第一章 郷に入れば郷に従え
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22.攻防
食堂の前で会った一年は組の良い子たちと一緒に夕食を食べて、おばちゃんに作ってもらった食事を良い子たちとゾロゾロ保健室の利吉さんに持っていき、そのまま一緒にお風呂に入った私は……なぜか追いかけられています。
「一緒に寝るぞーーどんどーーん!」
「ハハハ!ユキは足が速いなっギンギーン!」
『寝るテンションじゃないだろ!』
どんどんギンギン五月蝿い二人にツッこむ。
寝間着姿で廊下を爆走する私を見て驚いて振り返る忍たまたち。
お風呂に向かうところだった二年生に助けを求めたら苦笑しながら逃げられた。くぅ薄情者!
廊下の角をキキキッと曲がると前方から五年生、三郎くん&雷蔵くんのコンビと勘右衛門くんが歩いてくるのを発見。
『助けて、さぶらい!勘ちゃん!』
二人の名前を短くして繋げたらサムライっぽい響きになった。一瞬顔を顰めた二人と勘右衛門くんだが、私が助けを求めるように飛びつくと満面の笑みで私を背中に隠してくれた。
「ユキ、出てこい!一緒に寝るぞ!」
『小平太くん!人畜無害そうな笑顔で言ってもセクハラ発言には変わらないよっ』
お断りだ!と三郎くんの後ろから叫ぶ。
「待て。忍の三禁を誓う俺に小平太のような下心はない」
『じゃあ、なんで追いかけてくるの?』
「一晩中熱く語り合おう!ユキの部屋で!」
『下心が透けて見えるうぅぅ』
このムッツリめ。
『助けて、どうにかしてっ』
五年生三人に泣きつく。
「先輩たち、女の子を無理矢理自分のものにしようだなんて見損ないましたよ」
「無理やりではないぞ、雷蔵!三郎?「雷蔵です」同意の上だ」
『どこがだよッ』
「ユキを渡せ」
「お断りです、潮江先輩。下心でいっぱいの先輩方に渡すわけにはいきません」
三郎くんが男らしく言った。ありがとう!
「??……下心と言えばユキの入浴を覗こうとした三郎の方があるのになぁ」
『え?』
ブンと勘右衛門くんを見る。
今なんて?
「勘右衛門ンンンン!なんで今それ言うんだよッ」
「なんとなく、ユキの姿を見たら思い出して」
「何となくぅぅ!?」
淡々と言う勘右衛門くん。仰け反る私に「残念ながらタイミングがズレて見られなかったよ」と笑顔で告げる雷蔵くんも覗こうとしたってことですか!?
ここで頼れるのは勘右衛門くんだけか。彼に助けを求めようとした時、再び雷蔵くんが「勘右衛門が一番熱心に張り込みしていたよ」と悲しいお知らせをしてくれた。
こいつら……。
「婦女子の入浴を盗み見ようとするとは!」
「じゃあ、今度は潮江先輩もお誘いしますよっ!」
三郎くんが叫んだ。文ちゃんが考えた顔をした。オイッ!
