第五章 急がば走れ
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3.夏祭り
夏休みが始まった。
生徒たちは教室で宿題を配られ、夏休みの注意事項を伝えられ、そして各々久しぶりの実家へと戻って行く。
私たち事務員も交代で夏休みだ。
「ユキさーーーん!」
元気な声が部屋に飛び込んでくる。きりちゃんだ。
「荷物纏めるの終わった?」
『うん。出立出来るよ』
「じゃ、帰ろ!土井先生も来てるよ」
「お待たせ」
『いえいえ。こちらこそ迎えに来て下さってありがとうございます』
私がよいしょと風呂敷を背負ると
『わわっ』
手が思い切りぐーんと引っ張られる。
「さ!早く帰りましょうっ」
きりちゃんは私と半助さんの手を取って廊下を走り出す。
「こら!危ないから手を離しなさい」
『転んじゃうよ~』
「転んだら土井先生に助けてもらえばいいんだよ!」
「まーた勝手なこと言って!やめなさい!」
そう叱る半助さんだが本気で怒っているわけではない。
笑い声が漏れてしまっている顔を横目で見れば、半助さんと視線があって「仕方ないね」と顔を見合わせて笑い合う。
私たちは正門で会った生徒たちに別れを告げて、帰路へと着いた。
『じりじり焼けるようだね』
真夏の太陽が真っ直ぐに差してきて痛いほどだ。
「遊びに行くの何日目にします?アルバイト入れるから予定立てておかなくっちゃ」
『天気が良かったら明後日、明々後日にかけてはいかがでしょう?』
「うん。大丈夫だよ。そうしよう」
「河原でお泊まりっすよね。魚釣り、水遊び」
『美味しい料理に天体観測』
『「考えるだけでわくわくする!」』
わーい!とはしゃぐきりちゃん。
私も楽しみで今からワクワクしてしまう。
途中休憩を入れながら着いた私たちが住んでいる町は割と大きめな町で人通りが多い。
大きい町であるほど隠れやすく忍者にとって都合が良いということだ。
「それじゃあ土井先生、明後日ね」
「何か困ったことがあったらいつでも来なさい」
『「ありがとうございます!」』
手を振って自分たちの家へと歩いていくユキときり丸の背中を半助は少し寂しそうな顔で見つめている。
本当は三人で過ごせたらいいのに。
流石にそれは口に出来なかった。
だが、その代わり明後日には皆でお泊りだ。
ユキとの仲も進展するだろうか。
半助は淡い期待を持ちながら久しぶりの我が家へと入っていった。
『「むっし熱っ」』
きりちゃんと私は同時に叫んだ。
閉め切っていた部屋はムンムンと蒸していて、時々掃除に通っていたのにどこか臭い。
私ときりちゃんは真っ直ぐに窓を開けて換気を始めた。
『簡単に掃除して、お昼は外で食べよう』
「そうだね」
雑巾で床を掃除し、布団を日光に当てる。
喉を潤してお昼を食べに町へと出発だ。
『冷たいものが食べたいな』
「いいね!冷たい蕎麦は?」
『最高!』
長くこの町に住んでいるきりちゃんは店も詳しい。
安くて美味しいというお蕎麦屋さんに案内してくれる。
暖簾をくぐるとそこには――――
「よお!ユキときり丸じゃないか!」
そこには五年生の姿があった。
「偶然だね!」
「先輩方さっきぶりっす」
「こっちで一緒に食べよう」
雷蔵くんに呼んでもらい、私たちは一緒のテーブルで食事させてもらうことになった。
『食べ終わったところ?』
「いや、俺たちもこれからだ。お品書きはこれ」
『ありがとう』
八左ヱ門くんに渡されたお品書きを見る。
冷やし蕎麦のつもりで来たのだが、温かいてんぷら蕎麦やきつね蕎麦もあって迷ってしまう。
『どうしようかな・・・』
「ユキちゃん、湯葉蕎麦があるのだ!」
『いいね!』
私は兵助くんの言葉に声を跳ねさせた。
人の意思とは揺るぎやすいもの。
私は冷たい蕎麦目当てで来たのに温かい湯葉蕎麦を頼むことに決めた。
だって、絶対美味しい!
