第一章 郷に入れば郷に従え
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2.家訓其の壱
私は組み伏せられているのも忘れてあるはずのない団子屋を凝視する。
窓から出ている湯気、香ばしい香り。
「あれ、そこにいるのは利吉さんじゃないっすか」
ワナワナと震えていた私はきり丸君の声で我に返る。
利吉と呼ばれた青年は笑いながら地面に這いつくばるのをやめて立ち上がり、涙を指で拭いながら私たちの方に歩いてきた。
「おいで、きり丸」
利吉と呼ばれる青年は駆け寄るきり丸君を受け止めて私にニコリと笑いかけた。
なんと顔面レベルの高い青年だ。
この人に私のなり振り構わない姿を見られていたのか……。
「土井先生、何があったのかお聞きしても?」
「うーーん、私も説明できる自信がないよ」
『センセイ?』
私が疑問符を浮かべながら呟くと数十センチ前にある顔は困ったような笑みを浮かべた。
「もう殴らないって約束してくれるかい?」
私がコクコクと頷くと土井先生と呼ばれる男性は私を解放し、よろめく私の手を取って立ち上がるのを助けてくれた。
「話の前に傷の手当が必要なようだな」
『わぁっ』
呆然と団子屋を見つめていた私は突然の浮遊感に身を縮める。
戸惑う私をよそに土井先生と呼ばれる男性は私を軽々と横抱きして団子屋へと歩いていく。
「おばちゃーーん。団子とお茶四つ下さい」
「あいよー。桶に水入れたげよっか?」
「助かります」
イケメンの青年が注文をとってくれた。
下ろされた店の外のベンチを拳で叩いてみる。
「お姉さん何してるの?」
『これ本物かなーって』
きり丸くんが訝しげな顔をした。
「利吉くん、悪いがきり丸とこの人を頼んでいいかな?彼女の荷物を地面に放り出したままでね」
『あ、私取りに行きます』
「君は休んでいなさい」
そう言うと土井さんはありえない速さで走っていった。
体育の先生とかかな?
「ふふふ、随分激しい痴話喧嘩だったわね」
『え゛』
含み笑いの団子屋のおばちゃんからお茶を受け取る。
『ご、誤解です』
あんな激しい夫婦喧嘩あってたまるか。
「あはは、いいのよ。今の時代、女も強くなくっちゃね」
ウインクをして去るおばちゃんとクスクス笑いながら桶を受け取るイケメンな青年。
「お待たせ」
『ぎゃっ』
突如背後からかけられた声に体が大きく跳ねる。
後ろを振り向くと私の荷物を手に持った土井さんが私の奇妙な悲鳴に苦笑していた。
いつの間に戻ってきたの!?
「すまない。驚かせてしまったね」
『いえ、ありがとうございます』
土井さんは頭を下げる私の隣にストンと座った。
先程まで恐怖で分からなかったが土井さんも爽やかで優しい顔のイケメンさんだ。
こんな状況じゃなかったら両手に花なのにと考えてしまう私は阿呆でしょうか。
「私の顔になにか付いているかい?」
『いえ、怪我されていません?』
「私の心配より自分の心配をして下さい」
土井さんはそう言って私の傷の具合を見てくれた。
「腕と手のひら、それに……顔も傷つけてしまったね。私は女の子の顔に……」
『このくらいかすり傷ですから直ぐに治ります。そもそも私の自業自得なんですから、
気になさらないでください」
「そうは言っても……」
『あ、そうだ!自己紹介がまだでしたね。私は雪野ユキと申します。皆さんのお名前をお伺いしても?』
心を痛めている様子の土井さんに申し訳がなくて話題を変えて3人の顔を見る。
「私は土井半助と言います」
「私は山田利吉。どうぞよろしく」
『えっと、土井さんに山田さん』
「私のことは利吉と呼んでください。その方が呼ばれ慣れていますから」
『私も下の名前で呼んでください。きり丸くんもユキって呼んでね』
「うん、ユキさん!」
挨拶がおわったところで土井さんが手拭いに水を含ませ、傷口を洗い流してくれた。
今日はジーパンを履いていたので足を怪我することはなかった。
利吉さんは貝殻に入った軟膏を傷口に塗って腕に包帯まで巻いてくれる。
私は手当の間中、自分が犯してしまった失態について考え、恥ずかしさと申し訳なさで身悶えしそうなのをぐっと我慢する。あぁ、私は何てことを……
「さて、治療が終わったところで本題にいぃっ!?」
『土井様、申し訳ありませんでしたっ!』
