第一章 郷に入れば郷に従え
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16.山賊アゲイン
『おばちゃん、腰痛いの?』
お茶を淹れに厨房に入ると腰を痛そうに摩るおばちゃんの姿。
「あら、ユキちゃん。そうなのよ。重いものを持ち上げた時に痛めちゃってね」
『買い物ですか?』
「お味噌がきれちゃったの。ないと明日の朝困るから買いに行かなくちゃ」
『私が行ってきますよ』
こんな状態で町まで行くなんて大変。余計に腰を痛めちゃう。申し訳なさそうな顔のおばちゃんを椅子に促し座ってもらう。
「悪いねぇ、ユキちゃん」
『気にしないでください。おばちゃんのご飯大好きなんです。だから、早く元気になってもらわないと私が困っちゃいます』
ついでになくなりそうな調味料も確認。
「重かったら無理するんじゃないよ」
『はーい。行ってきます!』
小松田さんと吉野先生に許可を取り、着替えて出発。
おばちゃんの腰早く良くなるといいなと考えながら草履を履いて外に出ると門のところに一年生の忍たまの姿があった。
『こんにちは』
私の声に振り向いた一年い組のみんなは怪訝そうな顔。
「あの」
『ん?』
「どちら様ですか?」
怪訝そうな顔じゃなくて警戒心に満ちた顔の間違いだったよ。私のこと侵入者だと思ったんだね。ちゃんと身構えてエライ、エライ!
『怪しい者じゃないですよ。新人事務員の雪野ユキです。ほら、前に一緒にサッカーした』
敵じゃないよと笑顔でアピールすると、い組のみんなからどよめき声があがった。
「ユキさんって、あのユキさんですか?」
「一年は組とサッカーしたときに鼻血出しながらゴールを守った?」
「ランチに迷ったらAもBも食べちゃうあのユキさん?」
「お風呂で潜水競争して倒れたって噂の!?」
『わあぁぁ恥ずかしいからやめてよッ』
口々に恥ずかしエピソードを言われて耳を塞ぐ。一年い組の子にこんなふうに思われていたのか。
「驚いたなぁ」
耳を引き千切りたい私の元にトテトテと歩み寄ってきた彦四郎くん。
そんなに見つめられたら照れる。他の三人もやってきて、珍しそうな者を見るような顔で私を見上げた。なんとなく皆の顔から心が読める気がする。
『うーん。普段と違ってお淑やかそうに見えるなぁって考えている?』
「「「「うん」」」」
『うん。あ、ありがとう?』
予感的中
声を揃えて頷く四人にがっくり肩を落とす。
普段は動きやすいように忍び装束を着ているからなぁ。たまには小袖を着て仕事をしよう。そのうち女だって忘れられたら困る。
「ユキさん可愛いね」
一平くんが私の袖をくいくいと引っ張った。
『ありがとう一平くん』
「え!?僕の名前知っているの?」
『うん。上ノ島一平くんだよね』
微笑みながら言うと、一平くんの顔が輝いた。
「あの、僕らの名前もわかりますか?」
『もちろん。黒門伝七くん、任暁佐吉くん、今福彦四郎くん』
それぞれの名前を言うとパッと明るい笑顔。
その笑顔が可愛くて頭を撫でると今度ははにかんだ笑みを零した。
『さて、そろそろ行こうかな』
出発しないと帰る時に日が暮れちゃう。
「どこに行くのですか?」
『おばちゃんが腰痛めてしまったから代わりに買い物に行くの』
伝七くんに答えると一年い組のみんなは輪になってヒソヒソ話。何かしらと首を傾げていると彦四郎くんがピンと手を挙げた。
「僕たち一年い組、ユキさんのお供をします」
『え?せっかく授業が早く終わった日なのに遊ばなくていいの?』
「実は何して遊ぶか意見が分かれて困っていたところだったんです」
「ユキさん一人に行かせるの心配ですし」
伝七くんが買い物袋を持ってくれ、佐吉くんに手を引かれる。せっかくだから甘えさせてもらおうかな。
『一緒に買い物お願いします。お礼に町でお団子買ってあげるね』
やったぁと歓声をあげる一年い組の子達に囲まれて私は町へと出発した。
「お団子美味しかったなぁ」
『しんべヱくんのオススメのお店だって』
一年い組の子たちについてきてもらって良かった。半助さんと来たときは連れられるがままだったから町並みをサッパリ覚えていなかった。
一年い組の子が案内してくれたおかげでスムーズに買い物ができた。