『きりちゃんは?』
「僕はざる蕎麦にする」
『了解。すみませーん』
注文をして、みんなで料理を待っていると突然、
「なあ、きり丸」
「!?」
三郎くんがきりちゃんの両肩を掴んでぐっと顔を覗き込んだ。きりちゃんの肩がビックリして跳ねる。
彼が言った言葉は、
「お兄ちゃんが欲しくないか?」
という突拍子もないもの。
「はい?」
目を瞬かせているきりちゃんの前で三郎くんは自分の胸に手を当てる。
「この鉢屋三郎、変装の名人。兄になったら手取り足取りきり丸にその極意を教えてあげよう。アルバイトの役に立つと思うのだが・・・」
「役に立つ?アルバイトにっすか?」
きりちゃんが不思議そうに首を捻った。
「あれ?魅力に欠けたか?おかしいな。えっと、待て待て。他にも私を兄にしたら良いことあるぞ。例えば―――例えば――――あ!そうだ!私を兄にしたらもれなく雷蔵がついてくる!」
「そうなの!?」
雷蔵くんが驚いて叫んだ。
目がまん丸で口をぽっかり開けている。
その顔、可愛すぎるだろ!!!
雷蔵くんのあまりの可愛さに怒りさえ沸いてくるのではないかと思っている私の前では三郎くんが雷蔵くんの良さをプレゼンしている。
「どうだ!」
胸を張って三郎くんが言った。
きりちゃんは首を傾げている。私も同じく。
はてなを頭に浮かべながら雷蔵くんを眺めていると「次は俺の番!」と声が上がる。勘右衛門くんだ。
ゴホンと咳ばらいをしてきりちゃんに微笑みかける。
「俺は良い兄になるぞ。知っての通り学級委員長だ。面倒見がいい」
「学級委員長なのは私も同じだが?」
「うっ。忘れてた」
「忘れてたって酷いっ。泣いちゃうからな!」
しおしおと泣きまねをする三郎くんは「雷蔵がいる分俺の勝ち」と言ってニヤリと勘右衛門くんを見上げた。勘右衛門くんはぐっと悔しそうに唇を噛んでいる。
こら、三郎。雷蔵くんを自分のスキルのように扱うでないッ。
しかし、当の雷蔵くんは平気そうにお茶を啜っていた。きっといつもの事なのね。
スルースキルが高い。
「自分を売り込むなら俺も。きり丸、俺が兄になったら毎日豆腐を作ってあげるのだ」
「いや、毎日作っていただかなくても・・・」
「えっ。そんな!」
『私は毎日兵助くんのお豆腐食べたい』
「おおっ」
「「「「!?!?」」」」
「あ!また考えなしに!」
きりちゃんが立ち上がって私の口を塞いだ。
『な、なにがまずかった?』
「まったくもう。黙っていて下さい」
『???』
不機嫌そうなきりちゃんの前で口を噤む。
この一連の流れについていけないでいると「次は俺」と八左ヱ門くんが立ち上がった。
「もし俺が兄になったら動物に囲まれて暮らすことになる。可愛い動物たちに癒されて、ヤギの乳や鶏の卵はタダで食べ放「アハアハ!タダで!?」
きりちゃんがキランと目を煌めかせて両手を組んだ。
「くっ。きり丸にタダの言葉が有効だと忘れていた」
勘右衛門くんが、しまったと唇を噛んだ。
「タダで変装を教える!」
「タダで毎日お豆腐作る!」
「タダできり丸のアルバイト手伝う!」
「僕がタダで出来ること。うーん。うーーん」
口々に自分がタダで出来ることを言っていく三郎くん、兵助くん、勘右衛門くん。そして悩む雷蔵くん。
『本当に、さっきから皆どうしちゃったのよ』
「まだ気づかないの?鈍感なんだから」
『きりちゃんったら手厳しい。でもこの状況分からん』
きりちゃんがやれやれと言ったように首を振った。
えーひどーい。
