第一章 郷に入れば郷に従え
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21.お花見 後編
『そっかぁ。みんなにそんなに気にかけてもらっていたなんて。ちゃんと言わずに悪いことしちゃった』
きりちゃんの話を聞いて反省。
それでも乱、きり、しんの話を聞くとお花見はかなり盛り上がって、みんな楽しんだみたい。三人の話を聞いているだけで涙が出るほど笑ってしまう。
「美味しかった!ユキさんご馳走様」
『お粗末さまでした。あ、フフ。しんべヱくんの頬にスポンジついちゃってる』
満足そうな顔でお腹をさすっているしんべヱくんの口を拭ってあげる。綺麗に食べてくれて嬉しいな。
「ユキさん。あのーまずくないっすか?」
しんべヱくんの柔らかいほっぺたをムニムニ触って遊んでいると、きりちゃんが私の袖をグイグイと引っ張った。
きりちゃんの指先を追っていく。
『利吉さん!?』
目に入ったのは顔を真っ赤にして座ったままユラユラと左右に揺れている利吉さんの姿。
目がイっちゃってる!?
『いつの間に!?利吉さん、大丈夫ですか?』
揺れている利吉さんの背中に手を回すとクタっと体重を預けてきた。勢いよく顔を上げた利吉さんに驚いて肩が跳ねる。
びっくりしたー!
「うぅ」
しかも泣いてるし
『乱太郎くん、お水持ってきて!』
「は、はい。ちゃんと水です」
私ときりちゃんで体を支えて乱太郎くんが口に水を注ぎ込む。その横で心配そうに利吉さんを見守るしんべヱくん。
ちゃんと利吉さんのこと見ておいてあげればよかった。
『ひいっ!?』
突然、利吉さんに服を掴まれ前後にユサユサ揺すられた私の口から悲鳴が漏れる。
「ごめんなしゃい。ご迷惑を。嫌いににゃらないでくらさい。うわあぁぁん」
『落ち着こうね。利吉さん。な、泣かないで」
「うわぁぁ!ユキさんに嫌われたあぁ」
『嫌いになってないよ!なってない!ヨシヨシ。大丈夫だよー(目が回る!)』
顔を覆って泣きじゃくる利吉さん。
人格崩壊
あの荷物を持ってくれて紳士的な態度の利吉さんはどこへ行っちゃったの!?
クールでカッコイイ、出来る忍者のイメージが乱太郎くんたちから崩れてしまったら利吉さんに申し訳ない。
落ち着かせようと必死に宥めるが、利吉さんの泣き方は激しくなる一方。すごい泣き上戸……あぁ、弱ったな。
「私、新野先生を呼んできます!」
すくっと乱太郎くんが立ち上がった。
いやいやいやいや
こんな姿を山田先生に見られたらまずいって!
『ダメ!利吉さんは休めば元っきゃあ!?』
事態は更にまずい状態。
利吉さんが私にガバッと抱きついてきて地面に押し倒される。
「父上が、実家に帰ってくれなくてうぅ、いつも私がヒック母上にいぃ」
『落ち着いて。利吉さん、これはまずいよ!』
私の胸に縋り付いて激しく泣く利吉さん。
押し倒されている状態もまずいし、山田家の家庭事情を三人に聞かれるのもまずい。
「まずいんですぅ。父上を連れて帰らないと母上があぁぁ」
『(聞いてないし!)起き上がって、ね?ほら、頑張って』
「イヤダアアアァァァァァ「すぐに戻ってきますッ」もうもう、もうイヤダアァァァァ」
利吉さんの大絶叫が『行かないで』と言う私の声をかき消してしまう。足の速い乱太郎くんはあっという間に見えなくなってしまった。
『利吉さん起き上がらせるの手伝って』
「仕方ないなぁ。ほら、しんべヱも」
「うん!食後だから元気百倍!」
泣き上戸がこんなにタチが悪かったとは。
力持ちのしんべヱくんが頑張ってくれて私は体を起こすことが出来た。
私の首に手を回している利吉さんは離れてくれないけど(引き離そうとしてくれたが私の首が締まった)取り敢えず最悪の状態を目撃されずに済んだわけだ。
『ほら、離れてください。(山田先生が来ちゃうよ!)』
私が引き離そうと頑張るほどに利吉さんは腕に力を込めて、泣き方も激しくなる。
「パパがお酒は飲んでも飲まれるなって、部下の人に言ってた」
『……ウン』
さようなら。クールでカッコイイ、出来る忍者の利吉さん
しんべヱくんが悟ったような顔で言った。しんべヱのパパさん、息子さんが将来お酒で失敗することはないでしょう。
「……、れす……が……で」
『なんですか?』
半ばめんどくさくなりながら、あやすようにトントン背中を叩きながら聞き返す。
