第四章 雨降って地固まる
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26.夏の海 後編
「綾さん行きますよー!」
『はーい。義丸(よしまる)さん』
私は小舟の前に集まっている兵庫水軍さんと忍たまのところへ走って行った。
『お待たせです』
「さて、割り振りですが・・・我ら水軍の者一人と他三人で船に乗り込みましょう」
義丸さんがニコリと笑ってそう言いながら私の肩を抱いた。
「ユキさんは私の船へ。ね?」
「「「「「ちょっと待ったー!!!」」」」」
兵庫水軍の人たちが一斉に声を上げた。
「義丸の兄貴、みーんなユキさんと船出したいんです。勝手に決めるなんてダメですよ?」
航(かわら)さんがそう言う横では鬼蜘蛛丸さんが片手で口を押さえながらもう片手で私の肩に手を回していた義丸さんの手を払っている。
「はぁ。自然にさらっと掻っ攫うつもりだったのにそうはさせてくれなかったか」
「「「「「当然です!」」」」」
兵庫水軍さんは女の子が珍しいのかな?
私のような者でも一緒にいたいと思って下さるとは、なんと嬉しいことを。
私は皆さんの鍛えられて良い感じに焼けた体を間近で見られて幸せです。
なんて助兵衛心を隠しながら私を誰の船に乗せるか話し合っている兵庫水軍の方々を見つめる。
どうやらジャンケンで決めることにしたらしい。
大人数でのジャンケンは長くかかる。
私たちも体重差に気をつけながら3人ひと組で組みを組むことにした。
私は長次くん、藤内くんと同じ組に。
さて、私たちを船に乗せて下さる方はと言うと・・・
「・・・皆さんの船は俺が漕ぐ事になりました。よろしくお願いします」
舳丸(みよしまる)さんだ。
『こちらこそよろしくお願いします』
「よろしくお願いします」
「モソ(お願いします)」
私たち三人は頭を下げる。
頭を上げると、舳丸さんは照れたように頬を掻きながら「あぁ」と呟くように言い、視線を逸らした。
「舳丸の兄貴は兵庫水軍一寡黙な男なんです。でも、水練の者で泳ぎの腕は兵庫水軍随一!
安心して海を楽しんで下さいね」
ひょっこりと舳丸さんを尊敬している重さんが顔を出してこう言った。
『はい。頼りにしています』
「っ!あぁ・・・」
初々しい反応の舳丸さんに笑みを零してしまう。
「遊んで十分体をほぐしていると思うが、念のため準備体操を!」
義丸さんの呼びかけで皆で砂浜で準備体操。
船に乗り込んで、さあ出発だ!
『気持ち良いな~~~~』
私は船の一番前を陣取らせてもらい、胸いっぱいに潮風を吸い込んでいた。
両手を大きく広げて一人タイタニック!っていや、縁起悪いわ!今のなし!
「・・・ユキは、泳げると言っていたな」
『うん、長次くん。得意な方だと思うよ。長次くんと藤内くんは?』
「私は人並みに・・・」
「僕は、うーん、一応泳げるって感じです。だから、ちょっと心配で。でも、予習はしてきました!」
『予習?』
藤内くんといえば予習の鬼と聞いたことがある。
時に自主トレのし過ぎで学園内を破壊することもしばしば・・・
それだけ真面目な性格なのだ。
「はい!布団の上で泳ぐ練習をしてきました!でも、水に入っての予習は出来なかったから・・・」
藤内くんが顔を曇らせる。
「もし何かあったら助けに行く。大丈夫だ。心配しなくていい」
「ありがとうございます、舳丸さん!」
顔に不安の色を浮かべていた藤内くんの顔が明るくなった。
五分(ぶ)(一五分)ほど経ったところで船が止まる。
「・・・ここらでやりましょう。この辺は貝類も多くいますし、深さもそれほど深くない」
私は船から顔を出して海を覗き込んだ。
透明度が高い。波打つ海の底に昆布が踊っているのが見えた。
近くには岩がいくつか海面に突き出している。
船から離れてしまっても、岩に掴まって休憩することができる。
舳丸さん考えて場所を選んでくれたんだな。
移動中、寡黙に船を漕ぎ続けてくれた彼が言葉には出さずとも私たちのことを考えてくれていた事が嬉しくて、頬が緩む。
「これを」
舳丸さんが網の袋と金属の棒を渡してくれた。
『こっちの網は採った貝を入れるとして、こちらはどうやって使うんですか?』