「そうだ。ユキ、私と風呂に入ろう!」
両手を広げて突進してくる小平太くん。
「させません!」
「覗くから楽しいんですよ!」
雷蔵くんと勘右衛門くんが小平太くんを止めに入る。勘右衛門くんはいっぺん浴槽に沈めてやりたいと思う。
「強いものがユキを奪う!」
文ちゃんが武器を取り出し、突如闘いが勃発した。
このチャンスを逃してはならない。激しい戦闘の音を背中で聞きつつ私はその場を後にした。
うえっ走りすぎて吐きそう
水を飲むために食堂へと向かう廊下を歩いていると目の前を黒いものが横切った。
ベタリと壁に張り付いた物体。
「チッ」
『舌打ち!?』
振り返ると八左ヱ門くんが投球後のポーズで悔しそうな顔をしていた。
『ハイイロゴケグモ』
「さすが生物委員副委員長だな、ユキ!」
八左ヱ門くんが嬉しそうに言った。
どこから突っ込んだらいいのだろう?取り敢えず一番気になることから聞いてみよう。
『私に毒グモを投げつけた理由を教えてくれるかな?』
「毒で失神させるためだ」
『おおぉい真顔で何言っているのよ!?』
全身に鳥肌が立った。メーデーメーデーここに危ない人がいます!頭の中で警報音が鳴り響く。
「八左ヱ門も同じような事を考えているとは思わなかったな」
「俺がユキを、ありえない。認めないぞ。あんな乱暴で馬鹿で男みたいな奴……」
ニコニコ笑いながら伊作くんと私の悪口を呟いている留三郎が現れた。事態がややこしいことになりそうだ。
聞くのが怖いが思い切って聞いてみる。
『伊作くん、同じようなことって?』
「うん。ユキちゃんにちょっと気を失ってもらって、それからフフフ……」
後半の笑いに身の危険を感じる。
『あの、手に持っているものは何かお聞きしても?』
「これ?眠り薬だよ」
だから何?みたいな顔で言わないで下さい!
みんな、正気に戻って!
「ここで眠らされるわけにはいきません」
八左ヱ門くんが武器を取り出したのを見て、ブツブツ言っていた留三郎の顔がパッと輝いた。
「お、勝負か!?悩んでいる時は体を動かすに限る。相手をするぞ、八左ヱ門」
留三郎が八左ヱ門くんに武器を振り下ろした。留三郎でも悩む時ってあるんだ、と失礼なことを考えていた私は気がついた。そうだ。この調子でさっきみたいに皆が戦っている隙をついて逃げればいい。
「逃がさないよ」
『ヒイッ』
逃げようとする私を見て伊作くんがこちらに来ようとダンッと床を蹴った。瞬間に床板が抜けた。さすが不運大魔王!
伊作くんが落ちた穴からボフンと煙が上がり、近くにいた留三郎と八左ヱ門くんが見えなくなった。
『私まで巻き込まれるっ』
眠り薬の餌食になっては堪らない。私は全速力でその場から立ち去った。
『水、水……』
フラフラになりながら食堂に入る。厨房に入ると調理場の上に冷奴。
『なになに、私を食べて』
紙に書いてある言葉を読み上げる。
すっごくアリスっぽい!メルヘンな展開に(豆腐だけど)ワクワクしながら冷奴を匙ですくう。食べたら体が縮んだりして。
『いただきまーーーーースブウ!?』
右の壁を見る。
可哀想な豆腐がゆっくりと壁をつたって流れ落ちていっていた。私の愛する豆腐ちゃんが無残な姿。
『これやった奴出てこいヤアアァァ』
匙を空中で振り回しながら叫ぶと左で風を切る音。食堂に仙蔵くんが降り立った。この容赦のない感じ仙蔵くんだと思ったんだよね。
『私の豆腐を返せっバカバカ』
「バカはお前だ」
プンプン怒る私を鼻で笑う仙蔵くん。
「その豆腐は毒入りだぞ」
『げっ』
血の気が引いていく。食べていたらアリスじゃなくて永遠に起きない白雪姫になっていたかも。
「まさかこんな単純な手に引っかかる奴がいるとは……」
私が壁を伝う豆腐を半眼で見つめていると仙蔵くんが大仰な溜息をついて言った。
『だって食べてって書いてあったから』
仙蔵くんが可哀想なものを見る目で私を見た。なんだろう、この体がゾクゾクする感じが堪りません。
「心の声がダダ漏れだ変態めッ」
仙蔵くんが懐から苦無を取り出した。そして投げた。投げたーー!?
