第二章 十人十色
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
5.男のプライド
「ユキ!」
「ユキさん」
『三郎くん、雷蔵くん、授業お疲れ様』
「今から夕食なら一緒にどう?」
『うん!』
仕事が終わって食堂へ向かっていると三郎くんと雷蔵くんに会ったので一緒に夕ごはんを食べることに。
今日のおかずは何だろう?健康診断で計った自分の体重の記憶を消しつつ食堂の中に入った私は目を丸くして足を止めた。
『おぉ!?』
「どうなってんだ?」
「すごい熱気だね」
食堂の雰囲気はいつもと違っていた。
驚きの声をあげる私の横で三郎くんと雷蔵くんも驚いた顔で食堂を見回している。
私たちの後ろから食堂に入ってきた他の忍たまも同じようにポカンとした顔。
「わぁぁん早く食べないとオカワリなくなっちゃうよ!」
私たちが見たのは勢いよく夕飯を掻き込む上級生の姿。
半泣きでカウンターへと走っていくしんべヱくんはちゃんとオカワリを貰うことができるかな?
みんな一心不乱に食べているって感じ。
『今日は特別メニューなのかな?』
「いつもと特に違うところは見られないが・・・」
私の言葉に考えるように首を傾げる三郎くん。おばちゃんの夕飯は美味しそうに見えるし、実際に美味しいと思う。でも普段と変わったところはない。
じゃあ、みんなが夢中になっている理由は?
『早食いで賞金が出るとか?』
フードファイトなら私も参加したかった!と考えていると背中に重み。
『小平太くん』
「よくわかったな!さすが私の妻だ」
違うと否定したいが小平太くんが負ぶさっている私の体は前のめりで足はガックガク。
しかし、ここで地に伏すのは悔しい。
私はニヤリと笑って、お腹に力を入れて足を踏ん張った。
力んだ顔を皆に見られたって気にしない。
『ドウラアァ』
「なっ!?おおおお??は、離せユキ!!」
私に負ぶさってきた小平太くんが悪い。はい、そうですか、とは離さないよ。
負ぶさってきた小平太くんの足に腕を回し、おんぶ状態を固定して背筋を伸ばす。
「コ、コラ。恥ずかしい」
『恥ずかしいか、そうか。可愛い奴よのう』
「わあぁヤメロ、ヤメろって!!」
背中の上の小平太くんはそう言って私の髪をクシャクシャにした。
髪の毛の玉結びが増えていく!
「怪力大女」
小平太くんをおんぶしたままグルグルその場で回転していると失礼なあだ名が聞こえた。
ガバッと振り向けばいつの間にか三郎くんと雷蔵くんの後ろに留三郎が立っていた。
『お前もおぶってやろうか?』
「どんな脅し文句だよッ・・・だけど、おぶられるのは勘弁だな」
小平太くんを見てニヤニヤ笑いになる留三郎。三郎くんと雷蔵くんも留三郎の言葉にウンウンと頷いている。
その様子に気がついた小平太くんは大暴れ。
『ちょ、足バタつかせないでウワッ』
「おぉっ!?」
私の体がグラリと揺れる。
「バカ、小平太動くな!」
「ユキ!」
「ユキさん!」
私は小平太くんの重みでバランスを崩し後ろへと倒れていった。
視界は私に向かって手を伸ばす留三郎、全く同じポーズの三郎くん、雷蔵くんから食堂の天井へと移っていく。
倒れても小平太くんが下敷きになってくれるからいいや、と酷い事を考えながら私は衝撃に備えて目を瞑る。
あれ?