訳の分からない状況に一人頬を膨らませていると、お蕎麦がやってきた。
皆で声を合わせて頂きます。
「ほら、きり丸。私の海老天をあげよう」
「えー!鉢屋先輩いいんすか?」
「私は優しいからな」
「やったー!ありがとうございまっす」
きりちゃんが嬉しそうに海老をぱくりと口に運んでいると、
「僕の天ぷらの中からも好きなのを選ぶといいよ」
と雷蔵くんが天使の微笑を浮かべながらきりちゃんに言った。
雷蔵くんのお蕎麦は冷やし天ぷらで別盛で天ぷらが盛ってある。そこには海老、紫蘇、カボチャなど色々。
「わー!どれにしよう」
「一つと言わず、二つでも三つでも」
「いや、それは流石に悪いです・・・」
「遠慮しなくていいよ。ほら、この白身魚食べたいんだろう?」
「えっ。どうして分かったんすか!?」
「同じ委員としてきり丸のことは良く見ているからね」
そう言って雷蔵くんはきりちゃんのざるそばの上に白身魚の天ぷらを置いた。
「やるな雷蔵!さすがは我が兄弟」
「おわっ」
三郎くんが雷蔵くんの肩に腕を回してニッと笑う。そしてきりちゃんにピースサインを突き出した。
「きり丸!先も言った通り私を兄とすれば雷蔵も一緒についてくる!しかし今なら!雷蔵を兄にすれば私が一緒についてくる!どうだっ。お買い得!!」
「すっごおおおいっお買い――――ってだまされませんよ!」
きりちゃんが寸前で無茶苦茶なセールストークから脱した。
母はホッとしたよ。
『ほらほら、きりちゃん。早く食べないと蕎麦が伸びちゃうよ』
「大変だ!」
私の声でハッとしたきりちゃんは慌てて蕎麦を啜りだす。
なんて可愛いんでしょう。と思う私のドンブリには既に蕎麦はない。
わいわいしている間に食べてしまったのだ。
いや、その。はやっ。とか流石!とか小さい声で言ってないで真正面から突っ込んできてよ!恥ずかしいじゃないっ。いや、いいから。蕎麦一本ずつくれようとするな。あと三郎はくれる麺親指サイズかッきりちゃんに発揮した親切心どこいった!
引き攣ったありがとうを言う私に「いいんだよ」と温かい眼差しを向ける五年生の気持ちが今日は計れません。
美味しいお蕎麦に舌鼓を打っている皆を眺める。
私はそれにしても、と先程の謎の会話を思い返した。
兄、兄、兄・・・
『きりちゃんの兄・・・といえば半助さん?』
なるほど。わかったぞ。
尊敬する先生と寝食を共にすれば自ずと自分も鍛えられるというわけだ。
ポンと膝を叩くと「いや、違う」と八左ヱ門くんが私の脳を覗いた。
こっわ。エスパーか。
「ユキちゃんは時々鈍い子になるのだ」
『むむむ』
兵助くんの言葉に悔しくて唇を噛む。
「もの凄く鋭い時もあるんだけどね」
と雷蔵くんが笑った。
「訳わかってなくて可哀想だから教えてやろうか」
悔しいが是非と言った私に三郎くんが言った言葉は――――
「言い換えるならば兄より夫だ」というもの。
『んなっ』
私は立ち上がった。そして叫ぶ。
『なーーんて不純なッ』
蕎麦屋にいる全員が私に注目して皆が慌て出す。
「お、落ち着いて、ユキちゃん。どうどう」
興奮した馬のようになっていた私は八左ヱ門くんに宥められて着席した。
『子供にこんな―――あ!この会話気にしちゃ駄目。何でもないの。これは五年生のちょっとした、あー、ええと・・「ちょっとしたユキさんを巡る策略、でしょ?」
『気づいて・・・』
「いや、ユキさんより早く気づいていましたよ、僕」
きりちゃんが本日二度目のやれやれを発動した。
