第五章 急がば走れ
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8.忍術学園全員出動 後編
バーン
バーン
「わはは!下手くそっ。次は俺の番だ」
バーン
バーン
「見当違いなところを撃ったぞっ。人のことを言えんな。ガハハ」
上で銃声と笑い声がしている。声からするに城の堀に浮かんでいる鴨を撃ち取ろうとしているらしい。地下牢に入れられてから四日経った。食事は一日二回与えられているが、終わりの見えない日々にストレスが募っている。
「みんな僕達がいないって気づいてくれているかなぁ?」
涙ぐみながら喜三太くんが言った。
『大丈夫だよ、喜三太くん。先生たちも先輩たちもとっても優秀な忍者でしょ?それに一年は組のみんなも喜三太くんのこと凄く心配していると思う』
「早く皆に会いたいな」
『そうだね。会いたいね』
「ユキさん・・・」
抱きついてくる喜三太くんの背中を撫でているとガチャガチャと鎧が鳴る音と足音が聞こえてきた。
「おい、小僧」
そう言いながら兵士は牢の鍵を開ける。私は喜三太くんを背中に庇った。
『弟に何の用です?』
「そんな怖い顔するなって。大丈夫だよ、兄ちゃん。鉄砲で鴨を撃ち殺したからそれをこの小僧に取りに行かせるだけだ」
『そんな危ないことさせないで下さいっ』
「あ?」
顔つきの変わった兵士が私を睨みつけた。
「牢屋に囚われている身で口答えか?お前たちの命は俺たちが握っているんだぞッ」
ガンッとした怒鳴り声に反射的に体を跳ねさせる。怖くて震える体。私の肩に小さいが力強い手が置かれた。
「行きます」
『喜三太!』
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。直ぐに戻ってくるからね」
喜三太くんは私に抱きついたが、今度は先程のように心細げに震えていなかった。逆に私を安心させるように背中をトントンと叩いてくれる。ニコッと笑った喜三太くんは兵士の後について牢から出ていった。
ガチャンと無情な錠の音が響く牢の中。
詳しくは分からないがオーマガトキ城の旗色は悪いらしい。いつ攻め込まれてもおかしくない城の無防備なところへ喜三太くんが行ってしまったことに強い不安に駆られる。早く帰ってこないものかと牢の中をウロウロしていると、ガチャガチャと鎧の音が聞こえてきて一人の兵士がやってきた。
「出ろ。小僧のところにつれていく」
『え?』
「心配なんだろう?」
ちょいちょいと手招きする兵士は人の良さそうな顔をしている。
『いいんですか?』
「弟想いの兄ちゃんのようだから」
『ありがとうございます!』
私は兵士の後についていくことにした。兵士たちは皆暇を持て余しているらしく、看守がいなかった。
バーンバーンと上から鉄砲の音が聞こえてきて不安になる。喜三太くんが外堀に行っているのにどうして鉄砲を止めないの!?当たったら、当たったりでもしたら!
