第二章 十人十色
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8.輝く星に
入門表を持って正門に向かう。
これから虎若くんのお父様がお見えになるのでお出迎え。
初めて会う事になる忍たまの保護者さんに心臓をドキドキさせていると虎若くんが正門前に立っているのが見えた。
隣には田村三木ヱ門くんの姿もある。
どこかソワソワしているような二人の名前を呼ぶと、虎若くんが私の方に駆けてきてそのまま抱きついた。
「ユキさん!」
『フフ、今日の虎若くん、いつも以上に良い顔してるね。お父様が来てくれることになって良かったね』
「・・・・・・ハイ!父上に会えるのも楽しみです。」
間が長いよ!
虎若くんったら早めの反抗期!?
一瞬フリーズした姿と含みのある言葉に苦笑い。
『虎若くんのお父様って鉄砲隊の首領を務めていらっしゃるんだっけ?』
「そうですよ。佐武の鉄砲隊は強く、味方につければ必ず勝つと言われているほどです。その鉄砲隊を率いるのが虎若のお父上、昌義さんなのです!」
ソワソワと落ち着きのない虎若くんを見ながら尋ねると、三木ヱ門くんが教えてくれた。
「佐武鉄砲隊は最新式の銃を――――
目を輝かせて佐武鉄砲隊について説明してくれる彼の横で私は心を重く沈ませていっていた。
ここにいると実感がわかないけど、今もどこかで合戦があって、誰かが命をかけて戦っている。
虎若くんのお父様、他の忍たまにも戦に参加している家族を持つ子がいるだろう。
忍者を目指すこの子たちもいずれ・・・
「ユキさん?」
ハッとして下を向くと心配そうな虎若くんと目があった。
「どうしたの?」
私はストンと地面に膝をついて虎若くんと視線を合わせた。
『ギュってしていい?』
「??ウン!」
一瞬、不思議そうな顔をした後、笑顔で頷いてくれる虎若くん。
『三木ヱ門くんもいいかな?』
「え!?ぼ、僕もですか!?」
『嫌じゃなかったら』
「嫌じゃないです!でも、えっと、えっと、あの」
戸惑っている三木ヱ門くんに向かって右手を広げると、彼は赤くなりながらも
私のところに来てくれた。
左手で虎若くんを、右手で三木ヱ門くんを抱き寄せる。
平和な世になりますように、幸せに暮らせますように。
私は心の中で祈りながら力を込めてギュッと二人を抱きしめた。
「急にどうしたの?」
『自分でも分からないけど物悲しくなっちゃってさ』
本心を言うのが躊躇われて誤魔化してしまう。『私ったら甘ったれだねー』とおどけた様に言って笑っていると虎若くんが私の手を両手で力強く握った。
「寂しくなったらいつでも言っていいんだよ!僕が傍にいてあげる」
力強い虎若くんの声に目を見開く。
『虎若くん』
「わわっ、ユキさん!?」
『ありがとう』
鼻の奥がツンと痛くなる。
私の涙腺はここのところ脆くなっているようだ。
虎若くんを改めて抱きしめると、耳元でくすぐったそうな彼の笑い声が聞こえた。
「あの・・・・こんにちは・・・」
躊躇いがちの声に振り返る。
振り向くと正門についている潜り戸から顔を出している
男性と目があった。
「あ!昌義さん、お久しぶりです!」
『!?』
元気な三木ヱ門くんの挨拶が響く正門前。
その正門前で佐武の御子息、虎若くんを抱きしめている私。
引きつっていく私の顔。
私、私・・・撃たれる!?
「む、無実です!無実なんです。やましい事は何もしておりません!同意の上なんですッ」
生命の危機を感じた私は痴漢を疑われている人間が言いそうな言い訳を喚いた。
膝をついたまま両手を慈悲を乞うように組んで無罪を訴える。
虎若くんのお父様はPTA会長。
全身から血の気が引いていく。
絶体絶命だ。
ズドンと一発やられるか、PTAから尋問を受ける事になるか。
力なく両手を地面につき項垂れる。
私の方に真っ直ぐ向かってくる虎若くんのお父様、昌義さん。
天国に送られるのと社会的に抹消されるのと、どちらがマシだろう?
