第二章 十人十色
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18.勘違いラプソディー
事務員の私たちは先生たちのように鐘の合図で休憩に入るわけではない。
疲れたら誰かが「お茶でも」とみんなに声をかけて休む。
しかし、私は一番の下っ端。『休憩にしましょうよ!』などとは言い出しにくい。のですが・・・
「雪野くん、その視線は言葉にしているのと同じだと思いますよ」
『え、あ、あはははは・・・スミマセン』
私の熱視線に耐え切れず、吉野先生が本日二度目の休憩を宣言。
目は口ほどに物を言う。
私はいつもこうやってブレイクタイムを要求しています。
『お茶淹れてきますね』
明るい声を出す私に苦笑いする吉野先生、ふにゃりと笑う癒しの天使、小松田さんに見送られて食堂へ。
薪にライターで火をつけ、釜戸の前でお湯が沸くのを待っていると食堂に留三郎が入ってきた。
まだ私に気づいていないようなので姿を隠したままカウンターへと近づいていく。
驚け、留三郎っ!
『バアアアァァ!!』
「・・・何やってんだ?」
『ぬあぁっ』
「ぬあぁってお前・・・もっと可愛く驚けよ」
バクバクする心臓を手で押さえながら振り向く。
前にいるはずだった留三郎がいつの間にか背後に移動してた。
くぅ、悔しい。打倒上級生を心に誓う。
『フン。きゃあ!なんて声で驚く人がいたら見てみたいわよ』
「いや、女子の大半はきゃあ!って悲鳴上げるだろ」
悔し紛れに言った言葉は間髪を容れずに否定された。
しかも奴は追い打ちをかけるように「ぬあぁ!何て悲鳴聞いたのは初めてだ」などと付け足した。
腹は立ったが言い返せないので留三郎に背を向け、竹筒に口を当てて釜戸の火に思い切り息を送り込む。
燃えろ、燃えろ、私のストレスよ! 灰になれ!
きっと、今まで留三郎が聞いてきた女の子たちの悲鳴は演技で作られたものに違いない。
でも、きゃあ!って叫んだ方が男子的には守ってあげたい!ってなるんだろうな。
これからは可愛く叫べるように心掛けよう(多分無理だけど)と考えていると何か言いたげな留三郎の視線に気がついた。
『あ、留三郎もお茶だよね。ついでだから淹れてあげるよ』
留三郎は長次くんや兵助くんみたいに料理をする人じゃないから厨房にはお茶を飲みに来たのだろう。
若干スッキリして心に余裕が出てきたので彼の分も淹れてあげることにする。
「・・・おう、頼む」
『はい、どうぞ』
「ありがとな」
あら?お茶じゃなかった??
留三郎は渡した湯飲み茶碗を持って立ちすくんでいる。
しかも何故か困った顔で口を開けたり閉じたり。
ププッ、かわいい。
なんでこんな動作をしているかは分からないけど、こういう表情をしていると年相応に見えるよね。
「一人でニヤニヤ怪しい奴だな」
『ごめん。留三郎の顔が可愛かったからつい、ね』
「んなっ!?」
驚いた声を出す留三郎の顔は見る見る真っ赤に。
「俺のどこが可愛いんだよ、バカ」と恥ずかしそうに呟く姿がさらに可愛くて、彼には悪いが私はまたクスクスと笑ってしまった。
『ねぇ、留三郎。私はこれから事務室に戻らないといけないんだけどもしかして私に話があったんじゃない?』
顔を紅潮させて居心地悪そうに立っている留三郎に聞くと肩をビクッと跳ねさせた。
『あれ?違った?』
私の勘違いだったのかな?
