第二章 十人十色
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
14.可愛い侵入者
事務室の机に置いてあった出入門表を何気なく見た私は首を傾げる。
そこに書いてあったのは知らない人の名前。
『吉野先生、ここに書いてある、しぶ鬼さん、いぶ鬼さん、ふぶ鬼さん、山ぶ鬼さんという方たちは・・・?』
私が聞くと吉野先生は「あぁ」と顔をあげて
「その子達はドクタケ忍術教室の生徒さんですよ」
と答えてくれた。
『ドクタケ忍術教室??』
すんごく奇妙な名前。
『忍術学園以外にも忍術を教える学校があるんですね』
「それはもちろん。有名なところでは東の方に風魔流忍術教室というのがありますね」
『風魔!聞いたことがあります』
知っている言葉につい興奮した声を上げる私の前で吉野先生は驚いた顔。
「おや、ユキさんの世界にも忍がいたのですか?」
『うーん。忍びは多分いないと思います(企業スパイとかはいるかも)。風魔の名前は私が好きな小説に出てきたんです』
「ほう!雪野くんが小説を読むとは!」
『驚くとこそこですか!?』
失礼な!と両眉をあげる私を見てカラカラと笑う吉野先生。
この世界の文字が読めないだけで実は私は読書家なんですからね!
「そんなにむくれないで下さい。君が本好きなことは知っていますよ」
なぜ?と不思議に思う私に吉野先生は「下級生の忍たまが”ユキさんの世界の御伽噺”を聞かせてもらいに行こう」と話しているのを聞きましたと言った。
「最近は文字も読めるようになってきたようですしね」
吉野先生は微笑みながら私に手紙を差し出した。
受け取って手紙を開けてみる。
宛先は学園長先生。
読めない文字もあったがざっと内容をまとめると、
ドクタケ忍術教室のドクたまに忍者に必要な人を観察する能力と調査対象の人物に気づかれないように尾行する力をつけさせたいから
協力して欲しいという内容だった。
協力して欲しい―――忍術学園の方々と私に!!
手紙の中に自分の名前が書いてあった私は目を点にした。
「そういうわけですから尾行対象になってあげてくださいね」
『嫌ですよ!』
私が両手で手紙を左右に引っ張って引きちぎったのを見て吉野先生がぐるんと目を回し、天井を仰いだ。
私、吉野先生のこういうひょうきんな仕草好きなんだよね。
可愛いし。じゃなーくーてー
『お断りさせて頂きます』
きっぱり拒否。
一日中尾行されるだなんて冗談じゃない。トイレ行ったりお風呂入ったり女の子だもの見られたら困ることがいっぱいある。
忍術学園の危険な上級生(仙蔵くん、伊作くん、三郎くん、勘右衛門くん、とか)のようなドクたまに行動の一部始終を記録されていると考えるだけで恐ろしいよ。
尾行されるなんて絶対にお断り。
『ご存知だと思いますが私は妙齢の女性なのですよ。しかも嫁入り前の!万が一でも変なところを見られたら恥ずかしさのあまり半日は寝込みます』
バンと机に両手をついて力を込めて言う。
「・・それは困りましたね(半日だけなら寝込んでもらってもいいのですが・・・)」
吉野先生が眉をハの字にして困った顔をしているが承諾する気はない。
「どうしてもダメですか?」
『ダメです!小松田さんに変わってもらって下さい』
そんな顔しても諾とは言いませんよ!
断る後ろめたさを感じながらも私は『それでは失礼します』と事務室を出て行った。
廊下に出て戸を閉めてフーッと安堵の息を吐き出す。
あぁ、良かった。どうにか切り抜けられたよ・・・
『さて、仕事、仕事!」
気分を変えて掲示物を配りに行こう!と足を踏み出したその時、私の目に四つの人影が映った。
茂みから覗く四つの赤ずきん。
彼らは私を見た瞬間、驚いた顔をして茂みにパッと隠れた。
ヤダなぁ、もう!吉野先生ったら話が違うじゃありませんか。
『大変!忘れ物しちゃったよ~』
独り言を大きな声で言ってクルリと反転。
事務室に入りタタタッと吉野先生に駆け寄る。
「雪野くん??」
『さっきの話、考え直しました。ドクタケ忍術教室の先生に全面的に協力致します、とお伝え下さいませ』
コソコソと吉野先生に耳打ち。
庭で見かけたのは忍術学園一年生と同い年くらいの子供たち。
思春期真っ盛りの少年ではなく可愛い少年少女たち。
「急な心変わりですね。なんとなくそうなった予想はつきますが・・・」
どうしてもニタニタ笑ってしまう私から体を離しながら吉野先生が言った。
「とにかく承諾してくれて助かりましたよ」
『これから私は何をすればいいのですか?』
「特に何をする必要もありません。むしろ、余計なことはせずに普段通り過ごしてください。余計なことはせずに!」
『二回言わなくても・・・』
口を尖らせる私に吉野先生が「これは大事なことです」と目力を込めて言った。
『私だって大人です。安心してください」
とびきりの笑顔でウインク。
吉野先生が不安げに眉を寄せた。
アハハ、吉野先生ったら心配性なんだから!
