第二章 十人十色
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21.攻める男
『おばちゃんの料理は世界一!おばちゃん、大好き、LOOOVE!!』
「う、うん。ありがとね」
一冊読み終えるまで音読させられた徹夜明けの私は限界を通り越してハイテンション。
苦笑いのおばちゃんから朝食を受け取りテーブルへ。
『おいひいっ』
味噌汁が体に染みていく。
あっちの世界では一人暮らしで毎日いい加減な朝ごはんだった。
栄養バランスの取れた食事と動き回る毎日。
思えばこちらに来てからの方が健康になった気がする。
これは長生きできそうだ、と考えていると与四郎くんがテーブルにやってきた。
「おはよう。会いたかっただーよ!」
『アハハ、さっきぶりじゃない』
本を読み終わって解散してから朝の身支度が終わるまで一刻(三十分)弱。
寂しくなる暇もなかっただろうに、と言うが与四郎くんは「わかってない」
と溜息をつきながら私の向かいに座った。
「俺は四六時中、ユキのカワイイ顔を見ていたいんだーりゃ」
与四郎くんの攻撃、女殺しスマイル!
『はいはい、ありがと』
を適当に流し受ける。
朝食は和食、与四郎は肉食。
座布団一枚!語呂のいい言葉を捻り出した徹夜明けの脳みそを自画自賛。
『お茶いる?』
空腹だったため高速で朝食を平らげた私。
立ち上がりながら聞くと与四郎くんは目をキラキラさせる。
「気が効くんだべなぁ」
『もう、与四郎くんったらいちいち大袈裟すぎっ』
悪い気はしないけどね。
こそばゆい気持ちになりながら厨房に入ろうとしたら食堂に乱・きり・しんの三人が入ってきた。
「「「ユキさん、おはよう!」」」
『おはよう。昨日は良く眠れた?寒くなかった?』
目線を合わせて尋ねる。
みんなは武闘場で寝たから風邪を引いてないか心配していたのだ。
しかし、そんな心配はいらなかったみたい。
「お話聞きたかったのに途中で寝ちゃった」
「俺も。ユキさんの声、眠気を誘うんだもん」
「また続き聞かせてね」
口々に言う三人の頭を撫でる。
元気そうで良かった、良かった。
『他のみんなは?』
「まだ朝の身支度してたよ。でも、もう来ると思います」
「しんべヱがお腹減っちゃたって言うから僕たち三人は先に来たんだ」
「もうお腹ペッコペコ。早く食べよう!」
『与四郎くんがいるテーブルにいるの。一緒に食べる?』
「「「食べる!」」」
お茶を淹れて、ワイワイ昨日の話をする三人に続いてテーブルに向かう。
「「「錫高野与四郎さん、おはようございます」」」
「おぉ、おはよう。三人とも元気いいだんべな」
三人を見る与四郎くんの眼差しは優しい。
平和な時間にほっこりした気分になりながら与四郎くんにお茶を手渡す。
「錫高野さんはいつまでいられるんですか?」
乱太郎くんが言った。
私も気になってたんだよね。
与四郎くんに視線を向けると、
「今日の昼過ぎには出発の予定だ」
と、眉を下げて言った。
「じゃあ僕たちが授業中に帰っちゃうんだ」
「喜三太寂しがるだろうな」
残念そうなきりちゃんとしんべヱくん。
そっか。いつまでも忍術学園にいるわけにはいかないもんね・・・。
昨日からずっと一緒にいたせいか与四郎くんが近くにいるのが普通になっている自分がいた。
『次はいつ会えるのかな・・・』
これから何処へ向かうか知らないが、次に会えるのはずっと先になってしまうだろう。
寂しい気持ちになる私の右手が与四郎くんの両手に包まれる。
「ユキ、俺たちと一緒に行がねーか?」
『・・・はい?』
「ユキ、俺たちと一緒に行がねーか?」
違う。聞こえなかったって意味じゃないからっ。
おそらく今の私は酷い間抜け面だろう。
突然のことに思考が停止してしまった。
『えっと、どうゆうこと?』
頭をブルブル振って冷静さを取り戻す。
しかし、どうしても与四郎くんの言葉を上手く理解できない。
戸惑う私の前でスクッと椅子から与四郎くんが立ち上がった。
すうっと息を吸い込む与四郎くん。
「ユキ!俺の嫁っ子になってくりょ!!」
『え、んん!?えええぇぇ!!??』
私の声が食堂に響き渡る。
乱・きり・しんの三人からも「「「ええぇっ!?」」」と声が上がる。
突然の公開プロポーズに周りの忍たまたちも大騒ぎだ。
『冗談なの?本気なの?冗談よね?』
「本気だ」
マジか・・・
真面目にプロポーズしてくれた人に悪いが冗談だと言って欲しかった。
この子の思考は私の追いつかないところにある。
私は頭痛を感じて眉間に手を当てた。
『与四郎くん、ごめん。何と反応したらいいか・・・』
