第二章 十人十色
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7.すれ違い
「ジュンコー!もうどこにも行っちゃダメだよ」
ようやく逃げ出したジュンコを見つけてホッと息を吐き出す。
ジュンコ探しに時間を取られてしまった。
ユキや一年生、モンはどこまで行ったんだ?
「竹谷センパーイ!」
鬼ごっこから戻ってこないユキ達がいないか辺りを見回していると丘の下から一平が俺を呼んだ。後ろには他の一年生もいる。
「ユキとモンは?」
首を傾げながら聞くと、困ったように顔を見合わせている。
これは何かあったな。
嫌な予感を感じながら尋ねると、孫次郎が顔を青くさせて
「井戸のところで潮江先輩と会って・・・」と躊躇いがちに言った。
「とうとう会っちまったのか・・・」
他の先輩方と違って割とユキを女扱いする潮江先輩なら、放っておいても大丈夫な気はするけど。
「俺はユキの所に行ってくる。みんなは飼育小屋の戸締りを確認して夕食に行っていいぞ。孫兵、後は頼むな」
「ハイ!」
お気をつけて、と手を振る一年生と孫兵に見送られて井戸へと急ぐ。
ユキの慌てぶり凄かっただろうな。想像して小さく笑みを零していると井戸のある辺りから声が聞こえてきた。
「お、いたいた――――
茂みを手で避けた俺の足が止まる。
『文ちゃん(オオカミ)は噛み付いたりなんかしないよ。ちゃんと躾してるし』
「噛み付かない保証なんてないだろ!大人しく見えても狼は狼だ」
『うーん。それはそうけど』
二人を目にした瞬間、胸が針で刺されたようにチクリと痛む。
潮江先輩の首に手を回して横抱きされているユキの姿。
モンは大人しくおすわりして二人を見上げている。
二人と一匹の仲睦まじい様子に体の奥底からどろっとした黒い感情が沸き上がってきた。
「ユキ!」
出そうと思っていたより鋭い声が口から出た。
俺に呼ばれてこちらを向くユキは潮江先輩の腕の中。
「探したんだぞ」
感情をコントロール出来ないまま駆け寄ると、ユキはしまったという顔をした後、申し訳なさそうな顔になって「ごめんなさい」と頭を下げた。
もっと早く迎えに行っていれば良かった。
『私がアホな事するまで良い生物委員長だったのですよ』
潮江先輩に管理の甘さを指摘される俺を庇ってくれるユキを見る。
俺のことで一生懸命になってくれている。
その言葉は嬉しいものだったが、その姿は俺の心を重く沈ませた。
潮江先輩の腕に抱かれながら、先輩に熱心に話しかけているユキを見るのが辛い。
「ユキ」
『ん?』
「お前は後で罰則な」
『・・・・謹んでお受けいたします』
二人だけの秘密を共有したように悪戯な笑みを浮かべて見つめ合っている姿に嫉妬する。
どうしてこうなった?
潮江先輩にモンが躾けられていると証明するため指示を飛ばしている間も二人が気になって仕方ない。
『危ないじゃないの!』
「名前変えないと次は落とすぞ」
潮江先輩の首に手を回し、先輩の胸に縋っているユキの姿にイライラが募っていく。
本当なら、可愛く頬を膨らませるユキに笑いかけていたのは潮江先輩じゃなくて俺のはずだった。
「変えろ変えろ変えろ」
『嫌だったらイヤだから』
楽しそうに言い合う二人を見ているのが耐えられなくなって視線を地面に落とす。
放課後のユキは一年生と風呂に入って、夕食もほとんど六年生と食べるから夜の挨拶さえ交わせない日もある。
ユキと二人きりでいられるのはモンとの朝の散歩の時間くらい。
だからユキとゆっくり過ごせる今日の放課後を楽しみにしていた。
それなのに・・・それなのに、ユキは潮江先輩と楽しそうに話をしている。
『我が儘言ってごめんね。でも、どうしてもモンちゃんて名前つけたくて。
文次郎って名前の響き、昔から好きでさ』
見ているだけの俺はいつもと同じ。
ここにいるのが辛い。耳も塞いでしまいたい。
二人で話せる時間を楽しみにしていたのは俺だけなのか?