究極の二択に震えていると、私の腕から虎若くんが離れ、昌義さんの方へと駆けていった。
「虎「照星さん!」ッ!?!?」
息子が駆け寄ってきたと思って手を広げていた昌義さんの顔に衝撃が走る。
虎若くんに横を素通りされた昌義さんは地面へと沈んだ。
「どうせ父親なんて父親なんて・・・うぅ」
父、哀れ
私は無言で手ぬぐいを差し出した。
「すまない」
『存分に使ってください』
ショックで泣き崩れている昌義さんを慰めながら、私は昌義さんがこの衝撃で私が虎若くんを抱きしめていた事を忘れてくれるよう願った。
ところで、一緒に入ってきたあの方はどなただろう?
テンション高い虎若くんと三木ヱ門くんに話しかけられている男性を見る。
「お久しぶりです!」
「こんにちは、照星さん!」
仙蔵くんと同じくらい色白。
羨ましい。
「久しぶりだな。若太夫、田村三木ヱ門くん」
目をカッと見開く。
照星さんと呼ばれる男性が口を開いた瞬間、私の体は電流が走ったように痺れていった。
低く男性的なセクシーな声。
こんな色気ムンムンな声聞いたことない。
大人の魅力たっぷりなその声は私の好みドストライク。
えぇ、そうです。私は声フェチです!
ぽーっとしながら虎若くんと三木ヱ門くんに囲まれている照星さんを見ていると、私の視線に気がついた彼と目が合った。
「はじめまして」
『は、はじめまして』
慌てて立ち上がって頭を下げる。
く~っ良い声だなあ。
「私は照星という者です。今は佐武村の鉄砲隊に所属しています」
『事務員の雪野ユキと申します。末永く宜しくお願いします、照星様』
「こちらこそ、よろしく(末永く?)」
ようやく立てるようになった虎若くんのお父様と照星様に入門表を書いてもらい、半助さんと山田先生のお部屋にご案内。
厨房でお出しするお茶を淹れている間も私の頭は照星さんの魅惑的な声でいっぱい。
あの声で囁かれたい、貶されたい。
危ない妄想に浸っていた私はハタと気がついた。
私には未来の便利グッズがある!
仕事で時々使うボイスレコーダーがカバンの中に入っている。
盗み撮り?いや、是非とも私好みのセリフを録音したい。
私は鼻歌交じりで隠し戸棚から学園長先生用のおやつを引っ張り出した。
厨房から出た私は部屋にボイスレコーダーを取りに行き、半助さんと山田先生のお部屋へ。
『失礼します』
ニヤニヤ笑いを封じ込めながら戸を開くと談笑中。
『お茶をお持ちしました。』
「ありがとう、雪野くん」
『あの、照星さんはどちらに?』
お部屋にいらっしゃらない。トイレ?
「照星さんなら虎若と三木ヱ門に火縄銃の指導をしに射的場に向かったよ」
半助さんの言葉にお茶を配りながらギリリと奥歯を噛み締める。
一足遅かった・・・。
でも、射的場にいるのか。厳しく指示を飛ばす照星さんを想像する。
うふふ、良いではないか、良いではないか!
「あー雪野くん。ちなみに、この餡蜜は?(すっごいニヤニヤしてる・・・)」
名前を呼ばれて現実世界に戻ってくると山田先生がおぼんにのっている餡蜜を指差していた。
『これは照星さんへの賄賂なんです。だから皆様の分はなくて・・・』
(((賄賂!?)))
