第四章 雨降って地固まる
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24.夏の海 前編
「ユキちゃ~ん」
事務室で作業をしていると、外から帰ってきた小松田さんに声をかけられた。
「お手紙だよ~」
『ありがとうございます』
小松田さんから手紙を受け取る。
誰からだろう?
手紙をひっくり返して差出人を見てみると“兵庫第三協栄丸”と書いてあった。
『私宛になんて珍しい』
そう呟きながら手紙を開く。
―――雪野ちゃん、文月に入り暑い日が続くようになったな!
海水温も上がって、海は泳ぎやすくなったよ。それに海には鯨が来はじめたんだ。
近々、鯨漁業をやろうと思っている。良かったら忍術学園のみんなと遊びに来ないかい?
美味しい鯨料理や海鮮料理をご馳走するよ。泊まりでどんちゃん騒ごう!
お返事待っています。
兵庫第三協栄丸
「ニコニコ笑顔ですね。なんと書いてあったんですか?」
『兵庫第三協栄丸さんに海に遊びに来ないかってお誘い頂きました』
吉野先生に手紙を見せながら言う。
「ほう。これは楽しそうなお誘いですね」
『久しぶりに兵庫第三協栄丸さんや鬼蜘蛛丸さん、重さんに会いたいなぁ』
「今度の週末にでも行ってくるといいですよ」
『今週の土曜は当番に当たっていますので』
「当番くらい僕が変わるよ~」
小松田さんが自分を指さしながら言ってくれる。
『ですが・・・』
「せっかくですから小松田くんの言葉に甘えさせてもらいなさい。来週末、再来週末は忍たまもくノたま上級生も実習が入っていますし、その次の週末といったらもう夏休みに入ってしまいますからね」
『小松田さん、いいのでしょうか・・・?』
申し訳なくておずおず聞く私に小松田さんは満面の笑みで頷いてくれる。
「楽しんでおいで!」
『では・・・お言葉に甘えて、遊びに行かせて頂きます』
感謝の気持ちを込めながら頭を下げる。
「うんっ。楽しんでおいで。ってうわあっ」
『ぐふえっ!?!?』
小松田さんが足を捻って頭を下げる私の上に倒れ込んできた。
背中に小松田さんの体重を感じる。
『こ、小松田さーーーん!重いっ』
「うわーん。ごめんね、ユキちゃん。痛くない!?」
慌てて私の上から下りる小松田さん。
『うーん。ちょっと痛いかなぁ。小松田さんが撫でてくれたら治る気が・・・』
「うん!撫で撫でするねっ」
痛いの痛いの飛んで行け~と言いながら私の背中を撫でてくれる小松田さんかわゆす!
にまーっと表情筋を緩めていたら半眼の吉野先生と目が合った。
「助兵衛心が透けて見えますよ?」
『うげっ』
「どうしたの?」
『いや、何でもないですよ、小松田さん。アハハハハ』
ハァと溜息をつく吉野先生の前で、私は乾いた笑い声を上げていたのだった。
お昼休み、私は早速忍術学園のみんなを海に誘うことにした。
『前に五,六年生と一緒に海へ行こうって話していたけど、せっかくだから皆で行った方が楽しいよね』
以前、健康診断をした時に、五,六年生と暖かくなったら海へ遊びに行こうと約束していたのだ。
だけど、兵庫第三協栄丸さんも忍術学園の皆でって言って下さっているし全員で行かせてもらってもいいよね?
