第二章 十人十色
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11.商売上手な彼と
トントントントン
戸をノックする音。
「ユキ、いるかい?」
いません。
ただ今留守にしております。
土曜日だもの寝かせて下さい。
私は聞かなかったことにして寝返りを打った。
「(土井先生きてるよ?)」
『(眠いから聞かなかったことにする)』
「(ユキさん・・・)(土井先生、不憫)」
物言いたげな目の前のきりちゃんの視線を瞳を閉じてシャットアウト。
気持ちよくウトウトし始めた私。
「・・・ユキ?」
ごめんね、半助さん。
「ユキ・・・入るぞ」
『!?』
ええー!?入ってくるの!?
スパンッと勢いよく戸が開けられたのと、私が飛び起きたのは同時だった。
『眩しい。溶ける!』
太陽の光に呻く。
「良かった・・・寝ていただけなんだな(溶ける?)」
朝の光に顔を覆う私の前で入口に立つ半助さんがホッとしたように言った。
「気分はどうかな?」
半助さんったら女の子の部屋だって分かってます!?だ、大胆ですね・・・。
すたすたと入ってくる半助さんに慌てる。
『ご心配おかけしました』
ストンと私の前に座った半助さん。
私は寝起きでボサボサであろう髪を直しながら言った。
「髪よりもこっちのほうが気になるのだが」
そう言って半助さんは手を伸ばしてきて私の乱れた前襟を正した。
予想外の彼の行動に固まる私。
半助さんは顔を赤らめさせながら「さんざん心配させられた仕返しだよ」と呟いた。
『す、すみません・・・』
顔を紅潮させて俯くと頭に大きな手。
『いっぱい寝て元気になりました』
「そうか」
目線を上げると優しい瞳とぶつかった。
「そんな顔で見られたら理性のタガが外れそうだ」
否、獲物を狙う獣の目でした。
あわあわする私。
私を見つめていた半助さんは、慌てる私の様子がおかしかったのかフッと笑って表情を緩めた。
「冗談。何もしないよ」
クスリと笑う半助さん。
ビックリした、と緊張を緩めていると半助さんの笑顔がピシリと固まった。
彼の視線が捉えていたのは私の後ろから顔を覗かせているきりちゃん。
「き、きり丸!どうしてここに!?」
「昨日は僕が泊まる日だったんで。土井先生こそどうしてユキさんの部屋に?」
「私は、だな。ユキが倒れたと聞いてお見舞いに・・・」
「ふうん。お見舞いね~」
ニヤニヤと楽しそうなきりちゃん。
「うっ・・何だその目は」
「だってー襲うとお見舞いじゃあ全然違うなあって思って」
「コ、コラ!」
真っ赤になって声を大きくする半助さんを見たきりちゃんはわあっ!と叫んで私の背中に抱きついた。
私はクスクス笑いながら手を回して後ろにいるきりちゃんを抱く。
半助さんは諦めたようにハアァとため息をついた。
「土日はゆっくり休むように」
『ハーイ!』
元気よく返事をすると半助さんは優しく笑ってくれた。
「きり丸、ユキに迷惑かけるんじゃないぞ」
「ハーイ!」
こちらも良いお返事。
半助さんは小テストの採点をしにお部屋に戻っていった。
休日もお仕事なんて忙しいな。
『あ、そうだ。今日はきりちゃんバイトある?』
「ないよ。どうしたの?」
私は押し入れを開けて向こうの世界から持ってきた荷物からある物を取り出した。
なんだろうと首を傾げているきりちゃんの前に広げる。
「チョコレートだ!もしかして、くれるの??」
キランと小判型の瞳になるきりちゃんに、ごめんね。あげられないんだ、と謝る。
『このチョコにはお酒が入っているから、きりちゃんは食べられないの。
でね、ここからが本題。きりちゃんにお願いがあるの』
「お願い?」
不思議そうな顔をするきりちゃんに私はニーっとした笑みを向ける。
『実はね、このチョコを町で売ってお金に変えたいと思ってるの。
だけど私はこの時代の事良くわからないから、商売上手な人についてきて欲しくて』
きりちゃんの顔が一気に笑顔に変わる。
小判型の目も輝きを増した。
『分け前はチョコレート二粒分でどう?』
「う~ん。そこは売上でお願いしたいな。売上の三割・・三割五分!」
『三割・・ゴブ(って何?)うん、いいよ!』
「・・・(分かってないな・・)」
『・・・・。』
「売上見ながら決めることにしよう!」
『助かるよ!』
私は励ますように手を握ってくれるきりちゃんの優しさに、泣いた。
『朝ごはん食べたら出発しようか』
「気合を入れて行くぞーー!!」
『おーー!!』
二人で空高く拳を突き上げる。
私たちは戦の前の腹ごしらえをしに食堂へと向かった。
よく晴れた商売日より。
町は休日ということもあって賑わいを見せている。
「ユキさーーん、こっちでお店開こう」
普段から道端で商売をしているというきりちゃんの手際は良い。
可愛く一つずつラッピングされたチョコを手に、よく通る声で道行く人に呼びかけると、あっと言う間にお客さんに取り囲まれた。
「えーここにありますのは南蛮生まれのお菓子、チョコレート!