『子供を巻き込まないで頂きたい』
「俺たちを誰だか忘れないでもらいたいね」
私の言葉にニヤッと勘右衛門くんが笑った。
ぐぅの音も出ない。
「ユキだってきり丸と仲良しの夫が欲しいだろ?」
『それはそうだけど』
兵助くんの言葉に頷く。だが、
『できれば順番は私が好きになった相手をきりちゃんに好きになってもらいたいのよ』
きりちゃんが自発的に特定の誰かが私の夫になったらと望むのは良いのだが、今のように好き好きアピールをされた場合、きりちゃんがその好意を断るのには労力がいる。そんな気疲れをさせたくはない。
上手く言えない気持ちをぽつぽつと口に出すと、五年生は顔を見合わせてニコリと笑った。
「さすが俺たちのユキだっ」
「単純明快!」
勘右衛門くんと三郎くんが笑いながら言った。
「まずは好きになってもらう努力をしないとね」
「俺もその方が性に合う!」
「こういうユキちゃんが大好きなのだ」
雷蔵くん、八左ヱ門くん、兵助くんが続けて言った。
『きりちゃん、あなたの事をないがしろにする屑野郎は選ばないから安心してね』
「屑野郎って口悪いなぁ。でも、うん。分かってるよ!ユキさんの選ぶ相手ならきっと僕も大丈夫」
私は身を乗り出してきりちゃんの頭をくしゃりと撫でる。
『えへ』
「えへへ」
『さあ、残り食べちゃいなさい』
「はーい」
『みんなも』
「「「「「はーい」」」」」
何だか一つ明るくなった空気。
私は頬を緩ませながらお茶を啜ったのだった。
お店を出て燦燦とした太陽の下に立つ。
『みんなは実家でしょ?』
「そうなんだけど、今夜はこの町にある神社で夏祭りがあるから遊びに行く予定なのだ」
『わー行きたいっ』
「みんなで行こうぜ」
八左ヱ門くんの言葉に頷いて、きりちゃんを見る。
『行けそう?』
「うん!行きたい!でも、明日からのアルバイトを決めなくちゃいけないからそれが終わったらね」
「夏祭りだから夜遅くまでやっている。帰りは家まで送り届けるから安心していいよ」
「ありがとうございます、不破先輩」
『それじゃあ夜に』
時間になったら家に来てもらうことにして皆と別れる。
買い物をして帰宅だ。
家に帰ったら直ぐきりちゃんはアルバイト探しへ。
私は近所の人にお久しぶりですの挨拶をしてから掃除の続き。
「ただいまー」
元気よく帰ってきた汗でべたべたのきりちゃんとお風呂に入って部屋に戻る。夏祭りだから明るい色の小袖にしようと思っていたが、きりちゃんの意見は違うらしい。
「ユキさん、男装して」
『どうして?』
「先輩方がいるとはいえ、夜は危ないから」
『そうだね。じゃあ、そうする』
「うん!」
元気よく頷くきり丸は自分の意見が通って嬉しくなっていた。
だって、ユキさんにときめいて欲しくないもんね。
彼はやっぱり、半助の恋を応援しているのだ。
彼もまた、忍たまである。
あっという間に時間になり、五年生が迎えに来る。
夏まつりへと出発だ。
ういろ~う、ういろうっ、どうだーい
わらびーもち、わらびーいもち~
『賑やかだね』
道の両脇にお店が並び、呼び込みの声が賑やかに響く。
混雑していたが迷子になる心配はなさそうだ。いつもと同様私たちの一団は周りの人たちより頭一つ大きい。
「ところてん、いかがーー」
呼び声に顔を向けるとところてん屋さんがあった。
なんとも涼し気で美味しそうだ。
『きりちゃん、ところてん食べたい』
うちの家計はきりちゃんが握っています。
お伺いを立てると食べてもいいって!やったー!
