第四章 雨降って地固まる
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23.toi!toi!toi!
三本勝負から一夜明けた放課後、先生方、それに加えて私たち事務員も学園長先生の庵に集められていた。
「ユキ、肩の傷の具合はどうだい?」
『ご心配ありがとうございます、半助さん。痛むには痛みますが、利き手と逆ですし、そこまで不自由していません』
「そうか。無理するんじゃないぞ?」
『はい!』
半助さんとそんな会話をしているうちに全員が揃ったみたいだ。
あれ?与四郎くんがいる。
壁際、学園長先生が座っている位置の延長線上、私たちを見渡せる位置に与四郎くんが座っていた。
「錫高野与四郎から話がある」
学園長先生が言った。
その場にいる全員が与四郎くんに顔を向ける。
「皆さんにお話したいことがございます」
そう言って与四郎くんは話しだした。
「実は、風魔忍者に裏切り者が出ました。三人です。全員風魔流忍術学校卒業生で名前は安野 壌、海松 万寿烏、土寿烏。仕事は主に暗殺を引き受けています」
裏切り・・・暗殺・・・物騒な言葉に眉が寄る。
胸に不穏なものを感じている中、与四郎くんは言葉を続ける。
厳しい顔をした与四郎くんは、
「この三人は風魔流忍術学校と友好を結んでいる忍術学園の学園長先生の暗殺を引き受けたという情報を得ました」
と言った。
「「「「「「「!?!?」」」」」」
庵の中に緊張が走った。
「ヘムヘム・・・」
ヘムヘムの不安そうな声が庵に響く。
「心配するでない、ヘムヘム」
眉をハの字にして学園長先生を見上げるヘムヘムの頭を学園長先生が撫でる。
「この大川平次渦正ほどの忍者ともなれば暗殺者の一人や二人に狙われることなど慣れたものじゃ」
そう言って不敵に学園長先生は口の端を上げた。
「どこの城から依頼を受けたのでしょうな?錫高野くん、分かっているのかい?」
山田先生が聞くと与四郎くんは申し訳なさそうに首を横に振る。
「山野 金太先生と古沢 仁之進が調べているところです」
「我々忍術学園も風魔に任せきりにするのではなく、どの城が暗殺依頼をしたのか調べましょう」
「そうですな」
木下先生の言葉に日向先生が頷いた。
他の先生方も気持ちは同じらしい。周りの人と頷きあっていた。
「裏切り者三人の姿絵がこれです」
与四郎くんは三枚の半紙を手に持った。
みんなそれに注目する。
この顔に要注意!間違っても忍術学園の門を通さないように私はしっかりと目に焼き付ける。
この後、忍術学園の守りの強化の話し合いがなされた。
「続けて儂の暗殺を依頼した城はどこか調べる先生を誰にするか決めたいと思う。事務員の三人はこの話し合いに加わらなくて良いじゃろう。一足先に解散じゃ。雪野くん」
『はい』
「お主は錫高野与四郎と共に上級生の元へ行き、暗殺者三人の姿絵を見せに行ってくれ。
十分に注意するようにと伝えよ。相手は難敵。出会っても戦うのではなく、その場から逃げ、先生方に報告をするように言ってくれ」
『分かりました』
私たち事務員と与四郎くんは庵を出て行った。
吉野先生と小松田さんと別れて、私と与四郎くんは鍛錬場を目指す。
『今日は委員会活動がないから何人かは鍛錬場で捕まると思うんだけどな』
鍛錬場についたら忍たま上級生たちの姿が見えてきた。六年生全員いるようだ。
皆それぞれに鍛錬に励んでいる。
『みんなーちょっといいーーー?』
口に手を当てて叫ぶと、六年生が私たちの存在に気がついてやってくる。
「ユキーーーーー!」
『ぎゃあっ』
小平太くんが砂埃を巻き上げながら走ってきて、私の脇に手を差し込んで高い高いをした。
腕のバネを使ってぴょーんと投げられるから怖いっ。
落ちたらどうするのよ!
