第二章 十人十色
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半泣きになりながら叩いた忍術学園の扉が開く。
『小松田しゃぁーーん、怖かったよぉ』
「うわあぁユキちゃん!?」
私は顔を出した小松田さんの胸の中に飛び込んだ。
怖かった。本当に怖かった。
原因は私の後ろに立つこの馬鹿二人。
「すまん。悪気はなかっただぁよ」
「つい夢中になっちまって悪かったな」
私を横抱きして猛ダッシュする与四郎くんを
追いかけてきた留三郎。
仲がよろしくないと推測されるこの二人は忍術学園へ帰る道中
愉快な勝負をし始めたのだ。
忍術学園に着くまで私をボールのように奪い合う二人。
飛んでくる武器、飛んでいく私の体。
おかげでゴールの忍術学園に到着した私は超絶にグロッキーだ。
「一体何があったの!?!?」
『コイツらに苛められたんですよー』
「あらら~それは可哀想に」
私の背中をあやすようにトントンしながら小松田さんが馬鹿二人に「ダメだよー」とユルいお説教をしてくれた。
お説教さえも癒しの時間に変える小松田マジック。
「はぁ、やっと追いつきましたよ」
「山野先生、待ってくだせ~」
小松田さんの肩に顔を埋めて雑に扱われた自分の体を癒していると山野先生と古沢先生が忍術学園に到着した。
小松田さんで充電した私は元気いっぱいに回復。
山野先生と古沢先生に歩み寄り、腕を取ってズンズンと林の中に引っ張っていく。
言葉に出すと『ちょっと顔をかせ』ってやつです。
私は怯えた顔の先生たちを大きな木を背に立たせて、壁ドンならぬ木ドン(?怪獣の名前みたい)をする。
目上の人とか関係ありません。言いたいことは言わせて頂きます。
「スミマセンでした。以後気をつけます」
「ごめんなさい(ワシに言われても困るのに・・・)」
『よろしくお願い致しますね』
先生たちに伝えたのは“自分の生徒はちゃんと指導しようね!”という私の心からのお願い。
にっこり笑った私から先生たちが視線を逸らす。
古沢仁之進先生に至っては小刻みに震え出してしまった。
私が言っても効果はないだろうが、先生たちにガツンと怒られたら与四郎くんも二度と今回のような迷惑な行動はしないだろう。
『小松田さん、入門表下さい。みなさんもサインお願いしますね』
サラッとサインをして小松田さんに入門表を返す。
事務員にシメられた先生たちにどう接したらいいだろう、という気まずい雰囲気になっている馬鹿二人を無視してひと足お先に学園の中へ。
まだ夕方なのに疲れ切っちゃったよ。
ふあぁ、と欠伸をしながら腕をグーっと伸ばしていると体に衝撃。下を見れば喜三太くん。
「大きなあくび見―ちゃった」
『うわー恥ずかしいな』
クスクス笑みを零す喜三太くんの前で苦笑い。
「どこに行ってたの?」
『町にちょっとね。あ、お客様が来ているの。私はお茶を淹れに行くから学園長先生にお客様のこと伝えに行ってもらっていいかな?』
「お客様ってだあれ?」
『東の方にある風魔流忍術学校の「もしかして仁之進たちが来てるの!?」
驚きながら頷くと喜三太くんは顔を輝かせて正門へと駆けていった。
知り合いなのかな?不思議に思いながら喜三太くんの後を追って正門に戻っていると、潜り戸から古沢先生が現れた。
「仁之進っ!」
「おぉっ、喜三太でねーが。元気だったか!?」
え!?喜三太くん、先生を呼び捨て!?
