第二章 十人十色
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16.ド根性
網タイツことドクタケ忍術教室の魔界之先生に忍術学園から拉致された私は反省していた。
魔界之先生がプロの忍者とはいえ、私は簡単に、悔しいことに片手一本でねじ伏せられてしまったのだ。
これではマズイ。
この世界で生きていくためにも、忍者の学校の事務員としても。
雪野家の家訓 其の弐である“自分の身は自分で守れ”
相手に勝てる程まで強くならなくてもいい。
せめて自力で逃げられるくらいまで強くなりたい。
だからといって自分で武術を習得するのは無理なので私は先生を探すことに。
初めは忍術学園の先生に頼もうと思ったが先生たちは多忙な様子。
そういう訳で私は学園長先生に相談に乗って頂いた。
『穏やかで優しい先生を希望します!』
という希望を突きつけて学園長先生に紹介して頂いたのは元忍術学園教師の大木雅之助先生。
さっそく紹介状を書いて貰い、週一回の護身術指導をお願いすることになったのだけど・・・
『うわーー。あの人じゃないといいなぁ』
足を止めた私は手元の地図を確認する。
杭瀬村の一番奥のお宅。
うん。あそこだ。
残念ながら私の目的地は畑の中でド根性!ド根性!!と叫んでいるあの人の家らしい。
せっかく紹介して頂いたが始まる前から帰りたい。
元忍術学園の先生だから癖のある方だろうと思ってたけど予想以上にキャラが濃そうでビビってる私です。
しかし、こんな所で立ち止まっていても仕方ない。
勇気を出して行きましょう。
見かけで人を判断してはいけません。
話してみたら穏やかで優しい人かも知れないじゃない!
怯える自分を励ましつつ畑へと近づいていく。
『お、おはようございます』
「ん?誰だ?」
恐る恐る声をかけるとド根性な私の師匠(予定)が振り向いた。
『忍術学園から「聞こえんぞ!!」し、失礼しました。わたくし、忍術学園からやってきま「ドコンジョーーーーー!!」!?!?』
私の挨拶を遮って師匠(予定)が雄叫びを上げた。
何故!?
怒られた後に雄叫びあげられるとか軽くトラウマになりそうだ。
ガタガタと崩れ去る 大木先生=穏やかで優しい という方程式
「確か新しい忍術学園の事務員、雪野だったな」
さっきの雄叫びなどなかったように会話を続ける師匠(予定)に面食らっていると手渡されたのは大きな鍬。
『はい。えっと、これは??』
「畑仕事をするぞ!」
いきなり!?
ポカンとする私の前で大木先生が自分の鍬を頭上に掲げ、元気よく言った。
話についていけずにあたふたする私にニッと笑いかける大木先生。
「強くなるには体力作りから。足腰を鍛えられる畑仕事は最適なんだ!さぁ、ついてこい!!」
『へ?・・・ハ、ハイ!』
混乱しながらも返事をした私に満足そうに頷いて、ズンズンと畑の中に入っていく大木先生。
「何をしている。コッチだ!」
『今行きます!!』
エエェッ展開早ッ。挨拶とかなし!?
取り敢えずいっぱい歩くからと思って袴を履いてきて良かった。
突然始まった体力作りに驚きながらも荷物を下ろし、私も畑の中に入っていく。
その時、畑をザザッと強い風が吹き抜けた。
『あ・・・』
鍬を肩に担いで畑を突っ切っていた私は顔を緩ませる。
馴染みのある土の匂い。
立ち止まって辺りを見渡す。
・・・住んでた村の雰囲気に似てるな。
田舎はどこも似たような景色かも知れない。それでも久しぶりの農村に私のテンションは上がる。
懐かしさに自然と笑みを零しながら走り出す。
『ご指導よろしくお願い致します、大木先生!』
「ハハハ!先生と呼ばれるのは久しぶりだな。こちらこそ、宜しく頼む!」
豪快な笑い声を上げながら私の頭をグリグリ撫でる大木先生。
『頭がもげますよー』
「おっ!?すまん、すまん!!」
希望した穏やかなタイプの先生じゃないけど、私は既に明るくてカラッとした性格の大木先生が好きになっていた。
根が体育会系な私ときっと相性がいいはず。
学園長先生、素敵な先生をご紹介下さりありがとうございます。
よし。体力つけて、武術も出来るようになるぞ!
