第四章番外編
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天邪鬼
カーン
ヘムヘムが鳴らす鐘の音が響く。
「よし、今日の授業はこれでおしまい」
「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」」」
いつもはこれで授業がおしまいになってそれぞれ遊びや委員会に向かうのだが今日は違った。俺たちに土井先生は待ったをかける。
「みんなにお知らせがある」
なんだろう?と顔を見合わせる俺たちに土井先生は、日頃の成果を家族に見てもらうために授業参観を行うこととなった。と言った。
「事務からのお知らせと一緒にお前たちも直筆で家族に参観に来て欲しいと手紙を書いてくれ」
手紙が出来た者から提出するようにと土井先生が言った。
ガヤガヤガヤ
とみんなが話す中で土井先生がちょいちょいと俺のことを呼んで廊下に連れ出した。
「きり丸はユキに手紙を書くんだぞ」
「やっぱり書いたほうがいいっすか?ユキさん事務員だから参観のこと知ってるし、別にいいかなと思ってたんすけど・・」
「手紙を書いたらきっとユキは喜ぶ。是非書いてあげてくれ」
俺は俺の手紙をもらったユキさんの顔を想像してみる。
きっと嬉しそうに表情を崩すだろうな。
なんだか、手紙を書くのが楽しみになってきた。
「分かったっす」
「うん。よろしくな」
俺は土井先生の背中を見送って教室の中へと入った。
みんなさっそく紙と筆を出して参観への招待状作りに熱中している。
よし、俺も書くぞ!
俺は紙と筆を取り出し、墨をつけて「ユキさんへ」と参観への招待状を書き始めた。
「よし、出来た」
「僕も」
「俺もー」
乱太郎、しんべヱ、俺は書いた手紙を掲げながらお互い顔を見合わせにっこりと微笑みあった。
「父ちゃん、母ちゃん来てくれるの楽しみだなぁ」
乱太郎が手紙を空中でパタパタして墨を乾かしながら言う。
「さっそく土井先生のところに手紙を出しに行こう」
「そうしよう」
「「「おーー」」」
俺たち三人が廊下を歩いて土井先生のお部屋の前まで来た時だった。
「おとと、おっとっと」と不思議な声が聞こえてきた。
声の方を見ると紙の束を顔が見えないくらいに積み上げて持った人物がこちらへと歩いてきていた。ユキさんだ。
「わわわ、こっちに来るよ」
「ユキさーーん。止まって、止まって~~~」
『え?止まって?前に誰かいるの?』
「いるよ!俺と乱太郎としんべヱ!」
『それはちょうど良かった!お手紙運ぶの手伝って~』
屈んだユキさんから紙の束を受け取ると、ようやくユキさんの顔が見えた。
『ありがとう』
と、ふにゃりと表情を崩すこの笑顔が俺は大好きだ。
「この紙、どこまで運ぶの?」
『各先生のお部屋までだよ。学校から保護者の方に宛てての授業参観のお知らせのお手紙なんだ』
「僕たちも今さっきパパたちに宛ててのお手紙を書き終えたばかりだったの」
『そうだったんだね』
そんな会話をしていると俺たちの横の部屋の扉が開いて土井先生が顔を出した。
『半助さん、参観の手紙を持ってきました』
「ありがとう」
学園から保護者に宛てての手紙の束を渡しているユキさんとそれを受け取る土井先生を見ながら思う。
この二人、絶対お似合いだよな。
ユキさん、年の割には落ち着いているし(時々俺たちより子供っぽいところがあるけど)。などと思っていると、土井先生と視線が合った。
土井先生の口が「手紙」と動く。
え!?ここで渡すの!?
「え?きり丸?」
「きり丸どこ行くの??」
どうしてだろう?
俺は気づけば走り出していた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
やってきた池のほとり。
俺は後ろを振り返る。
きっとみんな変に思っているだろうな。
だけど俺は、どうして逃げるように走り出してしまったのだろう?
俺は池のほとりにあった岩に腰掛けて、池の水面を見ながら思う。
ただ、「はい」って渡すだけなのに、どうしてだろう???
みんなの前でユキさんに手紙を渡したくないと思ったのはなんでだろう?
なんだか気恥ずかしい。そんな気持ちになっていたのはなんでだろう?
ユキさんのこと大好きなのに、手紙を渡したくないって思うの変だな。
ユキさんのこと大好きなのに、恥ずかしいって思うの変だな。
「きり丸ーーきり丸っ」
そんなことを考えているとどこからか土井先生が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「土井先生ーーーここです!」
俺の声に気づいた土井先生は直ぐにやってきた。
走ってやってきた土井先生は、俺の前までやってくると、息を整えながら「すまない」と急に謝ってきた。
「なんのことっすか?」
全然分からなくってそう尋ねる俺に、土井先生は「みんなの前でユキに手紙を渡すよう言ったことだよ」と言った。
「土井先生は悪くないよ。だけど、俺・・・」
どうしてユキさんにお手紙渡せなかったんだろう?
ユキさんのことを思ってお手紙書くとき、凄くわくわくした楽しい気持ちになっていたのに。そう土井先生に零す。
土井先生は目を瞬いて、それからふっと優しく微笑んだ。
そして俺の隣に腰掛けて「それは」と理由を説明してくれる。
「それは、好きの裏返しだからだよ」
「好きの裏返し?」
俺は首をかしげる。
「そう。人間はな、不思議なことに大好きな人の前で素直になれない時があるんだ」
いまいち良くわからなくってじっと土井先生を見つめる俺の頭を土井先生はくしゃくしゃと撫でる。
「手紙は、私から渡すかい?」
俺は手元の手紙に目を落とした。
白い紙に浮かぶ、ユキさんの満面の笑み。
気づけば俺は首を横に振っていた。
「ううん。自分で渡す」
「そうか」
俺は「それじゃあな」と去っていく土井先生の背中を見送る。
大好きな人の前だと素直になれない。
そういえば、思い当たることが一つ。
土井先生の前だと、時たま素直になれない時があるんだよな、俺。
人間ってどうして天邪鬼なんだろう?
俺はそんなことを思いながらユキさんを探しに駆けていった。