第五章 急がば走れ

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4.キャンプ







半助さんと遊びに行く前の夜、私ときりちゃんはルンルンで荷物をつめていた。前に三人で川に遊びに行った時も楽しかったなと思い出す。

『明日は水着の上に服を着ていこう』

「泳ぐ気満々だね」

『泳ぐの好きだからね』

私は歌うように言って枕元に水着を置いた。

他に持っていくものは三人分のお米、野菜、蚊取り線香、遊び道具など。半助さんと分担してお泊りキャンプの道具を持っていく。

『さあ、そろそろ寝よう』

準備を終えてきりちゃんを布団に促す。

「興奮して寝られないかも」

『まずはお布団に入ってみなさい』

明日たっぷり遊ぶには睡眠が必要だ。睡眠不足で泳ぎ、足をつってしまったら大変。
灯りを消して目を閉じる。

きっと明日は楽しい日になるだろうと考えている私は半分夢の中にいたのだが、きりちゃんがゴソゴソと何度も寝がえりをうって夢の中から引き戻される。

『寝られない?』

小さい声で尋ねてみると「うん。寝付けない」と困った声でお返事。
私はよっこいしょと起き上がり、枕元に置いてあった扇子を手に取ってきりちゃんのもとへ行った。

『眠れないなら少しお話をしようか』

パパパパと扇子を開き、ゆったりと扇ぐ。

『昔話でいい?』

「うん!」

元気なお返事。
これは手強そうだぞ。少し長めのお話にしなければ。

私はきりちゃんの額を手拭いで拭いながら話し出す。


昔々の明のお話。火山島の山の頂に仙石があり―――――


西遊記のお話を始めは楽しそうに聞いていたきりちゃんだが、そのまぶたは段々と重くなっていく。そしてついには夢の中へ。

明日が楽しみだね、きりちゃん。

『おやすみ』

私はもう一度きりちゃんの額の汗を拭って自分の布団へと戻って行ったのだった。






翌日、晴天。

朝からカーーンとした太陽が照り付けている。

しっかりと朝ご飯を食べて片づけをし、戸締りをしていると半助さんが迎えに来てくれた。

「おはよう、ユキ、きり丸」

『おはようございます、半助さん』

「おはようございます、土井先生」

「昨日はよく眠れたかい?」

『「はい!」』

元気な私たちの声が揃った。

家の戸も閉めて出発進行!


「今日はすっごく天気がいいね!」

前をスキップして歩いていたきりちゃんがクルっと振り返ってニコッと笑った。きりちゃんの笑顔は太陽より明るい。

『これぞ夏ってかんじで気分がスカッとしてる!』

夏らしい日に夏らしいことをして夏の思い出を作る。最高ではありませんか!