『や、や、や、やめてっ』
「錫高野さん、昨日は挨拶もろくに出来ませんでしたね。お久しぶりです」
『おおいっ仙蔵くんっ。横でピンチに陥っている乙女がいるのにガン無視かいッ』
「乙女?いったいこの鍛錬場のどこに乙女が・・・」
『留三郎!?』
眉上に手を当ててキョロキョロしている留三郎を殴りたい。
いや、もっと殴りたいのは「もっと高く飛ばすぞー!新しい鍛錬方法発見だ!」
とか言ってる暴君ですけどね。
『や、やめろっ。脇が痛いっ!』
「その前に傷口が心配・・・」
長次くんが私が小平太くんの手の中に収まった瞬間を狙ってガッと小平太くんの腕を掴んだ。
「お、どうした?」
『・・・ユキの傷が開いたらどうするつもりだ・・・?ふはっ、ふはっ』
「ひっ、ユキスマン!すっかり傷のこと忘れてたんだ。痛むか!?傷口は開いてないか!?」
『ひいぃやめろおおおぉっ』
小平太くんが私の上衣を脱がそうとしてきた。
思い切り襟を引っ張られてはだけさせられる。
「小平太!・・・ふははははははっ」
長次くんの縄ひょうが飛ぶ。小平太くんが苦無で弾いた。
「おっ。やるのか長次!」
『待て待て待ていっ!』
一向に話が進まないではないか。
私ははだけた衣を直しながら大声を出して戦いを始めそうになる二人を止めた。
『みんなに与四郎くんから話があるのですよ』
ようやく落ち着いて私は言った。
与四郎くんは皆に学園長先生の庵で話した事と、暗殺者たちの姿絵を見せた。
「物騒だね」
伊作くんが眉を寄せる。
「暗殺者!どれだけ強いのだろうな?是非手合わせしてみたいものだ!」
『文ちゃんったら!この暗殺者もの凄い強いらしいんだよ?』
この暗殺者達は今のところ請け負った仕事は失敗がないと噂される程の強者だそうだ。
『お願いだから慎重に行動して?』
「ユキは俺の腕が信じられないのか?」
少し不機嫌そうに文ちゃんが言った。
『そうは言っていないでしょ。仮にも相手は三人で行動しているみたいだし、いくら文ちゃんが強くても三人いっぺんにかかってこられたら一人では対処出来ないでしょ?
相手はプロ忍なわけだし。心配して言ってるんだよ?』
そう言うと文ちゃんは目を見開いて数度目を瞬いた。
こんな事を言われるのは意外と言った顔。
「心配・・・そっか・・・ありがとな」
文ちゃんが頬を染めて私の頭をぐしゃっと撫でた。
どうやら照れているみたい。可愛いのう。
『暗殺者を発見したら先生を呼びに行くようにとの事です。決して自分から戦闘に持ち込まないように』
私は文ちゃんが可愛くてにやけそうになる顔を引き締めながら暗殺者が来た時の行動を伝えた。
「それにしても危ないよねぇ」
伊作くんが呟いた。
『そうだよね。下級生たちだけで遭遇した場合を考えると心配で・・・』
「いや、それはきっと大丈夫」
心配する私の前でキッパリ言う伊作くん。
『どうしてそんなにハッキリ言い切れるの?』
「暗殺者には標的以外の者には手を出さないという暗黙のルールがあるんだよ。 もちろんこちらから攻撃した場合は違うけどね」
『そうなんだ。じゃあ危ないってのは・・・』
「ユキちゃんと錫高野さんの事」
スッと伊作くんが目を細めて与四郎くんの事を見た。
「二人きりにさせておくのは危ないなぁ。なにせ錫高野さんは以前ユキちゃんに結婚を申し込んだんだろ?
