第五章 急がば走れ

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7.忍術学園全員出動 前編








夏休み後半が始まった。吉野先生と事務の仕事をバトンタッチして私は家で一人の夏休みを過ごしている。

私は普段できない近所付き合いをするために積極的に近所の人と関わっていた。お年寄りや小さな子供のいる家の水くみ、重い物の買い物、雑用なんかも。そうしていると一人の寂しさも紛らわすことが出来た。

きりちゃんは元気かしら?

きっと乱太郎くん、しんべヱくんと楽しい子供らしい毎日を過ごしているだろう。

そしてあっという間に夏休みも残り三日となった。
向こうの世界から持ってきていた日焼け止めもなくなり、赤くなった肌を水を含ませた手拭いで巻いていると開け放っていた戸が叩かれた。


『おばあちゃん、どうしたの?』

ユキちゃん、ユキちゃん、頼まれてくれんかね?」

『どうしましたか?まずは中へ入って下さい』

泣きそうな顔のおばあちゃんに部屋へと入ってもらって水瓶から水を掬って湯呑を手渡す。私は小さな震える背中を安心させるように摩っている。

「孫と連絡がつかないのよ」

『お孫さんは今どちらに?』

「田畑村というオーマガトキの領地内にある村なの。オーマガトキ城は今、タソガレドキ城と戦をしておって・・・」

今、オーマガトキ城と尊奈門くんがいるタソガレドキ城は戦をしているらしい。戦はタソガレドキ城優位とのことで、オーマガトキ城の領地にいる民は戦々恐々としている。

「結婚している孫に私の所に逃げてくるように伝えたいの。でも、文を出しても出しても返事がなくて」

『もしかしたら既に村から脱出したのかもしれませんね』

「だけど、こっちに一つも便りを寄こさないで・・・孫がいる村はオーマガトキ城に近いところだからまだ戦火は遠いと思うのだけど・・・」

おばあちゃんが私の手を両手で握った。

「孫の様子を確かめる方法はないかしら?」

『そうですね・・・』

誰かに頼めないだろうか?
忍術学園に戻れば誰か紹介してくれるかもしれない。

『分かりました。伝手を辿ってみます』

涙を流すおばあちゃんの背中を私は胸を痛めながら摩ったのだった。




急遽荷物を纏めて忍術学園に出発することに。こういうことは一日も早い方がいいだろう。

一人で移動する時は基本的に男装だ。

最早慣れていた道を歩いていた私だが、街道を歩いていた私の目に煙が立ち上っているのが目に入った。

ドタドタと音が聞こえて左手の森からボロボロの人が飛び出してくる。赤ちゃんを抱いた女性、身を守るように鍬を武器のように持った男性、荷物のはみ出した袋を担いだ人も。

『どうしたんです!?』

「サミダレ城がハルマキ城の領地であるうちの村に攻め入ったんだ!」

お兄ちゃんも逃げろ!とその村から逃げてきたであろう男性に言われる。

男装をしてきて良かった。
とても走りやすい。

私は村人に倣って全力で元来た道を走り出した。しかし、声がどんどん近づいてくるのを感じて森の中へと逃げ込んだ。他の村人もそうしている。


『はあっ、はあっ』


私は無我夢中で走り続け、息が苦しくなって立ち止まった。
もう周りから声は聞こえてこない。
それでも安心できなくて藪の中に隠れて蹲った。

はぐれちゃったな。

気づけば一緒に逃げてきた村の人たちとはぐれてしまっていた。心細い。しかも、滅茶苦茶に走ってきたためここがどこだか分からなくなってしまっている。そうなんです。遭難です。とか安藤先生みたいな親父ギャグを言っているバヤイではない。