私は大木先生の横に並び大きく鍬を振り上げた。
そして約一時間後の畑―――
「ドコンジョーーーーー!!!」
『ど、こんじょ』
「声が小さいぞ、雪野!ド根じょおおオオォォォ」
学園長先生、素敵な先生をご紹介下さりありがとうございます。
えぇ、これは皮肉です。
畑仕事ってこんなに大変なものだったの!?鍬を振り続けること約一時間。
酷使しすぎた足と腕が震えています。
『も、もう。ダメれす』
ついに私は地面に膝をつく。
限界だ。このまま土の上で寝てしまいたい。
「全く近頃の若いもんは体力がない」
『相すみませぬ』
欲望のままに地面に寝転んだ私を見る大木先生は呆れ顔。
田舎暮らしとはいえ日々の生活を文明の利器に頼りきっていた現代っ子です。
「どうしても動けんか?」
『ごめんなさい・・・』
白目を剥いて見せながら限界アピール。
「ふうむ。少し早いが風呂に入って昼メシ食うか」
アピールが効いたらしい。仕方ない、と大木先生が言ってくれた。
助かった。
一気に上がる私のテンション。
『やった!お風呂!お昼ご飯!!』
力を振り絞って立ち上がる。
汗と泥を洗い流してサッパリしたい。冷たい水を飲んでご飯を食べたい。
気持ちがパッと明るくなる。
「ワシはメシの準備をしてくるから雪野は家の裏手の小川から水を汲んで風呂を沸かしてくれ」
『!?』
「雪野??」
くらりと目眩。
天国から地獄。
くぅぅ一回テンションが上がった分ダメージが大きいよ。
『な、何でもありません。承知致しました・・・』
「そうか?それじゃあ、頼むな」
去っていく大木先生の後ろで私は地面に両手をついて項垂れる。
私が甘かった。
簡単にお風呂や食事にありつけると考えた私が悪う御座いましたよ!!
しかし、もう、もう、もう、こうなったら
疲れ果てて地面に頭から倒れ込むまで動いてやらああぁァァァ!(あ、もう倒れてたっけ?)
『むうぅどっこんじょーーー!』
大木先生の真似をして叫んだら疲れが少しだけ飛んでいったような気がした。あれ?私、まだまだ動けるかも。
「いいぞー雪野!どこんじょーー!!」
『ハイ!どこんじょーーー!』
家の前で振り返った大木先生が私を見ながら楽しそうに笑っていた。
さぁ、あと一頑張りで休憩だよ!
目の前に人参をぶら下げられた馬のようにお風呂とご飯の事だけを考えながら風呂焚きを終えた私は炊事場を覗き込む。
『お風呂焚けました』
「おぉ、ご苦労」
くんくんと匂いを嗅げば野菜が煮える優しい香り。
『匂いだけで美味しいのが分かります』
大木先生の横に立って腕まくり。
『指示してください。お手伝いします』
早く食べたいから一生懸命手伝います!
にこりと笑って申し出たが大木先生は微妙な表情。
え?なんで・・・??
「あー気持ちは嬉しいが、先に風呂入れ」
『えっ』
苦笑して言う大木先生。
自分の服を見る。
『・・・。』
汗をかいた後に畑に寝転がった私は肌も服もドロッドロ。
確かにこの状態で料理をするのは不衛生極まりないし、
この格好は乙女としてアウトだわ。
『ですが、先生より先にお風呂を頂くわけには・・・』
先生に料理させておいて自分だけお風呂に入るのが申し訳ない。
うーん、と困りながら言うと、私の頭は大木先生の大きな手でグシャグシャと撫でられた。
「ド根性出すのもいいが、今は素直に甘えて風呂に行け」
「午後から護身術教えるから風呂で体ほぐしとけよ」と大木先生は私の背中をパンパンッと叩いてお風呂へと促してくれる。
優しいなぁ・・・
『ありがとうございます』
せっかく言ってもらったし甘えさせて貰おう。
私はお礼を言って先にお風呂に入らせてもらうことに。
「しっかり体洗えよー」
『はーい(体洗えって言われる女子か・・ははは。残念すぎるっ)』
炊事場を出た私はふと振り返る。
なんか懐かしいな。
大木先生に撫でられた頭を同じように自分で撫でてみる。
優しくて、カラっとした明るい性格。
豪快な笑い方。
外見は全く違うけど、なんとなく雰囲気がお父さんに似てるかも。
村の雰囲気に似た場所。父に雰囲気の似た人。フフ、なんか安心するなぁ。
プチ里帰りをしているような気分で私は頬を緩ませながらお風呂場に向かう。
『あはは、これは大木先生もお風呂に入らせたがるよ』
脱いだ服を見て苦笑する。
実習授業後の忍たまでもこんなに泥だらけにはならないかも。
多めに着替えを持ってきておいて良かった。
汚れた服を風呂敷に包んでお風呂場に入る。
『檜だ!』
一人暮らしとは思えない立派な檜の浴槽。
森林浴をしているようないい香りに何度か深呼吸。
汚れていた体を念入りに洗ってお湯に入る。
顔に手ぬぐいを置き、浴槽の縁に後頭部を預けて上を向く。
んーー気持ちいい!
