第四章 雨降って地固まる
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21.三本勝負 後編
正門前で柔軟を行う。
もうすぐ運命の三回戦の火ぶたが切って落とされようとしている。
学園長先生に見せられた地図を念のため頭の中に叩き込む。
一年生たちがコースを外れないように立っていてくれているから走ることに集中して大丈夫なのだけれど。
「用意はいいかの?」
『「はい」』
「では、始め!」
学園長先生の声で私は走り出した。
後ろから聞こえる「行っけー」「頑張れよ!」といった応援の声。
一生懸命に走る私。
全力疾走だ。
でも、出茂鹿之介さんは男。プロ忍に近いそこそこの実力を持つ男。
私よりも足が速かった。
まだ山道には入っていない街道を走っているが、既に差がついてしまっている。
兎に角、これ以上引き離されないようにしないと。
私は懸命に出茂鹿之介さんの背中を追いかける。
「ここから山道でーーす!」
「ユキさん負けるなっ」
「頑張って!」
乱きりしんが道案内と応援をしてくれている。
出茂鹿之介さんの後を追って、私は山道に入った。
小平太くんたち体育委員さんと時々裏山へ走りに来ることのある私。
裏山の地形、そして“罠”のある場所も大体把握していた。
私は内心でニヤリとほくそ笑む。
雑草の覆い茂った地帯。
かかれ!出茂鹿之介さん!
「うわっ」
『っしゃあ!』
出茂鹿之介さんが草を結んだ罠に足を引っ掛けて転んだ。
私は彼の横を通り過ぎる。
私も罠にかかる可能性はあるのだけれど、自分の運を信じよう。
出来るだけ大股で雑草地域を通り過ぎる。
「待て~~~~~」
『げっ。もう追いついてきた』
ヒュンッ
『え?』
カツン
『えぇっ!?』
直ぐ横の木に手裏剣が突き刺さった。
おおおおいい、お、お前当てる気満々だっただろうっ!
『あ、危ないじゃない!』
「ふん!学園長先生の言葉を聞いていなかったのか?当人同士の妨害は何でもありの試合だ」
『だ、だからってか弱き乙女に向かって!』
「か弱き乙女に忍術学園の事務員が務まるかよっと!」
私は横に飛んだ。出茂鹿之介さんが更に手裏剣を打ってきたからだ。
「先に行かせてもらうぜ」
『させるか!まきびし!』
「なぬっ!?」
私はまきびしを撒く。
こちらへ走ってこようとした出茂鹿之介さんがその場でたたらを踏んだ。
『じゃ、お先』
「くそっ。待て!」
待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる?
私は今だとばかりに走り出す。
「ユキさん頑張れ!」
「あ!出茂鹿之介が追ってきてる」
「走って走って」
「武器を持ってる。気をつけて!」
一年い組、伝七くん、左吉くん、一平くん、彦四郎くんが順に言う。
「これでもくらえ!」
トンと背中に何かが当たった。
途端にポンという音と共に弾けた何か。
視界が真っ白になる。
ぶわっと流れ出す涙。
『催涙弾!?』
「うわっ。目が痛いよ~」
一平くんの声が聞こえる。
『みんな大丈夫?』
「ユキさん、何悠長に立ち止まっているんです!?」
佐吉くんが怒って言った。
「僕たちは大丈夫ですから先を急いで下さい」
「出茂鹿之介を追いかけて!」
彦四郎くんと伝七くんが言ってくれる。
『みんな直ぐに忍術学園に帰ってね』
「「「「分かったから早く行って!」」」」
『う、うん!』
後ろ髪が引かれる思いだが、泣いてはいたものの、催涙弾なので時間が経てば治るだろう。
私は一年い組の子達に背を向けて走り出す。
「ユキさん、頑張ってーーー」
「追いかけて!今行ったばかりだよっ」
は組の子達がそこかしこに立っていて声をかけてくれる。
急な山道。息が上がるが、止まっている時間はない。
何が何でも追いつかなくちゃ。
頼む、追いつけ、私の脚!
自分の脚を元気づけるようにパンと手で叩いた時だった。
遠くの方に出茂鹿之介さんの背中が見えた。
そして、消えた。
出茂鹿之介さんが消えたあたりまで来た私は何故彼が消えたのかその理由を知ることとなる。
穴に落ちたのだ。喜八郎くん、ナイス!
「落ちました~」
「落ちましたねぇ」
「「やったぁ~」」
穴の近くへと一年ろ組の生徒たちもやってきた。
伏木蔵くんが穴を覗き込み、怪士丸くんが両手をぐっと握り、平太くんと孫次郎くんがハイタッチをしている。
喜八郎くんの掘った穴は深い。
すぐには出てこられないだろう。
私ってラッキー!
さすがは自他共に認める強運女!
私が自分の強運っぷりを自画自賛しながら足を踏み出した時だった。
ガサッ
ん?
前方斜め右の茂みが揺れた。
『え・・・』
「「「「?!?!」」」」
私は息を飲んだ。
天国から地獄。最悪だ・・・
「ほう。ガキと女か」
『あ、あんたたち何者!?』
「へへ。盗賊団だよ、ねーちゃん」
ニタリと盗賊が笑った。
茂みから出てきたのは五人の盗賊だった。
腰には刀を差している。
まさかこんなところで盗賊と出会うなんて!