「何やってんだよ・・・」
「モソ」
『文ちゃん、長次くん!』
目を開ければ呆れ顔の文ちゃんと長次くんの顔が目の前にあった。
私の体は二人の腕にしっかりと受け止められていたのだ。
『ありがとう』
「まったく。小平太を負ぶるなんて無茶しすぎだろ。いつも助けてやれるとは限らねぇんだぞ?」
『ごめんね文ちゃん』
私は文ちゃんに軽くコツンとゲンコツされて肩をすくめた。
そんな私の頭をヨシヨシと撫でる長次くん。
『長次くんもごめんね』
「構わない・・・私はいつ何時でもユキが危ない目に遭ったら助けてやる」
『長次くん・・・』
彼の言葉に胸がキュンとなる。
「あ!長次ずりーぞ!ユキ、俺もお前が地の果てにいようと助けに行ってやるからな!」
『フフ、文ちゃんありがっ!?』
体がビクンと跳ねる。
続いて悪寒
ぞっとしながら振り向いて下を見れば床に倒れた小平太くんが私の足首を掴みながら恨めしげに私を見上げていた。まるでホラー映画のワンシーン。
「どーして二人とも私を助けてくれなかったのだ!?」
誰にも助けられずに床に転げることになった小平太くんが抗議の声を上げている。
私の足首を掴んだまま暴れているので私の体はグラグラ。
咄嗟に一番近い文ちゃんにしがみつく。
『文ちゃん、ごめん』
「お、おう(ギンギンに可愛いな・・・)」
下を見れば床で手足をバタつかせている小平太くん。
「小平太」
揺らされながらハアァと溜息をついていると低い声が食堂に響いた。
ピタリと動きが止まった小平太くんの視線を追えば恐ろしい笑顔を浮かべる長次くんがいた。
うわー怒っちゃった。
「小平太、ユキを危ない目に合わせるな・・」
背筋が凍るような笑顔に小平太くんも真っ青。
「わ、悪かった、ユキ」
『ううん。私もふざけすぎちゃったから。ごめんね。私は長次くんが助けてくれたから無事だったよ。だから怒らないで!ね?ね?』
普段優しい人が怒るのが一番恐いよ。
負んぶした私も悪いから、と怒っている長次くんの前で私もオロオロ。
『っ!?』
急に伸びてきた長次くんの手。
私は反射的に目を瞑って体を跳ねさせる。
「・・・そんなに怯えるな」
温かい両手で顔を包まれて、そっと目を開ける。
大きくて、ゴツゴツしているけど、優しい手つきの長次くんの手。
間近で長次くんに見つめられて私の顔はカーッと赤くなっていく。
『は。放して長次くん』
わわわ、そんなに見つめないでよ~!
「怯えてないか?」
『怯えてないよ。ぜ、全然怯えてない!』
「・・・では何故震えている?」
緊張してるからだよ!と言いたいが声が出てこない。
私の顎をクイと上に持ち上げる長次くん。
耳の奥でバクバクと心音が聞こえる。
触れてしまいそうなくらい近くに彼の顔があって、恥ずかしさで頭が熱くなりすぎて倒れてしまいそう。
ゆっくりと近づく長次くんの顔。
え?これってもしかして・・・ちょ、ちょっとおおぉぉ!!??
私はギュッと目を瞑った。
「危ない真似はしないでくれ。心臓が持たん・・・」
『っ!・・・は、はい』
持たないのは私の心臓の方だよっ。
私にだけ聞こえるよう耳元で囁き離れていった長次くんはカウンターへと歩いて行った。
全身の力が抜けていく。
うるさいくらいに早鐘を打っている心臓。
去り際、私の反応を楽しむように小さく口角を上げていた長次くんは意地悪だ。
そしてこんな事する子だったかしら・・・
ポーっとしていると頭に手のひらが乱暴に置かれた。
「それにしてもデカいデカいと思っていたら俺たち最上級生の半分がお前より身長低かったんだな」
手のひらを頬に当てて火照った顔を冷やしていると聞こえてきた留三郎の声。
せっかく忘れかけていたのに!キッと留三郎の方向に体を反転させる。
しかし、私よりも先に口を開いたのは文ちゃん。
「半分・・おい留三郎、俺をどっちに分類した?」
と言って留三郎に詰め寄る文ちゃんと
「あ?お前は“低い”の部類に決まってんだろう」
そんな文ちゃんを鼻で笑う留三郎。
「俺はユキと同じであって低くはない!!」
「同じは低いだバーカ」
「っ貴様だって1㎝デカいだけだろう!?何がバカだ馬鹿!短足バカ!」
「んだと!」
誰もが予想していた通りお約束の喧嘩が始まってしまった。
私って文ちゃんと同じ身長だったんだ。
ん?ちょっと待って。その前に何で私の身長を六年生が知ってるの!?