怒鳴られても脅されても何とかして鉄砲を止めさせないとと思っていた私は異変に気がついた。城の外側ではなく内側へと入っていっている気がする。
シンとした廊下に響くのは私と兵士の足音と鎧のガチャガチャとした音。
不味い。
おかしい。
私は足を止めた。どうすればいいんだろう。走るか・・・追いつかれてしまう。相手は武器を持った男だ。では、叫ぶか・・・銃声で聞こえないだろう。
サーっと血の気が引いていく。
「どうした?」
人が良いと思っていた兵士の顔は目だけが異常にギラついていた。
「気づいたか」
優しげな顔が崩れ、欲望に醜く歪んだ顔で男は私の肩と腕を掴み、引っ張っていく。
『た、助けっ!キャアッ』
近くの部屋に入れられて、放り込まれた私は床にバンッと倒れ込んだ。
格子窓から漏れる月明かりで男が扉につっかえ棒をしたのが分かった。ここは要らないものを詰め込んだ倉庫のようだった。壊れた物が積み上げられて並んでいて、棚はその重さにもはや耐えきれないといったように歪んでいた。
私は底に穴のあいた木桶を取って近づいてくる男に投げた。木桶の当たった男はゲラゲラと笑う。
「女の力は弱い、弱い。ガハハ」
『こ、こないで』
「女を抱くのは久しぶりだ」
男が覆いかぶさってきた。興奮した荒い息遣いと汗臭さに悪寒で震える私の襟がバッと大きく開かれる。まずいぞ、まずいぞ、まずいぞ。
『ひっ』
首に吸い付いてくる男の体を押し返そうにも体格差があり過ぎてそれも構わない。
「うへへ」
気持ち悪さよりも焦りの方が大きかった。両手を押さえつけられながら私は辺りを見渡す。自分の瞳がギョロギョロと動いているのが分かる。
「抵抗は諦めたのか?おいおい。つまんねぇなっ。もっと嫌がってくれよ」
『っ離して』
私など相手ではないと思ったのか拘束されていた手が離された。さらしが乱暴に引き下げられて乳首に吸いつかれる。
『い、いっ』
男がニヤアァと笑った。
『いやあああああ!!』
こうしたら男が喜ぶと分かっているのに。私は男から身を守ろうと必死に手足をばたつかせた。
「そうだ、そうだ、いいぞッ」
髪の毛を掴まれながら男の顔を殴りつける。ギッと私を睨みつけた男は怒鳴ると思いきや興奮を高めた。下衣の紐を取られ、足から下衣を引き抜かれながら私は這いつくばって男から逃れようと試みた。
「奇妙なもん履いてんな」
逃げたい!どうやって!!
ショーツをずり下ろされながら私は棚の脚を掴んだ。思い切り棚の脚を引っ張る。男が私の脚を広げて膝で固定しながら褌を解き出した。
落ちろ、落ちろ、何でもいいから!!
棚がガタガタと揺れる。男が自分の指に唾を吐き出した。
『アアァァ!!』
私の叫び声が部屋に満ちる。
それと共に大きな音が部屋中に響き渡った。崩れた棚は幸運なことに主に男の真上に倒れていった。うぎゃああと倒れてくる棚を見ながら叫んだ男は物と棚の下敷きになる。
私は思わぬことにガタガタと震えながらも急いで逃げることを考えていた。震える手で下衣を引っ張りあげ紐を結び、上衣を下衣の中に突っ込んだ。
私が見ているのは棚の下の男だ。
静かな月明かりに照らされる男はピクリとも動かず、頭から血を流している。私は男の顔からポタリと床に落ちた血に知らずと一歩後ずさった。
バーン
バーン
鉄砲の音と兵士たちのガサツな笑い声で私は動き出した。
二回目があれば逃れられない。私は震える足で男の体を飛び越えて、つっかえ棒を取り除き、外へと出た。
忍術学園で働いているというのに何て不用心な出方だろうという部屋の飛び出し方だったが誰にも見つからなかった。喜三太くんは今、堀にいる。私も合流出来れば逃げられる。こんなチャンスはない!