それとも言い出しにくい話なのだろうか・・・
湯呑に視線を落として押し黙っている留三郎の肩にポンと手を添えると肩がまたビクッとなった。驚かせて申し訳ない。
『何か悩んでるのかな?私で良かったら聞くよ?今は時間がないから放課後になるけど・・・勿論、聞いた話は秘密にする。茶化したりもしないし』
普段の様子と違う留三郎に戸惑いながら話しかけると、言う決心がついたのか、一つ小さく息をついてから顔を上げた。
「お前の、次の休みっていつだ?」
『へ?休み?』
シリアスな話を予想していたから拍子抜けしてしまう。
意図が分からず目をパチパチさせながら次の休みを思い出す。
休日も来客があるので事務員の休みは先生たちのように土日に固定されていない。(土日のどちらかは必ず休みだけど)
で、次の休みはというと・・・
『今週の休みは・・・明日。それから土曜日が休み』
「そ、それじゃあ明日、俺と町に出かけないか?」
『町?いいよ』
明日は特に用事を入れてない。
珍しい人からのお誘いに驚きながらもコクっと頷くと、留三郎は凄く嬉しそうに笑った。
本当に、凄く嬉しそうに。
見ているこっちが嬉しくなるような表情に私の心臓もトクトクと早くなっていく。
「それで、なんだが、できたら小袖を着てきてくれ。で、あと他の奴に知られたら困るから明日のことは誰かに言わないで欲しいのだが・・・」
『わかった。うん。誰にも言わない』
顔がカアァと赤くなっていくのを感じる。
「待ち合わせは巳の刻に地蔵のところで」
『了解!』
うわぁどうしよう。凄く嬉しい。
自分の胸がときめいているのが分かる。
『あ、あのさっ』
カウンターから身を乗り出して呼びかけ、食堂の出入り口で振り返った留三郎に微笑みかける。
『誘ってくれてありがとう。楽しみにしてるね』
「っ!?お、おうっ」
一瞬驚いた顔をした留三郎だったが、私に微笑みを返してくれた。
「ユキちゃん?」
彼が出て行った出入り口を熱に浮かされたようにぼんやりと見つめていると、ひょこっと小松田さんの顔が現れた。
『あ、小松田さん!お茶淹れ終わりました。遅くなってごめんなさい』
「ううん。大丈夫だよ。さっき学園長先生が来て、一緒にお茶したいって言われたから伝えに来たんだ」
『じゃあ、ヘムヘムの分も淹れて学園長室に行きますね』
「うん・・・ねぇ、ユキちゃん?」
『はい?』
「何か良い事あったの?」
ぽかんとしていると小松田さんは「凄く良い顔してるから」と笑った。
良いこと、あった。
まさか留三郎がデートに誘ってくれるなんて思わなかったな。
思い出してさらに顔を緩ませてしまう。
「ユキちゃん?」
『良いことありました!でも、秘密なんです』
「え~~」
ちゃんとデートに誘われるのっていつ以来だったかな?
楽しみにしている気持ちが半分、緊張が半分。
何色の小袖着ていこう?そうだ!お弁当も作っていこう。
私はウキウキした気持ちで食堂から出て行った。
***
上を向けば澄んだ青空。
今日も一日良い天気になりそう。
約束の時間少し前に待ち合わせ場所に着き、ソワソワしながら待っていると茂みの間から留三郎が現れた。
『おはようっ』
「よう、早い・・・誰だ?」
『ちょっと!?』
「あはは、冗談だって」
『わわ、髪が乱れるっ』
ワシワシと頭を撫でてくる留三郎に抗議の声を上げる。
今日の髪型は編込みを入れたひとつ括り。慣れている人なら簡単なのだろうが、不器用な私は何度もやり直して大変だったのだ。
「悪ぃ、悪ぃ(ユキのくせに可愛いじゃねぇかよっ)」
『うぅ、1刻(30分)かけたのに』
「1刻!?」
『(しまった!引かれたかな?)ほら、私って不器用だからさ。やり直ししてたらあっという間に時間が経って、アハハ』
「そうか・・・手先が不器用だと毎日大変なんだな」
『同情されるほど不器用じゃないですからッ』
可哀想にと言った目で私を見てくる留三郎にクワッと叫ぶと留三郎はケタケタ笑った。
「馬鹿やってないで行くぞ」
『馬鹿って失礼な、って置いてくなーー!』