私はそう決めて、忍術学園全員を海へ誘いに向かった。
下級生は全員OK!担任の先生にも確認済み。
引率として、教科担当か実技担当の先生どちらかは必ずついてきてくれると言って下さった。
下級生は海に行けると聞いて大喜び。
みんなその場でピョンピョン飛び跳ねたり、キラキラ目を輝かせたりと可愛かった。
上級生も喜んでくれた。
「青い空!白い砂浜!輝ける滝夜叉丸!夏って感じですねっ」
「そこは輝く太陽だろ、滝夜叉丸!まったく。あ、ユリコも連れて行っていいですか?」
『詳しくないけど・・・潮風で錆びたりしない?』
「あ、そっか。じゃあやめておきます。ユリコ、良い子でお留守番するんだぞ~」
優しい顔でユリコを撫でる三木ヱ門くん。
「海かーーーー!なんだか燃えてくるなっ」
『砂浜でバレーや旗取りレースしたりして遊ぼうね』
両手を握ってうおおおぉ!と声を上げている熱い守一郎くん。
「海鮮料理楽しみだなぁ」
タカ丸くんが想像しているのかうっとりとした口調で言う。
「お泊りかぁ。ユキさんと夜通し一緒にいられるの嬉しい」
『うん。どんちゃん騒ごうね!』
私は私に抱きつく喜八郎くんの頭をヨシヨシと撫でたのだった。
五,六年生も予定は入っていなく、皆参加出来るようだった。
次はくノ一教室へ。
しかし――――
「うーん。せっかくのお誘いだけど私はパスかなぁ」
『え!?どうしてトモミちゃん!?』
「だって日焼けしちゃいますもん」
トモミちゃんが可愛く頬を膨らませた。
「肌にシミが出来たら大変!」
「白い肌をキープしたいでしゅ」
ユキちゃん、おしげちゃんが順に行った。
『他の子達も?』
一斉に頷くくノ一教室のみんな。
「「「「「海鮮のお土産楽しみにしています!」」」」」
声を揃えて言うくノ一教室の面々。
うぅ。残念。
私はお土産を貰ってくることを約束してくノたまの皆と別れたのであった。
残念だけど、気持ちを切り替えて、当日の計画を練ろう。
海までは遠いからお弁当が必要だよね。おにぎり弁当を食堂のおばちゃんに作ってもらえるようにお願いしよう。
それから体育委員さんとも話し合いが必要。砂浜で遊びたいもんね。
私は諸々の準備をして、当日を心待ちにしたのであった。
***
そして海へ行く日がやってきた。
雲一つない快晴だ。
正門へ行くと、忍たまや先生方が勢ぞろいしている。
どの顔も期待に満ちてキラキラと輝いていた。
「一年は組、出席をとーる!」
半助さんが声を張り上げて出席を取っている。
「出入門表にサインをお願いしま~す」
小松田さんが忍たまたちの間を忙しく動き回る。
『一年ろ組のみんな』
声をかけると傘がくるりと反転して、ろ組の子達の顔が見えた。
『暑いよね。大丈夫?』
「「「「大丈夫で~すぅ」」」」
ろ組の子達は斜堂先生譲りで太陽に弱い。
なので、日傘を持っていくように勧めたのだ。
ちなみにろ組の引率は日向先生――――じゃない!?
ろ組の子達がいる後ろの森の茂みが揺れて、斜堂先生がスーっと姿を現した。
『一年ろ組の引率は斜堂先生ですか!?』
「はぃ」
斜堂先生とギラギラに輝く太陽はどう考えても似合わない。
何故!?暑いの苦手なはずなのに!
