第二章 十人十色
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19.風魔の風雲児
私と与四郎さんは見晴らしのよい場所でオニギリを食べようとちまき屋さんを離れて街道を移動中。
『私は雪野ユキ。ユキって呼んでください』
「俺は錫高野与四郎。与四郎でええだぁよ。おなごにこがいな事聞いちゃいけんけんど、歳は幾つか聞いていいか?」
『十五歳です』
「おぉ!そいじゃあ、俺たちよまんどしだべな」
『ヨマンドシ?』
「アハハ、すまん。同い年って意味だーよ」
気さくで喋りやすい与四郎さん。
よく見たら(当然だけど)留三郎とは違う顔。私ったら何で間違えたんだか・・・今夜も一人で反省会決定だ。
楽しくお喋りしながら歩いていた私たちの足が止まる。
「ここでええが?」
『はい!』
足を止めたのは川沿いの大きな木の下。
見晴らしも良くて涼しそう。
与四郎さんが川でお水を汲んできてくれている間に風呂敷を解いてお弁当箱を開ける。
ホッ、よかった。潰れていない。
川から戻ってきた与四郎さんがお弁当箱を覗き込む。
彼の顔がパアァと輝いた。
「綺麗だなぁ!」
歓声を上げる与四郎さんから「お腹が減った!」と言うようグーと音が鳴る。
可愛くって思わずクスクス笑ってしまう。
『フフ、朝から張り切って作った自信作なんですよ。いっぱい食べて下さいね』
「あはは、面目ねぇ」
首の後ろに手をやって私の隣に腰を下ろす与四郎さんは照れ笑い。
『どれがいい?』
「ん~どれも美味しそうで迷うべなぁ」
キラキラした目でお弁当箱を覗き込む与四郎さん。
1種類ずつ違うおにぎり。梅やシャケなどの定番の具から唐揚げ、海老天、味付きメンマが入った変わり種まで。
ちなみに今日の食堂のメニューは昼が天ぷら蕎麦、夜は唐揚げ。
おばちゃんにお願いしておすそ分けしてもらって完成したおにぎり達。
最近、料理サボってるから頑張らないとなぁ。
「この黄色いのは卵だべ?」
与四郎さんが指さしたのは薄焼き卵に包まれたおにぎり。
よくぞ聞いてくれました!
フフン、と胸を張って答える。
『それは一番の自信作。チャーハンおにぎりなのです』
「ちゃーはん?」
『民の料理だよ。良かったらチャレンジしてみて』
おばちゃんの味見では合格点をもらったチャーハンおにぎりを薦めると与四郎さんは笑顔で手に取ってくれた。
汲んできてもらったお水を受け取って食事のご挨拶。
『「いただきますっ」』
オニギリを口に運ぶ与四郎さんをドキドキしながら見つめる。
大丈夫だと思うけど・・・緊張する・・・
「っんんんん!?」
『うわあっ!まずかった!?』
真っ青になる私に手を振る与四郎さん。
心配しながら待っているとゴクリとおにぎりを飲み込んだ彼から笑顔が溢れる。
「こんなに美味しいおにぎり初めてだぁよ」
『本当に!?』
「ユキは料理上手だべな。嫁っ子にしたいくらいだべさ」
『ありがとー!わーい!』
嫁っ子にしたいと言った瞬間、自分の言葉に照れて顔を赤くする与四郎さんが可愛すぎます。
彼の様子とおにぎりを美味しいと言って貰えた嬉しさで私は蕩けそうなほど顔を緩める。
「そうだ、ユキ。俺のこと、さんづけで呼ばんいいさ。与四郎って呼んでーりゃ」
『じゃあ、与四郎くんって呼ばせてもらうね』
訛りの可愛い与四郎くん。
山伏さんだから遠くから来ているのかな?