「仕事ばっかりで」
『山田先生には私からもご自宅に戻るように「違います!」……っ!?』
私の肩から顔をあげて否定の言葉を言った利吉さんは私の頬を両手ではさみ、深く深く口づけした。
キスされながら両隣に立っているきりちゃんとしんべヱくんの目を手で目隠しする。
「うわ~」
「なに?僕もみたい!」
『!?(きりちゃん、なんで手をどかすの!!しんべヱくんダメ!)』
ませているんだからッ
私はどうにかしんべヱくんの手を離さずにすんだ。
『プハッ』
長い口づけから私を開放した利吉さんが私の額に自分の額を押し当てた。
「ユキさん、好き、ですスースースー」
『寝るんかいッ』
利吉さんが倒れてきて再び地面に後ろ向きにダイブ。
後頭部を打った衝撃で目がチカチカ。徐々にハッキリしてくる視界。雪のように花びら舞い散る宙を仰ぐ。
疲れた
「ユキさん大丈夫?」
「頭平気?」
心配そうな二人の顔が私の顔を覗き込む。あまりの出来事に心臓がバクバクしている私は
喋る力が出せず、片手をあげて二人に大丈夫だと示した。
もう少し休んでいたかったけど早くしないと山田先生が来ちゃう。
動かねば!
『よし。いち、にい、さんっ!』
利吉さんの肩を掴んで勢いをつけて横に転がる。私たちの体は反転した。
呼吸が楽になり大きく深呼吸を繰り返す。
私は、私の下でスヤスヤ気持ちよさそうに眠っている利吉さんの額を指で弾いた。
ハアァまったく。
人の気も知らないでグッスリ眠って。
「あの……雪野くん?」
山田先生の声
ウソ
誰かウソだと言って
ギギギと首だけ後ろを振り返る。
「あららーー」
これはまずいとねと声をあげるきりちゃん。
事態は私が想像していたよりも更に深刻だった。ダラダラと背中を流れる冷や汗。
山田先生だけじゃない。私の後ろには忍術学園の人全員が大集合していた。下級生の目を上級生が覆っているのがせめてもの救いか……。
「オホンッ。みな、忍術学園へ帰るぞ!!」
『学園長先生ッ!弁明の機会をお与えくださいいぃぃぃ!!!』
雪野が利吉さんを泥酔させ、襲った。私は誤解を解くべく学園みんなの前で必死に言い訳をするのだった。
***
あーもーあーもーこれほどの罰を受けるとは……。
騒ぎを起こした罰としてお花見の後片付けを命じられた私。はじめはこんなに寛大な処置はないと学園長先生に感謝したけど、今は何でもするから別の罰に変えてと泣き出したい気分。
「どーして私もそちらに誘ってくれなかったのだ!?ユキと二人で飲みたかった!!」
『小平太くん重い、から降りて、下さいハァハァ(息止まる)』
「女が男を襲う時代になったとは……」
『だから、文ちゃん、それは誤解だって!』
「もしや利吉さんはユキの手料理を食べさせられたから意識が混濁したのか?」
『はい。留三郎、失礼ー』
「そうだよ。いくら不味くても意識を失うことはないって。あって食中毒くらい」
『はい。伊作くんも、失礼ー』
「今晩、覚悟しておけ」
『ひょおぉ!?(仙蔵くん!?助けて一年生の良い子たち!)』
「モソモソモソモソ」
『ごめんなさい。反省しています。二度と馬鹿な真似は致しません。ごめんなさい。私が悪かったです』
不気味に笑う長次くん。
彼の言葉が誰よりも胸に突き刺さりました。言われた言葉は心の平安を保つために脳内消去。だって、こころが崩壊しそうだもの。
「ユキの馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!!」
『痛いっ。痛いっ、勘右衛門くん』
ポカポカ殴られながらゴザをくるくると丸めていく。
ただ、ひたすら皆に色々言われながらのお花見の片付けは精神的にも肉体的にもキツい。手伝おうとしてくれた下級生たちは上級生によって忍術学園に帰らされてしまっていた。
<ガウガウガウッ>
ご機嫌斜めの文ちゃん(狼の方)が私の足に噛み付いた。
『あだっ!足噛まないっ。八左エ門くん、助けてよっ』
「俺たちをほったらかしたからだ、ばーか」
狼が足に噛み付いているのに酷い生物委員長だな。
「うぅ。一緒に豆腐作ろうと思っていたのに……」
『兵助くん、ごめんね。でも、お花見会場で豆腐作りはどっちにしても無理だったと思うよ?』
「っもう、ユキちゃんなんか豆腐の角に足の指ぶつけて骨折しちゃえ!」