「意外。という顔をしていらっしゃいますね」
『はい。だって・・・』
「久しぶりに海が見たかったのと、美味しいお魚の誘惑に負けたのです」
(本当は海ではしゃぐユキさんの無邪気な姿が見たかったのですけどね)
斜堂先生は微笑んだ。
『熱中症に気をつけて下さいね。水分はこまめに取って、気分が悪くなったら早めに言って下さい』
「ありがとうございます。私も日傘があるから大丈夫ですよ」
そんな会話をしているうちに出入門表を皆書き終えたようだ。
『それでは小松田さん、学園のこと宜しくお願いします』
ペコリと頭を下げる。
「気をつけていってらっしゃい。楽しんでね~」
私たちは賑やかに忍術学園を出発した。
しほーうろっぽう はっぽーう しゅーりけん
前の方から明るい下級生の歌声が聞こえてくる。
下級生はワクワクが抑えきれないようで、鬼ごっこをしたり、歌を歌ったり。
先生に窘められても爆発する元気は抑えられないようだ。
「下級生は元気だな」
隣を歩く留三郎が笑いながら言った。
「着く前に疲れなきゃいいんだけど」
伊作くんが心配そうに言う。
「今夜は兵庫水軍にお世話になって泊まらせてもらうのだ。多少疲れても寝たら回復するさ」
そう言う仙蔵くんはこの暑いのに汗一つかかず涼しい顔だ。
「私はユキの水着姿が楽しみだ!」
「??水着とは・・・?」
『うん、長次くん。水着っていうのは水中で泳ぐ時に着る服の事を言うんだ。
濡れても乾きやすい素材でできているんだよ』
「ユキの世界の者にとって泳ぐことは男女関係なく一般的なのか?」
文ちゃんが聞く。
『そうだね。義務教育っていうのがあってね、六歳から一五歳までの男女は学校に行かなければならないの。そこで水泳も必修なんだ』
「では、ユキも泳げるんだな」
『うん、文ちゃん。泳ぎは得意だよ。村の近くに滝壺があってね―――――
私たちは楽しくおしゃべりしながら歩いて行った。
途中、美味しいおにぎりのお弁当を食べて休憩し、更に歩くこと二刻(一時間)。
『あ!潮の香り』
潮の香りに気づくと同時に前の方から歓声が上がった。
海だー!海だー!とはしゃいだ声が聞こえてくる。
自然と前を歩いていた下級生たちが走り出したのが見えた。
坂を登りきった私たちの目にも広大な海が見えてきた。
広く、青い海。
どこからかカモメの鳴き声も聞こえてくる。
私は久しぶりの海に大興奮。
『ダメだ。興奮が止まらない!私も走る!』
「子供かっ」という留三郎の言葉を背中で聞きながら私は海へと駆け出した。
白い砂浜をザッザッと足で蹴りながら海辺へと走っていく。
もう少しで波打ち際まで来るという時だった。
すってーーん
私は砂浜の砂に足を取られて頭から砂浜に倒れ込んだ。
「まったくお前は何やってるんだよ」
呆れた声に顔を上げれば三郎くんの顔があった。
「ユキちゃん大丈夫?」
兵助くんが眉を下げる。
「アハハ。顔が砂だらけだっ」
「こら、勘右衛門ったら笑ったらユキちゃんが可哀想っぷ。くっ」
『雷蔵くん?!』
「ご、ごめん!」
雷蔵くんは笑いを堪えきれず、両手で顔を覆った。
「まあ、はしゃぐ気持ちも分かるけどな。ほら、手」
『ありがとう、八左ヱ門くん』
私は八左ヱ門くんの手を借りて立ち上がり、顔や服についた砂をパッパッと落とす。
「よく来たな!みんな!」
服に砂が入ったから早く水着になりたいと思っていると、太いが優しい声が聞こえてきた。
兵庫第三協栄丸さんだ。その後ろには兵庫水軍のみなさんの姿もある。
みんな海の男って感じで筋肉が凄い!
