第四章 雨降って地固まる
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22.勝負の後に
もうすぐ裏山を抜ける。
『与四郎くん』
「ん?」
『ここで下ろしてもらってもいいかな?』
「なして?」
『小さい子達を心配させたくないんだ』
「歩けるんか?」
『うん。大丈夫』
私は与四郎くんに下ろしてもらって地面に立った。
未だに震えている体を落ち着けるように数度深呼吸してから足を踏み出す。
ザクザクと土を踏みしめ、藪を抜けると忍術学園の門。
そこには三年生以下の下級生たちが勢ぞろいしていた。
「「「「ユキさんっ」」」」
ろ組の四人が私のもとへと走ってくる。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「置いて行っちゃってごめんなさいっ」
『泣かないで。伏木蔵くん、怪士丸くん』
私のもとまで来た四人は勢いよく頭を下げた。
「でもでも!その肩の傷は!?」
平太くんが私の肩を潤んだ瞳で見つめた。
本当は罪悪感を持たせたくないから言いたくないのだが、ここは忍者の学校。
嘘を言ってもいずれ本当の事が彼らに伝わってしまうだろう。
そう考えて私は正直に話すことに。
『山賊の頭にちょっとだけ切られちゃったの。でも、かすっただけだから切られたと言ってもちょこーっとだけだよ。心配しないでね』
「でも・・・」
孫次郎くんが堪えきれない涙を零す。
私はその涙を指で拭きながら微笑みかける。
『与四郎くんが助けてくれたの。だから私は元気いっぱいで皆の前にいるでしょ?だから泣かないで。
それに四人が助けを呼びに行ってくれたから留三郎たちも駆けつけてくれたんだ。
今頃盗賊たちは四人が呼んできてくれた上級生にこってりお説教を受けているはずだよ』
四人に視線を合わせて一人ずつ頭を撫でる。
『盗賊に会って怖かっただろうによく頑張って助けを呼びに行ってくれたね。ありがとう』
四人まとめてギュッと抱きしめる。
『さあ!もう泣くのはおしまいっ。それより笑顔を見せて。助かったって実感したいから四人の笑顔が見たいなぁ。ダメ?』
「「「「ううん。ダメじゃない!」」」」
可愛い。
ろ組の四人は小首を傾げて尋ねる私にコクリと頷いて、ニコリと笑顔を向けてくれた。
「ユキ。そろそろ」
『あ、そうだね』
ろ組の四人に『また後で』と言って正門へ行こうとしたら、今度は他の組の一年生、二、三年生がどばっとやってきた。
「どうして怪我しているの!?」
「盗賊が出たって本当!?」
「怪我の具合は!?」
一斉に話しかけられて目が回ってしまう。
どの質問から答えたら良いものかと困っていると、パンパンと手を叩く音と「みんな静かに」という、決して大きくはないが良く通る声が皆を静かにさせた。
「雪野くんは怪我の治療をしなければなりません。質問は後にしましょう」
新野先生の言葉に私に質問を投げかけていた忍たま、くノたま達は口を噤んで道を開けてくれた。
「ユキさん・・・」
きりちゃんの横を通り過ぎる時、小さな声で彼は私の名前を呼んだ。
『ごめんね』
「いいんだ。ユキさんが無事だったから・・・」
無理やり笑みを作ってみせるきりちゃん。
『ありがとう』
ポンときりちゃんの頭の上に手を置く。
ヤダ、泣きそう。
私は涙を揉み消すようにきりちゃんの頭をワシワシ撫でた。
『これからの事は、また改めて話そう』
言葉を絞り出して言って、きりちゃんの頭をポンポンと叩き、私は歩き出す。
きりちゃんの涙が零れ落ちたのが見えた。
胸が痛い。
正門をくぐり、入門表にサインをし、新野先生、与四郎くんと共に校舎へと歩いて行く。
振り返る。
もう皆の姿はここからは見えない。
それを確認したと同時に、震えが戻ってくる。
体全体がガクガクブルブルと震えだす。
『っふあっ、ハッ』
おかしな息が私の口から吐き出される。
荒い呼吸が急に始まり、私は焦る。
