第一章 郷に入れば郷に従え
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19.お弁当
『うわぁぁふきこぼれたっ!』
「ユキちゃん、開けちゃダメよ!」
『(開けちゃった)熱ッ』
水桶に手を突っ込む私におばちゃんは苦笑い。
「弱火にする合図だからふきこぼれていいのよ。あと、赤子が泣いても蓋取るなと言う言葉があるくらい蓋は開けちゃダメなの」
『気をつけます……』
釜戸でご飯炊くのがこんなに難しいとは思わなかった。日曜日までに上手く炊けるようになるかな。上達しないと利吉さんに黒焦げごはんかお粥を食べさせることになりそう。
「火傷は大丈夫?」
『はい。痛くないです』
「ふふ。それにしても急に料理をおしえてだなんて良い人でも見つかったの?」
『いえいえ。実は日曜日に利吉さんとお花見に行くことになって』
「お花見?今の時期に?」
『遅咲きの桜が咲いている場所を利吉さんが見つけてお花見に誘ってくれたんです。お弁当作っていくって約束していて』
「あら、それじゃあ頑張らないとね」
若いっていいわねと笑うおばちゃんの横で私は胸の中を不安でいっぱいにしていた。
おかずの練習もまだだし間に合うかなぁ。フライパンにくっついた厚焼き玉子を剥がそうと格闘していたらさい箸がバキッと折れた。ついでに私の心も折れた。
『おばちゃん。練習のために自分のごはん自分で作ってもいい?』
「いいわよ。時間はあるもの。頑張って!」
精一杯明るい声を出すおばちゃんの声が朝の厨房に響いた。
お昼休み、お弁当に入れるおかずを決めるために図書室に行った私は“サルでもできる簡単料理”という酷いネーミングセンスの本を手にとった。この本で失敗した時の心のダメージは大きそうだ。
『……春っぽいのがいいよね』
気を取り直してページをめくる。
せっかくのお花見だから見た目も華やかなお弁当にしたい。外で食べるから食べやすい料理がいいよね。巻き寿司、卵焼き、カラアゲもいいなぁ。
「ユキさん楽しそうっすね」
『おはよう、きりちゃん。今日当番なの?』
ペラペラと本をめくっているときりちゃんに声をかけられた。
「ううん。ユキさんを探してたんだ」
『私を?』
「ここじゃまずいから、ちょっとこっちきて」
なにかな?きりちゃんに手を引かれて図書室の外へ出る。周りに人がいないか確認したきりちゃんに手招きされて身をかがめた。
「次の日曜日、一年は組で内緒のお花見するんだ」
『内緒のお花見?』
首を傾げる私に「先生たちがいたら思いっきりはしゃげないから」と笑うきりちゃん。
どうやら一年は組だけでこっそりお花見をするらしい。お花見に大興奮の一年は組の姿が目に浮かんだ。
「みんなと話し合ってユキさんも誘ってみようってことになったんだ」
キラキラ光る瞳。
きりちゃんの誘いを断るのは心苦しいけど先約があるからなぁ。申し訳なさで顔を曇らせながら口を開く。
『ごめんね。日曜日は利吉さんとお花見の約束をしているの』
「利吉さんと?」
意外そうな顔をするきりちゃん。しばらく顎に手を当てて「んー」と唸りながら考え込んだ後、私を見上げた。
「それじゃあ利吉さんも一緒にくる?」
『ありがとう。でも、一年は組のみんなだけのお花見だったんでしょ?きりちゃんだけで決めたらまずいよ』
それに利吉さんとは学園の外で待ち合わせだからと付け加える。
「ユキさんとも一緒に行きたかったのになぁ。残念」
きりちゃんはションボリと肩を落としてしまった。
『来年は一緒にみよう。今回は一年は組のみんなと楽しんでおいで』
誘ってくれて嬉しかったよ。そう言って頭を撫でると、きりちゃんはようやく笑顔を見せてくれた。
そろそろ鐘が鳴る時間なので本を借りて事務室へ向かう。夕食もお弁当の練習をしようと思っていると横から急に声をかけられた。
「何読んでいるんだ?」
『うわっ!びっくりしたー。三郎くん?』
「あたりだ」
三郎くんが嬉しそうに笑った。
「話があるんだ。ちょっと来てくれ」
ぐいぐいと手を引かれて人気のないところに連れて行かれる。
周りに人がいないか確認する三郎くん。
先ほどのきりちゃんと同じだなと思っていると「次の日曜日に学級委員長委員会で花見をすることになったんだ。ユキも一緒にどうだ?」と質問まできりちゃんと同じ。
『日曜日は用事があって』
「では土曜日はどうだ?」
三郎くんが間髪入れずに言った。
『ええと、みんなに相談しなくていいのかな?学級委員長委員会の顧問、学園長先生でしょ?』
「うーむ。さすがにまずいか」
『まずいよ~』
顔を見合わせて苦笑い。
「その用事ずらせないのか?」
『約束しているから無理なの』
「約束?約束ってことは誰かと会う」
ガン バサバサバサ
物が倒れてなにかが壊れる音で三郎くんの言葉は遮られた。音がしたのは事務室。
すごく嫌な予感――――
「うわあぁぁん!あ、ユキちゃ~~~ん。やっちゃったよぉ」
やっぱり。埃が舞い上がる事務室から出てきた小松田さんに頭を抱える。
『どうされました?(聞くのが怖い)』
「保護者の人たちに送る手紙に墨こぼしちゃって」
『ひぃっ!それって今日中に送る手紙ですよー』
「うぅ。ごめんーーー!」
馬借さんが取りに来る時間までに書き直さないと!