カンッ
本当に投げてきたよ、この人!ありえない……。固まって動けない私。でも、カンッていう金属音はなんだろう。
後ろを振り向くと暗闇の中に人が立っていました。
驚きすぎて声が出てこない。
「こいつが毒を入れた張本人だ」
「く、立花先輩、あと少しだったのによくも邪魔をしてくれましたね」
兵助くんが悔しそうに言った。
豆腐トラップを仕掛けたのは兵助くんでした。
人間不信になりそう。
「こうなったら実力でユキちゃんを手に入れるのみ」
「フン私に敵うと思うか?」
厨房で闘いが始まったので勝手口から脱出。
足元がヒンヤリしているなと思っていたら裸足だった。お風呂に入ったばかりなのに。
鼻に皺を寄せながら走っていると後ろから私を呼び止める声。
恐る恐る振り返ると全力で私を追いかけてくる仙蔵くんの姿が見えた。兵助くんの身が心配だが自分の身も心配したほうがいい。
全力で暗い庭を走る。そうは言ってもこのままじゃ捕まっちゃうよ。
絶望を感じていたその時、私の前に救世主が現れた。
『長次くん!』
「モソ」
トトンと私のところまで来てくれた神様、仏様、長次様!
いや待て
さっきのみんなの様子を考えると長次くんもおかしな事を考えているのでは?長次くんを疑うのは申し訳ないがムクムクと心の中に疑惑が湧いてくる。
『ちょ、長次くんはさ。どうして庭にいたの?』
「……月を見ていた」
疑ってごめん!
「……なぜ泣く」
『自分の薄汚い心が許せなくて』
さっと手拭いを差し出してくれる長次くんに幸あれ!
私は長次くんの人生が豊かで実りあるものになるよう心から祈った。
「このままでは追いつかれる」
後ろをチラと振り返れば私たちと仙蔵くんの距離は縮まりつつあった。
「理由はわからんが、私が仙蔵を食い止めておこう」
その間に逃げろと言う長次くんを置いて逃げることができようか。否、できない。
しかし、このままでは追いつかれて結局、長次くんVS仙蔵くんになるのか。
『長次くん!私のこと抱き上げて走れる?』
「確かに……その方が速いな」
私は長次くんの首にしっかりと掴まる。彼の言った通り私の全力疾走より、私を抱き上げた長次くんの足の速さの方が速かった。ビックリだな。
周りの景色が飛ぶように動いていき冷たい風が頬を切る。
「……追いつかれる」
『あのさ、無茶言うけどこのまま塀を乗り越えられる?』
「外に逃げても逃げ切れないぞ」
『さて、それはどうでしょう?』
ニヤリと笑う私を抱いて長次くんが壁を飛び越えるためにスピードを上げる。
「私から逃げ切れると思うな」
悪役のような台詞を言いながら仙蔵くんが追いついてきた。長次くんの肩ごしに見ると彼の手には宝禄火矢。
『そっちが宝録火矢なら私はこれじゃあっ!』
私が懐から取り出したものを見てポカンとする仙蔵くん。
『エイッ』
私が投げた紙がピラピラと舞って地面に落ちていく。
「紙切れなんぞ投げて陰陽師にでもなったつもりか?」
「……あれは何だったのだ?」
『ふ、二人とも、空中でよく喋るよゆぅぅひぃ(怖いよぉ)』
不思議そうな顔をして私を見つめている二人。私にとっては空中で普通通り会話している二人のほうが不思議。
「さて、ユキ。鬼ごっこは終わりだ。私の腕に帰って来い」
地面に着地した私たち。仙蔵くんが人の悪い笑みを浮かべて言った。
『ううむ。行ったが最後、二度と現世に戻れなくなりそう』
「あぁ、そうだな。布団の中で天国に行かせてやろう」
『言葉だけでもセクハラで訴えられる時代ですぅぅ!!』
「モソ」
長次くんが無言で鉤爪のついた長い縄を取り出した。
『カウボーイっぽい!』
「?……これは縄ひょうという」
小首をかしげながら説明してくれる長次くん。
「他所見しているしている場合ではないぞ長、次っ!?」
長次くんに戦いを挑もうとした仙蔵くんが地面に伏した。
「ま、まさか、さっきの紙は……」
『日々の恨み晴らしたり!さらば、仙蔵くん。小松田さん、後はよろしくお願いします』
仙蔵くんは小松田さんの足の下。私が先ほど投げたのは出門表。長次くんの名前も彼に抱いて走ってもらっている時にサラッと記入しておいた。
「ユキちゃん、長次くん、気をつけて行ってらっしゃい」
『行ってきまーす。行こう、長次くん』
「あぁ……行ってきます」
作戦大成功!!
