第五章 急がば走れ
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6.涼を取る
取り上げられたロマンス小説は忍たまの間を又貸しされていて未だに私の手に戻ってきていない。しかも最悪なことにさっき、「あ、雪野くん、鉢屋くんの次に君の小説を借りる約束をさせてもらいました」とか何とか全く面白くない冗談を野村先生にさらっと言われた。
私のプライバシーどこいった?あん?
いや、先生方は面白がってないけどね。大暴露の後で気まず過ぎるだろうよッ。
はあぁと肩を落としながら事務室で仕事をしていると戸が叩かれた。
吃驚した。戸は開け放っていたのに気配はゼロ。さすが忍たま。
戸口にいたのは与四郎くんだ。
「今いいか?」
『うん。どうしたの?』
「そろそろ帰らにゃいけんだーよ」
私は立ち上がって与四郎くんのもとへ。
『あの・・・』
「言わんでも今直ぐは一緒に来られないと分かってるだーりゃ。だが、考えてみてほしい。風魔で暮らす方が安全だと思う」
真剣に考えるべきだとは分かっている・・・だけど、想像の中だけでも踏ん切りがつかない。それだけ風魔の里は遠い場所に感じられた。
「そんな顔をさせてしまうのは俺に魅力がないからか・・・」
『そんなこと!与四郎くんはとっても素敵な好青年。命の恩人だし、親近感も感じてる』
「親近感か。うーん。ドキドキしてくれんきゃ意味がない」
拗ねたように与四郎くんが言った。
『・・・。』
「困らせてごめん」
何も言えないでいる私の頭を与四郎くんは撫でた。
『夏休みも終わりかな?』
私はこの居たたまれない雰囲気を話題を変えることで消し去った。
「任務に戻る」
『くれぐれも気をつけて』
与四郎くんは風魔忍者の抜け忍を追っている。想像出来ないくらい危険な任務だろう。彼の身が案じられて胸が傷んだ。
『?』
与四郎くんは眉を寄せる私の前でにっこりと笑った。なんだろう?と思っていると、
「前にやってくれた、といといとい、をして欲しい」
と言った。
Toi,toi,toiはおまじない。
元々魔除の言葉であった。それから幸運を祈ったり、励まし、応援の意味も。
『私の体べたついてるから――――』
言葉の途中でどんっと体に衝撃が来た。与四郎くんが私にぎゅっと抱きついたからだ。
「俺が気にすると思うか?」
いつもより低い声に胸が跳ねる。
私は戸惑いながら彼の背中に手を回し、Toi,toi,toi、とおまじないをかける。
身を離そうとして抱き寄せられる。
『与四郎くん?』
少し怖くなって与四郎くんの胸を押すと離れた。
その顔はニコニコ笑顔。
「ドキドキしてくれたか?」
私はいつも通りの彼に戻りほっとしながら微笑みかける。
『また元気な顔を見せに来てね』
「あぁ!」
与四郎くんは私に手を振って去る。
与四郎くんへの連絡は私から出来ない。彼の無事を知れるのは彼が訪ねてきた時だ。
待つ身って辛いよな・・・と思っていると。
「ユキさん」
利吉さんがやってきた。
「錫高野与四郎くんと随分と仲が宜しいようで」
『見ていたんですか!?』
「見せつけられるままに見ていましたよ」
笑っているのに怖い顔で利吉さん。
『覗きなんて趣味が悪いですよ』
「私の趣味は悪くないですよ」
『覗きは誇る趣味ではありません』
「いや、あなたを好きになったことについて言っているんです」
『んなっ』
暑い気温で熱を持っている顔が更に熱くなる。
『本当に利吉さんはからかい上手なことで!』
「人の本気を酷いなぁ」
わざと傷ついたような顔をする利吉さんの前で私はどうすればよいか分からず口を噤むことしか出来ない。
「ふふ。困らせてすみません。でも、危機感を覚えたんです。ユキさんに自分を印象づけないと、とね」
ハンサムな顔でパチリとウインク。私は自然と胸がときめいてしまう貞操のない自分に心の中で呆れた。
いいや、私が悪いのではなく、この目の前の完璧な顔が悪いのだ。
はあぁ。山田利吉、罪な男。
『それで御用は?』
「私も次の任務に行きますのでお別れを言いに来ました」
『お気をつけて。暑いので体を大事にしてくださいね』