『それでは雪野ユキ。立派に尾行されてまいります』
ビシッと吉野先生に敬礼した私は不安げな視線を背中に感じながら事務室を出て行った。
廊下を歩きながらチラッと横目で庭を見れば茂みから覗く赤ずきんちゃん達。かーわいー
スキップしたいくらい興奮してくる。
尾行って超絶忍者っぽいよね。
重要な秘密を握る凄腕くノ一になった気分。
美貌の凄腕くノ一(なんて良い響き!)雪野ユキ、いざ任務開始!
意気揚々とまずは各教室に掲示物を貼りに出発進行。
やってきたのは六年い組。
『失礼しまーーす。ギャアッ!』
教室に一歩足を踏み入れた瞬間、顔の横を風が通り過ぎた。
視線を横に移せば戸に突き刺さった手裏剣。
とんだご挨拶だな、ゴラァァ。
『一生懸命働いている事務員さんに何てことするのよ!』
拳をブンブン振り回しながら教科書片手に窓辺に座っている仙蔵くんに吠える。
『ちょっと聞いてます!?』
「五月蝿い、読書中だ」
反応のない仙蔵くんに腹を立てながら教室にドカドカと入っていくと、教科書から目を上げた仙蔵くんが私を睨んだ。
人に手裏剣投げておいて酷い奴だ。知ってたけどさ・・・。
『事務員に失礼だと思わない?』
とキツめに言ってやると
「語尾を伸ばす話し方にイライラしたのだから仕方ないだろう」とキレ気味に言って、彼は私のお腹めがけて宝録火矢(火のついていない)を投げつけてきた。
畳に膝をついて呻く私。
そんな私を鼻で笑ってから教科書に視線を戻す仙蔵くん。
彼を鬼畜と呼ばずして何と呼ぶ?
この子まともな大人にならんよ。
「これはどんな状況なんだよッ!?」
『あ、文ちゃん。おはよう』
大声に視線を向ければ教室の入り口に文ちゃんが立っていた。
『悪いけど動けないから私の代わりにコレ貼ってくれる?』
「あぁ。いいけどよ・・・」
顔を引き攣らせている文ちゃんに掲示物を一枚渡す。
「どうしてこうなったんだ?」
私と仙蔵くんを交互に見る文ちゃんに説明する。
お腹に宝録火矢を当てられる→苦痛で畳に倒れこむ→仙蔵くんの足元に倒れてしまう→仙蔵くんに足台にされる→END
『以上の流れでこうなったのですよ!あんまりだと思わない!?仙蔵くん、あなたこれじゃあ嫁には行けても嫁は貰えないグへぇっ』
仙蔵くんに頭をぐりぐりと踏まれて私の言葉は遮られた。
「ったく大丈夫か?」
『うぅ文ちゃーーーん』
心配そうに私の横にしゃがみこんでくれる彼に泣きつく。
仙蔵くんの足の下から脱出して文ちゃんに抱きついた瞬間、仙蔵くんの舌打ちが聞こえた。
踏み台が消えたことに腹が立ったのだろう。私は文ちゃんの腕の中で震えた。
「文次郎から離れろ。鍛錬バカが移るぞ」
「どういう意味だッ」
「煩い。鼓膜が破れる」
そう言いながら仙蔵くんが宝録火矢に火をつけているのが見えた。
人声より爆音の方が大きいと思うのですが・・・
『室内は火気厳禁ですよ』
「・・・そうだな。消しといてくれ、文次郎」
仙蔵くんが文ちゃんに火のついた宝録火矢を放った。
「うおっ!?」
宝録火矢をキャッチしようと手を伸ばす文ちゃん。
一方、危険な爆発物にビクッとなって思わず文ちゃんから手を離した私は仙蔵くんに襟首を引っ張られた。
トンと後頭部に軽い衝撃。
私は仙蔵くんの腕の中に閉じ込められた。
く・・・やられた。私を文ちゃんから引き離す作戦だったのか。
「あのドクたまについて説明してもらおうか」
いつか彼をギャフンと言わせたいと考えていると仙蔵くんが耳元で囁いた。
『うわーやっぱり気づいてたんだ』
仙蔵くんが「誰に物を言ってるんだ」という目で睨みながら私に回している腕の力を強めた。
頼むから口で言ってよ!
