第四章番外編
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君が好き~Ver.七松小平太
私は闇の中を走りながら顔をしかめる。
暗い夜。
私は塀へと走っていく。
「賊だッ。出会えーー」
「庭に逃げたようだぞ!」
へまをした。
細心の注意を払っていたのだが、相手は上手だった。
今回の任務で奪ってくる密書が入っている箱には仕掛けがかけられていた。
密書を入れた箱の内部に鈴がいくつもぶら下げてあったのだ。
真夜中、主の部屋に忍び込み、箱を開けた私。
鈴の音が室内にチリリリリンと響く。
飛び起きた主は「曲者ー!」と叫びながら枕元にあった刀を抜き、襲いかかってきた。
囲まれては困る。
私は主の剣を簡単にいなし、外へと飛び出した。
松明を持った男たちが四方から走ってくる。
私は走った。
この塀を越えれば私の勝ちだ。屋敷のすぐ前は森になっており、森にさえ入れば忍ではない一般人をまける自信があった。
しかしーーーー
ヒュン
カンッ
飛んできた弓矢を飛ばし弾きながら前の闇に目を凝らす。
私は心の中で大きく舌打ちをした。
塀の前に五人の刀を持った男たちが立ちはだかっていた。
斜め右後ろからも斜め左後からも刀と灯りを持った男たちが私の方へと走ってきていた。
囲まれればおしまいだ。
仲間が追い付いてくる前に目の前の五人を倒し、塀を登って逃げる。これ以外に道はない。
「どりゃああああ!」
私は刀を構える五人に手裏剣を投げつける。
「ぐはっ」
「痛っ」
運の良いことに一人の喉元に手裏剣が突き刺さり絶命した。
太ももに突き刺さった者も一人。
残りの三人は手練れと見える。冷静に私の投げた手裏剣を処理した。
この動き、これは雇われ侍だな・・・今自分の前にいる五人は雇われ侍だと見当をつける。これは厄介だ。
侍たちはプロ意識とプライドが高いからな。
私は走りながら鍵縄を投げ、塀にぶら下げておく。
綱を叩き切ろうとする雇われ侍に向かって手裏剣を投げつける。
「四人いれば通せはしまい。縄は気にするな。賊にだけ注意しろ」
「お前に命令されなくても分かっているッ」
イライラしたように叫びながら右側にいた侍が斬りかかってきた。かわす。
同じく正面にいた奴が高くあげていた刀を降り下ろす。私はガキンと刀を受け止め、そして、横へ払った。
「どりゃあっ」
「はあああ!」
二人の侍が同時に斬りかかってくる。
私はサッと身を屈め、地面と平行に飛んでからゴロゴロと地面を転がり、彼らと距離を取った。
懐から煙玉を出し、火をつけ、侍たちの方へと放る。
シューっと白い煙であたりは見えなくなった。
「ごほっごほっ、何だこれは」
焦りのこもった声の侍。
声と咳の位置で敵の位置が分かった。
私は煙の中に見える人影に苦無を投げた。
「うっ」
胸に命中し、そいつは足元から崩れ落ちる。
あと三人。いや一人はふくらはぎに手裏剣が刺さっているからまともに
動けないだろう。だから実質、倒すべき敵は二人。
ヒュンと苦無を投げつける。しかし、煙幕が薄くなっていたため、不意打ちを狙って倒すことは出来なかった。
「小僧が」
ジリジリジリ
侍二人は私を警戒しているらしく、勝負を仕掛けてこない。
このままでは他の大勢の用心棒に追い付かれてしまう。
それだけは避けなければならない事だった。
たぶん、相手は強い。
だが、ぐずぐずしている暇はなかった。
「ヤアアアアア!」
私は声を出して侍二人に襲いかかる。
緑の袴の侍の刃をかわし、間合いを詰め、思いきり横っ面を殴る。男は脳震盪を起こしたように目を白目にして倒れていった。
緑の袴の侍を倒した直後。
「っ!」
間一髪。私の横を刃が通りすぎた。
私はパッと隠し武器の棒手裏剣を投げる。弾かれる間に間合いを詰める。
青い袴を着た男は私が振り下ろした苦無を受け止めた。
金属と金属がぶつかる音が辺りに響く。
じんと痺れる手。
私はぴょんと一歩後ろに下がり、今度は立て続けに縦に三つ手裏剣を投げた。
この投げ方は効いた。侍は手裏剣を弾き切れずに、下腹部と足に手裏剣が刺さった。
逃げよう
呻き苦しむ侍二人に背を向けて、縄を登って塀を登ろうとした時だった。
「に、逃がすかっ」
足を怪我していただけの侍がすごい形相で襲いかかってきた。
「くぅっ」
カンッ、カンッと剣を弾く。
私はチラと横目で新しい追っ手の位置を確認した。
30メートル先まで迫られている。
ピンチだ。
下腹部に手裏剣が当たった侍もこちらに猛進してくる。
やらなけりゃ、やられる
そう思った瞬間、ぞわわわわと全身の毛がそばだった。
自分の野性的な本能が呼び覚まされる。
刀を飛び上がりながら避け、男を上から押し倒しながら喉をかっ切る。
血飛沫が私の顔を赤く染め上げる。
「次はお前だ。いくぞ?」
侍は仲間の死を見ても引かなかった。震えることなく刀を持ち、私に向けている。
私は最後の侍のもとへ走った。
カンッ ガキンッ
相手の剣術はそこそこのものだった。押しつ押されつが続く。
まずいな。追ってに追い付かれてしま・・・っ!?