『エヘヘ、ありがとう!』
「っいきなり抱きつくなって!」
思考に耽っていた俺は二人の会話に顔を上げた。
顔を綻ばせて嬉しそうに潮江先輩を見上げるユキと、俺たちには決して見せない柔らかな表情で微笑む潮江先輩。
ユキは追いかけっこの最中に偶然潮江先輩に会っただけ。
ユキはただモンを潮江先輩に認めてもらって喜んでいるだけ。
頭では分かっている。でも、感情がコントロールできない。
体の中で黒い渦が巻き上がる。
『八左ヱ門くん、ちょっと待ってよ!』
潮江先輩と別れ飼育小屋に歩いていた俺は、いつの間にかユキを置いて丘を登ってきていた。
モンが俺とユキの間でどっちの歩くペースに合わせようか困って、右往左往している。
『ごめん。お待たせ』
肩で息をしながら丘を駆け上がってきたユキに背を向け歩き出す。
ザクザクと地面を踏む足音だけが耳に響く。
『あのさ、怒ってる・・よね?』
「なにが?」
『私が遠くまでモンちゃんと走っていってしまったこと』
躊躇いがちに聞くユキから視線を正面に戻し「別に」と呟くように答える。
追いかけっこのことは怒ってない。
それに怒ってるんじゃなくてイライラしてるんだ。
潮江先輩に対して?ユキに対して?自分に対して?よくわからないけど。
チラと横に居るユキを見る。
俺が潮江先輩に嫉妬しているなんて露ほども思っていないんだろうな。
<クゥン>
心の中で溜息をついていると、モンが鼻を鳴らして俺を見上げていた。
動物は勘が鋭いからな。負の感情に敏感に反応して俺の様子を伺っているモンを安心させるようにひと撫でする。
今日はユキと生物委員の皆とモンと一緒に楽しく過ごす予定だったのに・・・
消化できないモヤモヤとイライラ。
『あ、八左ヱ門くん』
パシンッ
『!?』
「あ・・・」
自分の行動に唖然とする。
気が付くと俺はユキの手を打ち払ってしまっていた。
『え・・あ、ごめん。服に髪の毛ついてたから』
どうしてこんな事をしてしまったのだろう?
一瞬、目を大きく見開いて驚いた顔をしたユキだが、すぐに『驚かせてごめん』と眉を下げた。
言葉を詰まらせている俺の目に悲しそうな微笑みが映る。
それと同時に心臓に鋭い痛みが走った。
ユキを傷つけてしまった。
謝らないと・・・そう思っているのに自分自身の行動に驚いている俺の口からは何の言葉も出てこない。
『今日は、本当にごめんね』
返す言葉を探しているうちに、ユキは俺に背を向け、モンを小屋へと連れて行ってしまった。
怒ってないって伝えないと。
さっきはごめんって言わないと。
激しく動揺している俺の頭。上手く文章を組み立てられない。
そうこうするうちに飼育小屋の鍵をかけたユキが俺の前にやってきて鍵を差し出してきた。
手を出して鍵を受け取る。
『鍵お願いしてもいいかな?』
「あ、あぁ」
手渡された鍵が妙に重い。
『・・・ありがと。それじゃ、私は事務室行かないといけないから先に戻ってるね』
校舎まで一緒に行こう。
ちょっと待って。
喉が詰まってその一言が出てこない。
遠のいていくユキの後ろ姿。
俺はユキを傷つけた。
ユキに嫌われてしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、胸が潰れそうになり、鼻がツンとなった。
追いかければいいのに俺の足は動かない。声をかけて、振り向いたユキの顔に嫌悪の表情があったら?そう考えると恐ろしかった。
どうしてこうなった?
俺は小さくなっていくユキの背中を見送ることしかできなかった。
***
反省、反省って何回反省したら学習するのよ、私のバカ!
調子に乗って追いかけっこしたせいで、八左ヱ門くんに心配させて、その上彼は文ちゃんに注意されてしまった。
『うわーーーー!!私ってどうしてこんなにバカなの!?』
と叫んでいても状況は変わらない。
もう一度、誠意を持って謝罪しに行こう。・・・でも、拒絶されたら?
五年生長屋に向かっていた足がピタリと動かなくなってしまう。
胃が石を飲み込んだように重くなり、縁側に座り込む。
時間が経てば経つほど謝りにくくなるから今行くべきなんだけど。ハアァ。
よく磨かれた床についていた手が滑っていく。
謝りに行った時の八左ヱ門くんの反応を考えていた私は、滑っていくのに任せて体を傾け、最終的にベタンと上半身を床に倒した。
冷たい床。
このまま頭を冷やして一度冷静になろう。
「ユキさん?何してるの?」
声の方にぼんやりと視線を移す。
『・・・雷蔵くん?』
「うん。雷蔵だよ」
正解だったみたい。雷蔵くんが頷いた。
「ここ座っていいかな?」
『え?あ、うん』
「ありがと」と言って雷蔵くんは軽やかに私の隣座った。
私は聞こえないように小さく息を吐き出した。
風で揺れる名前も知らない雑草を見ながら考える。
八左ヱ門くん、どこにいるだろう?