「暑いから水分補給を意識的にするんだよ」

はしゃぐ私たちに半助さんは優しく微笑みながら言う。


「こっちの道だ」

私たちは半助さんに案内されて山の中に入って行った。

今日は男装をしている。森の中には虫がいるし草が伸びているからこの服装で正解だった。
奥深い森だが、半助さんが良い道を進んでくれるので進みやすい、のだが。

『ぶへっ』

私は木の根に躓いて地面に膝を打って手をついた。

「大丈夫かい?」

半助さんが戻ってきてくれる。申し訳ない。

ユキさんったら大丈夫?」

『大丈夫』

「険しい山道を選んでしまってすまないね」

『いいえ。とんでもない。歩きやすいです私が―――ってストップです!』

私は私の腕を引っ張ろうとする半助さんを手で制した。

『あ、汗でべたべたで汚いので自力で起き上がります』

「そんなこと気にすることないよ」

『私にも乙女の恥じらいというものがっ』

厚意は嬉しいのですが、やだ、やだ、やだ、やだ。

確実に半助さんを困らせていると自覚しつつも両腕で自分を抱いて駄々をこねていると、きりちゃんがやってきた。

「まったくもう。世話がやけるんだから」

きりちゃんが私の腕を引っ張って助け起こした。

『お世話お掛けいたします』

「土井先生も、こういう時は気の利いた言葉くらいかけられようにならないと」

「なっ」

「はぁ~。まだまだなんだから」

やれやれと手を広げ、首を振って歩いていくきりちゃんはこの中で一番大人に見えて――――

『ぷっ』

「ふふっ」

私たちは顔を見合わせてそれぞれの自分の行動を思い、小さく笑ってしまう。

『いえ、半助さんは悪くないです』

「私こそきり丸に言われた通り気の利いた一言でも発せられたら良かったのに。あぁ、生徒にこんなこと言われるなんてまいったな」

半助さんは頭に手をやって笑った。

「なーに笑ってるんすかー進みますよー!」

先の方へと進んでいたきりちゃんが口に手を当てて叫んでいる。

「行こうか」

半助さんに差し出された手。

『ありがとうございます』

私は、今度こそ半助さんの手を取って歩き出した。




ユキさん、土井先生に手を繋いでもらっていたらいいのに。また転ぶよ?」

『半助さんは案内をしたり、重い荷物を持ったりして大変なのよ』

ある程度のところで何となく気まずくなって手を自然と放していた私たちは再び半助さんを先頭に歩き出していた。

そして感覚的に十五分ほど歩いた頃、ザーザーという清涼な音。前を歩いていたきりちゃんが歓声を上げながら走り出す。

「すっごい。ユキさん早く来て!」

疲れてきていた私だったが、嬉しそうな笑顔につられて走り出す。木々を抜けた私の目に飛び込んできたのは美しい滝だった。

『綺麗!』

複雑な造形の岩壁から幾筋もの滝が入り組んで流れてきていた。まさに自然の美と言った感じで、決して同じにはならない川の流れは飽きることなく見ていることが出来るだろう。

滝の下には大きな、大きな滝つぼがあった。遊ぶには十分な広さだ。滝つぼから流れ出た川は広く、緩やかに下流へと流れている。

『なんて素敵なところ。ありがとうございます、半助さん』

「喜んでもらえて良かった」

胸の前で両手を組んで感激する私にニコリと半助さんは微笑んだ。

「見て見て!滝つぼの中に魚がいる!」

『見たい!』

ユキ、河原の石が熱くなっているから気を付けて行くんだよ」

『はーい』

草履が脱げないように慎重に歩いて行った私はきりちゃんの横に並んで滝つぼの中を覗き込む。水の中では魚が優雅にスイスイと泳いでいた。

「綺麗だね」

『美味しそうでもある』

きりちゃんは私の言葉にニっと口角を上げた。

「今晩の夕飯に出来たらいいね」

いつの間にか半助さんが後ろに来ていた。流石忍者だ。

「昼食を食べたら浅瀬に罠を作ろう」

「おっ昼ご飯っ」

日陰に移動して、暑くなるが火を起こすことに。集めた木の枝にライターで火をつける。

ユキの世界のものは便利なものが多い。この世も想像出来ないくらい進歩していくのだろうなぁ」

『発展による問題も起きています。この世界の生き方のほうが良いと思うところもあるのですよ』

私は肩を竦めて木の枝を火の中に放り込んだ。

水を沸騰させて、半助さんが持ってきてくれた飯ごう炊飯で使うような取っ手付きの深い入れ物に干飯を入れる。ぐつぐつと煮えて干飯は柔らかくなり、お粥のようになった。器に盛って完成だ。