『与四郎くんの地元はどこなの?』
「俺の地元はここからズーっど東にある相模国だ」
『さがみ、相模・・・あ!という事は足柄山があるんじゃない!?』
「おぉっ!?」
思わず興奮気味に叫んだ私にビックリして与四郎くんの体がビクリと跳ねた。落ちそうになったおにぎりを手の中に安定させた与四郎くんがホッと息を吐き出す。
「おったまげたァ」
『ごめん。つい知っている地名に興奮しちゃって』
「イヤイヤ。だけんど、足柄山なんかここさからえれぇ遠いのに良く知っとるなぁ」
目を丸くしている与四郎くん。
この世界の紙は貴重だから地図なんて普及していない。遠くの地域の名前を聞いても分からない人の方が大半。
与四郎くんが驚くのも無理はない。
『実はね、好きな小説の舞台が与四郎くんの地元を舞台にしているの』
「ほう、そんなんか。どんな話なんだ?」
『足柄山に本拠地を置く、風魔忍者の「ブフッ!?!?」与四郎くん!?』
与四郎くんが飲んでいた水を盛大に吹き出した。
ゲホゲホとむせ返っている彼の背中をトントンと叩く。
『大丈夫!?」
「すまねぇ。器官に入っちまった」
『おにぎり持っておくよ。ゆっくり深呼吸して。吸ってー、吐いてー』
私の掛け声に深呼吸を繰り返す与四郎くんが徐々に落ち着きを取り戻す。あぁ、ビックリした。
「その風魔忍者の話っての、聞かせてもらってもええが?」
『長くなるからあらすじだけで大丈夫?』
コクっと頷く与四郎くんに話し出す。
そのお話は若き風魔の首領の息子が主人公。
彼は雇われた城の姫の護衛役に任命されたのだが、一緒に過ごすうちに主人公も姫の方も互いに好意を抱き、終いには駆け落ちしてしまう。
その後、色々あって恋を成就させるという話。
「そりゃあ忍失格だべ」
顔を顰める与四郎くんに肩をすくめる。
『まあまあ、作り話だからそう渋い顔しないで』
「あぁ、そうだな。(思わず忍目線で感想言っちまっただ・・)ところで、ユキの方はどの辺に住んでるんだ?」
町の近くか?と聞く与四郎くんの横で私は思い切りおにぎりにカブリつく。
どの辺・・・か。大変だ。
何と答えたら良いのだろうか。
場所を説明しろと言われても忍術学園は森の中だからどっちにしろ上手く説明できないけど・・・
モグモグ咀嚼しながら時間を稼いだ私は口を開く。
『杭瀬村です。町からは遠く離れた場所にあるラッキョの美味しい村です』
「ほう、ラッキョが名産の村なんか」
ニコッと笑ってくれた与四郎くんに気づかれないように安堵の息を吐き出す。
私が知っている村の名前は自分の村と大木先生の住んでいる杭瀬村ぐらい。
あるはずの場所になかった私の村。
ないとは思うが与四郎くんが誰かに村の事を聞く事を考えて杭瀬村出身にしておいた。
次に大木先生と会った時、一応断りを入れておこうと思う。
「ユキの握り飯はうめぇなぁ。もいっこ食べていいか?」
『もちろん。どんどん食べて』
幸せそうな顔で次々におにぎりを食べてくれる与四郎くん。
気持ちのいい食べっぷりを見て嬉しくなる。
「そういやぁさ、あんでちまき屋来たとき怒っとったんだべ?」
『あぁ、それね・・・』
思いっきり愚痴ってしまいたい。
けど、今回のことは私が勝手にデートだと思い込んで浮かれていただけなんだよね。
しかもこの話をすると留三郎が女装道具を買う理由も説明しないといけないからややこしい。
う~ん。と困っているとポンと肩に手が置かれた。
「フラれちまったんか?」
『ドストレートだねっ。そして違うからッ』
いきなり何だよおおぉっ!
しかも何でちょっと嬉しそうな顔!?と指摘すると「悪ぃ」とさほど悪いと思っていない顔で謝る与四郎くんはさらに鋭い言葉を放った。
「アハハ、フラれてたらいいなって思ってさー」
爽やかな顔で突然毒を吐き出した与四郎くん。
さっきまでの好青年っぷりはどこへ!?
やっぱり誰かが私を浮かれさせてから突き落とすという悪趣味なビックリを仕掛けているのだろうか、と考えながら与四郎くんを眺めていると、何故か彼は顔を赤らめさせて俯いてしまった。
「そんなに見つめられたら困るだーよ」
『??(いきなりどうしたよ・・・)』
何故か照れている与四郎くんを半眼で見つめていると彼は「こんな可愛い娘っ子近くにおらんから」と照れ笑いをした。
『そんな事言ってくれるのは与四郎くんだけだよ』
「だけども、ユキくらい可愛いかおなごが村にいたら男どもがほっとかねぇべ」
褒められたことにビックリしながら言葉を返すと与四郎くんからはすんなりと次の褒め言葉が出てくる。
『・・・ありがとね』
うぅーん。ここまで褒められると何かおかしい。
彼の言葉を微笑みで受け止めた私はハタと気がついた。
これはアレだ。きっとあれだ。
むさくるしい男しかいない部活の女子マネージャー的な感じだ!
