第一章 郷に入れば郷に従え
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20.お花見 前編
朝日が昇る前からこっそりお弁当作り。こっそりってところが尚更ワクワクする。
「これで完成ね。ユキちゃんが手伝ってくれて助かったわ」
『いえいえ。おばちゃんこそお疲れ様です。ふふ、美味しそうなお弁当!みんなの喜ぶ顔が目に浮かびます』
色鮮やかなお弁当の蓋を閉める。
一年は組、学級委員長委員会、先生方の分をそれぞれ風呂敷で包み、他の生徒の分は台車に積む。お花見で使うござや幕は小松田さんが用意してくれているので、これで準備完了。
『私と利吉さんの待ち合わせ時間の方が少し早いので、利吉さんに聞いて、みんなと合流できそうなら合流しようかな』
「あら、そんなこと聞いちゃダメよ」
『え?』
おばちゃんはキョトンとする私に「きっと利吉くんはユキちゃんと二人で楽しみたいのよ」と言って楽しそうに笑った。
『そ、そんなことないと思うけど……』
「でも、二人でって言われたんでしょ?」
言葉を濁す私にやっぱりねとウインクするおばちゃん。なんだか気恥ずかしくなって急いで自分たちの分のお弁当をまとめる。
『それでは、私は着替えてからお先に出発しますね』
「楽しんでいらっしゃいね」
『はい。おばちゃんたちも!』
にこにこ顔のおばちゃんに見送られて厨房を出て自室に戻る。小袖に着替えて髪を結び、最後に利吉さんから頂いたヨーロッパ製のリボンを髪に結んだ。デートみたいでワクワクする。自分の考えにボっと顔を赤くする。
『あ、そろそろ行かなきゃ』
あっという間にいい時間。外出届けを提出して正門を出て待ち合わせの場所に向かう。
待ち合わせ場所は裏山のお地蔵さん。お地蔵さんの横で暖かな春の日差しにボーっとしているとガサガサと茂みが揺れた。
「ユキさん、お待たせ」
『利吉さん!おはようございます』
タタっと走って利吉さんに駆け寄る。
『お仕事お疲れ様です』
「今回は簡単な任務だったから。あ!ユキさん、その髪紐」
『さっそく使わせていただいています。あの、どうでしょう?』
「うん。良く似合っている。可愛いよ」
優しく笑う利吉さん。私も嬉しさと照れ臭さでにへらっと笑みを零した。
「じゃあ行こうか」
『はい!』
当然のように荷物を持ってくれる利吉さんに胸をキュンとさせつつ目的地に向かう。時々振り返って私の様子を確認してくれるところも紳士的。
絵に書いたような好青年っぷりに感動しながら歩いていると前が急にひらけ、幻想的な景色が目に飛び込んできた。
『なんて綺麗……』
上を見上げれば満開の桜が空も見えないほど頭上を覆い、柔らかな春の風が私の周りで花びらを躍らせる。足元は白雪のような桜の絨毯が広がる。
「気に入ってくれたかな?」
『えぇ。何と言ったら言いかわからないくらい。こんな綺麗な桜みたことありません』
現とは思えない世界に胸を震わせながら利吉さんにお礼を言う。私たちは並んで、暫くの間ただただ無言で美しく咲く桜を愛でた。
『ふふ、座って見ましょうか』
「あ、そうですね」
時間の経つのも忘れて見惚れていた私たちは顔を見合わせてクスクスと笑い、お花見の準備を始めた。準備といってもござを敷いてお弁当を並べるくらい。それから、
「これは?」
『お酒です』
利吉さんが眉をあげた。
花見=お酒が脳内にインプットされていた私。元の世界ではアウトだけど、この時代では利吉さんは元服しているし飲めるはず。と一応お酒を持ってきておいたのだ。
『念のため持ってきただけなんです。お茶もありますからお好きな方をどうぞ』
「ありがとう。せっかくだから酒をもらおうかな」
『はい!』
利吉さんにお猪口を渡してお酒を注ぐ。白い盃なので酒の水色に桜の花が映って綺麗。風情があるなぁ。
美味しそうにくいッと飲み干した利吉さんはけっこういける口なのかしら。
「ユキさんもいかがです?」
『私もいいんですか?』
「もちろんですよ。注ぎますね。どの位飲めますか?」
『私は少しだけ。たしなみ程度に……』
無理しないでくださいね、と私の盃にお酒を注いでくれる利吉さん。
はい、ウソつきました。