金属の棒の使い方が分からず首を傾げる。
「これは貝起こし。アワビ、サザエ、ウニを採る時に使う」
アワビは採るのが難しいらしい。危険を感じると吸盤で岩に張り付いてしまい、ちょっとやそっとでは外れなくなるそうだ。だから、アワビを採る時は一発勝負。
貝起こしでガッと引っペがして捕まえる。
それから貝起こしは岩と岩の間にいるサザエやウニを掻き出すのにも使えるそうだ。
「以上を踏まえて楽しんできて下さい」
『「はーい」』
「モソ」
「飛び込むのは一人ずつ」
『じゃあ私から行かせてもらうね』
ワクワクが溢れんばかりの私は小さい子を差し置いて宣言。
大人気なくってごめんね。だけど、もう楽しくてウズウズが爆発しそうで。
私はとりあえず網と貝起こしを船に残して立ち上がった。
ぴょんと前方に飛びながら両手を伸ばして頭の上で組む。
パシャーーン
上手く入水できた。
海の水温がほどよく冷たくて気持ちいい。
私はクルリと体を反転させた。
太陽の光がキラキラと差し込んできていて海水を照らしている。
綺麗だなぁーーーって、おっと。
あんまり長くいると上のみんなを心配させてしまうね。
私は水を蹴って海面に顔を出した。
『ぷはっ』
「綺麗な飛び込みでしたね・・・」
やや目を大きく開いて舳丸さん。
『ありがとうございます。兵庫水軍の人に褒められるなんて嬉しいなぁ』
船上では、長次くんと藤内くんが褌一枚になっていた。
ちょ、長次くんのほぼ全裸・・・!くうぅ。生きていて良かった。
「!?鼻を岩にぶつけてしまいましたか?」
鼻を摘んで鼻血が出ないようにする私に舳丸さんが尋ねる。
『鼻血が出そうには出そうなのですが精神面の問題ですのでお構いなく』
「???」
舳丸さんと会話しているとパシャーン。長次くんが飛び込んだ。
水面に浮上した彼は藤内くんの邪魔にならないようにと船の前方へ移動する。
私は後方へと移動した。
「うっ。ちょっと怖い」
『私たちがいるから大丈夫だよ。勇気を出して!』
ニッコリと藤内くんに笑いかければ、彼は覚悟を決めたように顔を引き締めた。
「い、いきます!えいっ」
藤内くんはジャンプした。
ザバーーンと足から入水する。
間髪入れずに舳丸さんが海に入った。
船に掴まりながら下を見ていると、ゆっくりと二人が上昇してくるのが見える。
「ぷはっ」
藤内くんが顔を出した。
「えへへ。気持ちいいや!」
『うん!』
藤内くんの笑顔にホッとなる。
「あそこの岩まで移動しよう・・・船を固定したいから」
私たちは船に掴まりながら水を蹴って舳丸さんが指さした岩まで移動した。
舳丸さんが船の船首に取り付けてある縄を引っ張って、岩に回して固定する。
私たちはそれぞれ貝起こしと網を手に持った。
よし!採るぞ~~~~!
私は大きく息を吸い込んで、ぐいっと頭を下げた。
大きく足を動かせば、ぐんぐんと海底へ進んでいく。
揺れるワカメを掴んでみる。
あは!ツルってなった。ツルって!
私のテンションはだだ上がり。
ん?あれってハリセンボン??
私は持っていた貝起こしでツンとハリセンボンらしき魚をつついてみた。
上手いことつつけた。でも、ボンって針が出ない。
このあたりで息切れだ。
私は上へと方向転換。
『舳丸さん!』
岩に掴まって顔だけ水面に入れて私たちを見守ってくれていた舳丸さんが顔を上げて私を見た。
『さっきハリセンボンみたいな魚がいたんです!でも、針がブワッてならなくて』
両手でブワッとなる様子を再現しながら聞くと、舳丸さんは小さく首を振った。
「たぶんそれはハリセンボンではなくカワハギですよ」
『なんだ。カワハギかぁ』
「美味なんですよ、カワハギは。モリも持ってきていますから挑戦してみます?」
『あ、いえ。難しそうだから、まずは貝取りを頑張ります』
「そうですか。また気が向いたら言って下さい」
『ありがとうございます』
パシャン
長次くんが顔を出した。
「・・・採れた」
『早い!見せて、見せて』
「モソ」
『サザエだ!それに凄く大きいね』
私も頑張ろう。
行っくぞーーー!
私は再び潜っていった。
目を凝らして海底をよーく見る。するといた!
ホタテだ。
私は目を丸くした。
凄い早い!