暑いのか、全員胸元が見えるくらいに上衣をはだけさせたり、腕まくりをしたり、脱いじゃっている人もいたりで目のやり場に困りますっ。
まずい、鼻血噴く。
私は兵庫水軍の皆様から視線を逸らしながら鼻の根元の抑えた。
横を向くと半眼の三郎くん、勘右衛門くん、八左ヱ門くん、苦笑する兵助くん、雷蔵くんと目が合う。
「変態」
『否定はしない』
こんな私でごめんなさい。
私は呆れ果てている三郎くんに肩を竦めてみせたのだった。
散らばっていた忍たまたちがこちらへと集まり始めた。
『今日は大勢で押しかけてしまいすみません。宜しくお願いします』
兵庫第三協栄丸さんに頭を下げる。
「いやいや。みんなに俺たちが捕った魚や鯨を食べてもらえると思うと嬉しいよ。さて、皆を紹介するな!おい、お前たち!自分らで自己紹介だ」
兵庫水軍の皆さんが一人ずつ自己紹介してくれる。
鬼蜘蛛丸さんを含め、三人ほど口を手で抑えて吐き気に耐えている。
どうやら鬼蜘蛛丸さん以外にも陸酔い持ちの人がいるらしい。
彼らを心配していると、パッと手が取られた。
驚いて顔を正面に戻せば目の前にはエラく男前の顔。
「ユキさん、初めは鯨狩りに行く予定です。申し訳ないのですが・・・女性は船に乗れなくて・・・」
『あぁ。聞いたことがあります。船に船魂様という女神を祀っていて女性を乗せるとその神様が嫉妬するとか。
私は陸で待たせて頂きますね。あの、実はこうなる事を予想して潮干狩りの道具を持ってきていて・・・潮干狩りしていていいですか?』
「もちろんです。私も一緒にします」
『え?』
「お客人一人を陸に残しておくわけにはいきませんから」
そう言って、義丸さんは白い歯をキラリと煌めかせて笑った。
わーお。男前!
「義丸の兄貴ったらいつまでユキさんの手を握っているんですか?」
「あっ!網問(あとい)!」
やってきた網問さんが私の手を握る義丸さんの手をぐいっと引き離した。
「ユキさん、義丸の兄貴には気をつけてくださいね。この人、女ったらしなんだから」
「舳丸っ(みよしまる)」
焦ったように義丸さんが叫んだ。
「ユキさんお久しぶりです。俺も陸に残りますね」
『お久しぶりです、重さん。宜しくお願いしますね』
「僕も陸に残りまーす」
ぐんと肩に重みが来た。
『喜八郎くん、船乗せてもらわなくていいの?せっかくの機会だよ?あと、重い』
「いいんでーす。ユキさんと一緒にいるほうが楽しいですもん。それに穴掘りするんでしょう?」
『穴掘りじゃなくて潮干狩りね。そんなに深くに貝はいないよ』
私の話を聞かない喜八郎くんは鋤で波打ち際を掘り始めた。
その潮干狩り大胆すぎるから!
「あ、私も陸に残ります。海上は暑すぎるので」
斜堂先生が手を上げた。
「土井先生、一年ろ組のよい子達を宜しくお願いします」
「はい。お任せ下さい」
結局、陸に残るのは義丸さん、重さん、喜八郎くん、斜堂先生、私。
それ以外のみんなは兵庫水軍の船に乗って鯨狩りと魚捕りに行くことになった。
二つの船に分かれて海へと出発していく。
『いってらっしゃーい』
ブンブンと手を振るとみんな明るい笑顔で手を振り返してくれた。
船旅を楽しんでね。
『さて、日焼け止めを塗って潮干狩り開始といきますか』
「日焼け止め?」
義丸さんが小首を傾げた。
「もしかしてユキさんの世界の物?」
喜八郎くんが穴掘りの手を止めてこちらを向いて聞く。
「あの、ユキさんの世界の物ってどういう意味でしょう?」
困惑した顔で聞くのは重さんだ。
『実は私、異世界からやってきたんですよ』
「「!?」」
義丸さんと重さんの顔に驚きの表情が浮かんだ。
私はこの世界に来たきっかけを話し出す。
『信じて頂ける証拠になればいいのですが・・・』
私は背負っていた荷物から日焼け止めを取り出した。
「見たことのない素材だ。ちょっと拝見しても?」
『どうぞ』
義丸さんが興味深そうに日焼け止めを見る。
「そう言えば忍術学園に行った時に、保健室で寝ている鬼蜘蛛丸さんにユキさんが薬を飲ませていましたよね。