「ユキ、どうした?」
『過呼、吸、っかも』
じとっとした脂汗が額に浮き出る。
真っ黒な砂嵐の中に入ったような視界。
私は膝に手をついた。
「両手を丸くして口と鼻を覆って。吐くほうを意識して呼吸をゆっくりして下さい」
優しい新野先生の声が聞こえたのと同時に私の体は宙に浮き上がった。
「でーじょうぶだ。落ち着いて呼吸すれば直ぐに治るからな」
与四郎くんの優しく頼もしい声が聞こえる。
私は頷き、新野先生の指示通りに呼吸を繰り返した。
ゆっくりと、視界がハッキリしだし、遠くなっていた耳も元に戻ってくる。
荒かった息も通常に戻る。
「気が抜けて、盗賊と戦った心の負担が一気にきたのでしょう」
『そのようです。情けないです』
「情けないだなんてそんな事はありませんよ。一年ろ組の生徒たちを逃がし、一人で良く戦いましたね。そしてよくぞ生きて帰ってきてくれました」
新野先生の優しいお言葉が胸に沁みる。
なんだか思いっきり泣きたい気持ちになったが、ここで思いっきり泣いた挙句また過呼吸になったら大変だ。私は目頭を抑えて気持ちを堪えた。
保健室に到着し、与四郎くんが私を床の上に下ろしてくれる。
「手伝『わなくて大丈夫ありがとう』
私は私の上衣を脱がそうとする与四郎くんの手をガッと掴んだ。
「えー。さっきは脱がさせてくれただーりゃ?」
『さっきは応急処置でしたから!今は、ほら、新野先生がいらっしゃるからお任せしようと思います』
「えー。もっぺん服脱がしたいだーよー!!」
与四郎くんがダダをこねるように手を上下に振った。
なんて可愛い仕草。これに免じて許しちゃう!なわけないからね!!
『さっきもスケベ心丸出しで治療されていたと思うとユキさんは悲しいよっ』
「男は何時如何なる時でも助兵衛なもんだーよ!」
『開き直らないで頂きたいっ!』
胸を張って言い切る与四郎くんに突っ込む。
「はいはい。漫才が終わったら怪我の治療に入ってもいいですか?」
『っ!す、すみません。宜しくお願いします』
私は与四郎くんの背中を押して衝立の後ろから追い出して、新野先生に頭を下げた。
「ところで、ユキ」
『なあに?』
新野先生に治療していただいていると、衝立の向こうから与四郎くんが声をかけてきた。
「裏山で何かしとったんか?忍術学園の下級生たちも正門前に勢ぞろいして・・・上級生も裏山に来たって言ってたよな。忍術学園全員勢ぞろい・・・」
『あぁ、うん。実はね・・・』
私は与四郎くんに忍術学園事務員の座をかけた三本勝負を行っていたことを与四郎くんに話した。
「そんな事をしとったのか!」
『結果は私の負け』
負け、と口に出した瞬間、キュッと胸が痛んだ。
あぁ、負けたんだ
改めて思うとキツイな。
私は涙が出ないようにぐっと下唇を噛んだ。
私が感傷に浸っていると、
「ユキ」
与四郎くんが私の名前を呼んだ。
『なあに?』
「入ってええが?」
『もう着替えたから大丈夫』
与四郎くんが衝立の中に入ってきた。
「新野先生、ユキの怪我はどうでしたか?」
「けっこう深かったです。十針縫いました」
「そんなに!?すまん!ユキ!」
勢いよく与四郎くんが私に頭を下げた。
『へ?』
「俺がもっと早くユキを見つけとったらっ・・・・」
『ちょ、ちょっと!頭を上げてよ、与四郎くん!与四郎くんがいなかったら私は死んでいたんだよ?与四郎くんは命の恩人。感謝しかないよ』
慌てて彼の肩に手をやって、上体を上げさせる。
『助けてくれてありがとう、与四郎くん』
顔を上げた与四郎くんに微笑みかける。
すると、彼の顔が感極まったと言ったようにくしゃっと崩れた。
「ユキっ・・・!」
『ぎゃあっ』
与四郎くんが思い切り私に抱きついた。
左肩に激痛が走った。
私は与四郎くんにチョップをお見舞いした。
『痛ったいわッ!阿呆かッ』
「す、すまんだーよっ」
私たちのやり取りを見て新野先生が朗らかに笑っている。
笑っている場合じゃないですって!注意してくださいよ、この馬鹿四郎を!
