第二章 十人十色
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6.親バカ
朝の清澄な空気がサーっと吹いてきて私は立ち止まり大きく息を吸い込んだ。眩しい朝日に目を細める。
今日もいい天気になりそう。
「ユキ、そろそろ戻ろう」
『そうだね。行こう、文ちゃん』
丘の上を駆け上がっていた文ちゃん(オオカミ)は私の声にウォンと返事をするようにひと鳴きしてこちらに駆けてきた。
八左ヱ門くんと文ちゃんの散歩をするのが私の朝の日課。おかげで遅刻ギリギリまで寝てしまうことがなくなった。
「だいぶ言う事聞くようになってきたな」
駆け寄ってきた文ちゃんを撫でながら八左ヱ門くんが笑った。
『お手や待ても出来るようになったんだよ』
「おほー。優秀だな」
文ちゃんはワシワシと頭を掻いてもらって嬉しそうに笑った。
狼だって忘れちゃうくらい人懐っこいんだよね。
私も八左ヱ門くんの隣に座って背中を撫でてあげる。
『次は死んだふりを覚えさせたいな。あと、輪くぐり、ダンスとかも・・・』
「文、あまりにも変な指示出されたら噛んじまっていいからな」
『えーヒドーイ!』
「まあまあ、それは置いといて」
『置いとくの!?』
「この掛け合い楽しいな」とカラカラ笑う八左ヱ門くんを見て私も笑う。
二人と一匹でなんてことない会話をするこの時間が好き。
『それで何の話だっけ?』
「あぁ。そうだった・・・実はさ、そろそろ文を生物委員のみんなに紹介しようと思うんだ」
『本当に!?いいの!?』
思わず大声を出した私にビックリしている文ちゃんに抱きつく。
文ちゃんは衰弱して倒れているところを八左ヱ門くんに助けられて忍術学園にやってきた。
まだ生後数ヶ月といえども狼は狼。
噛まれたら大変なので躾するまでは下級生に会わせられないという事になっていたのだ。
『やっと文ちゃんをお披露目できて嬉しい。みんなも喜んでくれるね』
「ユキが躾てくれたおかげだ」
頑張ったなと褒められて私は照れて笑みを零した。
「今日の放課後にしようと思うんだけど、予定空いてるか?」
『外に行くこともないと思うし大丈夫。仕事終わったらすぐに行くね。文ちゃん楽しみだね!』
私の両手に包まれる文ちゃんの顔はキョトンとした顔。
みんなも文ちゃんのこと好きになってくれるといいな。
集中して仕事に取り組んだおかげで就業の鐘が鳴ると同時に事務室から出ることができた。
ワクワクしながら飼育小屋に向かっていると生物委員一年生の後ろ姿を発見。
『一平くん、孫次郎くん、三治郎くん、虎若くん!』
「ユキさんだ!」と駆け寄ってきてくれた笑顔のみんなとハイタッチ。
「やっと子狼に会わせてくれるんでしょ?」
「怖くない?大人しい?」
三治郎くんが私の右手を、虎若くんが私の左手を取りながら言った。
『八左ヱ門くんもいるし、驚かさなかったら大丈夫だよ。人懐っこくて可愛い子だよ』
私の言葉にパーッと顔を輝かせるみんな。
三治郎くん、虎若くんと手を繋ぎながら歩いて行くと、飼育小屋の前に八左ヱ門くんと孫兵くんが立っていた。
ワクワクが抑えられなくなって一斉に走り出していく一年生。
私は楽しそうな後ろ姿をクスクス小さな笑みをこぼしながら追いかけていく。
「待ってたぞ!」
一年生の笑顔を見て八左ヱ門くんも嬉しそう。
「こんにちは、ユキさん!」
『こんにちは、孫兵くん』
私に挨拶してくれる孫兵くんの顔も期待で満ちている。生物委員の子はみんな動物大好きなんだね。
「よし。みんな揃ったし連れてくるな。ここで待っていてくれ」
「「「「「ハーイ」」」」」
元気のいい返事に見送られて飼育小屋に入った八左ヱ門くんはすぐに姿を現した。
彼の傍らには文ちゃん(オオカミ)の姿。太陽の光で白い毛並みを輝かせる文ちゃんを見てみんなから「ワアー」と歓声が沸いた。
「カッコイイね」
「白くて綺麗な毛並みだね」
そう言って目を輝かせる一平くんと孫次郎くん。自分の子供が褒められているような気分になって嬉しくなってくる。
「触ってもいいですか?」
触りたくてウズウズしている孫兵くん。
「怖がるから一人ずつ、まずは孫兵からにしよう。あ、それから喧嘩したら困るからジュンコは首から外したほうがいい」
孫兵くんや他の忍たまにも慣れてくれたらいいなと考えていたらこちらを振り向いた孫兵くんと目が合った。
ニコニコしながら近づいてくる彼に嫌な予感がして後ずさる。
一年生が私の周りからササッと距離を置いた。
「ユキさん!」
『な、何かな?』
「しばらくジュンコをお願いします」
やっぱりね!