「外で話してもいいべか?」
『もちろん。そうしよう』
私も外の空気を吸って気持ちを落ち着けたい。
三人に別れを告げ、私は与四郎くんと人がいなさそうな場所まで向かう。
「驚かせちまってすまん。んだけんど、話すなら今しかないと思ったんだーりょ」
『うぅ、まだ頭が混乱してる。だって私たち、会ったの昨日だよ!?』
庭に来た私たちは岩にそれぞれ腰掛けて向かい合っている。
『気持ちは嬉しいけど急すぎて・・・』
どう考えたってプロポーズなんてぶっ飛びすぎている。
交際申し込みだって早すぎるくらい。
ここまで肉食行動をされると与四郎くんに不信感さえ芽生えてきてしまうのですが・・・
でも、そう考えてしまうのはとても悲しい。
気分を暗くしていると、私の気持ちを察したように与四郎くんが「訳がある」と私に言った。
「俺はここからずっと離れた相模国に住んどるべ?じゃけ、国に戻っちまっだら次に会えるのは何時になるかわっかんねーべ」
『・・・次、か』
与四郎くんの言葉に眉を寄せる。
次に会えるのはずっと先。確かに私もさっきそう考えていた。
でもそれは、私が思うよりもずっとずっと先なのかも。
戦も多いこの世界。別れたら二度と会えないこともあるだろう。
だから“この人だ”と思ったら求婚する。
それはこの世界では当たり前の感覚かもしれない。
永遠の別れ・・・
その言葉は私の胸にズシンと沈みこむ。
「あちこち旅して歩ってきたけんど、ユキみたいに素敵なオナゴはいねがった。これから先もユキほどのオナゴには出会えないと思ってるだーよ」
『与四郎くん・・・』
与四郎くんが私の前に跪いて手をキュッと握り締めた。
「俺はまだ忍たまで頼りねぇかもしれねぇ。だけんど、来年からはプロの忍になって働いて、ユキを養える。だから俺と夫婦になってくれ」
と、与四郎くんは再びプロポーズの言葉を言ってくれる。
情熱的な彼の言葉に胸が震える。
いい加減なプロポーズではなく、考えがあって言ってくれた事が嬉しかったし、求婚されるのは光栄なことだ。
でも――――
「答えは出発前に聞かしてくりゃーな」
開きかけた口を閉じる。
岩の上に仰向けになり、大きく息を吐き出す。
『私は臆病で今回もズルい』
横目で小さくなっていく彼の背中を追いながら呟く。
与四郎くんは好き。
でも、私には結婚という大きな決断をこんなに短い期間で下すことは出来ない。
プロポーズは断る。
でも、彼に嫌われたくない。
また会いに来て欲しいという自分がいる。
だから私は臆病でズルい。
『あ・・・始業の合図』
ヘムヘムが鳴らす鐘。
私は頭をグルグルさせながら事務室へと歩いて行った。
***
いまいち集中できないまま午前中の仕事を終えてお昼休み。
普段なら食堂に飛んでいくところだが今日は
そういう気分にはなれない。
何も聞かずにそっとしておいてくれる吉野先生と小松田さんに感謝しつつ、私は事務室に残り、あるはずもない“傷つけない断りの言葉”を考えている。
「あの、失礼します」
『はい。どうぞ』
控えめな声がかけられて戸が開く。
廊下に立っていたのはきりちゃんだった。
『外出届けかな?』
アルバイトをいっぱいしているきりちゃんは外出の届出が他の子たちよりも多い。
棚にあるはずの外出届を探していると(どこいった?)後ろから衝撃がきた。
『ん?どうしたの?』
首だけ後ろに振り向けば腰のあたりにギュッときりちゃんが抱きついている。
顔を背中に押し付けているので表情は見えないが深刻そうな様子だ。
『きりちゃ「ごめん!何でもない!」えっ!?ちょっと待って』
叫びながら事務室を出て行くきりちゃんを追いかけるがその姿はあっという間に廊下の角を曲がって行ってしまった。
足速ッ!じゃなくて心配だ。
『ええと、一年は組の時間割は・・・』
事務室に戻って一年は組の時間割を探して授業を確認する。
あった・・・午前中は教養で午後からは実技。ということは午後から半助さんはフリーだよね。
きりちゃんの様子が気になった私は午後の授業開始の鐘を聞きながら廊下を小走りに進んでいく。
『半助さん、いらっしゃいますか?』
「ユキ?私に用かい?」
戸を開けてくれた半助さんに会釈してお部屋にお邪魔させてもらう。
『お仕事中すみません。ちょっとお聞きしたいことがありまして』
小首を傾げる半助さんに授業できりちゃんに変わった様子がみられなかったか聞いてみる。
話を聞き終えた半助さんは難しい顔で唸った。
「確かに元気がなかったな」
彼の言葉に眉根が寄る。
朝ごはんの時は普段通りだったよね。短い時間に何があったのだろう?