そんな男と二人にしておくなんて・・・ユキちゃんを自分のものにしようと強硬手段に講じないとも限らない」
『与四郎くんを自分と同じ基準で見るのはやめて頂きたい』
私はじとっとした目で伊作くんを見る。
伊作くんは「今日は妊娠に最適な日だね」とか言いながら夜中に私の部屋に忍び込んできたり、お茶に催眠薬を溶かし入れて私を眠らせようとした人だ。
「ユキちゃん、男はみんな狼なんだよ?」
『与四郎くんは礼儀をわきまえているから大丈夫です!』
キッパリハッキリ伊作くんに宣言。
「他も回るんでしょ?僕も一緒に行く」
『ありがとう。でも、人が多くても仕方ないよ。伊作くんは鍛錬を続けていて』
伊作くんは面白くなさそうに頬をぷくーっと膨らませた。
あら、ヤダ、可愛い。
同伴を許しちゃいそうになる傾きかける心を精神力で何とか立て直す。
ここに来た時、伊作くんが一生懸命に鍛錬している姿が見えた。
頑張っている彼の時間をこれ以上奪いたくなかった。
私は伊作くんや皆に『鍛錬中断させてごめんね。続きを頑張って』と声をかけて与四郎くんに向き直る。
『五年生、四年生を探しに行こう。っていってもどこから探そうか・・・』
「三郎と雷蔵だったらここに来る前に池の畔で見かけたぞ」
私の呟き声を拾って留三郎が教えてくれた。
『ありがとう、留三郎。行ってみるね』
私たちは六年生に別れを告げて五年生を探しに出かけた。
『山野金太先生と古沢仁之進さんが学園長先生暗殺を依頼した城の調査を行っているんだよね。与四郎くんも合流するの?』
「そうだ。今日のうちに忍術学園を出発して、山野先生たちと合流するつもりだーりゃ」
『あんまり長居は出来ないんだね。残念だな』
「俺ももっとユキと一緒にいたかっただーよ」
『夕食は食べていく?』
「あぁ、そうさせてもらうつもりだ」
『じゃあ夕食まで一緒に過ごそう?久しぶりに会ったから色々話したい。昨日はあまり話せずに残念に思っていたの』
「残念にだなんて、ユキは可愛いべさ」
『か、可愛いだなんて与四郎くんったら。相変わらず口が上手いんだから』
「本心から言っているだーよ」
ニコニコ笑う与四郎くんは相変わらずの肉食系。
私は照れを隠すためにゴホンと咳払いして、
『暗殺者の事や学園長先生暗殺を依頼した城について調べるのは危険が伴う任務だね。十分に気をつけてね』
と言った。
「ユキ、俺のこと心配してくれるんだべか?」
『当たり前でしょ!』
「そうか。ヘへ」
『笑ってないで気をつけるって約束してください!』
「分かったよー。気をつけるって約束するだーよ」
眉を吊り上げる私をまあまあと手で宥めながら与四郎くんは約束してくれたのであった。
池が見えてきた。
三郎くんと雷蔵くんの姿が見える。
(どっちがどっちだか分からないけれど)
一人は大きな岩の上に寝そべり、もう一人は岩を背もたれにして本を読んでいる。
『岩に寝ているのが三郎くんで本を読んでいるのが雷蔵くんとみた!』
勘を働かせてビシッと二人を指差してみる。
「正解だよ、ユキさん」
雷蔵くんが本を閉じながら私に微笑みかけた。
ヨッシャー!正解。
『与四郎くんからお話があるの』
二人に歩み寄ってそう言う。
与四郎くんは学園長先生を狙う暗殺者の話をした。
「最近静かだと思っていたが、また出たか」
『また出た?』
三郎くんの言葉に首を傾げる。
「俺たちが四年生の頃、よく学園長先生を暗殺しに暗殺者がやってきていたんだ」
『そうだったんだ・・・』
学園長先生が暗殺者の一人や二人に狙われることなど慣れたものと言っていたのは何も大げさに言っていたわけではなかったらしい。
『でも学園長先生ってどうして狙われるの?無害なお年寄りって感じだけど』
現役忍者を引退した学園長先生が何故暗殺者に狙われるのか合点がいかなくて聞く。