ブンッと助けを求めるように八左ヱ門くんを見ると、頑張れと言うように親指を突き立てていた。
頑張って蛇に噛まれないように?どうやって!?
努力の仕方を教えて欲しい。
他に押し付けようにも平均年齢の低い生物委員。孫兵くん以外は一年生しかいない。
私から距離を取って引き攣った顔でジュンコに怯える彼ら。
ショタコンだと言いたい奴は言えばいいさ。
彼らを守るためならマムシにだって噛まれましょう。
『よっし。任せといて』
「ありがとうございます!」
私は腹を括って男らしく胸を叩いた。
孫兵くんにされるがまま、ジュンコを首に巻きつけられる。
<シャー!>
「久しぶりですねって言っているようです」
『・・・』
視線を動かすと鎌首をもたげているジュンコと目が合った。
やっぱり怖いーー。
「ここに座ってまずは孫兵の匂いを嗅がせるんだ」
白目を剥いて固まる私をよそに交流会が始まった。
文ちゃんの前に座る孫兵くんと私の横でゴクリと唾を飲み込みながら緊張した様子で見守っている一年生。
しばらくクンクンと孫兵くんの匂いを嗅いでいた文ちゃんはきっと孫兵くんの動物好きな性格が分かったのだろう、大きな体を彼に甘えるように擦りつけ始めた。
「わあぁ!」
「良かったな、孫兵」
驚かさないように慎重に手を動かしながら文ちゃんを撫でる孫兵くんは幸せそう。
甘えん坊の文ちゃんもひっくり返ってすっかり気を許しているみたい。
「よし、じゃあ次。誰からにする?」
八左ヱ門くんの呼びかけに顔を見合わせる一年生。
前に出ていく決心がつかないみたい。大きいし怖いよね。
「甘えん坊のいい子だから怖がることないよ」
私の首からジュンコを外しながら孫兵くんが言った。
どうやら今回も命拾いしたようだ。
私は一年生を励ます優しいお姉さんのフリをして孫兵くんから離れて一年生に駆け寄った。
「ユキさん、ホントに噛まない?」
私の服をキュッと掴んで見上げてくる一平くん。
『意地悪しなかったら文ちゃんは噛んだりしないよ』
「え・・・?」
『意地悪しなかったら、文ちゃんは「え?ごめんなさい。ちょっと止めてもらっていいですか!?」
聞こえなかったのかと思い一平くんにゆっくり言い直していると三治郎くんが手をあげた。
「あの、文ちゃんっていうのは、その・・・?」
あぁ!まだ皆に名前言ってなかったっけ。
すっかり忘れてたよ。
皆に向き直って可愛い愛狼の紹介をする。
『僭越ながら、私が名前をつけさせていただきました。生後数ヶ月のオス狼、文ちゃんです!』
(((((!?聞き間違いじゃなかった!)))))
ジャーンと文ちゃんに手を向けると、文ちゃんは返事をするように遠吠えをした。
可愛いだけじゃなく賢い!