肩にきた激痛。
奥歯を噛みながら呻く。
しかし、この時がチャンスとなった。私に一撃入れられたと安心したのか隙が出来た。私は苦無を対峙していた男の手元に投げて刀を落とさせ、そして新しい苦無を出し、男の心臓を刺した。
ゆっくりと後へ倒れていく男――――――
「賊だー」
「捕らえろっ」
私は綱を上り塀を越す。
森へ――――――
小平太の姿は闇に紛れ、彼は追っ手から無事に逃げ切ったのであった。
侵入した屋敷と充分距離を置いたところで怪我の応急措置をし、忍術学園への帰り道を急ぐ。
いくつもの森を抜けると見慣れた白い壁が出てきて自然と口から息が漏れる。
「七松小平太です。戻りました」
木戸を叩くとゆっくりと潜り戸が開いた。
しかし、潜り戸を潜り、忍術学園に入った私は固まった。
『小平太くん!!』
ユキが叫ぶ。
待っていたのは小松田さんではなく、異世界からきた事務員、ユキだった。
『どこを怪我したの!?立っていて平気なの?全身血だらけじゃない!』
あれ?
私は私に触れようとしたユキから無意識に後ずさっていた。
『ごめん。触ったら痛むよね』
ユキは勘違いしてくれたらしい。申し訳なさそうに眉を下げる。
『担架を呼ぶね』
「いや、いい」
ユキが笛を吹こうとするのを止める。
「やられたのは肩だけだ。自分で応急措置もしたし、保健室まで自分でいける」
『ホントに平気?』
「あぁ!」
私は今、上手く笑えているだろうか?
私は『お大事にね』のユキの言葉を聞きながら足早にその場を去っていった。
保健室で新野先生に手当てをしてもらう。
「前は雑な応急措置しか出来ませんでしたが、七松くんも成長しましたね」
「ありがとうございます!」
誉められて嬉しい。
だが、心が晴れない。重苦しい。
廊下を歩く私はふと足を止め、自分の手のひらに視線を落とした。
泥と血に汚れた手・・・
「風呂に入ろう」
だが私は先に井戸へ寄ることにした。血はすぐに固まる。井戸端で忍装束を脱ぎ、桶に水と自分の忍装束を入れておく。血が取れやすくなるからだ。
それから私は風呂を目指す。
独占できた風呂は気持ちよかった。
気持ちが良くて、気分も良いはずなのに――――
私は先程と同じように手のひらを見る。
今は血も泥も消え綺麗な状態だ。
それでも、何故だろう。自分の手が血まみれに見えるのは。汚れて見えるのは。
ふと、ユキの笑顔が頭に浮かんだ。
平和な時代からやってきたユキ。
ユキの世界は戦のない世界で、殺人も滅多に起きず、そして殺人など自分の身の回りで起こることではないと、ユキの世界の人々は皆そう思っているくらい平和だと聞いた。
ユキは私をどう思っただろうか・・・?