『お漬物と梅干を持ってきました』

「美味しそうだ」

『どうぞ、半助さん。隣のおばちゃん作なので非常に美味しいです』

ぬか床でしっかりと漬けられて味の付いた人参にきゅうり。お漬物の美味しさで食が進む。

ユキさんもぬか床作り始めたんすよ」

「いいね」

『出来たら自慢にいきますね』

「楽しみにしているよ」

楽しくお喋りをしながら食事を終えた私たちは食器を川で洗い、魚を捕る罠を作ることに。

川に入るのが楽しみで仕方ないきりちゃんは腰紐を解いたらバタバタと上衣と下衣を同時に脱ぐという芸当を見せてふんどし姿になった。

「きり丸。川に入る前に準備運動だ」

半助さんが笑った。

『さすが先生』

「今日は先生はおやすみだよ」

半助さんは肩を竦めた。

「それじゃあ、先生じゃない土井先生と、事務員じゃないユキさんと、忍たまじゃない俺だね」

『どうして嬉しそう?』

「教えなーい。さ、準備体操しようっ」

何故かご機嫌なきりちゃんと手を取り合ってぐーっと体を伸ばす。しっかりと準備運動をしていざ川へ。

「わーーい!」

きりちゃんが滝つぼへと走って行き、そのままポーンと地面を蹴って滝つぼへと飛び込んだ。ばっしゃーんと大きな水音。

『ふふ。凄いはしゃぎっぷり』

「いきなり冷たい水に飛び込んだりして。心臓に悪い」

半助さんが心配そうに滝つぼへと駆けていく。その顔は先生・・・保護者の顔だ。笑いながら頭の中で訂正を入れつつ私も自分の腰紐を解く。

汗でべっしょり濡れた服は気持ちが悪い。洗えば、この天気だ。直ぐに乾きそうだ。

私は脱ぎ散らかせられていたきりちゃんの服と自分の服を持って半助さんに近づいていく。

『このまま暫く遊ばせておきましょう。魚の罠づくりはもう少し後に』

「そうだな――――っ!」

半助さんが大きく動揺したように目を見開いた。理由は分かっている。この時代にははしたないだろう水着を着ているからだ。

『あー・・・えっと。水遊びはこの格好が便利で。一度見ているからそこまでギョッとはなさらないでしょう?』

様子を窺う私に半助さんは首を上下に振るだけだ。顔が固まってしまっているが、もう少ししたら半助さんも慣れてくるだろう。気にしない、気にしない。と自分に言い聞かせる。

『汗をかいたし衣を洗おうと思うんです。なので脱いで下さい』

「えっ!?いいよ。自分の分は自分で」

『きりちゃんと遊んでいてあげて下さい。一人だとつまらないでしょう?』

滝つぼを見ると目の合ったきりちゃんが「来ないのー?」と叫んだ。

『衣洗ったら直ぐ行くよ!』

「うんっ」

きりちゃんは素潜りをするのか大きく息を吸い込んで水の中に消えていった。

『忍たまとはいえ子供の一人水遊びは危険ですから』

さあ、と手を出して圧力をかけると半助さんは「じゃあ・・・」と言ってのろのろと上衣を脱ぎだした。ゴホンッ。言わせてくれ。これは断じてセクハラではない!


「魚に触ったよ!」

興奮気味のきりちゃんが水面から顔を出した。

「そっちへ行く!」

半助さんは綺麗なフォームで頭から滝つぼへと入って行った。殆ど水しぶきが起きなくてさすが忍者と感心してしまう。

「ねえ、土井先生。投げてほしい」

「よし。こっちへおいで」

「やった!」

半助さんがきりちゃんを抱っこしてポーンと投げた。きりちゃんは歓声を上げながらバシャンと水に落下する。

「すっごく楽しいっ。もう一回!」

バシャバシャと半助さんの方へと泳いでいくきりちゃんとニコニコと優しい笑みを浮かべている半助さんを微笑ましく見てから私は浅瀬に行って衣を洗う。

日光の当たるところに衣を干し終えた時、きりちゃんと半助さんが水から上がったところだった。

「次は魚の罠張りだよーっ」

私たちは半助さんの指示で小枝、雑草を集めた。
そして川へと向かう。私は足をそーっと水の中に入れた。

冷たい!