約束通りお団子屋さんで休憩してからそれぞれ一つずつ荷物を持って私たちは忍術学園への帰り道を歩いている。
「見て!」
伝七くんの指差す方を見ると馬に乗った男性と横を歩く女性の姿。男性の様子がどこかおかしい。
みんなに声をかけて彼らの元へ走る。
「血が出てる!」
佐吉くんが声をあげる。男性の腕からは血が滴っていた。女性は怪我をしていないようだが、顔色は真っ青。
『ちゃんとした治療はできませんが、血止めくらいはできると思います。馬から降りていただけますか?』
「うっ、すみません……」
応急処置の講習会を受けておいて良かった。
風呂敷を包帯の代わりにして止血をすることができた。
話を聞くと、二人は大店のお嬢様と彼女の守り役。山を越えている時に背後から山賊が現れ、命からがら逃げ出してきたという話だった。
『上手く逃げ切ることができて良かったですね』
「いえ。私が不甲斐ないばかりにお嬢様を危険な目に合わせ、銭を取られてしまいました。しかも、取られた財布の中にはお嬢様の母上の形見の根付が……」
「与作、気にしないで。私はあなたが生きていてくれただけで嬉しいの」
「お嬢様……」
見つめ合う二人。甘い雰囲気。
この二人できてるな。
主従を超えた禁断の愛。燃えるシュチュエーションだものね。
『町はすぐそこですし、お医者さんに見てもらってくださいね』
「え、あの」
甘い雰囲気をぶち破り、戸惑うお嬢様に治療費を押し付けて立ち上がる。
このままここにいて濃厚なキスシーンを見せつけられては大変。一年生には見せたくないもの。
『みんな、帰ろう』
「はい。お二人共お気をつけて」
一年い組の皆の背中を押して二人から遠ざかる。
無邪気に「山賊が出たら守ってあげるよ」と笑顔を見せる伝七くん。他の子も二人の関係に気づいていなかったのだろうな。
みんなの純粋な眼差しが眩しいです。
しばらく歩いていると「山賊が出るって噂、本当なんですね」ポツリと一平くんが呟いた。
彼の言葉に先ほどは笑顔だった伝七くんが小さく眉を寄せる。みんなの顔も不安そうに曇った。
やっぱり怖いよね。私が一番大人だし、何かあったら皆を守らなくちゃ。
『そんなに怖がらないで。山賊だろうが、盗賊だろうが、海賊だろうが、何か変な奴が出てきたら私が追い払ってあげる』
明るい声を出して腕まくり。ついでにボディビルダーのようにポージングをしてみせると
皆は一斉に吹き出した。
「あはは、ユキさんカッコイイ」
「ユキさん大好き」
両側からギュと抱きついてきた彦四郎くんと一平くんの頭をクシャクシャ撫でる。
「山賊くらい僕らだけで倒せるよ。」
伝七くんの元気も戻ってきたかな。
「うーん。でも、僕たちが倒す前にユキさんの顔見て逃げちゃったりして」
『佐吉くん言ったわねーー!!』
ワアッと駆け出す皆を追いかける。追いかけっこは鬼ごっこに変わり、遊びながら山道を登っていく。
ちょうど切り株があったので座って休憩。いい汗かきました。
『このあたりは裏裏山あたりかな』
「そうですね……あ!」
『伝七くん?』
「静かに。なにか聞こえます」
口に人差し指を当てる伝七くんに私たちも耳を澄ませる。木の葉が揺れる音と鳥の声。
<かかってこい!>
<やめろ。逃げるんだ>
<早く野村先生のところへ>
微かに聞こえてきたのは緊迫した少年たちの声。
「これって三郎次先輩たちの声じゃない!?」
彦四郎くんの言葉に頷くみんな。
野村先生って聞こえたし、二年生のみんなに間違いない。何か事件に巻き込まれたのかも。先ほどの山賊の話が頭を過ぎる。
『行ってみよう!助けに行かなくちゃ』
「「「「はい!」」」」
小さい子供をいじめる奴許さない。
私たちは声のする方向へ全力で走り出す。
持っている料理酒壺で顔を守りながら背の高い雑草の中を通り抜ける。争い声が大きくなってきた。
茂みから勢いよく飛び出した私たち。
「盗賊、見つけたぞ!」
私たちは男たちの背後に出た。伝七くんがビシッと山賊を指差し叫ぶ。
伝七くんの声に振り向いた男たちは“いかにも山賊”の身なり。
その中の一人は一緒にサッカーで遊んだ忍たまの手首を持って、引き上げていた。
うちの可愛い生徒いじめる奴、許さん