フランクな外国人の先生的なノリだろうか・・・。
ヒシッと抱き合って再会を喜び合う古沢仁之進先生と喜三太くん。
お互いの近況を確かめ合う会話はまるで友達同士みたい。
「喜三太は元々風魔流忍術学校に通っていて、父親の転勤で忍術学園に転校したんだぁよ」
不思議そうにしていたら与四郎くんが教えてくれた。
交通や連絡手段の発達していないこの世界。
一度別れを告げたら二度と会えなくなることも多いだろう。
感動の師弟再会シーン。
喜ぶ喜三太くんの気持ちが伝わってきて私も頬を緩ませる。
『与四郎くんも山野先生たちと一緒に学園長先生の庵に行く?』
「いや、俺はユキと一緒にいてえ」
与四郎くんが私の手を両手でギュッと握った。
肉食男子な与四郎くん。これはかなり女の子を泣かせてきたな・・・。
でも、恋愛ベタな私にはこれくらいグイグイくるタイプの方が合うのだろうか。
自分の好きなタイプを考えすぎて逆に分からなくなった今日この頃。
不誠実にならない程度に色々な人と話してみるのもいいかもしれない。
動かなければ進まない
チャンスは強奪せよ
が母の口癖。私もこれに習うとしよう。
それに風魔忍者の話をゆっくり聞きたいしね。
『学園長室にお茶を運んだら後はフリーだから食堂か私の部屋でお茶でもしよう』
そう言うと与四郎くんの顔がキラキラと輝いた。
「ユキの部屋に行ってもええだか?」
『うん。落ち着いて話せるしね。でも、部屋の場所分からないよね』
どこで待っていてもらおうかと考えているとクイクイと上衣が引っ張られる。
視線を下げればいつの間にか喜三太くん。
「僕と仁之進も一緒に行っていい?」
『もちろん。あれ?でも、古沢先生は学園長室に行かれるでしょ?』
「古沢先生?」
目をぱちくりした喜三太くん。
不思議そうな顔をする彼の顔を見つめていると与四郎くんと古沢先生が笑い声を上げた。
「アハハ、仁之進は教師でねぇだーよ」
『あれ?そうなの?』
今度は私が目をぱちくりする番。
「ワシは教師ではなく喜三太と同じ学年の忍たまなんです」
「僕と仁之進は同級生だったんだよ」
『同級生?』
話を聞くと、古沢さんは教師ではなく中年になってから忍者になりたいと思い入学したアクティブなおじさまだった。
『ちゃんと確認もせずに申し訳ありません』
ペコリと頭を下げると古沢さんは慌てて顔の前で手を振った。
「いやいや、頭を上げてください。よくあることですから!」
「初めて会う人は必ず間違えるだーよ」
あ・・・うん。ごめん。
言い直すと、
『ちゃんと確認もせずに山野先生と一緒にシメて申し訳ありません』です。
さぞや彼は理不尽な思いをしていたことだろう。
「老け顔なもんで山野先生より年上に見えることもあるんです。
それにこんな年で忍たま一年生だなんて、はは・・お恥ずかしい」
眉をハの字にして頭を掻く古沢さん。
老け顔問題は置いといて(否定できない・・)恥ずかしい事なんて何もない。
『古沢さん』
「はい?」
キョトンとして動作を止める古沢さんに微笑みかける。
こういう頑張っている人を見ると元気になる。
『古沢さんは中年の星です。恥ずかしがることないですよ!忍者になる夢、応援させて下さいね』
「っ!?あ、ありがとう!!(ジーン)」
『ぎゃあっ』
「!?ユキに抱きつくな仁之進!」
私に抱きついてきた古沢さんは与四郎くんに
ベリッと引き離された。
与四郎くんに怒られて項垂れる古沢さん。
ガンバレ、頑張るんだ、応援してるよ、古沢さん!