中には珍しい南蛮の酒が練りこまれており一口食べれば極上の――――
きりちゃんて凄い。
決して安くはない値段に設定したチョコレート。
売れるか心配だったけど杞憂だったみたい。五粒のチョコレートはボーっと彼の後ろに立つ私の前で次々と売れていった。
『きりちゃん慣れてるね。ビックリしちゃったよ』
「まあね。山で山菜やキノコ取ってしょっちゅう売りに来るから」
きりちゃんはござを丸めながら誇らしげに胸を張った。
ずっしりと重い小銭入れは給料ひと月分くらいはありそう。
売れなかったら値段を下げるつもりでいたから予想以上の売上。
『一人で大金持つの怖いし今分けちゃっていい?』
「もちろん!大歓迎」
すっごくいい表情のきりちゃんが両手を差し出す。
『たしかゴワリだっけ?』
「!?嬉しいけど違う!」
お金は大好きだけど正直者のきりちゃん。
何やら説明してくれようとしたけど混乱して頭が痛くなってきたので全てきりちゃんにお任せすることに。
『きりちゃん、ありがとう!』
「こちらこそ、まいどあり~」
分け前問題こうやってはスムーズに解決した。
ひと仕事終えて食べるごはん(私は立っていただけだけど)は美味しい!
きりちゃんと二人でお蕎麦をすする。
私は鴨そばできりちゃんはかき揚げ蕎麦。頬を膨らませてふーふーしているきりちゃんの顔に私の頬は緩みっぱなし。
「ユキさーん。そんなに見られたら食べにくいんすけどー」
『だって可愛いんだもん』
「僕、男だし可愛いって言われても嬉しくないなぁ」
ぷくっと膨れてるけど頬が染まって照れているのが分かる。
これが可愛くなくて何が可愛いのよ!
『私の鴨あげるから怒らないで』
「え?アハアハくれるの!?あ・・でもユキさん、お腹減らない?」
『朝が遅かったからお腹いっぱいなの(ついでに心も)』
さらに食べて、と進めると、きりちゃんは幸せそうな顔で鴨肉をパクッと食べた。かわゆいなぁ。
『買い物に付き合って欲しいんだけど、きりちゃんこの後予定ある?』
「今日も明日も一日何もないよ。何買うの?」
『半助さんと利吉さんに渡すプレゼント選びを手伝って欲しい「欲しい!?うぅヤダ」て、手伝わせて・・あげる?「あげる!アハアハ」
欲しいで泣いて、あげるで笑うきりちゃんにクスクス笑いながら言う。
お勘定をし、プレゼント選びを手伝ってくれると言ってくれたきりちゃんと店を出た。
お腹も満たされたところでプレゼント選び開始!なんだけど・・・
あげたいものが思いつかない。あっちの世界ならネクタイとか財布とか思いつくんだけどな。
『普段使うようなものでいいのないかな?』
さっそくきりちゃんに助けを求める。
顎に手をあててきりちゃんは「う~ん」と暫く考えたあと、ポンと手を打った。
「土井先生は薬入れがいい!」
『薬入れ?』
「土井先生、よく胃を痛くするから薬を持ち運べたら便利かなって」
『良いアイデア!』
半助さんの役に立ってくれたら嬉しい。
それにしても、あの歳で胃痛持ちだなんて・・・半助さんも大変だな。
「ちょうどそこに小間物屋さんがあるよ」
『行ってみよう』
タイミングよく目の前に現れた小間物屋さんの暖簾をくぐる。
「いらっしゃいッ」
『男性用の薬入れが欲しいのですが、ありますか?』
「あるよ。これなんかどうですかい?」
いかにも商売人といったチャキチャキした店主が渡してくれた薬入れには見覚えがあった。
薬入れを持って大きく息を吸い込み、カッと目を見開く。
『控えーーい、控えええぇぇい、この印籠「すみません。一旦出直します」頭がたか』
私はきりちゃんによって店の外に連れ出された。
だって印籠と言ったら水戸黄門でしょ。
目の前に印籠があったらやるしかないでしょ!