隠したかった数字が知れ渡ってしまっていた事にショックを受ける私の目の前で繰り広げられる低レベルな争い。
私はハッとして彼らから視線を外し、食堂にいる下級生忍たまたちを見た。
こちらを見ている彼らの視線は鍛錬バカ二人ではなく私―――
「わあぁ、ユキさん165cmもあるんだ。いいな~」
「僕も六年生になったらあのくらい大きくなれるかな?」
「よし!ユキさんみたいにご飯いっぱい食べよう!」
なんの邪心もない素直な感想が聞こえてきて私は顔を覆った。
邪心がないだけに心のダメージが大きい。
目の前のバカ二人が大声で喧嘩しているために私の個人情報はダダ漏れになったのだ。
留三郎も文ちゃんも許さんからな。
「さあ、飯にしよう。行こうぜ、ユキ」
落ち込む私を気にせず、腹が減ったと私の手を引いてカウンターに向かう小平太くん。
激しくなっていく二人の喧嘩。
『あの二人止めなくていいの?』
「あいつらは戦うことで傷ついたプライドを癒しているのだからやらせておいてやれ」
『プライド??』
「あいつらはユキより身長が低かったことがショックなのだ」
「「低くねぇ!!」」
小平太くんの言葉に勢いよく振り向いた留三郎と文ちゃんは小平太くんの言う通り私と身長差がほぼないことを気にしているみたい。
『ん~1、2cmなんて誤差の範囲じゃない?』
「誤差で済ませられないのが男なんだよ。だから皆ああやって必死になるわけ」
そう言って夕食をもらうために私の後ろに並んだ三郎くん。彼の指さす先にはご飯を掻き込んでいる上級生の姿。
「普段はおっとりしている勘右衛門まで早食いしているよ」
雷蔵くんに言われて見ると勘右衛門くんの珍しい姿が拝めた。
『ホントだ。意外だねー・・・え?あれって仙蔵くん!?』
勘右衛門の近くで黙々と夕飯を咀嚼している仙蔵くんの姿を発見。
さすがに戦う戦国作法は他のみんなみたいにご飯を口に掻き込んだりしていないけど、それでも一生懸命モグモグしている。
『どうしよう。仙蔵くんが可愛く見える』
「そうだな」
「ユキさん、三郎。可愛いなんて言ったら怒られるよ」
私と三郎くんの言葉に苦笑いの雷蔵くん。
「仙蔵の健気な姿・・・珍しい」
六年間一緒に過ごしてきた小平太くんも目をパチパチさせて言った。
モグモグ モグモグ ・・・
必死さを抑えているところが私の萌えポイントをくすぐる。
『私、あの姿をオカズにご飯何杯でも食べられそう』
(((目の前に変態がいる・・・)))
三郎くん、雷蔵くん、小平太くんの視線を受け流しながらおばちゃんの元へ。
今日のオカズ(仙蔵くんじゃなく)は何だろう?
『厚揚げだ!』
トンとお膳に乗せられた小鉢を見て歓声をあげる。
大好きな大豆製品。その中でも好きな厚揚げ豆腐。ジャンプしたいほど嬉しい。
『わーい。ぜったいにオカワリするんだ!』
そう言うとおばちゃんが困ったように眉を寄せてしまった。
「ごめんね、ユキちゃん。実はオカワリ分はもう全部出ちゃったのよ」
『もうですか!?』
まだ配膳開始からそんなに時間は経っていないのにもうなくなってしまったの!?
頭を漬物石で殴られたようなショック。
「おばちゃんオカワリある?」
「私も!」
「厚揚げのオカワリありますか?」
ズーンと沈んでいるとカウンターに八左ヱ門くん、勘右衛門くん、兵助くんがやってきた。
「あんたたち今日はよく食べるわねぇ」
と嬉しい笑顔と困った笑いの半分半分で笑うおばちゃん。
「兵助くん、もう厚揚げはなくなっちゃったのよ。ごめんなさいね」
「そうですか・・・」
シュンとなる兵助くんを見て自然と動く私の手。
厚揚げの入った小鉢を差し出すと兵助くんは目を丸くして私を見た。
『兵助くん厚揚げ好きだもんね。私のあげるよ』
「えっ!?でも、ユキちゃんも厚揚げ大好きだろ?悪いよ」
そう言って兵助くんは両手を小さく振って遠慮する。
奥ゆかしいその兵助くんの姿は厚揚げ分の価値があるよ。
『兵助くんにはいつもお世話になっているから食べて!ハイ』
さらに兵助くんに小鉢を差し出すと彼は「ありがとう」と頬を染めて受け取ってくれた。
この表情が見られるならいくらでもあげるよー!
ニヘラっとだらしない表情になる私。
「「じゃあ俺には生姜焼きをくれ!」」
『あ?ああっ!?』
兵助くんに見惚れて反応が遅れた私は八左ヱ門くんと勘右衛門くんにメインの生姜焼きを一枚ずつ奪われた。
『ちょっと!?なにしてくれんのよ!』
口に生姜焼きのタレをつけながら満足そうに咀嚼する彼らをブンブンと揺する。
しかも素手で食べたよ。
口をこじ開けようとしたが逃げられた。
去り際に服でタレのついた手を拭かれるという最悪のおまけつき。
この自由人どもめ!