ホタテは口を開けたり閉めたりしながら物凄い勢いで泳いでいく。
私は一旦水面に上がることにした。
『凄いです!ホタテ、びゅーんって。パカパカ口を開けたり閉じたり、ビューンて!』
興奮しきっていた私は手をパカパカさせながら舳丸さんの顔を見る。
「ふっ。あ、ごめんなさい」
舳丸さんは吹き出して、申し訳なさそうに頭を下げた。
『い、いいえ。興奮しきっちゃって。お恥ずかしい』
「海の生き物に喜んでもらえて、嬉しいです。俺たちが好きな海を、楽しんでもらっていて」
舳丸さんはそう言って、視線を私から恥ずかしそうに逸らした。
真面目で寡黙な舳丸さん。
そんな彼に沢山話しかけてもらえて嬉しかった。
『では、また潜ってきますね』
「いってらっしゃい」
再び潜水。
見えてきたのはーーーこれはアワビだ。
私は一旦海面へと上がって息を吸い直し、再び潜っていった。
慎重にアワビと岩の間に貝起こしを入れてぐっと引く。
採れた!
アワビがぷかーんと水中に浮いた。
私は嬉しくなりながらアワビを回収して網の中に入れる。
舳丸さんが選んでくれたこの場所は貝が豊富で、私たちはすんなりと貝を見つける事が出来た。
目標の貝を決めて、浮上して空気を吸って
潜って狙いを定めていた貝を採る
それを何度も繰り返す。
ホタテ、アワビ、サザエ、ウニ――――
もう何度目にもなる潜水をしていた時だった。
ふと横を見た私は目を大きく見開く。
見えたのは藤内くんの背中。
藤内くんの頭の上に大きな泡がぶわっと現れ、泡は上へと上っていく。
藤内くんの体が反転して彼の顔が見える。
貝起こしを落として両手で口を塞ぎながら海面を目指している。
「○!※□◇# △!」
パニックに陥ってしまっているようだ。
私は貝起こしと網を捨てて思い切り水を蹴って藤内くんの元へと急いだ。
足をバタつかせているのになかなか浮上できていない藤内くん。
私は彼のお尻に手を当てて足を大きく蹴ってぐんと彼を浮上させる為にお尻を押した。
ぐんっぐんっと上へ上へ移動していると、藤内くんの体が急にぐんっと浮上した。
見れば舳丸さんが藤内くんの手を取って上へ引っ張ってくれていた。
「ぷはっ!ごほっ、ごほっ、ごほっ」
岩に掴まり藤内くんは大きな咳を繰り返す。
私は藤内くんの背中を摩った。大丈夫かな?
「水を呑んだか?」
藤内くんが落ち着いてきたところで舳丸さんが聞いた。
「い、ごほっ、いえ」
咳き込みながらも質問に答えられた藤内くんに私も舳丸さんも、心配してやってきた長次くんもホッと息を吐き出す。
『何があったの?足つっちゃったとか?』
「いえ。実は蛇に噛まれて・・・」
『蛇!?』
「ウツボですね。藤内くん、船の上へ」
皆で藤内くんを手伝って船の上に上げる。
「見せて」
お尻を付いて船に座る藤内くんは、足を船に上がった舳丸さんに差し出した。
私は思わず呻き声を上げてしまう。
『これは酷い』
足の脛にふた筋の裂け目。
そこからは血が線になって足を伝い、船底に血だまりを作る。
『これ使ってください』
舳丸さんが藤内くんの怪我を見ている間に体を拭くように持ってきていた自分の手拭いを引き裂き、舳丸さんに渡す。
舳丸さんが手際よく藤内くんの手当てをしてくれている。
その様子を心配して見つめる私と長次くん。
「あまり深くはないですから直に血も止まるでしょう。勿論、陸に戻ったら手当し直して下さいね」
「ありがとうございました」
「陸へ戻ろう・・・」
長次くんが言った。
「え、でも・・・」
申し訳なさそうな藤内くんに微笑みかける。
『疲れてきていたから、もうそろそろ船に戻ろうとしていたところだったんだ』
「私も終わりにしようと声をかけるところだったんです。海で長時間泳ぐと疲労と血行不良で足を攣りやすくなりますからね」
そう舳丸さんが言っても藤内くんの顔は晴れない。
自分のせいで貝採りが終わりになったって思っちゃっているんだよね。
そんな事ないのに。そうじゃないよって伝えたい。
私は水底に潜って、自分のと藤内くんの貝の入った網と貝起こしを取って戻ってきた。
『見て、藤内くん』
私は持ってきた貝の入った網を掲げた。
『網の中に貝がこんなにいっぱい。私も長次くんも充分に楽しんだよ。藤内くんの袋だって貝でパンパン』
「おっと」
藤内くんの手に藤内くんの網を乗せると、予想外の重さだったらしく、声が漏れた。