私はベンチに座った変態さん訂正、土井様の足元に土下座して頭を下げた。
『私、土井様のことを勝手に誘拐犯と勘違いして……殴って、蹴って、暴言吐いて』
「か、顔を上げてください。それから様は恥ずかしいですよ。私も利吉くんと同じ様に半助でいいですから」
『私のやったことは謝っても許されることではありません。ですが、謝らせてください。
本当に申し訳ありませんでした。きり丸君にも怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい』
「いえ。僕は全然いいっすよ」
きり丸君は慌てた顔で両手を顔の前でブンブンと振った。
恥ずかしさと罪悪感で顔が上げられない。
「ユキさん、私もきり丸も怒っていませんよ」
優しい言葉とともに私は両手を引かれた。
立ち上がった私の目の前には優しい笑顔。
「勘違いしていたとはいえ、私の生徒を守るために戦ってくれたあなたを責めることはできません」
私は半助さんにあんなに酷いことをしてしまったのに――――――
鼻の奥がジーンと痛くなる。
「あー!土井先生が泣かせたー」
「き、きり丸!」
きり丸君の一言で場の空気がパッと明るくなる。
思わず私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
「さあ、そろそろ君の話を聞かせてくれるかな?」
半助さんに促され私は今日の出来事を事細かに説明した。
口に出すと頭が整理されていく。
私が周りに“異変”を感じたのはあの稲荷神社で何気なく口に出したお願いをしてから。
「まさかそんなことが・・・」
『ありえませんよね』
私は利吉さんの言葉を引き継いでため息をついた。
自分だって信じられないのに誰かに信じてもらおうなんて無茶な話。
「だがしかし、時を渡ってきたというなら見たことのない服装や道具も納得がいく。私はユキさんを信じるよ」
『半助さん……』
ポンと肩に手を置かれて顔をあげる。
「私も信じますよ。嘘をつくような人には見えませんしね」
隣の利吉さんもにこりと笑ってそう言ってくれる。
『利吉さんも……』
真っ暗だった視界に光が差したよう。
信じてもらったからといって状況が変わるわけではないが心の中には勇気が生まれた。私の中に前進するエネルギーが湧いてくる。
そうだよ、クヨクヨしている場合じゃないよね。
「でも、ユキさんこれからどうするの?」
心配そうな顔で私の顔を覗き込むきり丸君の頭を撫でる。
『気にかけてくれてありがとう。私は取り敢えずあの稲荷神社まで戻ってみることにします』
そう言って荷物を両手に持ち、ニッコリ笑ってみせる。
私は大丈夫だ。
「私がついていければ良かったのですが」
『いえいえ、利吉さん。まだ日も高いですし大丈夫です!それに私の凶暴具合はご存知でしょ?』
パチリとウインクして見せてから、頭を下げる。
『半助さん、利吉さん、それにきり丸君、ご迷惑とお世話をおかけしました』
心配そうな眼差しに見送られながら私は来た道を戻っていく。
「ユキさーーん!気をつけてねーー」
雪野家の家訓、其の壱 人生なんとかなる!
竹林の入口。
私は振り返ってきり丸君に手を振りかえしながら林の中へと入っていった。
***
山間から差し込む陽の光は刻一刻と細くなり、日中とは違う身震いするような冷たい風が吹きつけるたびに私の焦りは大きくなってくる。
まずいよ……もうすぐ日没だよ。
『やっとハァハァ、団子屋』
半助さんたちと別れた私は来た道を戻ったが、記憶していた場所にあの稲荷神社はなかった。
子供の頃から遊んだ山だからと神社を探しに山に入った私だが何度も道に迷い、森から抜け出た時にはすっかり日が傾いてきていた。
そして今、橋を渡って団子屋の前を通り過ぎた私は最後の希望をかけて家のある村へと足早に歩を進めている。
『!?あ、うぅ……』
舗装されていない道にヒールが引っかかり本日何度目かの転倒で体を地面に打ち付ける。
鬱陶しいヒールに悪態をつきながらも靴を脱がないのは裸足で山道を歩くよりは遥かにマシだから。
『あとちょっとよ。頑張って、私』
自分で自分を励ましつつ、両手の荷物をガサガサ言わせてお地蔵さんを目印に左に曲がった私の目に映ったのは生まれ育った居心地のよい小さな村ではなく、どこまでも続いているように思えるような鬱蒼とした雑木林。