「ありがとうございます。さて、では、私にもさっきの、とい、とい、とい、を」
利吉さんが大きく手を広げた。
爽やかな笑顔の中に邪な心が透けているような気がしたが、彼も危険な仕事に行くのだろう。私はベタつく自分の体を申し訳ないと思いながら利吉さんの体に手を回し、Toi,toi,toiと言った。
無事に任務が終わりますように。
「父にあったら家に帰って下さいと伝えて下さい。また逃げられて・・・」
『はあ。山田先生ったら。強く言っておきます。利吉さんも実家にこまめに顔出して下さいね』
「はい」
利吉さんはでは、と爽やかな顔で去っていった。
「ユキさーん」
次にやってきたのはきりちゃんと半助さんだった。
「顔赤いよ?」
『今日は暑いからね』
私は肩を竦めて話を逸らした。
『帰る時間かな?』
「うん」
『私のために忍術学園に来てもらってごめんね』
「土井先生から聞いたよ。凄く為になる話だったって・・・あれ?ユキさんが為になる話をしたの?」
『なーによその疑り深そうな目は』
「だって鉢屋三郎先輩に会った時、きり丸の母ちゃん本当に面白かったってゲラゲラ笑っていて」
『げっ。三郎くんったら余計なことを。他にも言いふらさない様に釘を刺さなくちゃ』
「鉢屋と久々知なら宿題をしに出たよ」
全校生徒に恥を言いふらされたら大変だと思っていると、半助さんが言った。私の眉根が少しだけ寄る。
『そうなんですね。上級生ともなると宿題の難易度も高い・・・』
心配・・・だが、彼らを信じないとね。忍術学園の子たちは皆ひたむきで優秀だ。
『宿題といえばきりちゃん。まだ宿題残っているわよね?』
きりちゃんを見ると明らかにまずい!と言った顔をしている。
「うっ。忘れてなかった」
『忘れませんよ。半助さんと過ごす間にやってしまうように』
「宿題なら乱太郎たちと一緒にいる時にするよ」
『ダメです。遊び倒すつもりでしょう?』
「それはそうかもだけど・・・」
『いいですか?』
私はきりちゃんにズイっと近づいた。
『夏休みの注意事項を言いますよ。宿題は計画的に、アルバイトをし過ぎて夜更かししない。暑くても寝ている時はお腹にお布団をかけて寝ましょう。それから節約と言っても食費は―――
「あぁ、もう、分かったって!」
きりちゃんが鬱陶しそうに私の声を遮った。
『分かっているなら守るように』
「そんなに念押さなくても大丈夫なのにっ」
『乱太郎くんの家にお米持っていってね。それから家のお手伝いも――――
「だああ、もうっ。分かってるよー!!」
きりちゃんがとんっと縁側から飛んで駆けて行った。そして十分距離を取ったところで両手を口に当てる。
「ユキさんもいつもみたいにお腹出して寝ないように気をつけてねーーー!」
『こ、こら!』
そんなこと大声でっ。
『きりちゃんッ』
「行ってきまーーーすっ」
きりちゃんはアハハと笑いながら私に手を振って走っていった。
『む、息子を宜しくお願い致します』
「きり丸は任せておいてくれ。ユキの方こそ腹巻をして風邪をひかないように気を付けるんだよ?」
『むぅ』
私は目の前の半助さんに怒った顔を作った。
「はは。可愛い」
『私は睨んだんですよ?』
「全然怖くないよ」
『ふが』
半助さんは私の鼻をきゅっと摘んだ。
「だけど、別れる時は笑顔が見たいな」
『何も無いのに笑いだしたら私はいよいよ変質者になってしまいます・・・』
「変質者なのはほぼ確定状態なのかい?」
『えっ!?ち、違いますっ』
慌てる私の前で半助さんはぷっと噴き出す。
「ははっ」
『あはは!』
私と半助さんは顔を見合わせて笑ったのだった。
見回りで忍術学園を歩いている。
陽炎の中に人の姿を発見した私の心臓がひゅっと縮まった。
足元が消えて視界は暗い。喜八郎くんの穴に落ちたのだ。
ドシン
『痛った』
ぶったお尻を擦りながら立ち上がる。穴は喜八郎くんには珍しくそこまで深くはない。ラッキーだ。
私は飛び上がって穴の出口に腕をかけ、バタバタと足を動かして穴から這い上がった。
ははは!慣れたもんよ!
穴から出て、体を叩いて土を落とし、私も成長したものだと思いながら得意げに歩いていた私は白目を向いた。再び穴の中。むっきー!油断した!