私はそんな藤内くんにニコリと笑いかける。
『ずっしり重い。これ以上採ったらここら辺の貝を採り尽くしちゃうよ。今の具合がちょうどいい』
私の言葉に頷く長次くんと舳丸さん。
『私たちは満足。いっぱい採れて良かったって思っているよ!藤内くんも予行練習したかいがあったね?』
そう言うと、ようやく眉をハの字にしていた藤内くんの表情が崩れて微笑みに変わっていく。
『大漁、大漁!やったね!イッエーイ!』
藤内くんに手のひらを向ける。
「っうん!」
パチンッ
藤内くんと私はハイタッチ。
「では、船を動かします」
舳丸さんが岩から綱を外す。
私と長次くんも船へと上がった。
舳丸さんが船を漕ぎ始めた。
『夕御飯が楽しみだな~』
後ろ手に手を着き、青い空を見上げた時だった。
ぐーきゅるるるる
私のお腹が盛大に鳴る。
「ぶふっ!」
『と、藤内くん!吹き出したわね~。皆も笑わないでよっ』
恥ずかしい~~
クスクス笑う舳丸さんと恥ずかしくて顔を手で覆う私を「よしよし」と撫でてくれる長次くん。
「全員が浜についたら夕食開始です。ユキさん、もう少しですから辛抱して下さい」
『た、楽しみにしています』
「どんなお料理があるんでしょうね。はっ!おかわりをお願いする予習をしなくちゃ!」
『えぇっ!?おかわりの練習!?』
「おかわり、お願いしますっ!」
お椀を持っているように両手を丸めて藤内くんは両手を前に突き出す。
『ぷっ』
今度は私が吹き出す番だ。
藤内くん可愛い。
私は藤内くんに元気が戻って嬉しくなりながら、陸につくまで彼の予行練習を眺めていたのだった。
「浦風さんは怪我の治療をし直しに行って下さい」
『私も腕の打撲に薬を塗り直してもらうので彼と一緒に行きます』
「ユキさんがついて行って下さるなら安心です。採って下さった貝類は私が小屋に運んでおきます」
『「よろしくお願いします」』
「モソ(お願いします)」
『じゃあ行こうか、藤内くん』
「はいーーーうわっ」
ふわっと藤内くんの体が浮き上がった。
長次くんが藤内くんを横抱きしたのだ。
「無理は禁物・・・」
「あ、ありがとうございます、中在家先輩っ」
長次くん優しい。
私は当たり前のように後輩の為に動く彼の優しさに表情を緩ませながら、船に残っていた長次くんと藤内くんの服を持って長次くんの後に続く。
「浦風先輩お怪我ですかぁ・・?」
木陰にいた伏木蔵くんが私たちに気づいて走ってきてくれる。
『ウツボに噛まれてしまったの。治療してもらえる?』
「はぃ。そこのござに座って下さいぃ」
ビーチバレーの救護所がそのままになっていた。
長次くんがござの上に藤内くんを下ろす。
「ありがとうございました、中在家先輩」
「モソ」
「どなたか怪我人ですかー?」
浜辺でドッヂボールをしていた乱太郎くんも駆けつけてくれた。
藤内くんは伏木蔵くんに手当してもらい、私は乱太郎くんに薬を塗り直してもらう。
『あ、良い香り。わああ!』
良い香りに顔を向ければ、救護所の真横にあった小屋からお料理を持った兵庫水軍さんが出てきた。
腰の高さくらいまである長机の上に美味しそうな料理が並べられていく。
海鮮鍋は味噌、醤油、塩味とバリエーション豊か。お魚の姿焼き、天ぷら、刺身。
斜堂先生、喜八郎くんたちと採った貝で作られた酒蒸しやお吸い物。
そして鯨!楽しみだなぁ。
「おーい。手の空いている忍たまくんたちは大きめの石を拾ってきてくれ」
兵庫第三協栄丸さんが呼びかける。
『私たちは着替えないとね』
私は長次くん、藤内くんと分かれて服の入った荷物を持って森の中に入っていった。
手ぬぐいで体を拭いて、水着を脱いで小袖に着替える。
髪は濡れているので体にかからないようにゴムで結んで簡単なシニョンを作った。
木陰から出て行くと、砂浜には石を積み上げられて作られたサークルがいくつも出来上がっていた。
『これは・・・?』
「バーベキューですよ」
『わっ。間切さん』
若干、顔色の悪い間切さんがひょっこりと私の前に姿を現した。
その手には金網がある。
「先ほど採ってきてもらった貝類を焼くんですって、うぷっ」
『大丈夫ですか!?陸酔いですね』
「ふぁ、ふぁい」
口を押さえる間切さんから金網を受け取る。
リバース数秒前って感じだ。
どうだろう?足りるかな?