ごめんなさい、と頭を下げる。
学園長の隠し棚の中に一人分しかなかったんだよね。
皆さんには来客用のお煎餅をお出しした。
『それでは私はこれで失礼しますね。虎若くんのお父様、どうぞごゆっくりお過ごし下さい』
「あ・・・はい」
一礼して部屋を出る。
火縄銃の練習後には冷たい飲み物の方がいいよね。
厨房に戻ってお茶を淹れ直そう。
「賄賂って雪野くん・・・照星さんにご迷惑をかけなければいいが・・」
「気になるので見に行ってきます」
「ハアァ頼む、半助」
「良い子なんですけど、ちょっと変わったところがありまして」
虎若くんのお父様に山田先生が私の良さを必死に説明しているとは露知らず、私は軽快な足取りで厨房へと歩いて行った。
***
餡蜜を三等分、竹筒に冷たいお茶も用意して射的場に向かう。
バンッと銃声が聞こえるたびに体がビクリと反応してお茶を零しそうになる私はビビリです。
「ユキ!(間に合った)」
『半助さん』
「まだ行っていなかったんだね」
何故かホッとした様子の半助さんがやってきて私の横に並んだ。
『半助さんも射的場へ?』
「あぁ。虎若が練習している姿を見たくてね」
そう言って、何も言わずに当然のようにおぼんを持ってくれる半助さんに心がときめく。
こういう人が旦那さんだったら幸せだろうな。そんな事を考えた私の顔が熱くなる。
この気持ちが育っていけば恋になると思う。
真剣に告白してくれた半助さん。
だからこそ中途半端な気持ちで応えたくない。
次に行こうにも行けない宙ぶらりんの状態は半助さんにとって一番迷惑だろうけど・・・
「私の顔になにかついてるかい?」
半助さんの顔を見ながら考え込んでいたみたい。
『ちょっとボーッとしちゃってて。ごめんなさい』
この事は後で考えよう。
頭をブンブン振って頭を空っぽにする。
「大丈夫かい?この世界に来て1ヶ月。そろそろ疲れが溜まってきている頃だろう?」
『心配して下さってありがとうございます!でも、良く寝て、食べて、元気いっぱいですよ。規則正しい生活をして、こっちに来てからの方が健康になったくらいです!』
ニッと笑って力こぶを作るように腕を曲げてみるが半助さんの表情は堅い。
「ユキは仕事も遊びも全力投球だから心配だよ。自分でも気づかない疲れが溜まっていると思うぞ?」
『そうですかね・・・?』
考えてもみても全く思い当たることがない。
「不調を感じたことは?」
『食べ過ぎて胃もたれしたくらい?』
私の答えにフッと笑った半助さんから「意識的に休むようにするように」と優しいアドバイスをもらった。
自分のことって意外と分からない事も多いもんね。
『約束します』と頷くと半助さんは柔らかい笑顔を向けてくれた。
銃声の音も大きくなり、虎若くんたちの姿も見えてきた。
虎若くんと三木ヱ門くんが交互に撃ち、照星さんに指導してもらっているみたい。
「ユキさん!土井先生!」
私たちに気づいて手を振る虎若くんに私も手を振り返す。
『休憩の時に食べてもらおうと思って餡蜜とお茶持ってきたよ』
「「餡蜜!!」」
私の言葉にパアァと顔を輝かせる虎若くんと三木ヱ門くん。
彼らの顔を見た照星さんの顔が和らいだ。
「せっかくだから休憩を入れて頂くとしようか」
「「ハイ!」」
エエ声ですわーー!!
愛撫するような低い声に体が心地よく痺れる。
あぁ、録音してエンドレスで聞き続けたい!
しかし、どうやったら気持ち悪がられずに録音協力してもらえるだろう?
「ユキさん」
深い思考から引き戻された私は屈んで近寄ってきた虎若くんに『なあに?』と尋ねる。
虎若くんの次の言葉を待っていると、彼はスプーンで餡蜜をすくって愛らしい笑顔で私を見上げた。
「一口あーげるっ」
『え!?くれるの!?』
思わず嬉しそうな声で反応してしまった私を見て虎若くんは楽しそうに笑った。
隣の半助さんも堪えきれない笑いをクスクスと漏らしている。
これじゃあ、ください!と大声で言ってしまったようなもの。
恥ずかしくて顔から火が出そう。
「はい、あーーーん」
自分より年下の、しかも一年生からおやつを奪うなんて申し訳ない。
差し出されたスプーンを見る。
目の前には黒くてトロトロの黒蜜のかかったわらび餅。
うぅ、ダメだ。この誘惑には抗えない―――
『ごめんね、虎若くん!ご好意に甘えさせて頂きます』
パクッと差し出された餡蜜を食べる。
ん~美味しい!
落ちそうな頬っぺに手を当てて幸せを感じていると、三木ヱ門くんが虎若くんの隣に並んだ。
「よ、よかったら僕のも一口・・」
『いいの!?』
優しい子たちに囲まれて私の人生は幸せだよ。
パカッと口を開けると三木ヱ門くんは顔を真っ赤に染めながら私の口に餡蜜を運んでくれた。
『甘くておいし~』
顔を見合わせてふふっと笑っている虎若くんと三木ヱ門くん。
こんな事務員でごめんね。
でも、口の中も心も甘くて幸せだーー。
「ユキは本当に甘いものが好きなんだな」
『大好きです!』
半助さんの言葉に勢いよく頷いていると、私を見ていた照星さんと目があった。
私の胸が高鳴る。
もしかして、照星さんもあーんしてくれるとか?
