第一章 郷に入れば郷に従え
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
5.パジャマパーティー
「小松田くん!君って人はーーーー!!」
「わ、あ、あ、どうしよう。ユキちゃんごめんなさい~~」
お昼を食べ終わった私は食堂のおばちゃんと食器洗いをしてから事務室に行き、仕事を教わりながら事務の仕事をしていたのだけど……。
『あはは。大丈夫ですよ。ほら、水も滴るいい女って言うじゃないですか』
「雪野くん!滴っているのは水ではなく、墨汁ですよっ!?」
吉野先生の言葉に私は苦笑い。
墨を片付けようとした小松田さんが躓き、とっさに完成したプリントをかばった結果、私は頭から墨汁をかぶることになったのだ。
「うぅ~ごめんね」
『ん、ありがとうございます』
小松田さんが手拭いで私の顔をトントンと拭いてくれている間に吉野先生がさっとプリントを片付けてくれた。
プリントに被害はなかったみたい。
「どうしよう……顔が真っ黒になっちゃったね」
『洗えば落ちますから大丈夫ですよ。プリントも無事だったし元気出してください』
「優しい~」
『ちょ、ちょ、抱きついたら墨がついちゃいますよ』
わーんと手を広げてこちらに来た小松田さんをひょいとかわすと彼は勢い余って戸にぶつかってしまった。
吉野先生が頭を抱えた。
「今日の仕事は終わりでいいよ。夕食の前にお風呂に入ってきなさい」
『いや、でも小松田さんが……』
視線を移すと小松田さんが倒れた戸の上でふにゃっと笑った。無事で良かった。
「初日からごめんね~。僕は平気だからお風呂に行ってきて」
墨でベタベタの体では色々な物を汚しかねない。
小松田さんと吉野先生に挨拶をして私はお風呂に向かうことに。
そういえば、着替えどうしよう。買い物でパジャマは買わなかった(下着は買ったけど)いっそ全裸で寝てしまおうか。
「ユキさーーーん」
『その声は乱太郎くん、それに皆も』
「お仕事終わったんですねってうわわわっ!?どうしたの!?!?」
振り返ると乱太郎くんを先頭に一年は組の皆と半助さん。
驚いた顔で私を取り囲む皆に苦笑い。
私の顔、すごいことになっているんだろうな。
「ユキさんどうしたの?」
目を真ん丸くしている乱太郎くん。
『事務室でちょっとしたハプニングに……』
私がそう言うと皆は気の毒そうな顔をして口々に「小松田さんかぁ」と呟いた。なんだか今後が心配になる反応だな。
「ちょうど良かった。今日はこの寝巻きを使ってくれ。大きいかもしれないが……」
『わあっ!ありがとうございます』
半助さんは「えらい目にあったね」と言いながら寝巻きを渡してくれた。
こちらの世界に来てからロクなところしか見られてないなぁ。
「僕たちも今からお風呂だから案内してあげるよ」
『ありがとう、きり丸くん』
支度をしてくる、と皆はそれぞれの部屋へ。
「学園長先生から許可をもらったから、明日は一緒に町へ買い物に行こう」
『助かります!すごく嬉しいです』
思わず手を打って喜ぶ私を見て半助さんは優しい笑顔を向けてくれる。
「僕も町に行ってお団子食べたいな~」
廊下に出てきたしんべヱ君がお団子を想像してゴクリと唾を飲み込んだ。
次々に皆も僕も行きたいと声をあげる。
「こらこら、お前たちは明日授業があるだろう」
半助さんは困った顔でしんべヱ君の頭をポンポンと撫でた。
温かい眼差し
生徒思いの素敵な先生だな。
『しんべヱ君、また今度一緒にお団子食べにいこうね。美味しいお店教えてくれる?』
「うん、わかった」
パァと笑顔の花を咲かせるしんべヱ君。
『それじゃあ、お風呂に行こうか』
一歩踏み出した私の手がキュッと握られる。
横に居たのは喜三太くん。
「ユキさんの背中流してあげるよ!」
「き、喜三太っ!?ユキとは一緒に入れないぞ。ユキが行くのはくノたまのお風呂だ」
「ほにゃ?何で?」
「な、なんでってそれは、えーっと」
言葉を詰まらせる半助さんに首を傾げる喜三太くんはじめ、一年は組のみんな。
「僕たちと一緒に入るの嫌?」
潤んだ目でこちらを見上げる喜三太くんの頭を撫でる。
『フフ、嫌じゃないよ、喜三太くん。背中の流しっこしよう!』
「っユキ!」
『私はみんなとワイワイ入るの好きですよ。ダメですか?』
「土井先生お願いしますっ。僕たちユキさんと沢山お喋りしたいです」
熱心に言う乱太郎くんと期待に満ちた目で見つめるは組のみんな。
何か言いたそうに口を開けていた半助さんだが、一年は組のみんなの顔を見回して、仕方ないといったようにため息をついて頷いた。