実は、鬼蜘蛛丸さんが陸酔いする事を知っていたので、酔い止めを持ってきていたのだ。
海についてからは直ぐに大きな船で出航だったし、船が帰ってきてからも私たちが遊んでいる間、陸酔い含む水軍さん数人は小舟で漁に出ていてくれていた。
その後も鬼蜘蛛丸さん含む陸酔い組は忍たまたちを小舟で連れて船の上。
だから、陸酔いの人たちとゆっくり話せる時間はなかったわけで、私は薬を渡すことが出来なかったのだ。
『陸酔いする人って何人いらっしゃいますか?お薬飲んで下さい』
「ユキさんの世界の丸薬!」
『はい。間切さんはおいくつですか?』
「十八、うっ、です」
『では成人三錠ですね。どうぞ』
「あっ。甘い」
間切さんは驚いたように目をパチパチさせた。
『5分(ぶ)(一五分)ほどで効いてくると思います。他の陸酔いの方にも薬を渡したいので紹介して頂けますか?』
「はい!」
兵庫水軍の陸酔いは間切さんを含めて三人いた。薬は充分足りる。
鬼蜘蛛丸さんと蜉蝣(カゲロウ)さんに薬を飲んでもらった。
『鬼蜘蛛丸さん、この薬もらって下さい』
私は酔い止め薬を箱ごと鬼蜘蛛丸さんに渡した。
「えっ!?ユキさんの世界の貴重な薬なんじゃ・・・」
『必要な方にもらって頂いて使ってもらったほうが私も嬉しいですから』
「(じーん)ありがとうございます!(ユキさんってやっぱり優しい・・・)」
「ユキさーーーん」
声に振り向けば網問(あとい)さんが手をブンブン振りながら私のところへやってきた。
兵庫水軍最年少だからか無邪気さいっぱいの笑顔。(でも十六歳だから六年生より年上だけど)
「ユキさんと全然話せていないから、一緒にいたいです」
「あ、網問っ」
きゅっと網問さんが私の手を握ったのを見て、鬼蜘蛛丸さんが声を上げたが、私はそのまま網問さんに引っ張られて行く。
「はい、皿と箸です」
『ありがとうございます、網問さん』
「へへっ」
か、可愛いっ。
まるで忍たま下級生のような無邪気な笑顔に胸ぶち抜かれました。
私はあなたの虜ですッ!
可愛い網問さんの顔を見ながらデレっとしていると、兵庫第三協栄丸さんが「それでは!」と声を上げた。
「みんな準備は出来たかな?」
『「「「「「「はーーーい」」」」」」』
私も忍たまも先生たちも兵庫水軍の皆さんも良い返事。
「お手を合わせて!」
『「「「「「「「頂きますっ」」」」」」」』
わーーっという歓声と共に食事が始まった。
「ユキさん何から食べます?」
網問さんが聞いてくれる。
『お刺身から頂きます!これは何の魚でしょう?』
「マナガツオですよ。高級魚です」
醤油をちょっとつけて口に入れた白身魚は上品な味わい。
頬が美味しさできゅーっと痛くなってほっぺたを手で押さえる。
『美味しい~』
「こっちはハマチ。あーんって痛って!!」
網問さんの上に拳が落とされて、網問さんは涙目で頭をさする。
「痛たたー」
「調子に乗るんじゃない」
「鬼蜘蛛丸の兄貴!陸酔いは?」
「ユキさんからもらった薬でこの通りだ」
「と、言うことは・・・」
「抜けがけさせないぞ?網問」
「間切の兄貴も!」
「ユキさん、鍋を食べ比べに行きませんか?」
サッとやってきた義丸さんが私の肩を抱く。
「そうはさせませんよ~」
重さんが私の腰に手を回してぐっと自分の方へ引っ張った。
おっとっと。砂浜に足を取られる。
でも、アハハ。みんなバチバチ火花を散らしあって私の様子に気づいている人はいない。
皆さん本当に女性が珍しいんですね~。
苦笑しながら皆の様子をどうしたものかと見ていると、トントンと肩が叩かれた。
顔を向ければ舳丸さん。
「ご自身で採られた貝を食べに行きませんか?」
『あ、行きたいです!でも・・・』
「皆も後からやってきますよ。さあ」
『では』
私は舳丸さんについて、バーベキュー場所へ向かったのだった。
『長次くん、藤内くん、それに皆も』
そこには長次くん、藤内くん、乱きりしんがいた。
丸い石のサークルの上には網が置かれ、網の上には私たちが採ったサザエ、アワビ、ホタテが並んでいる。
「じゅるる。どれも美味しそう。ねぇ、ユキさんはどれ食べたい?」
しんべヱくんがヨダレをじゅるっとすすりながら私を見る。
『私サザエ好きなんだ~』
「じゃあ、ユキさんはこのサザエね」
きりちゃんが指を指した。
「じゃあ僕はこのホタテ!自分で採ったやつなんだ。凄く早く動いてホタテ採るのべらぼうに難しかったんだ」
「どのくらいの早さだったんですか?」
「この位早く」
藤内くんが乱太郎くんに手を動かしてスピードを表した。
楽しそうに説明する藤内くんはもう怪我のことなどすっかり忘れているようで安心する。
「中在家先輩、俺このアワビ食べていいっスか?」
きりちゃんが目を煌めかせてアワビを指差す。
「モソ(もちろん)」
「僕はこれを食べていいですか?」
コクリ
長次くんが乱太郎くんに頷く。
それぞれ自分が食べる貝を決めて焼けるのを待つ。
「もうそろそろいいだろう」
舳丸さんが手袋をはめて私たちのお皿に焼きあがった貝を乗せてくれた。
サザエの身を箸でつついてぐいっと引き出す。
うはー美味しそう!