私は心の中で彼にエールを送った。
『え~と、じゃあ喜三太くん。私の部屋に二人を案内してくれる?』
「はーい!ユキさんも早く来てね」
元気な返事をしてくれた喜三太くんの案内で与四郎くん、仁之進さんは校舎の方へと歩いていく。
山野先生も小松田さんと学園長先生の庵へ。
さて、私もお茶の準備をしに行こう。
「ユキっ」
『ん?』
じゃあこれで、と留三郎に挨拶して厨房へと歩き出した私は数歩も歩かないうちに彼に呼び止められる。
振り向くと留三郎が何か言いたそうな顔で困っていた。そうだ、忘れてた!
『女装の授業っていつだっけ?』
「え、あー・・・来週の水曜日だ」
まだ水曜日まで何日もある。
梅雨の時期でもないしずっと雨降りにはならないだろう。
『洗濯したらコレ持っていくよ』
着ている小袖を指差す。
「いや、俺が言」
『大丈夫!色落ちしないように伊助くんに聞いてから洗濯するから。洗濯板も使い慣れたからもう穴なんか開けないさ!』
『だから安心して』と親指を立てて不安そうな留三郎に笑いかける。
物に罪はない。今日の恨みを小袖にぶつけたりはしない(多分)オシャレ着洗いで優しく洗濯してあげるよ。
『お茶の準備があるからこれで行かせてもらうね』
急いで茶を淹れに行かねば!
スチャッと手をあげて走り出す。
「あ、おい」
???何か聞こえた?
声が聞こえたような気がして食堂へ駆け足しながら振り返る。
留三郎はただぼんやり立っているだけだった。
呼び止められたと思ったけど気のせいだったみたい。
私は風魔二人への質問を頭でまとめながら食堂へと走っていった。
『失礼しました』
「うむ。ご苦労」
お茶を学園長先生の庵に運んだ私は真っ直ぐ自分の部屋へ。
ちゃっかり自分たちの分のお茶も淹れて廊下に置いておいたのだ。
学園長先生たちよりお茶請けが豪華なのは絶対に秘密。
一年生長屋を渡っていると既に私の部屋から笑い声が聞こえてくる。
久しぶりに会って会話が盛り上がっているみたい。
私も早く話の輪に入りたいな。
『お待たせしました』
外から声をかけると与四郎くんが戸を開けてくれた。
「ありがとうな」
『どういたしまして。賑やかな声が廊下まで聞こえてたよ。何話してたの?』
「与四郎先輩と仁之進にユキさんの話をしてたんだよ」
『え、私のこと!?』
自分が話題にされていてビックリしながらお茶を配る。
あれ?しかもさっき、笑ってなかった?
喜三太くんったら変な話してないよね。していませんように・・・
「ユキ、ププッ、俺とも潜水大会してくりゃーなっ」
はい、残念!
聞かれたくなかったお風呂でのぼせ、真っ裸で脱衣所に寝転び一年は組に迷惑をかけたエピソード。うぅ、恥ずかしい。
「ユキは本当に可愛い娘っ子だべな」
赤くなる顔を両手で覆っていると与四郎くんが私の頭をワシワシと撫でた。
『グシャグシャになるから頭撫でるの禁止っ』
顔から手を外し、与四郎くんの手を頭からどかす。
大きな手・・・。
掴んだ彼の手をまじまじと見る。
「どした?」
『私の手と合わせてみていい?』
「っ!?あ、あぁ(手柔らけぇ)」
与四郎くんに許可を得て彼の掌と自分の掌をピタリと合わせてみる。
同じ年なのに私と与四郎くんの手は全く違う。
彼の手は節くれだった大きな手。
顔にはあどけなさが残っているが手は完全に男の人だ。
『いっぱいタコがある。山を歩いて移動する以外にも忍の鍛錬をしているの?』
「ひ、人里に泊まる時は出来ねぇけんど山で野宿する日は山野先生に指導して頂いているだーりょ」
『山歩きだけでも大変なのに二人とも凄いね』
「俺なんかまだまだ。山野先生みたくなるには鍛錬せねばならんよー」
顔を赤くして照れる与四郎くん。
意外と謙虚な子だったんだね。その気持ちをずっと忘れないで!