『お、おばちゃ~ん』
「あらら・・・気の毒だけどユキちゃん。生姜焼きのオカワリもないのよ」
『そんなぁ』
私のお膳に残ったものは白ごはんと煮物。なんてことだ・・・
良い子の兵助くんがやっぱり返すよと泣かせるような事を言ってくれたがダイエットになるからと断った。
あんなに可愛い笑顔を見せてくれた彼から厚揚げを返してもらうなんて私の良心が許さない。
私は若干ヨロヨロしながら先に座っていた長次くんの横に座る。
『いただきます』
気を取り直して美味しそうな人参に箸を伸ばしかけた私の視界にニョキッと生姜焼きが現れた。
長次くんが自分の生姜焼きを小皿に取って差し出してくれていた。
『・・・もしかしてくれるの?』
「モソ」
おずおずと聞くと長次くんがコクリと頷いた。
『っありがとう!!』
「っ!?」
感激して長次くんに抱擁する私の目からは涙が出てきそう。
『エヘヘでは、有り難く頂きます』
「モソ(可愛い)」
パクッと生姜焼きを食べる。
ん~、美味しい!
「ユキさんって本当に幸せそうに食べるよね」
『だって幸せだもん』
そう雷蔵くんに答えると彼はクスっと笑って空になった私の小鉢に自分の生姜焼きを
置いた。これって・・?目を丸くして彼を見る。
「良かったら僕のも食べて」
『でも、雷蔵くんがお腹減るんじゃ・・・』
「今日は座学ばっかりだったからそんなにお腹減ってないんだ。それに、僕はユキさんが美味しそうに食べている姿を見るのが好きだから」
「モソ」
ニコニコと笑う雷蔵くんの横で彼の言葉にコクリと頷く長次くん。
あぁ、優しい彼らは上級生の良心。
毒草の中に生えるカスミ草。
真っ直ぐに育ってくれてありがとうと心の中で感謝しながら二枚目の生姜焼きを食べていると三枚目と四枚目の生姜焼きが近づいてきた。
「私のもあげるぞ!あーーん」
『も、もう遠慮しとくよ小平太くん』
「遠慮するなって」
『三郎くんも!遠慮してないから。二人とも箸引っ込めて!』
あーんと言いながらグイグイと生姜焼きを近づけてくる二人。
どうしても食べさせたいらしく仰け反って逃げてもやめる気配がない。
か、顔に肉がついちゃう!
「ホラ、食べないとタレが服に落ちるぞ」
『げっ、困るよ!』
三郎くんが差し出している箸の真下は私の下衣のちょうど上。
これ以上油染みがついたら大変だ。
あーんの恥ずかしさに堪えながら口を開けると三郎くんが生姜焼きを私の口に詰め込んだ。
『ゴフッ』
「すげぇ入った・・・」
入ったって、オイ!
一言言ってやりたいが出来ない。
切られていない厚みのある生姜焼きで私の口の中はいっぱいいっぱい。
驚いた顔で箸と私の顔を交互に見比べている彼を殴ってもいいだろうか?
『フー・・・美味しかった!』
どうにか生姜焼きを飲み込んだ私の口から飛び出したのはまさかの肯定的なコメント。
無意識のうちに飛び出したこの言葉は私の本心なのだろう。
食欲旺盛な自分に呆れる。三郎くんも呆れた顔をしていた。
「次は私の番だな!」
喜々として私に生姜焼きを食べさせようとしてくれる小平太くん。
彼に一言言いたい。
歯が口のどこに生えているか知っているかな?
喉仏まで食べ物突っ込まれるとかどんな拷問だよ、コノヤロー!
私は生姜焼きが口から飛び出しそうになるのを何とか堪える。
一瞬、喉に生姜焼き詰まりかけたけど、ちょっと苦しかったけど、それでもやっぱり食堂のおばちゃんの料理は――――
『おいしい・・・フフ』
「そうか。良かったな、ユキ」
(((ユキ(さん)凄いな)))
私の言葉を聞いて二カッと笑う小平太くん。
長次くんや雷蔵くんだけじゃない。
忍術学園の忍たまくんたちは皆いい子揃いです。
「鳥の親ってこんな気分なんだろうな・・・」
「おぉ、三郎。私も同じことを考えていたところだ」
『前言撤回だ!』
「「??」」
私は明日からの食事が平和であることを願った。