「っ待て「出門表にサインを!!」くっ……」
私は悔しそうな仙蔵くんにヒラヒラと手を振りながら愉快な気分で裏山へと入っていった。
『?長次くん、もう抱き上げなくて大丈夫だよ』
突然私を横抱きにした長次くんに声をかける。
「……怪我をしたら困る」
『ありがとう』
私が草履履いていないの気づいてくれたんだ。
嬉しいな。
「これから何処へ行く?」
『あ!夜桜見に行かない?』
ポンと手を打つ。私の提案にコクリと長次くんは頷いてくれた。
夜の桜は昼の桜とは違った美しさがあるだろうな。
『……』
「どうした?」
『え、あぁ。仙蔵くんに可哀想なことしたかなって』
せっかくなら連れてきたら良かったかな?と言うと長次くんが私の頭を優しく撫でてくれる。
「仙蔵はユキに負けたことを楽しんでいると思うぞ」
『それは、えっと?』
ドSな上にドМだってことだろうか。
「ユキは良い意味で私たちの予想を裏切る言動をする。次は何をしてくれるのかいつも楽しみにしている。だから、今回の事も仙蔵は楽しんでいるはずだ」
そういうことか。ドSな上にドМだったら面白かったのに。
『うーーん。よくわからない』
首をひねる私に「要は気にするな、ということだ」と長次くんは微笑んだ。
闇の中に浮かび上がる薄紅色の桜。幻想的な景色に私たちは息を飲む。
例えようのない美しさ
「……登ってみよう」
『のぼる?』
突然の浮遊感にギュッと目を瞑る。
目を開けると私は桜の中にいた。
『……長次くん。何と言ったらいいか……』
言葉が見つからない。
私たちは並んで太い木の枝に座った。長次くんが私の背中を手で支えてくれているので木の上でも怖くない。風が吹くたびに桜の香りに包まれる。
『……ありがとう』
胸がいっぱい。感動で胸が熱くなり目に涙を浮かべながらお礼を言うと、長次くんは優しく微笑んでくれる。
どのくらい時間が経っただろうか。
「……誰か来る」
長次くんの小声だが緊張感のこもった声に夢のような世界から引き戻される。
闇に目を凝らしてみても私には何も見えない。何も見えない不気味さが私の恐怖心を一層煽る。
こんな時間に山奥を彷徨うなんて誰だろう。
自分のことを棚に上げて考えていると隣の長次くんがホッと息を吐く音が聞こえた。
「土井先生だ」
『へ?』
じっと目を凝らして暗闇を見つめていると私にもようやく影が動いているのが見えてきた。その影はだんだんと近づいてきて半助さんの姿へ。こんな時間にこんな所へなぜ?私と長次くんは顔を見合わせる。
『ねぇ、長次くん。半助さんをビックリさせちゃおうよ』
「……モソ」
急に怪士丸くんが柳の下で幽霊ごっこをするのが趣味だと言っていた事を思い出す。悪戯な笑みを浮かべる私に長次くんが頷いた。フフフフ腕がなりますなぁ。
驚かすタイミングをウズウズしながら待っていたが、半助さんが近づくにつれてその悪戯心が萎んでいく。
こんなに桜が満開なのにどうして上を見ないの?長次くんを見ると、彼も私と同じように思っているようだ。
トボトボと歩いてきた半助さんは遂に私たちの桜の木の下までやってきた。不意に花弁を受け止めるように掌を出す半助さん。
白い花が彼の手のひらにヒラヒラと落ちる。
「我が恋にくらぶの山のさくら花」
切なげな声に私の体がゾクリと震える。
そんな顔しないで
隣には長次くんがいる。半助さんを傷つけるかもしれない。
でも、このまま黙って覗き見するわけにはいかないよ。
「まなく『散るとも「……え」数はまさらじ』
半助さんの言葉に声を被せると、弾かれたように振り返った彼と目が合った。
驚いた顔が焦った顔に変わる。
『受け止めて』
「っ!」