私は友達の間で“鬼ころし”のあだなが付くほどの酒豪です。
利吉さんにも注いで乾杯。
桜の下で飲むお酒は格別!顔が緩んでいくのが止められないよ。
『そしてお弁当です!』
じゃーんと自信を持ってお弁当のふたを開ける。利吉さんが目を輝かせて「おぉ!」と
感嘆の声をあげた。
「全部ユキさんが?」
『ごめんなさい。私は手伝い程度で殆ど食堂のおばちゃん作です』
正直に自首
呆れられるかと思ったが利吉さんは満面の笑みで「ありがとう」と言ってくれた。この勢いを利用して私は持ってきた小包を取り出す。
「これは?」
『食後のおやつです』
不思議そうに中身を覗き込む利吉さん。
『これは蒸しケーキ、こっちは蒸しプリン、蒸し羊羹、中華風蒸しカステラです』
火加減の調節ができないので、ひたすら蒸した。おかげで広がった私の蒸し菓子レパートリー。
『……(ガバッ)』
「え!?なんでふた閉めちゃうんだい!?」
『なんか急に恥ずかしくなって。あはは』
後ろに隠そうとした私の手に利吉さんの手が重なる。
「先に一つ食べさせてもらっても?」
『ゆ、勇気と覚悟をお持ちなら』
「プックク。そんなのいらないよ」
クスクス笑いながら利吉さんは蒸しケーキをつまんでパクリと食べた。もぐもぐと咀嚼している利吉さんの反応を緊張しながら待つ。
「うん。旨い」
『ホントに?』
利吉さんは返事の代わりに蒸し羊羹を手に取り口に入れ、こっちも美味しいと笑顔を見せてくれた。彼の笑顔が嬉しくて私も笑みを溢した。練習重ねて作ってきて良かった。
『ん~おばちゃんの料理は世界一ですね』
「桜の下だとより一層おいしく感じるな」
美しい桜と美味しいお弁当に会話も弾む。ついでにお酒の量も、あはは。
「こうしていると結婚も悪くない。いや、結婚したいと思うよ」
唐突に言葉を零す利吉さんを見ると彼は照れを隠すように盃を空けた。
『そうですね。毎日おばちゃんの料理を食べられたら幸せだろうな』
利吉さんは任務中の食事どうしているのかな。食べられない時もあるよね。休みの日くらい誰かと一緒に美味しいご飯食べたいと思うよね。
「プッ。なんでそうなるんだい?」
考えていると何故か利吉さんは笑っていた。
『違うの?』
お酒を注ごうと徳利に伸ばした私の手は利吉さんに取られ、そのまま手の甲に口づけが落とされた。柔らかい唇の感触に私の胸がトクリと鳴る。
『酔ってますね?』
「酔っているよ、君に」
さらりと言われたキザなセリフに体温がカーッと熱くなる。熱い眼差しを受け止めきれなくなり視線を逸らし、この雰囲気を変えるために話題を探す。
『そういえば、今日は忍術学園のみんなもお花見なんですよ』
「え?どこで?」
『うーん。どこだろう。場所は聞いてこなかったです』
「そっか」
相づちを打った利吉さんはキョロキョロとあたりを見渡した。
やっぱり大人数のほうが楽しいよね。合流したいのかな?山田先生もいらっしゃるし……。
『食べ終わったしみんなを探しに』
「危ない!」
『え?きゃあッ』
反射的に閉じていた目を開けると目の前には利吉さんの背中。庇ってくれたんだ!何が起こったか分からなかったので、彼の肩ごしからそっと顔を出す。
『バレーボール?』
「そのようだね」
ボールを指の上でクルクルと回しながら利吉さんはふーっと息を吐き出した。
どこから飛んできたのだろう。周りを見渡していると、どこからか聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきた。
「おかしいなぁ。こっちに飛んでいったはずだけど」
「乱太郎、こっちじゃない?」
「僕もそう思う。あれ?どこからかいい匂いがする!」
『あの声は乱、きり、しんの三人!』
「もう見つかってしまったのか」
『え?』
ハアァとため息をついてうな垂れる利吉さんを不思議に思っていると桜の木の間から乱、きり、しんの三人が姿を現した。
『みんなー!!』
「あれ?ユキさんだ!」
「ここでお花見だったんだ」
「利吉さんもいるよ!」
手をブンブン振ると三人がこちらへニコニコと走ってくる。
「「「ユキさ~~ん」」」
『はあい』
膝を地面に着いて駆け寄ってきた三人を抱きとめる。この三人かわいすぎ!幸せだよ~!
