第二章 十人十色
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13.お豆腐遠足
忍術学園の敷地は広い。
だから人を探すのも一苦労。
こういう時に文明の利器の有り難みを感じるよね。
『兵助くーーん、どこですかーー?』
口に手を当てて探している人の名を呼んでみる。
シーーン
反応なし
帰ろう
恥ずかしさで顔を赤らめさせながら方向転換。
別に急ぎの用事じゃないしさ。と思いながらも気落ちしている私。
トボトボと校舎へと帰っていると突然とんとんと肩が叩かれた。
ギョエエェ近くに誰もいなかったはずなのに!
『っ!?』
怖々と振り向いた私の目が嬉しさで開かれる。
『へいふけくん!』
「あはは、ユキちゃん引っかかった」
振り向くと私の頬を人差し指でむにっと突いた兵助くんが、悪戯成功!
と楽しそうに笑っていた。
『ビ、ビックリするじゃない』
「ごめん、ごめん」
『女の子に変な顔させるなんて』とぷくっと頬を膨らませる私を落ち着かせようと
まだ小さな笑みを零しながら私の頭を撫でる兵助くん。
彼の笑顔と「ユキちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえて走ってきたんだ」と言う言葉に
怒る気も拗ねるのも忘れて私の顔は自然と笑顔になっていく。
「俺に用事?」と聞く兵助くんに早速休日の予定を聞こうとした私だが
その言葉は遠くから彼を呼ぶ可愛い伊助くんの声で遮られた。
「久々知センパーーイ!と、あれ?ユキさんもいる!」
一年生が私に駆け寄ってくる時はハグがお約束。
タタッと走ってきた伊助くんをギュッと抱きしめてから高い高いをして
グルグル回す。かわいーーい!
「こんにちは、ユキさん」
「こんにちは!」
『タカ丸くん、三郎次くん、こんにちは』
伊助くんを回している間に火薬委員が勢揃い。
「ユキさん、ここで何してるの?」
ふらふらするー、と私に抱きつきながら伊助くんが聞いた。
『兵助くんに用事があったの。みんなはこれから委員会のお仕事?』
「今日は一週間に一度の煙硝蔵の在庫チェックの日なんだ」
そう私に答える兵助くんは火薬委員の委員長代理。
火薬を扱うなんて大変そう。もし爆発したらなんて考えるとゾッとする。
うっかりの多い私。煙硝蔵には絶対に近づかないでおこう。
「それでユキちゃんの用事は?」
『あ、そうそう。今度の休み暇かな?もし時間があったら前に兵助くんが
言っていた美味しい豆腐屋さんに連れて行って欲しいのだけど・・・』
人に甘えたりおねだりしたりは苦手。でも、どーーしても美味しいお豆腐屋さん
に行ってみたいんだよね。
恥ずかしさを抑え兵助くんの前で両手を合わせてお願いをする。
『ダメ、かな?』
そっと片目を開けて兵助くんを見ると
「ダメなわけないだろ!」
と笑顔の兵助くん。
彼の快諾に笑顔になりかけていた私の顔は一瞬にして引き攣った。
私を高い高いしてグルグル回しだした兵助くん。
耳元でシュンシュンと風を切る音。
兵助くんが豆腐でテンション上がるの忘れてたよおぉぉ。
さっき私が伊助くんにやったのとコレは同じ・・・じゃないよね。
抱き上げられて高速で回転している私。
うぷ、気持ち悪い。誰か助けて!
「よく回ってますね~」
のんびりとした声でタカ丸くんが言った。
イヤイヤ!ぽわんとした顔で見物してないで助けてよおおおぉぉ。
早くしないと・・・そろそろ、限界・・が・・・
「久々知先輩、そろそろ止めないとユキさんが・・・」
「ん?っああぁ!!」
苦笑いで私を指差す三郎次くん。助かった・・・
今回もリバースせずに済んだ奇跡。
「ゴメン、ユキちゃん」
兵助くんが壊れたマリオネットのような姿になっちゃっている私を
地面に横たえたながら言った。
『あぅ(喋れない)』
私の三半規管は崩壊中。まだグルグル回っている視界の中には伊助くん、
三郎次くん、タカ丸くんの心配そうな顔。
私は「水持ってくるよ」と言う兵助くんの腕をガシッと掴んで止めた。
この状態で胃に何か入れたら惨劇が起きそうな気がするから!