足も伸ばせるし最高にリラックス。
『ううむ。極楽じゃ』
これでお風呂上がりにお酒が飲めたら、とか思った私の心は認めたくないが完全にオッサンだ。
ストーーップ!
こんな事考えちゃダメ。頭をブルルと振る。
病は気から。
オッサン化も心から!
ふふふ、偉人の名言みたいだな。
自分の言葉のセンスに満足してニヤニヤとお風呂から上がろうと立ち上がった私はピタリと動きを止めた。
ガタンと聞こえた物音。
音がしたのは扉一枚向こうの脱衣所から。
「雪野、はいるぞーー」
ハイ? 今、なんて??
固まる私。
いやらしさの欠片もない声で呼びかけられた私は事態が上手く飲み込めずに声を上げることが出来なかった。
脱衣所から流れ込んできた風が浴室に満ちていた蒸気をサッと消し去っていく。
『・・・・。』
「お湯の加減・・え・・・雪野・・・うわあああぁぁァァ!!」
叫びたいのはコッチですよ!
しかも「うわぁぁ」って失礼だなゴラアァ
そんなに私の裸が残念だったの!?
失礼だ、失礼だ!
恥ずかしさと怒りで声が出ない私はジャポンと勢いよくお湯に体を沈める。
「な、な、な、なんで、おんな、女!?!?」
『いーから扉閉めてくださいよッ』
お風呂の中からキッと睨みながら大木先生を一喝する。
ガタンッと大きな音で扉は勢いよく閉められた。
続いてドタドタと脱衣所から出て走り去っていく足音。
静かになった浴室で私は大きな大きな溜め息を吐く。
『・・・ハアァこんなに間違えられるなら初対面の人には
性別を自己申告しようかな』
――初めまして。忍術学園事務員の雪野ユキ。性別女です。みたいに?
『・・・・』
ばっかじゃないのおおぉぉ!!
こんな悲しい自己紹介したくないわっ。
『キイイイィィィ』
私は怒りが収まるまで手で水面を叩き続けた。
『落ち着け、私は大人だ。落ち着け』
お風呂から上がり、袴ではなく花柄の小袖に着替えた私は居間の戸の前で精神統一中。
さっきのは事故。
大木先生は覗こうと思ってお風呂に入ってきたわけではない。
ただ単に「雪野は男だし時間短縮で一緒風呂入ろ」といった感じで風呂場に入ってきたのだ。
失礼な勘違いした大木先生を一発くらい殴ってもOKだよ!という
本心を捩じ伏せ、笑顔を作って戸に手をかける。
『大木先生、失礼します。雪野ユキです。開けますね』
自画自賛。
私の大人スキルが1ポイントアップした。
お淑やかな声を出せた自分に満足しながら戸を開けた私だったが淑女の振りもそこまで。『ぎゃあっ』と奇声が口から漏れる。
『お、大木先生!?!?』
「すまんかった!!」
戸を開けた瞬間、ガンッと床に頭を打ちつけて土下座をした大木先生に驚き仰け反る。
視線は先生の頭付近。
頭突きで床に穴があいてしまっている。
どんだけ石頭!?でも痛そうだ・・。
衝撃を受けて立ち尽くしていた私だが、ハッと我に返って大木先生の前に膝をつく。
『あれは事故でしたから大木先生は悪くありません。頭を上げて下さい』
怒りはすっかり消し飛んでいた。
認めたくないが、ややこしい格好をしていた私にも非があるから先生に頭を下げさせるのは申し訳ない。
柔らかい口調で怒ってないと伝えるが大木先生は動かない。
「入浴中の女性がいる風呂場に踏み込むなど許されるものではない。しかも雪野くんは未婚なのではないか?『えぇ、そうですけど・・』うおおぉぉぉ」
絶句
なんのホラー!?