そろそろ夕食だし食堂に行ったら会えるよね。一緒に食べようって声かけてみようかな・・・
「何か悩み事?」
考えていると雷蔵くんが聞いてくれた。
私のお尻側に座っているから表情は見えないけど、声から凄く心配してくれているのが分かる。
雷蔵くん優しいな。
「僕じゃ頼りにならないかもしれないけど、良かったら聞くよ?」
『・・・うん。ありがとう』
何となく言うことが躊躇われて言葉を濁す。
「あ・・・言いにくかったら無理して話さなくていいからね」
私は上体を起こして雷蔵くんを見た。
無理強いせずに、ただ静かに微笑んで隣にいてくれる。彼の大人な対応に感動を覚える。
それに比べて私って奴は・・・・
自分の行いを思い出して恥ずかしくなる。
なんかもうさぁ
『人間やめたい』
「えぇっ!?ごめん!無理して話さなくていいって言ったけど、やっぱり聞いていいかな!?」
雷蔵くんが驚いた顔で「聞かないと気になって寝られないよ!」と私をユサユサと揺すった。
『ら、雷蔵くん、頭もげそう』
「おっと。ごめん」
ハッとした顔になった雷蔵くんが私のこめかみに軽く手を添えて首の位置を整えるように私の頭を動かした。
真面目な顔でこんなことをする彼に耐え切れずに吹き出してしまう。
雷蔵くん、可愛すぎでしょ。
「ユキさん?」
『フフ、ごめん、ごめん。私、雷蔵くん好きだわー』
涙を拭きながら雷蔵くんに言う。
なんか笑って気持ちが明るくなってきたよ。
『相談に乗ってくれる?』
二、三度目を瞬かせた後、もちろんと頷いてくれる雷蔵くん。
悩みを相談できる友人が出来たことに感謝しながら私は口を開いた。
すっかり話し終えて軽く一つ息を吐き、雷蔵くんの言葉を待つ。
しばらく顎に手を当てて考えていた彼が言ったのは
「うーん。気にしすぎじゃない?」と何とも素っ気無い言葉。
『やっぱ雷蔵くん嫌い、ばか、ばか』
人差し指で雷蔵くんの脇腹辺りを連打する。
「イタタ地味に痛い!ユキさん、落ち着いて。こう言ったのには理由があるんだよ」
『理由?』
突き指しかけた指を振りながら顔を上げると雷蔵くんの笑顔。
「八左ヱ門のところに行こう!」
『え、でも・・・』
「いいから、いいから」
ニコリと笑って私の手を引く雷蔵くんに連れられて廊下を小走りに進んでいく。
五年生の長屋はもうすぐ。
緊張してきて私の足どりは自然と重くなっていく。
「そんな顔しなくて大丈夫だから」
雷蔵くんは八左ヱ門くんが私を許してくれるという確証を持っているのだろうか?
私の心は希望と不安でグッチャグチャ。
「(ここだよ)」
口に人差し指を当てて静かに、とジェスチャーする雷蔵くんが示した部屋の表札を見る。
部屋は八左ヱ門くんの部屋ではなく、なぜか雷蔵くんと三郎くんの部屋。
雷蔵くんに戸に耳を当てるように促され、戸に耳をつける。
中に誰がいるの?
不思議に思っていた私の肩がビクリと跳ね上がった。
「うわーーーー!!俺ってどうしてこんなにバカなんだ!?」
中から聞こえてきたのは八左ヱ門くんの叫び声。
「煩いなッ!叫んでないでさっさと言いに行けよ」
「だってさ・・・」
どうやら三郎くんと一緒にいるみたい。
落ち込んでいる八左ヱ門くんの声。
内容は分からないけど真面目な話をしているみたい。
私は少し考えてから、雷蔵くんに手招きして彼の耳に口を近づけた。
『(やっぱり一回部屋に戻るよ)』
「(え?なんで?)」
『(八左ヱ門くん、三郎くんに何か相談中みたいだし。隠れて聞くの悪いかなって)』
八左ヱ門くんが私に聞かれたくない話を聞いてしまったら大変。
目を丸くしている雷蔵くんに『連れてきてくれてありがとう』とお礼を言ってそうっと立ち上がる。
しかし、中腰になったところで私は雷蔵くんに引き止められた。
「(もうちょっとだけ)」
眉を寄せて『でも』と断りを入れようとした時に聞こえてきた言葉。
「ユキに嫌われたよ。許してくれなかったら・・・」
「八左ヱ門、考えすぎ。あいつの性格知ってるだろ?」
中から聞こえてきた会話に目を瞬く。
私が八左ヱ門くんを嫌いに?
