第一章番外編
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君が好き~Ver.土井半助
とにかく、彼女との出会いは色々な意味で衝撃だった。
「おいで、きり丸」
偶然、団子屋にいた利吉くんがきり丸を呼び寄せる。
これできり丸は大丈夫。
「土井先生、何があったのかお聞きしても?」
「うーーん、私も説明できる自信がないよ」
涙を拭きながら聞いてくる利吉くんに苦笑いをしながら答える。
何があったかは、私が一番聞きたいよ。
『センセイ?』
組み伏せていた少女の表情が怒りから戸惑いへと変わっていく。
一本桜の下。きり丸に話しかけていたのは南蛮の服とも違う、奇妙な衣をきた少女だった。
警戒心に満ちた目で私を見ていた彼女を、初めは異国の人攫い、もしくはどこかの城に雇われた異国の魔術師かと思った。
私を蹴って逃げ、きり丸の手を取って走った彼女に、私は久しぶりに本気で飛び蹴りをしてしまった。
だが、彼女は強かった。
顔を痛みで歪めながらも怯えることなく全力で向かってきた。
激しい抵抗を思い出し、彼女の顔をまじまじと見る。
白い肌に艷やかな黒髪。大店の一人娘といっても通用しそうな彼女の顔から先程の姿は想像つかない。
「もう殴らないって約束してくれるかい?」
私の下でコクコクと頷く彼女は人攫いでも、魔術師でも、ましてや忍でもなかった。
彼女にとって不審者は私の方だった・・・ところで、変態と変質者は分かったけど、ショタコン、コス男、メルヘン脳とは何だったのだろう?
『・・うぅ』
後で聞いてみよう。そう思いながらよろめく彼女の手を取って立ち上がるのを助ける。
勘違いとはいえ、きり丸を助けようと私に立ち向かってきた彼女。こんな細い腕と華奢な体のどこから先程のパワーが出てきたんだ?
見ず知らずの少年を守ろうと男相手に素手で立ち向かってきた勇気。
自分を犠牲にしてもきり丸を逃がそうとした正義感。
目の前の彼女は立つのがやっとのくらい傷だらけ・・・
「話の前に傷の手当が必要なようだな」
『わぁっ』
治療のために移動させようと抱き上げると、彼女は腕の中でキュッと身を縮めた。
しかし、状況が飲み込めたらしく、すぐに体の力を抜いて私に体を預け「ありがとう」と言うように微笑みを浮かべた。
素直な性格。
感情がストレートに現れる、表情がコロコロと変わる顔。
道端に置いてきた彼女の荷物を取りに戻りながら、次はどんな表情を見せてくれるのだろう?と楽しみにしている自分がいた。
「お待たせ」
『ぎゃっ』
「すまない。驚かせてしまったね」
目を大きく見開いて驚く彼女。この顔も可愛い、などと考えてしまった自分がいて驚く。
初対面の相手に何を考えているんだ、私は・・・
『いえ、ありがとうございます』
ペコリとお辞儀をして顔を上げた彼女を見て息が止まる。
頬には地面で擦れた擦り傷。腕と手からも血が流れていた。
酷いケガをさせてしまった。
怪我の具合を見ていると、私の顔をジッと見ている彼女と目が合った。
濁りのない黒い瞳に見つめられ、顔が火照っていくのを感じる。
「私の顔になにか付いているかい?」
『いえ、怪我されていません?』
視線を外して、照れを隠すように聞くと彼女からは意外な言葉。
「私の心配より自分の心配をして下さい」
そう言うと意外そう目を瞬いた。
まったく。私の心配をしている場合じゃないだろうに。
私がほぼ無傷なのに対して彼女は傷だらけ。
「腕と手のひら、それに・・・顔も傷つけてしまったね。私は女の子の顔に・・」
肌が白いから余計に目立つ。
強い罪悪感にかられながら言うと、
『このくらいかすり傷ですから直ぐに治ります。そもそも私の自業自得なんですから、気になさらないでください』
彼女は明るい声で二カッと笑った。
「そうは言っても・・」
そうは言っても、彼女は年頃のお嬢さんだ。気にしないはずない。
でもどうすれば?
何か出来ることはないか。考えているとポンと彼女が手を打った。
『あ、そうだ!自己紹介がまだでしたね。私は雪野ユキと申します。皆さんのお名前をお伺いしても?』
急に話題を変え、小首を傾げて尋ねる彼女。
「・・・私は土井半助と言います」
「私は山田利吉。どうぞよろしく」
『えっと、土井さんに山田さん』
自己紹介をしてくれる彼女に名乗る。
ニコニコと笑っている雪野さん。私に気を使わせないように話題を変えてくれたみたいだった。
優しい子だ。
そして
不思議な子だった。
「まさかそんなことが・・・」
『ありえませんよね』
利吉くんの言葉を引き継ぐようにして言い、ユキさんは溜息をついた。
彼女の口から語られた信じられないような話。
見慣れない稲荷神社で休んで元の道に戻ったら、私たちの今いる世界へ、彼女の知っている世界とは別の世界に来ていたと言った。
信じられないような話だが、私は何故か彼女が嘘をついているとは思えなかった。
顔を青ざめさせてキュッと唇を結んでいるユキさん。
不安げに揺れる瞳。
私は先ほどとは種類の違う胸の痛みを感じていた。
彼女のために何かしたい。
人智を超えた力であるなら私はユキさんの力になれないかもしれない。
それでも信じてあげる事はできる。
「時を渡ってきたというなら見たことのない服装や道具も納得がいく。私はユキさんを信じるよ」
『半助さん・・・』
心を込めて伝えると不安げに影っていたユキさんの瞳に光が戻ってきた。
何かが吹っ切れたように表情が変わっていく。
胸が高鳴っていく。
彼女から目が離せない。
恋心に似た感情が芽生えていくのを感じて戸惑い、小さく眉を寄せる。
私はどうしてしまったんだ!?
