第二章 十人十色
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23.ドクタケ城
私はお散歩に行くところだったヘムヘムと一緒に忍術学園の外を塀に沿って歩いている。
忍術学園をぐるりと囲む塀は授業道具の一部。
一年生のうちから塀を登る訓練があるため
塀は非常に傷みやすい。
塀は目隠しになり、敵の侵入を妨ぐ大事なものだから、私たち事務員が定期的に壊れていないか見回っているのだ。
『誕生会の準備、ヘムヘムも手伝ってくれる?』
「ヘム!(もちろん)」
『ありがとう!』
手を挙げてニカッと笑顔で頷いてくれるヘムヘムの頭を撫でる。ヘムヘムはいつもかわゆいなぁ。
『そうだ。ヘムヘムの誕生日っていつなの?』
他の月の誕生日リストも見たのだが、ヘムヘムの名前はなかった。
「ヘムゥ」
『あっ・・・ごめんね』
悲しそうに首を振るヘムヘムに謝る。
申し訳なさで眉を下げる私にヘムヘムは気にするな、と言いながら自分は学園長先生に拾ってもらったのだと話してくれた。
『ここに来た季節は覚えてる?』
「ヘムッ(夏ッ)」
『そっか。それじゃあヘムヘムは夏グループの人達と一緒にお誕生日をお祝いしようね』
ニコッと笑いかけるとヘムヘムはパァァと顔を輝かせ、尻尾を振りながら私の周りをグルグル走り回る。
その様子に笑顔になりながらリストにヘムヘムの誕生日を追加する。
『誕生日会でゲームをしたいんだけどね・・・』
食事の間に余興やゲームもしたくてヘムヘムに何が盛り上がるか相談する。
あれがいい、これがいい、と暫く話し合っていた私たち。
夢中になっていた私たちは人の気配に気付けなかった。
『うわっ』
「ヘムッ!?」
突然茂みから飛び出してきた人たち。
私たちは一瞬でサングラスをした男達に取り囲まれてしまった。
「こんにちは、お嬢さん」
うわー最悪だ。
この格好には見覚えが有る。
小豆色の忍装束にサングラスと言えば十中八九ドクタケ忍者で決まりだろう。
一人格好の違う陣羽織の人が一歩前に進み出た。
「君が雪野ユキさんだね?」
『違います』
「え・・あ、そうなの?」
反射的に言い返す私に戸惑う男性。
ポカンとしているうちに逃げましょう。
ドクタケ城は敵の城。関わってもロクなことにならない。
ヘムヘムとアイコンタクト。
陣羽織の男性とマリンキャップの人の間に
人一人が通れるほどの隙間がある。
私とヘムヘムは頷きあって同時に駆け出した。
「逃げたぞっ、追え!」
『うえぇ追ってくるー』
無事に間を突破した私たちだが当然ドクタケ忍者隊は追ってくる。
しかも逃げたのは森の中。
どんどん忍術学園から遠ざかってしまっている。
チラッと後ろを振り向けば、追ってくる忍者隊との距離は数メートルまで縮まっていた。
このままでは追いつかれるし、多勢に無勢だから一度捕まったら逃げることなど出来ないだろう。
彼らに必要なのは私だけのはず。怖いが覚悟を決めよう。
『ヘムヘム、お願い・・あなただけなら逃げ切れるから・・ハァハァ忍術学園に行って、助けを呼んできて』
並走していたヘムヘムがビックリした顔で私を見上げる。
「ヘムヘムヘム(一人に出来ない)」
『ヘムヘムまで捕まっちゃったら、ハァ、誰に連れて行かれたか分からなくなってしまう。お願い、これしかないの。行って!どわあぁ』
私は木の根に躓いて顔から地面にダイブした。
映画のように格好良い別れを演出したかったのに台無しだよチクショウッ
足を止めるヘムヘムに土のついた顔を上げて
『行って、行って』と連呼する。
ヘムヘムは心配そうな顔をしていたが、覚悟を決めてくれたようで私に背を向けて森の中へと消えていった。
「ハハハ、捕まえたぞ!この稗田八方斎から
逃げ切れると思ったのか小娘ッ」
彼の言い方だと乱闘の末捕まった、みたいな感じだが実際は私が転んで追いついただけ。
偉そうに仰け反りおって!と両腕を拘束され、立ち上がらせられながら考えていると稗田八方斎はそのまま後ろへと倒れていった。ざまあみろだッ
「八方斎様!」
「お、お、お前たち、早く起こせッ」
「ハッ、今すぐに」
何だ、このくだらんミニコントは!!
