第一章番外編
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君が好き~Ver.山田利吉
※1章18話
忍術学園まであと少し。自然と小走りになっている自分に気がついて笑ってしまう。
もうすぐ彼女に会える。
この春から父の勤め先である忍術学園で事務員として雇われることになった女性、雪野ユキさん。
彼女との出会いは兎に角、衝撃の一言に尽きる。
南蛮の服とも違う衣装を身に纏っていたユキさんは土井先生に飛び蹴りされるという衝撃的な形で団子屋で一息ついていた私の前に現れた。
我々が住んでいる場所とは違う異世界からやって来たと言う彼女は自分の置かれた状況に戸惑いながらも元の世界に帰るべく、笑顔で私たちの前から去っていった。
そして数時間後に会ったユキさん。
学園長先生に忍術学園に彼女を連れて行く許可を得た私と土井先生は暗い森の中でユキさんを見つけた。
三人の山賊を追い払った勇ましいユキさん。
山賊を追い払った安堵から大粒の涙を零したユキさん。
土井先生を変質者と勘違いし、先生と取っ組み合いをした正義感の強さ。
突然来てしまった異世界に驚きながらも帰る道を探すために一人で行動できる強さ。
森で出会った山賊に立ち向かっていく勇気。
迎えに来た私たちの言葉を何の疑いもなく信じ、お礼を言う素直さ。
感情と行動が直接リンクしているような彼女の行動は可愛くもあり、同時に危うさを感じさせた。
私が守ってあげなければ・・・そんな気持ちが心に芽生えた。
いつまでも自分の気持ちに素直な女性でいてほしい。
私はそう願いながら忍術学園で働くことが決まったユキさんの手の甲に口づけを落とし、後ろ髪引かれる思いで彼女の前から去った。
あの日から半月。
任務の間も彼女の顔が、声が頭から離れなかった。
まだ別れてから1ヶ月も経っていないのにと自分自身に苦笑する。
あの日のように泣いていないだろうか・・・
知り合いの一人もいない世界で慣れない環境の中、きっと彼女は心細い思いをしているだろう。
「こんにちは」
「はいはーい。今開けますね」
小松田さんから渡された出入門表に記入して忍術学園の門をくぐる。
父の部屋には寄らずに真っ直ぐに彼女の部屋へ。
不安でいっぱいの彼女をどのように慰めたらいいのだろうか。
そう考えながら廊下の角を曲がった私の耳に聞こえてきたのは明るい声。
『さて、何して遊ぼうか。百人一首あるから坊主めくりする?
学園長先生の部屋から将棋を拝借して将棋倒しとか!あとは・・・』
その声はずっと聞きたかったユキさんの声。
彼女の部屋の前で足を止めた私は驚いていた。
私の心配は杞憂だったのだ。憂いなど感じさせない声でユキさんは忍たまと思われる子供達と楽しそうに遊びの相談をしていた。
ユキさんは本当に強い人だ・・・
「ん~異国のお話も聞いてみたいけど、僕はユキさんの事がもっと知りたいな」
『どうかなぁ。私は特に面白いエピソードも持っていないしみんな退屈しちゃうと思う』
「「「「退屈なんかしません!」」」」
『うーん。でも・・・』
声を揃える忍たまに困ったと言うように声を出しているユキさん。
私ももっとあなたの事を知りたい。
「私もその子たちの意見に一票入れます」
戸を開くと一年生忍たまに囲まれていたユキさんが驚いた顔で振り返った。
『利吉さん!』
胸がトクンと鳴る。
私を捉えたユキさんの目は輝き、驚いた顔が笑顔に変わる。
「ユキさん、お久しぶり――――おっと」
子供のように無邪気に両手を広げて飛び込んできたユキさんを受け止める。
『会いたかったですよ!』
ユキさんが予想以上に私との再会を喜んでくれているのが嬉しくて胸を一杯にしているとチュッと頬に柔らかい感触。
驚く私の腕の中で強ばったユキさんの体。
『すいませんっ。つい昔のクセで』
私の両肩を持って身を離すユキさんの焦り顔。
「謝らないでください。ユキさんに再会を喜んでいただけて嬉しいです」
キスする癖とは奇妙だが嬉しいハプニング。
微笑んで言うと申し訳なさそうな顔をしていたユキさんはホッとしたように息を吐き出した。
「ユキさん」
『はい?』
しかし、釘を刺しておかなければなりませんね。
彼女の口づけを受けるのは自分だけでいい。
「先ほどのクセ、私以外の人の前では出さないように気をつけてください」
『っ!?は、ふぁい!』
じっと目を見つめながら言うとユキさんからひっくり返った声で返事が返ってきた。
思わず笑ってしまう私の前で彼女は顔を真っ赤に染める。
コロコロ変わる表情。
ユキさんから目が離せない。
彼女に見蕩れていた私の視界に「誰だろう?」と言った顔でこちらを見上げている忍たま一年生が映る。
しまった・・・。ユキさんに夢中になり過ぎていたようだ。
急に入ってきた侘びを言って自己紹介をすると、ユキさんが私の職業と父の事を話してくれた。
私と父が親子だと知った人たちから返ってくる反応は十中八九驚き。
控えめだがエーッと声を上げる彼らの予想通りの反応に苦笑い。
うぅん、私と父ってそんなに似てないのかな?