『ごめん。そうゆう訳だから三郎くん、私はこれで。日曜日楽しんでね』
「まだ質問に……」
「三郎くんたち日曜日にどこか行くの?」
『話している場合じゃありません!小松田さん、行きますよ!』
小松田さんの背中を押して事務室に入る。
墨汁の滴る手紙
まずは部屋の片付けから。私は腕まくりをして午後の仕事を開始した。
そして放課後。吉野先生の助けもあって保護者に送る手紙は無事に出すことができた。あぁ、右手が痛い。
「間に合ったね」
『はい。よかったです』
正門の扉を閉めて二人してホッと胸をなで下ろしていると、ヘムヘムが午後の授業の終わりを告げる鐘を鳴らした。
『よし。次はお料理だ!』
「ユキちゃん、お料理するの?」
『日曜日に利吉さんにお花見に誘っていただいて。お弁当を持っていくのですが料理に自信ないから台所かりて予行練習しようと思って』
「お花見か~いいね」
小松田さんと途中で分かれて私は厨房へ。気合入れて作るぞ!
材料を準備して本を開く。
まずは唐揚げに挑戦
『……どうしてこうなった?』
あぁ、腹いせにこの本も揚げてやろうか。
馬鹿にしているように笑う表紙の猿を睨みつけながら私はどうにか自分を制した。
『はあぁ食べ物に見えない』
「あぁ。馬の糞みたいだな」
いつの間にか横に来ていた留三郎が黒焦げになった唐揚げをみて呟いた。よし、いい度胸だなコラァァ!
『喰らえッ』
留三郎の口に揚げたての唐揚げを入れる。ブフッと唐揚げを吹き出した留三郎は水瓶に頭を突っ込んだ。愉快な光景だ。
「何すんだよっ!」
『味見させてあげたのよ!』
クワッ言い返しながら箸で唐揚げをもう一つ摘まみ上げる。
「いらねぇよ。ヤメロ!てか、自分で食え」
『やだ。こんな黒焦げの炭みたいなやつ』
留三郎が私の口に唐揚げを押し込んだ。酷っ!乙女の意地で吐き出さずに唐揚げを飲み込む。熱さとまずさのせいで私の目に涙が浮かんだ。
「感想は?」
『ノーコメント』
絶望的な顔をする私を見た留三郎は無言で厨房から立ち去った。
余計傷つくッ!
「ユキ。今いいかい?」
ハアァと長いため息をついていると半助さんが厨房に入ってきた。
私は唐揚げを隠しそこねた。
「ええと……これは?」
半助さんが唐揚げのなりそこないを見ながら聞いた。
『唐揚げです』
「……聞きたいことがあるのだが」
半助さんは聞かなかったことにするを選択した。
『……なんでしょう?』
「次の日曜日の予定は?」
唐揚げの焦げを包丁で切り落としていた私は手を止めた。今日はみんなに同じ質問をされる。
『もしかしてお花見ですか?』
「えっ!?どうして分かったんだい?」
言ってしまってからきりちゃんの言葉を思い出す。たしか内緒のお花見って言っていたっけ。しまったーー。
『なんとなく。お花見の時期かなーって。あはは』
苦しい言い訳だな。
それにしても、みんなお花見に行くんだね。
『半助さんはどなたとお花見に?』
「先生たち全員で日曜日に花見に行こうという話になってね。ユキも一緒にどうかなと思って」
『そうですか……』
一年は組、学級委員長委員会、先生たち。学園の半分くらいお花見に行くのでは?いっそ皆で行ってしまえばいいのに。
「ユキ?」
『あぁ、ごめんなさい。ボーッとしちゃって。それが、あの、日曜日は予定があって』
「そう、か」
わぁぁぁそんなに悲しそうな顔しないでよぉ。捨てられた子犬のような顔に胸が痛む。
元気づけるために唐揚げを差し出してみた。
「予定が変わったら教えてくれ」
半助さんは唐揚げを見ようともせずに去っていった。
見て見ぬふりもイジメだよ?