こんな山の奥だから人と偶然会えるのは期待しない方が良いだろう。人里を探すのを目標に移動することにしよう。

『今持っているのが干飯二つと竹筒の水半分か・・・心許ないな』

最悪山の中で夜を越すことも考えておかなければならない。

それから・・・

私は荷物の中から多機能ナイフとライターを取り出してさらしの中に突っ込んだ。もし捕まって荷物を検査されたら困るからだ。

服の上から半助さんに貰った守り刀を自分は大丈夫だと安心させるために触る。

『よし、行こう』

私は行く方向も分からず、前へ前へと進んでいった。


結局夜を越し、へとへとになりながら歩いてまた日が暮れようとしている。水は途中の川で確保できたのだが、食べ物はない。

命の危機を感じ始めた時だった。山と山の間に集落が見つかった。

よろめく足で辿り着いた村は荒れていた。


『すみません。ここの村の名前はなんですか?ここはどのあたりなのでしょう?』

「ここは田畑村だよ。兄ちゃんも避難民かい?」

『私は迷子です』

おじさんは不思議そうに顔を顰めた。

「兎に角、村長のところへ行くといい。避難民を纏めているから」

おじさんは私を村長の元へ案内してくれた。あと田畑村って・・・あ!近所のおばあちゃんのお孫さんがいる村が田畑村だった気がする。手紙を渡す相手について書いたメモを見れば確かにそうだ。

『お邪魔致します。雪野留三郎と申します』

偽名を使う。見た感じあまり治安が良さそうではない。
一番初めに浮かんだ留三郎の名前を勝手に拝借した。

村長さんに確認すると確かにここにはおばあちゃんのお孫さんが住んでいた。私はそのお孫さんの家にお世話になることに。

ここは既にオーマガトキ領。戦をしている領地にまで足を踏み込んでしまったのかとショックを受ける。


「あぁっ良かった。手紙をありがとうございます。外の状況が分からなかったものだから」

『どうして文への返事が出来なかったんですか?』

「この辺りは戦ばかりだから・・・おばあちゃんは悪い馬借を使ったのでしょう。文なんて届いていないわ。お金取られて捨てられたのよ」

『不誠実な馬借ですね』

「人を見極めないとね。あなたは良い人だわ。明日、私たちと一緒におばあちゃんの家まで行きましょう」

お孫さんの有難い申し出を受けることにした。これで迷子にならずに家に帰ることが出来る。僅かな中から食事も頂けて、私は安心して眠りにつく。

のだが、

夜中も夜中に揺り起こされた。

『え、な、なに?』

「しーっ。逃げるわよ」

『何があったんです?』

「タソガレドキの兵が村に向かっているって」

『ここの村、制札は?』

「そんなお金なんかないわ!」

私は唇を噛んだ。制札とは禁制のこと。放火をするな、田畑を荒らすななどを軍勢に命じるもので、町や村は城主からお金を払ってその約束を取り付けることが出来る。

兵士たちは紳士でも清廉な騎士でもない。村を荒らしまわる盗賊のような一面も持っている。強奪をすることで、命がけで戦っている割に少額しか貰えない給金を補っているのだ。

暗闇を駆ける村民と避難民。私は混乱の中でお孫さんと離れてしまった。
後ろを見れば村のあったあたりに松明の火が燃えているのが見えた。タソガレドキ軍が村に到着したのだろう。