『水はいいから・・膝、かして』
「膝?」
『膝枕』
「う、うん。どうぞ」
ヨタヨタ這って兵助くんの足の上にお邪魔する。
よかった。この方が断然ラク。
「ごめんね」
ようやく目眩がとれて目を開けると兵助くんが眉の端を下げて言った。
シュンとなっている姿が子犬みたい。そう思うと彼の頭にショボンと垂れた
犬の耳が見えるような気がして私はクスクス笑ってしまう。
『兵助くん』
「――っ」
私の笑い声に目をパチパチさせていた彼の両頬をむにーっと引っ張る。
『許して欲しかったら美味しい豆腐屋さん連れて行って』
パチンと弾くように手を離してニコリと笑いかければ私を覗き込む
兵助くんの顔がゆっくりと綻んでいく。
「もちろん。俺もそろそろユキちゃんと日にちの相談したいと
思ってたとこだったんだ」
『今度の土曜日でいい?』
「あぁ!」
豆腐屋さん楽しみだな。
兵助くんのオススメだから最高に美味しいに決まってる。
「お豆腐屋さんいいなー」
私たちのやり取りを聞いていた伊助くんが僕も行きたい、と手を挙げた。
続いて「それなら僕も」「僕もいいですか?」と三郎次くんとタカ丸くんも手を挙げる。
『みんなで行けると嬉しいよ。いいよね?兵助くん』
「そうだな。じゃあ土曜日は火薬委員の遠足だ!」
兵助くんの言葉にわあっと歓声が上がる。
「お前たち、そんなところで―――ユキ!?」
集合場所と時間を決めていると火薬委員顧問の半助さんがやってきた。
ちなみに私はまだ兵助くんに膝枕をしてもらっている状態。
「・・・何やっているんだい?」と言う半助さんの背後に見える黒いオーラ。
私はサッと青ざめて立ち上がる。
『断じてセクハラではないってぬわっ!?』
「「「ユキ((ちゃん、さん))」」」
急に立ち上がった私の体がグラリと揺れる。ギュッと目を瞑ると顔を何かでトンと打った。
「ふう、間に合った」
『あはは・・・いつもありがとうございます』
((くっ土井先生に取られた))
目を開ければ半助さんの腕の中。
毎度毎度すみません。
自分の落ち着きのなさと半助さんの体温にカアァと赤くなるのを感じて
顔を見られないように俯くと、半助さんは左腕で私を抱きしめながら
右手でポンポンと頭を撫でた。
「もしかしてまだ体調が戻っていないんじゃないかい?」
『いえ・・』
耳元で囁かれ、緊張で体が震える。
「顔を見せなさい」
『っ!?』
半助さんが私の顎に手を添えて俯いていた私の顔をグッと上に上げさせた。
すぐ近くにある彼の瞳。
「顔が赤いよ?」
『だだだ大丈夫ですよ!』
顔が赤いのは半助さんのせいだから!
それに一、二年生もいるのにあなたは何をやってるんですかあぁ!!
大胆な半助さんの行動に心の中で大絶叫しながら彼から体を離す。
心臓が爆発しそう。
『あ!そうだ。半助さんも一緒に豆腐屋さんに行きません?』
恥ずかしいことを誤魔化すようにポンと手を打って半助さんに言うと
彼は小さく首を傾げた。
可愛いな!なんだこのギャップは・・・反則だ。
「土曜日に火薬委員メンバーで僕のオススメのお豆腐屋に行くことにしたんです」
可愛い半助さんに女としての自信を失っていると兵助くんが火薬委員の
遠足詳細を半助さんに説明してくれた。
「私も行っていいのかい?」
気を使って言う半助さんに三郎次くんと伊助くんが「もちろんです!」
「先生も一緒だと嬉しい」と両手を挙げて飛び跳ねながら言った。
あぁ、この二人も文句なしで可愛い・・・
「それじゃあ、ユキちゃん。土曜日の巳の刻に正門前で!」
『うん!楽しみにしてる。委員会活動頑張ってねーー』
“可愛さ”で自分と他人を比べるのはもうやめよう。
自分は自分、他人は他人。
私は強い西日を手で遮りながら自嘲気味に口角を上げた。
***
自分の精一杯で可愛いを目指そう。
他人と比べて何になる?