切々ときりちゃんに訴えたが理解してもらえなかった。残念だ。
次やったら帰るから、と宣告された私はパフォーマンス精神を押し殺して
再び店へと戻る。
『先ほどのよりシンプルな絵の印籠はありますか?』
「はい。ではこちらなどどうでしょう?(さっきのは一体何だったんだ・・)」
先ほど見せてくれた螺鈿で装飾されたギラギラの印籠は半助さんっぽくない。
好みを伝えて店主に別の印籠を出してもらう。
『かわいい!』
「うん。かわいい!」
見せられた瞬間、私ときりちゃんの顔がパアァと輝く。
長円筒形の薬入れには漆が塗ってあり、その上に蒔絵の装飾が施されている。
立ち上がって月を見るウサギの姿。
『私は好きだけど、可愛すぎるかな?』
「僕もいいと思うよ!」
胃が痛い時に見たら癒されそうと言うきりちゃんの言葉に後押しされて購入を決める。
『利吉さんは何がいいだろう?』
忍者が使う道具は分からない。でも、任務で邪魔にならないものがいいよね。
頭をひねって考えていた私の目に細長い棒と丸い容器が映る。
「矢立てっすね」
何だろうと手に取って見ているときりちゃんが教えてくれた。
矢立とは持ち運べるようにした筆記用具らしい。これなら利吉さんのお仕事に使えるかもしれない。
『これ下さい』
「毎度あり!」
半助さんには印籠、利吉さんには矢立て。
店主から品物を受け取って店を出る。
二人とも喜んでくれるといいな。
『今日は付き合ってくれてありがとう』
「僕も楽しかったよ。土井先生も利吉さんも喜んでくれるといいね」
笑顔で笑いかけてくれるきりちゃんに『うん!』と頷く。
『日も暮れてきたし帰ろうか』
手を差し出せば握り返してくれる小さな手。
「しほーう、ろっぽう、はっぽーう」
『しゅーりけーーん』
手をブンブン振って歌を口ずさみながら歩いていく。
ザワザワと木の葉のすれる音に上を見れば空にうっすらと雲が広がってきていた。
『雨降るかもね』
クンクンと風の匂いを嗅げば湿ったような空気。
「上り坂が急だけど近道していこうよ」
きりちゃんが道なき道を指し示した。
『小袖汚れそう』
「雨に濡れたらもっと汚れるよ。さあ、行こう!」
鼻に皺を寄せる私の背中をきりちゃんが押す。
春の日差しを浴びて元気いっぱいに成長した雑草を踏み分けて山道を登っていく。
『きりちゃん、ハアァハァ、水飲むから待って』
「僕も休憩したい」
二人で倒れた大木の上にドカリと腰を下ろす。
いっぱい歩いて喉がカラカラ。
『足りない・・水飲みたい』
最後の一滴まで飲もうと口の上で水筒を垂直に立て、底を叩く。
「僕のもなくなっちゃった」
きりちゃんが竹筒を覗きながら言った。
『この辺に川ってあったっけ?』
まだまだ忍術学園への道のりは遠い。
「ある!この近くに滝があるんだ」
聞くと滝まで遠くないらしい。そこまで頑張れば満足するまで水を飲むことができる。
私たちは重い腰を上げて歩き出す。
「もうすぐだよ」
汗を拭きながら振り返ったきりちゃんがニコッと笑った。
滝が近いとわかって足取りも少し軽くなる。
すぐ近くに涼しげな滝の音。
木と木の隙間から水流の多い立派な滝が見えてきた。
喉の渇きが限界。
滝に向かって走り出す。
『!?・・・(どうしたの?)』
「(シッ!静かに!)」
きりちゃんが走り出そうとする私の手を引っ張り、茂みの中へと連れて行った。
きりちゃんを見ればとても真剣な顔。
状況は分からないがきりちゃんから緊張が伝わってくる。
なんだろう?と怖い気持ちになっていると私の耳に物騒な会話が聞こえてきた。
「お前はどこの忍だ?」
「この暗号の意味を吐け」
飛び出しそうになる心臓。
声を出さなかった自分を褒めたい。
私たちが隠れている茂みの上にある突き出した岩場。
その上に四人の忍がやってきた。
目にとまったのは胸ぐらを掴まれて宙に浮かされている茶灰色の忍装束の男性。
「言わねば命はないぞ」
「私は、ハァ・・し、のび、だハァ、殺される事、になっても口は割らん」
茶灰色の忍装束の男性は覆面を剥がされ、顔には生々しい傷跡が走っていた。
忍装束は泥と血に濡れている。しかも彼は足と手を縄で縛られていた。
私たちは今、見てはいけないものを見てしまっている。
見つかったら命はなさそう。
私ときりちゃんは地面すれすれまで頭を下げて隠れる。
早く立ち去って。じゃないと緊張で吐きそう。
「どうやっても口は割らんようだ。もういい」
私ときりちゃんは恐ろしさに互いの手を取り合って震えた。
傷だらけの男性が背中を蹴られ、落下したからだ。
すぐに滝壺に落ちたのかバシャンという大きな水の音。
「沈んだな」
冷徹な言葉に身を凍らせながら滝壺の方向を見る。
あの人は無事だろうか?