『お昼休みに急に事務室にやってきて、私にギュッと抱きついて何も言わずに帰っていってしまったんです。半助さん、何か心当たりはありませんか?』
「ある」
『そうですよねって、え?あるんですか!?』
驚く私の前で困ったような笑いで肩を竦める半助さん。
「恐らくきり丸と私は今、同じ心境だと思うよ」
『それは何が原因ですか??』
グイっと詰め寄ると半助さんは言うのを少し戸惑ったような表情を見せてから「錫高野くんに求婚されたんだって?」と眉を下げた。
『・・・そっか、きりちゃん』
きっと私がプロポーズを受けるかもと思って寂しくなってしまったのだろう。
だけど「行かないで」とは言えなかったんだ・・・。
決めるのは私。わがままを言ってはいけない。と思って言うのを我慢してくれたんだね。
本当に、きりちゃんは優しくて良い子。
『私、一緒に行けないって伝えて来ます』
「・・・そうか」
『では、失礼します』
そろそろ与四郎くんたちの出発の時間。
私は半助さんたちの部屋を辞して正門へ。
『与四郎くん』
「ユキ」
私のことを待っててくれたみたい。
正門に着く前に与四郎くんに会うことが出来た。
あぁ、胸がチクチクする。
与四郎くんが良い子だから余計に断るのが辛い。
だけど、ちゃんと言わなければ・・・
『ごめんなさい!』
結局、どんなに言葉を選んでも傷つけてしまう事に変わりはない。
私はシンプルに言って頭を下げた。
「頭を上げてくりゃーな」
少しの沈黙の後、諦めたような溜息が降ってくる。
顔を上げると優しい顔で与四郎くんが私を見ていた。
「そがいな顔しなくてもいいだよ。答えは何となく
分かってただーよ」
ポンポンとあやすように私の頭を叩く与四郎くん。
『・・・ごめん』
私はどうして、他にもっと気の利いた言葉を
言えないのだろうか・・・
『私ったら、ご、ごめん』
私は掠れた声で同じ言葉を繰り返すしか出来ない。
泣きたいのは彼の方だろうに涙まで滲んできてしまう。
「ヨシヨシ、泣かねー泣かねー」
これ以上甘えちゃダメだと思うのに、抱きしめられて背中をトントンしてくれる与四郎くんの胸の中で泣いてしまう。
「こんなに泣かしちまって・・・俺はユキに負担をかけちまっただな」
『違う!そんなことないっ』
体を離して首を左右に振る。
「んだけんど」
『本当に違うの!私が臆病でズルくて、優柔不断で欲張りだからいけないの!』
「何を言ってるだーよ?ユキは臆病なんかじゃねー。ましてやズルい人間なんかじゃねーさ」
『ズルいよ!プロポーズは受けられない。なのに私は与四郎くんと今日でお別れなんて嫌だと思ってるんだものッ』
勢いに任せて言ってしまった。
固まる与四郎くんの前で激しく後悔する。
小さなきりちゃんでさえ私のことを思って言いたいことを我慢したのに泣き叫んで本心を全部ぶちまけるなんて子供すぎるよ。
『ごめんなさい。大人気なかった』
冷静になってこれ以上醜態を見せないようにしよう。袖でグッと涙を拭き取る。
別れを言う時くらい大人でいたい。
袖で目元を覆ったまま呼吸を整えていると明るい笑い声。
「嬉しいだーりゃ!」
与四郎くんが高い高いをするように私を持ち上げた。見下ろす彼は満面の笑み。
『え!?よ、与四郎くん!?』
「ユキがこげに俺のこと想ってくれてるとは思わなかっただーよ」
『わわっ』
ウキウキした様子でその場をくるくる回りだす与四郎くんに困惑する。
困惑しながらも彼に嫌われてないことが嬉しかった。
与四郎くんにつられて私の顔にも笑みが浮かぶ。
「ユキは一つ勘違いしてるべさ」
