第一章 郷に入れば郷に従え
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17.止められぬ想い
半助さんに手首を掴まれている私は転ばないよう懸命に廊下を小走りで歩いている。小袖で歩きにくいし、半助さんの歩幅は私より大きい。いつもの半助さんと雰囲気が違って少し怖い。後ろからは彼の表情が見えないからなおさらだ。
『あの、保健室ここですよ』
保健室の前で足にブレーキをかける。
「……」
『無視ですか!?』
私はそのまま引きずられた。保健室が遠のいていく。どこに連れて行かれるのでしょう?
『痛っ』
急に立ち止まった半助さんの背中に激突した。低い鼻がよけい低くなったらどうしてくれるんだ。私が連れてこられたのは校舎の端の端。普段は誰も近づかない資料室の前。
無言で戸を開ける半助さん。
この中で話すの?え?私、いまからシメられるってこと?
びくつきながら資料室に入ると半助さんが戸を閉めた。
暗い資料室の中に黒い忍び装束を着た半助さん。
めっちゃ怖いんですけど。
『半助さんあの(顔が暗くて見えん)』
暗闇になれない目で半助さんがいるであろう辺りを見ていると私の唇は半助さんの唇に塞がれた。
反射的に離れようとした私は半助さんの力強い腕に引き寄せられる。深く熱い口づけに意識が飛びそうになり半助さんにしがみつく。体の奥から熱いものが突き上げてきて自分を見失いそう。
「ユキ、すまない」
あまりの快感に頭がぼうっとして何を謝られているのか考えられない。
自分の乱れた呼吸音が耳に響いている。口づけの余韻でクラクラしながら近くの棚に手をついて体を支え、半助さんを見上げると彼は片手を額に当てて酷く後悔している表情を浮かべていた。
「ついこの間、強引なことはしないと言ったはずなのに……自制を失ってしまった」
『ハァ、ハァっ、さっきから半助さん……なんか変です。恐いですよ』
この前と同じ。
生徒に囲まれて微笑むお兄さんのような優しい先生ではない。強引で男性的な雰囲気に私は完全に当惑していた。
「恐い……か」
『えぇ。恐いです!いつもの穏やかな半助さんはどこに行ってしまったんです?人が変わってしまったみたい。朝あったときは普通だったのに、さっきから変です!』
混乱した頭で叫ぶ。
「……ユキはハッキリ言うね」
困ったように笑う半助さんは私の知っている半助さん。
心が少しだけ落ち着いた。
『はっきり言いますよ。この前も今日も急に恐くなって、どうしちゃったんですか?』
キッと睨む
半助さんが怖いけど、これからも同じ学園にいるのだからビクビクするのはよろしくない。
「ユキのせいだよ」
じっと返事を待っていると半助さんがポツリと呟いた。
『私のせい?』
「あぁ。今日、山賊に出くわしたそうだね」
なんの関連があるのかしら。考える私の顔を見て半助さんが小さく息を吐いた。鈍くて悪かったわね。
ぷくーと頬が膨らんでいく。
「そんな顔やめなさい」
『だって話が見えないから』
「……ちゃんと話すよ。ここに座って」
半助さんは置いてあった長机に座り、隣をポンポンと叩いた。
行くべきか、行かざるべきか
「襲ったりしないから」
動かない私を見て半助さんが苦い笑みを浮かべた。
『乱暴な事したら噛みますからね』
「ハハそれは恐いな」
乾いた笑い声をあげた半助さんは傷ついた顔。その表情に胸がキリリと痛んで私は半助さんの隣に腰掛けることにした。
「ありがとう」
『いいえ……。さて、理由を教えてください。半助さんの豹変が私のせいですか?』
自分でもわかる刺々した声。
俯いた半助さんはしばらく膝の上で組んだ指を見つめたまま、何かを考えているように
黙り込み、ようやく口を開いた。
「この前の夜、自分を抑えられなくて君に口付けしたこと、橋の上で急に抱きしめたことを後悔していた。恐怖心を抱かせてしまったことも申し訳なく思っていた。だから、この前言ったとおり強引なことはしないと心に決めていた」
だがしかし、と半助さんは続ける。私が山賊に襲われたと聞いて全身から血の気が引いた、と。無事なのか、怪我はしなかったか……私の顔を見るまで生きた心地がしなかった、と。
「ユキの無事な姿に緊張と不安が一気に溶けて自分を抑えられなくなった。おかしいのは自分でもわかっている。君に恐い思いをさせたのは山賊ではなく私かもしれない……君に嫌われても仕方ないと思っているよ」
半助さんは聞いている私が辛くなるような声で言い、顔を背けた。
私は彼の言葉を聞いているうちに胸が温かくなっていくのを感じていた。
どうして彼を嫌うことができる?