両手で座っていた木を押して飛び降りる。
驚きつつも私を受け止めようと手を伸ばしてくれる半助さん。彼は突然の重みでニ、三歩後ろに下がり私を抱きしめたままトスンと地面に尻餅をついた。
『エヘヘ、ナイスキャッチ!』
「コ、コラ!危ないじゃないか」
『半助さんなら大丈夫だと思って』
にへらと笑う。そんな私を見て半助さんは諦めたように溜息をついて口元を緩めた。
「……どうしてここに?」
私と長次くんを見ながら半助さんが疑問を口にする。
『私にもよくわからないのですが、皆から追いかけられて逃げていたらここに来ていました。長次くんは逃げるのを手伝ってくれて一緒にここに』
私の横にスッと降りてきた長次くんが会釈した。
「あの騒ぎはユキが原因だったのか」
壁が吹っ飛び、手裏剣が飛び交って大変だったんだと半助さんが苦笑しながら話してくれた。明日朝一の仕事は修復箇所の見回りからになりそう。
「さて、ユキ」
明日は吉野先生のご機嫌が悪いだろうなと考えていると半助さんが照れを隠すようにゴホンと咳をして顔を逸らした。
「そろそろ上からおりてくれるかい?」
私はまだ半助さんの膝の上。赤い顔の彼にニヤリと笑いかける。
『嫌です』
「ユキ!?ふ、ふざけるのは止しなさい」
『私は本気ですよ』
「っ!?」
戸惑いの表情を浮かべる半助さんに真っ直ぐな瞳を向ける。
この気持ちは上手く伝わるだろうか。
『私は何時だって本気です。ふざける時も遊ぶ時も食べるときも……誰かといる時も。私は相手に正直に、そして何より自分に正直でいたい」
だから謝りませんよ。私はそこまで一気に言って半助さんの膝からおりた。
この気持ちを伝えるのは難しい。
そして苦しい。
「ユキは強いな」
自嘲するように笑う半助さんが眉を下げた。
『どうでしょう?ずるいだけかも』
自分のことを好きだと言ってくれる人の前で他の男性と仲良くし、心をときめかせる。
さっき言ったことは彼に対する残酷な行いを自分の中で正当化したいだけかもしれない。
罪悪感はある……だけど、自分の行動も気持ちも変えることはできない。だって半助さんに隠れて他の異性と仲良くするなんて出来ないし、したくないのだから。
『私って最低』
誰にも聞こえないように呟く。何を言っても半助さんを傷つけることに変わりはないよね……。私は二人に背を向けながら重い溜息を吐き出した。
胸がズキズキ痛む。
「ユキ」
『ハ、ハイ!』
ハッとして振り向くと半助さんの穏やかな笑顔。
「覚悟が決まったよ」
『え?』
立ち上がった半助さんが私の耳元に口を寄せる。
私は彼の言葉に大きく目を見開いた。
「傷ついても嫉妬しても君を愛する覚悟を決めたよ」
その囁きに体がかっと熱くなる。
私の頬に軽く触れ「また明日」と忍術学園へと歩いて行く半助さん。闇の中に消えていく彼の姿。
『あ……長次くん。変なところ見せてごめんね』
気まずい思いをさせてしまって申し訳ない。半助さんのことに必死で長次くんを気遣う余裕が持てなかったことを謝る。
気まずい空気から抜け出す道を探す。
「ユキは土井先生が好きなのか?」
長い沈黙を先に破ったのは長次くんだった。
『……分からない。今はまだ自分のことに精一杯で恋愛にまで気が回らなくて』
「……そうか」
まだ答えは出せそうにない。
ぼんやりと桜を見上げていると頭に大きな掌がポンとのった。
「焦らなくていい」
『……うん』
優しい気遣いに涙が滲む。
『長次くん、ありがとう』
「……私も気長に待っている」
『……え?』
「モソ」
『えぇっ!?』
私の声が桜の中に吸い込まれ、消えていった。
第一章 郷に入れば郷に従え 《おしまい》