「こいつはこれでいい。行くぞ」
音もなく去っていく三人の忍。
私ときりちゃんは顔を見合わせ、同時に茂みから出ていった。
走りながら腰紐を解いて、小袖を脱ぎ捨てる。
「ユキさん、泳ぎは?」
『私の二つ名は陸の人魚よッ』
「え?ごめん!それって泳げるって解釈していい!?」
きりちゃんの戸惑い声を背中で聞きながら大きく息を吸い込んで水の中に飛び込む。
水が澄んでいて視界が良い。滝壺に落とされた男性はすぐに
見つけることができた。
水底を目指す私たちは水を蹴る力を強める。男性の口から一定の量で
吐き出されていた水泡が、ブワっと大きくなったかと思うと、それきり出なくなったからだ。
きりちゃんと協力し男性を水底から引き上げる。
『ゴホッ、ゴホゴホッ・・きり、ちゃ・・大丈夫?』
「うん・・ケホッ。僕は大丈夫」
男性を仰向けにして泳ぐ私たち。傷だらけの男性はピクリとも動かない。
私たちは重い男性の体を震えながら岸へとあげる。
「息してない」
心臓に耳を当てていたきりちゃんが震える声で言った。
「死んじゃってるみたい・・・」
『諦めちゃダメ』
自分に言い聞かせるように言って、男性の口を手で開ける。
まずは舌で気道遮られていないか確認。
―――ユキ、心肺蘇生で必要なのは躊躇わない!思い切りやるってことだよ
父の言葉を思い出しながら男性の胸部に手を置き押す。
『い、1、2,3,4,5―――』
緊張で手の感覚がない。上手く出来ているだろうか?
目の前で人が死にかけている。目の前で起きていることが現実だと思えず頭がおかしくなりそう。
冷静になれ、と自分に言い聞かせながら男性の口を自分の口で塞ぎ、息を吹き込む。一回、二回・・・膨らむ男性の胸。
「ごっふ、ゲホッグホッ!」
「気がついた!」
もう一度男性の胸を圧迫しようとしていた手を離し、男性の体を横にする。
ゲホゲホと水が男性の口から吐き出されていく。
『よ、よかったぁ・・』
震える体、震えた声で言いながら男性の背中を摩る。顔をあげるときりちゃんと目が合い、私たちは安堵から顔を綻ばせた。
「僕、助けを呼んでくるよ。ユキさんはこのお兄さんのことお願いできる?」
『わかった』
「ちょ、ちょっと・・・待ってくれ」
走り出そうとするきりちゃんに男性が言った。
「誰も、呼んで・・・くるな・・」
『!?』
それだけ言って意識を失った男性。慌てて心音を確かめる。
トクリ、トクリ。規則正しい音が聞こえてホッと息を吐き出す。
「この人、顔が真っ白だよ」
全身から血を流している男性。このままでは命が危ない。
『助けを呼んで帰ってくる時間がもったいないから一緒に行こう。私がこの人をおぶっていく』
「でも、どうしよう。この人、自分のことを誰にも知られたくないみたいだけど」
いかにも忍者の服装。町におりてさっきこの人を滝に落とした忍者に
見られでもしたら困ったことになる。
カモフラージュする方法はないものか。
忍者の変装・・・
地面に投げ捨ててある自分の服を見て私は笑顔になる。
『この人の服脱がせて女装させちゃおう』
「それなら忍者だってバレない!」
きりちゃんと協力して男性を拘束していた縄を切る。
そして私たちは意識を失っている男性の忍装束を脱がし、血止めを行い、私の小袖を着させた。私は自作の肌着一枚。
『よっしゃ!おりるよ、きりちゃん』
「後ろから支えるね」
私が男性をおぶり、きりちゃんが後ろから男性を持ち上げるように支える。
重いし、水で濡れたままで寒いし、足も痛いが休んでいる暇はない。
きりちゃんと一緒に懸命に前へと進む。
『げっ。降ってきたよ」
「町だ!ユキさん、あと少し。頑張って」
『うん』
シトシトと降ってきた雨。私は足を速める。
