第一章 郷に入れば郷に従え
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3.忍術学園
目を開けると見慣れない天井。
ここってどこだっけ……確か昨日は、モンの散歩に行ってから街へ買い物、稲荷神社で村長に頼まれていた油揚げを狐に――――――――
『ひいぃっ文次郎、文次郎、文次郎、どこ!!!』
「え?文次郎のお知り合いだったのですか!?」
愛犬を抱きしめて昨日のことは夢だと感じたかった私の声に反応したのは隣に座る深緑色の忍者っぽい服を着た男の人だった。
飛び起きて上半身を布団からお越した私と包帯を手にしていた男性はお互いの顔を見合わせて固まる。
暫くそのまま見つめ合っていたが男の人はニコリと微笑んだ。
「目が覚めて良かった。僕は善法寺伊作と言います」
『えっと、雪野ユキです。今は朝ですか?』
障子を透ける明るい光に目を細める。
「はい。雪野さんは昨晩遅く土井先生と利吉さんに連れられてこちらへ来ました。疲労がたまっていたので今まで良く眠っていましたが、目立った怪我はしていませんし直ぐに元気になると思います」
そして善法寺さんは優しい笑顔で「でも、無理は禁物ですよ」と言って布団に戻るように促してくれた。
「先ほど文次郎と言っていましたが、雪野さんは潮江文次郎のお知り合いの方ですか?」
『潮江?……あ、違います。その方は私の文次郎とは別だと……』
寝起きに大声出して恥ずかしい!!
赤くなる顔を両手で覆っていると善法寺さんは「私の……そうでしたか」と言ってなぜか残念そうな顔をしていた。
『あの善法寺さん、ここはいったいどこですか?』
「忍術学園の保健室ですよ」
忍術学園?
忍者の学校ってこと??
「土井先生と利吉さんが雪野さんのことを大層心配しておいででした。ちょっと先生たちに伝えてきますね」
『え、あ、ちょ――――』
私がオロオロしている間に善法寺さんは保健室から出て行ってしまった。
彼が出て行った戸から目を離し、部屋を見渡す。
部屋の中はちょっと奇妙だった。
いつの時代のものだろうと思うような古い物もあれば、現代仕様の物もある。
「失礼するよ」
『はい!』
足音しなかったよ!?
突然かけられた声に思っていたより大きな声で返事をすると戸がスっと開かれて半助さんと利吉さんが中に入ってきた。
見知った顔の人たちの登場に私はホッと胸をなで下ろす。
「具合はどうかな?」
『ありがとうございます!意外と元気みたいです』
ストンと目の前に座った半助さんにニコッと笑って答えると心配そうな顔をしていた彼の顔も綻んだ。
『昨日はすみません。私ったら運んでいただいている最中に寝ちゃったりなんかして……しかも重かったですよね』
「かなり疲れていただろうから気にしなくていいよ。それに重くなんてなかったさ」
「気に病む必要なんてないですよ。土井先生、学園に着くまでユキさんを運ぶ権利を譲って下さらなかったのですから。お陰で私はずーっと荷物持ちです」
「り、利吉くん!」
『荷物たくさんあって大変でしたよね。ありがとうございます』
「荷物は学園長先生のお部屋に運んでおきました」
二人とも親切な方で良かった。
あのまま森の中で夜を過ごすことになっていたら私は今日の朝を無事に迎えることができなかったかもしれない。
「起きたところで申し訳ないのだが、今から学園長先生に会ってもらえるかい?」
『はい。ご挨拶させていただきます』
「良かった。じゃあ、行こうか」
「緊張しないで。ありのままで」
『はい、利吉さん』
私は半助さんの後ろをついて木の廊下を渡る。
「あの、半助さん。この学校のことを少し教えていただけないでしょうか……?」
私の問い掛けに半助さんはこの学園のことを説明してくれた。
彼は学校の教師、利吉さんはフリーの忍者ということだった。
半助さんの話は当然ながら私が今まで経験した中で一番の衝撃。
「顔が青い……すまない、無理をさせてしまった――」