少々寂しい気持ちになりながら焦げを削ぎ落とす作業を続けていると厨房に入ってきた
おばちゃんに目を丸くされた。
「う~~ん。これは、ええと」
『利吉さんが可哀想?』
「そ、そこまでじゃないけど……」
自虐的になる私の言葉におばちゃん苦笑
「あのね、ユキちゃん。これは内緒の話なんだけどね」
いたずらを思いついたようなおばちゃんの顔に首を傾げる。手招きされておばちゃんに耳を寄せる。
おばちゃんは一年は組、学級委員長委員会、先生たちから内緒でお弁当を作ってほしいと頼まれたそうだ。
『お花見のお弁当!』
「そうなのよ。ユキちゃんの話を聞いていたからピーンときてね。少人数でお花見するのもいいけど、どうせなら皆でパーっとしたほうが楽しいでしょ?」
『私もそう思います』
さっき思っていた事と同じ。おばちゃんの言葉に笑顔で頷く。
「学園分のお弁当を作るから、ユキちゃんたちの分も一緒に作りましょう」
『いいのですか!?』
「えぇ。そのかわり、日曜日は朝早くからお弁当作るから手伝ってね」
パチリとウインクするおばちゃんに元気よく返事をする。焦げて悲惨なお弁当を利吉さんに食べさせなくてすみそう。
『お花見楽しみですね。みんなへの連絡は私がしておきます』
「ありがとう。お願いするわね」
みんなもお花見に行けることになってよかった。私は衣のない唐揚げを飲み込んだ。
***
くノ一教室は“内緒でお花見グループ”に加わってなかったら連絡しやすかったのだけど、問題はここから。色々とめんどくさくなりそうなので内緒でお花見グループ(長いな)以外への連絡はこっそり行うことにした。
忍者っぽくて楽しい。けど、私がやると気づかれる可能性大なので六年生に協力を仰ぐことに。
『ふぁ、全部おばちゃん任せじゃなく何品かは自分で、ふあぁ頑張りたいよね』
眠い目をこすってページをめくる。
明け方近く、本を読みながらうつらうつらしていると、夜間訓練を終えた六年生がようやく食堂へと入ってきた。学生でこんなに大変だなんて……忍者は過酷な仕事だな。
「おぉ、ユキがいるぞ。もしや私を待っていたのか!?」
私を見つけた小平太くんの顔にパアァと笑顔の花が咲いた。
『うん。おかえりなさい、小平太くん』
「夫婦の会話みたいだ!嬉しいぞ、ユキっ!」
『わわ、なんでそんなに元気なの~』
満面の笑みの小平太くんに抱き上げられてグルグルと回される。
夜通し厳しい訓練をしてきたのにまだ体力が余っているみたい。さすが小平太くん。
「小平太、ユキを放してやれ。目を回しているぞ」
「お、すまん、すまん」
仙蔵くんに言われて小平太くんは私を床に下ろした。視界がゆがんで見える〜。フラフラしていると背中がしっかりと支えられた。
「大丈夫?僕に寄りかかっていいよ」
『ありがとう』
伊作くんの言葉に甘えて体重を彼に預ける。
徹夜に回転はキツかった。
しばらくすると元に戻ったので伊作くんにお礼を言って席につく。
「こんな時間まで何をしていたのだ?」
『実はみんなにお願いがあってさ』
仙蔵くんの問いに答える私。みんなが不思議そうに顔を見合わせた。
私は“内緒でお花見グループ”の話とみんなで一緒にお花見しようという事を伝える。
「ほう。俺たちに隠れて花見の計画とは下級生もやるな」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる留三郎の言葉に他のみんなもウンウンと首を縦に振っている。
「……他の者への連絡は任せておけ」
『長次くん、みんなもよろしくお願いします』
「このくらい朝飯前だ」
『フフ、文ちゃん頼もしい。ありがとね』
「あぁ。うまくやってやるさ」
伝えること伝えたら眠気が我慢できなくなってきた。本で顔を隠しながら大きなあくび。
「と、ところで、料理は誰が作るの?」
『ん?』
眠気でぼんやりしながら伊作くんを見る。彼の視線も他のみんなの視線も私が持っている本に注がれていた。特に私の唐揚げを食べた留三郎は顔を酷く歪めている。
あぁ、そういうことね。
『安心して。料理は主におばちゃんが作って私は手伝い程度だから』
「そっか!」
こいつら一様に安心した顔をしよって……花見の話で盛り上がる彼らを見ながら密かに誓いを立てる。
必ず料理上手くなって見返してやるんだから!!
私は心の中で熱い闘志をメラメラと燃やしたのであった。