与四郎くんは山伏だから普段見るものといえば山、山、山、山。
女の子と接する機会などないに違いない。
だから久しぶりに人里に降りてきて見た私をこんなにも可愛いと言ってくれるのだろう。
たしか家に遊びに来ていた父の友人の冒険家がこのようなことを話しているのを聞いた気がする。だから間違いない・・・
「男の甘い言葉なんか信じちゃダメよ」
頭の中で祖母の言葉が響いた。
『与四郎くんったら、そんなこと言ったら女の子が勘違いしちゃうからダメだよ』
男らしい体つきに整った顔の与四郎くんに褒められたら女の子なら悪い気はしない。
迫られたらコロッと落ちてしまう子もいるだろう。
そんな被害者を出したくなくて与四郎くんに苦言する。
「勘違いって・・・俺がこんなこと言うのはユキだけだーよ」
優しく与四郎くんが笑んだ。
カッと目を見開く。
コヤツ、口説き慣れておるな。
山伏のくせにナンパ男とか許せん。
私はゴホンッと咳払いをして与四郎くんを正面から見据える。
『あのですねぇ、初対面の女の子に“可愛い、可愛い”なんて言う男の言葉を信じられると思う?』
「俺は嘘ついてねぇべよぉ」
『どうかなぁ』
「嘘じゃねぇって」
疑いの目を向ける私を見つめ返してくる与四郎くん。
暫し見つめ合う私たち。
先に動いたのは私。
私は与四郎くんの澄んだ目から目を外す。
『このオニギリもらっていい?(分からんしもういいや)』
「ユキのだから許可なんて・・・ってこの話打ち切り!?」
突然話を終わりにされて叫ぶ与四郎くん。
だって、もうこの話するのめんどくさくなっちゃったんだもん。
どっちだっていいしね!
彼は山伏。明日になればどこかへ行ってしまう。
何かあっても一晩遊ばれて終わりだ。
行きずりの恋を楽しめるほど恋愛経験豊富じゃありません。
お付き合いには誠意と真心を求めます。
「本心からユキを可愛いと思ってるんだーよ」とか何とか横で喚く与四郎くんを無視してオニギリをパクつく。
私はスタンダードな梅おにぎりの美味しさに頬を緩ませた。
「信じてくれねぇだなんて酷いべさ」
『あー、信じてる、信じてる』
「その言い方は信じてねぇべ」
膨れる与四郎くんにオニギリをすすめる。
嬉しそうな顔で受け取った。
素直で大変よろしい。
「ユキは結婚してるのか?」
『してないよ』
まだ話すのか。爽やかな顔と違ってしつこい性格なのね。
行きずりの恋の相手なら他を当たって欲しい。
「じゃあ許嫁は?」
『いません』
「恋人は?」
『いないよ』
「好きな人は?」
『・・・いない』
急に与四郎くんが黙り込んだ。
なによ!別にいなくたっていいじゃないっ
迷惑をかけてしまった人だからと遠慮していた気持ちが消し飛んだ。
最後のオニギリ(天むす!)を食べてしまおうと伸ばした私。
しかし、その手は与四郎くんにガッシリと握られた。
「錫高野ユキになる気はないか?」
『黙るがいい女の敵がッ』
目を吊り上げてキイィと怒る私に一瞬驚いた顔を見せた与四郎くんだが彼は強かった。
「俺の国に一緒に来てくれ」と言ってくる。大したナンパ根性だ。
「ユキ、俺の嫁っ子になってくれ」
『会って数時間のあなたに嫁ぐ気なんかありません!』
ばっかじゃないのオオォ!?と叫びながら立ち上がった私の顔が引き攣っていく。
パッカパッカという蹄の音。
街道を馬でこちらへやってくる男が五人。
馬上にいる彼らは腰に剣までさしており、堅気には見えない。
恐らく盗賊かなにかだろう。
『逃げよう、与四郎くん』
立ち上がった与四郎くんが首を振る。
「相手は馬だ。走っても追いつかれる」
『っ!?戦う気なの!?』
錫杖を構えた与四郎くんの後ろで私は顔を青ざめさせる。
私は殆ど戦力にならないだろうから実質五対一。
余りにも分が悪すぎる。
「あの岩陰に隠れてろ」
『与四郎くん・・・』
「安心しろ。ユキには指一本触れさせない」
私を安心させるように微笑み、視線で大きな岩を示す与四郎くん。
訛らなくても喋れるんだね・・・じゃない!
忍たま上級生だったら躊躇わずに逃げるけど、そうじゃない彼を置いてなんか逃げられないよ。
『私も一緒に戦う』
「っ!?馬鹿言うな!」
下がってろ!と怒鳴られるが引く気はない。
胸元から半助さんから貰った守刀を・・・守刀がない!?