「山田先生の息子さんだったなんて驚きです」
「フリーの忍者、カッコイイなぁ」
「顔も男前ですね~」
褒めすぎなほど褒めてくれる彼らを落ち着かせようとした私は小首を傾げる。首をブンブン動かしながら私とユキさんを交互に
見ている少年。
何だろう?と思っていると少年は大きく一つ頷いて口を開く。
「利吉さんとユキさん、お似合いカップル」
「!?」
『ま、孫次郎くん!?』
少年の言葉に絶句する。
隣ではユキさんも驚きの声をあげる。
私たちの反応を見てポカンした顔をする孫次郎くんはきっと深い意味は考えずに言ったのだと思う。
そう、ただ純粋に私とユキさんが“似合いのカップル”に見えたから。
嬉しくて気恥ずかしい。
ユキさんはどう感じたのだろう、と視線を横に移すとちょうどこちらを見た彼女と目があった。
パッと頬を染めて俯き恥じらうユキさんを見て私も顔が赤くなっていくのを感じ、同じように下を向く。
ユキさんが私を意識してくれている。
顔が緩んでいくのをどうにか押し留めながら視線を再び横に移すと何故かユキさんはハッとした顔。
彼女の視線の先は私たちを似合いだと言った孫次郎くん。
私たちを見上げる彼の表情は曇顔。
どうやら自分がマズイ事を言ったかもと不安になっているらしい。
どうしたものかと思っていると
『ありがとう。フフ、利吉さんに釣り合うように自分磨き頑張ってみようかなぁ』
ユキさんが孫次郎くんに微笑みながらおどけた口調で言った。
固くなりかけていた空気が和らいでいく。
孫次郎くんの不安そうな顔も徐々にほぐれていった。
温かな気遣いが出来る優しい彼女がますます好きになっていく。
こんな人がいつも隣にいてくれたら・・・ユキさんと夫婦になっている自分を想像して驚く。
仕事人間の自分が結婚を意識するとはね・・・
一年ろ組の忍たまたちは午後の授業の準備に去っていき、私とユキさんは昼食を取るために食堂へと向かっている。
隣を歩くユキさんの顔はルンルンと鼻歌が聞こえてきそうなほど明るい。
「ユキさんは強いね」
そんな彼女を見ていた私の口からポロっと言葉が零れる。
意識せずに言った言葉だからユキさんもキョトンとした顔をしている。
私を見上げる真っ直ぐな瞳。
次の言葉を待つ彼女を見てハッと気づく。
「ユキさんに会いに来る前、どうやって励まそう、どうやったら元気づけられるだろうと考えていたのです。異世界に送られ、見ず知らずの人たちに囲まれて心細い思いをしているだろうと。でも、違った」
いつ何度でも物事を、言葉を正面から受け止める準備が出来ている。
それが異世界に飛ばされるという困難な状況であっても彼女は決して目を逸らさない。
だからユキさんは強いんだ。
外に出たことのない貴族の娘のように日焼けしていない白い肌。
艷やかに光る黒髪。
体もほっそりとしていて打たれ弱そうに見えるのに、実は体の内側には熱い正義感と困難に立ち向かっていく勇気が詰まっている。
「生徒に慕われ、彼らを気遣う余裕さえある。芯の強い人だ。
優しくて、笑顔が素敵で・・・それに美しい人です」
言葉が溢れ出してくる。
『利吉、さん』
想いが溢れ出してくる。
「今日はこれで我慢しておきます」
ユキさんの頬に手を添えて、唇のすぐ近くにそっと口づける。
『か、からかわないで、下さい』
「からかってなどいません。私は今すぐにでもあなたを連れ去りたいくらいです」
『っ!?』
どうか私の気持ちも真っ直ぐに受け止めてください。
赤い顔で口をパクパクと動かしているユキさんに微笑む。
君が好き
この言葉を伝えるのはもう少し後にしよう。
今告白しても答えは分かっている。私の気持ちを受け止めた上で君は『まだ私のことをよく知らない』と首を横に振るだろうからね。
君が好き
絶対に誰にも取られたりしないよ。