第一章 郷に入れば郷に従え
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14.達人現る
八左ヱ門くんと別れて部屋に戻ってきた。まだ起きるには早い時間なんだよね。庄ちゃんも寝ているから、着替えたりしたら起きちゃう。二度寝しちゃおうかな。
庄ちゃんを起こさないようにそっと布団に潜り込む。んー二度寝って最高!
私はあっという間に夢の中に引きずり込まれていった。
「……さん、てください……」
誰?
さっき寝たばっかりなのに
『あと二ぶ(六分)……あと少し』
「わかりました。二分だけですよ」
ありがとう。
おやすみなさーーい
「起きて……遅刻、ですよ?」
『ふぁあ。もう少し』
眠くて頭がグラグラする。ヌクヌクした布団から起きろだなんて拷問だよ。
いくら遅刻すると……いわれて……も……
「ユキさん!起きなさーーい。もうすぐ授業始まる時間ッ!」
授業、始まる?
『げっ、もうそんな時間!?』
布団を蹴るようにして起き上がる。
入口で腰に手を当てて呆れた顔をしている庄ちゃんと目があった。
『朝ごはん!おばちゃんの朝ごはん食べそこねたあぁ』
「それどころじゃないよ。もうすぐ鐘が鳴っちゃう時間!」
『庄ちゃん相変わらず冷静ね(突っ込んで欲しかった……)』
若干の寂しさを覚えながら腰紐を解いて寝巻きを脱ぎ捨てる。頭の中で運動会の時によくかかる天国と地獄をかけながら早着替え。優しい庄ちゃんが脚絆を巻くのを手伝ってくれた。
「そろそろ教室行くね。顔くらい洗ってから行ってくださいね」
『うん。ありがとう、庄ちゃん』
もうどっちが大人だかわからんよ。
着替えの終わった私はゴムを引っつかみ、庄ちゃんに言われた通り井戸で顔を洗い、廊下を急ぐ。
走りながら髪を結び終え、走るスピードを上げる。
『おっと』
急ブレーキ
走りながら髪結んだ割には上手く結べているじゃん。
鏡の前で身だしなみチェック。よし、完璧!
どうにか間に合いそうだ。
今日は備品の購入リストを作成して、入門表もなくなりそうだから作らないと。昨日作った資料を確認してから先生の人数分書き写して……。
「ちょっと待てぇい!!」
グルリと振り向いた私の顔が恐怖でひきつる。
目の前にはよく知った顔。
私の顔
『いやああぁぁ鏡が動いたあぁぁ!!!』
寝起きで掠れる声で必死に叫ぶ。
目の前の私が手を伸ばしてきた。もしかして鏡に引きずり込まれる!?ようやくこの世界に慣れ始めたばかりなのに鏡の世界に連れ込まれるなんて嫌!
私は、私の顔めがけて拳を振り上げた。
『っ!?』
バシンと良い音で受け止められてしまった私のパンチ。それではと足を振り上げる。しかし、私の右足は私によって掴まれてしまった。私のくせに素早い動き。私のくせに、私のくせに!!
右手と右足を取られてバランスを崩す。しかーし!ここでメゲる私ではない。
『頭突きじゃあぁぁ!!』
「え!?」
頭を後ろに引いて勢いを付けて前に振り出す。
『「痛いッ!!」』
目の前で星が飛んだ。
私と偽物の私は同時に頭を抑えてしゃがみこむ。
『あくりょ、た、退散!』
「ちょっと待て!待てって。落ち着けよッ」
『黙れ悪霊、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』
南無阿弥陀仏を連呼しながら両手を広げて飛びかかると、偽物の私は大いに焦って数歩飛び退き顔を覆った。
『はははチャンスじゃあッ』
封印の仕方は知らないから力ずくでどうにかしてみよう。
悪霊を押し倒して両手首を掴む。
『……んん??』
「あ、あははは」
目を瞬く。
この人誰ですか!?