大切な何かを悟った私はキュッと帯紐を締めて部屋を出て、
待ち合わせ場所に向かっている。
清々しい気持ちで歩いていると正門前には伊助くんと三郎次くんの姿。
『伊助くん、三郎次くん、おはよう』
「「・・・・??」」
キョトンと私を見上げる二人。
おやおや、私が誰か分からないのかな?
『雪野ユキデス』
「「えええぇぇユキさん!!??」」
同時に叫ぶ二人に大満足。
「どこのお兄さんかと思いました」
「カッコイイね」
変装上手いね、と称賛の目を向けてくれる二人に微笑む私。
自分の精一杯で可愛いを目指そう。は嘘です
どうせ可愛くなれないしと男装に逃げた私です。
そして小袖姿よりしっくりきている私です。
文句ある奴は出てきやがれチキショーー
体育委員会の時の服装+頭も男の子と同じように結ったことで
私はどっからどう見ても男の子らしい。フフ、背も高いしね、ふふふ・・
「ユキさんみたいな男前になりたい」と褒めてくれる二人の頭を
撫でていると半助さん、兵助くん、タカ丸くんもやってきた。
目を瞬いている三人ににっこり微笑む。
『おはようございます』
「「「ユキ((ちゃん))!!??」」」
驚きで目を見開く三人。
あ、なんかコレはまりそう。
人をビックリさせる快感がクセになりそうだ。
『皆さん、元気よく行きましょー!オォーー!!』
「「オォーー!」」
(((小袖姿が見たかったのに・・)))
『ほらほら行きますよっ』
何かが吹っ切れた私は低血圧?でテンション低めの三人の背中を
押して忍術学園を出発した。
「忍術、つ」「机、え」『エロイカ、か』「紙、み」「みず、ず」『ず・・随意念珠!じゅ』
「獣医、い」「犬、ぬ」『ぬ、ぬ・・・額田王「ユキさん一旦止めてもいいですか!?」
額田王を思いついてクワっと叫んだ私にクワっと三郎次くんが言った。
「さっきから単語のセンス酷いよっ」
『そうかな?』
「エロイカって何!?随意念珠は渋すぎる!あと、さっきチラッと後ろ
振り返ったら後ろの先生たちが”三人で何の会話してるんだろうって?”
って怪訝そうな顔されていましたからね!!!」
一気に言ってゼェゼェと荒い息を吐く三郎次くん。
ユキさんの番が来るたびにすっごくモヤモヤする、と叫ぶ三郎次くんに
私は苦笑い。
『しりとりにセンスを求められましても・・・』
「必死なのは分かるけど変だよ!」とブーブー言う三郎次くんは
後ろを歩いていた三人もしりとりに誘った。
しりとり再開
私の順番が来るたびにみんなの顔に浮かぶ苦笑。
こんなに精神力の削られるしりとりは初めてです。
そんなこんなで賑やかに歩いていた私たち。
結構歩いたしもうそろそろ着くかな?と思っていると丘の上に
小さなお店が見えてきた。
『兵助くん、もしかしてあそこ?』
勢いよく指を指した私のお腹からぐるると情けない音が鳴る。
みんなが一斉に吹き出した。もーー恥ずかしい!
「そうだよ。あそこが俺たちの目的地」
クスクス笑みを零しながら頷く兵助くん。
『わ、私、先に行って席とってるね』
「僕も行く」
「僕も!」
恥ずかしさに居た堪れなくなって走り出す私の後ろを
三郎次くんと伊助くんが追いかけてくる。
丘を駆け上がっていくと見えてきた看板には豆腐の文字。
テンション上がってきたーー。
『こんにちは!』
「いらっしゃい」
暖簾をくぐるとニコニコと優しそうなお婆ちゃんが迎えてくれた。
人里離れたお店なのにお客さんはほぼ満員。
「何名様ですか?」
両隣りを見る。
『さん「「六名です!」」
頭の良い子二人が声を揃えて言った。
「下はいっぱいだからお二階へどうぞ」
両脇から突き刺さるような視線を感じながら二階へ上がった私は
お座敷奥の窓にタタっと駆け寄った。
『うわーいい眺めだね』
風がヒュンと部屋に吹き込んできて頬を撫でる。私は若草香る
清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
空気が美味しいのがこの世界の良いところ。この空気の中で
大好きな豆腐を食べる。なんという贅沢!