きり丸に近いほど幼い少女に、出会ったばかりの相手に・・・
そうだ。
ユキさんとは出会ったばかり。
彼女を忍術学園に連れて行くことは出来ない・・・
「でも、ユキさんこれからどうするの?」
きり丸の声にハッと顔を上げる。
『気にかけてくれてありがとう。私は取り敢えずあの稲荷神社まで戻ってみることにします』
私の心配を余所にユキさんの声は力強かった。
知らない世界で不安だろうに、そんな様子は微塵も感じさせず、逆に心配そうにしているきり丸を安心させるように笑顔で頭を撫でている。
『半助さん、利吉さん、それにきり丸君、ご迷惑とお世話をおかけしました』
両手にいっぱいの荷物を持ち、竹林の方へ歩いて行くユキさんを見送る。
「ユキさーーん!気をつけてねーー」
きり丸の声に振り向いて元気よく手を振るユキさん。
もう彼女と会うことはないのだろうか?
切なさに胸が締め付けられる。
私の一存で忍術学園に彼女を連れ帰ることはできない。
私たちはただ彼女を見送ることしか出来なかった。
***
<面白そうな子じゃないか!行く宛てがなさそうなら連れてきなさい>
忍術学園に戻りすぐにユキさんの事を相談すると、学園長先生からはあっさりと「今すぐ探しに行くように」と許可が出た。
「いませんね」
「もう一度戻ってみよう」
利吉くんと共に探しに出たが、ユキさんの姿はなかなか見つからなかった。
獣や山賊の出る山。
見上げれば木々の間から見える茜色の空が群青色へと変わりつつある。
もうすぐ日が暮れる。
焦りが募っていく。
「「!?」」
利吉くんと顔を見合わせる。
風で擦れる木の葉の音の中に聞こえた声。
ユキさん・・・
私と利吉くんは同時に枝を蹴り、声の方へと急ぐ。
ハッキリと聞こえた男のダミ声。聞こえた声は一人ではなかった。
まさかユキさんが山賊に・・・最悪の想像を頭から追い出し、前に進むことに集中する。
不安の念で胃が固く締め付けられていくようだ。
どうか無事でいてくれ。
祈りながら進んでいくと前方に見えた人の姿。
月明かりに照らされたユキさんの前には3人の山賊らしき男たち。
無事だった!
体中の力が抜けていくような安心感を覚えながら手裏剣を取り出す。
隣の利吉くんも手裏剣を構えた。
その瞬間――――
『田舎、田舎、田舎って私の生まれ故郷に喧嘩売ってんのかこの野郎がっ!!』
ズンと前に進み出て、ユキさんは棒のついた履物で山賊を殴りつけた。
呆気にとられていると隣の利吉くんがブフッと吹き出してしゃがみこむ。
私も堪らず吹き出してしまった。
何て子だろう。
ユキさん、君は幾つの顔を持っているんだい?
『で?何?それって何のコスプレよ?私を笑わせに来てくれたわけ?』
私と会った時のように目を吊り上げて山賊に立ち向かっていく彼女を見る。
優しい心、不安を感じながらも前に進んでいける強さ。
もっと君のことが知りたいよ。
山賊を追い払い、自分で自分を抱きしめながら地面に膝をつくユキさんの近くに着地する。
震えながら涙を溢れさせるユキさんを見て胸が熱くなる。
恐怖と戦いながら強く生きようとする彼女が愛おしい。
彼女を守ってあげたい。
「擦るのはよくないですよ」
『半助さん!?』
弾かれたように顔を上げたユキさんを見て心臓が跳ねる。
泣き顔さえ美しい。
抱きしめたい衝動を抑えながら彼女の涙を拭う。
『どうして、こ、こに?』
戸惑っているユキさんの頭に手が伸びた。
彼女の頭を撫でる利吉くん。見れば彼の目には柔らかい光。
「あなたを迎えに来たんですよ。なかなか行方がつかめず、遅くなってすみません」
『迎え、ですか?』
頭を撫でられたままキョトンとした顔で利吉くんを見つめるユキさんを見て自然と体が動く。
ユキさんを利吉くんから引き離すように抱き上げる。
これが嫉妬というやつか。
彼女への恋心をハッキリと自覚する。
「私の勤めている忍術学園の学園長にユキさんの事を話したところすぐに迎えに行くようにと」
横から利吉くんの鋭い視線を感じながらユキさんに話す。
どこまで本気か分からないが彼もユキさんに好意を抱いているらしい。
「会えてよかったって、え?ちょ、ユキさん!?」
もうライバルがいるのか。前途多難だ、と考えていると胸に軽い衝撃。
私の胸に縋って声を上げて泣く彼女。
「もう大丈夫だ」
あやすように頭を撫でてあげれば胸に顔をつけたままコクコクと頷いた。
確かに感じる柔らかく温かい感情。
君が好き
この気持ちを何時伝えようか――――――――