怖い、怖すぎる・・・
大木先生がキツツキのように床に頭を打ちつけ始めた。
全力で頭を打ち付け続ける大木先生の額から血が噴き出す。
彼はどれだけ私にトラウマを植えつけたら気が済むのだろうか・・・
『やめて下さい』
「うおおおぉぉぉ」
言っても聞かない大木先生の肩に手を伸ばす。
打ち払われた。
あぁ、もう、めんどくさい人だな!!
『いい加減にして下さいッ』
ガンと部屋に響く私の怒鳴り声。
ようやく自虐行為を止めた大木先生を見てホッと息を吐き出す。
『まったく・・こんなに怪我して』
「っ痛」
『動かない!』
「は、はい」
私に怒られてピンと背中を伸ばす大木先生。
荷物から手ぬぐいを出して大木先生の額に当てる。
これは包帯を巻いたほうがよさそう。
『水汲んできますから暫く自分で押さえていられますか?』
「あ・・・はい」
『よろしい。では、大人しく待っていて下さい』
目で馬鹿な真似をしないようにと言いながら居間を出て井戸に向かう。
『・・・変な人』
でも、嫌いじゃないな。
笑っちゃいけないけど大木先生の激しい土下座を思い出して水を汲みながらクスクス笑ってしまう。
変で、おもしろい人。
『お待たせしました』
大人しく待っていた(当然だけど)大木先生に救急箱の位置を教えてもらい包帯を取り出す。傷薬もちゃんとあった。さすが元忍術学園の先生。
『薬がしみるかもしれません』
傷跡に薬を塗って包帯を巻く。
頭に包帯を巻くのは難しい。
苦戦しながら巻いていると大木先生から視線を感じた。
『痛みます?』
「いや、その・・・(か、顔が近い)」
『??もう少しで終わりますから』
「お、おう(ワシは何故こんな小娘に緊張を!?)」
『っ動かない!』
「おっ。すまん(怒られた・・)」
頷いた拍子に包帯がずれかけ、目を吊り上げた私を見た大木先生はまずいと言った表情で固まった。
年上の、しかも師匠に失礼だがその顔が可愛くてつい笑みを零してしまう。
「雪野くん??」
『ごめんなさい。大木先生の表情が余りにも可愛かったもので、つい』
「なっ!?」
『フフ、怒らないで下さい。はい、終わりましたよ』
ニコッと笑いかけると大木先生は俯いて恥ずかしそうにポリポリと指で頬を掻いた。
「雪野・・改めてさっきの事だが」
まだ話す気!?
律儀というか、何というか・・・
大木先生には悪いがこれ以上謝られるのめんどくさい(酷い)私はサクッと話題を変えることに。
『話よりお昼ごはんにしませんか?お腹がペコペコです』
ぷくっと膨れて訴える。
調理場に見える白くてツヤツヤのおにぎりと釜戸にかかった鍋には野菜の汁物。
『お椀は勝手にお借りしても?』
空腹はもう限界!
勢いよく立ち上がる。
「ワシがやるから」
『怪我人は座っていてください』
「・・う、む」
立とうとする大木先生の肩に手を置き、押しとどめ、炊事場に降りた私は感動中。
男子厨房に入らずとか訳分かんないこと言った人は誰?
味噌汁に入っている根菜の切られ方は綺麗な銀杏形。
大木先生も長次くんと同じく料理が出来る男子のようだ。
食器類を適当に使わせてもらって居間に大木先生作のお昼ご飯を運んでいく。おにぎり、お味噌汁、お漬物。
『うわー美味しそう』
食事を運び終わって座った瞬間、お腹からキュルルと情けない音が鳴った。
もー私のお腹ったらもうちょっと頑張ってよぉ。
「ガハハッ!沢山あるから遠慮せずに食べるといい」
『い、いただきますっ』
「ぷっふ、はは」
恥ずかしさで大きくなってしまった声。
笑う大木先生の前で顔を赤くさせる。
私ってどうしてこう、いつも間抜けなんだろう?