「それは学園長先生が情報をたくさん持っているからだよ。忍者界に広い人脈を持っているんだ」
雷蔵くんが私の疑問に答えてくれた。
戦は情報が命。情報が戦況を左右する。
学園長先生は忍術学園の友好城には頼もしい人物だが、敵対している城からは疎ましい存在なのだろう。
「錫高野さんも大変ですね」
雷蔵くんが眉を下げて言う。
「いんや。暗殺者たちは元風魔忍者。裏切り者の始末は風魔の人間がしなけりゃならん」
始末・・・
その言葉に背筋が寒くなる。
与四郎くんが今やっている任務はプロ忍と同じレベルの任務だろう。
彼の身が心配で胸がざわつく。
「ユキ?」
『え、あ、何?』
「ぼーっとしとったからよー」
目の前で与四郎くんに手を振られてハッと我に返る。
私は心を占める不安を追い払って、与四郎くんに笑顔を向ける。
『次、行こっか』
「そうだな」
私たちは三郎くん、雷蔵くんと別れて再び歩き出す。
すると、遠くの方でひゅん、ひゅん、と土が舞い上がっているのが見えた。
喜八郎くんが穴を掘っているのだ。
一人見つけた、と思っていると、喜八郎くんの穴の方向へと右から滝夜叉丸くんが指で千輪をクルクルと回しながら、左から三木ヱ門くんが石火矢を引っ張りながら歩いてくるのが見えた。
『ラッキー。三人まとめて話ができそうだね』
皆に『おーい』と声をかけながら手を振る。
「こんにちは」
「ユキさんに風魔流忍術学校の錫高野与四郎さん?どうされたのですか?」
「ユキさーん。僕の穴に落ちに来てくれたんですかぁ?」
三木ヱ門くん、滝夜叉丸くん、喜八郎くんが順に言う。
「滝夜叉丸くんの質問は置いておいて、私は穴に落ちる気などないよ」
「つまんなーい。じゃあ、錫高野さんは?」
「俺も遠慮しとくだーよ。痛そうだべ」
苦笑しながら与四郎くんが首を横に振る。
「あれ!皆して集まってどうしたの?」
声に振り向くと、タカ丸くんと守一郎くんがこちらへとやってくるところだった。
四年生勢ぞろいだ。
「あ、あなたは昨日ユキさんを山賊から助けていた・・・」
与四郎くんを知らない守一郎くんが小首を傾げながら与四郎くんを見る。
「風魔流忍術学校の錫高野与四郎だ。よろしくな」
与四郎くんはニコっと笑って自己紹介。
「よろしくお願いします。俺は浜守一郎です」
二人はペコリと頭を下げ合う。
そして与四郎くんは暗殺者の話を四年生にした。
「学園長先生が心配だね」
タカ丸くんが眉を下げる。
『ほんとに。心配だよ』
「でも、先生方もいらっしゃいますし、学園長先生も前線を退いたとはいえ昔は名を知らぬ者はいないというくらい優秀な忍者でした。今回の暗殺者も返り討ちにしてしまいますよ!」
表情を暗くする私を元気づけるように三木ヱ門くんが言った。
「それに我々上級生もこの平滝夜叉丸を筆頭に優秀な忍たま揃いですから」
滝夜叉丸くんの自信に満ち溢れた姿を見ると安心してくる。
『そうだね。大丈夫だよね』
「はい!」
滝夜叉丸くんが大きく一つ頷いた。
「ユキさん怖がる必要はないよ。俺がいるから!ってうわっ」
トンと自分の胸を拳で叩く守一郎くんの姿がヒュンと消えた。
「痛ってっ」
叫び声とドシンという音。
「なーに抜け駆けしようとしているのさ、守一郎」
「痛たた。別にいいじゃないか。それに、穴に引きずり落とすことないだろっ」
「あーもー狭いところで大声出されると声が反響してうるさい」
穴を覗けば喜八郎くんが顔をしかめていた。
「自分で落としておいたくせに」
ツーンとそっぽを向く喜八郎くんにプンスカ怒る守一郎くん。
「二人とも喧嘩はダメだよ~」
穴に向かってタカ丸くんが叫ぶ。
一方の地上では・・・
