第二章 十人十色
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24.救出作戦 前編
利子さん改め、侍女に変装した利吉さんと私はお風呂を出てドクタケ城の廊下を歩いている。
『ドクタケ城はお金持ちなんですか?』
「えぇ。ドクタケ城はこの辺りでも指折りの資金力を持つ城です。よく分かりましたね」
『だってこの衣装ですもん』
感心するように声を上げる利吉さんの隣で
着ている打掛を摘む。
今着ている桃色の小袖は普段私が着ているものとは明らかに質が違う。
さらに小袖の上に着ているどっしりと重厚感のある赤い打掛には金糸まで使われていた。
きりちゃんがいれば値段が分かるのになぁ・・・。
残念だが私の頭では価値がよく分からない。
感想を言うなら歩き難くて重いだけ。申し訳ないが豚に真珠。
助けに来てくれた時に上手く走れるか心配だ。
『五年生のみんなはいつ助けに来てくれるのでしょうか?』
「ん~残念ですが私には何とも・・」
眉を寄せる利吉さん。
げっ。利吉さんも知らないんだ。
私は顔を強ばらせる。
『この城で一晩明かさないですよね?』
殿様にサプライズプレゼントされようとしている私は自分で言うけど、若さ溢れるピッチピチの乙女。殿様から「今宵の夜伽の相手をせよ」などと言われる可能性もあるわけだ。
あの殿様と・・・うえ。絶対無理。
全身に鳥肌が立つ。
おぞましい想像を頭を振って打ち消していると、後ろから腕を引っ張られて私の足は自然と止まった。
驚いていると体の前に利吉さんの手が回る。
『利吉さん・・?』
「心配しないでください。あなたを誰にも渡しはしないですから」
後ろから私を抱きしめる利吉さんが耳元で囁く。
『はぅっ・・』
首筋に吸いつくようなキス。
これは首に痕が残ったと思う。廊下の真ん中で何考えているんだッ。
と、抗議したいが甘美な感覚に耐えるだけで精一杯。
「可愛いこの表情は私だけのものですよ」
利吉さんは私をクルリと自分の方に向かせ、スっと私の顎に長い指を添え、視線を合わせさせるように顔を上げさせた。
胸の鼓動が煩すぎて利吉さんに聞こえてしまいそう。
ドキドキしているのを見破られたくなくて、私は無理矢理怖い顔を作って利吉さんから身を離す。
『誰かに見られたら大変なことになりますよ。馬鹿はやめて下さい』
「ちゃんと周りは確認していますからご安心を。一応プロですからね。ところで・・・その顔は続きを誘ってます?」
『んなっ!?ち、違います。怒って睨んでるんですッ』
「そうなのですか?顔を紅潮させて涙目で見つめられたから勘違いしちゃいましたよ」
シレっとした顔でこんな事を言う利吉さんは意地悪だ。
決して誘っていたわけではない。だが、利吉さんは私が彼にクラクラきていたのを分かっていると思う。
恥ずかしすぎて頭が爆発しそうだ。
男らしい表情、言動。でも、姿は女性。
普段とは違う怪しげな魅力も加わって私の心を揺さぶる。
『ハアァ帰ったら寺に修行に行こ』
「ええぇ!?何でそうなったんですか!?」
ガクンとズッコケる利吉さんを置いて廊下を進む。
こんな状況でも緊張感の欠片もなく色男に見惚れてしまう俗っぽい自分の心にガッカリだ。
頭のメモに「学園長に寺を紹介してもらう」と書き込んでおく。
煩悩を払ってクリーンなハートを手に入れたい。
『心頭滅却すれば火もまた涼しッ』
「!?本当にどうされました!?」
カッと目を見開いて叫ぶ私に仰け反る利吉さん。
お寺の修行って厳しいのだろうか?厳しいの嫌だな。
楽しい修行僧体験!のレベルでお願いしたい。と考えながら歩く私の頭からは、利吉さんの声も数時間後に来る夜のことも綺麗に消えていた。
利吉さんに案内されてやってきた豪華な襖の前。そこには稗田八方斎と忍者隊の姿があった。
「ふむふむ。可愛い可愛い!いいじゃないか」
『アアン?うっさいわっ黙れ失せろゴミ虫がッ』
「うわあああああぁぁぁん」
「「「八方斎様!!」」」
泣き崩れる八方斎に駆け寄る忍者隊。
舌打ちする私。