早くシナ先生のような落ち着いた大人の女性になりたいよ。と思いながらおにぎりにかぶりつく。
『っ美味しい!!』
お米が甘い。ビックリしておにぎりを見つめる私を見て大木先生が嬉しそうに笑う。
「気に入ったか?ワシが作った米だ」
『大木先生が!?』
「あぁ、味噌汁に入っとる野菜も漬物も全部自家製だ」
『うわぁ!凄い!』
お味噌汁に入っている野菜の味が濃い。私の村も野菜を作っていてそれなりに野菜の味には煩い方だと思ってたのだけど、こんなに美味しい野菜は食べたことがなかった。
そう感想を伝えると大木先生は顔を破顔させる。
「ハハハ旨いだろう!こっちも食え」
『はいっ』
忍術学園から杭瀬村まで遠かった。
畑のお仕事頑張った。
あれこれ自分に言い訳した私は大木先生に勧められるままに用意してもらっていたお昼ご飯をペロリと完食。
「良い食いっぷりだ」
『ご馳走様でした。とっても美味しかったです』
お腹が満腹。幸せです。
今日食べた分は明日で調整します(多分無理だけどね)
「そう言えば雪野くんは異世界から来たと学園長先生からの手紙に書いてあったがどういうことだ?」
食事制限以外のダイエット法を考えていると大木先生が聞いた。
『あぁ、それは・・・』
こちらの世界に来た経緯を説明する。
難しい顔をしていたが大木先生は最後まで私の話を聞いてくれた。
「奇妙な話だ」
『私もビックリです』
「住んでいた村の名前は?」
『根月村と言います』
「ねつき、根月村・・・聞いたことあるな」
『えっ!?本当ですか!?』
思わず大声を出して前のめりになるとビックリした顔で大木先生が仰け反ってしまった。
『し、失礼しました』
先生の顔が赤くなっていく。
やってしまった・・・
『どこで聞いたか覚えていらっしゃいますか?』
至近距離まで迫ってごめんね、と思いながら尋ねる。
あるべき場所になかった私の村。
もし、この世界の何処かに私の村があるなら是非訪ねてみたい。
じーっと答えを待つが大木先生は渋い顔。
「だあぁスマン。思い出せん」
自分の頭をグシャグシャと掻き乱す大木先生に微笑んで首を横に振る。
『お気になさらないで下さい。村に行っても元の世界に帰れるわけではないんです。ちょっと見てみたいなと思っただけですから』
思い出したら教えてください。と付け加えて笑う私を真剣な目で見つめる大木先生。
何かしら?
「知り合いのいない世界でさぞ寂しかろう」
次の言葉を待っていると大木先生がポツリと言った。
『全然!!』
「は?」
即答する私。
しかも元気のいい声。
大木先生の驚いた顔が可愛くてクスクス笑ってしまう。
「・・・雪野くん?」
『寂しくないと言ったら嘘になりますけど寂しいと思う暇がないくらい毎日が賑やかで楽しいです。忍術学園は優しい人ばかりで一つの家族みたいですし』
『だから私は毎日元気いっぱいです』と私はニッと笑う。
「そう、か」
『はい!』
温かい眼差しを向けてくれる大木先生に頷く。
私たちは暫くの間それぞれの思いに浸りながら食後のお茶を楽しんだ―――
***
先ほどの穏やかな時間から数時間後。
私は再び地面に寝転がっている。
全身が痛くて立ち上がる気力さえない。
もうこのまま土と一体化したいよ・・・
「そろそろ帰らないと日が暮れちまうぞ」
『うぅ、無理です。動けません。明日の朝までここで寝ます』
「無茶を言うな」
ハアァと上から溜息が聞こえてきたが無理なものは無理。
大木先生によるスパルタ式護身術稽古。
熱い人だからある程度の厳しさは予想していたがここまで厳しかったとは・・・週一で通っていけるか不安だ。
これから忍術学園に帰れるかも不安だ。
途中で倒れちゃいそう。いや、確実に倒れる自信がある。
このまま地面を転がって帰ろうか、などと馬鹿なことを考えていると浮遊感。
「まったく。しょうがない奴だ」
口ではそう言うものの、私を横抱きしてくれている大木先生の顔は優しい。
「馬で忍術学園まで送って行ってやる」
『っ!?お、大木しぇんしぇ~~』
「ぬおっ!?」
ありがとうございます!