押し倒した悪霊は私の顔ではなく別の人の顔。ということは―――
『……悪霊よ!それが貴様の正体かッ』
「違うって!!俺は生徒だっ!!」
叫んだ悪霊の服を見る。
頭に群青色の頭巾、首から下は群青色の忍装束
カーーーーン
『さーーせんしたっ!!』
頭の中によぎる二文字 クビ
「プッふはははは面白すぎるよ、最高だ!!」
土下座から顔を上げると悪霊はお腹をかかえて笑い転げていた。
混乱しながら体育座りをして笑い終わるのを待つ。
しばらくして悪霊、訂正、彼はヒーヒー言いながら涙を拭いてようやく身を起こした。
「す、すまん。こんな反応されると思ってなかったから。あ、悪霊ってっぷぷ」
『そんなに笑わないでよ。ほんとーに怖かったんだからね』
恨めしそうに見つめると「悪かったよ」と半笑いで謝られた。お兄さん、謝る気無いでしょ……
『その色は五年生かな?名前、聞いてもいい?即効で担任にチクリに行くから』
「げっそれは勘弁」
ピタリと顔を引きつらせた彼の額をピンと指ではじく。
「痛いって」
『青くなっちゃっているね』
私が頭突きした場所に青あざができている。
自分の額も摩る。たぶん同じようになっているのだろうな。
『保健室行くよ。ほら、立って』
私は彼の手を引いて保健室へと向かった。
「二人とも冷やしていなさい。私は鉢屋くんの先生に一言伝えてくるよ」
苦笑いの新野先生を見送って顔を見合わせる。保健室で寝転がって冷たい手拭いで患部を冷やす私たち。
『なんか私たち間抜けだねぇ』
「そうだな。く、ふふふ」
『プッ。ふふふ』
悪霊と間違えて、頭突きして、青あざつくって。考えたらおかしくて二人して呼吸ができなくなるくらい笑ってしまう。
笑い終わる頃には腹筋が痛くなっていた。
『えっと、鉢屋くんだっけ?』
「五年ろ組の鉢屋三郎。よろしく」
『知っているかもしれないけど、事務員の雪野ユキ。ユキって呼んで』
「おう」
寝転がったまま握手。なんか男くさい喧嘩の和解みたいだな。
「まさか私の変装を鏡と間違えるとは」
『変装だったの?』
体を横向きにして三郎くんの顔をまじまじと見る。
彼はにやっと笑って顔の前で両手をバババッと動かした。
『凄いっ』
手がどいて現れたのは私の顔。
「変装の名人、鉢屋三郎とは私のことだ」
感嘆の声を上げて私が拍手している間に、三郎くんの顔は一瞬でもとに戻る。ん、この顔どこかで見たことあるような……
『!三郎くんて双子だよね?食堂で見たことある』
双子は珍しいから印象に残っていた。
「いや。これも変装。同じ組の不破雷蔵の顔を拝借している」
『じゃあ、本当の顔は?』
「おしえない」
『えーー』
誰にも教えない主義らしい。
残念だが仕方ないか。忍者だもの一つ二つ秘密を持っているものだよ。
『もう一回私の顔になってみてくれる?』
体を起こして寝ている三郎くんの顔を覗き込む。彼は先ほどのように両手で顔を隠した。シャカシャカっとあっという間に私の顔。その器用さを分けて欲しい。
「このくらい朝飯ま、っ!な、何やってんだよッ」
『体は変装してないんだなーって』
胸はぺったんこ。いくらなんでも、私はもう少し胸がある。顔は私、体はそのままみたい。ちょっと安心。
「お前、気を付けないと危ないぞ」
『へ、何が?』
「……私は男だ」
『決してやましい気持ちで触ったわけではなく純粋に三郎くんの変装に興味があったからでして』
「違うって!」
三郎くんが大きなため息をついて「まぁいいか」と呟いた時、ちょうど終業の鐘がなった。
一時間丸々休んでしまった。
早く事務室に行かなければ。