『勘違い?』
「あぁ。俺たちはこれでお別れじゃねー。俺はまたユキに会いに来るさ」
『本当に!?』
「俺はまだユキを諦めたわけじゃねーだよ。何度でも会いに来る」
トンと私を下ろして与四郎くんは笑った。
途端にツンと鼻が痛くなる。
『与四郎くん・・・』
「ん?」
『ありがとうっ』
「おわっ!?アハハ、ユキは可愛いなー」
嬉しくなって与四郎くんに抱きつくと、彼は私をしっかり抱きとめてくれた。
止まっていた涙も出てきてしまう。
「さぁ、名残惜しいけんど時間だ」
『門まで送るね』
笑顔でお見送りしたい。
涙を止めて、与四郎くんと正門へと歩き出す。
「あ!与四郎せんぱーい」
「先生、仁之進、お待たせしてすみません、おっと」
走ってきた喜三太くんに抱きつかれて与四郎くんの体がグラリと揺れる。
「与四郎先輩ったら、もっとゆっくりお別れ言いたかったのに!」
「すまん、喜三太。また直ぐ会えるからそげな顔するな」
「ほんとーですか?」
「ホントだーよ」
よしよしと喜三太くんを慰める与四郎くん。
周りを見れば一年は組全員が与四郎くんたちのお見送りに集合していた。
「山田先生、みなさんも、お世話になりました」
「喜三太、元気でな」
「仁之進もねっ」
別れを惜しむ喜三太くんと仁之進さん。
『旅の無事を祈ってるね』
「ありがとな」
ちゃんと出来た笑顔でお別れ。
「ユキ」
『ん・・・んん!?』
「「「「「 ああーーーーー!!! 」」」」」
チュッと私の頬にキスをして走り去っていく与四郎くん。
ワッと声を上げる一年は組の良い子たち。
『まったくもう。油断も隙もないんだから』
肉食男子な与四郎くん。
積極的に進んでいく彼ならきっと、そう遠くない日に元気な姿を見せてくれると思う。
『また来てねーー!気をつけて!』
右手で去りゆく彼らに手を振って
左手ではきりちゃんの肩を抱き寄せる。
私の上衣を小さなきりちゃんの手がキュッと握った。
***
うえ~夜勤の日だって忘れていたよ。
忍術学園事務員さんの仕事の一つにある夜の見回り。
吉野先生と小松田さんのご好意で今まで夜勤は免除だったのだけど、仕事にも慣れてきたので私にもやらせて欲しいと頼んだのだ。
で、今晩がその夜勤の日だったわけだが、昨日は予定外の徹夜だったためもの凄く眠い。
朝のテンションは何処へやら、ふらふらと庭を進んでいる。
『モンちゃんは元気だね』
<ウォオオン(遊んでよ!)>
隣を歩いているモンちゃんが木の枝を咥えて見上げてくる。
どうやら遊んでもらいたいらしい。
『ちょっとだけだからね』
愛狼に弱い私。眠いけどちょっとだけ遊んであげよう。
枝をビュンと放り投げる。
『元気いいな~』
夜行性だけあってモンちゃんは元気いっぱい。
タタタッと棒が投げられた方向に走っていった。
私の方は大あくびをしながら近くの岩に腰をかける。
あぁ、ダメだ。
座った途端に・・急に・・ねむけ・・が・・
「おい、こんなところで寝るなッ」
『うわあっ!?』
背後から突然声をかけられて覚醒。
あービックリした。
後ろを振り向けば留三郎が立っていた。
『驚かさないでよ』
「悪ぃ、悪ぃ」
そう言いながら留三郎は隣に腰掛ける。
『夜間訓練だったの?』
「いや」
『じゃあ自主鍛錬?』
頑張るなぁと考えていたが自主鍛錬でもないらしい。
じゃあ何?夜の散歩?ロマンチックだねーとニヤニヤしているとモンちゃんが棒を咥えて帰ってきた。
「狼!?」
『あれ?会ったことなかったっけ?生物委員のペットで私の相棒だよ』