え?なにその可愛い捨て台詞。柄杓で叩かれながらも顔が緩んでしまう。
「なぁ、ユキ」
『なあに三郎くん?』
「利吉さんの顔に変装したら私を襲ってくれるか?」
『誤解だから痴女扱いはやめていただきたい!』
神妙な顔をして阿呆なことを言う三郎くんに手近にあった箸を投げつける。三郎くんはつまらん、と言いながら箸を払い落とした。
「でも、まさか酔っ払うまで利吉さんが飲むなんて。よっぽどユキさんに気を許して
いたんだね」
お弁当箱を片付けながら雷蔵くんが言った。
手伝ってくれてる。優しい。
『えへへ、利吉さんに信用されているのかな』
多分違うけどそう言っておく。
利吉さんが酔っ払ったのは水のようにお酒を飲む私を見て、自制する感覚が麻痺してしまったせいだと思う。
「お前、利吉さんのことどう思ってるんだよ」
唐突な三郎くんの言葉にみんなの視線が私に集まった。
なに?緊張するんだけど。
『利吉さんは山田先生の息子さんです』
「そうじゃなくて。お前自身がどう思っているか、だ」
私が利吉さんをどう思っているか。
頭の中で利吉さんを思い描く。
『そうだなぁ。命の恩人、笑い上戸の泣き上戸。優しい好青年、かな』
優しい好青年の前に顔面レベルの高い、を入れようとしたがまた変態扱いされそうなのでやめておく。
「あーもう。違うって!好きか、嫌いかってことだよ!」
頭をワシワシ掻きながら三郎くんが言った。
彼は何が聞きたいんだ?
利吉さんを好きか、嫌いか?
『そんなの好きに決まってるじゃん。え。なんでシンとなるの?』
時間が止まったように動かなくなるみんな。
サッパリ訳が分からないけど、邪魔されない今のうちに片付けてしまおう。私はピッチを上げて荷物を台車に積み込んだ。
『ふあぁ疲れた。また明日から頑張りましょー。おやすみ!』
なんだかんだで荷物を片付けるまで一緒にいてくれたみんな(雷蔵くん以外決して手を
貸そうとしなかったけど)は優しいんだか優しくないのだか。
眠い目をこすりながら私はお風呂へと向った。
※※※
「……大人気ないことをしてしまった」
「ユキちゃんが悪くないことは分かっているんだけどね」
長次の言葉に伊作が続ける。
「心がモヤモヤする」
しゅんとする小平太。
「利吉さんと約束していたなら言っておけば良かったであろう。ユキも水臭い」
「俺たちに言ったら利吉さんと二人きりになれないと思ったのかな?」
文次郎の言葉にしょげたように言う勘右衛門。
「違うな。聞きそびれてしまったが故意に利吉さんと花見をする事を黙っていたわけではない」
「でも三郎。きり丸はユキが誰と出かけるか頑なに言わなかっただろう?」
八左ヱ門の言葉にあたりがシンとなる。
「あのー先輩方。それは僕が言わなかっただけで、ユキさんは関係ないっす」
「モソモソ(何故ここにきた?)」
みんなから注目を集めたきり丸は勇気を出して口を開く。
「ユキさんを探しに来たら先輩たちの話が聞こえてきて。あの、お花見会場が荒れそうだから僕が黙っていただけでユキさんには口止めされていません。おばちゃんにも内緒にってジェスチャーされて……ごめんなさい」
そう言ってペコリと頭を下げた。
「教えてくれてありがとう。それから、きり丸が謝ることはないよ」
「不破先輩……」
「ハアァァでもこのモヤモヤはなんでしょうね」
「兵助。おそらくこれは……嫉妬だな。認めるのが悔しいが」
仙蔵が嫌そうに顔を顰めながら言った。
「げっ。俺があいつと花見に行った利吉さんに嫉妬!?」
仙蔵の言葉にショックを受ける留三郎。
悶々とする心の中
「欲求不満だ!」
小平太が静寂を破った。
「は?何処へ行く、小平太!?」
「私はユキにかまってもらいに行く!」
仙蔵の言葉に答える小平太は二パッと笑う。
「利吉さんにばかり良い思いはさせられんからな。みんなついてくるなよ。いけいけどんどーーん!」
「フッ確かに小平太の言うとおりだ。私も行く」
「勝負はまだ始まったばかりだ!ギンギーン」
「……その通り」
「俺が、ユキに、あんな奴に」
「留三郎、お先!」
「あ、待て伊作。俺も行く。」
次々とユキの部屋へ向かった六年生。
「六年生に負けていられないよな」
勘右衛門の言葉に顔を見合わせて頷く五年生。
「ユキは風呂だと思う」
((((三郎!?))))
