第一章番外編
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君が好き Ver.竹谷八左ヱ門
『さあ!文ちゃん!取ってこいっ』
ビュンとユキが木の棒を投げる。
放物線を描いて遠くへと飛んでいく棒を子狼のモンは追いかけていった。
俺にはいつも目で追いかけている人がいる。
それは俺の隣にいる人、雪野ユキだ。
彼女と出会ったばかりの俺は彼女に対して良い印象を持っていなかった。
何故なら、登校早々六年生長屋に呼び出されてこんな話を聞かされていたからだ。
「どうやら忍術学園は厄介な女を受け入れたらしい」
立花先輩の言葉に眉を寄せる五年生と先輩方。
「伊作の言うところでは、その女は“異世界から来た”と宣っているようだ」
「そんなに憤って言う事ないよ、文次郎。ちょっと話したけど、彼女はこの学園に害をなすような人ではないと思うよ」
「そんなこと何故分かる?伊作、お前はお人好し過ぎるぞ」
ピシャリ。潮江先輩が言った。
「害をなすかなさないかは分かりませんが、面白い人であることは保証しますよ」
勘右衛門に注目が集まる。
「実は俺、先生方が学園長先生の庵に集まって雪野ユキ って人がどういう人か審査する場を見ていたんです。そしたら、おかしなからくりが突然から人の声が聞こえてきて―――――
と勘右衛門は一部始終を話してくれた。
「へえ。じゃあ、異世界から来たということは間違いないのかもな」
「だが、南蛮の魔術師の可能性も捨てきれないぞ。忍術学園に敵対する城が送り込んできた間者だったらどうする」
俺の言葉に三郎が反論する。
「取り敢えず、警戒して雪野ユキを見ておこう。今日は私がその女を見張っておく」
「いいな~仙蔵!その役目、私に譲ってくれ!」
「こういうのは言ったもの勝ちだ。諦めろ、小平太」
「ちぇー」
「モソモソ(そろそろ中庭に集まる時間だ)」
中在家先輩に促されて、俺たちは中庭に向かう。
『はじめまして。本日より事務員として働くことになりました、雪野ユキと申します。不慣れでご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします』
俺は彼女の事を目を丸くして、口をぽっかり開けて眺めていた。
薄い水色の丈の短い衣を着た俺たちと同年代くらいの少女。
お辞儀をしてヒラヒラと揺れる衣の裾に目がいってしまう。
「八左ヱ門、あの女の色に落ちるなよ?」
「あんなんで落ちたりなんかしねぇよ」
三郎に言い返す。
でも、あれは反則だろー。
脚なげー。肌しろー
「見てみろ。みんな彼女に好感を抱いているようだ」
俺たちだけに聞こえる声で兵助が言う。
「彼女は間者だろうか?それとも害のない一般人だろうか?」
悩む雷蔵の声を聞きながら周りを見渡す。
一年は組を筆頭に、くノ玉まで彼女に心を奪われているようだった。
これは油断ならないな・・・
解散を告げられ、俺は気を引き締めて中庭を後にしたのだった。
***
次の日、俺は朝早くから起き出して動物の世話をしていた。
長期休み中は先生や事務の小松田さん、吉野先生が世話をしてくれていた。
今日からまた、朝早くから動植物の世話をする日常が戻ってくる。
「じゃあ皆、いい子にしているんだぞ。また放課後に来るからな」
俺は世話を終えた動物たちの頭を撫でて丘を下っていった。
井戸で手を洗おう。
そう思って井戸へと歩いて行った時だった。
井戸の方向から人の話し声が聞こえてきた。
この声は立花先輩と――――――あの人だ!
彼女は間者だろうか?それとも害のない一般人だろうか?
雷蔵が言っていた言葉が頭の中で回る。
俺は様子を見るために気配を消して井戸が見える位置の藪に身を隠す。
「そんなに見つめて私の顔に何かついているか?」
『いや、その、楽しませてもらったって言うからさ。ええと、立花さん。つかぬことをお聞きしますが・・・・立花さんって覗きが趣味の変態さん、なのかな?』
「違うわっ!」
何故か雪野さんを疑っていた立花先輩は雪野さんと楽しげに会話をしていた。
雪野さんは立花先輩を怒らせたり、ドン引きさせたり、土下座なんかしちゃって。
まるで漫才のようなやり取りに笑ってしまいそうになる。
いいな・・・
俺の心の中にそんな感情が芽生えた。
俺も話しかけたい。
でも――――――まだ間者だって可能性は捨てきれない。
俺は立花先輩からの雪野さんの報告を聞くことにして、部屋へと戻っていった。
汚れた衣服を着替えて食堂へ。
すると、そこでは吃驚。
兵助が雪野さんと並んで食事をとっていた。
雪野さんと兵助の机には一年は組が陣取っていて俺が座る場所はない。
食堂を見渡すと五年生が集まった机があったのでそこへ行く。
「おい、兵助の奴、いつの間に雪野さんと仲良くなったんだ?」
「それが伊助経由で雪野さんの世界から持ってきた豆腐を食べたんだって。それで兵助は大興奮で喜んじゃって、今の状況」
勘右衛門が説明してくれる。