「こんなところで会えるなんてビックリ!ユキさんがいなくて寂しいねって話していたんだよ」
『ありがとう、乱太郎くん』
「ねえねえ、これなあに?」
しんべヱくんが覗き込んでいるのはデザートの入った入れ物。ヨダレを垂らしながら目をキラキラさせている。乱太郎くんときりちゃんも期待を込めた眼差し。
『今からデザートなの。一緒に食べようか』
「「「やったーー」」」
桜の下に元気な歓声が響いた。
「やれやれ。急に賑やかになったね。はい、お茶だよ」
「ありがとう、利吉さん」
乱太郎くんたちに手際よくお茶を渡していく利吉さん。気がきくなぁ。
「ユキさんもお茶にする?そろそろ酔ってしまうよ」
『そうしようかな。少し酔っちゃったみたいだし』
可愛く言って小首をかしげる。「大丈夫かい?」と心配してくれている利吉さん、ごめんなさい。
お茶飲んだらこっそり湯呑にお酒を入れてしまおうと思っています。だってお猪口小さいんだもん。私はもっとガバガバ飲みたいのです。
『利吉さんは?』
「私はもう少し飲ませてもらうよ」
『あ、手酌はダメですよ』
「うん、ありがとう」
照れなのかお酒のせいなのか利吉さんが頬を赤く染めた。
みんなでござに座って蒸しデザートを楽しむ。
「ユキさんもお花見だったんだね。教えてくれたらよかったのに」
蒸し羊羹を飲み込んだ乱太郎くんが言った。
『あれ?聞いていなかった?』
きりちゃん言わなかったのかな?きりちゃんを見ると困ったように肩をすくめた。
「それがね、言ったらまずいな~って雰囲気だっからユキさんが利吉さんとお花見だって言い出せなかったんだ」
『まずいって?』
「どういうことだい?」
同時に言う私と利吉さん。きりちゃんの言葉を聞いた乱太郎くんとしんべヱくんは「確かに」とどこか遠い目をしている。
「ユキさんがいなくて先輩方が大変だったんすよ」
きりちゃんは顔を強ばらせながら朝の出来事を私たちに話し始めた――――
***
――今回は、一年は組のみんなと楽しんでおいで――
「あーあ」
ユキさんも一緒に行きたかったのになぁ。利吉さんに先越されちゃった。
「きりちゃんどうしたの?」
「ううん。乱太郎、何でもない」
「乱太郎、きり丸、先に行っちゃうよ!」
「あ、待ってよ、しんべヱ!」
今日は一年は組の秘密のお花見。ユキさんがいないのは残念だけど楽しまなくちゃ損!乱太郎、しんべヱ、は組のみんなと正門へ急ぐ。
「おばちゃんのお弁当楽しみだな~」
「アハハ、しんべヱそればっかり」
いつものようにワイワイ言いながら正門に行くと……
「先生方みなさんお揃いでどちらへ?」
正門で先生方と鉢合わせ。乱太郎が僕たちの言葉を代弁する。
「お前たちこそ皆揃ってどこへ?」
土井先生も先生方の言葉を代弁しているみたい。どうなっているの!?
「みんな揃って何をしておる」
振り向くと学園長先生と学級委員長委員会のメンバー。えぇっ!?秘密のお花見じゃなくなっちゃう!
「「「ああぁーー」」」
その後ろを見て僕たちはさらに驚いた。ズラリと忍術学園の生徒たちが勢ぞろいしている。
顔を見合わせて驚いていると明るい声が響いた。
「はーーい!みんなお待たせ」
笑顔の食堂のおばちゃんを先頭に小松田さんたちが台車を引いてこちらにやって来る。
「こっそり秘密のお花見もいいけれど、どうせなら皆でお花見したほうがいいと思って、全員に声をかけました!」
おばちゃんの言葉でパッと台車にかけてあった布が取られた。僕たちはおばちゃんの手にあるお弁当を覗き込む。
「「「うわぁぁ!!」」」
「みんなで仲良くお花見に出かけましょう!」
「「「はーーい!」」」
見た目もきれいな美味しそうなお弁当!さすが食堂のおばちゃん!