謙虚さを忘れたら六年のあの人達みたいになってしまうからさ・・・
嬉しい発見をした私は与四郎くんを優しい眼差しで見つめた。
「ナメさんたちとナメさん体操を考えたんですよ」
「喜三太、ナメさんたち元気だったか?」
「ほんとに喜三太はナメクジ好きだーりゃ」
久しぶりに会った三人の会話は途切れることはない。
私も風魔忍術学校の話と与四郎くん、古沢さんに会えて嬉しそうな喜三太くんの顔が見られて嬉しかった。
カーーン
ヘムヘムが鳴らす鐘の音。
『夕飯の時間だね』
部屋の戸を開けるといつの間にか空が茜色に変わっていた。
「みんなで一緒に食べよう!与四郎先輩、仁之進、おばちゃんの料理は日の本一なんだよ」
「そりゃあ楽しみだ」
仁之進さんの手を引いて廊下を走っていく喜三太くんに小さく笑みを零していると手がフッと軽くなる。
「湯呑は食堂だべ?俺が持つ」
『ありがとう』
私の手からおぼんを取って与四郎くんが言った。
にこっと至近距離で微笑まれて心臓がトクンと跳ねる。与四郎くんはちょっと強引なところがあるけど基本良い子だよね。
「そういやぁ、ユキのホントの出身はどこだべ?」
食堂へと歩いていると与四郎くんが聞いた。
「足柄山を知ってるって事はユキも俺たちと同じ東にある国から来たんか?」
『ううん。私はこの辺の出身のはず』
「はず?」
『うん。実は私さ・・・』
首をコテンと傾げる与四郎くんにこの世界に来たきっかけを話し出す。
『急にこんなこと言われても困るよね』
「いや、なんと言うか、その・・・」
話を聞いた与四郎くんの眉間には縦皺。
杭瀬村出身だと嘘をついた私。
本当の出身地を尋ねてこんな話をされたらおちょくられていると思われても無理はない。
怒ってないといいな・・・。何かを考えている与四郎くんの顔を見るが表情からは彼が何を思っているか分からない。
ううむ、信じてもらうにはどうしたらいいのだろう?
『そうだ!風魔だよ!』
ポンと手を打って来た道を回れ右。
「どこさ行くんだべ!?」
『直ぐ戻るからちょっと待ってて』
驚く与四郎くんを置いて自室に戻る。
鞄をひっくり返して目当てのモノを探し出し、廊下を走って与四郎くんのもとへ。
『ごめん。お待たせ』
ハァハァ上がる息を整え、与四郎くんの目の前にジャーンと持ってきたモノを掲げる。
「疾風の恋?」
『お昼に話していた私の好きな小説なの。
良かったら中身を見てみて』
与四郎くんからおぼんを受け取り、本を渡す。
仲良くなった与四郎くんに信じてもらいたい。
そう思って持ってきた私の世界のモノ。
「紙が薄い!それにこんな細い文字どげえして
書いたんだべよー?」
『文字を書くカラクリで書かれているの。どうかな?私が異世界からきたって証拠になるかな?』
祈るような気持ちで本を調べる与四郎くんを見ていると、顔を上げてにこっと微笑んでくれた。
「疑ってたわけじゃねぇけんど、この本さ見て心からユキを信じられただーよ」
『良かった!信じてくれて嬉しいよ。ありがとうっ』
本心から信じてくれた様子の与四郎くんを見て心がパーっと明るくなる。
「似たような文字もあるけんど読めねぇ文字もあるだな」
『そうなの。今は読めるようになってきたけど来たばかりの頃は大変だったよ』
「ほうか。知らねぇ世界で苦労してただな」
めげずに頑張ってエレエな、と与四郎くんは頭をポンポンしてくれる。
褒められるのって幾つになっても嬉しい。私はくすぐったい気持ちになって照れ笑い。