八左ヱ門くんが私を嫌いになったんじゃなくて?
「あのさぁ、ユキがそんな細かいこと一々気にすると思うか?」
「細かいことじゃねぇよ。俺は、俺は・・・ユキに手をあげてしまったんだ」
苦しそうな声で言う八左ヱ門くん。
今日のことを思い返す。
手をあげたって服についてたゴミを取った時のことだよね。あの時のこと気にしてくれてたんだ。
「女の子を叩くなんて最低だ」
八左ヱ門くん・・・
「そっかぁ。ユキも女だったなぁ」
三郎くん?
しみじみとした声を聞いて無意識のうちに拳を振り上げていた私の腕を隣の雷蔵くんが止めた。
「(ユキさん、落ち着いて)」
『(いっぺん殴ったら落ち着くから!)』
「(それじゃ手遅れだよ!)」
ガラッ
『「あ」』
「ユキ!?」
雷蔵くんと揉み合っていると戸が開いてしまった。
戸を開けた八左ヱ門くんはビックリした顔で固まってしまっている。
一番よろしくない形で見つかってしまった。
「いつから・・・」
『ちょっと前から。盗み聞きしてゴメン』
まともに顔を見られなくて俯く。
今日はやる事なす事裏目に出てしまう厄日のようだ。
「いや、いいんだ。ユキの所に行こうか迷ってたところだったからさ」
項垂れていた私が顔をあげると緊張した顔の八左ヱ門くんと目があった。
「さっきはごめん」
『!?八左ヱ門くん、顔あげて!』
頭を下げる八左ヱ門くんの前で慌てる。
『謝るのは私のほうだよ。私が勝手に追いかけっこで遠くまで行ったから八左ヱ門くんに
心配かけさせて、おまけにその後、私のせいで文ちゃんに注意されちゃうし』
顔を上げてもらって一気に言う。
目の前の八左ヱ門くんは「そのことはいいんだよ」と顔を左右に振った後、照れたように口元を緩めた。
「その事はもう気にしないで。俺も全然気にしてないからさ。むしろ、ちょっと嬉しかったことだし」
『え゛』
怒られたことが嬉しいって事で良いですかね?
ファイナルアンサー??
「違うよ!たぶん今考えている事違うからな!」
思わず変な眼で八左ヱ門くんを見てしまった私に気づいた八左ヱ門くんが焦ったように叫んだ。
「ほら、俺が潮江先輩に注意された時、良い生物委員長だって俺の事庇ってくれただろ。その時すごく嬉しかったんだ。俺の事見ててくれたんだなって」
恥ずかしそうに言って頬を掻く八左ヱ門くんを見て、私の表情も柔らかくなる。
あなたがマゾヒストじゃなくて良かった―――と
「(ユキの思考回路すげぇな)」
「(うん。神から与えられた才能だよね)」
『そこ、なにか言った?』
「「いや別に」」
双子のように声を揃えて言った三郎くんと雷蔵くんが私から顔を背けた。
「ユキの方こそ俺の事怒ってるだろ?」
三郎くんと雷蔵くんを半眼で見つめていると八左ヱ門くんがおずおずと言った。
『怒ってなんかないよ!手の事だっけ?ちょっとビックリしたけど、あれくらいなーんてことないよ』
笑いながら『六年生の一部のバカどもから受けてる扱い知ってるでしょ?』
と、あんな先輩にならないで欲しいという願いを込めながら付け加えておく。
ケタケタ笑っていた私の顔が真顔になっていく。
八左ヱ門くんの顔が見る見るうちに萎んでいってしまったからだ。
『どうしたの・・・?』
訳が分からず尋ねる。
「別に」
丘の上で言われたのと同じトーン。
この別には、別になんでもない。の略じゃない。
なにか別に理由がある。
でも、どうして八左ヱ門くんが急に暗くなったのか私の残念な頭では分からない。
何も言わない八左ヱ門くんに困り雷蔵くんと三郎くんを見る。
「八左ヱ門、ユキちゃんが困ってるよ?」
「言わないとユキは一生分からないぞ」
