第一章 郷に入れば郷に従え
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4.はじめまして
利吉さんの素早い動きに感動してしばし佇んでいた私が部屋に戻ろうと横を向くと、いつの間にかニメートルくらいの距離に半助さんが来ていた。
足音も気配もないなんて、さすが忍者!
『着替え終わりました。挨拶って緊張しますね』
「……」
『半助さん?』
「え、あ、あの!!」
私が声をかけると顔をほのかに上気させた半助さんは視線を彷徨わせながらニ、三歩後ろへ後退した。さっきの利吉さんと同じような反応。
顔も髪型もチェックしたのだけど……
『私どこか変でしょうか?』
「どこも可笑しくないです。目のやり場に―――ゴホン。今着ているのはユキの世界の服、ですか?」
『ワンピースという女性の服です。それから、敬語はなしですよ』
「あ、あぁ、すまん・・・」
『半助さん?ん~もしかして具合が悪いとか?顔が真っ赤です』
「わ、私は大丈夫だ。い、行こうか」
顔を覗き込むと半助さんはさらに顔を真っ赤にさせて、くるりと反転してしまった。
昨日の夜は冷えたし、私が風邪ひかせちゃったのかな?
どうか重くならずに回復しますように。
私は足早に歩く半助さんの後ろを歩きながらそう願う。
『忍術学園には沢山の生徒さんがいるのですね。こ、この前で話すなんて緊張する……』
私の通っていた学校は小中合わせて十五人という小さな学校だった。
扉の隙間から中庭を見た私は大勢の人たちに縮みあがる。忍たま、くノたま、先生方など
忍術学園の関係者が勢揃いの様子。
『半助さん~すでに頭の中が真っ白になっています。私―――逃げます!』
「こら。逃げちゃダメだよ」
忍者から逃げようなんて甘かった。
私は一歩も進むことなく苦笑いの半助さんに捕まってしまった。
「上手くやろうなどと考えなくていい。そのままの君で十分だよ」
半助さんの優しい笑顔が私の緊張を溶かしていく。
「さあ、行っておいで」
学園長先生に名前を呼ばれた私の背中を半助さんが励ますようにトンと押してくれる。
私が勇気を持って足を踏み出し、姿を現すと中庭が大きくどよめいた。
やっぱり私、どこか変!?
背中に嫌な汗が流れる。
「わぁー可愛い服でしゅ!!」
「南蛮の服なのかしら?」
「いいなあーー私も着てみたいっ」
緊張で青ざめていた私の耳に入ってくる明るい声。
声の方を向くとピンク色の忍装束を着た女の子達が目をキラキラさせていた。
冷静になり周りを見ると最前列にいるきり丸くん、は組の生徒たちと目があった。
「ユキさん、頑張って!」
『きり丸くん、みんなも!』
体の震えが止まった私はニッコリ笑ってお辞儀をした。
『はじめまして。本日より事務員として働くことになりました、雪野ユキと申します。不慣れでご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します』
もう一度ぺこりと頭を下げれば今度はどよめきではなく温かい拍手。
よかったと胸をなで下ろしていると後ろの方に立っていた青年が手をあげた。
綺麗な顔、綺麗な髪、綺麗な手。
「立花仙蔵、申してみよ」
「はい。我々が耳にしている彼女の噂についての真意をお伺いしたいのですが――」
『噂!になっていたんだ……』
私は心の中で大絶賛するのをやめて学園長を見た。
『うまく説明できるか分かりませんが、私がここに来た経緯を話しても良いでしょうか?』
信じてもらえない怖さはあったが、変な噂をされるよりも話せることは話したほうがいい。
私だって得体の知らない部外者が急にやってきたら警戒する。ここは忍者の養成学校なのだから特に敏感になっているだろう。
私は学園長先生の部屋で先生方にした話をそのまま忍たま、くノたまに向けて話した。
「異世界からやってきた・・・?信じられないような話だな」
「俺は信じないぞ」
「可愛いし私は歓迎するぞ!」
「小平太、そういう問題では……」
「伊作、保健室であったのは彼女か?」
「うん。礼儀正しい良い子だったよ」
疑われるのは無理ないけど、やっぱり凹むよね。
私は少々肩を落としながら色々な言葉が交わされてざわめく庭を後にしたのだった。
***
挨拶が終わった私は半助さんにこれから上司になる小松田さんを紹介してもらった。
「こんにちは。小松田秀作と言います。よろしくお願いしますね~」