頭だけで逆立ちする稗田八方斎を前に半眼になる私。
私はこんなのに捕まってしまったのか。屈辱だっ。
あと口の中が土でジャリジャリだッ。
『ふぐっ!?』
口ゆすがせて、とお願いしようとした私の口は布で塞がれた。
おえーこれじゃあ吐き出せないよ。
思い切り顔を顰める私は忍者隊に担がれる。
「忍術学園の奴らが来る前に城へと退却!」
「「「「「おぉ!」」」」」
上下に揺れる視界。
気持ち悪い口の中。
忍術学園からの助けが一刻も早く来ますように。
心の中で祈る私は『あれ?助けに来ないとかないよね?』という恐ろしい思いを慌てて打ち消したのだった。
***
ドクタケ忍者たちに運ばれること数時間。
私はついに城門をくぐってしまった。
「もう下ろしていいだろう。拘束も解いてやれ」
稗田八方斎に指示されてマリンキャップの男性が口を塞いでいた布を外す。
『ゴホ、ゴホッ(ほとんど砂利食べちゃったよ)』
咽せ込みながら袖でグイグイ口を拭っていると差し出された手ぬぐい。
「これを使ってください」
袖に手を当てたまま固まる。
私に手ぬぐいを差し出したのはマリンキャップの男性。
親切な誘拐犯?そんなの信用出来ない。
キッと睨む私に眉をハの字にするマリンキャップ。
「そんなに睨まないで下さい。私も息子に親切にしてくれたあなたを無理矢理連れてきてしまって申し訳なく思っているんです」
彼の言葉に目を瞬いていると「しぶ鬼の父のキャプテン達魔鬼です」と驚きの自己紹介をされる。
『しぶ鬼くんのお父様だったなんて・・・』
「あ、では、ついでに私も自己紹介を。ふぶ鬼の父で風鬼と申します。息子が授業でお世話になりました」
ハーイと手を挙げながら別の男性が私の前に飛び出してきた。
『いえいえ、こちらこそ』
ビックリしながらも風鬼さんにつられて頭を下げる。
調子のいいもので私の恐怖心は先ほどより薄れていた。
全く接点のない人とそうじゃない人では気持ちが全く違う。
少しだけ心の余裕を取り戻した私は改めて周りを見る。
『立派なお城ですね』
町にある建物とは明らかに違う立派な建物。
見上げるほど大きなお城に、囚われている事も忘れて感嘆してしまう。
「気に入って貰えてなによりだよって何で睨むの!?さっきの和気合い合いの雰囲気は!?」
『あんたと和気あいあい?寝言は寝て言えタコ野郎』
ニコニコしながら輪に入ってこようとした
八方斎を睨みつける。
「えええぇ何この落差っ。おじさんガッツリ傷ついちゃったよ!?」
両手を上下に振りながらグワッと叫ぶ八方斎。
(たぶん)私を誘拐する指揮を執っていたのはコイツ。
そんな奴と仲良くする気はありません。
豹変した私に恐れ慄く周囲を無視しながら八方斎に歯を剥きだし、話しかけられた不愉快さを伝える。
「心折れた・・・。風鬼、後を頼む(ダメだ。泣きそう)」
「はい!分かりました、八方斎様」
しょんぼり肩を落として何処かへ行こうとする八方斎。
あ゛?このまま行かせると思うなよ。
半泣きで立ち去ろうとする八方斎の肩をガシッと掴む。
『あんたが一番のお偉いさんでしょ?大事なお客をほっぽり出してどこ行くつもりだコノヤロウ』
ヒィと小さな悲鳴を漏らしながら振り向く彼の顔に自分の顔をぬっと近づける。
『仕事しろや』とメンチを切りながら睨む私に震え上がる八方斎。
『さっさとお殿さんの所に案内してよ』
連れてこられた理由は分からないがお殿様を助けたことがあるんだから悪い理由だとは思わない。
ん・・・・あれ?ちょっと待って。
あの時無礼な態度取ったから手打ちとかないよね!?!?