「それからさっき立花先輩が俺たちのところへ来たぞ。雪野ユキは警戒する値にあたらず。ただの阿呆だと」
三郎が厚焼き玉子を口に放り込みながら言う。
「決め付けるのは早すぎないか?」
「それがこの短時間で色々とドジばかり踏んだんだって」
雷蔵が苦笑しながら話してくれる。
昨日は墨汁を持った小松田さんに墨をかけられて頭から真っ黒け。
一年は組と入ったお風呂では潜水大会をしていたらしい。
そして今日の朝は井戸の使い方が分からず覗き込んだ井戸に落下しそうになったようだ。
井戸で居合わせたのはその場面か。
と思いながら雪野さんに目を向ける。
楽しそうに兵助と話す雪野さん。
二人でケラケラ笑って楽しそうだ。
「私も早くあいつと話してみたいものだ。とは言ってもまだ俺はあいつへの警戒は解いてないけどな」
三郎が言う。
俺も雪野さんと話してみたいな。
早く、どんな人か知りたい。
でも、その機会はなかなかやってこなかった。
俺たちより先に、六年生が彼女の周りに集まってしまったからだ。
話したいと思ってもいつも雪野さんの隣には六年生が陣取っている。
どうやら先輩たちは全員、雪野 さんを無害だと確信したらしい。
一緒に夕食を取ったりして笑い合っている。
それがとっても羨ましくって。
でも、雪野さんに話しかける機会がなくって。
もどかしい気持ちが俺の中で渦巻いていた。
そんなある日の事だった。
「た、大変ですーーた、竹谷先輩っ起きてくださいっ。僕のジュンコが~~」
「げっ。また逃げ出したのか!?夜はしっかり籠に入れておけと言ったはずだろう!」
「すみませんっ」
ビュンと勢いよく頭を下げる孫兵。
「わかった。探しに行こう」
この時間に一年生たちを起こすのは忍びなくて、俺は三年生に手伝ってもらいジュンコ探しを始めることに。
どれほどの時間が経った頃だろうか。
手分けして探していた俺たちの耳に女性の声が聞こえてきた。
「ジュンコージュンコー」
『じゅ、じゅんこ、ここれす!!』
孫兵の声に応えるように発せられた声。
俺たちは声を頼りに走っていく。
そして薮を抜けたその先。
「孫兵、声がしたが誰かと・・・あ!あなたは事務員の雪野さん?」
俺は吃驚して目を見開いた。
そこにはずっと話したいと思っていた雪野さんがいた。
孫兵の話では雪野さんがジュンコを捕まえてくれたらしい。
しかもジュンコをマムシと知った上で!
「僕は五年ろ組、竹谷八左ヱ門です。うちの後輩がご迷惑をおかけしました」
俺はようやく自己紹介できたことを喜びながら頭を下げる。
雪野さんとはその後迷子になっていた三之助と左門を探す事で仲良くなることが出来た。
俺が傷ついて拾ってきた子狼のモンも気に入ってくれて、俺たちはそれから毎日モンの散歩をするため朝早く待ち合わせるようになった。
廊下ですれ違う度に立ち話をしたり、一緒にご飯を食べたりと仲を深めていく俺達。
はじめて出会った頃の警戒心はどこへやらだ。
『八左ヱ門くん、次は八左ヱ門くんが棒を投げて上げてよ』
モンとじゃれあって遊んでいたユキが駆けてきて息を切らせえて俺に棒を渡した。
ビュンと棒を投げる。
モンは嬉しそうに走っていった。
俺は隣で衣についた泥を手で払うユキをそっと見る。
ユキとは良い友達になった。
そう、友達。
ユキは俺を友達としてしか見ていない。
俺はそれが悔しい。
だって俺は、ユキに心を奪われているからだ。
ユキは俺のこと、少しでも異性と認識してくれているのかな?
それさえも怪しく思える。
そんな事を考えていた時だった。
<ウオォン!>
棒を加えて戻ってきたモンが俺にタックルしてきた。
考え事をしていた俺は体勢を崩す。
しかも運悪いことにユキを巻き添えにしてしまいながら。
咄嗟にユキが怪我しないようにユキの頭の後ろに手を入れて俺たちは倒れこむ。
「痛てて・・・大丈夫だったか、ユキ」
瞼を開いた俺の瞳に映った顔。
ユキの顔が赤いのは、朝の光に照らされているからだけではないだろう。
「わ、悪ぃ」
慌てて謝る俺に
『ぷっ。そんなに慌てなくても』
ユキは俺の反応が可笑しかったのか吹き出して笑う。
『ねえ、少し横にならない?』
「あ、あぁ」
俺はぎこちなくユキの上からおりて彼女の隣に寝そべった。
寝そべった俺の手に、ユキの手がちょんと当たる。
俺は朝の澄み切った空気を大きく吸い込んで、気持ちを落ち着けるように深呼吸を繰り返し、そして覚悟を決めた。
触れていたユキの手を、俺はきゅっと握る。
ぴくっとユキの手が痙攣した。
でも、振りほどこうとはしない。
首を横にしてユキの方を見る。
ユキも俺の方を見た。
はにかみながら、ユキが俺に笑いかける。
徐々に明るさを増していく太陽の光
君が好き
今、強くそう思う
ユキが俺を意識してくれた。
それがとてつもなく嬉しかった。
「き、気持ちいな」
『そ、そうだね。空気が澄んでいるね』
ぎこちない会話。
お互いがお互いを意識しているのが感じられ、嬉しくなる。
君が好き
今はまだぎこちないけれど
君との距離を近づけていきたい
少しずつ、少しずつでいいから―――――――