『この本は何度も読み返すくらい好きなの。だから風魔忍者にとっても興味があって。良かったらもっと風魔の事教えてくれる?』
「もちろんだーりゃ。でも、その前に俺はユキに言いたいことがあるんだけんど・・・」
『うん・・・どうぞ』
急に改まった与四郎くんに目を瞬いて彼の方に体を向ける。
向かい合った私たち。
与四郎くんは一つ息を吐いてから私に真剣な眼差しを向けた。
「俺はまだ「ほにゃ~ここにいた。与四郎先輩、ユキさん!」
廊下の端からタタッと走ってくる喜三太くんを見て与四郎くんが「また後で」と眉を下げて肩をすくめた。
き、気になる・・・。
だけど、真剣な話みたいだから今は聞けない。
私は聞きたい衝動を抑えて与四郎くんに頷いた。
「待ってても来ないんだもん。迎えに来ちゃったよ」
『ごめんね、喜三太くん』
「すまねぇ。ユキに本を見せてもらとって」
「疾風の恋??」
『風魔忍者のお話なの』
「ふわぁ面白そうっ。今日の夜読んで聞かせてよ!」
『でも、仁之進さんとまだまだ話したりないんじゃない?』
「そうなんだよね。じゃあ、今夜は時間ないかなぁ」
「でも、お話気になる」と迷っている顔の喜三太くんが可愛くて彼の頭をクシャクシャ撫でる。
『お話は何時でも出来るからまた今度にしよう』
「うん。そうするっ」
次にユキさんの部屋に泊まりに行った時に話してね。と言う喜三太くんと指切りげんまん。
「お腹減っちゃったよ。早く食堂に行きましょうよー」
指切りして満足そうな顔をした喜三太くんはタタッと食堂へ走り出す。
彼の後を今度はちゃんとついていく私たち。
「泊まりにって、たまに喜三太と寝とるんか?」
『毎日一年生の子達が私の部屋に交代で泊まりに来てくれてるんだ』
「どげんして?」
『どうしてって・・・一人寝って寂しいじゃない』
恥ずかしくて小さい声でボソボソ言う私は与四郎くんに案の定笑われてしまった。
ケタケタ笑う与四郎くんと歩いているといつの間にか食堂に到着。
おばちゃんから夕食を受け取り喜三太くんと仁之進さんの前に座る。
『「「「いただきますっ」」」』
夕食は唐揚げ定食。
噛んだ瞬間ジュワーッとお肉の味が広がって幸せ。
「うんめぇべなっ」
「おぉ!これは美味しい」
与四郎くんと仁之進さんも気に入ってくれたみたい。
作ったのはおばちゃんなのに私まで誇らしくなってしまう。
おばちゃんは忍術学園の自慢だ。
「あれー!?風魔忍者の錫高野与四郎さんと古沢仁之進さん!?」
「いらっしゃってたんスか!?」
「わぁー唐揚げ美味しそ~う」
食堂の入口を見れば乱きりしんの三人。
彼らの後から一年は組のみんなも食堂に入ってくる。
「ユキさん隣いい?」
『おいで、きりちゃん』
私たちのテーブルの近くにそれぞれ座る一年は組の良い子たち。
みんなお客さんの与四郎さんたちに好奇心いっぱいの目を向けている。
「おぉっ勢ぞろいだ」
「こんにちは。錫高野くん、古沢さん」
「久しぶりだね」
続いて食堂に入ってきたのは山野先生、山田先生、半助さん。
賑やかになった食堂で夕食は続く。
「あれ?錫高野さんが持っているの何?」
賑やかな夕食が終わり、お茶を飲みながらそれぞれ談笑していると左に座っているきりちゃんが少し前のめりになり、私の右隣で本を
ペラペラめくる与四郎さんに聞いた。
「ユキのお気に入りの小説だあよ」
「「「「「えぇっ!?ユキさん小説読むの!?!?」」」」」
『ちょっとみんな!?!?』
寝る前に昔話聞かせたりしてるのに!?