「雪野くんは念のため今晩は保健室にお泊りです。細菌に感染して熱を出す可能性もありますからね」
『分かりました』
「布団引いてあげるだーよ」
『ありがとう、与四郎くん。そこの押し入れです』
「私は他の先生方や生徒たちに雪野くんの怪我の状況を報告してきますね。みんな心配しているでしょうから」
『よろしくお願いします』
私は保健室から出て行く新野先生に頭を下げた。
与四郎くんが敷いてくれた布団に横になる。
「なあ、ユキ」
『ちょっと待て。話の前に何故君は私の布団に入ろうとしているのかな?狭いっ!そして左から入ろうとするなッ。私怪我してるの左肩だから!痛いから!』
「すまんだーよ。だって痛がるユキの顔、可愛いから」
『何頬染めて変態発言しているんだっ。危ないよ。レッドカードだよ。退場だよッ!』
痛がっている人の顔好きとかとんだサディストだよ。
私は自分の肩を両手で抱きブルブル震え、出来るだけ与四郎くんがいる方とは反対の布団の端に逃げた。
「全然話が進まないだーよ」
『与四郎くんが変な事言うからでしょう?で、話ってなあに?』
「うん、ユキ」
頬杖をついて私の横に寝転ぶ与四郎くんの顔は近い。
距離の近さが恥ずかしく、彼の顔を見ていられなくなり、視線を外した。
「ユキ、こっち見るだーよ」
『ん』
顎に手を添えられ、強引に顔を上げさせられる。
熱っぽい与四郎くんの視線と視線がぶつかり合い、私の頬はじわりと熱を持つ。
「忍術学園をクビになったのなら、風魔に来たらいいべさ」
『っ与四郎くん!』
「俺の嫁っ子として。な?」
与四郎くんが私に笑いかけた。
私は心の動揺を抑えて口を開く。
『そ、それは・・・』
「それは?」
『それは出来ないの』
「なして?」
『息子がいるの』
与四郎くんが大きく目を見開いた。
「そ、それって恋仲の男ができて懐妊したってことか!?」
『ううん。違う。養子をもらったの。一年は組にきり丸って子がいるの知ってる?』
「あぁ、乱きりしんの中の一人か」
『そう。彼を養子に迎えたのよ』
「そうだったのか・・・」
ふうむ、と与四郎くんは考え込む。
暫くして「じゃあ」と口を開いた彼は、
「きり丸も一緒に風魔に来て、きり丸は風魔の学校に転校したらいいべ?」
と言った。
アクティブな与四郎くんの思考に私は苦笑い。
『きり丸は忍術学園に慣れているし、友達もいっぱいいる。それに半助さんの事も慕っているから』
「土井先生の事を?」
『そう。長期休暇は半助さんの家に滞在するくらいの関係なんだよ。親子や兄弟みたいな
間柄だと思う』
「それは切り離したら可哀想だべな」
『うん。だから、私はここを出たら、家を借りている町に行って、そこで仕事を探すつもり』
三本勝負が行われるまでの一週間の鍛錬期間、負ける気持ちはなかったが、それでも負けた時の事を考えて、負けたらこうしようと決めていた事を与四郎くんに話した。
言葉にしたことで、忍術学園を離れる事が現実味を帯びて感じられてきた。
学園を去り、仕事を探す自分の姿が頭に浮かぶ。
忍術学園の休暇を心待ちにして、きりちゃんの帰りを待つ自分が想像できる。
忍たまやくノたま、先生方にちょっとやそっとの事で会えない状況になる。
それを思うと胸が切なくきゅっと捩れる。
鼻が痛くなって私は与四郎くんから顔を逸らす。
『与四郎くん、ちょっと、泣く、から・・・見ない、で・・・』
私は右手の前腕を目に宛てがった。
『く、うぅぅ・・・』
情けない声が口から漏れる。
「一人で泣くな。胸、貸すから」
返事をする前に、与四郎くんが私の上に乗った。
首の後ろに手を回され、顔が与四郎くんの胸に引き寄せられる。
私も思わず彼の体に手を回していた。
涙が溢れてくる。
悔しい 悲しい 離れたくない・・・!
胸が引き裂けてしまいそうだ。
お願い、甘えさせて。思い切り泣かせて。
『う、うっ、うわああんっ―――――っんあっ!?!?』
本格的に泣きに入る時だった。私の泣き声が吃驚して止まる。
急に与四郎くんが上からいなくなったからだ。
驚きながら視線を横に動かす。
「あっぶないだーよ。しかも・・・・なんで、骨?」
与四郎くんは私の布団の横で片膝を付き、手には骨を握っていた。
『え、この骨って・・・』
まさか本物じゃないよね!?