『半助さん』
固く組んでいる半助さんの手に自分の手を重ねる。
光のない彼の瞳
「っ!?」
『……半助さんのこと恐いなんて言ってごめんなさい』
「……ユキ」
触れるようにした口づけ。半助さんは驚きで大きく目を見を開いたあと一瞬で顔を紅潮させた。
半助さんに心から愛され、心配してもらっている。
家族のいないこの世界でこれほど私を思ってくれる人がいる幸せ。
『こんなに私のことを想ってくれる人を嫌いになんかなれません!驚きましたし、ちょっと普段と違う半助さんで恐かったけど、それ以上に嬉しいですよ』
ありがとうございます。精一杯気持ちを込めて御礼を言う。
固まっている半助さん。私は重ねていた手に力を込めて彼に微笑んだ。
『私はこの世界に来たばかり。正直、今の生活に一杯一杯で恋愛のことを考える余裕はありません。でも、半助さんの気持ちは真剣に受け止めています』
『だから時間を下さい』と言うと半助さんの固かった顔が穏やかな微笑みに変わっていく。
「ありがとう」
『い、いえ。こちらこそデス』
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
緊張で汗ばむのを感じて重ねていた自分の手を離す。自分の心臓がありえない速さで脈打っているのが聞こえる。
「ひとつだけ言ってもいいかい?」
顔を上げると穏やかだが真剣な半助さんの視線とぶつかった。
「今の世の中は危険だ。あちこちで戦が起こっている。山賊など狼藉をはたらく者も多い。だから危険な目にあわないよう充分気をつけてくれ」
『はい、約束します』
私の答えに半助さんの表情が柔らぐ。
「万が一の時は助けに行くからな」と言ってくれる半助さんの頼もしい言葉。私は込み上げてくる嬉し涙を必死に堪えた。
「ユキはそそっかしいから怪我も気をつけるように」
『わかりました。フフ、でも半助さんも心配しすぎないでくださいね。引っかき傷くらい
で保健室に連れて行かれたら新野先生に大目玉を喰らいます』
「ハハハ野村先生もビックリされているだろうな。顔を合わせにくい」
困ったと床に届きそうなため息を吐く半助さんを見て私はクスクスと小さく笑う。
こういういつもの半助さんも男っぽい雰囲気の彼も、これから色々な半助さんを知っていきたいな。そうすれば自ずと答えも出てくるはずだから。
「名残惜しいがそろそろ出ていかないと人を呼ばれてしまうな」
半助さんが立ち上がった。
授業がない放課後に誰かがここまで来ることは滅多にない。不思議に思いながら戸を開けた半助さんに続いて廊下に出てみる。
誰もいない廊下
「お前たち出てきなさい」
呼びかけるように口に手をあてて半助さんが言うと廊下に面している庭の茂みがガサガサと動いた。背の高い草の間からぴょこぴょこと飛び出してきた頭。
『三郎次くん、左近くん、久作くんに四郎兵衛くん!?』
決まり悪そうに笑いながら出てきた二年生に驚きの目を向ける。
『どうしてここに?』
しゃがんで駆け寄ってきた二年生に尋ねると「ユキさんにお礼が言いたくて」と三郎次くんが少しもじもじしながら言った。
「助けてくれてありがとう」
はにかみながら言う三郎次くんに続いて他の子達もお礼を言ってペコリと頭を下げた。
『わざわざ来てくれてありがとう』
みんなの照れた笑顔に私の頬も緩む。もう、みんな可愛いんだから。
「そういえば、ユキさんは土井先生とここで何を?お手伝いしましょうか?」
久作君の言葉に私の肩がギクリと跳ねる。
半助さん、今ちょっと笑ったでしょ!くすりと笑った半助さんを見上げると悪戯っぽい笑みを零す彼と目があった。二年生への上手い言い訳お任せしますからねっ。
半助さんに集まる視線
「ユキとは逢引」
「「「「ええっ!?」」」」
『ちょっとおぉ!?』
「というのは冗談で」
それ、冗談になっていないから!半助さんって実は仙蔵くんに負けないくらいのサド気質?完全に遊ばれている気がする。
「明日の授業で使う資料を取りに来たのだが、いくら探してもなくてね。考えたら、一年は組の生徒に頼んでいたのを忘れていて……」
バツが悪そうに「ユキさんに無駄足を踏ませてしまった」と頭を掻く半助さんの言葉をすっかり信じた様子の二年生。ほっとしているとヘムヘムが鳴らす鐘の音が聞こえた。
『夕食の合図だ!』
町まで行ったからお腹ペコペコだよ。拳を空に突き上げる私に隣の半助さんが笑みを零した。
「私は夕食の前に自室に戻らないといけない。ユキ、また後で」
『はい。お疲れ様です』
ペコリと頭を下げて半助さんを見送り、二年生に目を向ける。