鬼蜘蛛丸さん、あの後直ぐに調子が良くなったから凄いなって話していて。あの丸薬は南蛮のものではなく、ユキさんの世界のものだったのですか?」
『はい、そうです』
「そっかー。そうだったんだ。変わった形をしていたものな」
『あと私が異世界から来た証拠といえばコレでしょうか?』
「「「ええっ!?!?」」」
スルスルと服を脱いでいく私を見て義丸さん、重さん、斜堂先生から驚き声が上がる。
「わーお。ユキさん大胆」
『こ、こらっ。そんなに近くに来て見るんじゃありません。恥ずかしいでしょっ』
トコトコっと私の前までやって来て、鋤に顎を乗せてまじまじと私が服を脱いでいくのを
見つめる喜八郎くんの行動に照れる。
少々顔を赤くしながらゴホンと咳払い。
『これは水着といいます。水に濡れても乾きやすい素材で出来ているんですよ』
「わ、生地が伸びるー」
『こらっ!誰も触ってもいいとは言っていないからねッ』
短い水着のスカートを触る喜八郎くんの手をべしっと叩く。
『どうでしょう・・・私が異世界から来たと信じて頂ければいいのですが・・・』
「え、あ、もちろん信じますよ!なぁ、重」
「も、もちろんです、ユキさん!」
二人は何故か首がもげそうなほど大きく上下に首を振ってくれた。
『この時代では肌を出しすぎな服ですよね。お下品に映るか「「そんな事ありません!!」おぉっ!?」
義丸さんと重さんが片手ずつパッと私の手を取った。
「とっても可愛いです」
「素敵ですよ」
重さんは頬を染めて、義丸さんは魅惑的な笑みを浮かべて言ってくれる。
『良かったー。ホッとしました』
私はニコリと二人に微笑む。
『それじゃあ、潮干狩りしましょうか』
「「はい!」」
『喜八郎くん、砂浜の砂は崩れやすいから深く掘って自分が埋まることのないように
気を付けないとダメだからね』
「はーい。気をつけまーす」
鋤での穴掘りに戻った喜八郎くん。
私は日焼け止めをしっかり塗ってから、潮干狩りをする為に砂浜に熊手を突き刺した。
二刻(一時間)ほど経った頃。
私は熊手を砂浜に置いて、両指を組み、ぐーっと上に伸びた。
体がバキバキと鳴る。
竹でできた丸い籠には沢山のあさりが入っている。
『斜堂先生採れました?』
傘を肩にかけながらアサリ採りをしていた斜堂先生が振り向く。
『うわあ!ハマグリがいっぱい!』
斜堂先生の籠の中には大きめのハマグリが沢山入っていた。
『斜堂先生、やりますね』
「ふふふ。ハマグリのお吸い物とかいいなぁと思いまして」
『喜八郎くんはどう?』
「いっぱい掘れました」
砂浜にできているいくつもの穴ぼこ。
「ここの砂は落とし穴向きじゃあないです」
喜八郎くんの掘った穴は打ち寄せる波でゆっくりと埋まっていく。
その様子を見て喜八郎くんは不満顔だ。
『はいはい、そんな顔しないの。いっぱい掘って頑張ったね。いい鍛錬になったんじゃない?』
「うーん。鍛錬にはなったかな?」
自分がやったことは無駄じゃないと感じてくれたようだ。
喜八郎くんはようやく不機嫌そうな顔をやめて少しだけ口に弧を描いた。
義丸さんと重さんはさすがで籠いっぱいにアサリを採っていた。
「みんながそろそろ戻ってくる頃です。見張り台に上ってみます?」
義丸さんが聞いてくれる。
『是非!見晴らしがいいんだろうな』
「えぇ。絶景ですよ」
私たちはアサリを小屋の中にある海水を張った桶に入れて見張り台を目指す。
義丸さんの言う通り、見張り台は一面の海を見渡せて、潮風が気持ち良かった。
「あそこを見てください!」
重さんが指す方を見ると、大きな二船の船があった。
『うわあ!』
思わず声を上げる。
海から鯨が体をのぞかせ、バシャンと水面を打ったのだ。
白い波飛沫が上がる。
「良かったらこれをどうぞ」
義丸さんが差し出してくれたのは単眼鏡だ。
『ありがとうございます』
単眼鏡を覗き込む。
船縁に忍たまたちが並んでいて、興奮した様子で鯨を見ていた。
「始まったようです!」
重さんが叫んだと同時に縄付きの銛が鯨に向かって放たれた。
暴れる鯨。
あんな大きい鯨をどうやって仕留めるのだろう?