私は城の内部から出て土を踏んだ。見回りの兵士がどこか気だるそうに通り過ぎていく。
左右を確認してあそこの建物の影へ行こう。堀へはどうやって?あぁ、分からないと思っていた私は後ろからぐっと口を押さえられた。声が出せないどころか息もできない。
「お前、脱獄したな?聞きたいことがある」
苦しいっ・・・。だけど、この声・・・。
視線の合った私たちは目を見開いた。パッと手が離れる。
「ユキさんっ」
『利、吉さんっ』
良かった。もう大丈夫だ。涙がボロボロと溢れ出す。
『喜三太くんが外堀に、ひっく、鴨を取りに、いか、され、ぐすっ、たんです。だずけて、くだざい』
「分かった・・・」
利吉さんが私の肩に両手を大丈夫だというように置いた瞬間、私の体は過剰反応して跳ね上がった。
「すみません」
利吉さんは気遣うように私の肩を撫でてくれる。
「もう大丈夫ですから」
『はい』
安心感から、体から力が抜け過ぎてシャキッとしなければと自分を叱りつけていると「利吉さん」とまた聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「立花くん、良かった。君と合流したかったんだ」
「喜三太は既に外だと・・・ユキっ」
私はどうにか笑みを作って仙蔵くんに軽く手を振った。仙蔵くんが私を見て瞳を揺らしている。心配する彼に何も無かったよ。と言えないのは私があの男を殺したかもしれないから。あと、今凄く気持ち悪くて喋れない。
ここを出るまでヘタってはいられない。しゃんとしなければ。
「ここから脱出する。私が囮になっている間に立花くんはユキさんを頼む」
「分かりました」
「ユキ、行こう」
仙蔵くんに手を引かれることで私はまともに歩を進めることが出来た。笑っている足は地面を踏んでいる感覚がない。何もかもが早くて、私はあれよあれよといううちに外堀を助けられながら泳いでいた。
「ユキ、その調子だ。泳ぎが上手いな」
優しく声をかけられて元気が湧いた。そして暗がりに見えてきた四人の影。
「ほにゃ!ユキさーんっ。立花先輩っ」
『喜三太くん!』
足が立つようになり、私はジャブジャブ進みながら喜三太くんの元へ。私たちはギュッと強く抱きしめ合った。
「ユキさん、先輩たちに助け出してもらったんだね」
『利吉さんが今、囮をしてくれているよ』
「戻ってきたようだぞ」
厚着先生の視線を追うと闇の中に影が見えてきた。
「戻りました」
「お疲れ様だった、利吉くん」
『皆さん、助けに来て下さりありがとうございます』
「ユキさんがご無事で何よりです」
「よかったーーー」
滝夜叉丸くんの目は少し潤んでいて、左門くんは元気に私に抱きついた。
「さて、帰ろう」と厚着先生が言うのだが喜三太くんは首を振る。
「ダメです。まだナメクジさんたちが人質に・・・」
「ナメクジだとぅ?」
仙蔵くんが頬を痙攣させた。
「大事なお友達なんですよぉ〜。ぐすん」
ウルウルとした目で見られて仙蔵くんは肩を落とす。
「分かった」
「わーい!」
「大声を出すなっ」
「立花先輩だーいすきっ」
「話を聞けいッ」
仙蔵くんと利吉さんは再び城へ。私たちは森へと移動する。
「ユキさん、首に酷い虫刺されがありますよ」
「左門ッ」
左門くんが滝夜叉丸くんに強く名前を呼ばれて驚いている。キョトンとした顔になった左門くんは不思議そうに滝夜叉丸くんを見つめた。
「あ、ホントだ。あの地下牢ジメジメとしていて蚊がいたもんね」
喜三太くんも私が兵士に付けられたキスマークを見つけた。
『そうなんだよね。あちこち痒いよ』
「それなら良い薬がありますよ」
左門くんがニカッとして懐から貝に入った薬を出した。
「食満先輩に作り方を教えて頂いて三年生みんなで調合したんです」
『おお!それとても効くんだよね』
「はい!ユキさん、塗って差し上げますね」