忍装束をべったりと血で汚してきた私の姿は松明の灯りで見えたはずだ。
私が怪我をしたのは肩だけだと聞いたユキが、私が敵の返り血を浴びたのだと想像するのは容易いだろう。
五年生から授業で時々殺しを行わなくてはならない状況におかれ、それに対応してきた。
今さらなんだ。そう思うのに、ユキがどう思っているか気になる。
ユキは真っ直ぐでいつも太陽みたいに笑っていて、汚れのない奴だ。
一年生の忍たまのように無垢で真っ白な心。
それに対して忍の道を進み始めている私は血塗られた道を歩み始めている。
もう一度手のひらを見る。
手が赤く染まって見える・・・
先程井戸端に置いてきた忍装束を洗おうと井戸へ向かっていると、ジャブジャブと音が聞こえてきた。
井戸を囲む柱に松明が灯されており、井戸を明るく照らしていた。
近づくにつれて見えてきた人物に私の足が自然と止まる。ユキだ。
『ふー。落ちにくいな』
呟くユキの声に彼女の手元を見れば、私の忍装束があった。
「何してるんだ!」
『へ?小平太くん?』
自分の忍装束をユキの手から奪い取り、桶へと投げ捨てた。
「こんな血で汚れたもの、ユキが触れるべきじゃないッ」
『血は早めに落とさないとシミになっちゃうって思って。余計なことしてごめん・・・』
「いや、その、謝ることではない。気持ちは嬉しかった。だけど、その・・・」
首を傾げるユキに「私は穢れているから」と言った。
『小平太くん?』
「私の手は、血で染まってしまっている。今日の任務で気がついたんだ。私、ユキを触れる手を持っていない。この手でユキに触れたらユキが穢れてしまう」
一気に言って、自分の両手を開き、視線をそこに落とす。
松明の灯りに照らされて、私の手は本当に血で染まっているように見えた。
真っ赤に染まったこの手は
二度と綺麗にはならない―――――
『小平太くん』
「!?」
突然、ユキの手が私の両手を取った。
弾かれたように顔を上げると、そこには慈愛に満ちた笑みがあった。
『私は、この手が好きだよ』
「っ!?」
きゅっと、ユキが私の手を掴む。
『一生懸命夢に向かって鍛練する手が、後輩たちを優しく撫でるこの手が、いけどんに塹壕堀りをするこの手がね、好き』
「・・・血濡れた手だぞ?ユキは殺人を嫌悪しているだろう?平和な世界に住んでいたのだから、当然だ・・・」
そう言うと、ユキは息を長く吐きながら首を横に振った。
『どうして手は血に濡れる?それは任務を達成するため。仕方なく、人を殺める時があるからでしょう。私はたしかに平和な世界に生き、命の危機に晒されたことはなかった。でも、ここは違うね』
ユキが私の手を握る手に力を込める。
『私は忍術学園の一員よ。皆が何を目指していてどんな任務をこなしているのか知っている。そして私は皆を応援している。それにね、穢れているなんて言わないで』
あなたに倒された人たち血。
戦った相手には敬意を示すべき。
彼らが流した血は決して穢れたものではない。
ユキはそう言った。
『そう思ってあげないと、死んだ相手が報われないよ?』
ユキが真っ直ぐに私の瞳を覗き込む。
まさか、こんな風に言われると思っても見なかったな。
「ユキ」
『なあに?』
「触れてもいいか?」
ユキは優しく微笑んで頷いてくれた。
そっと、ユキの頬に手を添わせる。
「今日は危機一髪だったんだ。五人の侍に囲まれて、危なかった」
頭を優しく撫でる。
五人の侍に囲まれた時、一瞬死が見えた。
しかし―――――
「ユキの悲しそうな顔が頭に浮かんでな、絶対に戻らなくてはな、と思ったんだ」
君が好き
『小平太くんが生きて帰ってきてくれて良かった』
涙ぐみながらユキは自分の頬に添えられた私の手に自分の手を重ねる。
私は浅はかな考えをしていた。ユキは思った以上に忍を理解し、覚悟を持って事務員をしてくれていた。
ユキは忍の自分を受け入れてくれる。
それが血濡れた世界だと知ってなお。
君が好き
「ありがとな、ユキ」
いつの間にかユキに触れる抵抗がなくなっていた。
ユキを腕の中に閉じ込めて、抱き締める。
彼女の強さ、優しさが、私の心を解放したのだった―――――