秘密じゃなくなったけど、心は朝よりもワクワクしている。だって、忍術学園のみんなとのお花見は楽しいに決まっているからね。
「はにゃ?ユキさんがどこにもいない~」
喜三太の声で、そういえばと皆あたりを見渡している。
「喜三太くん、ユキちゃんは用事があって来られないのよ」
「えぇーーー!!なんで?なんで?」
「おばちゃんにも分からないけど、みんなで楽しんできてねって言っていたわよ」
おばちゃんが僕の方を向いて人差し指を口の前に持っていって秘密にのジェスチャーした。あ、おばちゃんはユキさんが利吉さんと一緒だって知っているんだ。
でも、どうして内緒?
「ねぇ、きり丸。一年は組はユキちゃんを誘わなかったの?」
「あ、タカ丸さん。誘いましたよ。でも用事があるって断られちゃって」
「ユキちゃんの髪を桜で飾りたかったのになぁ」
残念そうに眉を下げるタカ丸さん。
「せっかくのお花見なのに……」
「ユキさんにこの平滝夜叉丸の華麗な踊りをお見せしたかった!」
「田村三木ヱ門先輩、平滝夜叉丸先輩も」
「どうしてユキさん来ないの?用事ってなに?」
ズイっと半眼で僕に迫る喜八郎先輩の迫力に仰け反る。
「さぁ、僕は用事としか聞いていないので。せ、先輩たち、みんなに置いていかれちゃいますよ!行きましょ、行きましょう!」
膨れっ面になっている先輩たちの背中を押していく。ユキさんて四年生の先輩方とこんなに仲良かったんだ。
知らなかったなと思いながら乱太郎たちと歩いていると、
「ユキさんに桜の枝を持って帰ってあげよう」
「先輩、それすっごくいいアイデアです!」
前の方で二年生と一年い組が話しているのが
聞こえてきた。後ろでも一年ろ組が「ユキさんと幽霊かるたしようと思ったのに」と残念そうな声で呟いている。
さらに耳を澄ませてみる。
「ジュンコ~今日はユキさん来られないんだって」
「よし、みんなでユキさんを探しに行こう!」
「おう!」
「左門、三之助、迷子になるからやめてくれ!藤内、数馬、手伝ってくれ」
「左門どこに行くんだ!?」
「待て三之助!」
うわぁ三年生の先輩方、お花見会場にたどり着けるかな……
「きり丸!」
「うわっ!?七松小平太先輩!?」
後ろから急に声をかけられて体がビクリと跳ねる。
「どーーーしてユキが来ないのだ!?」
「七松先輩、僕に言われましても……」
「ユキが来ないなんておかしい」
「潮江先輩?」
「実はね、ユキちゃんが僕たちに今日みんなでお花見するよって下級生たちに連絡を回してくれって頼みに来ていたんだよ」
善法寺先輩の言葉に頷く六年生の先輩方。
「しかも厨房で(下手くそな)唐揚げ作ってたしな。てっきりあいつも行くものだと思っていたのだが……」
「モソモソモソモソ」
首をひねる食満先輩と「熱心に料理の本を図書室で見ていた」と言う中在家先輩。
「きり丸、何か事情を知っているのではないか?」
「事情って立花先輩、そんな大袈裟な」
おばちゃんが秘密にとジェスチャーした意味がやっと分かってきた。
ユキさんが利吉さんと二人きりだと知った先輩たちがどんな行動に出るか考えるだけで恐ろしい。利吉さんは嫉妬の嵐に見舞われるだろうな。
六年生の先輩方の質問に「とにかく知らない」で切り抜ける。
「はあああぁ疲れた」
やっと乱太郎たちと合流できた。
「皆なんで僕に聞くんだよ~」
「きりちゃんはユキさんと仲いいから」
「それはみんなもだろ?」
「ん~そうだけど、きり丸はユキさんに頼りにもされているっていうか」
他の人からそんな風に見えていたんだ。乱太郎としんべヱの言葉に胸がポカポカ温かくなって少し誇らしくなるのを感じた。
「何で笑ってるの?」
「へへ、なんでもなーい」
「何かあやしーー」
「あやしいーー」
乱太郎、しんべヱと追いかけっこが始まった。先輩たちの間を走り抜ける。
「お、ちょうどいいところに来たね」
「不破雷蔵先輩?それとも不破雷蔵先輩の変装をした鉢屋三郎先輩ですか?」
いつの間にか五年生の先輩方のところまで走ってきていたみたい。先輩は「不破雷蔵だよ」と笑った。
「僕に何か御用ですか?」
「ユキがどこに行ったか知っているか?」
僕にぐぐっと迫る尾浜先輩。
「し、知りません」
「本当か?」
「ほ、本当ですよ、尾浜先輩!この目を見てください」
心を強くして真っ直ぐに目を見つめ続けると尾浜先輩はため息をついて「口は割らないか」と呟いた。
げっ、バレてる!?