『雪野ユキです!小松田さん、よろしくお願いいたします』
「あはは。そんなに緊張しないでください」
のんびりした口調でふんわり笑う小松田さんを見ていると幸せな気分になってくる。
「私は教室に行くから後のことは小松田くんにお願いするよ」
「任せてください、土井先生」
『ありがとうございます、半助さん!』
去ってゆく半助さんにブンブンと手を振り、私は小松田さんと二人きりになった。
初めが肝心だよね。
しっかり仕事を覚えようと気合を入れる。
『事務員は小松田さんと私の二人だけですか?』
「うん、そうなんだよ。道具管理主任の吉野作造先生が事務も兼任していらっしゃるけど専門にやっている事務職は僕たちだけ。だから雪野さんが来てくれてよかった!」
『足を引っ張らないように頑張ります。あ、それから私のことは呼び捨てで大丈夫です』
「ん~呼び捨てかぁ。あ、それじゃあ、ユキちゃんでどうかな?」
『はい!』
私は小松田さんに校内を案内してもらいながら忍術学園のこと、事務の仕事のことを教えてもらった。
実技の練習をする場所、動物を飼っている場所もあり忍術学園はとにかく広い。
さらに裏山、裏裏山なるものまであるらしい。
迷ったら二度と忍術学園には帰りつけないだろう。
地図が欲しいと言ってみたが忍者の学校なので曲者に警戒しなければならず願いは叶わなかった。とにかく校内だけは早く覚えないと。
「これで大体の説明は終わりかな」
『ありがとうございます』
「明日から一緒に仕事をすることになるけど、その前に服が必要だよね」
『すみません。丈の短い服しか持っていなくて……』
流石に昨日着ていたジーパンはボロボロで人前では着られない。
スカートの裾をつまんでみる。
真ん中を縫い合わせてどうにかズボンにできないだろうか。
『不細工ですけどこの服を改造して半ズボンにっって小松田さん?』
「あ、え、え、えーーーーっと」
声をかけると口を開けてポカンとしていた小松田さんは我にかえったようにハッとしたあと、顔を真っ赤に染めた。
利吉さんに始まり、半助さんに小松田さんまでどうして赤くなったのだろう?
特になにかした覚えはないのだけど、気づかないうちにこの時代では非常識な行動を取った?
『私はこの世界のことをよく知らないので非常識な行動をしたら教えてください。これから小松田さんには沢山のご迷惑をかけてしまうかもしれません……』
「ユキちゃん……大丈夫だよ。そんなに悲しそうな顔しないで!僕も教えるし、先生方も忍たまたちも皆とっても優しい人ばかりだからね」
ショボンとしてしまった私に小松田さんはあのふにゃりとした笑顔で笑いかけてくれる。
良い上司に恵まれて良かったな。
「もしかしたら事務員の服があるかもしれない。無かったら発注だけど……探してくるからこの部屋で待っててね」
暫く事務室で待っていると小松田さんが手に忍装束を持ってきてくれた。
「あったよ。これ、着てみてくれる?」
『わあ!ありがとうございます』
渡されたのは小松田さんとお揃いの灰青色の忍装束。
障子越しに身につけ方を教えてもらいながら着替える。ズボン(下衣というらしい)の長さもゲートル(きゃはん?)で調整できたので問題なし!
『どうでしょう?』
スパンと戸を開けて一周回ってみせる。
「うん。とっても似合っているよー。長さも大丈夫みたいだね」
『えへへ。褒められると照れます』
ニコニコ笑顔で拍手をしてくれる小松田さんに私は自分の頬が緩んでいくのを感じた。
上司になる人に悪いけど、可愛い人だなぁ。
「そういえば、ユキちゃんはいくつなの?」
つ、ついにきた。
私は先ほど鏡で見た自分の顔を思い出しながら記憶を辿った。
たしかあの顔は中学生の時の顔つき。
『(見た目は)十五歳、です』
心臓がドキドキする。
「僕は十六歳。ユキちゃん、落ち着いてるから僕と同い年かなと思ってたよ」
小松田さんはそう言って自分を指さしながらニッコリと笑った。
私は年齢偽証に成功した。
心の中で喜びの雄叫びをあげているとカーンとどこからか鐘の音が聞こえてくる。
「お昼ご飯の時間だね。一緒に食べに行こう」
『はい!おっひる、おっひる!!』
「おばちゃんのご飯は日本一だよ」
足取り軽く小松田さんと並んで廊下を歩く。
食堂と書かれた案内板が目に入ったのと同時に美味しそうな匂いが漂ってきた。
鰹だしの匂いかな?