「滝夜叉丸が暗殺者を倒す?お前の実力で倒せるはずがないだろう。暗殺者を倒すなら、この石火矢のユリコの砲弾を一発ぶちかませば解決だ」
「そんな大雑把な方法で暗殺者が倒せるか!」
「あ!ユリコを馬鹿にしたなっ」
滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんが喧嘩を始めてしまった。
「はぁ毎度毎度・・・仲裁する僕の身にもなってよぉ」
あっちを収め、こっちを収め、二つの喧嘩の間を行き来するタカ丸くん。
『四年生は個性が強い分ぶつかることが多くて大変だね』
「みてぇだな」
「ユキさんも錫高野さんも呑気に見ていないで皆の喧嘩を止めてくださいよぉ」
困り果てたようにタカ丸くんが言った。
『滝夜叉丸くん、三木ヱ門くん、喧嘩はやめて。私は滝夜叉丸くんの千輪も三木ヱ門くんの石火矢も頼りにしているよ』
そう言うと、二人がパッと同時にこちらを向いた。
「ユキさん!もちろんです。この平滝夜叉丸を頼ってください」
「暗殺者が来たら石火矢のユリコで倒してみせます!」
二人が胸を張って言う。
私は頼もしい二人にありがとうとお礼を言った。
そして私は続いて穴に手を伸ばした。
『引き上げるから掴まって、守一郎くん』
「ありがとう!」
ぐいっと守一郎くんを引き上げる。
『どこもぶつけなかった?』
「大丈夫です」
『私、暗殺者と会ったら暗殺者を知らない演技どころか腰抜かして立てなくなっちゃうと思うんだ。
だから、もし暗殺者と会った時に一緒にいたら私のこと支えてね』
「もちろんです、ユキさん!」
守一郎くんは太陽のような明るい笑顔を作った。
『喜八郎くん、学園長先生の庵周辺にも罠を仕掛けておいて。喜八郎くんの罠はいつも完璧だから』
「暗殺者用の穴か~。とびっきり深いのがいいなぁ」
喜八郎くんの瞳がキラリと光った気がした。
私たちは四年生と別れて残りの五年生を探すことにした。
「次は何処に行ったら会えるべかなぁ?」
『そうだね・・・んー』
カーン
ヘムヘムが鐘を鳴らした。
『夕食の時間だ!そうだ!きっとまだ会えていない五年生も食堂に来るよ。食堂に行ってみよう?』
「あぁ。きっと会えるな。それから、おばちゃんのご飯楽しみだーりゃ」
文月に入り、日は長くなっていて、あたりはまだ昼間のように明るい。
そんな中を私と与四郎くんは食堂へと歩いていく。
食堂に入ると、いたいた。
八左ヱ門くん、兵助くん、勘右衛門くんが机に並んで座っていた。
『みんなに話があるから一緒の机に寄せてもらってもいい?』
「もちろんだ」
八左ヱ門くんが頷く。
今日のメニューはA定食が麻婆豆腐定食でB定食がアジの塩焼き定食だ。
私は麻婆豆腐定食、与四郎くんはアジの塩焼き定食を頼んで八左ヱ門くんたちがいる机へと向かう。
「もしかして暗殺者の話?」
勘右衛門くんが聞いた。
『驚いた。いつの間に知ったの?』
「鍛錬場を横切っている時に六年生が話しているのを聞いた」
『そっか』
「暗殺者?」
兵助くんが小首を傾げる。
「説明するだーよ」
与四郎くんが三枚の姿絵を出して暗殺者のことを話し出す。
「風魔の先生方や忍者も必死に奴らを追っている。だけんど、忍術学園の皆さんには迷惑をかけてしまう事になるから・・・」
「錫高野さんがそんな顔することありませんよ」
勘右衛門くんが与四郎くんに首を振った。
「だけど下級生たちは怖がるだろうな」
八左ヱ門くんがアジをゴクリと飲み込んで言った。
『そうだよねぇ』
「下級生への連絡は先生たちからか?」
『うん、兵助くん。下級生たちには担任の先生たちから注意と出会ってしまった時に取るべき行動を指導されることになっているの』
きっと怖い気持ちになっているよね
不安がって寝られなくなる子が出てくるかも