私は溢れ出す愛情を抑えられずに文ちゃんに駆け寄りヒシと抱きしめて、フワフワの毛に顔を埋めた。
『うひゃひゃ、くすぐったい!』
尻尾をブンブン振りながら私の顔を舐める文ちゃん。
君より可愛い生き物は世界にいないよ。
***
「文ちゃんって・・・」
「うん。虎若、潮江先輩とかぶっちゃってるよね。いいのかな・・・」
戸惑いの顔を浮かべる三治郎と虎若に
「潮江先輩に聞かれたらただじゃ済まないよ」
と顔を青くさせる孫次郎。
「ぷっくく、ふふふ」
突然笑いだした一平を見てキョトンとする三人。笑って喋れない一平の指差す方を見る。
『ヨーシヨシヨシ。文ちゃんは良い子、世界一のオオカミちゃんだね~』
デレデレの顔で子オオカミ文ちゃんの顔に頬ずりしているユキの姿。
「落ち着け。ユキ、落ち着くんだ。見てみろ。文の顔が強ばってるぞ・・・」
『目に入れても痛くないとはこの事だよ~』
<ウォン!?(顔近ッ!)>
「わ、わかったから。お前の文ちゃんに対する愛は俺も文ちゃんにも十分伝わっているからさ!」
『あぁかわゆいお耳。カプってしたいカプって!!』
「・・・もうダメだ。逃げろ文。お前の飼い主は変態だ」
<クウゥゥン(誰か助けて~)>
ユキの狂気的な愛情表現から必死に顔を背けている文ちゃん。
その横でユキの重すぎる愛にドン引きしている八左ヱ門。
一年生は自分たちの困惑を忘れ、困惑している子狼と鼻の下を伸ばすユキの姿に一斉に吹き出してしまう。
「僕たちも行ってみようか」
虎若の言葉に元気よく頷いて駆け出す一年生の心からは子狼に対する恐怖心がすっかり消えてなくなっていた。
「こっちにおいで文ちゃん」
「僕たちとも遊ぼうよ」
「わーふわふわだね」
「カワイイ!」
『ウフフふわふわちゃん(+一年生の最高の組み合わせ!皆まとめて)抱っこさせてー!!』
走ってくるユキを見て、虎若、三治郎、孫次郎、一平の後ろに隠れる文ちゃん。
<クゥゥン(キター変態キター)>
「おいで文ちゃん。隠れる場所をおしえてあげる」
そう言ってタタッと走り出す三治郎の後を文ちゃんは躊躇わずについていく。
「みんなで追いかけっこだ!」
『待てーー』
「あはは。ユキさんコワーイ」
「逃げろ、逃げろーー!」
ケタケタと笑いながら虎若、孫次郎、一平も三治郎と文ちゃんの後に続いて逃げていく。
丘に響く明るい笑い声。
「僕たちもユキさんと文ちゃんくらいのベストカップルを目指そう」
<シャア?>
「ジュンコ、愛してるよーー!!」
<シャーー(ひいぃッ)>
「あっ!ジュンコ!?」
ジュンコ脱走。
八左ヱ門は丘の上で一人、頭を抱えた。
***
追いかけっこも終わって私たちは井戸で休憩中。
「ユキさーん。お水こっちにも貰えますか?文ちゃん、まだ飲みたいって」
『ハイハーイ』
孫治郎くんに意思が通じて嬉しそうな文ちゃんの前にある桶に水を注いであげると、文ちゃんはぺちゃぺちゃと水を飲み始める。その様子を観察している皆の顔は優しい顔。
みんなと文ちゃんが仲良くなれて良かったな。
「文ちゃんは何か芸できるの?」
よくぞ聞いてくれました!
孫治郎くんの質問に『もちろん』と答えて文ちゃんの前に立つ。桶から顔を上げた文ちゃんも察したようで顔を引き締めてピシッと姿勢を正してお座りをした。
『では、いきます。文ちゃん――――伏せ』
「「「「オオォー!」」」」
カッコよく伏せをした文ちゃんに拍手が送られる。
でも、こんなもんじゃないよね。
私は待てをかけながら文ちゃんから離れる。
『おいで!』
<ウォン>
返事をして文ちゃんが私のもとに駆けてきてお座りすると再びみんなから拍手。
褒められているのが分かるのか、皆の方に顔を向ける文ちゃんは得意げな顔で笑っている。
私も鼻高々。
頭をワシワシ撫でてあげると口を大きく裂いて私に笑みを向けた。
『実はいま大技を練習中なんだ』
「わあ!何?」
期待のこもった声で一平くんが言った。
みんなの目もキラキラ輝いて見える。
成功率の低い技だけど、今日の文ちゃんは調子良さそうだし成功するはず。
『練習中だから成功するかわからないけど見てくれる?』
みんなから拍手。
何事だろうと私を見あげる文ちゃんに待てをかけて、距離をとる。
そして頭の上に両手で輪を作り、しゃがんだ。
文ちゃんの顔がキュッと引き締まる。
やる気十分な様子。
これならいけそう!