にまにま笑っていた私はピタッと固まる。
店の入口でポカンとしながら私を見上げる半助さん、兵助くん、
タカ丸くんと目があった。
もう、何で変なとこばっかり見られるかな!?
緩みきった顔でニタニタしていた私はさぞ阿呆な顔をしていただろう。
「土井先生、久々知先輩、タカ丸さん。二階に上がってきてくださーーい」
窓辺から引っ込んだ私と入れ替わって三郎次くんが兵助くんたちに言った。
「ユキさん、顔赤いよ」
挙動不審な私を心配してくれる伊助くんに『大丈夫』と言って彼の頭を
撫でてから席に着く。
ストンと座った瞬間、三郎次くんが「あぁ!」っと声を出して
私のところへ駆けてきた。
何だろう?と首を傾げていると
「下座には僕たち下級生が座りますっ」と私の腕を引っ張りながら
三郎次くんが言った。何、この子、賢い!!
「おぉ良い部屋だねってユキは何をしているんだい!?」
襖を開けた半助さんが仰け反った。
理由は三郎次くんをギューっと抱きしめながら頭を撫で回している私を見たから。
『半助さんったら聞いてくださいよ。三郎次くんが下座には自分が座るって
言ってくれたんですよ!感動です。ビックリです!』
「べ、別にこんなの普通だからっ」
しっかりしてる良い子だね、と礼儀正しい彼を褒める私から
恥ずかしそうに顔を逸らす三郎次くんは半助さんや先輩たちからも
「偉いな、三郎次」と声をかけられてさらに顔を赤くさせていった。
んもーー可愛くて仕方ないよ。
しかし、ニマニマしながら立ち上がった私は小さく眉を寄せた。
『・・・ううむ』
三郎次くんを愛でるのをやめて、ふと気が付くと長机の空席は二席。
座っていないのは私と半助さん。
空いている場所はさっき私が顔を出していた窓のすぐ前のお誕生日席か
床の間の前の席。どっちが上座?分からん。
私は一瞬で考えることを放棄した。
『注文通してきマース。私の独断で!』
「「「「え?((((独断って!?))))」」」」
出口で振り向くと中腰でキョトンとした目で固まった半助さんと目が合った。
あそこが上座だったのか。
覚えておこうと思いながら階段を降りていく。
わー!凄く賑わっている。
『あのーすみません』
注文をしようとしたが席にお店の人が見当たらなかったので厨房を覗く。
いたのは忙しく料理を作っているお爺さんと
『お婆さん!?大丈夫ですか!?』
厨房の入口で腰を押さえながら座り込んでしまったお婆さん。
お婆さんの隣にしゃがんで様子を見る。
私の声にビックリしたお爺さんもやってきた。
「どうしたね、婆さんや」
「持病の腰が・・・」
イタタと腰に手を当てるお婆さん。
「休んでなさい」
「でも爺さん一人じゃとても・・・」
どうやらこのお店はお爺さんとお婆さんの夫婦二人で
切り盛りしているお店らしい。
痛いのを堪えて膳を運ぼうとするお婆さんを慌てて止めるお爺さん。
良い夫婦だ。
労り合う理想の夫婦だね。
『お爺さん、お婆さん、私が手伝いますよ!』
感動しながら勢いよく手を挙げる。
お爺さんお婆さんばっかりの私の村。目の前の二人が村人の爺婆様に重なって見える。
放っておくことなんて出来ないよ。
「そんな・・・お客様に手伝って頂くなんて・・」
『腰痛いのに無理しちゃダメですよ。困ったときはお互い様って言うじゃないですか』
お婆さんの手をキュッと握って笑いかける。
「それはこんなお兄ちゃんに手伝って貰えたら心強いけど・・」
『力仕事は慣れてるから任せてください(接客は微妙だけど・・)それに、
お爺さんのお豆腐食べたいっていうお客さんを待たせちゃ可愛そうですから』
「そんなに儂の豆腐を!ありがとうのう、お兄ちゃん」
私の言葉に破顔するお爺さん。
私は豆腐定食を六人分注文し、出来た料理を手に厨房から出て行った。
