第二章 十人十色
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15.可愛くない侵入者
うわぁ凄く顔がキラキラしてるよ。
食堂から勘右衛門くんに拉致された私はガタガタと震えていた。
私は勘右衛門くんの腕の中で嫌な予感に眉を顰めながら廊下を物凄いスピードで通り抜けている。
これから私はどこに連れて行かれるのだろう?
聞くのが怖い。だが、聞かないのも怖い。
私は勇気を出してツンツンと私を横抱きしている勘右衛門くんの胸のあたりをつつく。
「ん?なんだ」
『あのさ、私たちどこに向かってるの?』
事務室だといいな!・・・ありえないけど。
私を見下ろしてニコッと人懐こい笑みを浮かべた彼が言った行き先は
「鍵のかかる部屋だ」
という大雑把で最悪の答え。
『ヒイィ離して、下ろして、解放してよ!』
彼の胸のあたりをポカポカ叩きながら叫ぶ。
鍵のかかる部屋に連れてかれて私は何をされるのよおォォォ。
『まだ午後から仕事が残ってるんだって』
「仕事?ははは、ユキがいなくてもどうにかなるだろ?」
『聞き捨てなりませんな。くらえッ』
失礼な勘右衛門くんに怒りの右ストレートを放つ。あっさり受け取められた。
くっそー悔しい。忍たまめ、忍たまめ!
こうなったら暴れてやる!
「っ!?危ない、動くなよ!」
手足を大きくばたつかせた私を落としそうになり勘右衛門くんが足でブレーキをかけて立ち止まった。
『危ないのは承知の上よ』
勘右衛門くんを見上げて叫ぶ。
鍵のかかる部屋に着けばもっと危険なことが待っている。
私は死に物狂いで勘右衛門くんの腕の中で大暴れ。
「馬鹿っ床に落としてしまう」
『それが私の狙いよ!』
元気よく言った私は後悔した。
私を抱きしめる勘右衛門くんの腕の力が一気に強まったからだ。
『離してよ!』
「むぅ。絶対落とさないからな」
資料室に連れて行く、と言う勘右衛門くんの言葉に顔を青くさせる私。
資料室といえば普段は誰も近づかない廊下の端っこにある部屋。
あそこまで連れて行かれたら助けを呼んでも誰にも気づいてもらえなくなる。
ここが正念場のようだ。
こうなったら全力で暴れながら泣き叫びましょう。
スーっと息を吸い込んだ瞬間、私を抱きしめていた勘右衛門くんの腕の力がさらにグッと強くなる。
敵も本気を出してくるようだ。
負けてなるものかと口を大きく開けて叫ぼうとした私。
だが、口から出た悲鳴はヒュっと喉の奥に引っ込んでいってしまった。
『うわっ!?』
廊下を蹴って勘右衛門くんは庭へとジャンプ。
突然の浮遊感にビックリして咄嗟に勘右衛門くんの服を掴もうとした私だが、その手は虚しく宙を掻いた。
意味がわからん。
なんでこうなった?
私は勘右衛門くんにポイと地面に放り出されて尻餅をついていた。
文句を言おうとした私だが、勘右衛門くんの不思議な毛房を見ながら固まる。
カンッと耳に聞こえた金属音。
「俺の後ろにしっかり隠れてろ」
『う、うん』
いつもの天然で柔らかな勘右衛門くんの声じゃなかった。
真剣な声に何が起こっているのか分からなかったが、危険な状況に置かれている事を知る。
「どこから入ってきた!答えろ!!」
「そんなに怖い顔をしないでください」
聞こえてきたのは硬い勘右衛門くんの声とは対照的なのんびりとした男性の声。
「質問に答えろ!」
勘右衛門くんの厳しい声に続いて聞こえてきたのはハアァと癪にさわるため息。
「私は別に、怪しい者なんかじゃありませんよ。ちょっとあなたの後ろにいるお嬢さんに用があるだけです」
「何!?」
ひたすら勘右衛門くんの心配だけをしていた私は急に自分に矛先が向き、ビクリと肩を跳ねさせた。
侵入してきた男の目的は私!?どうして??