誰かと一緒にいたい。そう思うのに、今度も独りはぐれてしまった。



ホー ホー 



梟の鳴き声に何の虫だか分からないジージーという虫の声。



ポツ ポツ




『噓でしょ』

ポツポツだった雨は段々と激しさを増していき、今ではもう線のように見えて大粒の雨粒を地面に叩きつけている。

ペンライトで足元を照らしながら歩く私はひたすら前に進むことだけを考えて歩を進めていた。

お父さんが言っていた。起こるかもしれない恐怖を考えながら進むのは良くない。今だけを見つめて進むんだよ、と。


『大きな栗の木の下でー。あーなたーはわーたーしーなーかー良ーく。ん?あれ?』


頭を使わずに歌を歌いながら歩みを進めていた私の目に飛び込んできたのは温かな光だった。

洞窟の入り口らしきそこはオレンジ色の光で輝いている。

逃亡した兵士だろうか?盗賊だろうか?そんな危険を考えながらそっと洞窟を覗き込んだ私は変な声を上げていた。

『ふぁふぇっ!?』

「わあああ!!」

可愛い驚き声とその姿に私の顔は崩れる。
洞窟の中にいたのは喜三太くんだった。


「ほにゃ!?ユキさん!?」

『どうしてここに!?』

「それは僕の台詞だよ!こんなところで会えるなんて!」

『あぁ、ちょっと待って。私濡れているから抱きつかない方がいいよ』

私は飛びつこうとする喜三太くんを制止した。

「雨に当たってびちゃびちゃだね。早く衣を脱いで火で温まって」

『ありがとう』

夏とはいえ濡れた衣を着たままいれば風邪をひいてしまう。無事に忍術学園に帰り着くには体力が勝負。私は下着のみ残して衣を脱ぎ、ギュッと絞って洞窟の壁に引っ掛けた。

私たちは火に手をかざして微笑み合った。

状況は変わらないのに知り合いがいるだけで先ほどまでの心細さはどこかへ消えてしまっていた。



「それで、どうしてユキさんはここにいるの?」

私はここへ辿り着いたわけを喜三太くんに話した。そして喜三太くんがここへ来たわけはというと・・・。私は頭を抱えた。

『こんな宿題出るはずないよ』

喜三太くんの夏休みの宿題は“オーマガトキ城城主のふんどしを取る”というもの。
五・六年生レベルの宿題だよ!

『喜三太くん、これは何かの手違いだわ。この宿題はやらなくていい』

「やだよ。宿題はちゃんとやるんだよって山田先生も土井先生も言っていたもん」

『事務作業中にちらっとみたけど、一年生に出された宿題は漢字書き取りや計算問題、植物の観察日記といったものだった。これは一年生には無理です。私は教員じゃないけど、職員としてこの宿題をやらせるわけにはいきません』

「そんなぁ」

『もし怒られるようなことがあったら私が庇うから。諦めて一緒に忍術学園に帰ろう?ね?』

「でも・・・」

『命あっての物種だよ。喜三太くんも怖い思いしたんじゃない?』

「うん・・・」

『それじゃあ分かってくれるよね?』

喜三太くんは残念そうにだがコクリと頷いてくれた。ホッとしながら喜三太くんの頭を撫でる。

『いい子。ここまでよく頑張ったね』

漸く微笑んだ喜三太くんは一瞬にして表情を歪ませてわっと泣きながら私に抱きついてきた。

怖い思いしたね。よく一人で頑張ったね。

喜三太くんが落ち着くまで私は彼の背中を撫でたのだった。






次の日、夏の日差しは燦燦と輝いていた。雨水を竹筒にためて私と喜三太くんは出発する。行く方向も分からないが、ここにいたって始まらない。

「僕、こっちだと思う。確証はないけど、雰囲気で・・・」

『うん。ついていく。行ってみよう。足元に気を付けてね』

ぬかるんだ道を滑りながら歩いて行く私たちの体はドロドロだ。お腹も減って力も出ない。まるで濡れたアンパンの妖精だ。

夏の元気過ぎる草木に心の中で悪態をついていた私は前を行く喜三太くんの悲鳴に走り出す。突如、槍を持った兵士が前方から現れてこちらへ走ってきていた。

どうなっているの!?

見上げれば城があった。嘘、気づかなかった。ってこんなこと考えている場合じゃない。

私は足元の泥を丸めて兵士の方へと投げた。全く当たらない!
私ってなんて役立たず。

鎧の兵士よりも身軽な喜三太くんの方が早くて私たちは一緒に森へと駆けこんだ。しかし「曲者だッ。出あえー!」の声であちらこちらからガチャガチャと鎧が鳴る音が聞こえてきてしまう。

「ど、ど、どうしよう」

捕まるのは時間の問題だ。

私たちは八方塞がりになり、茂みに身を隠した。

身体検査をされては大変だ。私はさらしと胸の間からペンライト、多機能ナイフ、ライターを取り出した。手近にあった石で地面に穴を掘って埋めようとしていると、喜三太くんにひょいと取り上げられ、彼はそれらをナメ壺の中に隠してくれた。