心地よい冷たさに私の顔が思わず綻ぶ。
足元を見ているとスッと魚が通り過ぎた。なんて涼やかなんだろう。

「まずは石で川を分断して、そこに木の枝や柴を置けば入り込んだ魚はこの罠から出られなくなる」

『なるほど。この時期の魚は何がかかるでしょうか?』

「アユ!」

きりちゃんが元気よく言った。

ユキさん塩持ってきたよね?」

『うん。鮎の塩焼き美味しいだろうなぁ』

「アマゴやイワナも狙えると思う」

『楽しみですね!』

火を囲んで魚を焼く姿を想像して、先ほどお昼ご飯を食べたばかりだというのにお腹が鳴りそう。
私たちはワイワイと罠を作る。

その後、私たちは川の浅瀬に足を入れてバレーボールで遊ぶことになった。



ポーン ポーン



「それ!きり丸」

「よおいしょ。ユキさん」

『フハハハ。私に取れない球などっうはッ』

私は水と石に足を取られて尻餅をついた。
お尻が痛ったーーーい。だが、川を流れていくボールを上手く止められた。

「大丈夫?」

『このくらい平気だよ』

「少し休もう」

半助さんが言った。
気がつけば遊び始めた時から太陽の位置が変わったような気がする。

「僕はもっと遊びたい」

きりちゃんは駄々をこねた。

「ずっと水に入っていたから足をつってしまうよ。まだまだ日は高いんだから、まずは休憩しよう」

きりちゃんは川から上がる私と半助さんの後を渋々ついてきた。

日陰には半助さんが持ってきてくれた大きな布が敷いてある。本日の寝床だ。

「もう衣乾いているね。あったかーい」

『一度水着を脱いで着替えます』

私は木陰に隠れて小袖に着替えた。きりちゃんの言っていた通り小袖は温かく、冷えた体に心地よかった。

『そっちに行っていいですか?』

「もういーよ」

かくれんぼをする時のような返事が返ってきて私は二人の元へ。
敷物の上に座ると疲れていたらしい。私の体はどっと重くなった。

蚊取り線香を焚いて、扇で自分を扇ぐ。きりちゃんのことも扇いであげようと隣を見ると、きりちゃんはぼんやりと眠そうな顔をしていた。

「少し疲れたようだね」

『昼寝したら?』

「そんな勿体無いことしたくないよ」

むっとして意地を張っている。

『今は夏だから日の入りも遅い。一寝入りして夕方に遊ぼう。それに夕食、夜には夜の楽しみがあるよ』

『さあ』と声をかけると睡魔に負けたきりちゃんは「ちょっとだけ」と横になった。

「日が暮れる前に絶対に起こしてね」

「分かったよ」

半助さんが優しく微笑んだ。

きりちゃんはあっという間に眠りに落ちた。

『可愛い寝顔だこと』

「そうだね」

半助さんは荷物から替えの自分の上衣を出してきりちゃんのお腹にかけた。

あぁ、私も眠い。

私はきりちゃんの隣で体を横たえた。
でも、寝ちゃダメだ。きりちゃんを起こす役目が――――

眠りに落ちそうになってハッとする。
体を起こそう。

「そのまま寝ているといい」

半助さんをぼんやりとした頭で見上げると、体をきりちゃんの上から乗りだしてきた半助さんに頭を撫でられる。まるで子供を慈しむ母親のよう。

『すみません・・・お言葉に甘えさせて下さい・・・』

いつも半助さんには甘えて、頼って、私に出来ることはないものか。
そう思いながら私は夢の中に落ちて行った。




賑やかな声で目を開け、身を起こすと、ふんどし姿のきりちゃんが川辺ではしゃいでいた。
隣には半助さんの姿もある。こちらは服を着ている。

私はぐーっと伸びをしてバキバキ骨を鳴らし、立ち上がった。
見上げた空からは太陽が消えていたが、まだ辺りは明るい。

手で目をこすりながら頭を起こし、二人の元へ。


