第一章番外編
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ホームシック
パチリ
今日も夜中に目が覚めた。
横を見れば団蔵くんがスヤスヤと心地よい寝息を立てて、天使の寝顔で眠っている。
私は彼の寝顔から視線を天井へと向けた。
私の視線の先には天井に付けられているLEDの照明器具はない。
この世界での明かりは火を使うので当然だ。
私は寝たまま視線を右、左と動かした。
私は知らないものに囲まれている。馴染みのないものに囲まれている。
例えば文机。元いた世界で物書きをする時は椅子に座り、テーブルにパソコンを乗せ、テレビをBGM替わりにつけて作業をしていた。
でも、ここでは違う。文机の上にあるのは硯と筆なのだ。
私は団蔵くんを起こさないようにそっと起き上がった。
涙が溢れてきて、嗚咽しそうになったからだ。
相当参っているな、私。
忙しくしている普段は寂しさは感じない。でも、こういった夜、一人目が覚めてしまった時にはホームシックが押し寄せてくるのだ。
少し、歩こうかな。
私はこちらに来るときに着ていた春物のカーディガンを羽織り、
そっと戸を開けて廊下へと出る。
草履を履いて向かう先は決まっていない。私は気の向くままに歩き出す。
頭上では月が輝いている。私は立ち止まり、月を見上げた。
何もかもが変わってしまった世界で、唯一月だけは色も形も私がいた世界と変わらないことに最近私は気がついた。
私は視線を月から夜空へと移した。
星の数は元いた世界とは違う。
宝石箱をひっくり返したような夜空。その夜空は美しいけれど、私を遠い、決して帰ることのできない遠くの世界へやってきたのだと
私に実感させる。
私はひとりじゃない。きりちゃんや心優しい忍術学園のみんながいてくれる。私はとても幸運なんだよ。
だけど、
だけど――――――
だけど、時にこうして泣きたくなる。
私は贅沢だ。
半助さんと利吉さんが迎えに来てくれなかったら、学園長先生が私を迎えに行って良いと言ってくれなかったら、私は山賊の餌食になって慰みものになるか殺されるか、もしくは山をさ迷い歩いた末に足を滑らせて谷に落ちて命を落としていたかもしれない。
こう思うから、日常で少し寂しさを感じる時があっても、頭を振って追い払い、元気で明るい雪野ユキでいた。
私は贅沢だ。
恵まれた環境にいるのに帰れもしない故郷に思いを馳せて泣いたりなんかして。
私はなんて情けないんだろう。
私は気が付けば池のほとりに来ていた。
池のほとりにある大きな岩に腰をかける。
そしてポチャン。池に石を投げて水面に映る無数の星を消し去った。
ポロリ。涙が溢れてくる。
私ったらなんて情けない。
こんな思いで泣くなんて贅沢だと分かっている。でも、私は涙を止められなかった。
頭の中に浮かぶのは何てことない日常。
パソコンで仕事をしながら時々かまって欲しいと前足を私の太ももにかけて催促してくる犬の文次郎を撫でる。
時々やってくる村のじぃ様、ばぁ様との他愛もないおしゃべり。
そして両親や弟の顔が頭に浮かぶ。
みんな、もう2度と会えない・・・・
『ふえっ、うぅ・・・えぐっ』
贅沢だって分かってる。
でも、泣かせて欲しい。
胸が痛いくらいに苦しいのだ。会いたくて会いたくて仕方ない人がもう二度と会えない場所にいるのだ。何年も続けてきた日常が急に変わってしまったのだ。
堰を切ったように涙が溢れてきた。
泣きすぎたら目が腫れて明日みんなに心配をかけてしまう。そんな事を頭の隅でチラリと思ったが、涙は止められなかった。
『うっ、ひっく・・・ひっく、ぐす』
膝が涙に濡れ、何度か目元を手で拭った時だった。
「誰かいるのかい・・・?」
気遣わしげな声が私の耳へと届いた。
ビクッと体を跳ねさせた私は声のした方を見る。暗い影の中に立つ濃い影は、私に「そこにいるのは誰だい?」そう尋ねた。
ザクザク
進んでくる声に私は『来ないで下さい!』と嗚咽の合間から言った。
影はピタリと止まる。
「ユキ・・・か?」
その言葉で私はようやく私に声をかけてきたのは半助さんだと分かった。
半助さんがシュッと火打石を合わせて火をつけた。
数メートル先にぼんやりと半助さんの姿が照らされる。
私はまずいところを見られる前にと涙を堪えようとした。
しかし――――
『ヒク、ヒック』
涙はそう簡単には止まってくれない。
「泣いているのかい?」
そう尋ねられてしまう。
半助さんがやってきて、私の顔は松明の明かりで照らされる。
泣き顔を見られてしまった恥ずかしさで私は俯いた。
「何かあったのかい?」
気遣わしげに聞いてくれる半助さんに私は黙って首を横に振る。
『すいま、せん・・だ、大丈夫ですヒック、から』
「こんなに泣いて、大丈夫だなんてことないだろう」
半助さんは屈んで私に手ぬぐいを差し出してくれた。
私はその手ぬぐいを受け取り、手ぬぐいを顔に押し付けるようにして嗚咽を止めようと頑張る。
止まってくれない・・・
止めようと思っているのに涙は次から次へと溢れてきて、私を困らせる。
いや、困っているのは半助さんだよね。大丈夫だといいながらこんなに泣きじゃくっている私が目の前にいるんだから。
半助さんに申し訳なく思っていた時だった。
トン
背中に大きな手のひらが添えられた。
彼は何も言わず、私を慰めるように背中を上下に優しく撫でてくれる。
まるで、何もかも分かっていると言うように。
『私、私っ・・・!』
怖いんです!
淋しいんです!
気が付けばそう言ってしまっていた。元の世界が懐かしい、家族、村の人、友人たちにもう一度会いたい!泣きじゃくりながらそう言っていた。
「辛いね・・・」
『恵まれた場所に置いてもらっているのに、ヒック、贅沢なことだとは思っています』
でも、怖い
でも、淋しい
そう泣きじゃくる私の背中を半助さんは絶えず撫で続けてくれる。
優しく大きな手のひらが、私をゆっくりと落ち着かせてくれる――――
『ごめんなさい、こんなことを言って困らせて・・』
気持ちが静まってきて、私は言った。
『見回りの途中ですよね。私はもう大丈夫です。ありがとうございます、半助さん』
そう言って岩に立てかけられている松明を拾おうとした時だった。
「ユキ」
半助さんは優しく私の名前を呼んで、そっと私の肩に手を置いた。
「いつでも泣いていいんだぞ」
『え・・・?』
「いつでも寂しがっていいんだ。寂しいって口に出していいんだ。不安だって叫んだっていいんだ」
『半助さん・・・』
「私はユキの不安な気持ちを想像することしか出来ない。でも、想像するだけでもとても恐ろしく、不安で寂しい気持ちになると理解できるよ。だから・・その・・・」
「私でよければ手伝わせてくれ」半助さんはそう言って、私をぐいと引き寄せて抱きしめてくれた。
「ユキが泣きたい時は胸を貸すよ。自分の悩みは贅沢だなんて思わなくていいんだ。
自分に無理をさせるんじゃない」
止まっていた涙が再び溢れ出す。
『ありがとうございます・・・』
「うん」
苦しい時、悲しい時、それに浸ることに許してくれる人が居る。
その人の存在を知った私の心は
とても軽くなっていたのだったーーーーー
おまけ
(ユキ、私がいるからな。君の不安は私が解消してあげたいんだ・・!)
(鼻水服につけないように気を付けなきゃだわ・・・)