『ありがとう』
左門くんに薬を塗ってもらっていると仙蔵くんと利吉さんがナメ壺を持って帰ってきた。
「これで本当に全員救出だな。みんな、良くやった!」
厚着先生がニッコリと笑った。
十分に安全という距離まで歩いて私たちは立ち止まった。厚着先生が今の状況を教えてくれる。
園田村でタソガレドキ軍と戦うことになった忍術学園。一方、タソガレドキ城の主、黄昏甚兵衛はオーマガトキ城主と密会をしているらしい。
「学園長先生からの伝言だ。喜三太は黄昏甚兵衛がいるタソガレドキ軍陣営に行き、夏休みの宿題を済ませるように、とな」
「わあ!頑張りますっ」
喜三太くんは瞳を輝かせてやる気のようだ。
「立花は園田村へ。雪野くんも一緒だ。敵の陣営へ行くより、園田村の方が安全だろう。忍術学園の忍たまは園田村に集合する。くノ一教室は陣営の方だが」
『お気遣いありがとうございます』
「他は敵陣営へ赴くぞ。それじゃあ出発・・・いや、少し休もうか」
ボロボロの私を気遣ってくれてか厚着先生がそう言った。
忍たまが園田村ならきりちゃんに会える。早く会いたい。あの明るい笑顔が見たい。
『・・・。』
その前に心配してくれている二人に話をしよう。
私は立ち上がって利吉さんの名前を呼んだ。
『仙蔵くんも一緒に』
私たち三人は皆から少し離れた場所まで移動した。
「お怪我は?牢の環境は悪かったでしょう。連日暑かったでしょうし、病気でもしてないかと・・・」
利吉さんの言葉からは気遣いと、凄く心配してくれている様子が伝わってくる。
「・・・。」
「・・・。」
『・・・大丈夫だった。最後までは、なかった』
黙り込む二人に私は頷いてそう言った。
自分の事のように辛そうに眉を寄せて俯いていた二人がパッと顔を上げる。
「そうか。そうか・・・」
『心配してくれてありがとう、仙蔵くん』
「でも、恐ろしい思いをしたでしょう?」
利吉さんの言葉に息を飲んだ私は一気に真っ青になった。
思い出す
月の光と流れる血。
「ユキ、大丈夫か?」
仙蔵くんの言葉にハッと我に返る。
「顔が真っ青です」
私はこちらに手を伸ばす利吉さんの手にビクリと反応した。
『す、すみません。さっきから』
「いや、私が悪かった」
突然、呼吸が乱れた。
パッと脳裏に浮かぶ棚の下敷きになった男。
『私・・・私・・・ひ、人を・・・』
鼻が痛くなったと思ったら、だーっと涙が溢れてきた。牢を出されてからあの静かな月明かりと流れる血を見た時までの記憶が走馬灯のように頭に流れる。私が倒した棚であの男は―――――――
『ひっ、くっ・・わ、私、人を、人をっ』
「あなたはそうせざるを得なかったんです。そうでなければユキさんは無事じゃなかった」
利吉さんは全てを察してくれたらしくそう声を掛けてくれた。
『でも、ひっく、でも、殺さなくてもよかったのかもっ!』
「いいえ。戦の最中ではそうはいきません」
利吉さんがキッパリと言い切った。
「その続きの最悪の結果は幾つも用意されていたでしょう。ユキさんの選択は間違っていなかった」
シュシュシュとおかしな音で震える息を私は飲み込んだ。全身がガタガタ震える。ギューッと襟首を両手で掴む私を利吉さんが力強い腕で抱きしめてくれる。
「いくつもの戦場を駆けてきた私が言うんです。間違いありません」
『はい・・・はいっ・・・』
利吉さんの言葉は私を落ち着かせたが急には気持ちの整理はつかない。私はこれからのことに集中するために、感情を飲み込んだ。
「ユキが経験したことについて私たちも力になれると思う。辛い時は話してくれ」
『ありがとう、仙蔵くん』
仙蔵くんは私を引き寄せ、おでこにキスを落とした。
「立花くん。口付けまではやり過ぎではないかな?」
「ユキは私の嫁ですのでこのくらい問題ありません」
「そんなの本人に聞いてみないとわからないじゃないか。ねえ、ユキさん?」