頭の中が?で埋め尽くされる。
この世界に来てから1ヶ月。
学園外に知り合いなんて殆どいないし、外出先ではお行儀よく過ごしてきた。
誰かに迷惑をかけたりして恨みを買った記憶はない(あれ?ないよね?)
武器を使う侵入者に狙われるような事などしていない(あれ?してないよね?)
「雪野さん、お話したいので出てきて下さい」
私が頭の中で不都合な記憶を消去していると優しい声で男が話しかけてきた。
『うげっ。私の名前知ってるよ。どうしよう・・・勘右衛門くん』
「心配するな。ユキの事は俺が守る」
カッコイイ・・・。
こんな状況なのに勘右衛門くんの頼もしい言葉に胸がときめいてしまう。
見上げる彼の背中が大きく感じられる。
「まだ身分を明かしたくないし、弱りましたね・・・」
男の呟き声。
私を狙うこの男は何者だろう?
怖かったがどうしても男の顔を見たくなってしまった。
顔を見れば誰かわかるかも知れない。
そろそろと勘右衛門くんの後ろから顔を出す。
『ぶふっ!?』
男を見た瞬間吹き出してしまう。
こんな人知らない!侵入者はチンチクリンな格好をした男だった。
とにかく着ている服の趣味が酷い。
上衣は首もとからウエストまでいっぱいに使って描かれた般若の顔(襟があるから描きにくかったろうに・・・)、下衣に描かれていたのは網タイツを履いた女性の脚。
全体を見ると般若の顔から網タイツの脚が生えているように見える。
ちょっとした地獄絵図。
「隠れていろと言っただろ」
『だってさぁ。プッ、フフ・・・ごめん』
勘右衛門くんに強く睨まれ、笑うのをやめて肩をすくめる。
あのチンチクリンを目の前にして吹き出さない勘右衛門くんは凄いよ。
勘右衛門くんに白い目で見られ笑わないようキュッと唇を結んだのだけど、笑いのツボにハマってしまった私は前を向いた瞬間に吹き出してしまう。
「あのさ、今がやばい状況だって分かってる?」
勘右衛門くんが今度は呆れて言った。
『ごめん、ごめん。でも、この人危ないのはプフッ、見かけだけだよ』
「ん?君は私の素性に気がついたようですね」
『ヒィッ。来ないで!』
「酷いなぁ」
般若網タイツが感心したように言って一歩こちらに踏み出したので私はすぐさま勘右衛門くんの後ろに隠れる。
見て笑う分にはいいがあんな変態と関わりたくない。
般若網タイツは傷ついたようにガクッと肩を落とした。
「素性って・・・あいつの正体が分かったのか?」
『たぶんだけどドクタケの先生じゃないかなって思う』
首だけ振り返る勘右衛門くんに答えると聞こえてきたのは拍手。
「お見事。正解ですよ」
「どうして分かったんだ!?」
目を丸くする勘右衛門に『サングラス』と答える。
般若網タイツは先ほど会ったドクたまちゃん達と同じサングラスをつけていたのだ。
「なかなか良い目をしていますね、お嬢さん」
『その格好で褒められましてもねぇ』
全く嬉しい気持ちにならない。
なぜだろうか。むしろ私は彼に認められることに強い抵抗感を感じていた。
「本当は素性を隠して雪野さんに接近したかったのですがバレてしまったからには
仕方ありません。私はドクタケ忍術教室講師、魔界之 小路と申します」