『ありがとう』

引き攣った笑みでどういたしましてを表してくれる喜三太くんに影が差す。

「見つけたぞ!!」

「うわあっ」

『お、弟に乱暴しないで下さい!』

「離してっ、離してっ!」

『痛がっています。放して下さい。僕たちはただ迷い込んだだけなんです。持てる金品は全て差し上げますからっ』

私たちはあっという間に兵士たちに囲まれてしまっていた。

『ど、どうか命だけはお助けを』

私たちが逃げられないと判断したのであろう、喜三太くんの腕を掴んでいた兵士は喜三太くんの腕を離した。痛そうに腕を摩る喜三太くんを抱き寄せる。


「荷物を調べろ」

私の風呂敷の中は特に何もない。竹筒二本と手拭いだけだ。喜三太くんの方も同じ。彼の荷物から忍たまの友などが出てこなくて安堵する。

「この壺の中身は、へへっぎゃあああ!!」

きっと小銭でも入っていると思ったのだろう、喜三太くんのナメ壺を開けた兵士が叫び声を上げた。うねうねと蠢くナメクジを兵士たちは気持ち悪そうに見ている。

「こんなもん捨てちまえ!」

「や、止めて下さいよ~っ。みんな僕のお友達なんですっ」

「友達だってぇ!?」

「はいっ」

顔を引き攣らせる兵士から喜三太くんはナメ壺を奪い返した。


「身体検査をする。手を地面と水平に開け」

心配そうにこちらを見上げる喜三太くんを安心させるように微笑む。大人しく身体検査を受ける外はない。

兵士は私の肩に触れ、胸に触れる。

「あ?」

兵士は私の襟の間に手を入れた。

「なんだこれは。おい」

兵士が持っているのは半助さんから貰った守り刀だ。

『守り刀です』

「シャクナゲに蝶。随分女っぽいものを持っているな」

『母の形見なので』

「こいつはいい品だ」

「俺のだ。早い者勝ちだからな」

「いいからさっさと身体検査を終わらせろッ」

まとめ役が兵士たちを叱りつけた。
私の守り刀は兵士の懐へと消えた。

喜三太くんの身体検査は無事に終わっている様子だ。

トントントンと叩かれていく体。

『・・・。』

私は天を仰いだ。

どうして身体検査を無事に潜り抜けたのにこんなに虚しい気持ちになっているのだろう?あの兵士、確かに私の胸を触ったのに。触ったのに・・・触ったのに・・・・触ったのに・・・・・いやいやいや、喜ぶところだよ、うん。だって女だってバレてたら何されたか分からなかったんだから。



何をされていたか―――――



私は背筋をぞっと寒くさせた。

「こいつらどうしますか?」

ナメ壺を開けた兵士がまとめ役であろう兵士に聞いた。

「このまま帰すわけにもいかん。地下牢に閉じ込めておけ」

私たちは槍を持つ兵士に連行されたのであった。





ユキさん、ごめんね。僕が行きたい方に行ったから・・・」

『そんな顔しないで。私も喜三太くんの道の選択が良いと思いながら歩いていたよ』

私と喜三太くんは幸運にも同じ牢に入れられた。

どうやってここから出ればいいのだろう?