『ええと・・・』
「「どっちを選ぶんだ(選びます)?」」
私が困っていると「そろそろ行くぞ!」と厚着先生から声がかかる。
『はーい。二人とも、行きますよっ』
私はこれ幸いと赤くなりながら二人に背を向けて駆け出したのだった。
利吉さん、仙蔵くん。優しい気遣いを、ありがとう。
皆と別れた私と仙蔵くんは園田村へと向かった。出発前に滝夜叉丸くんが手巾をくれたので首に巻くことが出来、生々しい跡を隠すことが出来た。
夜中過ぎに着いた園田村では先生方と上級生たちが見張りに立っていた。
「ユキっ!」
一番に私を見つけてくれた小平太くんがダダダっと駆け寄ってきてくれる。他の皆も来てくれて、私たちはあっという間に取り囲まれた。
「生きていて良かった!」
太陽のような小平太くんの笑顔が私の疲弊した心に力を与えてくれる。
「顔色が真っ青だね。長い距離を来て疲れたろう。救護所を作ったからそこで休むといい」
『ありがとう、伊作くん』
足元がフラフラで限界が近い。私は「良かった」「頑張った」と声をかけてくれる皆さんにお礼を言いながら伊作くんの後をついていく。
きりちゃん、きりちゃん
『伊作くん』
「どうしたの?」
『きりちゃんの顔、覗けないかな?』
「うん。こっちだよ。着いてきて」
伊作くんは快く頷いてくれた。そっと案内された部屋を覗けば喜三太くん以外の一年生が寝相悪くぐっすりとあどけない顔で雑魚寝していた。
「ユキしゃん。むにゃ」
きりちゃんが夢の中で私を呼んでくれて顔を綻ばせる。私はきりちゃんの頭をそっと撫でて仮の医務室へと向かった。
明朝。
救護所には誰もいなかった。
外へと出るとまだ朝日は昇ったばかりらしい。太陽は空の低い位置にある。それでも既に暑く、今日も夏らしい日になりそうだ。
昨日の恐ろしいことが頭に浮かび、罪悪感に強く動揺したが、清々しい青い空を見ながら地を足に踏ん張らねばと唇を噛んだ。
「起きろーー!」
一年生が寝ている部屋の方で朝からギンギンな文ちゃんの大声が聞こえてきた。皆の顔が見たいな。私は小走りで一年生の元へと向かう。
「よう。おはよう、ユキ」
『おはよう、文ちゃん』
「少し顔色が良くなった」
文ちゃんが気遣わしげに言ってくれる。
『昨日よりかなり良いよ。空も青いし』
「今日も夏日になる。無理せんようにな」
『ありがとう』
文ちゃんと別れた丁度その時、賑やかに一年生が部屋から飛び出してきた。
「「「「ユキさんだ!」」」」
一番初めに飛び出してきたのは一年い組。
「ユキさーーんっ」
一平くんを先頭にわっと駆け寄ってきてくれる。
「いつ来たんですか?」
「今までどこにいたんです?」
伝七くんと佐吉くん。
『ちょっと、その、色々ありまして昨日まで喜三太くんとおりました』
「「「「えーー!!」」」」
大きな驚き声に一年生全員が私に気づき、私の名前を呼びながらこちらへ走ってきてくれる。
「ユキさんが忍術学園に出勤してなくて僕達凄く心配していたんです」
平太くんが言うと彦四郎くんが私が今まで喜三太くんといたことを伝える。
「それじゃぁ、ユキさんは喜三太と一緒にオーマガトキ城に囚われていたってことですか!?」
『うん、孫次郎くん。迷子になった末にね。助け出してもらって良かった』
「そんな恐ろしい目にあったんですね」
怪士丸くんの声と同時にわっと私を囲んでいた一年生の輪が私を中心に狭まる。
『おおっ!?』
「「「「「「「「「「無事でよかった!!!」」」」」」」」」」
『みんな・・・』
笑顔で喜んでくれている子、涙ぐんでいる子、私は温かい忍術学園に帰ってきた気がして表情を崩したのだった。
『さあ、みんな。今日は忙しくなるんじゃない?』
「そうだ!行かないと!」
ハッとしたように言う庄左ヱ門くんの言葉で一年生は先輩達の方へ走っていく。
