えていた私は身を跳ねさせる。
聞こえてきたのは今さっきまで想像していた人の声。
『ちょっと止まって。お願いだから下ろしてっ。吐きそうッ』
「そんなこと言って私が騙されると思いますか?」
『ホントだって!城で飲みすぎて・・うっ』
「おおおぉぉ!?ホントのパターン!?あと少しで到着だから頑張って!」
『努力じゃどうにもならんわッ・・・あ、波が収まった。今のうちに進んでください!』
「オーケー!」
「ユキさん、今の状況分かってる!?」
『魔界之小路先生に絶賛連れ去られ中』
「うん。分かっててこうなら俺もう何も言わないっ!」
げっ。ユキにきり丸!?
木の陰から見れば魔界之小路先生の小脇に抱えられて木の上を移動している二人の姿。
行くしかない。
私はユキの姿に変装し、ドクタケの軍勢の中に飛び込んでいった。