喜八郎くんめボコボコと穴を作りおってっ。
いや、私が罠の印を見逃したのが悪いんだけどさ。
再びハァハァ言いながら穴から這い上がる。
『出ら、れた・・・』
体はドロドロだ。
今日のお風呂は一番最後に入るべきだなと考えていると目の前に足が六本。
顔を上げると留三郎が感心したように私を見下ろしていた。
「二度も穴から這い上がってくるしぶとさ、お前の先祖は百足か何かか?」
『それを言うなら前世だろうッ』
仙蔵と小平太くんが噴き出した。
留三郎は素で間違ったらしくキョトンとした後にゲラゲラと爆笑を始めた。
「間違ったけど間違ってねぇだろ?」
『大間違いだわ!』
「まあまあ細かいことは気にするな!」
『遺伝子レベルで問題ありな話なんですッ』
「ひぃ、ゴホッゴホッ」
『むせるまで笑うことないでしょうッ』
仙蔵くんは笑いながらこっちを見るなと言うように手で宙を払った。
忙しいツッコミに息切れを起こしていた私はふと留三郎の手元に目がいった。
『あ、これ』
留三郎の手にあるのはファイアーピストン。
東南アジアを中心に使われていた空気を圧縮して火種を作る道具。私は昨夜先生方に説明したものだが、彼らも聞いていたらしい。
『作ってみたんだね』
「上手く出来だぞ」
『流石は用具委員会委員長!手先が器用』
「まあな」
『使って見せてくれない?』
「あぁ、いいぞ」
皆で日陰に移動する。
留三郎はファイアーピストンで火を起こしてみせてくれた。
『わあ、すごい』
赤い炎に歓声を上げる。
私は留三郎の手を見た。
『こんな無骨な手が繊細な作業をするとは想像出来ないよね』
「忍者は器用じゃないとな」
留三郎はにっと笑った。
「これで焙烙火矢の着火が早くなる。今までは火打石だったから音が問題でな。改善された」
『それは良かったね!』
「ユキがもっと早くに言ってくれていればなお良かったのだがなあ。んん?」
『すひまふぇん』
私を半眼で睨みつける仙蔵くんが私の頬を引っ張り、そしてふと楽しそうに口の端を上げた。
「確かにあの本のことを言いたくないと思うのは当然だが」
『その話は言わない約束でしょう!大体あの本を仙蔵くんが取り上げたりなんかしなければ私は辱めを受けることなんて無かったのに』
「いずれ分かったことじゃないか!」
小平太くんがアハハと笑った。
『まあね』
はぁと息を吐き出す。
私は垂れてくる汗を拭った。
それにしても・・・暑い。
手を仰ぎながら立ち上がる。
『私は見回りの続きにいくね』
これでも仕事中なのだ。
私の見回り・・・役に立っているとは思えないが・・・壊れた美品くらいは見つけることが出来るだろう。
「なあ、ユキ。夜も仕事があるか?」
『ううん、小平太くん。夜は先生と交代』
「それなら夜は涼を取ろう!」
小平太くんはにっこりと言った。
『いいね』
「準備はしておく。私に任せておけ」
胸を叩く小平太くん。
『楽しみにしているね。夜が楽しみだなぁ』
さて、見回りもあとひと頑張り。
「暑いから熱中症に気をつけろよ」
『留三郎が私を気遣っている・・・?』
「可愛くない女だな」
『留三郎が私を女として見ていた・・・だと?』
「なっ、そんなことっ、お、俺は、お前のこと人とすら見てねぇよっ」
『どういうことだよ!』
「見ていられないぞ、留三郎。その無骨な口を閉じておけ。ユキ、涼し気な小袖を着てくるように。私はお前で涼を取る」
『私も仙蔵くんで涼を取るよ。この炎天下でも涼しげだし』
そう言うと仙蔵くんは涼し気な目元を楽しそうに細めた。
「食堂で集合な」
『分かった、小平太くん。では、行ってきまーす』
私は皆に手を振って見回りを再開したのだった。
****
夜がやってきた。
私は髪をアップスタイルにして尊奈門くんからもらった珊瑚色の小袖とくちなし色の帯を締めている。
今だにジージーと鳴いている蝉の声を聞きながら食堂に入れば仙蔵くん、小平太くん、留三郎の姿が既にあった。
『お待たせしました』
「おぉ!綺麗だ」
『小平太くんったらお世辞が上手ってギャアっ』
ダダっと走ってきた小平太くんが私の首に噛みついた。
『どどどどど、どうした!?』
「すまん。無意識」
『真顔で言うなよ怖いだろうっ』
「ユキが色っぽいのが悪い」
『理性を捨てたら人間は終わりですよ?』