「きり丸、ユキの居場所を教えてくれ。この子のために!」
竹谷先輩が背負っている籠の中身が見えるように後ろを向いて身を少しかがめた。中を覗き込む。
「うわ!?な、な、なんすか!?」
「文ちゃんだよ」
「名前を聞いているんじゃなくって、この動物は何かって聞いたんすよ!」
しかも文ちゃんって……潮江先輩が聞いたら絶対怒るよ。
あ、でもこんな怖いもの知らずの名前つけたのユキさんだな。
じゃなーくーてー!!
「どうして狼を連れてきたんすか?」
「こいつはユキに懐いているから」
ユキさんの名前にピクリと耳を動かして反応している狼。人間だけじゃなく動物にも好かれるんだ。
「桜入の豆腐を作ろうと思っているのに肝心のユキちゃんがいないなんて」
「久々知先輩、もしかしてお花見会場で豆腐作る気っすか?」
「あぁ!」
久々知先輩が笑顔で頷いた。
「出来立てを食べさせたいから、きり丸。ユキちゃんの居場所を言うんだ」
「だから知らないって、え?え?先輩方!?」
僕を取り囲む先輩方の輪がぐっと縮まった。
ど、どうしよう!!
「なんで、えっと、先輩方は僕が、ユキさんの居場所を知っていると思われるんですか?」
「ユキが言っていたからだ」
「!?」
「きり丸?」
鉢屋先輩に怖い顔でぐっと詰め寄られる。
「ほ、本当に、僕、どこに行ったかは知らないっす!」
本当の本当に!
顔の前で両手をブンブンと振る。
「ほう」
鉢屋先輩がニヤリと笑った。
嫌な予感。
「どこに行ったかは、か。誰と行ったかは知っているわけだな」
「ぐうっ(しまった!)」
五年生の先輩たちはユキさんが誰かと約束があったことは知っていたんだ。わあぁどうしよう。もう利吉さんとお花見だって言うしかないよ。
お花見会場が大荒れしそうな予感。
「こら、きり丸!やっと見つけたぞ」
「土井先生!!」
「「「「「(チッあと少しだったのに)」」」」」
「まったく。花見の前から追いかけっこをするだなんて。列に戻りなさい」
「は、はい!先輩方、失礼します」
土井先生の後について五年生から逃げる。
ふぅ危なかった。
「なぁ、きり丸」
「ユキさんですか?」
「え!?私はまだ何も!」
『何も言わなくても分かりますよ。だって先生の顔に書いてあるもん』
土井先生は困ったように頭を掻いて笑った。
「……きり丸なら、ユキが来ない理由を知っているかと思ってな」
「知っていますけど、聞かないほうがいいと思うっすってえぇ!?」
土井先生に抱かれて木陰に連れて行かれた。
目の前の先生はすごく慌てている。というか不安そう?
「きり丸、ユキが来ない理由を教えてくれ」
「うーん。でも、土井先生ショック受けると思うよ」
「覚悟は出来ている。言いにくいことも分かっている。でも、頼む!」
「でも。うーん」
別にユキさんに秘密にして欲しいと言われたわけじゃないしな。
利吉さんは秘密にしたいと思うけど……僕はどっちかというと土井先生の味方だし。
「……ユキは私と会いたくないから花見に来ないと言ったのだろう?」
考えていると土井先生が思ってもみないことを言った。
「どうしてそうなるの?」
「え?違うのかい?」
しまったという顔をする土井先生。これはあやしい!
「土井先生、ユキさんに手出したんだ!」
「こ、こら!なんて言い方するんだ。手、手なんかだして、出して?ない!」
真っ赤になって怒る土井先生から逃げる。
なーんだ。奥手だと思って心配していたけど、先生もけっこうやるじゃん。
「きり丸、戻ってきなさい!まだ話の途中だッ」
土井先生とユキさんがくっついたら嬉しいな。
でも、そうなるのはもっと先がいい。
僕だってユキさんともっともっと遊びたいもの。
「土井先生、ファイトッ!」
応援してるよ。
心の中で付け足して、乱太郎たちと合流した。