格好が変な割にまともな挨拶。性格的には危険じゃないと判断し、勘右衛門くんの後ろに隠れるのをやめて彼にペコリと頭を下げる。
『事務員の雪野ユキです』
「先程は失礼いたしました。5年生の尾浜勘右衛門です」
勘右衛門くんも警戒を解いて頭を下げた。
『ドクたまの生徒さん達は食堂でお食事中です。宜しければご案内致しましょうか?』
もうすぐ昼休みも終わって人がすくからゆっくりとお昼を食べてもらえる。
おばちゃんの料理は忍術学園の自慢。ぜひ食べて帰って頂きたい。
しかし、魔界之先生は首を横に振る。
「おばちゃんの料理は魅力的ですが、私には雪野さんの方がもっと魅力的なのでね」
『は?』
私の口から間抜けな声が飛び出した。
隣の勘右衛門くんが苦無を構えて私を自分の後ろに隠す。
「どういう意味です?」
「ハハハ、別に取って食ったりするつもりはないのですからそんなに警戒する必要はありませんよ。ただ、異世界から来た話を彼女の口から聞きたいだけです」
般若の上衣が急に不気味に見えてきた。
手のひらにじとっとした汗をかく。
『お、お話をするならお昼を食べながらでどうでしょう?』
顔を出して提案してみるが「う~ん」と魔界之先生は渋い顔。
「いや、二人きりの方がいい」
『え・・・?えぇっ!?』
急に目の前から人がいなくなった。
二人の消えた視界に唖然としていると真後ろで金属がぶつかる音。
「逃げろ!」
振り向くと勘右衛門くんが魔界之先生の苦無を自分の苦無で受けていた。
カンカンッと激しくぶつかる刃。
初めて見る実戦
「ッユキ!さっさと走れ」
『っ!は、はい』
恐怖で石のように固まっていた私は勘右衛門くんの声で脱兎のようにその場から逃げ出した。
早く助けを呼ばなければ。そう思うのに声が出ない。
頭の血流が激しく脈打っている。
「ユキ!!逃げろっ」
背後で叫ぶような勘右衛門くんの声。
背中に恐ろしい戦慄が走る。
「足が早いですね」
『ッ!?』
足が宙に浮き、視界に地面が映る。
魔界之先生に抱き上げられた私の体。
『離しなさいッ』
「おっと。暴れちゃダメですよ」
『ヤメてよ、離して!下ろして。下ろしてったば』
ぐるんと景色が回転した。
私を横抱きにする魔界之先生の力は強く身動きが取れない。
体を捩っている間にもグングン塀へと近づいていっている。
『勘右衛門くん!』
「彼はあなたを助けられませんよ」
『なんですって!?まさか彼に危害をっキャア!』
体が浮き上がるのを感じて思わず目を瞑る。
目を開けると塀の上にいた。
そこから地面を見下ろした私はハッと息を呑み込む。
見えたのは体を縄でグルグル巻に縛られた勘右衛門くんの姿。
『あれ?なんだろうこの高揚感・・・』
「あなた生粋の変態ですね」
『あなたには負けますけどね』
バカな会話をしながらも網タイツは塀の上を移動して勘右衛門くんから遠ざかっていく。
「あそこにいるのもさっきの彼と同じ学年の子ですかね」
呟き声に下を見ると勘右衛門くん以外の5年生が庭を突っ切ってこちらに走ってくるのが見えた。
「うーん。両手も塞がっていますし、四人を相手にするのは厳しいですね」
『っ大丈夫!あなたなら四人相手でも勝てますって』