だが、去って行く一年生に残されてきりちゃんが佇んでいる。泣きそうな顔で、じっとこちらを見つめている。
『ごめん』
「馬鹿!!」
『心配かけたね』
「知らなかった!!!」
きりちゃんが叫んだ。
「何で捕まっちゃったのさ!何で知らせてくれなかったのさ!何で首に手巾なんて巻いているのさ!なんでっ、迎えに行けば、ひっく、良かった。えっぐ、一緒に忍術学園に行ってれば、知らなかったよ。僕は、銭より、ユキさん・・・」
流れ続ける涙を袖で拭いているきりちゃんを抱きしめる。
『こうやってきりちゃんを抱きしめたいってずっと思っていたんだ』
「せめて、ピンチに、うぅっ、なったなら、ひっく、僕に教えてよねっ」
『これからそうする』
ぎゅっときりちゃんが私に抱きついてくれる。
優しい温もりに涙が滲んだ。
『もう行かなくちゃ。みんながきりちゃんがいないって探していると思うよ』
「うん。ねえ、僕の目赤くなってない?」
『ちょっと赤いね』
眉を下げる。
「みんなに泣いたってバレたら恥ずかしいな」
『ゴミが目に入ったとでも言っておきなさい』
「そうする」
私たちはニッコリと顔を見合わせた。
「安全なところにいるんだよ?」
『了解』
「あとでね!」
きりちゃんは明るい笑顔で手を振って駆けて行った。
「ユキさんー!お久しぶりです!」
きりちゃんと入れ替わりにやってきたのは久作くんを先頭にした二年生だ。
「みんなで心配していたんですよ」
四郎兵衛くんが眉を下げる。こうして皆に心配してもらって嬉しいやら申し訳ないやら。
「僕たち、ユキさんにこれからの作戦を伝えるように言われてきたんです」
「ちゃーんとユキさんにも分かるように分かりやーすく教えてあげますから」
『是非是非噛み砕いて教えて!宜しくお願いします!』
三郎次くんと左近くんにニッと笑いながら頭を下げた。
何やら難しいことを言われて混乱していた私の目に映ったは忍術学園ではお馴染みの
光景。
「ジュン子~~~どこへ行ったんだい!?」
「塹壕はこっちだーー!」
「ええと、どうして救護所に着かないんだ?」
「左門!三之助!取り敢えず止まってくれ!!」
ハアハア息を切らせて左門くんと三之助くんを確保する作兵衛くん。いつもの光景に笑っていると足元に冷たいものが絡みついた。ギギギと下を向けばそこにいたのはジュン子ちゃん。
<シャー(おかえり)>
『孫兵くんんんんん!!』
「あ!ユキさんお久しぶりですって、あ!ジュン子と遊んでいたんですね。もう、飼い主、訂正、ジュン子の彼氏である僕に一言断って下さいよ」
『ごめん。どこから突っ込んだら良いのかな!?』
「ジュン子。結婚しよう」
『人の足に向かってしゃべりかけないで頂けます!?』
孫兵くんが私の足からジュン子ちゃんを取り外した。
「ユキさーんっ」
私を呼んだのは藤内くんだ。
「お久しぶりです!お元気そうで良かったですっ」
「藤内くんも元気そうだね」
「数馬に会いました?ユキさんを探していたんです。救護所に来て欲しいって」
『連絡ありがとう。行ってみるね。これから忍術学園とタソガレドキ軍の戦いが始まるんだよね。下級生も前面に行くの?』
「はい!こんな機会滅多にないですから!」
元気よく言う藤内くんの言葉に彼らが戦国時代に生き、本気で忍を目指しているのだと思い知らされる。
『怪我しちゃダメだよ』
「はい!」
藤内くんは元気よく去って行った。
救護所に歩いていると数馬くんと会えた。
「ユキさんには救護のお手伝いをして欲しいんです。大丈夫ですか?」
『勿論。お役に立てるように頑張るね。色々教えて』
救護所は村の一番奥にあり、怪我人を救護するということで一番安全な場所だ。
『お邪魔します』
部屋の中には保健委員さんが勢揃いしていた。
「ユキさんお久しぶりです~」
伏木蔵くんが私にぎゅっと抱き着いた。
『不器用なりに頑張らせてもらうね』