「あ!ユキさん。見て」

『どれどれ。わー!大量だね』

岸辺にはたくさんの魚がぴちぴちと跳ねていた。

『こんなに捕れたんだ』

三人で食べたらお腹いっぱいになる量だ。

「日が暮れる前に夕食の準備に取り掛かろう」

きりちゃんは山の中へ。薪と魚を刺す棒を探す係。私は荷物から野菜や調味料、料理道具を出した。野菜を川で洗い、平らな岩の上で野菜を切っていく。

干飯を使ったお粥、お味噌汁が出来上がった。みんなで捕った魚を串刺しにしてまだ火のついていない焚き木の周りに並べていく。



空の色が茜色になってきた。




雲が美しい橙色に染まっていて美しい。




『きりちゃん、お味噌汁のおかわりいる?』

「いる!」

「こっちの魚も焼けたようだよ。食べるかい?」

「うん!」





綺麗な虫の声も聞こえてきた。




空は紫色から藍色へ。夜がやってくる。



パチパチと燃える火は穏やかで、心地よい疲れを癒してくれる。


夏の太陽の暑さは日が沈んでも消えないが、それでもホッとする。

『熱いお味噌汁が体に染みるね』

お野菜たっぷりで満足感がある。

「今日は楽しかったなぁ」

『あら。夜はこれからよ。私は天体観測を楽しみにしているの』

そう言うときりちゃんの顔はパッと輝いた。

「俺、今日は寝ないっ」

『そうね。今日くらい夜更かししたっていい』

きりちゃんは嬉しそうに笑った。

「毎日がこうだったらいいのにな。アルバイトでお金を稼ぐのは好きだけど・・・」

『夏休みの宿題もしないといけないし・・・?』

きりちゃんの言葉を引き継ぐと、うげっときりちゃんは体を仰け反らせた。

「やんなきゃだめ?」

「こら。先生のいる前でいい度胸だ」

「今日は先生おやすみでしょ?」

「今の言葉は聞き捨てならないからね。先生復活だ」

「あーんっ」

泣きまねをするきりちゃんに、ふふふっと笑ってしまう。

「みんなで協力できないように全員にバラバラの宿題を出すなんて酷いよぉ」

「そうしないと登校日に庄左エ門に写させてもらうだろう?」

「うっ。お見通しか」

きりちゃんが唇を曲げた。

『授業を聞いて、宿題をして、鍛錬して、立派な忍者になって』

「はーい」

『因みに、最近はどんな勉強をしたの?』

「えっと、実技は手裏剣の投げ方で、座学は火薬の作り方」

「さて、ここで問題」

半助さんが先生らしい笑みを浮かべた。

「火薬の材料を答えなさい」

「そんな、急に問題出すなんて・・・ええと・・・硫黄?」

「正解。あと二つは?」

「あと二つは・・・」

きりちゃんがニッコリ笑う。

「忘れました!」

ガクッ

元気な声に私たちはズッコケた。

「うぅ。教えたのに。教えたはずだ。教えたはずだ」

胃を摩る半助さんが気の毒だ。息子がすみません。
まったく、きりちゃんったら。

『ちなみに残り二つはなんですか?きりちゃんは耳かっぽじって聞きなさい』

「はーい」

半助さんは残りの二つは木炭と硝石だと説明してくれる。硝石はこの時代、アラビアの塩とも呼ばれているそう。

『確か硝石は貴重なものでしたよね』

「良く知っているね」

『火薬の予算は多いですから』

一応事務員なので忍術学園の財務状況は把握している。

「貴重なものだから管理は厳重に行っているよ。火薬の材料は危ないものだし」

『硝石づくりも大変ですしね。火薬委員は大変だ』

「え・・・・?」

「この三つの魚焼けたみたいだよ!」

『おっ。いい感じ。食べよう!』

私は一番近い魚に手を伸ばした。こんがり焼けて、魚の油が良い感じにテカってなんて美味しそうなのだろう!