学園の外に視線を向けた網タイツに焦って叫ぶが無駄だった。落下するのを感じて網タイツの服をギュッと握り締める。
ストンと地面に着地して軽々と忍術学園の塀を飛び越えた網タイツは私を抱き抱えたまま森へと入っていく。
「あの、お嬢さん・・く、首が締まってるの、すが・・?」
知らず知らずのうちに網タイツの襟を締め上げていたらしい。上から聞こえる苦しそうな声に私はニヤリと口の端を上げる。
苦しそうな顔に良心が咎めるがこのまま連れ去られるつもりはない。
服を握っていた手に力を込める。
「まった、く・・とんだお転婆、だ・・」
『ふぐっ!?』
ゴンと額を打つ私。網タイツは私の後頭部に手を回し、自分の胸に私の顔を押し付けた。息ができない。
「窒息したくなかったら手を離しなさい」
『うぐぐ・・・』
悔しい。片手で抑えられているだけなのに少しも頭が動かせなかった。
ギリリと歯軋りしながら襟を掴んでいた両手を離す。
「また同じことをしたら、今度は気絶するまで頭を押さえておきますからね」
ぞっとする言葉とともに後頭部に添えられていた手が離される。
『はぁ、はぁ、ゴホッ・・・っこんの変態どエス!!』
「私はどちらかというとM気質です」
『そんな情報いらんわッ』
睨みながら怒鳴った瞬間、網タイツの表情が楽しそうに緩んだ。
私はおぞましい顔面から目を逸らした。
裏山を暫く進んだ茂みの中で網タイツは急に立ち止まって私を下ろし、背中から手を回して私の口を塞いだ。
手をどかそうとしても、彼から逃れようとしても先程と同じように全く動けない。
首だけ動かして網タイツを睨みつけていると彼はピッと短い指笛を鳴らした。
その音でやってきたのはヘムヘムのように頭巾を被った白くて大きな犬。なかなか凶暴そうな顔。
「頼むぞ、村崎号」
網タイツの言葉を聞いた白犬は茂みの中に消えていった。
不思議に思っていると網タイツはさらにキツく、両手で私を拘束する。
「クソッ。何処に行きやがった」
「こっちに向かったはずだが」
聞こえてきたのは八左ヱ門くんと三郎くんの声。
助けて!と声を出そうとした瞬間、喉元を締め付けられる。唸り声さえも出せない。
「「「「!?」」」」
茂みの間から見えるみんなが一斉に同じ方向を向く。
私には聞こえないが彼らの耳には物音が聞こえているらしく顔を見合わせて頷きあったのが見えた。
物音・・・きっとさっきの犬だ。朦朧とする意識の中で考える。
遠ざかって行ってしまう、兵助くん、雷蔵くん、三郎くん、八左ヱ門くん・・・たすけ、て
『ッハァ!っく、ゲホッゲホッ』
喉元と口を押さえられていた手がなくなり肺の中に空気が入ってくる。
「ほう。気絶しないとは・・・」
感心したように呟く網タイツは私を横抱きにした。
頭がぼんやりとしている私の視界に映るのは流れていく景色。
どこに連れて行かれるのか。私はどうなってしまうのか。
ネガティブな考えが私を支配していく。
いやいや、こんな弱気じゃダメだ。
荒かった呼吸も落ち着いてきた。
雪野家の家訓、其の弐 自分の身は自分で守れ
家訓を心の中で呟いて自分を励ます。
ところで、こんな時にこんな事を思うのもどうかと思うが家訓其の壱「人生なんとかなる」の次がコレってどうなんだろう?