「黒蜜と酢があるよ」
元気なお姉さんが教えてくれる。
『どっちがいいかな。きりちゃんは?』
「黒蜜!」
笑顔で即答したきりちゃんに頷く。
『色々なもの食べたいし、半分ずつでいい?』
「もちろん。節約にもなるしね」
黒蜜のかかったところてんはキラキラして美味しそう。
『きりちゃん、先にどうぞ』
「ありがとう!うーーん。甘くて美味しい。次、ユキさん、どうぞ」
『甘くて甘くてほっぺが取れそう』
ツルっとしたところてんに黒蜜が絡みとても美味。
だけど、ちょっと気になる酢のかかったところてん。卑しくも見つめてしまっていると兵助くんが私に気づきニコッと笑った。
「一口いる?」
『いいの!?』
「もちろん」
お言葉に甘えさせてもらって一口頂く。
さっぱりして、酸味が利いていて凄く美味しい。
黒蜜とは全く違った美味しさに舌鼓を打っていると目の前にところてん。
「私のも食べるといい。あーん」
『ちょ、待って。押しが強いッ』
まだ口の開いていない私の口へぐいぐいとところてんを押し付けてくる三郎くん。酢の匂いにむせかけているともう一方からも箸がやってきた。
「俺のも食べなよ」
『いや、勘右衛門くん。黒蜜味は買ったからって、こっちも押しが強いッ』
ぐいぐいと箸を私の口に突きつけてくる三郎くんと勘右衛門くん。
せめて交代にしてくれないかな味が混ざる!
私は堪らず八左ヱ門くんの後ろに逃げ込む。
「おほー。役得だな」
「ユキを渡せ、八左ヱ門」
『どこぞの悪役だッ』
あと箸を下ろせ。
ところてんを掬いながら中腰でこちらの様子を窺ってる姿は可笑しくて可笑しくて―――
「ぶふっ」
雷蔵くんの笑い声を皮切りに私たちはゲラゲラと笑いだす。
私たちは思い出し笑いで時々むせながらところてんを食べたのだった。
あちこち覗きながら歩いていると、歓声が聞こえてきた。
何だろうと近づいていくとあったのは射的屋さん。弓で的当てをしている。
『商品はなになに。色々あるね』
一番小さい赤い的に当てれば棚に並んでいる商品のうち好きな物が貰えるそうだ。
歓声を上げて手を叩く人を見ていればやりたくなってきてしまう。
『きりちゃ~ん』
「ダメ」
『えー』
「だって当たるかどうか分からないもん」
『それが楽しいんじゃない』
「無・駄・遣・いっ」
『どこかで切り詰めるから』
両手を擦り合わせながらきりちゃんの顔を覗き込んでいれば強固だった表情も段々と仕方ないといった顔に変わっていく。やったね。
「一回だけですからね」
『ありがとう。きりちゃんもやろう』
「僕も?」
『三回挑戦できるから、きりちゃんが二回、私が一回』
「分かった!」
お金を払って的の前に立つきりちゃんだったが・・・
「ん~。どうだっけ」
「こら。山田先生が泣くぞ?」
困っているきりちゃんのもとへ八左ヱ門くんが寄り添う。
「しっかり足を開いて、弓を引いて」
狙って、狙って!
「えいっ」
スーッ トン
惜しい!
矢は僅かに的を外れた。
『きりちゃん。ど素人の私がやるより、きりちゃんの方が当たる可能性ありそう。そのまま頑張ってみて』
「うん!」
「みんなで手助けするのだ」
わいわいと五年生がきりちゃんのもとへ。
細かい微調整、アドバイス、応援、そして―――――
『中った!』
残念ながら真ん中ではなかったが矢は的に中った。
『凄い、凄い!』
期待の高まるギャラリー。
五年生が慎重に微調整して、きりちゃんが弓を引く。
そして三本目の弓矢が放たれた。
わっと沸く大歓声。
私は拍手をしながら飛び跳ねていた――――
『やったー!カッコいいっ』
ギャラリーから抜け出してきりちゃんに抱き着く。
そして脇に手を入れて思い切り上にあげた。
「うわわっ」
『あはは。うちの息子すごーーい』
「は、恥ずかしいってば!」
許して、きりちゃん。