口の中を唾でいっぱいにしながら口をあーんと開けた時だった。

半助さんがバッと立ち上がった。

『「?」』

「そこにいる者、出てこいッ」

ヒュンッ

苦無が投げられる。

きりちゃんは口を開けたまま、私は魚にかぶりついた状態で半助さんの視線の先を追った。
恐々しながら魚を咀嚼していると、森の中から出てきたのは――――

『与四郎くん!?』

そこには山伏姿の風魔流忍術教室、錫高野与四郎くんの姿があった。

「当たるところだったべ」

半助さんは苦々し気な顔を与四郎くんに向けた。与四郎くんの方は真夏の太陽のようなピカーっとした笑顔。

「やっと見つけたんだーりゃ!」

『お久しぶり!』

私は与四郎くんに駆け寄った。

『元気にしていた?すっごい偶然だね』

「偶然と言えば偶然だけんど、俺はユキを探していたんだーよ」

『私を?』

「あぁ。夏休みをもらえたからユキの自宅に行ったんだ」

『え?私教えた記憶ないよ?』

「まあ、それは置いておいて」

与四郎くんが私のプライバシーを蔑ろにした。

ユキがきり丸と山へ遊びに行ったっていうからこの辺うろうろ探していたんさ」

この深い山の中を・・・

『ありがとう』

ユキ~」

与四郎くんがぎゅっと私に抱きついた。
少々ストーカーまがいで怖い気がしたが、この深い山の中を私に会いたいと思って歩いて来てくれたことは素直に嬉しい。

『夕食は?』

「干飯を食った」

『まだお腹に入るなら一緒に魚を食べよう。美味しいよ』


与四郎くんも入って夕食再開!


「うんまいっ」

与四郎くんはゼロ距離で私の隣に座ってモグモグと魚を食べている。
とても美味しそうに食べるので私の顔も綻ぶ。素直な心、素直な感情表現をしてくれる彼を私は好ましく思っている。