私は明るい声で笑いながら歩き出していた留三郎の背中を追いかけた。
いつ来ても賑わっている町を歩くのは楽しい。
呼び込みの声を聞きながら留三郎の隣を歩いている私の心は鼻歌を歌い出しそうなほど弾んでいる。
『どこに行くか決めてるの?』
「今日はやけに機嫌いいな」
『そ、そりゃあ、まあ』
歌うような口調で話しかけた私に目を丸くする留三郎。
私はなんとなく恥ずかしくなって言葉を濁して彼から視線を外した。
「あ、ユキ。この店に入るぞ」
『ここ?』
「あった、あった」と言いながら留三郎が入っていった店は女性物の小袖が売っている店だった。
「恥ずかしいから早く来いよ」
ポカンとしていると暖簾から顔を覗かせた留三郎に手招きされた。
慌てて中に入るといらっしゃいませ。と明るい声のおばちゃんに迎えられる。
やっぱりどう見ても小袖屋さん。いや、もしかしたら小袖屋さんと見せかけて裏では忍具でも売ってるのかしら。
おばちゃんの裏稼業を想像していると留三郎が私の背中に手を添えて、おばちゃんの方に押しやった。
「こいつに似合いそうな服を一式下さいッ」
ビックリして振り返る。
『えっ!?』
「まあ!」
思い切ったように言う留三郎。
私とおばちゃんの口からは驚きの声が上がる。
「ほら、ぼけっとした顔してないで着替えてこいって」
固まっていると、留三郎は私の両肩を掴んで
グルリとおばちゃんの方に回転させた。
キラキラした顔のおばちゃんに手を引き上げられて店の中へ上げられる。
『あの、留三郎・・』
「予算は取り敢えず気にしなくていいから。気に入った小袖を着て出てきてくれ」
戸惑いながら振り返えると、ヒラヒラと手を振った留三郎は恥ずかしさを隠すように私に背を向けて、土間に置いてあった椅子に座ってしまった。
おばちゃんに手を引かれた私はあれよあれよという間に店の奥に連れて行かれる。
そこには色とりどりの沢山の小袖。
「素敵な彼氏さんね。おばちゃん、他人事なのにときめいちゃったわ」
状況が飲み込めずにぼんやりしていた私はおばちゃんの声で我に返る。
「さぁ、沢山あるわよ。どれにしましょうか!」
『でも、一式なんてそんな・・・』
「あら、せっかく買ってくれるって言ってるのに遠慮しちゃダメよ。好意は素直に受け取って、お返しはたっぷり、ね?」
パチンと意味深なウインクをされて心臓がドキリと跳ねる。
お返しって・・・お返しって、エエェェ!?
破廉恥な想像をして一気に顔を上気させた私を見ておばちゃんは楽しそうに「若いっていいわねぇ」とクスクス笑った。
そんなおばちゃんの視線に耐え切れず、近くにあった藍色の小袖をむんずと掴む。
『き、着替えてきますっ』
「帯紐は何色にする?」
『じゃ、じゃあこれ!』
「んーそりゃないわ」
『・・・ですね』
私が掴んだのはひょっとこ顔が羅列してある帯紐。
ドギマギが消し飛んだ私はおばちゃんと顔を見合わせてプッと吹き出した。
この時代の服装は小袖に帯紐だけだから着物のように着替えに時間はかからない。
おばちゃんに手伝ってもらった私は藍色の小袖に早着替え。
『留三郎っ』
「ん、着替えたか」
私の上ずった呼び声で振り返った留三郎に『どうかな?』と照れながらもその場でクルッと回ってみせる。
「悪くはないが・・・」
ご不満らしい。
落ち込みながら立ち尽くしていると、うーん。と考え込むように腕を組んで店を見渡していた留三郎がパッと顔を輝かせた。
「あれ着てみてくれ」
『えっ。ちょっと可愛すぎない?』
留三郎が指さした小袖を見た私の眉が寄る。
キャンディのように淡いピンク色に菖蒲などの色々な花で作られたくす玉の柄が入っている可愛らしい小袖。
自分で言うけど到底似合うとは思えないのですが・・・
『私には無理があるよ』
可愛らしい小袖から視線を外す。
しかし、私を無視して留三郎は店先に置いてあるピンク小袖を手に取っておばちゃんに手渡してしまった。
『いや、あの』
「俺が着てみて欲しいんだ」
『っ!?』
ドキッと跳ね上がる心臓。
それは反則だよ!