私は顔を青くする。
しかし、それは序章だった。
私の顔を更に青くする人物の声が降ってくる。
「僕のテリトリーで何イチャついてくれちゃっているのかな?」
涙も引っ込む。
ギギギと顔を斜め右上に向ければ、そこには満面の笑みを称え、バックに黒いオーラを背負った伊作くんが立っていた。
『ヒッ。何故ここに』
「保健委員の僕がここにいておかしいなんて事ないだろう?新野先生から薬湯を作るように言われて来たんだ。そしたら二人して・・・何やってたの?」
伊作くんは手に骨格標本を持っている。
投げた骨はアレか。少しホッとする。
「俺はユキを慰めていただけだーよ」
与四郎くんが受け止めた骨を伊作くんに投げ返した。
パシッと受け取る伊作くんの顔には黒い笑みが張り付いている。
「ユキちゃんの上に乗ってだなんて随分おかしな慰め方をするじゃないか。しかも布団の中でだなんて。もしかしてヤってるのかと思ったよ」
『や、や、や、ヤってる!?ご、ご冗談をっ』
「それならこれからは誤解を人に与えるような行動は慎むべきだね」
そう言って伊作くんは薬材を薬研に放り込んだ。
『はい。すみません・・・』
「二度目はないからね?」
『はい・・・』
鋭い視線を私に向けたまま、伊作くんはニッコリと笑った。
二度目があったら私は何をされるのだろう?考えるだけで恐ろしい。
私が小刻みに震えていると、
「謝る必要なんてねーよー。俺とユキの仲を邪魔した善法寺さんが悪い」
と与四郎くんがむくれて言った。
『ちょっとやめて。話をややこしくしないで』
「へえ。僕とやる気?」
薬材を薬研でゴリゴリしていた伊作くんが顔を上げて与四郎くんを睨む。
二人は同時にすくりと立ち上がった。
伊作くんは両手に骨格標本の骨を、与四郎くんは錫杖を構える。
うわああ本気モードオオオオオォっ
「俺とユキの仲を邪魔してくれた腹いせをしてやるっ」
『ハッキリ腹いせを腹いせだって言いながら攻撃する人初めて見たよっ』
「ユキちゃんは僕のものなんだ。君なんかに触れる権利はない。 この骨と同じような姿かたちにしてあげるよ!」
『さらっと恐ろしいこと言ってるよこの人!』
飛ぶ骨はカンカン弾き飛ばされる。
ギャーギャーとした言い合いには耳を塞いでしまいたくなる。
ハアァと溜息をつきながら私が転がってきた骸骨を拾い上げた時だった。
『あっ・・・』
くらり
視界が歪む。
崩れそうになる上体を頭に手をやって支えると、手にじわりと熱を感じた。
「ユキちゃん?」
「ユキ?」
二人が喧嘩をやめて私を見た。
『熱、出てきたかも』
「触らせてね」
伊作くんが私の額に手を当てる。
「本当だね。直ぐに薬湯を作るから待っていてね。錫高野さん、井戸に行って桶に水を汲んできてもらえますか?」
「分かった」
与四郎くんが水を汲みに行ってくれている間に薬湯が完成した。
「飲んで」
『うえ。私、漢方系のお薬苦手なんだよね』
茶色く濁った薬湯を見ながら顔を顰める。
「わがまま言わないの。さあ、飲んで」
『うぅ。分かりました』
私は息を止めてぐっと薬湯を喉に流し込んだ。
うえーまずいっ。
「よく飲めたね。偉い偉い」
伊作くんが私から空の茶碗を受け取って私の頭を撫でてくれる。
なんだか子供に戻ったみたいでくすぐったい。
『あ・・・凄い眠気』
「薬の中に催眠作用のある薬材が混ざっているんだ。このまま寝たらいい」
薬の効果って凄いな。
ふらふらなる体を横たえる。
「早く熱が下がりますように」
与四郎くんが私の額に水で冷やした手拭いを置いてくれる。
『気持ちいい。ありがとう』
「ゆっくり休め」
「おやすみ、ユキちゃん」
優しく微笑む与四郎くんと伊作くんの顔がぼんやりと歪み、私は夢の中へと入っていった。
***
「・・・だけ・・・話したい・・・ユキさん・・・」
「だって・・・だよ?・・・報告・・・ダメですか・・・・」
「まだユキは・・・夢の中・・・邪魔しちゃいけない・・・」
賑やかな声で目を覚ます。