「そういや、さっきの話だけんど」

『なんだっけ?』

「火薬の話だーよ」

『火薬・・・・・・・・・あぁ』

私は遥か彼方に行ってしまっていた記憶を手繰り寄せた。

『聞こえてたんだ』

さすがは忍たま。

「ちょうど耳に入った。それで」

与四郎くんは食べ終わった魚を串刺しにした棒ごと火の中にくべて、私の方を向いた。顔が近い。でも、人懐っこい顔で不思議と緊張しなかった。

ユキは・・・硝石の作り方知ってるんか?」

『うーん。知っているかと言われたら微妙かな。本に書いてあったことを思い出したの』

私も与四郎くんにならって足元に溜めていた魚の残骸を火にくべた。

「その本はどこに?」

『忍術学園の私の部屋だよ』

「そう・・か。ちなみに、硝石の作り方、ユキは覚えとるか?」

『えっと・・・何だったかな』

私は再び記憶を手繰り寄せる。

『漆喰、藁・・・木炭・・・あ!ダメ。今はご飯中』

私は顔を顰めた。

「そんじゃ、作り方はご飯の後に教えてくーりょ」

『うん。だけど、何で?この世界って火薬あるでしょ?』

素朴な疑問に答えたのは半助さんだった。

「日ノ本の硝石は輸入に頼っている」

重い声。

『え゛っ』

固まる私の手が取られた。与四郎くんだ。

ユキは俺の嫁っ子になるのがいいべ!」

突然、与四郎くんが満面の笑みで言った。

『はい?』

「考えるだーりょ。ユキが俺と結婚したら風魔に来る。勿論その時はきり丸も一緒だ。そしたら、ユキのことは風魔が守れる」

与四郎くんの手の力がギュッと強まった。

ユキのことは忍術学園が守れるから心配は無用だ」

半助さんがキッと与四郎くんにキツイ目を向けた。

「兎に角!与四郎さんはユキさんの手を離すべきですよ」

ドシドシと歩いてきたきりちゃんが私と与四郎くんの手を引き千切り、私たちの間に無理矢理体をねじ込んで座った。

「天体観測するんでしょう?」

拗ねたように私を見上げるきりちゃん。

『そうだね。火を消そうか』

半助さんも与四郎くんも何も言わなかった。
私たちは火を消し、河原に体を横たえる。空には満天の星が輝いていた。


『まだ天の川が見られるね。彦星の星は別名アルタイルと呼ばれていて――――


ギリシャ神話は子供には早い話が多かったから、面白そうな逸話だけを抜き取ってきりちゃんに話した。

半助さんと与四郎くんは私たちと少し離れたところで夜空を見上げていた。

「綺麗だね!」

『うん!』

きりちゃんに頷き、満天の星に手を伸ばした時だった。
シュッと一瞬夜空を星が流れた。

「見た!?」

きりちゃんが興奮気味に叫ぶ。

『見たよ!あっ。また!』

流れ星がキラリ、キラリ、あそこでもキラリ。

『流星群だっ』

私ときりちゃんは顔を見合わせて寝ころんだまま同時に万歳をした。


『「すっごーーーーーいっ」』


両手両足をばたつかせたり、拍手をしたり。
キラキラと流れていく星に私たちは瞳を輝かせる。

「土井先生、見ました!?」

「え?あ、あぁ」

暗闇に溶ける半助さんはハッと我に返った声を出した。

「綺麗な流れ星だべな」

どこか無理のある声で与四郎くんが言う。



私はきりちゃんの手を握った。




小さな手が私を握り返す。




『半助さん』

「ん?」

『与四郎くん』

「なんだべ?」

心ここにあらずと言った返事。

あーーーーーっもう!!


『明日は明日の風が吹く!明日の事は明日考えましょう!!』


夜空に吸い込まれていく私の声。

彼らの口からフッと息が漏れて、体の力を抜いたのが分かった。




ユキさん、寝る前に何かお話して」

きりちゃんのおねだりに私はニコリと頷く。

『それじゃあ、ピノキオのお話にしようか』





星に願いを―――――――






***





翌日、きりちゃんは午後からアルバイトへと出かけて行った。
遊びまわった次の日だというのに本当に頭が下がる。

結局昨日の夜は寝床に移動した後、きりちゃんと話しているうちに寝てしまい硝煙の話は出来ずじまいだった。

そして今、家の中には半助さんと与四郎くんの姿があった。

居心地が悪い・・・。

張り詰めた空気が狭い部屋に充満していた。

私自身、事態はよく理解できているつもりだ。
硝石を日ノ本では作ることが出来ずに輸入に頼っているということは、硝石を自家生産することで火薬を所有する量が格段に増えることになる。火薬の量が戦の勝敗を大きく左右するのは言わずもがな。


私は緊張を解すように息を吐き出し、半助さんと与四郎くんの前に座った。

『今まで軽率なことは言ってこなかったと思うんです、たぶん』

シンと痛い沈黙。

いや、分かるよ。分かりますって!
普段から軽率ですよ、そりゃあ。あっちこっちで馬鹿をやって笑われたり呆れられたりしていますもの。それでも身の危険を感じる不注意は起こしていないはず。だよね・・・?

昨日の夜のように不意に話してしまったことがあっただろうかと考えるが、忍術学園のみんなと以外は普段殆ど言葉を交わさない。

買い物、近所のおばちゃんたち。

あとは尊奈門くん。彼は・・・忍者。

ちょっと待って。

彼は―――――――忍者だあああぁぁぁ!!!

そして私が異世界から来たことを知っている。そして私は彼に乞われるがままに自分の世界の話を話していた。あれ、まずくない?

確か尊奈門くんてとっても強い城と知られるタコヤキトリ城の忍者だったなぁ。と変な汗をダラダラ流していると、半助さんが「外部の人間でユキが異世界から来たと知っている人間はいるかい?」と私の頭を覗いたような質問をした。

『水軍さんと魔界之小路先生以外だと、一人・・・』

「それは誰だい?」

『タコヤキトリ城のお友達です』

「まさか忍者じゃないべさな!?」

顔を引き攣らせる私に半助さんと与四郎くんは意識が飛びそうだと言うように天を仰いだ。

「なんて軽率なことを!」

半助さんが叫んだ。

『信頼できる友達だし、いい人なんです』

「その“いい人”を通して情報は筒抜けているべよ!」

与四郎くんも叫んだ。

ハアァァと深いため息を吐き出す二人の前で私は肩を落としていた。学園長先生には尊奈門くんの事を伝えていたし、その時に「お主の好きにするといい」とも言われていた。でも、あまりにも信用し過ぎただろうか。