泣き出す忍者隊。
ちょっとした修羅場が出来上がった。
目の前で肩を寄せ合って泣く男たちに、利吉さんと暗い顔で見つめ合っていると襖の向こうから足音が聞こえてくる。
利吉さんがスっと膝をついて床に手をつくと同時にスパンッと左右に襖が開く。
「いったい何をやっておるのじゃ・・・!?あっ、そなたは!」
『お久しぶりです。お殿様うわっ』
パアッと顔を輝かせて両手を広げた殿様は私にハグしようとしたらしいのだが、張子の馬に乗っていたのを忘れていた。
馬の頭に激突された私はドスンと尻餅をつく。
『イタタ・・・』
「殿をお守りしろっ」
「「「ハッ」」」
『まずは私の心配しなさいよッ』
ガクガク震えながら殿様を守るように両手を広げる稗田八方斎と忍者隊に叫ぶと彼らは謝りながら自分の頬をグーパンチ。
俯いて肩を震わせる利吉さんを横目で見ながら苦笑い。
ここの人たち、自分に厳し過ぎません!?そこまでしなくてもいいのに・・それともドクタケ忍者はドM人間の集まりなのだろうか。
そう考えた瞬間ふと頭に浮かんだ魔界之小路先生の顔。
うん。間違いなくドクタケ忍者隊はM軍団で決定だ。
私は尻餅をついたまま床に転がるドクタケ忍者から身を守るようにズリズリ後退して距離を取っておく。
「すまん。怪我はないかの?」
目の前に手が差し出される。
見上げれば眉をハの字にした殿様がいた。
『大丈夫です。ありがとうございます』
殿様の意外な紳士ぶりに驚きつつ、手を借りて立ち上がる。
張子の馬にさえ乗っていなかったらまともで良い殿様なのに。
「驚いたぞ。そちはどうしてここにおるのじゃ?」
『それは・・「ご説明いたします!」
いつの間にか泣き止んだ八方斎が私の横で跪く。
殿様の前だし私も跪いたほうがいいのだろうか?
私の方が殿より背が高いから見下ろしている状態なんだよね。
結局、小袖の中で脚を折って中腰になる私の横で八方斎は私を拉致してきたことを得意げに話し出す。
話は酷く脚色されていたが、めんどくさい事になりそうなので訂正はしないでおこう。
褒めてオーラ満開の八方斎の話にいい加減飽きてきた頃にようやく話の終わりが見えてきた。
「つきましては、この娘と心ゆくまでお過ごしくださいませ」
パンパンッと八方斎が手を打つのを合図に豪華な料理がお膳に乗って運ばれてくる。
「忍者隊が腕によりをかけて準備致しました」
ジャーンと手を広げる八方斎。
この料理って忍者隊の人が作ったの!?
八方斎がドヤ顔で言うだけのことはある。
チラッと見えたお皿の上には人参でできた細工の細かい火の鳥が乗っていた。凄いな忍者隊ッ
戦国男子に料理ブームが来ている予感。
「重畳じゃ重畳じゃ!褒めてつかわすぞ、八方斎」
機嫌よく笑いながら部屋の中に入っていく殿様の後ろ姿を赤い頬に手を当てて身をクネクネ捩りながら見送っている八方斎。
そんな彼を冷たい目で見ていると風鬼さんに声をかけられる。
「さあ、ユキ様も中へどうぞ」
お殿様の様子から手討ちにされる事はなさそうだけど、不安になって利吉さんの方をチラと見る。
私を安心させるように小さく頷いてくれる利吉さん。
―――ユキさんの事は私がしっかりとお守りしますから
お風呂での利吉さんの言葉が私を落ち着かせてくれる。
「こちらへ・・」
『はい』
促された私は素直に部屋へと入っていく。
座る場所は恐れ多くもお殿様のお隣。
これはお酌しろってことだな。
助けが来るまで下手な抵抗はしない方がいいだろう。
「お前たちも宴会に参加するが良い」
「「「「ハハーーッ」」」」
みんな、早く来て。
助けに来てくれるの信じているからね。
頭に思い浮かべる五年生一人一人の顔。
彼らが来るまで私も頑張ろう。
「そち、今度は名を教えてくれるか?」
『雪野ユキと申します。先日は失礼いたしました、お殿様』
ただ守られるだけっていうのは私の性分じゃない。
出来ることはやらせてもらうからね。
私はニッコリ笑ってお殿様にお酒を注ぐ。
私の様子を満足気に見るドクタケ忍者隊よ、覚悟するがいい。
私は敵に回すと怖い女なのですよ?