『三郎くんも戻れそう?』
「おう」
『新野先生には私から伝えておくよ。ここも片付けておくから教室行ってね』
「ありがとう……あのさ」
出口で振り向いた三郎くんが躊躇いがちに口を開いた。
「今日の昼休み、用事あるか?」
『いつも通り食堂でお昼食べる予定だよ』
「じゃあさ、一緒に食べないか?」
『いいね。食べよう。まだ話し足りないし』
そう言うと三郎くんは控えめだが嬉しそうに笑ってくれた。
また一人忍たまと知り合いになれて嬉しい。私は機嫌よく鼻歌を歌いながら事務室へと向かった。
カーーンと鐘が鳴ってお昼休み。
午前中に終えたい仕事はハプニングがありつつも終わらせることができた。
食堂へと続く渡り廊下を通り、角を曲がるとタイミングよくランチメニューを見ている
三郎くんを発見。
「Aランチにすべきか、Bランチにするべきか・・・んー」
『両方食べちゃいなよッ!成長期だから許されるぜ!』
「え……はい」
すごく微妙な顔をされてしまった。ご飯が嬉しすぎてテンション上がり過ぎた自分を呪う。
戸惑い気味の三郎くんの隣に並びメニューを覗き込む。
今日のランチはAランチがトンカツ定食でBランチが鯖の味噌煮定食。
ガツっとトンカツを食べたい気分だけど、おばちゃんの和食は特に美味しいんだよね。
たしかにこれは迷うな。
『取り敢えず中に入って並びながら決めようか。寝坊して朝ごはん食べそこねたからお腹ぺこぺこでさ。さあ、入ろ入ろ』
三郎くんの背中を押して中に入る。トンカツの食欲をそそる香りと味噌煮の良い匂い。
『迷うよねー。どっちにするか決めた?』
前に並ぶ三郎くんに聞く。三郎くんと別のメニューを選んで半分もらう作戦
「それが、決められなくて……うーん」
顎に手を当てて真剣に考え込む三郎くん。
どっちを選んでも美味しいのは間違いないし、どっちを選んでも選ばなかった方に未練が残る。
難しい選択だよね。
後ろから「いただきます」の元気な声。振り向くとしんべヱくんが満面の笑みで両手を合わせて食事の挨拶をしていた。彼の前にはA&Bランチセット。その手があったか!!
「はい、次の人どうぞ」
「うーん決まらない、A?それとも『おばちゃん、AセットとBセット二つずつ頂戴』えぇっ!?」
『食べられなかったら私が食べてあげるからさ』
これから迷ったときはしんべヱくんみたいに両方頼めばいいわけだ。おばちゃんの料理は美味しいからぺろっと食べちゃうよ。
「お残しはゆるしまへんで!」
『はい。ありがとう、おばちゃん。お茶淹れてくるから先に席とっといてくれる?』
「あ、ええと、分かりました」
右手にAランチ、左手にBランチ。やっぱり両方注文してよかった。んーーどっちも美味しそう。
『お腹減ったねー。トンカツも鯖味噌も美味しそう。お茶どうぞ』
「ありがとう、ございます」
『いえいえ。あ、敬語じゃなくていいからね』
「……いいのですか?」
『もちろん!さ、食べよう。いただきます』
トンカツを頬張る。カラッと揚がっていて最高に美味しい。
モグモグと食べていた私はふと箸を止めた。
そういえば、三郎くん朝と違って口数少ない気がする。
トンカツから彼に視線を移す。
『ブフウッ!?ゴホッゴホッ』
「大丈夫ですか!?お茶、お茶を飲んでください」
トンカツが喉に詰まった。胸を叩きながらお茶で流し込む。
『たすがった』
呼吸を整えながら、もう一度目の前の彼を見る。
青あざがなくなっている→三郎くんじゃない
私は頭を抱えた。
「あの、雪野さん……」
『もしかして、もしかすると不破雷蔵さんですか?』
「……はい」
ですよね!