『お団子屋も閉まって人もいないみたいだったし、お手上げだわ』
今日はここで野宿かな。
こんな状況なのに私が冷静でいられるのは破天荒な家族のおかげ。
私は人生で初めて我が道を行く自分の家族に感謝した。
体力も気力も限界に来ていた私はその場にしゃがみこみヒールの高い靴から足を解放する。
空を見上げると薄紫色の空は色を変え、暗い夜空へと変わってしまった。
今日が満月でなかったら自分の足元さえも見えなかっただろうと考えていると月光で照らされた地面に私のものではない人影が現れた。
『チッ』
「「「舌打ち!?」」」
後ろを振り向くと下品な笑みを口元に浮かべた男三人。
やっと体を休めたばかりの私が思わず打ってしまった舌打ちにいかにも山賊の出で立ちで私を見下ろしていた男たちが仰け反っている。
「こんな田舎で町でも見ねぇようなべっぴんさんにお会いできるとはな」
本来の目的を思い出したらしい山賊壱がいやらしい笑いを浮かべて言った。
「お嬢ちゃん、この片田舎まで俺たちに会いに来てくれたのか?」
舌なめずりをしながら近づいてくる男達の気持ち悪さに虫酸が走る。
「今夜は遊女じゃなく、初心な田舎娘の喘ぐへぶふっ!?」
ドサッと派手な音を立ててお尻を地面に叩きつける男、その両隣の男たちは目を大きく見開きさっと顔を青ざめさせた。
『田舎、田舎、田舎って私の生まれ故郷に喧嘩売ってんのかこの野郎がっ!!』
歩き疲れて、訳の分からないことに巻き込まれて、イライラマックスだった私は気がついた時には罵倒しながら男の顔面を脱いだ靴で殴りつけていた。
そうです、男たちを青ざめさせたのは、私です。
『で?何?それって何のコスプレよ?私を笑わせに来てくれたわけ?』
私はヒールを肩に担ぐように乗せ、たぶん山賊あろう男を見下ろした。
「コスプレ?わ、訳分かんねこと◎△$♪×¥●&%#?!」
「「あ、兄貴いいいぃぃ」」
私に何かを言おうとした頭は私に急所を蹴られて声にならない悲鳴をあげた。
『ご愁傷様』
「なななななめたまねしやがって!」
「かかか、かっくごしやがれっ!」
『あ゛??お前らも同じ目に合わせてやろうか?』
「「「!!!(怖いーー)」」」
山賊姿の男3人は酷いヘッピリ腰になりながら先を争うに私の目の前から消えてくれた。
再び戻った静寂に私の鼓動だけがバクバクと響いているような気がする。
『た、助かったあぁぁ』
緊張の糸がプツリと切れた私はガタガタ震える自分の体を抱きながら地面に膝をついた。
恐怖から解き放たれた私の目からは次々と涙が零れ落ち、手の甲で拭っても拭っても止まってくれない。
「擦るのはよくないですよ」
『ぇ?』
目の前にスっと差し出された手拭い。
『半助さん!?』
顔を上げると昼間に出会った半助さんが黒い忍者っぽい服を着て立っていた。
「よく頑張りましたプッ、フフ格好良かフフ、フ」
『利吉さんも!?って笑い堪えきれてませんよ』
半助さんの後ろから現れた利吉さんが萌黄色の忍者っぽい服を着て、初めて会った時と同じく笑って出た涙を拭きながらやって来る。
私は拗ねたような口調で抗議してみたものの、目の前にいる半助さんと利吉さんの優しい笑顔を見ているうちに視界が涙でぐにゃりと歪んでいった。
本当は怖くて怖くて仕方なかった。
『どうして、こ、こに?』
しゃくりあげるのを堪えながら尋ねると笑い終わった利吉さんは優しく私の頭を撫でながら微笑んだ。
「あなたを迎えに来たんですよ。なかなか行方がつかめず遅くなってすみません」
『迎え、ですか?』
ハンカチで涙を抑えながら首をかしげているとふわりと浮遊感を感じ、私は半助さんに横抱きにされていた。
「私の勤めている忍術学園の学園長にユキさんの事を話したところすぐに迎えに行くようにと。会えてよかったって、え?ちょ、ユキさん!?」
今日一日の溜まりに溜まった感情が溢れ出して半助さんの首に手を回し、甘えるように胸に縋ると初めは驚いた声を出していた半助さんだったが子供をあやすように私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「もう大丈夫だ」
甘く響く半助さんの声に包まれた私はほどなくして深い眠りの中へ落ちていった。
「土井先生」
「なんだい、利吉くん」
「そろそろ交換しませんか?」
「……」
「あ、逃げた」