それにしても、お兄ちゃん、お兄ちゃんって・・・私の男装って完璧なんだね。
何故か鼻がツンとするのを感じながら料理をテーブルに運ぶ。
『お豆腐定食お持ちしました』
「まあ、美味しそう!お兄さんもカッコイイし」
『あはは、ごゆっくりどうぞー』
たぶん帰る頃には心臓に毛が生えているだろう。
料理を運ぶたびに私の心は強くなっていった。
「豆腐定食六人前、上がり」
『はーい』
お婆ちゃんにテーブルを指示されて私は両手に料理を持ち
階段をトントンと上がっていく。
この階段結構きついな。
六人前だから三往復か・・・日頃の運動不足を反省。
『失礼します。お待たせいたしまし――――』
「ユキちゃん!?」
『へ?』
驚きの声を上げる兵助くんに間抜けな声で答えた私はハタと気がついた。
そうだ。私は客としてここに来てたんだった。
なんかもう、すっかりここの従業員気分だったよ。
「えっと、これはどういう状況なんだい・・・?」
目の前に置かれた豆腐定食と私を交互に見て半助さんが尋ねた。
『実はお婆さんが腰を痛くして斯く斯く然然だったんですよ』
「うん。ユキさんが手伝うことになったんだね!ところでユキさん。
斯く斯く然然言うなら手伝うことになったって言えたよね!?」
何でめんどくさくなったの!?なんでツッコミ役が僕しかいないの!?と
叫ぶ三郎次くん。今日の功労賞は断トツで三郎次くんに決定だ。
『そういうわけで、皆さんはごゆっくり!
私は後で容器借りて持ち帰るから、私のことはお気になさらず!』
下はランチタイムでごった返している。
スチャッと片手を挙げて早々に退出。
トトトっと勢いよく降りていると背後からドドドドドという音。
何事!?と振り向いた私の後ろにいたのは兵助くんを先頭にした火薬委員全員。
「俺たちも手伝うよ」
『え、でも・・・』
「みんなでやったほうが早いよ~」
ポンと私の頭に手を置いて厨房へと入っていくタカ丸くん。
「ユキさんに任せてたら何があるかわからないからね」
『三郎次くんも!』
「みんなでお手伝いしてみんなで食べよう」
『伊助くん、ありがとう!』
元気よく厨房に入って料理を手にして出てくるみんな。
「私も手伝うよ」
振り向けば腕まくりしながらニコッと笑って階段から降りてくる半助さん。
『半助さんにまで手伝わせることになっちゃってすみません。
私が勝手にやったことに巻き込んで・・・』
せっかくの休日なのに働かせることになって迷惑かけちゃったよ。
みんなにも悪いことしちゃったな。
「そんなこと思わなくていいんだよ」
私の考えを見抜いたように言った半助さんがポンと私の頭に掌を置いた。
「みんな迷惑だなんて思ってないさ。見てごらん?」
肩に手を添えられクルリと反転させられる。
「兵助、タカ丸、三郎次に伊助。嫌な顔をしているかい?」
半助さんに言われて頭を横にフルフルと振る。
お客さんの間を忙しく歩き回るみんなは凄く良い笑顔。
「困った人を放っておけないユキの性格は皆知ってるし、私はそんな
ユキが大好きだ。それに、こういう仕事も普段通り生活していたら
経験できなかっただろうからね」
ユキといると面白いハプニングがあって楽しいよ。と半助さんは
優しく笑った。
じんわりと胸が熱くなっていく。
『ありがとうございます、半助さん』
「よし。それじゃあ我々も行こうか」
『ハイ!』
心優しい人たちと知り合えた幸せ。
私は胸が温かくなるのを感じながら半助さんの後を追って厨房へと向かった。
***
お店の手伝いを終えた私たちはお爺さんお婆さんとお話しながら
ゆったりと豆腐定食を堪能。
口の中で優しく蕩けるお豆腐。醤油をかけなくても美味しい匠の逸品。
おぼろ豆腐、田楽、焼き豆腐、高野豆腐。まさに豆腐三昧!