『文ちゃん、輪くぐり!』
私の掛け声で走り出す文ちゃん。
横でゴクリと唾を飲み込む三治郎くんたち。
ダンと文ちゃんが地面を蹴った。
宙に浮く体、叫ぶ三治郎くんたち、倒れる私。
『ぐへぇ』
飛距離及ばず。
私は文ちゃんのアタックで後ろに倒れた。
うーん、やっぱりこの芸は難易度が高いな。
ぶった鼻を摩りながら上体を起こす。
「ユキさん大丈夫?」
『うん。いつもの事だから平気だよ』
駆け寄ってきてくれた一平くんが「痛いの痛いの飛んでいけー」と私の頭を撫でながらおまじないをかけてくれる。
大変だ。別の原因で鼻血が飛び出しちゃいそう。
<キュウン>
「落ち込んでいるみたい」
私の頬を文ちゃんがペロリと舐めた。
見ると虎若くんの言う通りしょんぼりした顔。
『そんな顔しなくていいんだよ』
気にしないでと笑顔で文ちゃんの顔を両手で挟み、ワシワシと撫でてあげる。
『文ちゃんが悪いんじゃないんだよ』
「だろうな」
低い声が庭に響く。
顔を引きつらせながら首を回すと、廊下に仁王立ちして文ちゃん(人間)。
血の気がサーーーッと引いていく。
「あ、毒虫の餌の時間だ」
「「「失礼しまっす!」」」
『え?ちょっとおォォ!?』
走るの早ッ
さすが忍たま。って感心している場合じゃないし。私を置いていかないで。
逃げ去っていく皆を追いかけようと慌てて立ち上がる。
しかし、一歩踏み出す前にガシッと肩を掴まれてしまった。
ギギギと回れ右をすれば怒りで顔をヒクつかせる文ちゃん(人間)と目があった。
『わ、私も餌やりがあるから行かないと・・・』
「生物委員じゃないお前に餌遣りの仕事なんかないだろうがッ」
『あ、あるよ。ありますよ!』
「何にだ、馬鹿。答えろ馬鹿ッ」
パニックで適当に口走る私に文ちゃんが半眼でぐっと詰め寄ってくる。
顔近いって。
余計パニックになるよ。
ジリジリ後ろに下がりながら沸騰しそうな頭で答えを考える。
『しょ、食堂に行って、えっと、えっと、餌を・・・自分に?』
「阿呆か!」
ですよね!
ボケるにしてもボケ方が甘かった。
色々と反省しながらキーンとする耳を抑える。
「おい、ユキ。俺の名前をオオカミにつけるとはどういう事だ!って何で狼がここにいるんだよ!」
文ちゃん(人)の一人ノリツッコミに感心していると体が宙に浮いた。
ポカンと私を見上げている文ちゃん(オオカミ)から視線を外し、顔を上げて私を横抱きした文ちゃん(人間)に首をかしげる。
キッとした目で私を見下ろした文ちゃん(人間)だったが、私と目が合った瞬間、ハッとしたように目を見開いて顔を背けてしまった。
見つめていると彼の顔が見る見る赤くなっていく。
『顔赤いよ。どうした?』
「うるせぇ!」
何故!?