船が転覆しないか心配する。
ハラハラ見守っていると、船から包丁を咥えた舳丸さんが海中に飛び込んだ。
『み、舳丸さんは何をするんですか!?巨大なクジラに打たれて気絶したりなんかしたら・・・!』
「大丈夫ですよ、ユキさん。舳丸は水練の者ですから」
『水練の者?』
単眼鏡から目を外し、義丸さんを見る。
「はい。水練の者とは水中からの敵船の攻略、敵船隊の攪乱など行います。 水中の探索や、鯨方では鯨の鼻を切って止めを刺す刺水夫も努めるんです」
「舳丸の兄貴は水中を陸にいるかのように自在に動ける泳ぎの達人なんです。
ユキさん、安心して見ていて下さい。舳丸の兄貴は凄い人なんです」
重さんの言葉から重さんが舳丸さんを尊敬しているのが伝わってきた。
重さんは舳丸さんに絶対の信頼を置いているようだった。
私も心を落ち着けて単眼鏡に目をつけ、再び海を見る。
暫くたった時だった。
ピタリと鯨が動きを止めた。
舳丸さんが水面から出てきて「やったぞ!」と言うように腕を上げる。
忍たまの歓声がこの見張り台まで聞こえてきた。
『やったようですね!』
「はい!」
重さんと満面の笑みで頷き合う。
「大迫力~」
「素晴らしいです」
喜八郎くんと斜堂先生も手をパチパチ。
「船が戻ってきます。浜に戻りましょう」
義丸さんに促されて私たちは浜へとおりていく。
ゆっくりと近づいてくる二船の船。
元気いっぱいの忍たま下級生を先頭にして皆が船から降りてくる。
上級生たちが手伝って、船から魚を陸に下ろしている。大漁だ。
それに大きな鯨が運ばれてくる。
『舳丸さん、格好良かったです』
「えっ!?あ、あの、その、どうもっ」
『鯨食べるの初めてなんです。楽しみにしていますね』
「美味しいですよ。期待していてくださいっ・・・けど、その、あの、えっと・・・」
さっきの雄々しく鯨に向かっていった姿とは違う頬を染める舳丸さんが可愛くて思わず笑みを零していた私は、舳丸さんがチラチラと私に視線をくれては何処かを向いてを繰り返しているのに気がついた。
周りを見れば他の皆、兵庫水軍の人たちや忍たまも私を見ている。
私はポンと手を打った。
この水着を初めて見た人が大半なのだ。
『セ、セクシービーム!な、なんつて』
ポーズを決めておどけてみる。
誰も言葉を発さない。
『・・・。』
おいっ!誰か何でもいいから言ってくれよっ!