「責めているんじゃないんだ。心配しているだけなんだよ」

途方に暮れていると半助さんが声をかけてくれた。

「しかし、タコヤキトリ城なんて聞いたことないだーよ。ユキ、今後は絶対にそいつとは会ってはいげねえ」

「いいや。次の機会があったら是非、彼を私に引き合わせてもらいたい。偽の城の名を語ってユキの善良さに漬け込む者は誰だろう?」

黒い笑みで半助さんが笑った。


ユキ、分かっていると思うが・・・」

『はい。今後は気を付けます』

「うん」

半助さんが漸く見せてくれたいつもの微笑にホッとしていると、ドンと体に衝撃。与四郎くんが私に抱きついたのだ。

ユキー!きり丸がアルバイトから帰ったら、忍術学園の荷物さとって、三人で風魔に行くだーよ!そして、結婚して幸せな家庭を作ったのだった。めでたし、めでたし」

『勝手にしめないでくれっ。あと、暑い、暑い、暑苦しいから離れなさいっ』

「風魔は硝石の作り方も手に入れたのだった。めでたし、めでたし」

『心の欲望が声に出ていますが?あと、ひゃあっ。耳元で、囁かないで!』

耳元で結婚結婚結硝石婚結婚結婚と囁かれた私は色々な意味でむずがゆくなって与四郎くんを両手で押して体から引き離した。

与四郎くんときたら直ぐに私に抱きつくんだから。


「今すぐどうこうという問題ではないが、硝石についてはじっくり話を聞きたい。忍術学園にも今朝文を飛ばしておいた」

半助さんが私の見た事のない種類の笑みでニコリと笑った。

「数日後、忍術学園に戻ったらその本の話を学園の皆にしてくれ」

『あまり期待をしないで下さい。小説の注釈にチラと書いてあった内容なんです。本自体には・・・あれに役立つ内容が書いてあるとは思えなくて』

「どんな本だべ?」

与四郎くんの質問にうっと喉を詰まらせる。

だって言えるわけない。
あの本は夜の内容を大いに含むロマンス小説。この世界風に言うなら艶本。

私はどうにか笑顔を作り、与四郎くんに時代小説だよ。と答えた。

ユキは本が好きなんだな。前に忍術学園に遊びに行った時に読んでくれた」

与四郎くんが思い出しながら言った。

「前みたいに布団で読み聞かせて欲しいだーりゃ」

『しません』

そんなことしたらとんだ羞恥プレイだ。

「なぁなぁユキおねげぇだぁよ」

「錫高野くん。あまりユキを困らせないでくれるかい?」

そう言う半助さんに与四郎くんは、

「この機会を逃す風魔ではありませんよ」

どこか怖い笑みで微笑んだ。

「忍術学園へは俺も同行させてもらいます。なので!ユキ、その間、俺をこの家に泊めてくーりょ?」

『無茶を言うね!君は!』

「俺に野宿しろと?ユキ~酷いだーよっ」

涙を浮かべてこちらを見る与四郎くんに心が揺さぶられる。でも、流石に男性を泊めるのはどうだろう(利吉さんが泊まりに来た時はあったけど)と思っていると、私に詰め寄る与四郎くんの肩を半助さんがガっと掴んだ。

「家に来ればいいだろう」

「何が楽しくて」

「君のこと、学園長先生に強く反対を申し出ても良いのだが?」

「うっ」

与四郎くんは言葉を詰まらせ、そして諦めたように息を吐き出した。

「迎えに行くまでの間、俺の嫁っ子になること考えてくーりょ」

口を開きかけた私を与四郎くんは手で制す。

ユキにとって、悪い話じゃない。それは土井先生も分かっているはず。ですよね?」

半助さんは眉間に皺を作ったが無言を貫いた。

風魔かぁ。遠いな。

容易に想像できない。

でも、与四郎くんがこんなにも真剣に言うのだから考えて見なくてはならない。私の頭は残念なので、誰かに助けて貰わなくてはならないが。


五日後には前半の休みが終わる。


忍術学園に帰ればたくさんの先生から意見が聞けるだろう。


『それから考えよ』


私は半助さんと与四郎くんを見送り、きりちゃんが貰ってきた内職のアルバイトを始めたのだった。










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