第一章番外編
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君が好き~Ver.立花仙蔵
※1章21話後
忍術学園のお花見が終わった次の日の晩。
私は異世界から来た新人事務員の部屋の前に来ていた。
「ユキ、起きているか?」
起きているはずはないな。では起こそう。
戸を開けてユキの部屋に足を踏み入れる。
暗い部屋の中に聞こえる規則正しい寝息。
ユキは泊まりに来ていた兵太夫と布団を並べてスヤスヤと眠っていた。
「起きろ」
小声で声をかけ、肩を軽く叩いてみる。起きない。
私はユキの鼻を摘んでみることにした。
『・・・ぅ、ぐ・・・っ!?』
「やっと起きたな・・・おっと」
ぼんやりとした表情から驚きの表情に変わったユキの口を塞ぐ。
「叫んだら兵太夫が起きてしまうぞ?」
私をこんな顔で睨む女がいるとはな・・・
怒りのこもった目で睨まれて私は楽しくなってしまう。
私はユキの誰にも媚を売らないストレートな感情表現が好きだ。
ユキほど見ていて面白い奴はいない。
「着替えて直ぐに外に出てくれ」
手を離して言うとユキは真面目な顔になってコクリと頷いた。
私はユキに背を向け、一足先に廊下に出る。
空に浮かぶ下弦の月
今夜は寒く、月の色が美しい
『お待たせ。何があったの?』
スっと戸が開いてユキが出てきた。
悪い予感にこわばっているユキの手をギュッと掴む。
『仙蔵くん?』
「夜桜を見に行くぞ」
『うん。え?はあぁ!?』
誰かが起きてしまわないうちに早々に退散しよう。
予想通り大声を出すユキを素早く横抱きにして忍術学園の庭を横切っていく。
『ちょ、ちょっと何考えているわけ!?』
急な展開についていけず混乱しているユキを見て小さな満足感を感じる。
こいつにはいつも私の方が振り回されている。
ユキの慌てた顔を見るのは非常に愉快だ。
「昨晩は私と別れた後、長次と夜桜を見に行ったそうじゃないか。
私も見たかったのに除け者にされ、酷く傷ついたのだぞ」
『うっ・・・ごめん』
悲しそうな表情を作って言えば、ユキは申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を口にする。
長次から聞いた話によると、ユキは夜桜を見に行くのに私を置いてきた事を気にしていたということだった。
ユキの私への罪悪感を利用した作戦はあっさりと上手くいった。
腕の中で暴れていたユキが大人しくなる。
『仙蔵くん、自分で歩くよ。けっこう重いでしょ?』
「そうだな。鍛錬になる」
『オイッ』
「小松田さんには外出届を出してある。そろそろ塀を飛ぶぞ。舌を噛むから黙っていろ」
文句を言いたそうなユキが口を噤んだ。
塀を飛ぶ助走に入り、走る速度が早くなった私の衣をユキが両手で握り締める。
こうやって黙って私に身を寄せていれば可愛い女なのだがな・・・
いや、それではつまらないか。
ユキに興味を引かれる理由。
それはこいつが他のおなごと違って面白いからだ。
そうでなければこうやって構いやしない。
塀を飛び越しながら自分の矛盾した感情を心の中で笑う。
「着いたぞ」
『お疲れサンクス』
地面にユキを下ろしてゲンナリする。
私たちの目の前にあるのは美しい夜桜。
もう少し場にあった言葉選びが出来ないものか。
『一日でけっこう散るものだね』
ユキがヒラヒラ落ちてくる花びらを受け止めるように手のひらを出した。
上を見上げればユキの言う通り桜の花は八割方散ってしまっていた。
こんなことなら小松田さんに外出届を出して、ユキと長次の後を追いかけていけば良かったな。
貧相な桜の木を見上げる。
二人で夜桜を見たいと思ったから昨日の晩は敢えて二人の後を追いかけていかなかったのだ。
冷たい夜風
心に虚しさを感じる
『昨日よりかなり寒いね』
ユキが震えながら自分の両腕を摩った。
「そうだな。では帰るか」
『へ?来たばっかりで!?』
「先に行くぞ」
ポロっと言葉が出てしまった。
私はユキに背を向けて今来た道を戻っていく。
それは素っ気無いユキの態度のせいか
それとも無理矢理ユキを連れ出したのに楽しませる事が出来ない不甲斐ない自分に対してか
とにかく私の心は苛立っていた。
いつの間にか夜空は私の心を表すかのように曇っており星や月さえも見えない。
「どうした。早く来い」
足音がついてこないことに気がついて振り向けばユキはまだ桜を見上げていた。
無理やり連れてきた手前置いていくわけにはいかない。
私は重い足取りでユキの元へと歩いていく。
『せっかく来たんだからもっと見ていけばいいのに』
視線だけこちらにくれてユキが言った。
「思っていたよりも散ってしまっていた。こんな寒々しい桜の木を長々と見る必要はないだろう」
『風流じゃないなぁ』
お前にだけは言われたくない
自分の顔がピキピキと強ばっていくのを感じているとユキが突然近くの木によじ登り始めた。
こいつは何をしたいんだ・・・
「ほら、掴まれ」
ユキが手をかけている枝に先に登り、手を貸して引き上げてやる。
危なっかしい動きを見せながらユキは私の横に腰掛けた。
『やっと登れた。ありがとう』
「フン。木に登ったところで見える景色は大差ないぞ」
どうして今日の私はこんなつまらない事しか言えないのだろう?