「そんなことはない。私は生まれてから今日まで本能のままに生きてきた!」
『私は君に言いたいことがある。悔い改めよ』
私は再び私の首元を狙っている野獣から、一歩距離を取った。
「まくわ瓜を切ったから外へ出て食べよう」
留三郎が声をかけてくれる。
皆でまくわ瓜や飲み物を持って(お酒もある!)外へ。大きなござが敷いてあり、そこには既に蚊取り線香が焚かれていた。
私たちは座り、盃に酒を満たす。
『「「「乾杯!」」」』
くぅ、美味しい。
私は手酌で酒を満たした。
『素敵。盃に月が映っている』
「ユキにしては風流なことを言うな」
仙蔵くんが意外そうに言って、微笑んだ。
今日の月は半分だ。
『まくわ瓜が冷たくて甘くて美味しい』
まるでメロンのような美味しさに頬が緩む。
優雅だわ。
扇子で自分を扇ぎながら空を見上げる。星空はいつの間にか動いていた。
私はくいっとお酒を飲み干した。
暑いからか今日はお酒が進む。
「おいおい、ペースが早いぞ?」
『忍術学園の中だし、それに私はお酒の失敗はしたことないの。大丈夫』
留三郎ににやっと笑って私は盃を空けた。
「酔ったところをみてみたいものだ」
仙蔵くんがお酒を注いでくれた。
『ありがとう』
「今日はとことん付き合うぞ」
『わわっ』
がっしりと小平太くんに肩を組まれて盃の中の酒が揺れる。
『こら。大事なお酒を』
「すまん、すまんっ」
アハハと笑う小平太くんはそう言えば酔ったら楽しくなる人だったな。
いつもの太陽のような笑顔は更に燦々と輝きを増している。静かな夜空との対比が面白い。
『付き合ってくれると言うなら、友情の証に飲み交わそう』
「?」
私は自分と小平太くんの盃に酒を満たした。
『腕を出して』
私は小平太くんの腕に自分の腕を絡めた。
『手を曲げて、自分の盃を自分で呑むの』
「う、うん」
『この友情がいつまでも続きますように』
「つ、続きますように」
目をまあるくして、お酒のせいか照れなのか少し顔を赤くしている小平太くんに微笑んで私はお酒に口をつける。小平太くんも私に倣ってくっとお酒を飲み干した。
『ふふ』
「~っ」
私は少し酔っているようだ。体が良い感じにフワフワしている。
『次は留三郎っ』
ビシッと留三郎を指差し、私たちの盃を満たしていく。
「お、おれはいい」
留三郎は何故か動揺した声を出した。
『友情を誓い合う盃を交わせないだとおう?なんて冷酷な奴。見損なった!』
「っ!そ、そこまで言われちゃあ・・・」
渋々と言った感じで留三郎は盃を持ち上げる。私たちは腕を絡ませた。
『この友情がいつまでも続きますように!』
留三郎は何も言わなかったがグイッとお酒を飲み干した。
「ぷはっ。ユキ、さっさと腕を離せ」
『前々から思っていましたが、留三郎って私の扱い雑じゃない?』
「うるせぇ」
『酷いっ。シクシク』
「あっ、す・・・すまん・・・」
『以後反省するように』
「泣き真似かよッ」
『こんな事で泣く私じゃないって知っているでしょう?』
「けっ。可愛くねぇの」
留三郎はブスっとして、手酌で盃を満たして飲み干した。
『仙蔵くんもいい?』
「準備は出来ている」
いつの間に注いだのやら盃が満ちていた。腕を絡ませる私の心臓が煩くなる。仙蔵くんは真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。
ドギマギしてしまいながら『永遠の友情を』と言った私の唇に人差し指が押し付けられる。
「私が言う」
『え。あ、うん。じゃあお願い』
楽しそうに口の端を上げた仙蔵くんが口を開く。
「願わくばユキが私を好きになることを望む」
『えっ』
仙蔵くんは目を瞬く私の前でお酒を飲み干した。
「ユキも呑め」
『ええと』
「呑まなければ腕を離さんぞ?」
目の前の端正な顔はとても意地悪な表情を浮かべていた。心臓が持たない。震えてきてしまう手で盃を飲み干そうとした時だった。
「させないぞ!」
『いだああっ』
小平太くんが絡み合っている腕を思い切りチョップした。私と仙蔵くんは馬鹿力によってござの上にべちゃりと倒れ込む。
「小平太~!」
「抜け駆けする仙蔵が悪いんだ!」
「ふん。機会は平等に与えられた。生かさなかったお前が悪い」
「何を〜」
『はいはい。楽しいお酒の席で喧嘩はなしだよ』