心配しただけなのに。
思春期青年の心の中は謎だらけ。
『文ちゃん(オオカミ)は噛み付いたりなんかしないよ』
「噛み付かない保証なんてないだろ!大人しく見えても狼は狼だ」
『うーん。それはそうけど』
でも、そんなこと言ったら犬だって馬だって兎だって噛み付くときは噛み付くよ。
確かに犬より重傷になる可能性は高いけど。
下を見れば心配そうに私を見上げている文ちゃん(オオカミ)の姿。それにしても同じ名前だとややこしい。オオカミ文ちゃんは発音を変えてモンちゃんと呼ぼう。
「ユキ!」
考えていると庭の奥から呼ばれた。見るとこちらに走って来る八左ヱ門くんの姿。
しかし、彼の顔はどこかムッとした表情。
「探したんだぞ」
勝手にいなくなって迷惑をかけてしまったみたい。「ごめんなさい」と頭を下げる。
高い位置からすみません。
「このオオカミは生物委員の新しいペットか?」
「あ、はい」
厳しい声の文ちゃんに姿勢を正す八左ヱ門くん。
「八左ヱ門、オオカミは人を襲うこともある危険な動物だ。生物委員長代理としてしっかり管理しておけ。怪我人が出てからでは遅いのだぞ!」
「・・・すみません」
文ちゃんの厳しい声と真っ当な指摘に八左ヱ門くんはしゅんとなってしまった。
彼の言うことは分かるのだけど―――
『文ちゃん、幾つか言っても?』
「ん?」
小さく首を傾げた文ちゃんに、私は一つ目と人差し指を立てる。
『まず一つ。今回の事で八左ヱ門くんが悪いことなんてないの。悪いのは私。
鬼ごっこしているうちに勝手にここまで来てしまったの』
私が言うと文ちゃんの顔が険しくなった。
「鬼ごっこって・・さっきの一年生と一緒に追いかけられていたって事か!?
興奮して噛み付かれていたら大変なことになっていたのだぞ!?」
『いえ、鬼役は私でしたので』
「それはそれで恐いな」
『どういう意味だろう?』
文ちゃんはそっぽを向いた。
落ち着け、私
『八左ヱ門くんは生物委員の後輩にモンちゃんを会わせるまで、すっごーく気を使っていたの。躾をしたり、どうやって会わせたら危険じゃないか考えたり。私がアホな事するまで良い生物委員長だったのですよ』
「そうだったのか・・・すまんな、八左ヱ門」
「え?いえ。とんでもないです」
分かってくれて良かった。
ほーと息を吐き出す。
八左ヱ門くんと文ちゃんに迷惑と気を使わせてしまった。
「ユキ」
『ん?』
「お前は後で罰則な」
『・・・・謹んでお受けいたします』
迷惑をかけたのだから仕方ない。
生徒から罰則を受ける事務員か・・・。
人目に晒されない罰則を希望したい。
『続いて第二』
「まだあるのか?」
ゴホンと咳払いをして指を一つ増やすと文ちゃんが顔を顰めた。
『あるのですよ。第二にモンちゃんについて誤解をしないで頂きたい』
「誤解?」
『うん。まずおろして』
「ダメだ。こいつは危険だ。お前なんか噛まれたら一瞬で引きちぎられるぞ」
『!?うわぁッ』
そう言って文ちゃんは某アニメのライオン王子誕生シーンのように私を空高く持ち上げた。
超アンバランス。
こっちの方が何倍も危ないわ!
「潮江先輩、僕からも言わせてください。モンはオオカミ。先輩の言う通り噛まれたら大怪我をするでしょう。でも、この子は僕とユキとでよく躾てあります。
無闇矢鱈に人を噛むようなことはしません」
青い空を見ながら恐怖で固まっていたら八左ヱ門くんが私の言いたかったことを代弁してくれた。
ついでに私を下ろすように彼に伝えて欲しい。
「躾って言ってもオオカミだろ?犬のようにはいかないだろが」
「・・・わかりました。では潮江先輩、見ていてください」
凛とした八左ヱ門くんの声。
彼は文ちゃんにモンちゃんが(ややこしい)躾けられている事を見せるつもりらしい。
頑張れ。八左ヱ門くん、モンちゃん!