自分が日の本一面白味のない人間に思えてくる。
鬱々とする心の中
『手がかじかむ』
「風邪をひく前に帰るべきではないか?」
『もう、仙蔵くんったらそればっかり。もう少し待ってみてよ。私は強運女なんだから』
「は??」
どういう意味だ?と問う私にユキは答えない。
彼女からの返事を諦めてユキと一緒に寒空を見上げる。
鉛を張ったような灰色の夜空
『あぁ、ほら・・・綺麗・・・』
囁くようなユキの声。
私の頬に冷たい何かが触れた。
雪と桜
花びらのようにひらひらと軽やかな雪が舞い降りてくる。
美しい光景に暫し言葉を忘れて見惚れてしまう。
『幻想的だね』
「あぁ」
『連れてきてくれてありがとう。雪と桜を一緒にだなんて滅多に見られる光景じゃないよ』
礼を言うのは私のほうだ。
瞳をキラキラと輝かせてうっとりと空を見上げるユキに心の中で感謝する。
『ふふーん。それにしても私ってやっぱり強運だあぁっ!?!?』
ニコリと私に微笑んだユキの目が大きく開かれ、そして目の前から消えた。
一瞬ヒヤッとした私だが、ユキの無事を確認し、その姿を見て吹き出してしまう。
「ぷっ、クク、どうしてそう次々に面白いことを思いつくんだ?」
『わ、わざとじゃないからっ。笑っていないで下りるの手伝ってよ!』
足をブラブラさせていたユキは体のバランスを崩して後方へ。
今の彼女は膝裏を枝に引っ掛けて逆さ吊りになっている状態だ。
私は地面に下りて、キーキー怒るユキの鼻を指で弾く。
「助けてもらいたいなら態度を改めたらどうだ?」
『くぅぅ・・・助けて下さい。お願いしますん!?!?』
突然の接吻に驚いたユキが手を離した。
逆さ吊りになっている人間にくちづけしたのは初めてだ。
たぶんこれからもすることはないだろう。
『せ、せ、せ、仙蔵くん!?!?』
地面ギリギリで受け止めたユキの体。
私はそのままユキを地面に横たえ彼女の上に馬乗りになった。
ユキの顔の横に両手をつくと、雪で水分を含んだ土がジャリっと音を立てた。
「ユキの目に、私はどう映っているのだろうな・・・?」
他人の評価を気にするなんて私らしくないな。
だが、気になって仕方がないのだ。
自分に問いかけるように呟いた私は怪訝そうな顔で私を見つめるユキの頭をくしゃりと撫で、立ち上がった。
状況についていけず目を瞬いているユキに手を差し出す。
「すまん。ちょっとした戯れだ。忘れてくれ」
『え・・う、うん』
細くなよやかな手が私の手を握り返す。
その途端
「っうわ!?」
ドンッ
どうにか受身は取れたが予想外のことに反応できなかった。
ユキに手を引っ張られた私の体は彼女の隣に転がる。
「いきなり何を・・・!」
『仙蔵くんのイメージは桜かな』
文句を言いかけた口を閉じる。
顔を横に向けると隣に寝るユキがこちらに顔を向けニシシと笑った。
『さっき、仙蔵くんは桜が似合うなぁと思っていたんだ。
精神の美、豊かな教養。花言葉も仙蔵くんっぽい』
「・・・褒めすぎだ」
『おっ照れてる。かわゆいのう』
ツンツンと私の肩をつつくユキの手をペシリと叩く。
からかわれたが嫌な気はしていない。
ユキは私を茶化すようで本当は気遣ってくれている。
そう思ったからだ。
ユキに興味を惹かれる理由
それはユキが面白いからだけじゃない。
ユキは一年生の忍たまかと思うほど子供のようにはしゃぐ時もあれば今のように年の離れた大人のような気遣いをみせることもある。
裏表がない性格なのに、どこか謎めいた部分を持つ。
主導権を握っていたはずが、いつの間にか彼女のペースに巻き込まれている。
ユキは不思議な奴だ―――――――――
「ユキ」
『ん?』
「桜は好きか?」
『もちろん!大好きだよ!!』
それは私のことを思ってか
それともただ単に桜が好きだと答えたのか
私は元気過ぎる彼女の返事から、何も読み取ることが出来なかった。
君が好き
翻弄される自分を
私は楽しんでいるようだ――――――――