私も頑張るから、お兄さんも頑張って生きて。
見えてきた町明かりを見ながら歯を食いしばって歩く。
戻ってきた町は昼間と違って閑散としていた。
日も暮れて、雨も降っているため通りを歩いている人はいない。
人目に晒されなかった事をラッキーに思いながら医者の家の扉を叩く。
「どうされたのですか!?すぐに中へお入りなさい」
医者のお爺さんは時間外だったが、怪我の状態を見てすぐに中へと入れてくれた。
私ときりちゃんはお爺さん先生の指示に従って手当を手伝っていく。
『先生、怪我はどうですか?助かりますよね?』
全ての治療を終えた先生に聞くと、お爺さん先生は厳しい顔つきを崩して「大丈夫」と私たちに微笑んだ。
「血止めをしたおかげだね。命は助かるよ」
『「よかったーー!」』
手を合わせて喜び合う私ときりちゃん。
助かって良かった!私ときりちゃんの目に涙が浮かぶ。
「酷い切り傷だったよ。どこでこんな目に?」
喜んでいた私の体がギクリと跳ねる。
どうしようと焦っていると「山賊に襲われたんです」ときりちゃんが悲しそうな顔で言った。ナイスきりちゃん!
「奥さんと息子さんかな?大変な目にあったね」
他にうまい設定も思い浮かばないのでお爺さん先生の言葉に頷いておく。
男性の名前は名無しの権兵衛から取って権兵衛にしておいた。
「奥さんには儂の妻の服をお貸ししよう」
『ありがとうございます』
すまんが包帯を買ってきてくれるかい?とお爺さん先生に言われて私ときりちゃんは夜の町へ。
雨は止んでいた。とはいえまた直ぐに降り出すだろう。
「あの人助かって良かったね」
『ホントにね。ドキドキしちゃったよ』
ふぅーーと上を向いて息を吐き出す。
「ユキさん手繋いであげる」
『おっ。きりちゃんが“あげる”だなんて珍しいね』
「ユキさんは特別だから」
『ふふ、光栄です』
手をつないで夜の町を歩く。
静まり返った夜の町。二人で歩けば怖くない。今日のおそろしい出来事もきりちゃんと一緒だから乗り越えられた。
『ずっとこうやって過ごせたらいいな』
夜空を流れる雲を見ながら呟く。
横を歩くきりちゃんが、僕もだよ、と笑ってくれた。
生地屋さん(パンツの布を買った店)のおばちゃんに無理を言ってお店を開けてもらい、頼まれた包帯を買う。短か過ぎる小袖の私を見たおばちゃんが娘さんの古着を安価で譲ってくれた。
今晩は外泊すると手紙を書いて忍術学園と懇意の飛脚に託したので忍術学園への連絡も出来た。
そして翌朝
『少ないですがこれでこの人をお願い致します』
「お父さんをお願いします」
「任せてください。奥さんたちも気をつけて帰ってくださいね」
私ときりちゃんは家の家畜の世話をしなければいけないと言ってお医者さんに男性を託して町を離れた。
「ユキさんったら手持ちのお金ぜーんぶ渡しちゃうなんてお人好し!」
『だって夫婦なのにお金払わないなんておかしいじゃん。それに勝手に助けたのは私だしさ』
「そうだけどさぁ渡しすぎだよ」
『まあまあ。そんなに怒らないで』
ブーブー言っているきりちゃんの横で肩をすくめる。
『あ、今日のことはみんなに内緒ね。特に土井先生にはね』
「なんで?」
『昨晩急に外泊したでしょ?たぶん心配してくれていると思うんだよね。
その上トラブルに巻き込まれたと知ったら・・・」
「ユキさん一昨日倒れてるしね。おまけにキスまでしちゃったし」
人工呼吸の事を思い出してきりちゃんが顔を顰めた。
「あの男の人の事知ったら、しばらく忍術学園から出してくれなくなるよ」
『そういう訳だから、このことは内緒』
「うん!みんなには内緒」
二人だけの秘密
私たちはその言葉に何となく楽しい気分になりながら忍術学園に帰っていった。