ふうふうしてぱくっと一口。
『美味しい!久しぶりの味』
感動してプルプル震えてしまう。
みんなも満足そうに頬を緩ませながら食べていた。
『長机の料理取ってきまーす』
「「「「「いってらっしゃーい」」」」」
誰か彼かが網の前に残って貝の焼き加減を見張り、交代で長机にある兵庫水軍さんお手製の魚料理を取りに行く。
長机にある全ての料理を食べる事が出来た。
どれも凄く美味しかった。特に鯨!
おしゃべりしながらの食事。
一辰刻(二時間)ほどでどの料理もなくなった。
その後みんなでお皿を洗って、ごはんはお仕舞い。
その頃には日はとっぷりと沈んで空は濃紺色に変わっていた。
視界を遮るものがない夜空には幾千もの、いや、天の川が横たわっているから幾千万の星が瞬いていた。
「ふわあ」
至るところで下級生の欠伸が聞こえてくる。
みんな今日は船に乗ったり、浜辺で遊んだりと一日体を動かしていたものね。
ここに来るまでの道のりも長かったし。おねむになるのは当然だ。
「下級生や眠たい者は歯を磨いて寝る支度をしなさい」
野村先生が声をかけている。
私はどうしようかな?と考えているとトントンと肩が叩かれた。
「ユキさん」
『鬼蜘蛛丸さん』
「この後、小屋で飲むんですが、ユキさんもどうです?ムサイ男ばっかの室内になりますが・・・」
自分の目が輝いたのが分かる。
寝てなんかいられませんよ!
お酒っ、お酒っ、やっほっほーーい!
ムサイだなんてとんでもない。男らしい兵庫水軍の皆様に囲まれて、お話を聞かせてもらえるなんて嬉しいじゃありませんか。
『是非。混ぜて下さい』
お淑やな微笑み。
でも、心の中でサンバを踊りながら鬼蜘蛛丸さんのお誘いを受けたのだった。
下級生は船上で寝ることになった。
みんな「おやすみ」と言って船へと歩いていく。
由良四郎さんと蜉蝣さんが船上で見守り役を買って出てくれた。
兵庫水軍さんの小屋は広かった。兵庫水軍さんに加えて忍たま上級生、先生方を収容できる広さだ。
「ユキさん今度こそは俺の傍にいて下さい」
『お隣お邪魔しますね、網問さん』
「じゃあ俺は反対側に座らせてもらおうかな」
右隣に義丸さんが座った。
徳利と盃が配られて、私たちは互いに盃を見たし、兵庫第三協栄丸さんを見る。
「それでは大人の宴会の始まりだ。改めて、乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
私たちは兵庫第三協栄丸さんの音頭で盃を上げ、くいっとお酒を飲み干す。
く~~お酒が体に染みますなぁ。
魚の燻製、イカの塩辛、松前漬けなどなどの酒のつまみが並ぶ。
『義丸さんお注ぎしますね』
「いや、ユキさんの盃を先に満たしましょう」
『え、でも』
「お客様ですから。さあ」
有り難く、勧められるままにお酒を頂く。
『ふー。美味しい』
「ユキさん飲んでますか?」
重さんがやって来て前に座った。
その手には徳利。
「おや、空じゃないですか。注ぎますね」
『ありがとうございます』
うふふ。幸せ。
兵庫水軍の皆さんはお酒が強い方ばかり。
皆さん私と同じだけ飲むから周りと浮いたりしない。
大酒飲みだと笑われたりドン引きされないのがいいよね。
お酌したり、してもらったり。
『兵庫水軍の皆さんは普段どんなお仕事をされているんですか?』
「そうですね・・・
航さんが教えてくれる。
仕事は漁業、海運、商船の護衛、それから海上通行料を取って稼いでいるそうだ。
「商船の荷を略奪しようとする悪い奴らと海上で戦闘になる時があるんです」
と、東南風(やまじ)さん。
『命懸けのお仕事なんですね』
不安そうに眉を寄せる私に東南風さんがニッと笑ってみせる。
「でも、俺たち海が好きなんですよ。だから、海の平和を守るためなら命を懸ける覚悟があるんです。
それに俺たち兵庫水軍は強者揃いですからね!」
だからそんな顔をしないで!と明るく私の肩を叩きながら東南風さんは私に徳利を向けてくれる。
『皆さんのご無事を願っていますね』
そう微笑んで言いながらお酌を受ける。
ハラハラする賊との戦いを話して聞かせてもらったり、
北方出身で各地の水軍を転々としてきた網問さんの話も聞かせてもらう。
それぞれの休日の過ごし方や
会話の中での仲間同士のやりとりにクスリと笑う。
兵庫水軍の皆さんは、お酒を勧めるのが上手くって。
少々頭がぽ~としてきた。ううむ、体も熱い。酔ったかな?