だってとってもかっこよかったんだもの。
「先輩たちありがとうございました」
「きり丸の実力だよ」
「そうだな」
雷蔵くん、三郎くんがきりちゃんの頭を撫で、
「山田先生に報告しないとな」
八左ヱ門くんが笑う。
「かっこよかったぞ」
きりちゃんは勘右衛門くんの言葉に照れ、
「さあ、景品を選んでおいで」
と兵助くんに言われて破顔する。
「ユキさん一緒に選ぼうよ」
私の手を引くきりちゃんはとても嬉しそうで、私にはそれで充分。
沢山の景品が並ぶ棚をキラキラとした目で見ているきりちゃんを見ていると、視線に気が付いたらしく、ぷーっと頬を膨らませた。
「僕の顔ばかり見てどうするのさ」
『可愛くて堪らんのだよ』
「もうっ。景品選びに集中して」
景品は色々だ。陶器、菓子、掛け軸、着物、書物。
『審美眼はないの。きりちゃん決めて』
「そうだな~」
迷っていたきりちゃんは守り刀を手に取った。
「一級品だよ」
店屋の主人が言う。
審美眼はないが、守り刀に施されている模様は空に伸びていく枝で力強い印象。空には蝶が気持ちよさそうに羽ばたいている。
「不破先輩」
「うん。見てみよう」
きりちゃんから受け取った守り刀を雷蔵くんが抜く。
裏表と返し、じっと見つめた後、雷蔵くんはきりちゃんにニコリと笑った。
「良いものだと思う」
「ありがとうございます。それじゃあ、これにする」
『良かったね』
「うん!」
きりちゃんは守り刀を懐に入れ、大事そうに上から叩いた。
再び夜店を見て歩きながら神社に向かいお参りをすれば夜はとっぷりと暮れていた。
手を繋いでいたきりちゃんがフラリフラリと揺れている。
『お眠かな?』
「赤ちゃん扱い、ふわーあ、しないでよ」
『ごめん。でも、おんぶしよう』
「大丈夫だよ」
『そんなにフラフラなのに?』
自尊心と甘えたい気持ちがせめぎ合っているのか私の前に立つきりちゃんは顔を顰めてふらふらふらふら・・・
「危ないっ」
倒れそうになるきりちゃんを勘右衛門くんが支えた。
はっとして目を開けたきりちゃんはばつが悪そうな顔になる。
「ごめんなさい」
「いいんだ。もう遅いし」
『それにお風呂に入ってきたからね。眠くなるのは当然』
「甘えろよ、きり丸」
三郎くんが背中を差し出す。
私は目を瞬いているきりちゃんの背中を撫でた。
温かい背中は眠くなっている証拠。
『甘えさせてもらいなさい』
きりちゃんは一瞬躊躇いを見せたが、三郎くんに体を委ねた。
「ありがとう、三郎くん」
「可愛い後輩のためだ。なんてことないさ」
「僕たちもいるしね。疲れたら交代できる」
『私も加えてね』
「逞しいな」
八左ヱ門くんの言葉に皆が笑った。
おっと。起こさないように。
私たちはぐっすりと眠る可愛い顔を見ながら帰宅したのだった。
**
「あれ?先輩たちは?」
『出立したよ』
朝早く起きたのに五年生の先輩たちの姿は既になかった。
昨日は楽しかったな。
美味しい食べ物。賑やかな雰囲気。それに、あの高揚感。
みんなが拍手して喜んでくれて、とても誇らしい気持ちになった。
僕は景品の守り刀の鞘に指を滑らせた。
黒い鞘には枝が伸びやかに伸び、空には蝶が飛んでいる。
高い景品は他にもあったけど、僕は一目見てこれが欲しくなった。
黒い鞘にシャクナゲと蝶
これは土井先生がユキさんに贈った守り刀の鞘の柄。
蝶はありふれた柄ではあるけれど、大きく羽を広げて伸びやかに飛ぶ蝶の柄がユキさんの守り刀とお揃いのように見えた。
嬉しいな
先輩たちに手伝ってもらいながらだけど、最後は自分の力で手に入れた守り刀が愛おしい。
ユキさんとお揃い。嬉しいな
『ごはん出来たよー。お粥になりましたゴメンナサイ』
「胃に優しいから好きだよ」
『きりちゃん優しいっ』
お粥をよそって、匙を出して。
ユキさんと暮らせる日々が僕は愛おしいんだ。