真正面から言われた言葉に体温は急上昇。
似合わないのは分かってるけど、こんな顔で言われたら着替えないわけにはいかないじゃない。
「帯は反対色がいいかしら。奥で着てみましょう」
『それじゃあ、行ってき、ます』
「あぁ」
ニッと笑う留三郎に見送られて店の奥に入り、ぽーっとなった状態のまま着替えた私は再び店先へ。
しかし、私は直ぐに着替えた事を後悔することになる。
『どうかな?』
「・・・・・。(~っ!ユキのくせに可愛いなっ)」
土間から私を見上げる留三郎は一言も言葉を発してくれない。
やっぱり私には無理がある色だよね。
泣きそうになっているとポンとおばちゃんの手が両肩に乗っかった。
「フフフ、彼女さん可愛くなったでしょ?言葉が出ないくらい喜んでるじゃない。良かったわね」
「~っ!」
おばちゃんの言葉に弾かれた様に顔を上げると顔を真っ赤にした留三郎と視線が交わった。
『留三郎・・・』
「これ、下さい」
『えっ。値段聞かなくていいの!?』
赤くなっていた私の顔はサッと青くなる。
忍たまの彼に全額出させるわけにはいかない。
慌てて置いていた荷物から銭入れを出した私だが、その手は留三郎によって制されてしまった。
「いいから」
留三郎は私が次の言葉を言う前にサッと前に出ておばちゃんに銭を渡してしまった。
炭酸がシュワシュワ弾けるように甘い気持ちが心の中に跳ねながら広がっていく。
「待たせたな。行くぞ」
着てきた小袖はおばちゃんに包んでもらい、
留三郎の後に続いてお店を出る。
映画のヒロインになったような扱いにふわふわした気持ちで留三郎の隣を歩く。
言葉で表せないほど嬉しい。
表せないけどこの気持ちを伝えたい。
『小袖本当にあり「ハアアァ緊張した。ユキ、ありがとな!」・・・は?』
言葉を切って横を見る。
隣では大きな緊張から解き放たれたといったように
両膝に手を付く留三郎の姿。
『ありがとうって何が?』
既に嫌な予感がしている私の口からは尖った声が出ている。
そんな私の変化に気づかず、留三郎は言葉を続ける。
「いやー、この前あった山田先生の女装の授業で女物の服を一式揃えろっていう宿題が出てよ」
仙蔵みたいに女装が上手かったら化けて買いに来てもよかったんだが、俺は女装が下手だから困っていた。と奴は言った。
・・・で、何?
フツフツと湧いてくる怒り。
「女装したら面白がって文次郎とかが尾行してくるだろ?アイツに馬鹿にされるのは耐えられねぇからさ。じゃあどうしようかと考えた時にユキを思い出したんだ」
『・・・身長が同じだから私を利用した、と』
「良くわかったな!さすがユキっ痛ッ!いきなり何すんだ!・・よ・・」
ふざけんな!と叫びたかったのに声が出てこなかった。
着てきた小袖が入った風呂敷を私に投げつけられて固まっている留三郎を思い切り睨みつけてやる。
怒りを通り越して、悲しくて虚しかった。
デートのお誘いだと思って嬉しかったのに。
髪の毛何回も結い直したのに。どの小袖で行こうか沢山迷ったのに。
朝早く起きてオニギリ握ったのに。お化粧頑張ったのに。
昨日の夜は涙流しながら眉毛のムダ毛抜いたのに!