しまった。
守刀は留三郎に投げつけた荷物の中だ。
私は自分のうっかりを棚に上げて心の中で留三郎を罵った。
「よう、仲良くピクニックか?」
そうこうしているうちに目の前までやってきた男たちは馬から降りて私たちの方へと近づいてくる。
馬どこかに繋がなくていいんだ。馬、うま・・・あ!
「怪我したくなかったらその姉ちゃんを置いてどっかに消えな」
男の一人が与四郎くんに話しかけている間に後ろを向いて
ブラジャーの中に手を突っ込む。
「ユキ。頼むから岩陰に・・エェッ!?」
『ち、違うっ。違うからそんな目で見ないでッ』
驚愕した顔で胸元に手を突っ込んでいる私を見る与四郎くん。
私はブラジャーにしまっていた防犯ブザーを取り出そうとしているのだが金具がブラの繊維に引っかかっていて取り出せないでいた。
違うんです。
痴女じゃないんです。誤解なんですううぅ!
心の中で絶叫しながら思い切り防犯ブザーを引っ張る。
『取れた!』
頭上に掲げる防犯ブザー。
私の右手にその場にいる全員の注目が集まる。
「あ?何だ?」
眉を寄せる男にニヤリと笑ってみせる。
『フフフ、あんたたち相手が悪かったわね。私はドクタケ城のくノ一。南蛮式最新小型爆弾であんたたちを地獄へ送ってやるわ』
スラスラ嘘が出てくる自分自身に感心する私の前では与四郎くんをはじめ、その場にいる全員が衝撃を受けて固まっていた。
この様子だと多少なりとは信じてくれているみたい。
悪人衆が余計な事を考え出す前に作戦を実行に移そう。
ビイィィーーーーー
けたたましく辺りに鳴り響くブザーの音。
私は紐を引っ張り、男たちに向かって防犯ブザーを放り投げた。
「これは・・・」
『爆発する前に逃げるよッ』
「「「「「うわわわわわぁぁぁ」」」」」
叫びながら近くの岩陰へと走っていく男たち。
音に驚いて逃げていく馬。あたりは大混乱に陥った。
唖然としている与四郎くんの手を取って町の方へと走り出す。
作戦成功だ。
「ユキ、お前・・・ドクタケの・・・」
『違う、デス』
荒い息の間で答えると与四郎くんはホッとしたように息を吐き出した。
さすが山伏。日頃鍛えているだけあって体力がある。
全力疾走で顔を歪める私の横で余裕の表情。
緊張と突然走り出したことでバクバク脈打つ心臓。脇腹が痛い。
「ユキ!後ちっとで町だ。頑張れ」
減速しだしてしまう私を励ました与四郎くんが後ろをチラと振り返り、苦い顔をした。
「待ちやがれッ」
「騙しやがったな」
「馬まで逃がしやがって」
振り返ると私たちを追いかけてくる男たちの姿が目に入った。
馬に乗っていないだけましだが、このままでは追いつかれてしまう。
前を向く。
見えてきた町の入口はまだ遠い。
どうにか追いつかれずに町に入りたい・・・
懸命に走っていたが隣の与四郎くんがズザザと足でブレーキをかけ止まってしまった。
ゾッとしながら後ろを振り向く。
数メートル近くまで迫っていた男たち。
『与四郎くんッ』
「止まるな!走れ!」
『ヤダッ』
「!?」
驚き、目を見開く与四郎くんの隣に並ぶ。
「何で・・・」
瞳を揺らす与四郎くん。
目の前では追いついてきた男たちが立ち止まる。
『嫁が近くにいたほうが頑張れるでしょ?』
役立たずだけど一緒に戦わせて。と与四郎くんに笑いかける。
今の私の顔、引き攣っているだろうな。
震える手で握りこぶしを作る。
こんな時の為に大木先生に稽古付けてもらってたんだ。だから大丈夫。
大丈夫―――
背中を流れる汗
「覚悟はできてんだろうな?」
「舐めたまねしやがって」
ドクドクという鼓動の中に聞こえる男たちの声。
震える体
怖い、でも頑張らないと
でも、怖い――――
「そこまでだッ」
横を通り過ぎた風
「探したんだからな。この馬鹿が」
ボソッと呟く留三郎。
視界いっぱいに映る彼の背中がグニャリと歪んだ。
助けに来てくれた・・・
「お嬢さん、こっちへ」
与四郎くんと同じ山伏姿のおじさんに手を引かれて後方へと移動させられる。
見れば山伏姿のおじさんはもう一人。
男たちにそれぞれの武器を構える与四郎くん、留三郎、山伏おじさん。
「ハッ!仲間が来たからってどうだ。ボコボコにしてやる」
刀を振り上げて斬りかかってくる男たち。
しかし―――――
ガンッ カンッ バキッ!