私なんて、暗殺者って言葉を聞いただけで今もこうしてビビっているんだから
そんな事を思っていると「ユキ」と勘右衛門くんに名前が呼ばれた。
「きっと大丈夫だよ」
ニコリ、勘右衛門くんが笑う。
「八左ヱ門もユキも周りを見てみてくれ」
勘ちゃんに言われて食堂を見渡してみる。
「忍の三禁にもあるだろ?恐怖を抱くべからずって。下級生たちは俺たちが思っているほどやわじゃないよ。彼らも立派な忍たまさ」
食堂にはいつもの風景。
友達と楽しそうにおしゃべりしながら食事を取る下級生の姿があった。
「どうやら俺の思い違いだったようだ。下級生は思っていた以上に頼もしい」
『そうだね。見えない敵に今からあれこれ悩むのは良くないね』
それでも、下級生が暗殺者と出会わないように願わずにはいられない。
心の中でお祈りしていると「与四郎せんぱーい」と明るい声が聞こえてきた。
喜三太くんだ。
「おぉ!喜三太」
「まだいてくれて良かったです。お別れの挨拶を言えなかったのかと思ったよ」
「夕食を頂いたら出発だ」
「そっかぁ。寂しいなぁ」
喜三太くんが私と与四郎くんの間に座る。
「えへへ」
「どうした?喜三太」
「大好きな二人に囲まれて嬉しい!」
喜三太くん天使か君は!
私は鼻血が出そうになり手を鼻に持っていった。
「次に会いに来てくれるまでに新しいナメさんダンスをナメさんたちと練習しておくからね」
「楽しみにしちょるよ」
楽しい会話をしているうちに、食事の時間が終わる。
外に出ると空は紅色と紺色のグラデーションで彩られていた。
私、喜三太くんは正門で与四郎くんを見送るために立つ。
「与四郎先輩、仁之進と山野先生に任務気をつけて下さいねって伝えてください。もちろん与四郎先輩も気をつけて下さいね」
「あぁ、伝える。それに仁之進の事は任せとけ。山野先生と俺が守るからよ」
与四郎くんの頼もしい言葉に安心したように表情を崩す喜三太くん。
「ユキ」
与四郎くんが私を見た。
「ぎゅって、させてもらっていいか・・・?」
真剣な瞳でそう言われる。
あぁ、胸が痛い。
与四郎くんは感じているんだ。
今回の任務がどれほど危険なものであるかを。
どの城が学園長先生の暗殺を依頼したのか調べる役割を負っている与四郎くんたち。
情報はどうやって探るのだろう?きっと危険が伴うはずだ。
それに調べている過程で暗殺者を見つけたら、戦って捕まえるか倒さなければならない。
とても危険な任務。
命の保証はない。
私は自分から与四郎くんの首に腕を回した。
『toi!toi!toi!』
ぎゅっと抱きつきながら願いを込めて言う。
「っ!」
そして与四郎くんの両頬に軽くチュッチュとキスをした。
「ユキ~!大サービスだーりゃ!」
片手を頬に当てて目をキラキラさせて私を見る与四郎くん。
「といといといって何だべ?」
『おまじないだよ。何事もうまくいきますようにって願いを込めたの』
「そんなら俺は何があっても大丈夫だべ。ユキの守りが俺を守ってくれる」
『うん。任務を終えて、また元気な顔を見せに来てね』
「なあ、ユキ」
『ん?―――わっ』
「といといとい」
与四郎くんがぐんっと私の手を引っ張って自分の腕の中に私の体を収め、そして私がしたのと同じように私の両頬に口づけを落とした。
「ユキも盗賊のような悪者に出会いませんように。出会っても、また俺がユキを助けられますように」
『心強いよ。ありがとう』
私たちは両手を繋ぎ、向かい合い、微笑みあった。
「じゃあ、行くな」
『うん。行って帰って下さい』
与四郎くんの背中が遠ざかっていく。
「与四郎せんぱーい。またねーーーー!」
『次会うの楽しみにしているからねーーー!』
喜三太くんと大声で叫ぶ。
与四郎くんは振り返って私たちに手を振り、そして、前を向いて駆けていったのだった。