カーーっと頭に血が上る。
「三郎次先輩を離せっ」
「あ?またガキが増えた――――ヒッお前はギャアアアァ」
ガシャン
振り返った男の頭に私は無言で料理酒壺を振り下ろした。
壺が割れて男の頭に酒と壺の破片が降り注ぐ。アルコールがしみて「ああぁ目がぁ目があぁ」と手で両目を押さえる男に私はどうしても笑いを堪えることができなかった。
『ふはははは!』
「お前、人が痛がっているのに」
『ごめん。こんなところで名セリフが聞けるとは思わなくてさ』
山賊が某大佐の物真似をしている間にささっと三郎次くんの手を引いて背中に隠す。三郎次くんが怯えた顔をしているのは私のせいじゃないと思いたい。
片袖で目をこする男が両膝を地面についたまま私を見上げた。
あれ、この顔見たことある。
どこであったっけ、えっと、えーーと
『あぁ。久しぶり!』
思い出すことに成功して思わず口角を上げた私に男が悲鳴を漏らした。
私は今、すごい速さで山賊の頭からお経を唱えられています。
人をなんだと思っているんだ。
『私、妖しの類じゃないんだけど』
「す、すいません、すいません」
縮こまる山賊頭から目を上げると手下二人の体がビクリと跳ねた。
「か、か、頭をいじめるなッ」
「この化物、悪霊退散!」
『失礼ね。悪霊でも化物でもないわよ。どっからどう見ても人間でしょ!』
「そんな背の高い、おおお女がいるはずない!大女の妖怪ッ」
『チッ』
「「「っ!?(デジャヴ)」」」
私の顔がピシッと固まる。
ギギギと顔を動かすと忍たまたちがまじまじと私を見ていた。
ついに気づかれてしまった。
この時代の平均身長は低い。女性は145センチくらい。男性でも155センチくらい。
160センチを越えちゃっている私(しかもまだ成長期)小さく見せようと小袖の中で足折り曲げてみたり、人より一段下に立ったりと気づかれない努力を続けてきたのに。
『あんたたち、よくも……』
悔しさで体がプルプルと震える。
私の身長は上級生といい勝負……ちゃんと測ったら勝っちゃう可能性もありなんだよ!
今までの努力が水の泡じゃないか。
「ヒイィ大女が怒ったぁ。兄貴、逃げてくだせい」
『大女言うなッ山賊どもがッ。オイ頭!手下の責任取らせてやる。酒は燃えるって知ってるかタコ野郎ッ』
「いやあぁ」と甲高い悲鳴をあげる山賊頭。腰を抜かして歯をガチガチ鳴らしている不甲斐ない手下たち。
私と距離を取って顔を引きつらせている忍たまたち。
狂った獣のような形相で私が一歩踏み出した瞬間、山賊の頭が地面にめり込むような勢いで土下座をくりだした。
「どうか、お許しくだせぃ。俺たちの荷物は置いていきますから。おめぇら持って来い」
『そんなもんで許すか!』
「そこをなんとか!見るだけでもおぉぉ」
泣き叫ぶ頭。
震えながら手下たちは私の足元に盗品と思われる品を置いていく。高そうな着物、巻物、刀(使われなくてよかった)、扇、ネックレス、簪、鏡。
たくさんあるけど探しているものが出てこない。
「これでお暇を……」
刀を手に取り地面にガンッと突き刺し山賊たちを睨みつける。今や山賊に憐れみの目を向けている忍たまたちの前でツライがもうひと仕事。
『ちょっと待って。まだ出してないものあるんじゃない?』
オロオロする山賊たち。これじゃあどっちが悪者だか分からないな。
「俺たちは出せるものは全て出し切りました。なぁ、お前ら」
「「へ、へい」」
『本当かなぁ?』
「嘘は申しておりやせんッ(怖いよぉ)」
山賊たちを睨みつける。
『じゃあさぁジャンプしてみてよ』
「「「え゛」」」
『あ゛ぁ?聞こえなかったの?飛べって言ったのよ。ほら、さっさと飛ぶ!』
山賊たちがジャンプした。
チャリリン
小銭の音
はい、ビンゴー
山賊たちが青ざめた。
『何の音かな?』
優しく尋ねる私と絶望的な顔をしながら財布を取り出す山賊の頭。
「財布です」
『くれるよね?』
「これがないと俺たち路頭にッ」
『出し忘れちゃっただけだよね?』
私の顔から笑顔が零れる。
私は財布の略奪に成功した。
『さてさて……』
捨て台詞を吐く元気もない山賊たちが去った後、残ったのは盗品と苦笑いの忍たまたち。
取り敢えず私も苦笑い。
この空気どうしたらいいですかね?