まだ寝てから一刻(三十分)も経っていないと思うんだけどな。
「起きましたか?」
そこには与四郎くんと伊作くんの代わりに新野先生がいた。
「外がうるさくて起きてしまったのですね。注意してきます」
『いいえ。大丈夫です。それより、みんなは何を話しているんだろう?私に何か伝えたい事があるみたいな様子ですけれど・・・』
気になるな。
『戸を開けて頂けませんか?皆とお話したいです』
「熱と目眩は?」
『そこまで酷くないです。それより、話が気になっちゃって、聞かないと眠れないです』
立ち上がって衝立から出る。
新野先生は「少しだけですからね」と保健室の戸を開いた。
すると一斉にこちらを向く顔、顔、顔。
一年は組のみんなと山田先生、半助さんが保健室前に集まっていた。
「雪野くん起こしちゃったかい?悪いね」
『いいえ。山田先生』
「「「「「「「ユキさ~~~~ん」」」」」」」」
わっとは組の皆がこちらへ駆け寄ってくる。
『皆どうしたの!?』
その顔は笑顔だ。
廊下に膝をつき、目を瞬く私の前で一年は組のみんなはニコニコしながら顔を見合わせる。
そして「せーのっ」と庄ちゃんが言った瞬間、大きな声が庭中に響き渡った。
「「「「「ユキさん、おめでとーーー」」」」」
『は、はい!?』
笑顔でおめでとうを言われて困惑していると、喜三太くんが私の右手を取った。
「ユキさんは事務員さんを続けられるんだよっ!」
『えぇっ!?』
信じられない言葉。
驚いてみんなの顔を見渡す。
頷いたり、拍手している子。半助さんと山田先生もニッコリ笑っていた。
『それってどういう・・・私は三本目の勝負で出茂鹿之介さんに負けたんだよ?』
「負けたけど」
「負けじゃないんだ!」
兵太夫くんと三治郎くんが言った。
『ちょとよくまだ分からない・・・』
そう言うと、は組のみんなが一斉に話しだした。
おぅ。聞き取れない。
「こらこら、お前たち!一斉に話したんじゃあユキが聞き取れないぞ」
半助さんが皆を諌める。
でも、だって、という一年は組の良い子たちは興奮している様子で、半助さんと山田先生は苦笑を漏らす。
「埒が明かないな。私から先ほどの学園長先生のお言葉を伝えよう」
「「「「「えーーー僕たちから話したいのにっ」」」」」」」
山田先生の言葉に抗議の声を上げる一年は組。
「お前たちが興奮して喋ったんじゃあ何時までたってもユキに伝わらないぞ?ここは山田先生にお任せしような?」
半助さんの言葉に渋々といった様子で頷いた皆。
その代わりとでも言うように、は組のみんなは私の隣に座ったり、後ろに回り込んで抱きついたり、手を握ったり。
『それで、学園長先生はなんとおしゃったのですか?』
「あぁ。こうおっしゃったんだよ」
柔和な顔で山田先生が語りだす。
出茂鹿之介さんがゴールに着いたのと、一年ろ組の生徒が正門に到着したのはほぼ同時だった。
直ぐに学園長先生の命で上級生及び先生方が私を裏山に探しに向かう。
私が学園に帰り着く間に、学園長先生は一年ろ組の生徒から、盗賊と出会った状況の説明を受けた。
私が保健室に入り、そして三本勝負の結果が私が不在のまま出茂鹿之介さん及び忍術学園の皆に伝えられる。
「勝者は雪野ユキとする!」
意外な結果にポカンとなる一同。
いち早く我に返り「待ってください!」と叫んだのは出茂鹿之介さんだ。
「何故、勝者が雪野ユキなのですか?!おかしいじゃありませんか。三本目の勝負で勝ったのは私なのに!」
出茂鹿之介が訳が分からないと言った顔で叫ぶ。
片目を開けて出茂鹿之介を見据える学園長。
「確かに、ゴールに先に着いたのは出茂鹿之介、お主じゃ。しかし、お主は事務員に相応しくない行動を取った」
「っ!」
「そなたは一緒に盗賊と戦って欲しいと穴から助け出してくれた雪野くんの言葉を無視し、一年ろ組の生徒たちを置き去りにして、一人その場から逃げたそうじゃな?このような事は言語道断じゃ!」