もし何かあっても、喜三太くんだけは脱出させないと。

私は何も考えだせない頭を嘆いて心の中で溜息を吐き出した。









***






登校日の忍術学園は騒然としていた。

小松田のうっかりにより、夏休みの宿題が学年問わずシャッフルされてしまっていたからだ。

「中在家長次先輩が朝顔の観察日記」

「潮江文次郎先輩が昆虫採集だって!」

団蔵と虎若の情報に一年は組はゲラゲラと笑い声をあげる。

「でもさあ」

と気が付いたのは庄左ヱ門だ。

「下級生が上級生の宿題に当たった人もいるってこと?」

カチンと全員が凍りついた。

「庄ちゃんったら相変わらず冷静ね」

と乱太郎。

「それに、まだ喜三太が来ていないのが気になるな」

庄左ヱ門の言葉を受けて金吾が腕を組みながら思い出したことを話す。

「そういえば喜三太が夏休み前に言っていたんだ。宿題が難しすぎるよぉって」

「もしかして六年生の宿題が喜三太に当たったかもしれないってこと?」

兵太夫が目を大きくする。

「先生たちは宿題が出来なくて学校に来たくない生徒の気持ちが分かっていない!」

としんべヱが立ち上がって言うが、

「俺たち、宿題やってきていないけどな」

ときり丸が笑った。

「でも、喜三太可哀そうに。今頃どこかで泣いているかも」

伊助の声に笑っていた一年は組はシンとなった。
すると、三治郎が意を決したようにみんなを見渡す。

「ねえ、喜三太を探しに行かない?」

「「「「「「「行こう!!!」」」」」」」

さすがは仲間思いの一年は組。元気のよい声が揃った。

庄左ヱ門を先頭にわっと駆けだした一年は組だが、廊下に出たところで庄左ヱ門が急に止まったものだからそれぞれ前の人に追突してべちゃりと床にひっくり返ってしまう。

「庄ちゃんったらどうしたのさ~」

「乱太郎。だって思ったんだ。どこに行くかさっぱりだろう?だから・・・まずは先生方のところへ行こう!誰が何の宿題をやったか調べているはずだから」

「「「「「「「そうしよう!!!」」」」」」

元気な一年は組は職員室へと出発したのだった。





職員室では全職員が集まって誰が何の宿題をしたのか調べていた。

「これで全部、と」

半助が最後の生徒の宿題を書き終えた。

「これで埋まっていないのは喜三太だけです」

「ご苦労、半助。吉野先生、残りの宿題はなんでしょう?」

「オーマガトキ城城主のフンドシを取れ、ですね・・・」

「「「「「「「なんですと!?!?」」」」」」」

教職員全員が悲鳴を上げた。

「オーマガトキ城はタソガレドキ城と戦の真っ最中で旗色が悪い」

いつもは血色の良い顔を青くさせて日向が言う。

「直ちに救出に向かわねばなりません」

伝蔵の言葉に皆が頷いていると、部屋にポーンと煙玉が投げ込まれた。すでに嫌な予感がしている職員たちの前に現れたのは忍術学園学園長、大川平次渦正である。

「おっほん、おっほん。喜三太救出は宿題をやってこなかった選抜チームに行かせる!」

「「「「「いけません!」」」」」」

「いーや。もう決まりなのじゃ」

はぁと呆れる職員をニーっと見渡していた学園長は頭の数が足りないことに気が付く。

「ところで、ユキはどこじゃ?」

重大事件が起こっていたため、みんなユキがいないと思いつつも、誰も問いも探しもしていなかった。そう言えばと皆首を傾げている。

「ただのぼんやりさんじゃったらいいんじゃがのう」

不吉な呟きが部屋に響いたのだった――――




選抜チームはきり丸、しんべヱ、左門、雷蔵、三郎、伊作で結成された。

日向と厚着に付き添われていく選抜チームを一年は組と半助がお見送りする。

「土井先生」

「どうした、きり丸」

ユキさんがまだ忍術学園に来ていないって本当っすか」

「うん。そうなんだよ」

不安そうな顔をするきり丸の頭を半助は大丈夫だというように撫でる。

「心配ないよ。少し到着が遅れているだけさ」

「うん・・・」

「さあ、行っておいで。日向先生、厚着先生、宜しくお願い致します」

きり丸は気になりながらも選抜チームの一員として出発して行った。





あぁ、心配事で胃にいよいよ穴が開きそうだ。

喜三太救出、今から始まる救出作戦で生徒が怪我をしないか、ユキもまだ学園に到着しない。キリキリする胃を摩っていると、

「どうして一年は組の担任である土井先生や山田先生が付き添われないんですか?」

と乱太郎が私に素朴な疑問を投げかけてきた。

「みんな、ついておいで」

一年は組と学園長先生の庵に行くと、オーマガトキ領にある園田村の長老が待っていた。
園田村はオーマガトキが戦に勝つ見込みはないと考えてタソガレドキに制札をもらおうとしていたのだが問題が発生した。