『話の内容に衝撃を受けただけです。気分は悪くありません』
「医務室に戻ろうか?」
『学園長先生にお会いしたいです。落ち込んでいる暇はありません。お願いします』
そう言うと、半助さんは少しだけ驚いた顔をしたがすぐに優しい眼差しで頷いてくれた。
寝ていたらいつまでたっても家に帰れない。
「ここです……学園長、土井半助です。連れてまいりました」
「うむ。入りなさい」
部屋に入ると上座に白髪のお爺さんと犬!?がいた。
部屋を囲むように先生とおぼしき個性的な人たちが座って私の全てを見透かそうとするような視線を向けてくる。
どうやらこれから私の公開裁判が始まるようだ。
「儂は大川平次渦正、この忍術学園の学園長じゃ。雪野ユキ、じゃったな?」
『はい、学園長先生』
「土井先生からも聞いておるが、お主の口から儂や先生方にここに来た経緯を話してもらえんかのう?」
私は自己紹介と生まれ育った村、そして昨日私の身に起こった出来事を詳しく話す。
先生方は私の話を難しい顔をして聞いていたが怒り出さずに最後まで聞いてくれた。
「信じられないような話ですな」
「ですが厚着先生、我々が知っている世界とは別の次元から来たと考えないと説明がつきませんぞ。着ているものも持っているものも奇妙なものばかり」
私の手荷物は既に検査されているようだ。
「ほほほ。荷物はまず私が見ましたから心配することはありませんよ」
私の心を見透かしたように学園長先生と同じような歳のお婆ちゃん先生が笑った。
調子に乗ってかなり派手な下着を買っていたから一安心。
「しかしですな、山田先生。敵の間者である可能性も捨てきれませんぞ」
気障っぽいポーズを決めた男性が至極まっとうなことを言った。
これを皮切りに他の先生方も私の怪しいところを上げていく。
私にとって良くない状態へ追い込まれている。
「ユキさんは悪い間者なんかじゃありません!」
間者ではないと証明できるものはないか考えていたとき、バンッと勢いよく戸が開いた。
『きり丸くん?』
廊下にいたのは青い忍者の服を着たきり丸くんと沢山の同じ年頃の少年たち。
「ユキさんは僕が誘拐された子供だと思って土井先生相手にボロボロになるまで戦ってくれたんです」
室内がざわついた。
私は昨日のことを思い出し申し訳なさで縮こまる。
「学園長先生、みなさん。私からも言わせてください。彼女は見ず知らずの子供を助けるために自分の命をも投げ出そうとする正義感あふれる優しい人です。どうか彼女の話を信じてあげてください」
『半助さん……』
急所蹴ってほんとうにゴメン。
「「「「僕たちからもお願いします!!!」」」」
廊下に並んでいた少年たちが一斉に頭を下げた。
心の優しい少年たちに胸が熱くなる。
プルルルルル
「この音はなんじゃ?」
涙が零れないように目頭を押さえていると、静寂を破りこの場に不釣合いな電子音が鳴り響いた。
せっかくの感動の場面をとか言っている場合ではない。
私は歓喜の声を上げて自分のカバンに駆け寄って中身をひっくり返した。
震える指でボタンを押す。
『村長!!雪野ユキです!!』
床に置いたスマホに話しかける私の周りに先生方、利吉さん、生徒の忍者さんたちが輪を作る。
嬉しい興奮で心臓がバクバクと鼓動する。
「お~やっと繋がったわい。おまえさん、どこにおるんじゃ?おーい、みんな。繋がったぞ」
この場と不釣合いな声が室内に響く。
この不思議な世界に来てから丸一日も経ってないのにのんびりとした村長の声が懐かしい。
『村長、私大変なことになっているの!』
何から説明したらよいのだろう・・・
私の話を信じてくれるだろうか・・・
『私、森の中の稲荷神社から出たら周りの世界がちょっと違う世界になっていて。信じられないかもしれないけど、本当なの!!信じて、村長さん!!』
「おぉ、おぉ信じるよ」
『へ?』
今なんて?
「また神隠しがあったんじゃろうと村のみんなで話しておったところじゃ」
「はぁ?」
あっさり信じてくれるとは思わなかった―――って神隠しって何よ!!