襟を掴んでバタバタと振って体に風を送っていると、タカ丸くんがやってきた。
「ユキちゃーん!」
『はあい』
「ちゅーして!」
「「「「「「ぶふうっ!?!?」」」」」」
周りに居た兵庫水軍さんが一斉に吹き出した。
『忘れてなかったか』
「忘れてなかったとは?」
吃驚した表情で聞いてくる間切さんに昼間の旗取りの事を話す。
「「「「「「羨ましい!」」」」」」」
『へ?』
兵庫水軍のみなさんがそう叫び、ブンと私の方を見た。
「学年に一人ユキさんからの口づけを貰う権利がある人がいるなら」
「私たち兵庫水軍の中からも一人、ユキさんから口づけをもらえる者を選ばせて頂けませんか?」
網問さんに続いて義丸さんが言う。
『合意の上と見せかけて後からセクハラで訴えてくるとかなしですよ?』
「「「「「そんな事いいませんよ!!!」」」」」」
笑顔になったり、よっしゃ!と拳を握る水軍の皆さん。
ホントのホントに女性に飢えていらっしゃるのね・・・私なんかのキスでこんなに喜んで下さるなんて。
わいわいとどうやって一人を選出しようか話し合っている兵庫水軍の皆さんの輪からタカ丸くんに連れ出される。
手を引かれて座らせられて向かい合う。
「はい」
いつでもどうぞというようにタカ丸くんが目を閉じた。
『・・・。』
めっちゃ見てる!
周りの忍たまと先生がめっちゃ見ているんですけど!
「どうしたの?早く~」
パチっと片目を開けてタカ丸くんが言う。
『う、うん』
は、恥ずかしいけど約束だもんね。
私はタカ丸くんの両肩に手を置く。
ドキドキドキ。高鳴る心臓。
私は緊張で多くなる瞬きをパチパチとしながらゆっくりとタカ丸くんに顔を近づける。
チュッ
右頬に口づけをひとつ。
『お粗末さまでした』
私は頭を下げた。
ひえ~~緊張した!
お酒の力を借りなかったら出来なかっただろう恥ずかしい行為だ。
「口じゃないのが残念・・・だけど、嬉しいなぁ。ありがとう、ユキちゃん」
にこっとタカ丸くんが表情を崩して微笑んだ。
緊張をホッと解いていると「ユキ!」と名前を呼ばれる。
八左ヱ門くんだ。
「次は俺の番な」
『タカ丸くんも八左ヱ門くんも物好きだよ』
「もの好きなんかじゃないよ。皆が狙っていた権利を俺は勝ち取ったんだ。
俺は幸運を掴めて最高に嬉しい気分なんだぜ?」
ニッと笑って私の横に座る八左ヱ門くん。
「俺から口づけしてもいいか?」
『口以外なら』
「おう。じゃあ」
近づいてくる八左ヱ門くんの顔。
心拍数が上がるのを感じながら目を閉じる。
『あっ・・・んっ・・・』
思わず声が漏れた。
自然と引いた体。八左ヱ門くんが私が逃げないように腰に手を回した。
八左ヱ門くんがキスした場所は思いがけない場所だった。
かぷっと喰まれた耳。ちゅっと吸われる。
電気のようなぴりっとした感覚が体に走る。
八左ヱ門くんの顔が離れていく。
私は喰まれた耳に手を持っていった。
絶対赤い痕が残っていると思う。
「涙目。可愛い」
『~~~っ!』
私にからかいの言葉を投げかける八左ヱ門くん。
あまりの恥ずかしさに言葉が見つからず、口をパクパクする私。
『ちょ、ちょっと、酒飲んできます!』
飲まずにやってられるか!