私は仙蔵くんに詰め寄る小平太くんの胸を押して、仙蔵くんから引き離した。
『さあ、飲み直そう』
何事も引き摺らないのが小平太くんの良いところ。小平太くんは直ぐに陽気な彼に戻った。あの程度の言い合いなんて楽しい日常会話。彼ら―――私たちはそのくらいに仲が良い。
私たちは気持ちよく酔っ払っていた。なんでもない事でケタケタと笑い声をあげている。
しかし、みんなもう限界みたいだ。特に仙蔵くんと留三郎は潰れてしまっている。
『解散にしよう』
「そのふぉうが良さそうだな」
小平太くんが大きなあくびをして目を擦った。
「ユキ、私に任せておいて帰っていいぞ」
『そういうわけには・・・』
「では、後片付けを頼む。私は二人を長屋に連れて行くから。ほら!仙蔵!留三郎!長屋に帰るぞ」
いつもいけいけどんどん周りを巻き込んで突き進む小平太くんが酔いつぶれた二人の世話を焼く様子は新鮮で、珍しい一面が見られたことに私の顔には自然と笑みが広がっていた。
ごみを片付けて、食器を洗っていると「ただいま!」と静寂を破って元気な声。
『元気だね。目が覚めた?』
「おう!パッチリだ」
『二人を送ってきてくれてありがとう』
「こっちは終わったか?」
『うん』
「ならばユキのことも部屋に送ろう」
『え、いいよ。忍術学園の中だもの。なーにも起こらない』
「女の子には優しくしなさいと子供のころから言われていたからな」
私は先ほどの小平太くんのチョップを思い出して頭にはてなマークを浮かべた。
でも、せっかくこう言ってもらっているしお願いしよう。
『ありがとう。では、お願いします』
私たちは静かな忍術学園を長屋へと向かって歩いていく。
蝉の声はもう聞こえず、代わりに何の虫か分からないジージーという音が聞こえている。
『小平太くんは宿題終わったの?』
「あぁ!バッチリだ」
『お疲れ様。大変だっただろうね』
「だが、自信がついた」
『それは良かった』
私はにっこり笑った。
私は確かに笑ったつもりだったのだが、目の前の小平太くんは悲しそうな顔をした。
『どうしたの?』
「夏休みが終われば一年もあと半分。卒業したらユキとも会えなくなるなと思ってな」
『小平太くんが珍しく感傷に浸っている・・・』
「ユキは私をなんだと思っているのだ?」
半眼で見つめてくる小平太くんに私はクスクスしながら肩を竦めた。
『ごめん、ごめん。冗談だよ。そうだね、寂しくなるね。でも、会いに来てくれるでしょう?あなた方の先輩方も時々忍術学園を訪ねてきてくれるじゃない』
たまに遊びに来る卒業生たちは勤めている先、行ってきた任務のことなど迂闊に喋れないこともあってか慎重そうにしているが、それでも後輩たちとの再会を喜んで楽しそうにしている様子を見たことがある。
『さっきも誓った通り、友情は永遠』
「そのことだけどな」
ずいっと小平太くんが私との距離を詰めた。
「私も仙蔵と同じように友情よりもユキとの恋の行方を願いたかった」
『酔っているでしょう』
「そんなことはない!」
『わかったよ。ありがとう』
「ユキ!」
『お酒が入った中、こんな夜更けにいけないよ?私もフワフワしているし・・・』
間違いがあっては困る。
「っ。はあ。そうだな。女の子には優しく接する、だ」
私は肩を落とす小平太くんを見た。
話を強制的に打ち切ってしまったが、こうして好意を寄せてくれるのは素直に嬉しかった。
肝心の私の心はどこにあるのだろう?
今の私の体のようにふわふわと漂っている私の心は―――――
そうしているうちに部屋へとついた。
『ありがとう』
「腹を出して寝ないようにするんだぞ」
『小平太くんもね』
「私は全裸で寝たって風邪をひかない」
『ふふふ。それでもお腹にお布団かけてね』
「ユキ」
『ん?』
掠めるように頬にかさついた何かが当たった。
両手を頭の後ろで組んだ小平太くんが太陽のような笑顔で笑っている。
「おやすみ!」
『おやすみ』
カラッとした様子に怒る気も起きない。むしろ私は無邪気な小平太くんの様子に好感をもって自然と表情を緩めていた。
小平太くんが走り去っていった廊下から夜空に視線を向ける。
幾千、幾万もの星々
半分に割れている月
キラキラとした星空を友人たちと見上げながらお喋りをした時間は、私にとって大切な思い出となるだろう。