ゴホゴホ言いながら小声で吉野先生から渡された学園長先生宛ての手紙の内容を二人に話す。
「学園長先生に抗議してくる」
私の話を聞き終えた仙蔵くんが険しい顔つきで言った。
『ストップ!たった一日尾行されるだけだし私は協力したいと思ってるの』
「お前は事の重大さを分かっていない」
「仙蔵の言う通りだぞ」
二人に真剣な口調で言われて私は面食らう。
一年生と同じ年齢くらいの子供たち。しかも一日中とはいえ後ろをついて回られるだけなのに何の不都合があるのだろう?
「ユキは忍術学園とドクタケ城の関係を知らんだろう」
眉を寄せている私に仙蔵くんと文ちゃんが説明をしてくれる。
木野小次郎竹高を城主とするドクタケ城は色々な城に戦をしかける好戦的な城。
数え切れない程の敵がおり、忍術学園とも宿敵関係にあるらしい。
またドクタケ城は忍者隊を有し、城主の命により色々な悪事を働いているとのことだった。
『で、それと私が何の関係があるの?』
いまいちピンとこなくて尋ねると二人にゲンナリとした顔を向けられた。鈍くて悪かったわね!
「よく考えろ。お前は南蛮のものとも違う衣服を着て俺たちの知らない荷物を沢山持って異世界から俺たちの世界にやってきた」
「我々の知らない武器や知識を持っているのではないか、とドクタケ城の者達に思われたら、お前は彼らに拉致される危険が有るのだ」
文ちゃんと仙蔵くんの言葉を聞いて背中に悪寒が走る。
私の知識を利用しようと私を拉致しにくる人が・・・・ん?ちょっと待って。
頑張って私の体をエッサホイサとドクタケ城に持ち帰っても私には戦の知識など皆無。要は役立たず。
なーーんだ。そんなに怯える必要ないよね?
『やっぱり尾行してもらったほうがいいよ』
すっきりした顔で言った瞬間、
「何言ってんだバカタレ!」
「お前は人の話を聞いていたのか!?」
と、文ちゃんと仙蔵くんから雷を落とされた。
そんなに怒鳴らなくても・・と思ったが、真剣に怒ってくれているのは二人が私を真剣に心配してくれている証拠。
嬉しさで顔を緩ませないようにしながら口を開く。
『これは作戦なのですよ』
「「ハァ!?」」
眉間に皺を刻む二人にニッと笑ってみせる。
『いいかね、ワトソンくん。考えてもみたまえ!ドクタケの人たちが私を役立たずだと思えば私は拉致されずに済む。だから存分に尾行してもらった方が私の為になるのだよ』
「・・・確かに一理あるが・・」
「ワトソンって誰だよ」
顎に手を当てて考える仙蔵くんの横で文ちゃんが顔を顰めた。
「しかし、ドクタケにユキがサッパリ使えない馬鹿だと完全に思わせる事が出来るのか?あぁ・・一日のユキの行動をありのまま観察させればいいだけか」
突っ込んでくれた文ちゃんに感謝の眼差しを向けていると、仙蔵くんが私を貶しながら頭に浮かんだ疑問を呟き、私を貶しながら自己解決させた。
酷い言われようだが私の表情は変わらない。
私はここ最近暴言に慣れすぎて傷ついていない自分に気がついた。
仙蔵くんにはより激しい罵詈雑言で私を罵るように努力して欲しいくらいさ!
「(ユキの奴、何でニタついてんだ?)」
「(分からんし分かりたくないな)」
この欲望をどうやって仙蔵くんに伝えようか考えていると授業開始の鐘が鳴った。
『大変。行かないと』
ハッとして顔を上げると二人の肩がビクっと跳ねた。
なぜ?