『神隠しってどういうこと?私がここにいる原因知っているの?私、いつ帰れるの??』
「落ち着け、ユキや。昔から儂らの村では神隠しが起こることがあってのう」
『何それ!そんな話聞いたことないよ?』
「なーに言ってんだ。お前さんも彼岸の時に明治に生まれて平安で死んだ村人の墓石磨いたことあるべさな。神隠しってのはお稲荷さんの力で異世界に飛んでいくこというんだ」
確かに掃除のたびに変なの、とか思っていたけどさ。
普通ただの間違いだと思うじゃん!
『で、帰る方法は?』
「帰る方法はないべさな」
村長!?!?
私の聞き間違いであってほしい。
『ごめん。たぶん私の聞き間違いだよね?帰れな』
「おまんの両親さ換わるぞ。『(話の途中なのに)っお父さんたちいたの!?』元気でやれよ~『ちょっ村長軽っ!?』おーい娘っ子から電話だ」
村長の言葉に愕然としていると娘の一大事だというのに愉快そうな声が電話口に近づいてくる。
さらにその奥からは腹踊りコールが聞こえてきていた。何やってんだ!?
「ユキーお父さんだよー。「お母さんもいるわよー元気?うふふ」
酔っ払ってますけどおぉぉ!?
『なにがウフフよ!二人ともお酒飲んでるよね?周り騒がしいんだけど何してるの!?』
「何って宴会よぉ。あなたが神隠しにあったお祝いなの」
『祝うことなの!?ねぇ分かってる?村長曰く、私一生帰れないんだよ?』
「昔からうちの村では神隠しはよく起こっているからな。心配するな。父さんのお婆さんは平安時代に飛んで100歳近くまで生きたって巻物に書いてあったし、ユキも大丈夫だろ」
「お母さんたちやこっちのことは心配しなくて大丈夫。元気で過ごすのよ。お稲荷さまに
選ばれるのって素敵なことなの。うらやましいわー」
「父さんは母さんがいないと生きていけないよ」
「やだ、あなたったら……」
『娘の前でやめてよおぉぉ。ことの重大さ分かってる!?うぅ、どうして私がこんな、ことに……』
私の不安そうな声に気づいたのか両親はイチャつくのをやめた。
もうこの状況、泣いていいのか笑っていいのか分からない。
「ユキ、お前は自慢の娘だ。父さんはお前が元気でやっていくと信じている」
『お父さん』
頭を抱えているとようやく父が父らしいことを父らしい口調で言った。
「お母さんはいつもあなたの幸せを願っているわ」
『お母さん……』
今までの家族での思い出が走馬灯のように頭に流れる。
「……ユキ、父さんと母さんから最後に花向けの言葉を送ろう」
『そんな寂しいこと言わないでよ。私はまだ帰るの諦めてないよ!』
電話口に向かって必死に叫ぶ。
「強く生きなさい、ユキ。お父さんとお母さんの子だもの大丈夫よ」
厳しく優しい母の声。
「寂しくなったらこの言葉を唱えて。きっと元気になるわ。お父さん」
「あぁ、母さん。せーの」
せーの?
二人が息を吸う音が聞こえる。
この時点で嫌な予感・・・
「「人あとは生な野となれんとか山となるれ」」
プツッ
シーーーン
『?』
電話を振る。
画面が暗い。
電池が切れた。
電源ボタンを押す、つかない・・・・
『最後くらい合わさんかああぁぁい父さん、母さんのばっきゃろおおぉぉぉぉ!!!!!!』
廊下に走り出て投げたスマホは塀を越えて遥か彼方へと飛んでいった。
私ってこんなに腕の力あったっけ!?