見かねた雷蔵くんが言ってくれた。
三郎くんは私の弱った心を言葉のナイフでえぐった。
『八左ヱ門くんが思っている事言ってほしいの。私はこれからも八左ヱ門くんと仲良くしていきたいと思ってる』
言おうか迷っている様子の八左ヱ門くんを真っ直ぐ見る。
『どちらか一方が我慢したり、心にしこりを抱えたりしながら付き合っていく関係は嫌だよ。何でも言えるような気持ち良い関係を作りたい』
「ユキ・・・」
『だから話して。私の残念な脳みそを哀れんで』
「・・・」
『・・・』
「・・・ぷッ!」
『ちょっと!?』
言うのを躊躇っているかと思ったら八左ヱ門くんが吹き出した。
続いて堪え切れないといったように雷蔵くんと三郎くんもブフッと吹き出す。
失礼な!と思ったが、私も彼らにつられて吹き出してしまった。
『も、もう、フフ、八左ヱ門くん笑いすぎ!』
「だって言葉の選び方がさ、プッ、しかも真面目な顔で」
さっきの自分を思い出して収まってきていた笑いが再び込み上げてきた。
みんなも同じらしい。
私たちは暫くの間、呼吸が苦しくなるくらい笑ってしまった。
『それで?』
「ん?」
『言ってよ。言うの躊躇ってた事』
床の上に座り、涙を拭きながら問う。
八左ヱ門くんは一瞬戸惑った顔をしたが、口を開いてくれた。
「潮江先輩に嫉妬してユキに冷たい態度取っちゃったんだ」
『嫉妬!?』
思いがけない言葉に目を瞬くと八左ヱ門くんは居心地悪そうに肩をすくめた。
「俺、今日の放課後を楽しみにしてたんだ」
続けて八左ヱ門くんは、放課後の私は仕事が終わったら一年生とお風呂、夕食は六年生と食べるからゆっくり話したくても話す事が出来ない。
だから、一緒に過ごせる今日の放課後を楽しみにしていたと言った。
重いため息をつく八左ヱ門くんの前で私は胸を温かくさせていた。
彼の気持ちが嬉しい。
『言ってくれたら良かったのに・・』
「忙しそうだし、先輩たちが周りにって何泣いてんだよ!?」
『泣いてなーい。心の汗だバカー』
「アハハ。分かった、分かった」
堪え切れない涙を二、三滴零してしまった私の顔を八左ヱ門くんが手拭いで拭いてくれる。
太陽のような明るい笑顔。
私はその笑顔にホッとして、嬉しくて、彼に抱きついた。
「「!?」」
「おほー!?ユキ!?」
『仲直りできて良かったよ』
「うん。俺も」
八左ヱ門くんも私の背中に手を回してギュッと抱きしめてくれた。
お互いの心を確かめ合うようにしばし抱き合い、体を離した私たちは顔を見合わせて自然と笑みを溢れさせる。
「ユキさん、よかったね」
『ありがとう、雷蔵くん!』
「おっと」
仲直りのきっかけを作ってくれた雷蔵くんにもギュッとハグ。
『心配してくれてありがとう!』
「ユキさんの為なら何時でも力になるよ」
優しくて、頼りになる雷蔵くんと顔を見合わせて微笑み合う。
開け放たれていた戸から見える庭はここに来る時よりもクリアに見えた。
「なぁ、ユキ。そろそろ俺も!」
『は?何が?』
私に向かって両手を広げている三郎くんに首をかしげる。
「何って、俺も抱いてくれよ!」
『ごめん、パス!』
噛みつきそうな勢いで言う三郎くんをキッパリ拒否。
「なんでだよオオォォ俺にも感謝を示せよッ」
『思い返しても三郎くんには感謝どころか、傷をえぐられた記憶しかないからだよッ』
「残念な自分を信じるな。俺を信じろ!」
『人から残念って言われたくなーーい!』
「現実を受け入れろって」
『言ったわね!ヨーーシ、ヨシ、良い度胸だ。庭に出やがれ三郎コノヤロー』
逃げ出す三郎くん、訂正、三郎を追いかける私。
私たちは賑やかに夕食を食べた。