第一章番外編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
君が好き~Ver.中在家長次
※1章22話
忍術学園のお花見が終わった日、とあるきっかけで私とユキは夜桜を見に行くことになった。
足袋も草履も履いていない裸足のユキを横抱きして桜の木が立つ場所へと歩いて行く。
暫く歩き、藪を抜けると開けた場所に出た。
広場に根を下ろす十数本の桜の木。
闇の中に浮かび上がる薄紅色の桜。
幻想的な景色に私たちは息を飲んだ。
例えようのない美しさ。
隣のユキを見ると瞳を輝かせ、桜の木を見上げていた。
もっと彼女を喜ばせてあげたい。
「・・・登ってみよう」
『のぼる?』
不思議そうに私を見るユキをさっと横抱きをし、トンと地面を蹴る。
桜の木の上に上った私は慎重にユキを桜の木に腰かけさせた。
急に飛び上がった恐怖からぎゅっと瞑っていた目を開いたユキは表情をパッと変える。
花が綻ぶように表情を崩すユキ。
『・・・長次くん。何と言ったらいいか・・・』
感動で声を震わせている。
私は桜よりもユキのその表情に見惚れていた。
彼女に見惚れながら、ユキが安心して木の上で桜を愛でられるように彼女の背中を手で支える。
『・・・ありがとう』
トクリ。胸が鳴る。
目に涙をうっすらと浮かべるユキは美しかった。
彼女の瞳に吸い込まれるように、私はユキから目が離せない。
ざあっ
風が桜の枝を揺らす。
桜吹雪が私とユキを包み込み、私たちは柔らかな桜の香りの中にいた。
無言で桜を楽しむ私とユキ。
しかし、暫くした時だった。
人の気配に神経が尖る。
「・・・・誰か来る」
こんな時間に山奥をさ迷うのは誰か・・・。
山賊かもしれない。
隣で小さく体を震わせるユキの腰に手を回し、安心させるように力を込めながら引き寄せていると、徐々に人影がハッキリしてきた。
「土井先生だ」
『へ?』
何故ここに・・・?
不思議に思っている私にユキは悪戯っ子のような笑みを向ける。
『ねぇ、長次くん。土井先生をビックリさせちゃおうよ』
「・・・モソ」
楽しそうに笑うユキに思わず頷いてしまう。
ユキがどんな悪戯を仕掛けるのか楽しみにしていた私だが、土井先生が近づいてくるにつれて、眉根が寄っていった。
苦しげで、悲しそうな表情。
私たちに普段見せることのない表情。
ユキも土井先生の表情に気づいたらしく、彼女の顔を見れば、私と同じく眉根を寄せていた。
土井先生が桜を受け止めるように手を伸ばす。
「我が恋にくらぶの山のさくら花」
古今和歌集に収められている坂上是則の歌の一節だ。
意味は自分のこの恋にくれべれば、いくら 「くらぶの山」の桜が間もなく散るといっても、その量の多さでは比較にならないだろう・・・という意味。
桜の花の量よりも自分の想いの方がまさっていると歌っている。
土井先生が誰を想って歌っているかは明白だった。
隣をそっと見る。
私は後悔した。
決意に満ちた瞳。
「まなく『散るとも「・・・え」・・・数はまさらじ』
土井先生の歌に被せるようにして歌い、
『受け止めて』
「っ!」
ユキは両手で座っていた木を押して飛び降りた。
土井先生は突然降ってきたユキを驚きながらも受けとめ、ストンと尻餅をついた。
『エヘヘ、ナイスキャッチ!』
「コ、コラ!危ないじゃないか」
『半助さんなら大丈夫だと思って』
にへらと土井先生に笑顔を向ける姿に胸が痛くなる。
あの微笑みは私だけのものであって欲しいのに。
どうしてここに?と問う土井先生にユキは五・六年生に追いかけられてここまでやって来たと伝えた。
座っていた枝から飛び降りて土井先生に会釈する。
「さて、ユキ」
顔を赤くしながらゴホンと咳をする土井先生。
「そろそろ上からおりてくれるかい?」
ユキはまだ土井先生の膝の上。
赤い顔の土井先生にユキはニヤリと笑いかける。
『嫌です』
「ユキ!?ふ、ふざけるのは止しなさい」
『私は本気ですよ』
「っ!?」
私の心臓がドクンと嫌な音を立てる。
戸惑いの表情を浮かべる土井先生に真っ直ぐな瞳を向けるユキ。
彼女の目には今、自分は映っていない。
悔しい、悲しい・・・
しかし、
『私は何時だって本気です。ふざける時も遊ぶ時も食べるときも・・・誰かといる時も。私は相手に正直に、そして何より自分に正直でいたい」
という彼女の言葉に私は胸を打たれた。
その言葉は、彼女をとても良く表した言葉だった。
自分も、正面から彼女と向き合いたい。
「傷ついても嫉妬しても君を愛する覚悟を決めたよ」
ユキに囁き、彼女の頬に軽く触れ「また明日」と忍術学園へと歩いて行く土井先生。
自分よりも一歩も二歩も先を行く土井先生を見て私の中で対抗心と勇気が燃え上がった。
君が好きーーーー
渡したくない
「ユキは土井先生が好きなのか?」
長い沈黙を破って緊張しながら聞く。
『・・・分からない。今はまだ自分のことに精一杯で恋愛にまで気が回らなくて』
「・・・そうか」
私は安堵した。
私にもまだ巻き返せる機会はある。
彼女が土井先生を好きだと言っても今から言う言葉は伝えるつもりでいたけれど・・・
ぼんやりと桜を見上げているとユキの頭に掌をポンとのせる。
「焦らなくていい」
『・・・うん』
私を見上げてユキがふわりと微笑む。
『長次くん、ありがとう』
お礼を言いたいのはこちらの方だ。
ユキと出会えた幸運に恵まれたのだから。
「・・・私も気長に待っている」
『・・・え?』
柄ではないが、どうしても今伝えなくてはならない。
誰にもユキを取られたくない。
「モソ(好きだ)」
勇気を持ってこの一言を伝える。
『えぇっ!?』
大きく見開かれた目。
驚いた表情にクスリと笑みをこぼしてしまう。
君が好きーーーー
私の側にいて欲しい
私はありったけの勇気を込めて愛の言葉を伝えたのだった。