ニヤリと笑って走っていく三郎を慌てて追いかける五年生。
「土井先生、ファイトッ!(ついでにユキさんも)」
暗い庭にきり丸の声が響いた。
***
急にお風呂に入るのがめんどくさくなった私は方向転換。先に夕食を食べてしまおう!既にお腹が減っている私の胃袋はどうなっているのか。でも、片付けで頑張ったから仕方ないよね。
テクテク廊下を歩いているとガンと耳に響く怒鳴り声が聞こえてきた。声が聞こえるのは保健室の中から。
そっと忍び寄って聞き耳を立てる。
「あ、ユキさん」
『(きりちゃん静かに!)』
「(なんで?)」
不思議そうな顔をするきりちゃんに保健室を指差す。二人で並んで戸に耳をつける。
「酒を飲みすぎて酔い潰れるとはッ!恥ずかしいと思え、このバカ者ガアアァァ!!」
「も、申し訳ありません、父上。あの、どうか音量を下げて下さい。頭が割れそうで……」
「自業自得だバカタレ!(ガンッ)」
「痛っ!す、すみませんっ」
うわあぁぁ逃げたい
けど、心配だな。
酔いつぶれた責任は私にもあるし。
私は覚悟を決めて扉に手をかける。
きりちゃんがご愁傷様、といった顔をした。
扉を少し開いたその時
「一升も飲むとはハメを外しすぎだ!」
山田先生の声が聞こえて扉を閉める。
「(飲んだのって、ほぼユキさんだったよね)」
「(あはは。雪野ユキ、やっぱり逃げまーす)ぬわっ!?」
ガラガラと戸が開いて私ときりちゃんは保健室の中に転がった。驚いた顔をしている山田先生と利吉さんに愛想笑い。
「雪野くん、ときり丸?」
『お、おじゃまします。あははは…………利吉さん、申し訳ございません!』
「雪野くん!?」
「ユキさん、何しているんだい!?顔を上げて」
ガバッと頭を下げる私の耳に山田親子の戸惑いの声が聞こえる。
たぶん、これから話すことを聞いたらもっと戸惑うと思います。
『利吉さんが酔ったのは私のせいでして』
「「は??」」
モジモジしてなかなか話し出さない私を見たきりちゃんが「それでは僕から!」と喜々としてお花見の一部始終を話しだした。
***
「でねーそこで食満先輩と潮江先輩の闘いが始まって」
『あの二人やっぱり喧嘩したんだ』
「その後、予定通りと言うか我が不運委員会の委員長、善法寺伊作先輩が巻き込まれて」
『お花見の日にまで不運なのね』
「僕は試合観戦チケットを売って大儲け!」
『きりちゃんはしっかりしているなぁ』
おやつを食べながら忍術学園のお花見エピソードを聞く私たち。
「ハハハ、忍術学園は賑やかだな」
『あーー笑った』
「本当に。笑いすぎて腹筋が痛いよ。あ、さっき汲んできてくれた水どこだっけ?」
「ここにありますよ。ハイ!」
「ありがとう、しんべヱくん」
お腹がよじれるくらい笑わせてもらった。呼吸を整えながら手ぬぐいで涙を拭う。
涙で水分を失った分を補給しなくちゃ。酒で!
『あれ?私の湯呑ど……こ……』
「ゴホゴホゴホッお、お酒だった」
『……』
「えーー!?ごめんなさい、利吉さん!」
「だ、大丈夫らよ。しんべぇくん(呂律が回らにゃい)」
「利吉さん、お水!お水!」
「乱太郎くんありがとう……ゴホッ!?」
「え!?これもお酒だった!?」
「う、う~~~ん(目が回る)」
利吉さんの体がゆらゆら揺れている。
私の様子をじっと見ていたきりちゃんが私の背中に隠していた酒瓶を引っ張り出した。
目を丸くする乱太郎くんとしんべヱくんに苦笑い。
「う~~ん」
『酔っぱらっちゃったね』
「ユキさんどうするの?」
少し考えて、私を見つめる三人に頷く。
『うん、よし。転がしておこう!』
直に良くなるさ!