私は自分の席に戻って、ぐいっと盃を傾けた。
「ユキさん!兵庫水軍でユキさんの口づけを受けられるのは俺に決まりました!」
明るい笑顔の網問さんの顔が二重に見える。
『口、づけ、えっと、ちょっと目の前がぐわんぐわんするから、網問さんからしてくれたら嬉しいにぁ、ヒック』
「うんっ(可愛い・・・)」
チュッと可愛いリップ音。
網問さんの唇は私の頬に触れて一瞬で離れていった。
「アハ。嬉しい。ありがとう、ユキさん」
顔を真っ赤にして綻ばせる網問さんが可愛い。
むしろ私がありがとうだよ鼻血噴きそうだよ神様ありがとうっ
「網問が羨ましい。口づけの代わりに酒、付き合ってくださいね」
杯を満たしてくれる義丸さん。
私は再び兵庫水軍さんとの酒盛りに戻る。
『ほうぇえ~』
一刻(三十分)後。
視界がぐるぐる回る私は奇妙な声を出しながらヨロヨロと立ち上がった。
私は草履を履いて小屋の外へと出た。
お手洗いに行って、井戸で手を洗うついでに水を飲む。
体内のお酒が少し薄まった気がした。
『おとと、おとと』
だが、足取りがおぼつかない。
小屋へ戻る私の足は千鳥足だ。
『こりゃダメら。ちょっと休憩ら』
呂律が回っていない。
今夜は楽しかったからつい飲みすぎた。
私が酔っ払うなんて珍しい。違うな。こんなに本格的に酔ったの初めてかも。
ザアァザアァと波の音が聞こえる。
私は吸い寄せられるように海へと足を向けた。
足を海水につけたら気持ちよさそうだ。
『あ、れれ・・・?』
ペタン。
私は急に座り込んでしまった。
立つ力がない。
体を起こしておくのがしんどい。
倒れるように傾いていく私の体。
「おいっ」
私の体は砂浜につく前に誰かに受け止められた。
上を見上げればぐるぐる回る視界に留三郎。
二重に見えている留三郎をぼんやりと見つめる。
『どした?』
「どうしたってお前、急に座り込んだと思ったら倒れるから」
『心配してくりぇたんら』
「まあ、な」
留三郎は恥ずかしそうに瞬きをした。
「背中預けろ。それか、膝貸すから寝るか?」
『寝たい』
留三郎が足を伸ばした。
太ももに頭を乗せさせてもらう。
「顔が真っ赤だ。随分飲んでたからな」
『見てたの?』
「あぁ。酒豪の水軍と同じペースで飲めるなんて流石だって六年のみんなで話してた」
『ふふっ。同じくらいの酒飲みと一緒にお酒を楽しめるのは気楽で楽しい』
「良かったな」
『うん』
「でも、これ以上はダメだからな?」
『うん、分かってるーーーん?』
留三郎が私の前髪をかきあげた。
ゆっくりと、留三郎の顔が近づいてくる。
ちゅっ
優しい口づけが額に落とされた。
「貰えるもんは貰っとこうと思ってな」
小さく、留三郎がニヤリと口角を上げる。
私は口づけされた額に手を持っていった。
『驚いたよ。留三郎、私なんかからは絶対口付けなんかいらないと思っていたから』
「そうだよな。俺も旗取りで一位になった時、そう思った」
『どこで心変わりしたんだか。あ、酔っているんだな?』
「あぁ。そうかもな」
他人事のように言う留三郎がおかしくてふっと笑ってしまうと、彼もふっと笑った。
波の音
小屋から聞こえるワイワイとした楽しそうな声はどこか遠くから聞こえる
空には煌く天の川
酔っ払って心地よい
私はご機嫌だ
『~~♪~Alas, my love, you do me wrong
To cast me off discourteously~~♪~』
星を見ながら口ずさむ。
決して愉快な内容の曲ではない。
大好きなあなたよ。死ぬ前に一度でもいいから私を愛して――――
愉快な曲ではないが、今の私のぼんやりとした頭と、そして、天の川と瞬く星たち。
波のさざめき、生暖かい夏の風。
それらが私にこの歌を歌わせた。
でも、歌下手だし。
恥ずかしい。やめよう。
急に歌い出すなんて酔っぱらいの典型だ。
眉を顰めていると、留三郎の顔が私の視界に現れた。
「止めんなよ」
『え?』
「歌えって」
『いや、でも』
留三郎が私が髪を結っているゴムを外した。
「いいから。歌えって、続き」
ゆっくりと、髪に指を通す留三郎。
「さあ」
心地よい
波の音も、風も、髪を梳かれるのも
私は心地よさに目を閉じながら息を吸い込む。
~~♪~For I have loved you well and long
Delighting in your company~~♪~
私は心からあなたを慕い
そばにいるだけで幸せでした――――――
夜が、ゆっくりと更けていく