この青空のように陽気な父と母の贈る言葉。
呼吸を落ち着けて振り向くと、忍術学園のみなさんが哀れみに満ちた顔で私を見つめていた。
『私をここで働かせてください!お願いします!!』
「うむ、よかろう!」
泣き崩れるように土下座する私は温かい拍手で忍術学園に迎えられた。
***
嬉しさと悲しさの涙を流す私は半助さんに荷物を持ってもらいながら廊下を歩いていた。ちなみに利吉さんは髭の男性と話し込んでいたので今はいない。
「ほらほら、泣いても目はこすらない。腫れてしまいますよ?」
私が口を一文字に結んで涙をこらえると、半助さんは「えらいえらい」と言いながら頭をポンポンと撫でてくれた。
小さい子供に戻ったようでくすぐったくなる。
「ここがユキさんのお部屋です」
半助さんが戸をすっと開ける。
『うわぁ!広い!!』
思わず感嘆の声をあげる。
一人で使うには十分すぎる広さのお部屋。
私って立ち直り早いな……半助さんにも呆れられていることだろう。
『素敵なお部屋ですね』
呆れ顔かなと思ったが半助さんは温かい眼差しを向けてくれていた。
「くノ一長屋がいっぱいで忍たまの部屋が隣のこの部屋しか空いておらず……妙齢の女性だから気を使うことも多いと思うのだが……」
『とんでもない!お部屋を頂けるだけで有難いです』
「私が担任を持っている一年は組が隣だから騒がしいかもしれない。あまり騒ぎ過ぎたら叱ってやってくれ」
『賑やかなのは大好きですよ。それに、私はどこでも寝られるのでご心配なく』
「ちなみに私の部屋もすぐ近くですから、何かあったらいつでも来てください」
『ありがとうございます!あ、半助さん。良かったら敬語やめていただけますか?名前も呼び捨てで大丈夫です。その方が半助さんと早く親しくなれる気がするので……』
会った時からどう話そうか迷っている半助さんに図々しくも提案してみる。
「いいのかい?……わかった。では、そうさせてもらうよ」
半助さんは照れたように笑って承諾してくれた。
「では、着替えが済む頃に迎えに来るよ」
半助さんが部屋から出て行って静まる室内。
大きく息を吐いてから行動開始。
学園長先生が庭に生徒を集めて下さっていて、私はそこで自己紹介をすることになっている。
着ていたボロボロの服を脱いで、昨日買ったばかりのベイビーブルーのワンピースに着替える。
あとは昨日から直していない髪の毛を直さないと。
「ユキさん。利吉です。入っても?」
『どうぞ~』
着替え終わり、カバンから取り出した手鏡を手に持ちながら戸を開けると利吉さんが立っていた。
『利吉さん?入らないのですか?』
「え、あ、お邪魔します」
廊下で固まっている利吉さんに声をかけると彼はハッとした顔になって視線をあちらこちらに彷徨わせながら中へと入ってきた。
私、直視できないほど変な顔してる!?
「いい部屋ですね」と私に背を向ける利吉さんを横目に私は手鏡で自分の顔を確認する。
どんだけ酷い顔してるん―――――――ガシャンッ
「ユキさん?」
わ、若返ってるううぅぅーーーー!!!
鏡に映った私の顔はまだ幼さを残す、十四か十五歳くらいの顔だった。
自分の顔を両手で挟んで固まっている私に利吉さんが落とした手鏡を不思議そうな顔で差し出してくれる。
「一体何が?」
『じ、自分の顔面に衝撃を受けまして、ははは』
私が乾いた声で笑うと利吉さんもプッと吹き出し、私たちはひとしきり一緒に笑った。
「ユキさんは本当に面白い人ですね。一緒にいて飽きませんよ」
『呆れられないといいのですが……』
「呆れるどころか、私の心はあなたに惹かれていく一方です」
目を瞬いていると利吉さんはふわりと笑った。
「私も中庭に行きたいところなのですが、次の仕事があるので行かねばなりません。あなたが忍術学園で働くことになって良かった。また今度ゆっくりお話しましょう」
『本当に色々とありがとうございます、利吉さん』
感謝の気持ちを込めて利吉さんの手をギュッと握ると彼は私の手を顔の高さまで持ち上げて手の甲に軽くチュッと口づけを落とした。
驚いて固まっている私の目の前で楽しそうに笑う利吉さん。
『り、利吉さん!?』
「ははは、そういう顔も可愛いですよ!」
『か、からかわないでくださいっ』
真っ赤になって叫ぶ私に茶目っ気たっぷりのウインクをして、利吉さんはあっという間に
塀を越えて森の中へと消えていった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
贈る言葉
父→人生なんとかなる
母→あとは野となれ山となれ