家のご先祖様は謎だ。
「っ!?」
『ヤアァ!!」
私は地面におろされた瞬間に落ちていた枝を拾い、振った。
ヒュンと私から距離を取る網タイツに枝を構える。
枝と言っても真っ直ぐでそこそこ太いから、当たれば竹刀で叩かれた痛みくらいは与えられそう。
勝たなくても、逃げられる時間さえ作れればいいんだよね。
深く息を吸った私は枝を持つ手に力を込める。
「そんなものを振り回していては危ないですよ」
言い方から、そんな事をしても無駄だ、という網タイツの心が透けて見える。
よし、決めた。逃げられなくてもいい。絶対に一発入れてやる。
導火線の短い私の怒りが爆発した。
「枝なんか振り回さずにこの先にある、くっ」
胸のあたりに手をやり、体をくの字に曲げる網タイツ。
私は彼の胸を突くことに成功。
「今の動きは・・いったい・・」
一発入れられたら十分です。
カッカしやすいけどチキンな私は全力で逃げる。
しかし、私の逃亡は長く続かなかった。
脛に痛みを感じたと思ったら土の匂い。
うつ伏せに地面に倒れこんだ私の背中に重みがきた。
私は網タイツによって腕を背中の後ろに回され固定され、身動きがとれなくなってしまった。
万事休す
『Mなら大人しくやられなさいよ!』
「鞭と蝋燭だったら喜んでやられますよ」
『ひいぃマゾヒストの模範解答!!』
こんなド変態を講師にするなんてドクタケ忍術教室は何を考えているんだ。
無事に帰れたら良い子のドクたまちゃん達に忍術学園への転校を勧めよう。
ん・・・?あれ??
その時、私はふとあることに気がついた。
首をひねって私の上に馬乗りになっている網タイツを見る。
暫し見つめ合う私たち。
『・・・そろそろ私にも授業内容を話して頂けませんかね?』
網タイツが驚いたように眉を上げた。
サングラスの下の目は大きく開かれていると思う。
「まさか自分で気がつくとは思いませんでした。聞いていた話とは随分違う。あなたの言う通り今回の事は『あの、先に聞いていた話って方をお聞きしても?』
強い口調で網タイツの言葉を遮って言うと、彼は懐から一枚の紙を取り出して私の目の前にかざした。
そこには書いてあったのは忍術学園の大人による私についてのコメント。
① 食堂のおばちゃん
あぁ、ユキちゃん?とっても良い子よ!え、料理の腕?・・・彼女は良い子よ!
紙には上記のような文章が並んでいた。
ネガティブな事を言わないように気を使ってくれた忍術学園の皆様。
気遣いいっぱいの大人なコメントを読んだ私のダメージは大きかった。
「雪野さん?(落ち込んでしまった・・・)」
ズーンと沈んでいると網タイツが遠慮がちに声をかけてきた。
『やけ食いしたい』
「この近くに甘味処がありますよ!」
ボソッと呟くと網タイツがポンと手を打って言った。
『お金を持ってない』と言うと網タイツは「もちろん奢ります」と言った。ありがとう、網タイツ。
彼に渡された小袖に着替えて甘味処に出発。
網タイツが横抱きして運んでくれたのであっと私たちはいう間に甘味処に到着した。
『ふうむ。にゃるほどねぇ。あ、餡蜜もう一杯追加で』
財布の中身を確認する網タイツを横目に餡蜜の追加注文をする私は今回の“美人事務員(ここ重要)拉致事件”についての真相を聞いていた。
ドクたまの潜入、尾行訓練に協力すると約束した忍術学園。
しかし、協力は一方通行ではなかった。
忍術学園側もドクタケ忍術教室に授業協力を頼んでいたのだ。
「今頃五年生は実技の先生からダメ出しを受けている頃でしょう」
忍術学園が頼んだのは五年生の実技訓練への協力だった。
内容は拉致された私を網タイツから奪還せよ、というもの。
『小松田さんに見つからずに入ってくるなんておかしいとは思ってたんですよね・・・』
どんな侵入者も小松田さんの目からは逃れられない。
餡蜜をパクつきながら言うと網タイツは顎に手を当てて「ほう」と感心したように声をあげた。
「やはり頭は悪くないようですね」
ここは喜ぶべきところなのだろうか?複雑な心境になっている私の前で網タイツは話し出す。