私はガクッと肩を落とした。
「やっと気がついたようだな。く、フハハハ」
バッと後ろを振り向くと目の前にいる彼と同じ顔。違うのは額に青あざがあること。本物の三郎くんが現れた。
『やっとって、いつから見ていたのよ』
隣に座った三郎くんにぶすっとしながら聞くと彼は「妙なテンションで雷蔵に話しかけた時からだ」と、にやっと笑った。
よりによって一番しょうもない場面から見られていたのか。
機嫌よく隣に座る本物の三郎くん。
「なぁ、ユキ。鯖味噌定食もらっていいか?」
『ヤダ』
「太るぞ」
『成長期だからいいのよ』
『自分でもらってきなよー』と言いながら、取られないように鯖にかぶりつくと三郎くんに呆れた顔をされてしまった。だって両方食べたいんだもの。
「三郎、トンカツ定食なら手をつけてないからあげるよ」
私が鯖味噌を守っていると雷蔵くんがズイと三郎くんに自分のトンカツを差し出した。
「ありがとな、雷蔵」
『雷蔵くんは優しいね』
「そんなことないよ」
『ううん。妙なテンションで話しかける私を邪険に扱わず、優しく接してくれた雷蔵くんは性格の良い人だと思います』
あんな怪しい口調で話しかけられたら、私は即逃げるよ。そう思いながら雷蔵くんを見ると何故かバツが悪そうな顔。
『雷蔵くん?』
「あの、実は……ユキさんが僕を三郎と間違えて話しかけているって分かっていたんです……」
『そうなの!?』
目を瞬く。
『なぜ違うと言わなかったの?』と聞くと彼から「ユキさんと話してみたかったから」と可愛いらしい答えが返ってきた。
ヤダ、顔を赤らめながら言う雷蔵くんを連れて帰ってしまいたい。
「顔が緩みきっているぞ」
三郎くんがおぞましいものでも見るような目つきで椅子をずらし、私から距離を離した。
表情を引き締める。良い子が多い五年生に雪野は変態だと思われては困るからね。
「三郎がぶつかった相手ってユキさんだったんですね」
『そうなんだよー。もう、朝からビックリ。あ、三郎くん、痛みはどう?授業も遅れていって先生に怒られなかった?』
「あぁ。痛みは引いてきている。授業も新野先生が話してくれていたから問題なかった」
『よかった。私けっこうな石頭だからさ』
私はすかさず「そうだな」と言った三郎くんのトンカツを一切れ強奪した。おばちゃんのトンカツは世界一だ。
「ユキさん、三郎の頭のことなら気にしなくていいんだよ。そもそも三郎がユキさんを驚かそうとしたのが悪いのだし、それに……」
『それに?』
「三郎なら変装であざなんか隠せるはずなんだから。ね、三郎?」
『え!?そうなの?』
「っ!俺は、別に、その」
視線を彷徨わせる三郎くんを見て雷蔵くんがクスクスと笑った。
『三郎くん。もしかして私のあざも消せたりする?』
「顔だけなら他人も変装させられるぞ」
『おぉ!やって、やって』
「任せろ」
三郎くんの手が伸びてきて、私の顔をバババッと弄った。
ペタペタと自分の顔を触ってみるが触っただけだと分からない。困っていると雷蔵くんが吹き出した。
「ご、ごめん」
雷蔵くんが吹き出すくらいの顔って誰よ!
誰の顔に変えたの?と聞こうとした私の口から出た言葉は
『ヘムヘムヘムヘ……ヘムッ!?』
驚いて口を押さえる。どうして私は触ってヘムヘムだって気付かなかったのよ!犬と人間の顔は大分違うだろうに。
私って馬鹿。
「初めての試みだがうまくいったみたいだ」
『ヘムヘム!?(実験台!?)』
「人面犬じゃなくて……犬顔人間。うん、妖怪、犬顔人間!」
上手いこと言ったみたいな顔するなッ。
三郎、後で泣かすからな!
『ヘムヘムヘーム(戻しなさいよ)』
「ユキさん戻してあげなよ」
『ヘム(雷蔵くん、やさしい……)』
「ッブ!ご、ごめんなさい」
私の顔をみて吹き出してしまった雷蔵くんが頭を下げた。笑ったのは君のせいじゃないよ。私だって人間の体に犬の顔ついていたら面白くて吹き出すわ。
『ヘムヘム(いいこと考えた!)』
急にいいことを思いついた。
ポンと手を打って立ち上がる。
「おい、どこ行くんだよっ」
「顔は?ユキさん!?」
せっかくだから一年は組の子たちに見せに行こう!
二人の焦った声を背中で聞きながら私はヘムヘム顔で食堂から飛び出していった。