誰も、きっと利吉さんでさえ気づかぬうちに私は私にしか出来ない作戦を決行した。
数時間後の同じ場所。
盛り上がる宴会場。
私は利吉さんの白い目に気づかない振りをしながら部屋の中で一番のはしゃぎっぷりを見せていた。
『殿様イッキが見てみたいッハイッ!飲んで飲―んで飲んでハイハイハイハイ』
「「「「「殿、殿、イケイケ、殿様イッキ!!」」」」」
部屋中に転がる徳利。
お殿様は私と忍者隊の息ピッタリのコールに合わせて升に注がれたお酒をグイグイ飲み干して息を吐き出した。
「プハ~もうだめじゃ」
『よっ殿様男前!』
「日の本一の大酒豪!」
「ワハハハハ次は~大黄奈栗野木下穴太じゃ。飲めー」
「えーわたしはヒック、もう」
『こらこら~お殿様の命令ですよー。みなさんコールお願いしマース』
名づけて、飲ませて全員潰しちゃえっ!作戦
現在順調に進行中です。
半分飲んで目を回した大黄奈栗野木下穴太さん(名前長っ)が残したお酒をグイっと飲み干す。
周りからの拍手に笑顔で答える私は余裕。
伊達に“鬼ころし”のあだ名を取っていませんもの!
まだまだ余裕しゃくしゃくです。
『さーて次は、八方斎さんいっちゃいます?』
「いけいけ八方斎~」
「殿のご命令とあらば!」
脇息に持たれながら声を飛ばすお殿様。
私のもとにやってくる八方斎さんもフラフラだ。
既に部屋にいる忍者隊半分は夢の中かトイレとお友達をしている。
『八方斎さんの~ちょっといいとこ見てみたいっハイッ』
私のコールで始まる八方斎の一気飲み。
周りは大盛り上がり。
「さーすが天才忍者!」
「首領の中の首領ですううぅ」
「日の本一、世界一、宇宙一!」
部下に煽てられてお酒を飲み干している八方斎も限界は近そうだ。
『すみません。お手洗いに行きたいのですが』
「ふへ?」
もう一頑張りで全員潰してしまえそうだが、さすがの私も若干のふらつきを感じてきた。
夜風にあたって頭をシャキっとさせたくて風鬼さんに話しかけるが彼の頭は半分夢の中のよう。
辺りを見渡しても厨房を行き来しているのか利吉さんの姿も見当たらない。
付き添いなしで勝手に出歩いていいのだろうか。と困っていると一人の侍女さんが声をかけてくれる。
「わたくしがご案内致します」
『いいのですか?』
「今、八方斎様にユキ様に付き添うように言われましたので」
まだ酔っている人の少ない宴の前半にお手洗いに行った時は忍者隊の人が監視のためについてきた。
女の人だけで行かせていいんだ・・・。
急に緩くなった監視だが、私としては男の人にトイレ待ちされるより女の人についてきてもらえる方が有り難い。
揺れる視界に眉を顰めながら廊下を歩いていく。
『あの、宴会場はこっちですよね?』
お手洗いから出て侍女さんの後をついて歩いていた私は戸惑いの声を上げる。
「稗田八方斎様からそろそろお部屋にご案内するようにと言われております」
『いいんですか?そうしてくれたら、ふぁあ助かりますけど・・』
殿様も八方斎も酔ってグデングデンになっていたから私に悪さなんか出来ないだろう。
助けが来るまでの間、少しでいいから眠れたらいいな。
逃げる前に酔いを覚ましておきたい。
ニコリと品の良い笑みを浮かべて私を先導する侍女さんに続く。
酔った頭でぼーっとしながら歩いていた私は危機感が足りていなかった。
通された部屋に入った私の後ろでピシャリと閉まる襖。
ガシャンという金属音で一気に酔いが覚める。
『ウソ・・・開かない』
木で出来た戸は一寸も動かない。
外に南京錠か何かで施錠されてしまったらしい。
ゾッとしながら後ろを振り向く。
ぼうっと鈍い光で部屋を照らす一灯の行灯。
その光の中に照らされて見えるのはひと組の布団のみ。
『だ、大丈夫。落ち着け、落ち着け』
胸に手を当てて深呼吸する。
お殿様も稗田八方斎も酔っ払って動けるような状態じゃなかった。
だからこの布団はただ、私が朝までグッスリ眠る為だけのもの。
きっとそのはずだ。
そう思っていたのに私の考えは裏切られてしまう。
ガチャンと鍵の回る音がして開いた戸。
振り向いた私の顔は青くなる。
「では、殿。何かありましたら部屋の外に控えておりますのでお呼び下さい」
「うむ。ご苦労じゃった」
再び閉じられた襖。
『な、なんで・・・』
酔ってたんじゃないの!?