期待に胸をふくらませていると照星さんは私にスっと餡蜜を差し出した。
「まだ手をつけていないからあげよう」
『全部ですか!?な、何と奇特な御方だ・・・じゃなくて。頂くわけには参りません』
「遠慮しなくていい」
『いえ。これは遠慮などではなく・・・実はですね。その餡蜜は照星さんへの賄賂なのです』
パチンとウインクしてみせる。
「賄賂・・・?」
キョトンとする照星さん。
腰を下ろして餡蜜を食べていた虎若くんと三木ヱ門くんが同時に吹き出した。
「賄賂とはいったい・・・?」
怪訝そうに眉を寄せる照星さんの前で腹をくくる。
ノープランだが言うしかない。
私はポケットからボイスレコーダーを取り出した。
『ジャジャーーン!』
「わぁ!コレなあに?」
「ユキさんの世界の物ですか?」
照星さんより早く反応したのは虎若くんと三木ヱ門くんの二人。
早く説明して、と目をキラキラさせて私を見上げている。
「これは何の道具なんだい?」
半助さんも興味津々の様子。
「そういえば君は別世界から来たと若太夫が手紙で書いていたな。まさかそんな事が、と半信半疑だったが・・・世の中不思議な事も
あるものだな」
そう言って小さく口角を上げる照星さんは私が別世界から来た人間だと信じてくれているのかな?
「ユキさん、早くおしえてー」
クイクイと虎若くんに服を引っ張られて話を本題に戻す。
『実は照星さんにお願いがありまして・・・』
「私に?何かな?」
さすがに言い出しにくくてモジモジしていると、私に出来る事なら協力しよう。と力強いお言葉。
それでは、と勇気を出して口を開く。
『照星さん!わ、私に照星さんの声を下さいッ』
「!?」
緊張して単語がいくつか抜けてしまった。
あーあ。照星さんの顔が引きつってしまったよ。
私ったらおっちょこちょいのおばかさん―――
「照星さん逃げてください!」
「いくらユキさんといえども、照星さんに危害を加えることは許しませんッ」
補足しようと口を開く前に虎若くんと三木ヱ門くんが叫んだ。
照星さん、愛されているんですね。
私はビクビクする二人にボイスレコーダーの説明をする。
それにしても私に苦無を向けていた三木ヱ門くんは私が照星さんに何をするつもりだと思ったのだろうか?
聞いてみたい気もしたが、彼の目に映っている自分を受け入れられそうにないので聞かないことにした。
「これは声を保存する道具、ということか・・・」
怪訝そうな顔を崩さずに照星さんが言った。
土井先生も虎若くんも三木ヱ門くんもまだ信じられないと言った顔をしている。
百聞は一見に如かずって言うし実際に使ってみるのが手っ取り早いよね。
『三木ヱ門くん。自己紹介してみて!』
「えっ!?」
突然話を振られて驚いている三木ヱ門くんにボイスレコーダーを向ける。
『3―2――1――ハイッ!』
「皆さんこんにちは!過激な武器を扱わせれば忍術学園ナンバーワン!の学園のアイドル☆四年ろ組の田村三木ヱ門です!」
『あ、ごめん。別のボタン押してた』
「えええぇぇっ!?ユキさん!?えええぇぇっ!?」
『ゴメンナサイ』
すっ転んだ三木ヱ門くんにお願いして、もう一度言ってほしいと頼む。
同じセリフを同じテンションで言ってくれた彼は優しい子です。
『では、再生します』
ピッとボタンを押す。
「皆さんこんにちは!過激な武器を扱わせれば忍術学園ナンバーワン!の学園のアイドル☆四年ろ組の田村三木ヱ門です!」
再生される三木ヱ門くんの声。
「私の声だ!」
「すごーーい」
「田村くんの声が保存されている。不思議な道具だ」
「ユキの世界は面白いな」
口々に感想を言い合う皆さんに微笑みを向けながら私は機械をササッと操作して保護ボタンを押す。
三木ヱ門くんの声は人知れずAフォルダに永久保存されました。
「ユキさんは照星さんの声を、えっと、録音?したいってこと?」
『そうなの!』