「タソガレドキは大金を払ったにも関わらず制札を出さんのです」

「うむ、長老。タソガレドキ城の城主、黄昏甚兵衛は評判の悪い大名じゃからのう」

「それではオーマガトキとタソガレドキ、どちらが勝つか見極める必要がありますね・・・」

と言った自分の口を塞ぐ。後ろからキラキラした空気が発せられているのは気のせいではないし、学園長先生がニンマリしているのも気のせいではない。

胃が痛い、うぅっ。

結局、学園長先生によって急遽校外実習としてオーマガトキ軍とタソガレドキ軍の印

「「「「「印ってなんですか?習ってないからわかんなーーーーーい」」」」」」

・・・兵力、実力、戦術を一年は組の残りの生徒と共に調べ上げることになったのだった。
教えたはずだああああああああぁぁぁ!!!




「待っていろと言ったはずなのに~~~~」

オーマガトキ組とタソガレドキ組に分かれた一年は組。私はオーマガトキ組の引率で、選抜チームのきり丸、しんべヱと合流した。

用事を足すのに待っていて欲しいと言ったのに、はぁ。どこへ行ったのやら。遠慮なく踏み荒らされた足跡を辿って行くと、木の上から下を見下ろす忍の姿が目に入った。スッと距離を詰めると気づかれ、私たちは武器を合わせた。

下をチラと見れば良い子たちの姿が目に入る。善法寺もいるようだ。


キンッ キンッ


戦っていた忍は目的の情報を得られていたのだろう、あっさりと引いていく。

あれはタソガレドキの忍だろうな。忍術学園と園田村が組んだことも知られているのだろう。


「お前たち!待っていなさいと言ったはずだろう!」

「「「「わーーーーん」」」」」

地面に下りていくと子供たちは怖い思いをしたのだろう、私に抱きついて泣きついてきた。生徒たちを宥め、落ち着かせ、次の行動を伝える。

「さあ、行こうか」

落ち合う場所となっている荒れ屋敷へと向かっていると、人の気配。しかし、警戒するものではなかった。ジジッと聞こえてくるのは忍術学園の教師が使う矢羽根だ。同じように矢羽根を返すと日向先生、鉢屋三郎、不破雷蔵の姿が現れる。

「「「「「こんにちはー!!!」」」」」

「こらこら。静かにしなさい。私は少し話してくるから今度こそ大人しく待っているんだぞ」

乱太郎、きり丸、しんべヱ、団蔵、金吾の元気な声を諫めながら善法寺と血色の悪い三人のもとへ。何か掴めた様子だ。

「土井先生、端的に話しましょう。まずは喜三太くんから。両軍の戦がまだ激しかった頃、オーマガトキ城の周辺をうろついていたナメ壺を持った少年を城兵が捕らえたと情報がありました」

「捕らえられたと・・・」

予想していたことだが、最悪な予想が当たってしまった。

「それから・・・」

日向先生は鉢屋と不和を見た。

「君たちが得た情報だ。自分たちで報告するかい?」

顔を見合わせて頷いた鉢屋と不和は真っ青な顔で口を開く。

「喜三太と一緒に捕らえられた人物がいました。すらりとした優男で喜三太の兄ということでした。その男の身元を調べたところ・・・ユキの可能性が高いのです」

「鉢屋!それは本当なのか!?」

思わず声を大きくしてしまい、乱太郎たちが何だろう?とこちらを見た。

「確実なのかい?」

「分かりません。ただ、ユキさんの家に行って確かめてみました。ユキさんは近所のお婆さんに頼まれてオーマガトキ領地へ向かっています」

と不和が言う。

手紙の届け先の村は軍の攻撃があった様子で荒らされていたこと。また、近くの村を覗いてみたところ、ユキが手紙を届けた人物が見つかったと言った。手紙を届けたその男は雪野留三郎と名乗っていたらしい。