掲げられていて見えないので心の中でエールを送る。
「モン、お座り!」
<ウォン>
「おぉ!」
真下から文ちゃんの感心するような声が聞こえた。
どうやら成功したみたい。
その後もモンちゃんは八左ヱ門くんの声でお手、伏せ、待てと指示に従って動いて
いったようだ。あぁ私も見たい。
「凄いな」
ゆっくりと高度が下がっていく。
モンちゃんも凄いけど、私をバーベルのように頭上で上げていた文ちゃんの腕力も凄いよ。
『モンちゃんが危険じゃないって分かってくれた?』
「あぁ。八左ヱ門。そのオオカミが危険だと決めつけて悪かった」
「いいえ!」
<ウォン!>
文ちゃんに認められて八左ヱ門くんが嬉しそうに表情を崩した。
危険動物だと思われたままじゃ悲しいもんね。
誤解が解けたところで――――
『そして第三!』
「次はなんだよ・・・」
三つ目の指を増やした私を見て、文ちゃんは溜息をつきながら私を抱え直した。
『偶然とは言え同じ名前つけちゃってごめんフオォッ!?』
文ちゃんが私を抱き抱える手を一瞬パッと放した。
胃がひっくり返るような感覚に文ちゃんの首にしがみつく。
『危ないじゃないの!』
心臓をバクバクさせながら抗議の声をあげる。
でも、本当に落とさないのが彼の優しいところだよね。名前は言わないが一部の
六年生だったら躊躇せず手を離していただろう。
あ、その前にオオカミが危ないからと私を抱き上げたりしないか。奴らなら私を腹ペコ狼の前に嬉々として蹴り出しそうだ。
「名前変えないと次は落とすぞ」
意地悪そうな顔で言う文ちゃんだけど、全然怖くなんかありません。
なんだかんだで彼はフェミニスト。
『変えない!嫌だ』とハッキリと拒絶。
「名前だった他にいくらでもあるだろ?」
『もうモンちゃんだって呼ばれ慣れてるもん。今さら変えられないよ。ね、モンたん?』
「俺の名前を気色悪い呼び方で呼ぶなよッ」
『気色悪いとは酷いなー』
「他の奴らにオオカミと同じ名前だって知られてみろ。笑い者になっちまうだろうが!」
『笑いたい奴は笑えばいいさ!』
「お前が言うなよ!しかも何ちょっとカッコよく言ってんだ。阿呆か!ぜってー変えろ」
『絶対イヤ』
「変えろ変えろ変えろ」
『嫌だったらイヤだから』
「つべこべ言わず改名しろって!」
『ァアン?そんなに嫌なら文ちゃんの方が改名したらどうよ?』
「何でそうなるんだよ!!」
心地よいテンポでのキャッチボール会話が終わった。
文ちゃんは私に突っ込んだ後「なんか疲れた。もういい」と言って天を仰いでいる。
どうやら私はこの言い合いに勝ったようだ。
『我が儘言ってごめんね。でも、どうしてもモンちゃんて名前つけたくて。
文次郎って名前の響き、昔から好きでさ』
どうしても文ちゃんに認めて欲しくてしつこく彼の服を引っ張りながら言う。
じっと私を見つめる文ちゃん。
暫くして彼は大きく息を吸い込み、フッと小さく息を吐いて肩の力を抜いた。
「わーったよ・・・そこまで言うなら」
『認めてくれるの!?』
「ユキは言っても聞かないだろ?」
文ちゃんは「仕方ないから認めてやる」と諦めた顔で、でも温かい眼差しで私に言ってくれた。
『エヘヘ、ありがとう!』
「っいきなり抱きつくなって!(うおぉ胸当たってる!)」
『ごめん、ごめん。これからダブル文ちゃん同士仲良くしてあげてね』
<ウォンウォーン>
『モンちゃんもヨロシクと言ってます』
「孫兵みたいだな」
言葉を訳す私を見て、文ちゃんが笑った。
私も孫兵くんとジュンコちゃんみたいに意思疎通が出来るようになりたいな。
カーーーーン
孫兵くんに弟子入りしようかと考えていると鐘が鳴った。
時間が経つのはあっという間でこれは夕飯のチャイム。
「ユキ、飼育小屋に戻るぞ」
モンちゃんも小屋に戻って一眠りの時間。
『文ちゃん下ろしてもらっていい?』
「おぉ」
慎重に下ろされて地面に足を着く。
私の体を壊れ物のように扱ってくれる文ちゃん。
基本、私は上級生から雑に扱われている。
他の上級生が彼の千分の一でいいから優しさを持ち合わせていれば私の生活も安全で快適なものになるのだけどな・・・
『文ちゃんは優しくて力持ちの男前だよ。生まれてきてくれてありがとう!』
「!?」
『じゃあ、また後でねー』
これからも周りに毒されることなく、長次くんと共に六年生の良心でいて下さい。
私は念を込めて手を振りながら飼育小屋へと戻って行った。