事務員として、生徒を見捨てるなどあってはならない。
事務員は事務の仕事だけでなく、生徒たちを先生方と同じく見守る役目を負っている。
「出茂鹿之介、ここまで言ってもまだ反論する言葉はあるか?」
「くっ・・・」
出茂鹿之介は言葉を発せられなかった。
出茂鹿之介は悔しそうに唇を噛んで項垂れる。
「今一度結果を言う!今回の事務員の座争奪戦を制したのは雪野ユキである!」
歓声が、正門周辺に響き渡ったのであった―――――――
『そうだったのですか・・・』
じんと胸が熱くなる。
「ユキさんはいつも僕たちの味方をしてくれる」
「僕たちを見守ってくれている」
「事務員さんに相応しいのはユキさんだって分かっていたよ!」
伊助くん、団蔵くん、虎若くんが明るい声で順に言った。
『良かった。みんなとこれからも一緒にいる事が出来て・・・』
「あ!ユキさんが泣いちゃった」
金吾くんが私の頬に涙が伝ったのを見て声を上げた。
「泣かないで?」
乱太郎くんが手拭いで優しく私の涙を拭ってくれる。
「笑って、ユキさん。僕たち、ユキさんの笑顔が大好きなんだから」
『しんべヱくんっ』
私はしんべヱくんに言われてニコリと笑顔を作った。
途端にみんなからわっと歓声が上がる。
笑った、笑った、とキャッキャと言う一年は組のみんなに私の笑顔は溢れて止まらない。
「よくやったな、ユキ」
『半助さん』
「そして、これからも宜しくな」
『はい!』
私と半助さんは笑顔で握手を交わす。
「熱い」
半助さんが呟いた。
「酷い熱だ」
半助さんが自分の手を私の額に押し当てる。
「雪野くん、部屋の外に出るのはおしまいにしましょう。中に入ってもう一眠りして下さい」
『はい』
立ち上がってみんなに『また後でね』と言い、クルリと皆に背を向けた時だった。
キュッと私の手が取られる。
後ろを振り向くときりちゃんが私の手を握っていた。
「ユキさん、あのね、勝ってくれて、ありがとう!」
はにかみながら私にそう言ってくれるきりちゃん。
私はギュッときりちゃんのことを抱きしめる。
「あーズルーイ」
「僕も僕もーーー」
「コラーお前たちっ。ユキは寝るんだから迷惑をかけるんじゃない!」
『アハハ。いいですよ、半助さん』
私は一年は組の皆を一人一人ぎゅっと抱きしめてから保健室へと戻ったのだった。
高い熱が続く。
汗をびっしょりかいて何回か小袖を着替えた。
目が覚める度に陽が落ちていくのを感じる。
肩の痛みと熱にうなされる。
『ん・・・』
私はふと目が覚めた。
「ユキさん・・・ているかな?」
「起きてくれないかな・・そしたら・・・」
「今夜は無理かな・・・」
「・・・一日遅れでもいいさ・・・取り敢えず僕たちだけで・・・」
のそりと布団から起き上がって衝立の後ろから出た。
汗はかいていない。どうやら汗はかききったようだ。
新野先生は保健室にいらっしゃらない。
保健室の外はガヤガヤしていて、時折私の名前が聞こえてくる。
私は保健室の戸を開いた。
「あ!」
ナメ壺を両手に持った喜三太くんが私を見て声を上げた。
その声に気がついて一年は組のみんなが一斉に私の方を向く。
「ユキさん起きたんだ!」
団蔵くんが駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
不安げに聞いてくれる乱太郎くんに首を横に振る。
『ふと目が覚めたんだ。それより、みんなここに集まってどうしたの?』
「うん。実はね、ユキさんが起きていたら七夕に誘おうと思っていたんだ」
伊助くんが言った。
あぁ、そうか。今日は七夕か。
空を見上げると見事な天の川が空に煌めいていた。
「七松小平太先輩が山から笹を刈ってきてくれて、みんなでユキさんの怪我が治りますようにってお願いしようって事になったんです」
『私のために?嬉しいな』
「身体が辛くなかったらユキさんも一緒に行かない?」
兵太夫くんが首を傾げてニコニコ笑いかけてくれる。
私はもちろん!と満面の笑みをみんなに向けた。