伏木蔵くんと乱太郎くんに手を引かれて旗や使い古しの褌から包帯を作ったり、薬を薬研ですり潰したり。そうこうしているうちにドンッと大きな音が鳴った。建物がビリリと揺れる。
「始まったみたいだね」
伊作くんが視線をタソガレドキ軍がいる方向へ向けた。
「飛距離的にここまで大砲は届かない。安心していいよ、ユキちゃん」
『そうなんだね。皆の無事を願っている』
ドンッ
ドンッ ドンッ
ドンッ ドンッ ドーーーーーンッ
連続した大砲の音に強い不安を感じていると、暫くして砲撃の音は止んだ。
「治療を頼む!!」
開け放たれていた扉から駆け込んできたのは小平太くん、三郎くん(たぶん)に手を引かれた雷蔵くん(たぶん)だ。
「どうしたんだい?小平太」
「文次郎がレシーブした砲弾を長次がトスして、それをアタックしようとしたら突き指してしまってな!」
「まったくもう。こっちへ来て。それで、そっちは?」
「雷蔵の頭に砲弾が落下したんですよ」
「三郎ったら大げさに言わないでくれよ。善法寺先輩、ちょっとぶつけただけですから」
二人の怪我は幸い大きな怪我ではなかったようだ。他に怪我人もいない。
「砲身が熱くなったから砲撃が止んだんだ。この間に忍術学園は反撃の準備をする」
三郎くんがニヤリと言った。
三郎くんの言う通り、忍術学園は華麗な作戦で反撃に出た。タソガレドキ軍は反撃と佐武の鉄砲隊が園田村にいることを知って、白旗を上げた。
そして今、救護所には傷ついたタソガレドキ軍の兵士で溢れていた。
限界だわ
『数馬くん、申し訳ないけど気分が優れないから抜けてもいいかな?』
「はい。ここは大丈夫ですよ。ユキさんこそ大丈夫ですか?お顔が真っ青です。どこか寝る場所を作りましょうか?」
『外の空気を吸った方がいいと思うの。ありがとう、数馬くん』
カンカンとした空の下を歩き、木陰を見つけて座り込んだ。
同じ兵士というだけで、ここまで嫌悪感と恐れの感情が出てしまうとは。
色々と解消するのに時間がかかるだろう。解消・・・出来るだろうか。
「モソ」
名前を呼ばれて顔を上げると長次くんがいた。
「水を持ってきた・・・」
『ありがとう』
「横に座っても?」
『勿論』
長次くんから竹筒を受け取って水を飲むと、冷たくて心地よく、私は自然と笑顔になった。
「忍術学園に、帰れる」
『うん。待ちに待っていた』
「何の心配もない」
『うん』
「心の問題も・・・」
私は長次くんの真っ直ぐな瞳を見た。
「その苦しみも・・・全て、分けて欲しい。支えるから」
『うん・・・』
空がとても、青く見えた―――――――
「「「「「「「「帰るぞーーーー!!」」」」」」」
戦は終わり、元気な声が高い空に吸い込まれていく。
「ユキさん!疲れてないですか?」
帰り道、守一郎くんがやってきて声をかけてくれた。
『うん。忍術学園に帰れると思ったら足が軽くて』
「抱いて運んであげましょうか?」
『うわあっ』
喜八郎くんが私の返事を待たず、私を横抱きにした。
「喜八郎!そういう突拍子もないことは控えるようにいつも言っているだろう!」
くわっと三木ヱ門くんが叫ぶ。
「三木ヱ門ったら口うるさ~い」
「今日こそお前の非常識さを叩き直してやるっ」
わっと追いかけっこが始まった。
喜八郎くんは私を抱いたまま皆の間を駆けていく。そして、
「おやまあ」
ポンっと私の体が飛んでいく。喜八郎くんが何かに躓いたのだ。っておやまあ。で済まないぞおいいいいいいっ!!
『ひいいっ』
恨んでやると思いながら宙を飛んだ私は地面に落ちる衝撃を覚悟したのだが、そうはならなかった。私はポスンと八左ヱ門くんの腕の中に収まる。
「おほー。ユキが飛んできた」
「こら、喜八郎。大きな物を運ぶときは足元に注意だ」
『オオキナモノ?勘右衛門くん??』
くすぐりの刑に処してやろうか?ああん?