ほぼ確実だ。

「なんてことだ・・・」

善法寺も声を揺らす。

可笑しな音で心臓が鳴っている。

軍に捕まった女が何をされるのか―――――――


「土井先生、土井先生」

ハッとすれば心配そうに日向先生が顔を覗き込んでいた。

雪野くんの男装は大したものです。大丈夫ですよ。早急に山村くんと雪野くんを一緒に助け出しましょう」

「そう、ですね」

喜三太、ユキ、待っていてくれ。



「オーマガトキ城には誰か残しているんですか?」

「滝夜叉丸と左門がいます」

「そうか」

不破の言葉に頷く。平滝夜叉丸は優秀だから情報収集をきちんとやってくれるだろう。神崎左門も方向音痴には困ったものだが会計委員らしくきっちりとした仕事をしてくれる。

「しかし、雪野くんのことは低学年の子たちには伏せておいた方が良いでしょう」

「はい・・・」



現実が突きつけられた。



「まずは落合場所に向かうとしましょう」

「そうですね、日向先生」

私たちは落合場所へと向かったのだった。


落合場所となっている朽ちた屋敷には既に喜三太以外の一年は組の面々と山田先生、利吉くん、立花仙蔵がいた。

報告会が行われ、状況が整理された。どっちもやる気のないこの戦、オーマガトキ城とタソガレドキ城は裏で手を組んでいる。オーマガトキ城は敗北を既に認めているだろう。

タソガレドキ城はオーマガトキ領の村々から金を搾り取り、その一部をオーマガトキ城へ渡すという密約でも結んでいるに違いない。

「園田村周辺の村々はとっくにタソガレドキの領地になっていると思われる」

「まっとうな年貢では取れないところまで搾り取っているのでしょう」

山田先生に続けて日向先生が言う。


話し合いが行われ、方針が決まった。

立花と利吉くんが喜三太救出。日向先生、三治郎、金吾が忍術学園へ応援要請に走る。残りは園田村へ。乱太郎と善法寺は先駆けで園田村に向かうことになった。

日向先生が山田先生に、善法寺が立花に、鉢屋が利吉くんにそれぞれ時間をずらしてユキのことを伝えた。


「仙蔵、ユキちゃんを頼む」

「あぁ。あいつは強運だ。無事に決まっている」

善法寺と立花が顔を蒼白にして話している。





アハハ。私って超がつくほど強運女なんですよ!