「あぁっ!!」
昼食メニューを想像していると小松田さんが大声を出して立ち止まった。
『小松田さん?』
「し、しまった~先生方が回収した忍たまの授業料を受け取りに行くんだった」
『手伝いましょうか?』
「ううん。これは僕がやらなきゃいけないから。ユキちゃん、申し訳ないけどお昼ご飯は別々に食べてもいいかな?」
『待っていますよ?』
「時間かかるかもしれないから先に食べてて。お昼が終わったら事務室で会おう。ごめんね!」
片手でごめんねとジェスチャーしてから小松田さんは大急ぎで来た道を戻っていった。
私も早く小松田さんに頼ってもらえるように仕事がんばろう。そのためには腹ごしらえ。
「あ、ユキさん!」
『きり丸くーーん!それに皆も』
食堂に入った私にすぐ声をかけてきてくれたのはきり丸君。
駆け寄ってきてくれたきり丸くんの後ろから先ほど学園長室で私を庇ってくれた半助さんの一年は組の皆も駆け寄ってきてくれた。
『さっきは来てくれてありがとう。心強かったよ』
好奇心でいっぱいの瞳に微笑みを返すと皆はにかんだ笑顔で顔を赤くさせてしまった。
かわいい、かわいい、かわいすぎるよー。
「あの、私は猪名寺乱太郎と言います」
「僕、しんべヱ。よろしくね」
喜三太くん、庄左ヱ門くん、団蔵くん、兵太夫くんが自己紹介してくれる。
一年は組にはあと四人の生徒がいるのだが委員会のお仕事中ということだった。
「ユキさん一緒にお昼食べよう」
「はにゃ。僕の隣に座ってよー」
私たちはワイワイガヤガヤ順番待ちの列に並んでお昼ご飯を受け取った。
食堂のおばちゃんに挨拶をしてきり丸くんと喜三太くんの間に座らせてもらう。
今日のごはんはきつねうどん、おにぎり、おひたし。
「お残しは許しまへんでーー」
「「「「「「「いっただきまーーーーす」」」」」」」
おばちゃんの変わった号令で食事が始まる。
大人数で食事するの久しぶりだな。
『いただきまーす』
私もお箸をとってうどんをすする。
『んーーーー美味ふぃい!!』
もちもちした食感の麺に柔らかく深みのあるお出汁が絡まる。
油揚げの甘さが口の中で優しく広がっていく。
このお米美味しい!ほうれん草も甘い!!
昨日のお昼から何も食べていなかった私の胃は大喜び。
『ぷはっ』
うどんの汁を飲み干し全てを完食した私の口から満足の息が出る。
トンと丼を置いた私の前には口をポカンと開けてフリーズしている乱太郎くん。
『……』
乱太郎くんだけでなく気が付けば周りの皆が私をポカンとした顔で見つめていた。
離れたテーブルからも堪えた笑い声。
「おぉ、いい食いっぷりだな。しんべヱより早いっ」
「と、留三郎、シーッ」
めっちゃヒソヒソされてる!
は、恥ずかしい。穴があったら入りたいっ!
恥ずかしさで顔を俯かせていると視界にスっとおにぎりが入ってきた。
「ユキさん、僕のおにぎりあげるよ」
『しんべヱくん』
周りのテーブルがざわついた。
「俺のもあげる」
『きり丸くん……』
周りのテーブルがさらにざわついた。
僕も、俺も、私もと次々におにぎりを差し出してくれるは組の良い子たち。
『み、みんなありがとう!私のお腹はみんなの優しい気持ちでいっぱいだよ!!』
幸福感でいっぱいの私は本当に満腹感を感じていた。
みんなに丁寧にお礼を言っておにぎりは遠慮させてもらうことにした。
食べ盛りの時期だろうに優しいな。
「ユキさんっておいくつですか?」
食後のお茶を啜っていると庄左ヱ門くんが例の質問を投げかけた。
『十五歳だよ』
今度は堂々と答える。
「えーーもう少し下だと思ってた」
と団蔵くん。
私の大人げない行動がこう思わせてしまったのだろう。
落ち着いて行動しなければと自分を戒める。
「ユキさん面白い服着てましたよね。あれってユキさんの国の服ですか?」
『そうだよ。精一杯のおしゃれだったのだけど、この世界には無い服だから奇妙に見えたよね』
そう言うと庄左ヱ門くんは「可愛かったよ」と言って顔を赤くした。
可愛いのは君だよ、庄左ヱ門くんっ。
「そういえば、ユキさん沢山荷物持ってたっすよね」
『買い物帰りだったから。服に雑貨、文房具、あとはお菓子とか』
「お菓子!!わーーいいな、いいな!!」
「カラクリのある道具もありますか?」
「ねぇねぇ遊びに行ってもいい?」
目をキラキラさせるしんべヱくんと兵太夫くん、甘えるように隣で袖を引っ張る喜三太くん。
「そんな事言ったら迷惑だよ」
そう言う団蔵くんもしんべヱくん達と同じ気持ちみたい。
その様子が可愛くて私はクスクスと笑みを零す。
『私の部屋、一年は組のお隣みたいなの』
「隣!あ、僕たちの隣の空部屋に土井先生が布団を運んでた!」
乱太郎くんの言葉にみんなの顔がパッと輝く。
私はにっと笑っておいでおいでをし、内緒話をするように顔を近づけてもらう。
みんなの顔も期待でいっぱい。
『今日の夜、私の部屋に一年は組集合!みんなでお菓子ぜーんぶ食べちゃおう』
わっとあがった歓声。
ギュッと抱きついてくれた喜三太くんの頭を撫でる。
今夜はきっと賑やかな夜。