「どうどう。落ち着いて、ユキちゃん。飴をあげるのだ」
『兵助くん、ありがとう!わーい』
「現金な奴」
アハハと三郎くんが笑う。
「列を組んで歩いているけれど、疲れたら僕たちがユキさんの歩調に合わせて一緒に帰るから遠慮なく言ってね」
優しく言ってくれる雷蔵くん。
『ありがとう』
四年生、五年生と楽しく喋りながらの道中は疲れなど感じさせない。
途中、タソガレドキ軍陣営に行っていた忍術学園のみんなとも合流した。
『みんなー!お疲れ様!!』
お喋りをし、時には歌を歌いながらの帰り道。佐武鉄砲隊、利吉さんと別れ、私たちは忍術学園に到着した。
「ユキさーんっ」
三治郎くんが大きな声で私を呼ぶ。一年は組、全員集合だ。
「喜三太とユキさんの無事を祝って、明日みんなでお菓子を買いに行くんだ」
「夕食後に一緒に食べよう」
『嬉しい!』
兵太夫くんと虎若くんが嬉しいお誘いをしてくれる。
「どんなお菓子が好き?」
『甘いものがいいな』
団蔵くんにリクエストさせてもらう。
「城から脱出なんてカッコイイや」
キラキラした目で金吾くん。
『利吉さんと仙蔵くんカッコよかったよ。それに喜三太くんもいつも毅然としていてカッコよかった』
「ほにゃあ。照れるよぉ」
「ユキさん今日はお風呂入ってゆっくりしてね。疲れがとれるよ」
「お湯を沸かしてあげる!」
優しい伊助くんと庄左ヱ門くん。
「でも、お風呂の前に食堂だよ。何か食べよう」
「俺も腹ぺっこぺこ」
「早く入門表にサインして食堂に行こう!」
乱きりしんを先頭にわいわいと一年は組は入門表に記入している。
日はとっぷり暮れていて、夜空には星が輝いている。昼間の太陽の熱は残っているがそれでも夜になると暑さは和らぎホッとする。
皆で入門表を回して記入しているのだが、だんだんと気分が悪くなってきてしまった。ぐらぐらする眩暈と胸の苦しさ。疲れが出てしまったのだろう。
「ユキちゃん、真っ青だ」
タカ丸くんが私に気づいてくれた。
『入門表にサインしたくて』
「連れていくよ」
タカ丸くんに支えられて私は入門表を手に持っていた留三郎のところへ行った。
『ごめん、みんな。先に書いてもいい?ちょっと気分が・・・』
「あぁ」
留三郎から入門表をもらって手を動かして名前を書くのだが、上手く書けない。サーっと血の気が引いてきた。
「ユキ」
留三郎の声が遠い。
『直ぐ部屋に戻って、布団に・・・ダイブする・・・』
「おいおいっ。しっかりしろっ」
力強い留三郎の腕が私を抱き寄せたところで、私の意識は途絶えた。
***
パチリと目を開けるとそこは医務室だった。
衝立の向こうに白い忍装束が見えて新野先生がいらっしゃるのが分かった。
私は天上の一点を見つめていながら、何も見ていなかった。
君が好き
目を大きく見開いた。
私は起き上がった。
「雪野くん、起きたんだね」
頭の中に彼と出会ってからの記憶がダーっと流れていった。
この数日にわたる恐ろしい経験が彼への想いを急き立て、私に自覚させたのだろう。今気が付いた想いなのに、ずっとずっと前から知っていた気持ちのように感じられた。
「雪野くん?」
『新野先生、私。ちょっくら出てきていいですか?』
「気分はどうですか?」
『元気100パーセントです!』
「ハハ。では、無理をしない程度にですよ」
私は新野先生に元気に返事をして走り出した。
泥だらけで、汗もかいてて、汚れているけど彼に想いをいやいやいや風呂に入りましょうよ!一世一代の告白をするのにこんな小汚いとか嫌だわッ。
私は足でブレーキをかけて行き先を自室に変更した。
着替えを取り、お風呂で雪野使用中の札をかけて高速で頭と体を洗って水風呂となっている風呂の湯を頭からかぶって、着替え、外に出る。
今度こそ駆けだそう
あなたに伝えたい
君が好き、この想いを今、伝えよう――――――――
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
五章おしまい。「君が好き」一旦終話を迎えました。今までお支え下さりありがとうございます。
次から落別ルートになります。