愕然としながら一歩、二歩と後退する私を見る殿様の目つきが怖い。
「ユキ」
『ヒイィ来ないでっ。助けて!誰か助けにって寝るんかいッ』
ドシーーンッ
うえぇ痛ったーーい。
私は殿様に押し倒されるように布団の上に倒れた。
後頭部を打って目がチカチカする。
「殿ッ。どうなされ『取り込み中です』あ、スミマセン」
スパンッと開いた襖。
チカチカする視界に顔を顰めながら首だけ起こして八方斎に言うと襖は開いた時と同じように勢いよく閉まった。
目つきが悪かったのは酔っ払っていただけだったらしい。
なんて紛らわしいんだ!
後頭部を打ち付けた痛みと定番のオチというダブルパンチに頭が痛くなってギュッと目を瞑る。
皺の寄ってしまう眉間を揉みほぐしながら目を開けた私は絶句した。
「殿と私をチェンジしないか?」
『っするわけない「「「「「シーーーッ!!!」」」」」・・・。』
三郎くんが変なこと言うから悪いんじゃない!
目を開けた私の視界に映ったのは天井裏から顔を覗かせていた五年生みんなの顔だった。
次々と音もなく下りてくる兵助くん、八左ヱ門くん、勘右衛門くん。
「遅くなってごめん」
心配そうに私を見ながら上に乗っかっている木野小次郎竹高殿をどかしてくれる兵助くんにお礼を言う。
その間に八左ヱ門くんと勘右衛門くんは襖が開かないようにつっかえ棒をしている。
「怪我とかしてない?」
『ありがとう。大丈夫だよ』
『むしろお酒飲んで気分良い』と言う私に笑いながら兵助くんが差し出してくれた手を取って立ち上がる。
「ユキ、これを登ってきてくれ」
天井裏から三郎くんが縄梯子をひゅるりと下ろしてくれた。
兵助くんに簡単に登り方の教えてもらって梯子に足をかける。
『けっこうグラグラするね』
「俺がすぐ後ろを登るから安心して」
私を安心させるように兵助くんがニコリと笑う。
「下には俺と勘右衛門もいる」
「どんどん落ちてきてくれていいからな」
任せろ、と胸を叩く八左ヱ門くんとにやっと笑う勘右衛門くんの言葉を聞いて私は安心しながら梯子を登っていく。
雷蔵くんと三郎くんに手伝ってもらいながらどうにか天井裏に着く。
『みんな、助けに来てくれて本当にありがとう』
これでもう安心だ。ふーっと安堵の息を吐き出す私の頬が三郎くんにむにーっと引っ張られる。
「ばーか。これからが大変なんだぞ」
『うっ。そうだよね』
「そんな顔しなくても大丈夫。ユキさんの事は僕たちがちゃんと守るからね」
顔を強ばらせる私の頭を優しく撫でてくれる雷蔵くん。
他のみんなも雷蔵くんの言葉に同意するように笑いかけてくれる。
『よろしくお願いしますっ』
「任せとけ!よし、それじゃあ出発だ」
人がギリギリ立ち上がれるくらいの高さがある天井裏を八左ヱ門くん、私と続いて歩いていく。
板が小さく軋むたびに見つかるのではないかと考えて背中に冷や汗が流れる。
「(ユキ、来い)」
振り返った勘右衛門くんが手と口パクで私を呼ぶ。
天井裏から降りて廊下へと出た私たち。
先にいる八左ヱ門くんと勘右衛門くんが安全を確認してから後に続く私たちは廊下の角から次の廊下へと出て行く。
夜中に近い城内は静まり返っている。
「ここから庭に出て、塀まで一気に走るよ」
無事に中庭の茂みの後ろまで逃げてこられた私たち。
囁く兵助くんにわかったと頷く。
「だが、逃げる前に」
三郎くんが私に話しかけたちょうどその時、甲高い銅羅の音が城内に響きだした。
「出あえーーーー!!殿の側室候補が逃亡したぞおおぉ」
聞こえてきたのは八方斎の叫び声。
にわかに城の中が騒がしくなっていく。
「気づかれたか」
『ど、どうしよう』
兵助くんの呟きに顔を青くする。
「大丈夫。これは想定内だよ。三郎」
「おう。ユキ、その打掛と着物を脱げ」
『うん?うん!』
雷蔵くんに言われて私に指示する三郎くん。
きっと何かの作戦に使うのだろう。という事は三郎くんが私に変装するのかな?