ガバッと立ち上がって驚く私に「うそだよー」「冗談だよ~」とアハハと笑う一年は組の良い子たち。どうやらからかわれたみたい。
見事に引っかかり頭に手をやる私を見て先生たちや与四郎くんも笑みを零した。
「凄いや。紙が薄い」
与四郎くんから本を受け取ったきりちゃんが目を丸くする。
その言葉に他の子達も集まってきた。先生たちも興味深そうに
こちらに視線を送っている。
「雪野さんは私たちとは違う世界から来たと学園長先生や
山田先生、土井先生から聞いたよ」
「違う世界!?」
山野先生の言葉にビックリしている仁之進さんに私がここに来た経緯を説明する。
「じゃあコレは異世界の本なんですか?」
本は仁之進さんの手へ。
その後ろから先生たちが覗き込む。
「どんな話なんだい?」
『風魔忍者の話なんです』
半助さんの問いに答えると好奇心いっぱいの瞳が私を見る。
は組のみんなは忍者の話に興味津々。
「今日の夜、読み聞かせて!」
団蔵くんのおねだりに皆が一斉に賛同する。
「えぇなぁ・・」
「仁之進も一緒のお部屋で寝ようよ。そしたら、ユキさんのお話聞けるよ」
羨ましそうな声を出す仁之進さんを誘った喜三太くんは「良かったら与四郎先輩も一緒に」と言葉を続ける。
オロオロする仁之進さん。
顔を引き攣らせる先生たち。
「そりゃええだっ」と弾んだ声を出す与四郎くんの脇腹にボスンとパンチを入れながら考える。
みんなの希望を満たせる方法はないかな・・・?
『あの、先生方。今夜だけ武闘場で寝ちゃダメですか?』
目を瞬く先生たちにお願いする。
武闘場ならは組全員+風魔組の布団を余裕で敷ける。
ちょっと寒いかもしれないけど、忍者を目指すこの子達なら一日ぐらい武闘場で寝ても大丈夫だろう。布団もあることだし。
「ううむ、だが、しかし・・」
半助さんが唸るが・・・
「さっそく布団を持って移動開始だーー」
「一年は組、しゅっぱーつ」
「仁之進、与四郎先輩、お客さん用のお布団を取りに行きましょう」
「ユキさんも早く来てね」
「わーい。忍者の話楽しみ!」
渋い顔をする半助さんの言葉を遮ってウキウキした声ではしゃぎながら
食堂を後にする11人。
「待ちなさい、お前たち・・・ハアァ。ユキ!錫高野くん達もいるんだ。一緒の部屋で寝るなんてことは絶対に許可できないッ」
半助さんったら心配性だなぁ。嬉しいけど・・・。
『皆が寝たら私はこっそり自室に戻りますから』
ご立腹の半助さんを『まぁまぁ』となだめながら言うが、彼の眉間には皺が寄ったまま。
「半助、過保護すぎじゃあないか?」
そう声をかける山田先生の横でう~ん。と難しい顔で何かを考えている様子の半助さん。
そんな彼の前で困っていると、
「・・・・わかった。では、私も行く」
と半助さんは言った。
もうヤダ、あなた可愛すぎるでしょ!