忍術学園で自分の正体を見破ったことに感心した。枝で自分の胸に一撃を入れたことに、私が今回の拉致が授業の一環であることに気がついて驚いた、と。
『・・・わ、私、荒っぽいことは苦手なので戦の役になんか立ちませんよ』
仙蔵くんと文ちゃんとの会話を思い出しながら言う。
網タイツに私が戦に役立ちそうな知識があると思われては困る。
口の端をあげた網タイツが言った言葉は
「そうは思えませんよ」
という有り難くない私への評価。
震える手で餡蜜を口へと運ぶ。
誰かにこの溢れる食欲も評価してもらいたい。
「しかし安心してください。あなたをドクタケ城に連れて行く気はありませんし、殿や忍者隊首領の稗田八方斎様に報告する気もありません」
震え上がる私に網タイツが言ったのは意外な言葉。
キョトンとする私。
半信半疑でまじまじと網タイツを見つめていると彼はフッと笑ってサングラスを外し、私のスプーンにあった餡蜜をパクリと食べた。
『最後の一口が・・・』
「暫く会えないので思い出を作りたくてね」
『はい?』
困惑する私の前でふんわり笑う網タイツ。
サングラスをかけていない目は変態のような怪しい輝きはなく優しい色をしていた。
「私の報告を聞いた殿があなたに興味を持ち、側室にしたいなどと言いだしたら困りますからね。上には雪野さんの事を“愚鈍で平凡だった”とでも報告しておきます」
手を取られて甲に口づけされる。
初めからこんな感じだったらときめいたんだろうな。
彼の性癖を知っている私の心は岩のように動かなかった。
「つれないなぁ」
顔色一つ変えない私を見て網タイツが眉をハの字にする。
『生憎、ドMのあなたを受け入れられるような広い心を持ち合わせていないのでね』
握られていた手を引こうとしたが彼は私を離さない。
対面に座る網タイツを睨みつける。
やっぱりこの人、私をドクタケ城に・・・
「悪ふざけがすぎますよ」
「イダダダダ」
網タイツの手が離れた。
顔を上げた私の目に飛び込んできた人物。
『半助さん!!』
網タイツの後ろに立っている半助さんが網タイツの腕を後ろへと捻り上げていた。
痛い痛いと言いながらもちょっと笑顔の網タイツ。
私はブレないМ根性に心の中で拍手を送った。
「ずいぶんお早いご到着で」
「遅すぎたくらいですよ」
冷たい二人の声。
気温が少し下がったような気がする。
不穏な空気に胸をざわつかせていた私だが、その不安は店に入ってきた元気な声によって消えていった。
「やったあ!いっちばーん」
「ユキさん、発見!」
「わぁ美味しそうな匂いでいっぱい」
乱きりしんを先頭に店の中に入ってきた一年は組が私のもとへと駆け寄ってくる。
「魔界之 小路先生!」
「実習完了!!」
「あ、餡蜜食べてるっ」
「私たちも食べたいな」
は組の後ろには私服に着替えたドクたま達。
ちゃんと彼らとも知り合いになりたいな。私はウキウキと彼らに歩み寄る。
『はじめまして。忍術学園の事務員、雪野ユキです。実習のこと魔界之小路先生から聞いたよ。今度は尾行じゃなくて普通に遊びに来てね』
屈んで話しかけると彼らの顔に笑顔が広がっていく。
「しぶ鬼です」
「いぶ鬼です!」
「ふぶ鬼と言います」
「私は山ぶ鬼です」
「「「「よろしくお願いします」」」」
『こちらこそ、よろしくね』
礼儀正しく頭を下げる彼らを促して席につかせる。
は組のみんなも席に座ってそれぞれ好きな甘味を注文。
『今日は魔界之先生の奢りだそうです「えっ!?」皆でお礼を言いましょう』
「「「「「「「「ありがとうございます!!!!」」」」」」」」
店に響く元気な声。
「え、ちょ、雪野さん!?」
『あはははは』
大慌ての網タイツ。
蕩けそうな顔でスプーンを口に運ぶ子供たち。
そんな明るい店内で、私は家訓其の二を思い出していた。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
村崎号はドクタケ城の飼い犬でしたが忍犬設定にしました。