サーーと引いていく血の気。
常にポジティブシンキングなのも危機感がなさすぎるから考えものだ。もし無事に帰れたら想像力に幅を持たせよう。
と考えていると、
「実は殿には言っておらんのじゃ」
と八方斎が両人差し指を体の前でツンツンしながら言った。
『え?私は殿様に呼ばれたから誘拐されたんじゃないのですか??』
周りを見渡すと申し訳なさそうな顔。
それじゃあ、私はどうしてここに!?
「殿が毎日毎日、百合畑で会ったおなごに会いたい。とと恋する乙女のように言っておられたのでサプライズがしたくて」
テヘっと頭に手をやる八方斎を殴りたい。殴っていいよね??
まさかサプライズに利用されるために連れてこられたなんて。
忍者ならもっとやることあるでしょうに!
『こんなこと迷惑だからやめて下さい!私、仕事中だったんですよ!?忍術学園の人たちも心配していると思うので帰らせて頂きます』
「いやいやいや!せっかく来たんですから殿に会っていって下さいよ」
「担いでくるの重かったんですからっ」
『会いませんよ、風鬼さん。あとキャプテン達魔鬼は喧嘩売ってるってことでオーケーですよね?』
腕を捲ってみせるとキャプテン達魔鬼が「失言でした」と自分の顔をグーで殴った。
そこまでしなくても良かったのに・・・なんか、ごめん。
私ってそんなに怖いかな?フーッと深い溜息をつく私の前で両手を合わせてお願いしてくる忍者たち。
『・・・わかりました。ですが、手紙を書くのでどなたか忍術学園に届けに行って下さいませんか?無事であることだけ知らせたいです』
ドクたまちゃん達の親にいつまでも頭を下げさせるのは良心が痛む。
私にしてはかなりの譲歩だったのだが八方斎は首を振る。
「忍術学園は我らの敵。そのような手紙を送るわけにはいかない。というか、お前は我々が攫ってきた女。指図を受けるつもりはない」
残念なお知らせ。
八方斎がまともな忍者になってしまった。
うっと喉を詰まらせる私に近づいてきた八方斎に苦無を向けられる。
「歩け。そなたは今日よりドクタケ城城主、木野小次郎竹高のものじゃ。従わねば命はないぞ」
『・・・わかった。歩くわよ・・・』
チッ。急に忍者らしくなりやがって!
今日の私は本当に口が悪い。
頭の中で誰もがドン引きするような悪態をつきながら八方斎に連れられて城内へと足を踏み入れていく。
ドクタケ城の中は外見と同じように立派な造り。
「何をキョロキョロしているっ。逃げようなどと」
『豪華な作りだなーって(逃げるためもあるけど)』
「あ、そうなの?ありがとね(なーんだ)」
殿様想いだし、自分の職場大好きなんだね。
私は八方斎に初めて温かい眼差しを向けていた。
トコトコと廊下を歩いて着いた先。
『湯殿?』
入った部屋が脱衣所で驚く。
嘘・・・まさか混浴しろってこと?
「殿に会う前にここで穢れを落としてもらう」
な、なんだ。
いきなりの貞操の危機にビクビクしていた私はホッと胸を撫で下ろす。
『ん・・・あ!ねぇ、穢れって汚いものみたいな言い方』
「着替えは侍女に持ってこさせるから」
文句の途中で部屋から逃亡した八方斎。
消化しきれなかった怒りを戸に向かって舌打ちしながら沈めていると、その戸がパッと開く。
「この子が侍女です(怖っ。舌打ちしてた)」
再び現れた八方斎が早口で言って、ポンと背中を押して女の人を中に入れた。
その間、奴は私と視線を合わそうとしなかった。
ヘタレ虫め・・・。
再びピシャリと閉まった戸。
急に知らない女の人と二人きりにされて困惑する。
しかも凄く美人なお姉さんで緊張もしてしまう。
「はじめまして。私、ユキ様付きの侍女として採用されました利子と申します。よろしくお願い致します」
頭を下げてふわりと笑う女性。
綺麗な人・・・。
「ユキ様?」
『あっ、こちらこそよろしくお願いします』
暫し見惚れてしまっていた私はハッとして
ペコリと頭を下げる。
「どうぞ、湯文字でございます」
『ユモジ?』
布を渡されながらキョトンとしていると入浴の際に身に付ける
布だと教えてくれた。上下が分かれている小袖という感じだ。
「お使いになったことはないのですか?」
『いつもはスッポンポンで入るから』
「っぷ。あっ、し、失礼致しました」
『あ、いえ。私こそ変な言い方してごめんなさい。品が無い。真っ裸って言えば良かったですね』
アハハー、と照れ笑いする私の前で俯いて肩を震わせている利子さん。
この言葉のチョイスもよろしくなかったみたいです。
だって美人の前って緊張するんだものー!