小さく頬を膨らませて呟く半助さん。
からかうような視線の山田先生に「監督者が必要ですから」と慌てた様子で言う姿が可愛すぎます。
『ありがとうございます、半助さん』
「あぁ、うん。私も楽しみにしてるよ」
私もこんな反応が出来る女の子になりたいな。
半助さんを羨みつつ、食堂を後にした私は布団を取りに帰って武闘場へと向かう。
『むむむ・・(前が見え難い)』
めんどくさがらないで敷布団と掛布団を分けて運ぶべきだった。
布団が重くて廊下をヨロヨロ。
次の角まで頑張ったら腕を休めようと考えていると腕が急に軽くなる。
「ユキさん!お持ち致しますっ」
「お手伝いしますね」
『滝夜叉丸くん?三木ヱ門くん?』
私の布団を持ってくれたのは滝夜叉丸くんと三木ヱ門くん。
二人は敷布団と掛布団を彼らのそれぞれの足元にある布団セットの上に重ねた。
「僕たちも風魔忍者のお話を聞きたくて武闘場で寝ることにしたんだよ」
ふにゃりと笑うタカ丸くんの手にも布団セット。
「僕はユキさんの隣で寝たいで~す」
ハイ、と手を上げる喜八郎くんは片手で布団セットを持っている。
凄い力持ち。さすが穴掘り小僧。
・・・あ。感心している場合じゃない。
四年生がいるということはその上の学年の子たちも・・・
「もらったーーー!どんどーーんっ」
ブンと視界が揺れた。
只今の私はあんパンのヒーローのように廊下の上をうつ伏せで飛んでいる。
くうぅ、せっかく感づいたのに逃げ遅れちゃったよぉ。
「奪い返してやるぜ、ギンギーン」
「ユキちゃんは渡さないよっ!?うわっ!?」
「オオォイ伊作、俺を巻き込むなっ」
「フッこれで二人脱落だな・・ッ!?」
「モソ(ユキは渡さない)」
私を左脇に、布団を右脇に抱える小平太くんを先頭に武闘場へと疾走する六年生。
文ちゃんが投げる苦無が廊下に突き刺さり、背後からは木が折れる音(たぶん伊作くんの不運だと思う)が聞こえてくる。
宝録火矢の爆発音に混じって聞こえる四年生の叫び声と長次くんの笑い声。
『無理!音読無理!今すぐ寝てしまいたいッ』
六年生&四年生(可哀想にとばっちりだ)にお説教する先生の声を背後に聞きながら自分の布団に突っ伏して叫ぶ。
「でぇじょうぶか?」
ふわりと頭を撫でられて顔を上げると与四郎くんが心配そうに私を見ていた。
『ありがとう』
「水でも持ってきてやんべか?」
『ううん。大丈夫だよ』
そうか、とニコッと微笑む与四郎くんは優しいですが、どうして私の布団に潜り込もうとしているんですかね??
『自分の布団に戻りなさい』
「なして?」
真顔で言う与四郎くん。
一瞬、自分が間違ったことを言ってるかもと錯覚させられた。
さすが忍者だと思う。
『出、な、さ、い』
さっきよりも強めに言う。
「なして?」
不思議そうな顔をされた。
ダメだ。諦めよう!
どうせみんなが寝たら自分の部屋に戻るしね。
ため息をついて立ち上がると布団の中の与四郎くんは満足そうな顔で布団を肩まで引っ張り上げた。
なんだその顔は!カワイイなッ!帳消しだッ
可愛さって罪だわー。
「ユキ、話を聞きたい生徒は全員来たみたいだ」
『はーい。では、さっそく始めましょう』
半助さんに声をかけられ武闘場の正面を背にして座る。(ちなみに与四郎くんがいる布団は私の目の前)
『このお話は風魔忍者のお話です』
―――森閑とした夜のしじま、足柄山の山中。
ずらりと並んだ布団。
一番前を陣取っている一年は組の良い子たちが瞳をロウソクの灯りでキラキラ輝かせながら布団から顔を出している。
武闘場の一番後ろには半助さん、山野先生の他にも何人か先生たちも集まっている。忍者の話だから興味を持たれたみたい。
お気に入りの本。
みんなに楽しんでもらえたらいいな。
―――黒い影が、木々の間に見える星空を横切る・・・
スヤスヤという気持ちよさそうな寝息を聞きながら、
私は最後まで姿を現さなかった五年生を思い、そっと息を吐き出していた。