「「「「「やったーーーー!」」」」」
『着替えてくるからちょっと待っていてね』
事務員の忍装束に着替えてみんなのもとへ。
は組のみんなは私の周りを飛び跳ねながら色々と話しかけてくれる。
「ユキさんの世界にも七夕はあった?」
『あったよ、三治郎くん』
「僕、お菓子がいっぱい食べたいですって短冊に書くんだぁ」
『ふふ、しんべヱくんらしいね』
そうこうする間に七夕の催しを行っている場所が見えてきた。
中庭の一角が松明で明るく照らされている。
「ユキさんだ!」
私に気がついた三木ヱ門くんが叫んだ。
その場にいた皆の目が私に集中する。
なんだか恥ずかしいな。
「もう起きても大丈夫なのですか?」
『うん。大丈夫。多分』
滝夜叉丸くんの質問に視線を外しながら答える。
「多分ってもしや無断で抜けてきたとか?」
『アハハハハ』
守一郎くんの言葉には笑ってごまかすしかない。
「髪結んでいないんだね。それに寝起きかな?グチャグチャだ。結んであげる」
『ありがとう、タカ丸くん』
「ユキさん」
ピト
喜八郎くんが私の腕をとって体を私の体に寄せてきた。
「怪我はまだ痛む?」
『まだ痛むけど、熱が下がったからかなり体は楽になったよ』
「良かった。でも、無理しちゃダメですからね?」
『うん。ありがとう』
喜八郎くんの頭を撫でると満足そうに目を細めた。
「ユキさんっ短冊もらってきました。書きましょう」
『ありがとう、庄ちゃん』
私は四年生たちと別れて一年は組のみんなと机へ向かった。
みんなで思い思いに願い事を書く。
ナメさんたちが幸せでありますように
剣の腕が上達しますように
字が上手になりますように
足が速くなりますように
アルバイトがたくさん入りますように
そして、みんな私のことも短冊に書いてくれていた。
“ユキさんの怪我が早く治りますように”と。
「短冊いっぱいあるから、いーっぱいお願い事しちゃうんだ。アハアハ」
『きりちゃんは欲張りさんね。でも、私もそうしちゃおう』
私も欲張って、何枚か短冊を書いた。
「皆で括りに行こう」
庄ちゃんが声をかけてくれる。
一年は組の子達はあそこがいい、ここがいい、と散り散りに駆けて行った。
私はその背中を微笑ましい思いで見送って、自分の短冊を括るために手を伸ばす。
『痛っ』
「大丈夫かい?」
『半助さん』
いつの間にか後ろに半助さんが立っていた。
「コレを括りたいのかい?」
『そうなんです』
「やろう」
『ありがとうございます』
半助さんが私の手から短冊を受け取って、笹に括りつけた。
後ろから抱きすくめられるようなかたちになって何だか照れる。
「ユキは自分の力でこの願い事を叶えたね」
一人顔を赤く染めていると半助さんが言った。
風に揺れる短冊には“忍術学園の皆といつまでも一緒にいられますように”の文字。
『これからも皆と一緒にいられる事になって良かった』
半助さんと微笑み合う。
「ユキ」
突然後ろから声がかかった。
振り向けば学園長先生だ。
「今日はよく頑張ったのう」
『最後の勝負のお沙汰、ありがとうございます、学園長』
深々と学園長先生に頭を下げる。
「なになに。ユキが礼を言う事ではない。これは公平な審査の結果じゃ・・・。しかし、おや。複雑な顔をしておるのぅ」
顔に出てしまっていた事に自嘲する。
「何を思っておるのかの?」
学園長先生が私に問いかける。
この人に隠し事は出来ないな。
私は軽く息を吐き出して、自分の思いを口に出した。
『私、不安だったんです。私は忍者じゃない。知識もない。
かといって小松田さんのように侵入者を感知できる特殊能力もない。
平々凡々の一般人の私にこの忍術学園の事務員が務まっているのだろうかって』
「そんな事を思っていたのかい?」
吃驚したように半助さんが言った。
『えぇ。だからこの一週間必死でした。少しでも忍者に近づこうって。自分なりに頑張りました。