『一緒に夕食食べない?』
私が尋ねると皆の顔が笑顔に変わった。
夕食をもらって席に着いた私たち。
『左近くん以外とちゃんと話すのは初めてだね。改めまして事務員の雪野ユキです。ユキって呼んでね』
ふわりと笑みながら自己紹介。どうにか大人でお淑やかな女性を印象づけねば。
「二年い組の池田三郎次です」
「俺は能勢久作と言います」
「二年は組の時友四郎兵衛です」
『よろしくね』と言った瞬間、私のお腹が部屋中に響き渡る音で鳴った。食堂に来ていた忍たま達が一斉に振り向く。二年生は一斉に吹き出した。お淑やかに作戦の幕は早々に下ろされた。
「やっぱりユキさんっておもしろい。僕のシュート止めた時もすごかったし」
「保健室に行くまでも珍道中だった」
目の前でウンウンと頷く三郎次くんと左近くん。忍術学園での私の位置づけが雪野=弄られ役に落ち着きそうにあることに危機感を覚えていると隣の四郎兵衛くんが私の袖をくいくいと引っ張った。
『なあに?』
「あのね、今日一緒に寝ようよ」
唐突なお誘い
パカッとした笑顔の四郎兵衛くんの笑顔にキュンとくる。目もまん丸で小動物のような可愛さ。可愛らしいお願いを断るわけないじゃありませんか。
『あ、でも今日は喜三太くんが泊まりに来る日なのよね』
一年は組の子達が毎晩泊まりに来てくれるので私が一人で寝る日はない。
四郎兵衛くんと喜三太くんの二人なら小さいし布団も部屋に入るから大丈夫かな。
「一年は組ばっかりずるいですよ」
「僕たちだってユキさんと寝たいのに」
「俺たちも一緒に泊まりたいっ」
布団の配置を考えていると三郎次くん、左近くん、久作くんが口を尖らせて口々に言った。モテ期到来!?……じゃなくて困ったな。
「ユキさ~ん」
頭を悩ませながら豚の生姜焼きを咀嚼していると背中にドンと衝撃を感じ体が前に倒れた。あっぶなー味噌汁に突っ込むところだった。鼻と味噌汁の間わずか数ミリで体が止まった奇跡。
『喜三太くんったら危ないでしょ』
上体を起こすと喜三太くんは「ごめんなさい」と言いながらも私の膝の上に移動した。
『今日は僕がユキさんのお部屋に泊まりに行く日だよ』
上を向いて私を見上げニコニコする喜三太くんの顔を見れば怒る気も失せてしまう。私も甘いよなあ。自分に呆れながら喜三太くんのお腹に手を回すと「ほにゃくすぐったい~」と楽しそうに笑った。
「なぁ喜三太。ユキさんの部屋でのお泊り、今日は僕たち二年生に譲ってくれないか?」
「えっ!三郎次せんぱい、いやですよぉ」
「一年は組はいつもユキさんと一緒にいるだろ」
ムッとした顔の左近くんも続ける。先輩には強く言えないらしく「楽しみにしていたのに」と肩を落とす喜三太くん。
『前から喜三太くんと約束していたの。二年生のみんなは別の日じゃダメかな?』
私の提案に今度は二年生がションボリと肩を落とした。
『う~ん。喜三太くん、みんな一緒にお泊りでもいい?』
ぎゅうぎゅうになってしまうけど皆で寝られるはず。しばらく考えた喜三太くんは「ユキさんのお布団に入れてくれるなら」と言ってくれた。
『ありがとう、喜三太くん。ちょっと狭くなるけど、みんなもそれでいいかな?』
顔を見合わせて頷くみんなの顔は明るい。どうにか皆が納得できる案が出せてよかった。
『今度埋め合わせするね』
ちょっぴり落ち込んでいる喜三太くんに囁くと彼の顔から笑みが溢れた。
夜は更けて寝る時間
「ユキさんの部屋広いですね」
三郎次くんたちが布団を持って部屋に来てくれた。
「一年は組は部屋が近くていいな」
『左近くんもいつでも遊びに来て』
「俺、ここにする!ユキさんの隣」
「じゃあ僕反対のとなりにする~」
「「あー」」
ささっと私の両隣に布団を敷く久作くんと四郎兵衛くん。頭を合わせるように三郎次くんと左近くんも布団を敷いた。喜三太くんは既に私の布団の中でゴロゴロしている。
うつぶせになって皆でおしゃべりは修学旅行みたいで楽しいな。
「ユキさん、お話して」
私の腕にギュッと抱きつきながら甘えてくる喜三太くんの頭を撫でる。二年生みんなの目もキラキラ。
「ユキさんの世界の物語が聞いてみたい!」
久作くんの声にみんなから賛同の声が上がる。
みんなが知らない話なら外国の話がいいよね。男の子だからロマンチックな話よりも冒険物が好きそう。気に入ってくれるかな?
『このお話は海の向こう、民や天竺より西にある国のお話なの』
灯りを消して話し出す
むかしむかし、あるところに船乗りシンドバットという若者がいました――――
素敵な夢を見られますように