「へぇ。名前はあんのか?」
『モンちゃん』
「ブフッ!?」
モンちゃんを撫でていた留三郎が吹き出した。
「いい名前つけたな」
『あはは、このことで潮江の文ちゃんをからかわないであげてね』
「わかってるって」
ニヤッとした笑い。
これは明日さっそく文ちゃんをからかう気でいるな。
ごめんね、文ちゃん。許してね。
文ちゃんに怒られないように明日の予定は自室と事務室に引きこもり決定だな。
<ウオォン!(棒投げて)>
「こいつ・・ぷぷっ、モンは何て言ってんだ?」
『棒を投げて遊んでくれって。投げてあげてくれない?私じゃ遠くまで飛ばせなくて』
モンちゃんから棒を受け取って留三郎に渡す。
『わー良い音』
ビュンと力強く投げられた棒はあっという間に闇の中に消えていった。
モンちゃんは嬉しそうな顔で追いかけていく。
残された私と留三郎。
「これ、やる」
『ふぁ?』
再び強烈な眠気に襲われていた私は夢から
現実世界に引き戻される。
ぼんやりした頭で視線を下に落とせば留三郎の手。
掌には細長い何かが置かれていた。
『ヒモ?』
「ん?組紐って知らないか?」
目線まで上げて紐をしげしげ眺めていると留三郎が言った。
「髪を結ぶ紐だ」
『あ!くノ一教室の子たちが髪を結んでいる紐だ!』
そういえば見覚えがある。
向こうの世界から持ってきたゴムを使っているから買ってなかったしな・・・。
『でも、どうして急に?』
誕生日でもないので(留三郎も知らないだろうし)不思議に思って首を傾げる。
留三郎の答えを待っていると、彼は恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら口を開いた。
「それは・・・侘びだ」
『お侘び?あぁ。普段の私に対する態度への侘「違ぇよっ」
違くない。
普段の行いを反省してほしいね!
「・・・町に付き合ってもらったのに不快な思いさせて悪かった」
思い出し怒りでシャーっとなっていると留三郎が呟くように言った。
「俺の説明不足だった。ごめん」
『留三郎・・・』
スッと私に向き直って頭を下げる留三郎に驚く。ずっと気にしてくれてたんだ。
私は胸の前で貰った組紐をギュッと握り締める。
『私の早とちりもあったから留三郎だけが悪いわけじゃないよ。私も感情的になって勝手にどっか行ってごめんね』
だから顔上げて、と留三郎の肩に手を添えて頭を上げてもらう。
顔を上げた彼は私に柔らかく微笑んでくれた。
『結んでくれる?』
「え、俺がか!?」
驚く留三郎に組紐を渡し、ゴムを外す。
『私、不器用だからさ。お願い!』
「そうだったな。気づかなくてすまない・・・」
『ちょっとおおぉ!?』
ハッとしたように息を呑み込んで言う留三郎を軽く睨みつける。
「ぷっ」
『あはは』
目が合った私たちは、同時に笑い声を上げたのだった。
「よし、できたぞ」
手鏡を出して頭を左右に振ってみる。
萌黄色と水色の組紐が揺れ動く。
『可愛い・・・。ありがとう、留三郎。
大事に使わせてもらうね』
「おぅ」
笑顔でお礼を言うと留三郎は照れたように私から視線を外した。
「今度はさ、普通に町に遊びに行こうぜ」
『誘って。楽しみにしてるよ』
「~~っ!?(なんだよ、可愛いじゃねぇかっ)」
次こそは留三郎にお手製弁当を食べてもらいたいな。
おにぎり以外も上手く作れるようにならないとね。
新しい出会いと別れ、喧嘩と仲直り・・・
毎日が色々なことで溢れているこの世界
さあ、明日からも楽しく過ごそう!
私は明るい気持ちになりながら、夜空に微笑んだ。