「先に中で準備をしております」
『はーい。着替え終わったらすぐに行きます』
利子さんは雇われた人で、私が無理矢理ここに連れてこられた事とは何ら関係ない。だからフレンドリーに接していいよね。
久しぶりに年齢の近い同性の人と話すことができた。
別の場所だったら友人になれたのに、おしいな。
そう思いながら忍装束を脱いで湯文字へと着替える。
『布がしっかりしてて寒くない』
バスタオルくらいの厚みのある湯文字は温かい。
露天風呂の時に付けたらいいかも。いつか温泉旅行に行けたら是非持っていこう。
愉快な気持ちになりながらお風呂場へと向かう。
『露天風呂だ!』
思わず感嘆の声を上げてバンザイする私を見て利子さんがプッと吹き出してしまった。
『今ちょうど温泉旅行行ってみたいなーと考えていて』
言い訳をしながら利子さんに歩み寄るとフッと体ごと
視線を逸らされる。私、何かした?
慌てて湯文字を見たが前ははだけてなかった。良かった。
「ここへお座りください。お背中お流し致します」
『自分でやるからいいですよ』
「いえ、仕事でございますから」
そういうもの?
申し訳ない気がしたが、利子さんの前にある風呂椅子に腰掛けさせてもらう。
急に態度の変わったさっきの利子さんの事を考え、自分の行いを思い出していると背中に温かいお湯がかけられた。
『ほえ~極楽じゃ』
「ブフウッ!?あ、あら、ごめんさない。私ったら・・」
『気にしないで下さい。でも、良かった』
振り返って目を瞬く利子さんにニッと笑いかける。
『さっき視線逸らされたから私、何かしちゃったかなーと思ってて。私の気にしすぎだったみたい』
「そのような事を思われていたのですか・・・。誤解を与えるようなことをして申し訳ありません」
『いえいえ。私がここに急に連れてこられて神経が尖っていたから』
本当は呑気にお風呂に入っている場合じゃないんだよね。
前を向いて考え込んでしまう。
助けは(来ると仮定して)いつ来るだろうか?
それとも自分で頑張って逃げるべき?・・・いや、一瞬で見つかって首絞められて終わりだわ。まだ生きたいからそれだけは勘弁。
「どうぞ湯の方へ」
『ありがとうございます』
利子さんの声にハッとして立ち上がる。
足を滑らせないように手を貸してくれる利子さんは優しい。
嫁の貰い手が溢れんばかりにいそう。
こんな事考えている場合じゃない。と自分に喝を入れてチャポンとお湯に浸かる。
ドクタケはここ以外にも城を持っているかもしれない。
この城の特徴を書いて送れば私がどこにいるか分かってくれるかな?
露天風呂の真ん中。
顔半分までお湯に浸かって、鼻から出した息でボコボコ泡を出しながら連絡手段を考えていると利子さんに手招きされた。
やだ。「はしたない」って怒られるのかしら。
そんな事を思いながらも体が冷えないようにお湯に肩まで使ったまま手を底について移動する私はどうしようもないズボラ者。
『何でしょう?』
極力こちらを見ないようにしている利子さんは完全に私に呆れているのだろう。
あなたと違って“こういう人間もいるんだよ”ということで利子さんの世界観が広がってくれたら私は満足である。
「ユキさん」
『はい』
「利吉です」
『ハイ?』
「だから、変装した利吉です」
『!?!?』
今、なんて言いました?