恥ずかしさとこの空気をどうしたら良いか考えあぐねていると、トンとお腹に衝撃が来た。
「ユキさん可愛い~~~!」
下を見れば喜三太くんが私の腰に手を回し、お腹から顔を上げて私をニコニコとした笑顔で見上げていた。
『っありがとう!喜三太くん』
私は反応してくれた事に嬉しくなりながら喜三太くんの頭を撫でる。
「えへへ」と更に表情を崩す喜三太くんが可愛いすぎて鼻血。
「それはユキさんの世界の服?」
「どういう時に着るものなの?」
兵太夫くんと団蔵くんが首を傾げる。
「不思議な布だね」
しんべヱくんが水着を触って目を丸くする。
「僕は一回見たことあるよ」
「俺も!」
金吾くんときりちゃんがちょっと得意そうに手を上げる。
『これは水着といって、私の世界では泳ぐ時に着る服です。水に濡れても乾きやすい生地になっています』
「ユキさんの世界、ですか?」
網問さんから声が上がる。
私は兵庫水軍の方たちに向けて自分の境遇を話すことに。
「不思議なことがあるもんだなぁ」
しみじみと兵庫第三協栄丸さんが呟いた。
『信じて下さるんですか・・・?』
おずおずと尋ねると、
「前に俺と鬼蜘蛛丸、重と忍術学園を訪ねた時に、陸酔いした鬼蜘蛛丸に不思議な丸薬をくれたそうじゃないか。
薬なのに甘い味がして、おまけに良く効いて、南蛮にもあんな良い薬ないって話していたんだ。それにその水着。
南蛮にもないような形だし素材も摩訶不思議。雪野ちゃんの話を信じるよ」
そう言いながら兵庫第三協栄丸さんは腕を組んでうんうんと頷いた。
「それにユキさんは嘘をつくような人には見えませんからね」
鬼蜘蛛丸さんも言ってくれる。
「兵庫水軍の中でユキさんの言葉を信じない者はいませんよ」
『ありがとうございます!義丸さん・・・って・・・』
「って義丸の兄貴、何ちゃっかりユキさんの肩に手を回しているんですか!」
「あー、航(かわら)。気づいちゃったか」
航さんに怒られて義丸さんがパッと私の肩を抱いていた手を離す。
本当に義丸さんったらドン・ジョヴァンニ。色男。
「ユキの水着姿が再び見られて最高だー!どんどーん」
『うわあっ!』
小平太くんに高い高いされ、上に放り投げられる。
「な、七松先輩、最高なのは貴方ですっ」
「揺れる乳っ。有り難や有り難や」
『拝むなよッ』
ぐっと親指を立てる三郎くんに両手を合わせながら私を見上げる勘右衛門くん。
「おい、文次郎」
「な、なんだ?仙蔵」
「出てるぞ、鼻血」
「っ!?こ、これは、違うっ。これは暑さでっ」
「フン。暑さのせいじゃないだろムッツリ文次郎」
「と、留三郎!俺は断じてムッツリではない!」
「・・・説得力ない」
「ちょーじの言う通りだな。ガハハ」
『ガハハって笑ってないでいい加減高い高いやめてくれ!怖いっ。そして脇が地味に痛いっ』
「もう少し見ていたいから我慢しよう?」
『伊作くぅん!?!?』
我慢できるか!
お前らの欲求に付き合ってられるか思春期共め!
私は長次くんの説得により、ようやく小平太くんの手から逃れたのだった。
ありがとう長次くん。しかし疲れた・・・。
「ユキちゃん大丈夫?」
兵助くんが竹筒の水を差し出してくれた。
『ありがとう』
喉を潤す。
ふーっ、美味しい。
「そ、それにしても刺激的な服だね」
雷蔵くんが真っ赤になりながら言った。
『ごめんね。この世界ではちょっとお下品かな?でも、水着はこれしかなくて。
かと言って皆みたいに褌一丁で泳ぐわけにもいかないし。お目汚しだけど慣れてね』
「お目汚しだなんてそんな事ないよ!可愛いよ、とっても」
『雷蔵くん(キュン)』
「ユキは泳ぎは得意なのか?」
『得意だよ、八左ヱ門くん。後で泳ぎに行こう!』
「おう!」
八左ヱ門くんが眩しさを感じる笑顔で笑った。
「俺たちが食事の用意をしている間、みんなは遊んでいるといい」
「せっかくだから海を楽しんで!」と兵庫第三協栄丸さんが言って下さる。
「よーし。じゃあ、忍たま注目!」
人差し指で空を指す小平太くんに注目が集まる。
「体育委員会が海での遊びを考えてきました」
滝夜叉丸くんがそう言いながら、他の下級生達と共に持ってきたものはバレーボール、旗、真桑瓜。
「思いっきり夏を楽しむぞーーーー!!!」
「「「「「オーーーーーーー!!!」」」」」」」」
小平太くんの声に続いて、私たちは拳を空へと突き上げたのだった。