ユキの明るい笑顔






土井先生~ナメクジさんの踊り見て下さ~い



喜三太の無邪気な笑顔






必ず取り戻す。

利吉くんと立花を見る。優秀な二人。
本当は自分で助けに行きたい。

だが、それはみんな同じだ。

忍として、自分の忍務をこなそう。暮れていく夕陽を見ながらそう思った———————




近づいてきていた怪しい影は脱出の機会を与えてくれる間もなく、この荒れ屋敷をすっかりと囲んでしまっていた。

立花と利吉くんが陽動となり、脱出が始まる。



バーーーーンッ


カンカンッ キンッ キンッ



全員が荒れ屋敷を出て一斉に走り出す。
予想通り取り囲んでいたのはタソガレドキの忍だった。

地面を園田村へ向かう生徒たちが走り、木の上で山田先生と私でタソガレドキの忍と交戦する。鉢屋と不和が一年は組を流れてくる武器から守ってくれていた。


「まだいたかっ」


上空を大男が戦いを避けるように飛んでいくのが見えた。

しかし、私も山田先生もここで手一杯。善法寺、乱太郎を頼むぞ。

「よそ見している場合かあああああ!?」

苦無で苦無を受け止める。目の前の忍の声には聞き覚えがあった。

「諸泉尊奈門か」

「今日こそお前を倒すぞ、土井半助!」


カンッ


キンッ



「積年の恨み晴らすべしっ」

「私情に動かされるなど、プロの忍としてどうかと思うが?」

「お前を倒してユキを奪い返す!」

はあ。私に勝ったってユキの心はどうにもならない。そもそもユキは私の恋人でもなんでもないのにって考えていて悲しくなってきた。

「はあ」

「溜息をつくほど退屈な戦いだとでも!?」


シュッ


「遅い」

手裏剣を弾き返し、チョークを投げる。苦無を受け止め、黒板消しで顔を叩く。

「ゴホッ、ゴホッ」

尊奈門がチョークの粉にむせて涙目で私を睨む。

「舐めやがって~~~~」

「侮ってなんかいないさ」

「じゃあ学用品を使ったのはなんだよ!」

「それは何故って私が」


ドスッ


「学校の先生だからさ」

刀を避けて出席簿で尊奈門の頭を叩けば、打ち所が良かったらしく、ばたり、と倒れた巨木の上に倒れこんだ。

「その、前に・・忍者・・・だろっ。うっ」

「失礼するよ」

「待て!痛っ。うぐぐっ、くっそ〜」


尊奈門と決着がつき、後ろを警戒しながら前へと進む。

「山田先生、追ってきませんね」

「あぁ。大丈夫そうだ」


途中、善法寺と合流し、夜通し走り続け、園田村に到着する頃には朝日が昇ってきていた。

あの上空を飛んでいった大男のタソガレドキ忍者は雑渡昆奈門。その男は善法寺と乱太郎を襲ったのだが、不思議なことに雑渡昆奈門は乱太郎たちを見逃した。

乱太郎、よく頑張ったな。

先駆けとして走った乱太郎は忍務を果たして園田村でぐっすりと眠っていた。

そして乱太郎から情報を聞いた園田村の長老はというと・・・


「戦うって、タソガレドキ軍とですか!?」

口から悲鳴のような声が出てしまった。
嫌な予感だ。

「儂らもやられっぱなしとはいきません。意地を見せてやらねば」

「でも、村長さん。戦うって言っても村人は?」

キョロキョロと辺りを見渡す伊助。

「全員既に避難させました。というわけで」

あああぁ園田村の村長から学園長先生と同じ匂いがする。
胃が・・・胃が・・・。

にっこりと笑って手を広げる園田村の長老は予想通りのことを言う。

「忍術学園の皆さん、よろしくお願い致します!」

「宜しくされませんっ」

叫んだのはきり丸だ。

「冗談じゃないぜタダで働かせようだなんて!どケチにとって、タダで働かせられるのは命に関わることなんだ!」

顔から出せるもの全部出してきり丸が村長に詰め寄っている。
こんな時でもいつものきり丸節を発揮して溜息が出てしまう。

「よしよし。バイト代をやろう」

「アッハハーっ。命をかけて、戦いまっす!」

「きり丸!!!」

まったくこの子は!

「命と銭とどっちが大事なんだ」

「銭」

間髪入れず躊躇なく返ってきた言葉に一瞬星空の向こうが見えた気がした。
ピキピキっと青筋が浮くのを感じながら両手で思い切りきり丸の頬を引っ張ってやる。

「そんなこと言うのはこの口かあああああぁ!?」

「すびばてぇーーんっ」

わああぁと逃げるきり丸を後ろから捕まえるが、すばしっこくて私の手から逃げていく。柱をぐるりと回り、待ちなさいっと追いかける。

くるっとこちらを見たきり丸の顔は明らかにこの追いかけっこを楽しみ始めたようで、本来のお仕置きからあっという間にこの追いかけっこの目的が変わってしまったらしく、私は小さく吹き出してしまう。



この楽しい日常がいつまでも続きますように。



きり丸の顔を苦しさ悲しさで歪ませたくない。




「土井先生?どうしたの?」

「改めて聞くぞ。銭と命、どっちが大事だ?」

「どっちも!」

「はあぁ。命と言ってくれ」



知っている。本当はきり丸が一番良く分かっているんだ。




良く、良く、彼は分かっているんだ。




銭より命が大事だっていうことを。










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