すっかり怯えちゃっているし――――私にね!
「ハハハ、盗賊に盗品を置いていかせるとは君もやりますね」
困っていると突然背後から笑い声
茂みがガサガサと揺れて出てきたのは知っている顔。
『野村雄三先生?』
「「「「わーーん先生~~」」」」
野村先生に駆け寄る二年生のみんな。山賊に襲われて怖かったよね。
怖かったよと泣きついている二年生と優しい眼差しの野村先生に胸を熱くしていると体の左右前後から小さな衝撃。
「ユキさん一人に任せちゃってごめんね」
「加勢できなかったよ」
「怖くて動けなくて」
「ユキさん無事でよかったぁ」
『みんな……!怖がらないでくれてありがとう!』
野村先生が背後で吹き出した。
しゃがんで涙目のみんなを抱き寄せて、あやすようにトントンと背中を叩く。みんな怖かっただろうによく頑張ったね。山賊がいる間、怖いのを我慢して気丈に振舞っていた皆を誇りに思う。
「さぁみんな。忍術学園に帰るぞ」
手分けして盗品を持ち、私たちは帰路についた。
『見ていたなら助けてくださいよおぉぉ』
一部始終見ていたと言ってキザなポーズを決める野村先生の前でがくっと床に両手をつく。
『しかも授業の邪魔をしてしまったのではないですか?』
「君がそこまで気にする必要はない。それに、あれはあれで勉強になっただろうからね」
学ぶものなんてあったかしら。あぁ、カツアゲの仕方か。純真な心を持つ下級生の心を汚してしまったな。
「ジャンプしてみろ、だったか?あれは実に効果的なやり方だ」
『うぅ、その話はしないで下さい』
「ハハハ今日は雪野くんに面白いものを見せてもらった。ありがとう!」
『野村先生っ!』
笑っていてもキザなポーズは崩れない。ここまでくると尊敬の念さえ生まれてくる。
「私も己を磨き、雪野くんのように一目見ただけで山賊どもが慄くくらいのオーラが欲しい」
今度は真面目に言った。ここも冗談で言うべきところだと思うのですが……それに、それ以上個性的になってどうする気ですか、野村先生。
存在感をつけるには、と真剣に考える野村先生の前でお茶を啜る。あれ?忍者に存在感っていらないよね。突っ込むべきか、面白いから放っておくべきか考えていると外から声がかかった。
「野村先生、失礼します」
「おぉ、土井先生。なんの用でしょう?」
話の邪魔になってはいけないと思い立ち上がった私の手首を半助さんが引っ張った。半助さんの目線まで持ち上げられた手首。小袖が肘まで落ちて腕が露わになる。
「怪我をしているじゃないか」
驚いて固まる私は半助さんに厳しい視線を向けられた。
『怪我していましたっけ?』
身に覚えはないし、痛くも痒くもない。不思議に思いながら自分の腕を見てみる――――えっ!?まさか手首のところに赤い引っかき傷のようなものがあるけど、これのこと言っているの!?
「野村先生、ユキを借りていきます。保健室に行くぞ」
『保健室に行くような怪我ではないですよ?』
ポカンとしながら言うと半助さんに「傷が残ったらどうするんだ!」と怒られた。
野村先生を見る。野村先生もポカンとしていた。たぶん、私たちは同じ気持ちを共有している。
「ついてきなさい。野村先生、失礼します」
『半助さん!?ちょ、え?どうしちゃったんですか!?』
引きずられるように野村先生の部屋から連れ出された私。
「土井先生があんなに怖い顔をするとは……」
恋は人を変える。
(土井先生と雪野くんの恋の行方はどうなるでしょう)
小指を立てて緑茶を啜る野村先生は、過保護すぎる土井先生の恋の行方を心配するのだった。