頭に大きなクエスチョンマークを浮かべながら『授業頑張ってね』と私は六年い組の教室を出て行った。
『あーあ。ろ組とは組に配りそこねちゃったよ』
手元にある掲示物を見てため息をつく。
鐘が鳴ってしまったので、ろ組もは組も授業中。
授業中の教室に入っていくわけにはいかないけど
六年の教室にまた来るのは非常にめんどくさい。
『えい。こうしてやれ』
要は分かればいい。
私はポケットに入れていたスティックのりで紙を教室の戸に貼り付けた。
時間を食ってしまったからサクサクいこう。
「(いきなり走り出したぞ)」
「(見失わないように気をつけろ)」
走り出した途端に左の方から少年二人の声が聞こえてきた。
すっかり尾行されていること忘れてたよ。
掲示物を大チャクして戸に貼り付けたの見られちゃった。
ダメな事務員だと思われる、と落ち込みかけたが考えてみればダメ事務員だと思われた方がいいんだよね。
仙蔵くんが言っていた通り、こうやって“ありのままの私”を見せていればいいんだ!アハハハハハ、泣きそうだあぁぁ。
「(うわっ足が早い!)」
「(見失っちゃうっ)」
心の虚しさを走ることで昇華させようとグンと走るスピードを上げた私の耳に今度は少年と少女の声が聞こえてきた。
おっと、ごめんね。
少しだけ走るスピードを落とす。尾行されるのも意外と難しい。
階段を下りて五年生の教室。
良かった。
ちゃんと後ろをついてきているみたい。
場所を移動するたびにひょこひょこ物陰に移動するドクたまちゃん達。
彼らの一生懸命で可愛らしい様子に顔を緩ませないように気をつけながら各教室を回って掲示物を貼り付けていく。
(座学のクラスは六年生と同じく戸に貼ってしまった)
広い校舎を歩き回り、全学年の教室を回り終えた私は事務室に帰る途中で足を止めた。
風の中に揚げ物の匂いが混じっている。
んー良い匂い!
時計を見ればもうすぐお昼休み。
ちょっと早めだけどお昼にしちゃおうっと。
『おばちゃーん。お昼食べてもいいですか?』
「ちょうど出来たところよ」
今日のランチはA定食が餃子定食でB定食がエビフライ定食。
どっちも美味しそう。
ここで気になるのは私を尾行しているドクたまちゃん達。
私の尾行でお昼を食べ損ねちゃったら可哀想。
せっかく忍術学園に来たんだからおばちゃんの料理を食べて欲しいな。
『おばちゃん、腹ペコだからいつもより多め、五食食べていい?』
「五食!?!?」
ビックリして目を丸くしているおばちゃんに視線で入口を見て、とアイコンタクトを送る。
チラッと戸口を見たおばちゃんの口から「あっ」と小さい声が漏れた。
「いいわよ。そのかわり、お残しは許しまへんで!!」
『はい!ありがとうございます!』
フフと楽しそうに笑いながらおばちゃんがお昼の準備をしてくれた。
出来上がった定食を次々と運び、私はエビフライ定食を食べ始める。
ドクたまちゃんたち、お先にごめんね。
羨ましそうに戸口からこちらを覗く彼らに心の中で謝りながらペロリとB定食を完食。
ここからは一人芝居のはじまり、はじまり。
『あああぁ大変だわ!食べられると思ったのに今日はお腹の調子が悪いみたい。いつもは五食分なんてペロッと食べられるのに!』
立ち上がって大きな身振りで独り言を言う私を見たおばちゃんの頭がカウンターから消えた。
たぶんしゃがみこんで笑っているのだと思う。
恥ずかしいけど可愛いドクたまちゃん達の為に頑張らないとね。
『あぁ、それにお腹がいっぱいになったせいか急に眠気が襲ってきた。
あと四食も食べないといけないのに、もう・・・眠くて・・・堪らない(バタンッ)』
フラフラしながら大きなあくびをして床に倒れる。
うん。自分でもバカみたいだとは思う。
でも他に方法が思いつかなかったからさぁ。
これじゃあ警戒して近づいてきてくれないよな、とうつ伏せに床に倒れながら考えていたが、小さな足音が近づいてきた。
「雪野さん本当に寝ちゃったのかな?」
「寝たふりじゃない?」
う・・・バレてる・・・
困ったな。嘘でしたーって起きたほうがいい?
「ユキちゃんなら本当に寝ちゃってるわよ。食事の後はいつもこうなの」
思わぬおばちゃんの助け舟。
ドクたまちゃんたちはおばちゃんの話を信じてくれるかな?