ガバッと大木先生に抱きつく。
耳元では先生の大きな笑い声。
「がっはっは可愛い奴だな」
頭をぐしゃぐしゃと豪快に撫でられながら馬小屋へ。
小屋には兎やヤギさんもいる。
来週の稽古後に(余裕があったら)触らせてもらいたいな。
「引っ張り上げるから手をかせ」
『お願いしま・・高いっ』
馬に乗るのは初めて。
乗せてもらった馬の上は思ったより高かった。
怖いな。
何処に掴まったらいいのだろう?
「なんだ?震えてるぞ」
『乗馬は初めてなんです。怖くて』
正直にチキンハートだと告白。
今日は2度もヘタってしまった姿を見られているし情けない生徒だと呆れられてるだろうと凹んでいると、大木先生の腕が私のお腹に回ってきて私を自分の方へぐっと引き寄せた。
『あ・・』
「これでどうだ?」
背中に感じる大きな胸板。体に回されている手も大きくて凄く安定感がある。
『安心感がハンパないです!』
頭を反らせてニッと笑う。
「っ!?お前はほんとに可愛いな!」
『ふおっ!?』
コツン
二カッと笑った大木先生の額が私の額にくっついた。
「よし、出発だ」
『よ、よろしくお願いします』
わぁ、びっくりしたよ。
ドドドッと体に振動する馬の蹄の音。
前を向いて顔を紅潮させる私の心臓もドドドッと早鐘を打っていた。
日が暮れかけた頃に私たちは忍術学園に到着。
馬で送ってもらって良かった。歩いて帰っていたら日がすっかり暮れてしまっていたと思う。
この世界の夜は暗いから極力一人では外を歩きたくなかったので助かった。
ふんわり笑顔の小松田さんにお出迎えされて大木先生と忍術学園の中へ。
『大木先生、お夕飯食べていってください』
「そうさせてもらおう」
馬に水を飲ませる大木先生に言うと明るい笑顔で返事が返ってくる。
私たちは並んで食堂へ歩き出す。
『忍術学園へ来られたのはお久しぶりですか?』
「いや、定期的に野菜を届けに来てるぞ」
『え!?知りませんでした』
一度も顔を見たことがなかったので驚く。
「いつも朝早く来てるからな」
『そうだったんですね』
モンちゃんの散歩時間くらいに来られてるのかな?今度から大木先生が来ているか気をつけて見てみよう。
「雪野ユキ」
『はい?』
何故フルネーム?
首をかしげながら横を見ると大木先生が足を止めた。
やだ、もしかして今日のダメだし?
今まで忍たま達を指導していた先生だから私はさぞ出来の悪い生徒だったろう。
「これから、ユキと呼んでいいか?」
『すみませんでした!』
私たちの声が重なった。
しまった。ダメだしじゃなかった!
慌てて顔を上げて首をブンブン縦に振る。
『どうぞ、どうぞ、ユキとでも何とでもお呼び下さいっ』
「??そうか!」
悲しそうだった大木先生の顔が輝いた。
ビックリさせてごめんね、先生。
「ワシの事も雅之助でいい」
『!?いやいや、いいわけないです』
先生を呼び捨てにするわけにはいきません。と言う私の前で眉を下げる大木先生。
「頼む」
『えーーー・・・・(困った)』
そんな事言われてもなぁ・・
「頼むッ」
『ぎゃあっ』
大木先生がガンっと頭を地面に打ちつけた。
何??頭打つの趣味なの!?・・・そんなわけないか。
頼み込みをする大木先生を起き上がらせる。
『大木先生ったら土下座禁止!!』
額についた土を払い落としながら軽く睨む。
目の前の先生はしょんぼりした顔。仕方ないなぁ、もう。
『じゃあ呼び分けます。指導を受けている時は大木先生。それ以外は雅之助さん、でどうですか?』
考えた末に妥協案を提示。
雅之助さんはこの案を受け入れてくれたらしい。
二カッと明るい笑顔。
その笑みに私もつられて顔を綻ばせる。
大木先生はけっこう年上だと思うけど中身は少年のような人。
『大木せん・・雅之助さんが教師だった時のお話を聞かせて頂けますか?』
「あぁ。ワシが忍術学園に来たのは―――」
話しながら食堂へと向かう私たち。
この時の私はまだ、雅之助さんと野村先生が食堂で大乱闘するなど夢にも思っていなかったのでした・・・