虎若くんの言葉に頷く。
「なぜ私の声など・・・」
困惑した顔の照星さんが急に言葉を切って横を向いた。
何だろう?私も照星さんが見ている方に顔を動かす。
視線の先にいたのは庄ちゃん。
「土井センセーーーーイ!」
庄ちゃんは大声で半助さんを呼びながらこちらにやってきた。
「よかった。ここにいらっしゃった」
「どうした?庄左ヱ門」
「学園長先生がお呼びです!」
ハキハキと答える庄ちゃんはさすが学級委員長さん。
この様子だけでしっかりしているのが伝わってくる。
「何の御用だろう?また妙な思いつきでなければいいのだが・・・」
半助さんが嫌な予感に胃をさすった。
「ん~僕も良く分かりませんが、儂の餡蜜がどうとかおっしゃっていて」
「エ・・・」
私は餡蜜のあの字を聞いた瞬間にスタートを切っていた。
『危なかったーー』
私は絶句して固まる半助さん達の前から裏山へと逃げ出すことに成功した。
学園長先生が泣こうが喚こうが餡蜜は照星さんたちの胃袋の中。
今ごろ射的場は気まずい雰囲気になっているだろう・・・大変申し訳ない。
学園長先生には明日にでも町で何か買ってこよう。
それにしても、録音まであと一歩だったのになぁ・・・。
私は大きな溜息をつきながら裏山を駆け上っていく。
『ここまで来れば大丈夫でしょう』
汗を拭い、満足しながら忍術学園の方向を見る。
庄ちゃんが私の軽犯罪を報告したら、学園長先生は学級委員長委員会を
追っ手に差し向けてくるだろう。
追っ手・・・スリリングな響きでカッコイイな!
ちょっとした忍気分を味わえそう。
『!?』
まさかもう追っ手が!?
ガサリと木の葉が擦れる音がしてテンション高く振り向く。
しかし、出てきたのは追っ手ではなかった。
人でもなかった。
『ブタ?』
ブルウウゥゥゥ
『きゃあああぁ失礼しました!!』
こんな追っ手なんかいらない!
茂みから出てきたのはイノシシ。
彼はブタと間違われたのが余程気に障ったのか私に突進してきた。
急に止まれない動物は何だっけ?
イノシシの仲間でありますようにと願いながら急ブレーキをかけて直角に曲がってみる。
ちょっとは効き目があったようだが小回りの利くイノシシらしい。
めげずに私を追ってきている。
滅茶苦茶に走り回りながら通り抜けた茂み。
私は手足から血の気が引いていくのを感じながら剥き出しになった赤土の上を走った。
徐々に減速した私の足が止まる。
『高すぎる・・・』
私が出てしまったのは棚のように突き出た崖だった。
高さは建物の四階ほど。飛んで複雑骨折で済めば可愛いもんだ。
茂みがガサガサ揺れてイノシシが出てきた。
私は大きく息を吸って、キッとイノシシを睨みつける。
『乙事主さまッ祟り神なんかになっちゃダメよ!』
ブルウウゥゥゥ
私の何が憎いのか殺気を放ちながら前足でイライラと土を掻いていたイノシシの怒りは私の下手な獣の姫のモノマネで頂点に達したらしい。
鼻息荒く真っ直ぐ私に突進してくる。
もう、こうなったら
『受け止めてやる!来いやゴラアァァ!』
両手で挑発する私の目の前に迫るイノシシは予想以上に大きい。
あ、無理。
受け止めるとか無理だ!
ズドオォォン
『え・・・?』
横っ飛びしようと中腰になっていた私はそのままの体勢で固まる。
ドシンと重量感のある音で地面に倒れたイノシシ。
「ユキさーーーん!」
『!?』
崖の上でグルグル回って、ようやく虎若くんの姿を見つけた私は驚いた。
木の枝の間に隠れるように見える射的場で手を振る虎若くんの姿はここから見ると豆のように小さい。
照星さんはゴルゴ13も真っ青なスナイパー
『照星さーーん!ありがとうございマーーース!!』
飛び跳ねながら無事をアピールする私を見た照星さんは私の声に応えるように片手を上げてくれた。
命の恩人にシシ鍋を食べていただこう。
私は猪を引きずりながら忍術学園へと戻った。