世界中の言語全てを使って聞き直したい。
唖然としながら苦笑いしている目の前の美人をジッと見つめる。
うん・・・・利吉さんだ。
上手く女装してはいるが顔の骨格や目は
しっかり利吉さん。
私は驚きでワナワナ震えながら手で口を塞ぐ。
『どうして覗きなんか「違いますよッ」
ハッと口を覆う私に利吉さんがクワっと叫んだ。
「まったく。変なこと言うから大声出しちゃったじゃないですか!」
辺りをキョロキョロして気づかれていないと確認してから利吉さんはハアァと息を吐き出した。
「まったく。あなたは私を何だと」
『で、助けに来てくれたんですよね?』
ブツブツ言うのを遮って、利吉さんの手をガッと掴む。
利吉さんの体がグラグラ揺れた。
「うおっ!?(落ちる)」
『げっ。まずい』
お風呂に落下させては申し訳ない。
それに変装も落ちてしまう。
立ち上がり、彼の両肩を掴んでこちらに傾く体を押し返すが勢い余って利吉さんの体は後ろへと倒れていく。
ツルッと足を滑らせた私の体も前へ。
「うぅぉぉ」
『ご、ごめん・・・許して・・・』
露天風呂に響く切なげな利吉さんのうめき声。
私は呻く彼の横で立ち尽くす。
『ごめん。利吉さん。ホントごめん』
私は 利吉さんの股間で顎を打った・・・ホントゴメン。
決して故意じゃない。セクハラでもない。偶然だったんです。
陪審員の皆さん。聞いてください!わざとじゃないんですぅぅぅ
「ユキさん、といると平常心を保つ力が・・養われ、ますよ」
『相すみませぬ』
ようやく身を起こすことができた利吉さんに皮肉たっぷりの言葉を浴びせられて縮こまる。
「そこが気に入っているところでもあるんですけどね」
『えっ?』
俯いていた顔を上げると利吉さんに笑いながら頭を撫でられた。
痛めつけられた相手にこんな優しい笑顔を見せられる利吉さんの心は広い。私も見習おうと思う。
「体が冷えるので湯船に入ってください。これからの事を
説明します」
利吉さんに手を借りながら浴槽へと入る私の頭には大きなクエスチョンマーク。
『説明って今から逃げるんじゃないんですか?』
「私もそうしたいところなのですがね・・・」
どういうこと?
ハハ、と力なく笑いながら襟の間に手を入れた利吉さんは一枚の紙を取り出した。
その紙を覗き込む。
――――――――――――――――――――
ユキちゃんへ
ドクタケ城からのユキちゃん救出は
実習として5年生にやってもらうことになった。
以上
P.S. 五年生の役に立てて良かったね。さすが儂!
学園長
――――――――――――――――――――
『なーにが、さすが儂、じゃ!良かないわッ。もおおぉ!!』
「っ!?ユキちゃん落ち着いて!濡れる、濡れちゃうからっ」
手で水面をバシャバシャ叩く私から逃げる利吉さん。
助けてくれるのは嬉しい。有り難い。
しかし、贅沢言わせてもらうがサクッと安全に速やかに利吉さんや先生に助け出して頂きたかったよ。
いえ、五年生も優秀だから信用しているけどね・・・でも、うぅ。
『うわーん。早く帰って良い子達に癒されたいよぉ』
「な、泣かないで下さい!ユキさんの事は私がしっかりとお守りしますから」
ガンガンと浴槽の岩を叩く私を利吉さんが宥める。
『ほんとに、ほんとに守ってくれますか?』
「もちろんですよ。この命にかえても(可愛いなぁ)」
『!?・・命はいいです。そんときゃ自分を優先してください』
「え゛っ」
ピタッと真顔になって言う私にポカンとする利吉さん。
「まいったな・・・」
何が、と聞く前に私は膝をついていた利吉さんに手を引かれて抱きしめられる。
『利吉さん!?服が濡れちゃいますよ!?』
「換えを持ってきています」
『そ、そういう問題じゃ・・・』
慌てる私の腰に腕を回す利吉さん。
彼の吐息が耳にかかる。
「あなたが愛しくて仕方ない」
『っ~!こ、コラ。冗談はやめなさいッ』
甘い声に煩く鳴る心臓。
彼の腕から解放された時には、私の体は足の先まで真っ赤に染め上がっていた。
「これ以上ここにいるとあらぬ事をしそうですから上がりましょう」
『ま、またそうやってからかって!』
「ハハ、本気なのになー」
『っ!?」
「では、脱衣所で待っています」
口をパクパクする私に楽しそうに笑って、脱衣所へと消えていく利吉さんはどこまで本気だか分からない。
『まいっちゃうのはこっちの方ですよ・・・』
呟いて、私は利吉さんを追いかけた。