途端にみんなから歓声が沸く。
「ユキに迷惑かけちゃダメだぞ」
「はーーいっ。ユキさん、お風呂に行こう!」
「とっても広いお風呂だよっ」
可愛い笑顔で私の手を引く庄左ヱ門くんと団蔵くん。
『それでは、行ってきますね』
眉をハの字にして手を振る半助さんに見送られて私たちは大浴場へと歩いて行った。
***
賑やかなお風呂でお昼に会わなかった一年は組の子たちとも話すことができ、裸の付き合いで打ち解けた私たちは揃って夕食を食べた。
お月様が空に登り、忍たまたちは寝る時間。
「ユキさん、入ってもいいですか?」
囁き声が外から聞こえ、戸を開けるとそこにいたのは伊助くんと庄左ヱ門くん。
二人を中に入れると金吾くん、喜三太くん、続いて他の忍たまたちも足音を忍ばせて部屋に集まり始めた。
残るは隣の部屋のきり丸くんたち三人。
「失礼しまーーす」
控えめなきり丸くんの声がして戸が開けられると三人がお盆に人数分のお茶を持って入ってきてくれた。
気の利く三人にみんなで拍手。
いよいよパジャマパーティーの始まりだ。
まずは手分けしてお菓子を開封。
「わぁっチョコレートだ」
『食べたことあるの?』
「うん。パパが南蛮の珍しいお菓子を食べさせてくれたことがあったんだ。これ美味しいよね~」
『お酒入りが入っているから抜かせてね』
しんべヱくんにチョコレートを配ってもらっている間に次の箱へ。
自分用に買ったクッキーと村長に頼まれていたマシュマロの箱を開けて皆に配る。
「ほにゃー美味しいなぁ」
頬に手を当てて蕩けそうな顔をする皆に私も自然と頬が緩む。
夜に内緒でこっそりのお菓子パーティーがなおさら美味しく感じさせているのだと思う。
「この袋も開けていいですか?」
『いいよ。三治郎くんはカラクリが好きなのよね。この中にカラクリと呼べるものがあるといいけど……』
みんなは私の持ち物に興味津々。
荷物を囲んで大きな輪ができる。
ボールペンにスティックのり、修正液、化粧品、鏡、財布などなど。
「これは何?」
兵太夫くんが手にとったのはキーホルダーサイズのライト。
『ここを押すと明かりがつくの。私の村は日が落ちると真っ暗になるからいつも持ち歩いているの』
「こんなに小さいのにスゴイや!分解してもいい?」
『いいよ~。あと二人が興味ありそうな物はこれかな?』
冒険家の父から買ってきて欲しいと言われていた多機能ナイフ。
ナイフだけでなく、のこぎり、ヤスリ、爪切りにルーペまでついている多機能ナイフを見せるとカラクリ好きの二人だけでなく他のみんなも興味をもったようで瞳を輝かせている。
頼まれていたもの結構渡せなかった……あっ!
『豆腐出すの忘れてた』
袋をゴソゴソあさって油揚げと一緒に買った豆腐を取り出す。
すっかり忘れていた!
常温保存できる豆腐を買ったから腐ってないけど……
「全部お豆腐なの?」
ピンク、黒、緑と色とりどりの豆腐を伊助くんが不思議そうに見る。
『桜、胡麻、これは枝豆入のお豆腐なの。でも、人数分はないなぁ』
スプーンで一口ずつ回し食べしたらいいのかな。
「このお豆腐久々知先輩が見たら喜ぶだろうな」
私が首を傾げると、伊助くんは同じ委員会にいる豆腐好きの先輩の話をしてくれた。
『伊助くん、その久々知先輩に良かったら食べて下さいってこのお豆腐渡してくれるかな?』
「いいんですか!?久々知先輩きっと喜ぶと思います」
『お豆腐も美味しいって言われながら食べられるのが幸せだよ』
大豆製品全般が好きな私と久々知先輩は気が合うかも知れない。
近いうちにゆっくり話してみたいな。
この学園には六年生までの忍たまがいる。どんな生徒さんたちなのだろう。きっと皆個性的だろうな。
早く沢山の忍たまと知り合って話してみたい。
どんな出会いがあるかなと想像していると重みを感じた。
右から喜三太くん、左からは金吾くん。聴こえてくるのは規則正しい呼吸音。
部屋を見るとウトウトする子に完全に寝ちゃっている子も。
布団で寝ないと風邪ひいちゃうよ。
「ん、ふあぁ・・・」
『あっきり丸くん、起きて、起きてっ』
うたた寝から起きたきり丸くんに声をかけると眠そうな顔で目をこすりながら大きなあくび。
庄左ヱ門くんと伊助くんも目が覚めたみたい。
「いつの間にか寝ちゃってた……ふぁ」
『庄左ヱ門くん、伊助くん、遅くまで引き止めてごめんね。自分でお部屋に戻れるかな?』
「うん。遅くまでお邪魔しました。伊助、戻ろう」
「ユキさん楽しかったよ……ふぁあ、お邪魔しました」