歪む視界。
でも、留三郎に関することでこれ以上泣きたくない。
下唇をグッと噛んで涙を堪える。
「ユキ・・・」
怒りで声が出てこない。
私の腕に触れた留三郎の手を打ち払う。
「すまな『うっさいわっ。お前なんか来世まで童貞貫いてしまえッ。私のトキメキを返せっ!この大馬鹿留三郎のバカ野郎のクズ野郎ガアアァァ
「っ!?トキメキっおい!待て、ユキ!(あと、童貞とか大声で言うなよっ)」
怒りで言葉が出てこなかったはずなのに、私のお上品な口は捨てゼリフを吐くのを忘れなかった。
留三郎が何か言っていたが(自分の声で聞き取れなかった)そんなもの無視して人を避けながら全力で走る。
町に誘ってくれた留三郎、可愛かったのに。
小袖屋さんでの留三郎、カッコ良かったのに。
凄く、嬉しかったのに・・・
走り疲れて足を止め、後ろを振り返る。
『追いかけてこないんかいっ』
道の真ん中で叫ぶ私から通行人が離れていった。
周りからの視線が痛い。
警察的なものを呼ばれる前にここから立ち去ろう。
留三郎のせいで逮捕されたらそれこそ最悪だ。
追いかけても来ない留三郎を頭の中で罵りながら歩いていると私のお腹が情けない音で鳴る。
疲れた・・・。
貴重な休日がパーになってしまった。
少し冷静になって辺りを見渡す。
ちょうどお昼に差し掛かる町。
あちこちから美味しそうな臭いが漂ってくる。
これ以上怒ってエネルギーを無駄に浪費するのはやめよう。
せっかく町に来たし美味しいものを食べよう!
そして、食べたら忍術学園に帰って下級生に癒してもらおう。
『しんべヱくんだったら喜んで食べてくれるかな?』
持ってきたお弁当の包に視線を落とす。
オニギリしかないけど具は工夫した自信作だったのに―――
『ストーーップ!!』
いけない
ブンブンと頭を振って暗くなりそうな気分を追い払う。
『さあ!元気出して美味しいもの食べるぞーー!』
大きな声を出し、拳を空に突き上げる。
私は通行人の失笑を無視して美味しそうなお店を探すために歩き出す。
蕎麦屋、うどん屋・・・たまには変わったものが食べたいな。
新しい店を開拓したくてズンズンと奥へ奥へ進んでいた私はいつのまにか町外れまで来てしまった。
ここから先は街道になってしまう。
Uターンしようと思った私だが、1軒の店に目が釘付けになる。
私が見つめるのは”美味しいちまき”の旗が揺れる横の長椅子に座っている人物。
『あんの薄情者ガアアァァァ』
目標 ロックオン
のほほんとした顔でちまきを包む笹の葉を剥がしている留三郎に猛ダッシュ。
素早く、強い六年生の忍たま。
私が勝てないことは分かっているけど、何が何でも、どんな手を使ってでもギャフンと言わせてやろうじゃないの!!
「いただき『させるかっ!!』っ!?!?」
嬉しそうな顔でかじりつこうとした留三郎からちまきを強奪。
ちまきを噛みそこねた留三郎の歯がカチンッと鳴った。
『ふふ、ふふふ、ふはははは!とんだマヌケズラだぜっ』
唖然とした間抜け顔を指で差しながら大声で笑ってやる。
どうだ、まいったか。薄情者!
もっと、もっと、悔しがるがいい。
私はポカンとした顔の留三郎の前でちまきにカブリつく。
うはっ、美味しい!もっちもちのちまきさん。
ほっぺが落ちそう・・・
『ふぐっ!?!?』
「えぇっ!?」
息が上がったまま口に放り込んだせいで
ちまきが喉が詰まる。く、苦しい・・・。
地面に膝をついて胸を叩いていると目の前に
お茶が差し出された。
「飲め」
ありがとう、留三郎!君は命の恩人だ。
彼からもらったお茶のおかげで生命の危機を脱する。
留三郎の株が少しだけ上昇した。
『ありがとう!礼を言ってあげるよ、留三郎じゃないしいィィ』
頭の中の自分が『ヨッ!お約束!』と合いの手を入れた。
目の前の人は留三郎に似た顔をした山伏の格好のお兄さんだった。
見知らぬ人のちまきを奪って食べてしまうなんて!