返事はしたが、脱ぎながら不安になってくる。
『三郎くん・・・』
「私はみんなとは反対方向に走る。外で落ち合、お・・・う」
自分に抱きつくのって変な気分。
三郎くんが怪我しませんように。
願いを込めてギュッと彼の首に手を回して抱きしめる。
幸運を祈って三郎くんの頬に軽くキスをして身を離し、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
『すぐに会おうね』
「ユキ・・・」
『うん?』
「もう一回頼むッ」
『さっさと走っていくがいいッ』
「今度は口に」と喚く三郎くんに背を向けて私たちは庭へと走り出した。
何が悲しくて自分にキスせにゃならんのだ。
三郎よ、私に説教される体力を残しておくといい・・・
四人に周りを守るように走ってもらいながら走り着いた塀の前。
「っ危ない」
雷蔵くんが私のお腹に手を回し抱き抱え、後方へと飛んだ。
私のいた場所に突き刺さる手裏剣・・・じゃなくて海老???
『ナニコレ・・・』
「海老ですよ!」
『見りゃわかるわよ!』
聞き覚えのある声に既にゲンナリした気持ちになる私の前に現れたのはドクタケ忍術教室講師・魔界之小路先生。
「その海老は通販で手裏剣を買おうとして買ってしまった海老です」
『あぁ。シュリンプか。発音似てるから仕方ないね!なんて言わないからッ』
「刺激がいまいちですね。もっと激しく罵って『黙れ変態ドM野郎』あぁっ!いい!」
身をくねらせる魔界之小路先生に罵ったことを激しく後悔する。
「どうしてあんな奴に出し抜かれたんだ」と言った顔をする周りの四人が気の毒で仕方ない。
「ここは俺に任せてくれないか」
勘右衛門くんが先端に分銅がついている鎖を取り出しながら言った。
「ほう。また君ですか」
「勘右衛門、俺も残る。雷蔵たちはユキちゃんをつれて先に行ってくれ」
兵助くんが中心あたりにリングのある先の尖った棒を出し(ゴツイ鉛筆!?)リングに指を入れてクルクル回しながら魔界之小路先生の方を向いた。
「いいですよ。一人でも二人でも同じことですからね。なんなら四人いっぺんでもお相手しますよ」
不敵に笑う魔界之小路先生。
二対一とはいえ二人は忍たま。
大丈夫なのだろうか・・・
不安に思っていると宙に浮く体。
「あいつらなら大丈夫。俺たち、あの日以来寝る間も惜しんで鍛錬してきたんだ」
「二人を信じて僕たちは逃げることに専念しよう」
私を横抱きにする八左ヱ門くん、大丈夫だというように微笑みかけてくれる雷蔵くんに頷く。
『勘右衛門くん、兵助くん!怪我しないでね!』
「「おうっ」」
力強く返事を返してくれた二人が魔界之小路先生に向かっていった。
私は八左ヱ門くんに抱き抱えられて塀を越える。
あっ・・・・あれは利吉さん!
宙を飛んでいる私が見たのは城の方から走ってくる利吉さんの姿。
三人いればきっと大丈夫。
私の気持ちは少しだけ落ち着いてくる。
「待ち合わせの古寺までこのまま抱いて走る。しっかり掴まってろよ」
『うん。お願いします』
八左ヱ門くんの首に腕を回して身を寄せる。
右から左へと流れていく景色。
しばらく走り、到着した古寺の門の前。
「ここだ」
『ありがとう八左ヱ門くん』
ストンと地面に下ろしてもらってお礼を言う。
「中に入って待っていよう」
暗い森に目を凝らしていた私に雷蔵くんが声をかけてくれる。
みんなは無事に帰ってくる。
友達を置いてきた雷蔵くんや八左ヱ門くんだって辛いんだ。
不安な顔をして彼らを困らせてはいけない。
拳をぎゅっと握りしめて気を強く持ち、森に背を向ける。
三郎くん、勘右衛門くん、兵助くん・・・
早く三人の無事な姿が見たいよ――――
私はもう一度彼らの無事を心の中で願い、古寺の中へと入って行った。