「ふぶ鬼、ちょっと指でつついてみてよ」
女の子の声が言った。
「え、僕が!?嫌だよ。いぶ鬼、頼む!」
「僕も嫌だよ。ここはリーダーのしぶ鬼が」
「こんな時だけリーダー扱いしないでくれよ。言いだしたのは山ぶ鬼なんだから山ぶ鬼がやったらいいだろ?」
ドクたまちゃん達が頭上で揉めだしてしまった。
別につつかれたって怒らないよー。大人しくつつかれてあげるよー。と心の中で叫んでいると山ぶ鬼ちゃんが「それじゃあ皆で一斉につつこう!」と提案した。
みんなこの案を受け入れたみたい。
「それじゃあいくよ。せーーの!」
「「「「えいっ!」」」」
ツンッ
恐る恐るといった感じで私の体をつつくドクたまちゃん達。
彼らは反応のない私に安心したのかツンツンチョンチョンとあちこちを指で触り始める。
うつ伏せに倒れて良かった。
くすぐったくて笑いを堪えるのに必死。
「ホントに寝てるみたいだな」
暫く私の体をつついた後、リーダーのしぶ鬼くんが言った。
「尾行対象が寝ちゃうなんて・・・これからどうしよっか」
困ったようにいぶ鬼くんが言ったのと同時に
キュルルと可愛らしい音が聞こえてきた。
「お腹鳴っちゃった!」
恥ずかしそうな声で言って山ぶ鬼ちゃんは照れ笑い。
「そういえばお腹減ったよね」
と、ふぶ鬼くんが言った途端に聞こえてきたのはお腹の虫の大合唱。
頭上でドクたまちゃん達が一斉に吹き出した。
「あなたたち、そこにあるお昼ご飯食べちゃったら?」
クスクス笑いながらドクたまに言うおばちゃん。
「え・・でも、僕たち雪野さんを尾行する実習中だし・・・」
「ユキちゃんならぐっすり眠り込んでるから大丈夫よ。おばちゃんはせっかくのお昼ご飯が冷めちゃったら悲しいわ。ユキちゃんがお腹減ったって言ってきたら彼女には後で何か作るし。ね?食べてしまいなさいな!」
おばちゃんに勧められてドクたまちゃん達の心は動いたみたい。
おばちゃん、協力してくれてありがとう!
ガタガタと椅子に座る音がして私は表情を緩ませる。
「お残しは許しまへんで!」
「「「「いただきまーす」」」」
ワア!と嬉しそうな歓声が上がってガチャガチャと食器の音が聞こえてくる。
「んーー美味しい!」
「おばちゃんの料理久しぶりだね」
「このエビフライサクサクしてる!」
「私の餃子はカリッとしてるの。幸せ~」
みんなが喜んでくれて良かったな。
あと、出来れば誰かが食堂に入ってくる前に食べ終わってくれたらいいな。
(この状況を上手く説明できる自信がない)
そして今気がついたのだがどうやって起きるか考えるのを忘れてたよ!
眠る演技よりも起きる演技の方が難しそう。
うぅ、どういうふうに起きたらいいんだろう?
頭を捻っているとカーンと午前の授業が終わる鐘。
続いてタタタッと沢山の足音が聞こえてきた。
チラッと上を見ればドクたま達はまだお食事中。
ああぁどうしよう!このままだと忍たまたちに・・・
「おばちゃん・・!?うわわわ何だアレ!?」
発見された。
ちょっと勘右衛門くん!アレとは酷くありませんかね!?
グッと言いたいことを堪えながら歯をギリギリさせていると足音が私の前で止まった。薄目を開ければ群青色の衣。
「ドクたまの君たち、この人がどうして倒れてるか知っているかい?」
勘右衛門くんが私の頭をプスプス指で啄きながら聞いた。
ツボが刺激されて気持ちいい。
勘右衛門くんへの負の感情が消し飛んだ。
勘右衛門くんのツボ押しの心地よさに浸っている間にドクたま達が事情を説明。
「その実習いつまでなんだい?」
「お昼までです!」
!?!?
ちょっと待って!
だって手紙には――――しまった。一日とは書いてなかったわ・・・
ということは寝たふりする必要なんてなかったってこと!?
ああぁぁ私ってホントに馬鹿!!
お昼までの実習だったらドクたまちゃん達と一緒にお昼ご飯食べて仲良くなりたかった、と考えていると浮遊感。
「こんな所で寝かせていたら雪野さん風邪引いちゃうから彼女を部屋に運んでくるよ。君たちはゆっくりお昼ご飯を食べるといい」
「「ありがとうございます!」」
「「よろしくお願いします!」」
『っ!?(しまった・・)』
身の危険を感じて声を上げようとしたら口を塞がれてしまった。
目を開ければニヤッと口角を上げている勘右衛門くんの顔。
背筋がゾゾッと寒くなる。
「ゆっくりしていってね」
爽やかな笑みでドクたまちゃん達に笑いかける勘右衛門くん。
引きつっていく私の顔。
私を抱えて廊下を疾走する勘右衛門くんを見上げる。
見えたのは楽しそうな顔。
あぁ、これからどうなるのだろう?
私は嫌な予感に体を硬直させていた。