「「「はーーい(転がす?)」」」
一瞬目を丸くしたが三人からは良いお返事。
木に寄りかかってスヤスヤ眠る利吉さん。
これで、ヨシ!
『蒸しプリン食べる人!』
「「「はーーーーい!!」」」
私たちはお花見を再開した。
***
「という訳で、ユキさんが湯呑でお酒を飲んでいたために、水だと勘違いして利吉さんが飲んでしまったのです」
山田親子の前で縮こまる私。
「私、放っておかれたのか……(泣きそうだ)」
ションボリと肩を落とす利吉さんを哀れな目で見る山田先生の前で私は更に小さくなった。
『そ、そういう訳ですので、今回のことは私に非があります。利吉さんの事は許してあげて下さい』
「う、う~む。いや、水を酒だと勘違いした利吉も悪いわけだから。取り敢えず、雪野くんは顔をあげて」
『ですが……』
「二人とも成人しておるわけだし、お酒を飲むこと自体は悪くないのだからな」
山田先生は項垂れている利吉さんの肩に手をポンと置きながら「以後気をつけなさい」と
優しい声で声をかけた。
「それじゃあ私はこれで。きり丸、行くぞ」
『はい。ご迷惑をおかけしました』
これからが面白そうなのにと駄々を捏ねるきりちゃんを引っ張って行く山田先生が出口でクルリと振り向いた。
「雪野くん」
『はい』
「……お酒はほどほどにな」
『……はい』
残念なものを見るような目をした山田先生。
私は二度と人の前でお酒を飲まないと誓った。(たぶん守られない)
「ユキさん。申し訳ありません」
山田先生が去って振り向くと利吉さんがスっと頭を下げた。
『とんでもない!利吉さんは悪くないですよ。さっきのきりちゃんの話を聞いていらっしゃったでしょう?顔を上げてください』
顔を上げた利吉さんの表情が歪み、彼は辛そうに手を頭にもっていった。酔いがさめていないんだ。
『ゆっくり横になって』
「すみません」
利吉さんの背中に手を回して横になるのを助ける。枕元にあった手ぬぐいを桶に入った水に浸して冷たくし、火照った利吉さんの顔を冷やす。心地よかったらしく彼の口から吐息が漏れた。
「ご迷惑をおかけしました。情けない所を見られてお恥ずかしい」
『そんな!利吉さんこそ私のこと嫌になったでしょう?私は湯呑でお酒を飲む酒豪女で
酔った利吉さんを放置したりした冷血漢です』
「たしかに湯呑でお酒プックク、凄いですよね。フフ」
利吉さんは好きなら好きと言ってくれたらよかったのにとクスクス笑った。顔を赤くして俯く私の手に利吉さんの手が重ねられる。
「私がユキさんを嫌いになるなんてことはありませんよ」
『え?』
顔を上げるとふわりとした笑顔の利吉さんと目があった。
「ユキさんは冷血なんかじゃない。酔っている私をずっと気遣っていてくれていたではありませんか」
今みたいに冷やした手拭いで私の顔を拭いてくれていました。それに、ずっと私の手を握ってくれていたでしょう?利吉さんはそう言って微笑んだ。
『起きていたの?』
「えぇ」
悪戯っ子のような顔をして笑う利吉さんに私は眉を釣り上げる。起きていたのなら言ってよ!
ん?記憶があるってことは、口づけは!?
『利吉さん、本当に酔っていました?』
「そ、それは本当です!」
『怪しい』
じとっとした目で見つめると利吉さんは焦りながら「信じてくださいよっ!」と手を顔の前で左右に振った。
『わかりました。信じましょう』
「本当に?」
『えぇ。だって、あの泣き叫び方は演技とは思えませんから』
「はあぁ私、そんなに酷かったのかい?」
にやっと笑って言うと、利吉さんは困ったように眉尻を下げて笑った。
『今日は泊まっていくでしょう?』
「うん。そうさせてもらうよ」
『よかった。まだ食べられないかもしれないけど、二日酔いに効きそうな食べ物持ってきますね』
「ありがとう。酒豪のユキさんがオススメするものなら効きそうだ」
『どうかなぁ私は二日酔いとは無縁だから』
顔を見合わせて吹き出す。新野先生に何がいいか聞いて部屋に持ってくると約束する。
「ユキさん」
戸口で呼びかけられて振り返る。
「酔った勢いでもあなたとキス出来てよかった」
『り、利吉さんのバカ!!』
今度はシラフの時に。そう楽しそうに付け加える利吉さんに顔を赤くしながら私は保健室の扉を勢いよく閉めた。