与四郎くん、名前の知らない山伏のおじさんが錫杖で刀を受け、山賊を殴り、留三郎もサッと刀をかわして襲ってきた男の顔面を殴る。
力の差は歴然。
「強すぎる!ひ、引くぞっ」
走り去っていく男たち。
た、助かった―――
緊張の糸が切れた私はその場にヘナヘナと座り込む。
「お嬢さんでぇ丈夫か?」
おじさんを見上げ、首を横に振る。
極度に緊張したせいで今にもさっき食べた
オニギリをぶちまけてしまいそう。
おじさんは凄くオロオロしている。
これは「大丈夫」以外への答えを用意してなかったな。
アワアワしているおじさんを見ているうちに
私は落ち着きを取り戻した。
『お水をお持ちでしたら頂きたいのですが・・』
「あぁ。持っとる!好きなだけ飲んで下さい」
冷たい水が喉を通っていく。
フーっと息を吐き出して前を見ると留三郎と与四郎くん、もうひとりの山伏おじさんが親しげに挨拶を交わしている。
もしかして知り合いなのかな?
と考えていると三人が私たちのところへやって来た。
「お待たせしてすまないね。雪野ユキくんだね。はじめまして。私は風魔流忍術学校の教師、山野金太と申します」
「ワシは古沢仁之進と申します」
『はじめまして。えっと、風魔・・風魔って与四郎くん!?!?』
ビックリしながら与四郎くんを見つめると彼は申し訳なさそうに眉を下げて自分も風魔流忍術学校の生徒だと言った。
「黙っててすまねぇ」
『ううん。私の方こそいっぱい嘘ついちゃったから・・・』
彼らの自己紹介に驚きながら私は杭瀬村に住んでいるというのは嘘で忍術学園で事務員をしていると話した。
『たくさん嘘を言ってごめんなさい』
忍術学園で働いていることは隠すべきことだけど、でもやっぱり嘘をつくのも、つかれるのも嫌なもの。
『ごめんなさい』と頭を下げていると、
視界に足が入ってきた。
「顔さ上げれ」
『与四郎くん・・・』
私の体に手を添えて上体を起こしてくれた与四郎くんの顔には柔らかい笑み。
「むしろ本当の事を言わずにちゃんと嘘をつけたユキに感心してるだぁよ。エレエ、エレエ」
『・・・ありがとう』
ヨシヨシと頭を撫でてくれる与四郎くん。
撫でられているうちに混乱していた頭も落ち着いてくる。
まさか与四郎くんが風魔の忍たまだったなんて!
実物の風魔忍者に感動して与四郎くんの顔をまじまじと見ているとビュンと後ろに引っ張られた。
トンと打った後頭部。
眉を顰めながら上を見ると留三郎。
「なーに鼻の下伸ばしてんだ。日が暮れる前にさっさと帰るぞ」
『は、鼻の下なんか伸ばしてないよっ』
恥ずかしいこと言わないでよねッ。
クワっと留三郎に言い返していると引っ張られた右腕。
「そげいな力で引っ張ったらユキが可哀想だべ」
私の右腕を引っ張りながら留三郎を見る与四郎くん。
口調は柔らかいが眼光が鋭い。
え・・・何、この空気。
何故か睨み合う両者。
この二人って仲悪いの!?険悪な雰囲気にビクビクしていると山野先生が空気を変えるように手をパンッと叩いた。
「さぁ、忍術学園へ出発しますよ」
山野先生の言葉に首を傾げる。
出発って与四郎くんたちも一緒にってこと?
「実は私たちは学園長先生に所用があって忍術学園へ行くところだったのですよ」
『そうでしたか!』
にこりと笑う山野先生。
私の顔がパッと輝く。
忍術学園への道すがら風魔忍者のお話を聞きたいな。
小説のモデルとなった人たちが目の前にいる。
私の胸はワクワクでいっぱい。
何から聞こうか、と考えていると突然の浮遊感。
『与四郎くん!?』
「忍術学園までこのまま運んでやるだーよ」
私を横抱きした与四郎くんがニッと笑った。
『い、いや、遠慮するよ』
「な、何言ってんだよ!」
目を白黒させる私。
叫ぶ留三郎。
私を横抱きにして走る与四郎くん。
これじゃあ、風魔の話聞けないじゃないのよー!
「ユキはどんなタイプの男が好きだべか?」
左右を流れていく景色。
私の頭の中にあったクールで格好良い風魔忍者のイメージは音を立ててガラガラと崩れていったのだった。