だけど、それは私の中の能力を最大限に伸ばしましたけど、皆さんの実力には足元にも及ばない。
だから、こんな事を言ってはなんですが・・・こうして勝った今でも不安なんですよ。私、事務員でいいのかなって』
私は一気に言い切って俯いた。
シンとした空気の中、唇を引き結んで情けない自分の事を考えていると、ため息が一つ聞こえた。
「勘違いしとるのう」
『え?』
学園長先生に虚ろな目を向ける。
学園長先生は微笑んでいた。
「確かに、ここは忍術学園。忍者を育てる学校じゃ。事務員が忍術にまるっきし興味がないというのは困る。
しかし、お主はよく勉強しておった。それも三本勝負が決まる前から」
『知っていたんですか・・・?』
「学園で起こることは全てお見通しじゃ」
ニッと学園長先生が笑う。
「それに雪野くんは知らない。どれだけ雪野くんが皆に必要とされているかを。
愛されているかを」
家族から離れた下級生が甘えられる存在
危険な任務に赴く上級生の心の拠り所になれる存在
人を疑わない性格は、忍びを志す者、忍たちの心を洗う
温かく広い心でみんなを受け止めてくれる
「雪野くんは皆にとってそんな存在じゃと儂は思う。この他にも、雪野くんの
良いところをあげだしたら切りがないぞ。のう、土井先生?」
「そうですね」
「と言う土井先生もユキがいなくなっては困る一人じゃ。愛されておるんじゃぞ、お前さんは、ユキ」
「あ、あああ愛!?が、学園長先生っ!!」
真っ赤になる半助さんの前で、私は学園長先生のお言葉に堪えきれない涙を零し、涙を手で拭っていた。
『ありがとうございます』
涙混じりの声で言い、頭を下げる。
「雪野くんは忍術学園の誇る事務員さんじゃ。これからも宜しく頼むぞ」
『はい!』
私は学園長先生の言葉に満面の笑みで返事を返した。
「あー!ユキちゃんったら来ていいの!?」
伊作くんを先頭に六年生たちがやってくる。
『この笹、小平太くんが持ってきてくれたんだってね。ありがとう』
「このくらいいけいけどんどんさ!」
「・・・ユキ、願い事は飾ったか?」
『まだ全部は飾りきってなくて』
長次くんに手元の短冊を広げて見せる。
「随分たくさん書いたな。くくっ。欲張りなことだ」
『ふふ、仙蔵くん。だって一人一つのお願いなんて決まりはないでしょう?』
「ほら、貸せ。飾ってやる」
『ありがとう、文ちゃん。優しい』
「バカタレ。これくらい当然だ」
「ぷっ。文次郎、顔が赤くなってるぞ。相変わらず初心なこった」
「なにぃ留三郎。喧嘩を売っているのか?」
やいのやいのと騒ぐ六年生を見ていると、腕を引かれる。
「ユキ!向こうにおばちゃんが作った団子があるんだ。食べに行こうぜ」
私の腕を引っ張ったのは勘右衛門くん。
他の五年生の姿もある。
『お団子食べたい!』
五年生についていこうとするが・・・
「五年生っ。ユキを何処へ連れて行くつもりだ?私たちの前から掻っ攫おうとはいい度胸だな」
「ひっ。立花先輩っ」
悲鳴を上げる八左ヱ門くんと顔を引き攣らせる五年生の面々。
「ユキちゃんは保健委員の僕の傍にいないとね?行かせはしないよ?」
冷や汗を流す私。
私の目の前を通り過ぎていく骨格標本の骨、焙禄火矢。
「えええっなんで骨!?」
兵助くんが悲鳴を上げながら得意の寸鉄で骨格標本コーちゃんの骨を打ち返す。
一方では投げられた焙禄火矢を長次くんがトス、小平太くんが
「いけどんスマーッシュ!」
「わわわ、逃げろ雷蔵」
「右に逃げるべきか、左に逃げるべきか」
ドゴーーーン
ドゴーーーーーン
結局、迷っている意味なんてなかった。
仙蔵くんが連発して焙禄火矢を投げ、長次くんがトスし、小平太くんがスマッシュをいたるところに決め込むのだから。
「ユキさん!こっちに避難しよう。一年は組のみんなもいるよ!」
手を引いてくれたのはきりちゃんだ。
『うん。そうしよっかな』
私はしっちゃかめっちゃかになっている背後の風景を笑ってから、きりちゃんに手を引かれ、お団子を食べに行ったのだった。