『人違いをしてしまいました。ごめんなさいッ』
ちょうど膝もついていたので謝りながら頭を下げた私だが、右手にちまき、左手に湯呑を持っていたので出来たのは両手をバンザイのように上げた変な土下座。
上から「うわぁ!」という気味悪がった声が聞こえ、視界にあった両足が消えた。
私のおかしな動きが怖くて両足を宙に浮かせたのだろう。
重ね重ねごめんなさい。
「なんねぇ、オメェ。幾らなんでもやり過ぎだべ」
手からちまきと湯呑を取られて顔を上げるとお兄さんは私の両手を持って立ち上がらせてくれた。
「可愛い娘っ子が土下座なんて簡単にすんもんじゃねぇ」
そう言って私の膝についた土をパンパンと払ってくれるお兄さん。
大変だ。
優しくされて涙が出てきそう。
『ありがと』
「んなっ!嫌だったが?な、泣くことねぇべ」
ズタズタになっていた私の心は超デリケート。
涙声になってしまった私の前で山伏のお兄さんは大慌て。
その慌てぶりが余りにも激しくて、思わずクスッと笑ってしまう。
『違うんです。優しくされて嬉しくて』
「嬉しくて?」
『はい。嬉し泣きです』
「っ!?こ、これで拭け(・・可愛い)」
誤解を解きたくて笑って見せたのに涙がポロっと零れ落ちてしまった。
すかさず手拭いを差し出してくれるお兄さん。更に泣きそうだ。
「ちっとは落ち着いたか?」
『えぇ。ご迷惑をおかけしました。と、でも、ちゃんと謝る前に新しいちまきを注文させて下さい』
ちょうど横を通りかかったお店の人を呼び止める。
『すみません。ちまきを二人前』
「あら、ごめんね。今日は完売しちゃったのよ」
『えぇっ!?』
もう完売!?また来てね、と立ち去る店員さんの背中をショックを受けながら見送る。
まだそんなに遅い時間じゃないのに。
「ここはガイドブックに載ってる有名な店だから」
眉をハの字にして山伏のお兄さんが言った。
『ガイドブックがあるんですか!?じゃなくて、どうしよう・・・』
わざわざこの店を目指して山越え?してきたかもしれないのに申し訳無さ過ぎる。
「気にしんでいいから」
『だって、ガイドブック見てこの店のちまき楽しみに来たんですよね?それに、まだお腹も減っているでしょう?』
「またここさ通る時もあるだろうし、足りない分は別の店で買えばいいがら気にすんなって。それより、そんな悲しい顔してだら可愛い顔が台無しになっぞ?」
ちまきを奪った私にこんなに優しく笑いかけて、気遣いのある言葉をかけてくれるなんて・・・
また胸がジーンとしてきて涙が出そうになり俯いた私の目に地面に落ちている風呂敷が目に入る。
あ、ちまきを奪った時に地面に投げ出したお弁当だ・・・
『お手製オニギリいかがですか?』
「へ?」
風呂敷を拾い上げ、土を払い落としながら聞く。
いや、待て、私
地面に投げ出したもの食べさせるとか、かーなーり失礼だから!
『すみません。訂正します。どこかの店で何か買って参ります』
暫しお待ちを、と走り出そうとしたが腕をパッと掴まれた。
「そのオニギリが食いてぇ」
『はい?』
振り返って首を傾げる。
彼の視線の先は私が持っている風呂敷。
え、嘘。本当にこれ食べたいって言ってくれたの?
『地面に落としちゃったやつですよ?』
「それは娘さんの手作りだべ?」
『そう、ですが・・?』
「んなら、俺はどっかの店の飯よりそれがいい」
目を瞬く。
誰かが私を浮かれさせようと裏から指示を
出しているのだろうか?
怪しい人はいないかと周りをブンブンと見渡す。
「どした?」
『いえ、何でもないです!』
四方八方から突き刺さるのは変質者を見るような冷たい視線。
どうやらこの中で一番怪しい人間は私だったようだ。
目の前で頬を紅潮させている山伏お兄さんを見る。
「ダメか?」
『いいえ、まさか!』
騙されたっていいさ!せっかく食べたいって言ってくれてるんだからオニギリ食べてもらおう。
『私の作ったもので良かったら是非食べて頂きたいです』
山伏お兄さんの顔にパッと笑顔の花が咲く。
もし、このお兄さんが私を嵌めるためだけにこの笑顔を作ったのだとしたら、私は一生独身を貫こうと思う。
私とお兄さんは並んでちまき屋さんから離れていった。