私と兵助くんの興奮具合は言わずもがな。
他にお客さんがいなくて良かったと三郎次くんがごちていた。
お腹も満たされ幸せ気分で帰ってきた忍術学園。
もう夕食の時間だけどさすがの私もまだお腹いっぱい。
「ユキちゃん」
『兵助くん』
のんびり庭をブラブラしていたら兵助くんが声をかけてくれた。
軽やかに駆けてきた彼が私の横に並ぶ。
「夕飯は?」
『まだお腹パンパン』
「あはは、俺も。良かったら一緒に散歩しない?」
『是非!』
朱色に染まる空の下を二人で歩く。
昼間も気持ちよかったけど少し風が冷たくなった夕方も気持ちいい。
見晴らしの良い場所で自然と足を止める私たち。
心地よい風をもっと感じようと目を閉じる。
『お豆腐、凄く美味しかったよ。ありがとう』
「うん」
暗い瞼の裏に浮かぶ白い豆腐。
兵助くんも目を瞑ってたらいいな。
顔が緩んでいくのが止められないから私はきっと変な顔してる。
『それからね、みんながお店手伝いに降りてきてくれたのが
凄く嬉しかった』
「うん・・・」
サアァと風が草を揺らす音。
美味しい白い豆腐、心地よい風、優しいみんな。
体が内側から外側から心から浄化されていく気がする。
『あとねーいいなって思ったのがお店のお爺さんとお婆さん。
年を取ってもお互いを労り合う夫婦って素敵だよね』
「・・・うん・・・・」
うん?
さっきから兵助くんの口数が少ないような気がするのですが・・?
パチっと目を開けて兵助くんを見る。
強い西日に目が慣れなくて表情がよく見えない。
『兵助くん・・?』
太陽の光を遮ろうと目の上にかざそうとした手。
その私の手は兵助くんに取られ、引っ張られる。
スローモーションに見える風景。
優しく包まれる頬。
ふわりと重なった私たちの唇。
『え・・・』
「ごめん!ユキちゃんっ」
目を瞬きながら柔らかい感触の残る唇に手を持っていく。
目の前には夕日よりも真っ赤に顔を朱に染める兵助くんがいる。
『どうしちゃった?』
もっとマシな聞き方ないのか、私。とぼうっとする頭で思いながら
尋ねるとクシャリと兵助くんの顔が悲しそうに歪んだ。
「ごめん、つい・・・」
涙を堪えるようにキュッと唇を結んで俯く兵助くん。
つい・・・つい・・・
ついって!?
つい出来心でってやつですか!?
これは喧嘩売られたってことでOK?
上がる怒りのボルテージ。
「ユキちゃんが綺麗だったから」
『っおぉっ!?あ、ありがとう!?』
シャーッと怒りそうになっていた私の声がひっくり返った。
この数秒間で私の感情は急降下の急上昇だ。
バクバクする心臓を右手で押さえながら反対の手で
泣きそうになっている兵助くんの手を取って握る。
「ユキちゃん?」
『どうしてそんなに悲しい顔するの?』
兵助くんの顔を覗きこみながら言うと彼はハッとした顔で私を見た後、
私から顔を逸らし躊躇うように瞳を揺らした。
『あー・・・まさか私にキスしたことを後悔して泣いてる?』
「っなわけないだろ!」
弾かれたように顔を上げる兵助くん。
私はフッと吹き出した。
「・・・俺のこと、怒ってないのか?」
気まずそうにする兵助くんの目尻が赤くなっている。
こういうのって緊張するな・・・。
大きく何度か深呼吸。
『綺麗だって言ってもらえて、えーと、嬉しかった、よ?』
光の戻った眼差しを私に向ける兵助くんに
『でも同意なしにキスされるのは困るけどね』と付け加える。
「ごめん」
『許す』
「早っ」
『アハハ』
私たちは顔を見合わせて表情を崩す。
赤い夕日が沈んでいく。
「今度さ、あのお爺さんとお婆さんの様子見に行かないか?」
『私もそうしたいと思ってた』
私たちの顔には穏やかな笑み。
赤い夕日が沈んでいった。