『おやすみなさい』
「乱太郎、しんべヱ、部屋に戻らないと」
きり丸くんに声をかけられた二人は眠そうに目を開ける。
私も他の子に声をかけていく。
ごちそうさま、また明日と帰っていく虎若くんに団蔵くん。
またゆっくり面白い道具みせてねと帰っていった兵太夫くんと三治郎くん。
「金吾と喜三太起きないね」
そういう乱太郎くんも目がトロンとしていていつ寝てもおかしくなさそう。
隣のしんべヱくんは立ったままうつらうつらしている。
『二人は私が運んでおくから大丈夫。乱太郎くん、しんべヱくん、きり丸くんもお部屋に戻って。今日は遊びに来てくれてありがとう。楽しかったよ』
「僕たちも楽しかったです」
「おいしいお菓子をありがとう」
「またパジャマパーティーしようね」
おやすみと言って頭を撫でるとはにかんだ笑みを浮かべて自分たちの部屋に帰っていった。
残るは喜三太くんに金吾くん。二人とも偶然にも同室だから動かしやすい。
『ふふ、寝顔がかわいい。良い夢見てね』
どうにか起こさずに運ぶことができた。
スヤスヤ眠る二人は天使の寝顔。
私は足音を忍ばせて歩き、そっと戸を閉める。
今は真夜中を過ぎたくらいだろうか。
柔らかく霞んで見える月は僅かに欠けている。
空を見上げて長く息を吐き出す。
田舎にある私の村でもこんなに沢山の星は見えない。
吸い込まれそうな星空が異世界に来たことを実感させ足元が崩れるような不安が押し寄せてくる。
『きり丸くん?』
不安な気持ちを頭から追い出し、部屋の戸を開けるときり丸くんがいて布団を敷いていた。
「ユキさんの分も敷いておいたよ」
私が目をパチクリさせていると「一緒に寝てあげようと思ってさ」と言ってニシシと笑った。どこまで良い子なのだろう……
嬉しくて、嬉しくて私はきり丸くんを抱きしめた。
「わわっ、ユキさん!?」
『心配してくれる人がいて私は幸せ者だよ。ありがとうね』
「だってユキさん僕たちより子供っぽいところあるから心配でさ」
『あーっ言ったわね』
怒った顔を作ってみたが直ぐに吹き出してしまう。
きり丸くんも吹き出して私たちは顔を見合わせて笑った。
『私の両親ね、別れ際は明るく振舞ってたけど寂しかったんだと思うの。私を不安がらせないためにわざとああしてたんだと思うんだ』
明りを消して布団に入ると部屋は真っ暗。
私は見えない天井を見ながら自分の口をキュッとつぐむ。
たった十歳の子に甘えすぎだ。
『ごめん、今のナシ……明日も早いし寝ないとね』
寝返りを打ってきり丸くんの方を向き、見えるか分からないがニコッと笑う。
だんだん暗闇に慣れてきた目にきり丸くんも寝返りを打ってこちらを向いたのが見えた。
「……ユキさんのご両親の気持ち分かったよ。それにユキさんの気持ちも。不安な気持ちを見せないように頑張ってるのかなって思った」
知らない世界、家族との別れ。
明るく振舞うことで不安や寂しさを感じないようにしていた。
こんな小さな子にそれを的確に見透かされていたことに驚く。
「僕も家族がいなくなったとき不安だった。だからユキさんの気持ち分かるよ」
言葉を失っていた私にきり丸くんが小さな声で呟いた。
『きり丸くん……』
漸く出た私の声は掠れていた。
「辛かった時、土井先生やみんなが周りにいてくれたから僕はやってこれた。ユキさんにも僕や土井先生、一年は組のみんながついてるよ」
そう言ってにこりと笑うきり丸くん。
会ったばかりの私を気にかけて森に探しに来てくれた半助さんに利吉さん。
温かく迎え入れてくれた忍術学園の先生方。それにきり丸くんやは組のみんな。
辛いことだけじゃない
私には素敵な出会いもあった
『私にはきり丸くんや優しく手を差し伸べてくれる人がいる。みんなに沢山迷惑かけちゃうかもしれないけど強く生きてみる』
「寂しくなったらいつでも言ってよ。一年は組のみんなで大騒ぎして暗い気持ちなんか吹き飛ばしてあげるからさ」
『フフ、ありがとう』
「まぁ、土井先生に喧嘩をふっかけたユキさんなら誰よりも逞しく生きていけると思いますけどね」
『そ、それは言わないでよ~~~』
私たちは再び顔を見合わせて笑った。
「あのさ、できたら僕のこと、土井先生みたいにきり丸かきりちゃんって呼んで欲しいな」
『うん。きりちゃん、ね』
「やった!」
私が呼ぶときりちゃんは照れ笑い。
『あのさ、私からもお願い。手つないでもいいかな?』
「いいよ」
温かいきりちゃんの手
彼のように強く逞しく生きていこう
私は心の中でそう誓いながら夢の中へと落ちていった。