『出茂鹿之介さん!』
私は慌てて出茂鹿之介さんが落ちている穴を覗き込んだ。
「なんだ?」
『盗賊です。手を貸すので上がってきてください!!』
私は出茂鹿之介さんに手を貸して思い切り引き上げた。
どうにか無事に出茂鹿之介さんを穴から引き出すことに成功。
そこそこ強い忍者の出茂鹿之介さんと一緒に戦えば、山賊たちから逃げられる可能性が高い。
と思ったのに――――
「催涙弾!」
白煙に包まれる空気
「ごほっごほっ、何だ!?」
「目が痛てぇ」
「あ!逃げるぞ」
「逃がすな!」
「いや待て。逃げたのは男だけだ」
空気に押し流されて消えていく白煙―――――
「ハハハ。馬鹿を見たな!これで事務員の職は俺のものだ!!」
見えたのは、高笑いしながら去っていく出茂鹿之介さん・・・出茂鹿之介の
後ろ姿だった―――――
『あんの野郎、兵太夫くんが言っていた以上のクズだなオイイィィ!』
なんてこった!
五人の男対忍たま一年生四人と私。
戦っても勝機はないに等しい。
この子たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。
私は盗賊に向かい合いながら首だけ後ろを振り返る。
『ろ組の良い子達、聞いて!忍術学園に戻って先生か上級生を連れてきて!』
「で、でも」
平太くんが声を揺らして言う。
『私が引きつけておくから、早く!』
「ダメだよ!ユキさんを置いては『いいから行きな!!』
孫次郎くんの声を遮って叫ぶ。
「「「「わ、分かりました!!」」」」
弾かれたように走り出す一年ろ組の良い子たち。
私の野太い男のような怒鳴り声が彼らを反射的に動かした。
山を下っていく一年ろ組の四人。
「兄貴、ガキ共が・・・」
「は?ガキなんかどーでもいいんだよ。女さえいればな」
兄貴と呼ばれる盗賊の言葉に仲間たちが下卑た笑い声を上げた。
考えて。冷静に。
進行方向に進んではダメ。一年生の忍たま達がいるから。
後ろも忍術学園へ戻る途中の忍たまたちに会っては困る。
左下は忍術学園の方向だけど、ろ組のみんなに追いついてはいけない。
残る道は盗賊のいる方向。
私は胸元から四年生にもらっていた卵を出した。卵は薄い紙で包まれている。
これには焔硝、生姜・塩・酢・胡椒・唐がらし・山椒などが中に入っているそうだ。
目潰しになる。
斜堂先生や他の先生、上級生たちに鍛えてもらった成果を出すのよ!
私は自分を叱咤激励しながらまずは盗賊の頭に向かって卵を投げつけた。
「うわあっ!」
命中!
私は残りの四つも順に投げつける。
五発三中。頑張ったよね、私!
「くそう。目が目があああああぁ」
頭のセリフが某大佐だとか笑っているバヤイではない。
私は盗賊たちの横を通り過ぎて山を登っていく。
「追いかけろッ。あのアマを追いかけろッ」
怒った頭の声が背中から聞こえてくる。
『ハァ、ハァ、ハァ』
獣道をひた走る。
後ろからは盗賊たちの怒れる声。
私の足では直ぐに追いつかれてしまう。
どうしようと思っていた時だった。
『ん?あれは』
地面に草の船が置いてあった。
これは罠の印だ!
私は慎重に罠のあるであろう場所を避けて通り、山賊たちを待つ。
「追いついたぞ!」
さも走って、息切れして、もう走れないと言ったように両膝に手を置いていた私は盗賊たちを見て走り出す。
「追いかけろっ」
頭が叫んで部下たちを先頭にこちらへと走ってくる。
その途端に後ろから上がった悲鳴。
チラと後ろを向くと部下二人が網に掛かって宙吊りになっていた。
「兄貴ぃ」
吊り上げられた盗賊の子分が情けない声を出している。
「後で助けるから待っておけ。行くぞ、お前ら」
「「へい!」」
再び命懸けの追いかけっこが始まった。
あ!今度は棒が縦一列に三本置いてある。
私は思いっきりジャンプした。
セーフ。私は罠にはかからなかったようだ。
「待て待て待てーーー!うわあ」
「ぎゃあっ」
後ろを確認すると、二人の部下の姿が消えていた。
代わりに大きな丸太が振り子の原理でぶらんぶらんと左右に揺れている。
どうやらあの丸太に部下二人は突き飛ばされたらしい。
「舐めたまねしやがって」
ピキキと青筋を浮かべた盗賊の頭が私を追ってくる。
私は走った。
罠の印を見落とさないように気を付け、ジャンプして罠を避ける。
しかし、あれ?何度か罠を切り抜けたのに、後ろにいる盗賊の頭の悲鳴が聞こえてこない。
チラと後ろを振り返る。まだ追ってきている。
『はあっ、はあっ、どうして・・・?』
「お前の通った場所をなぞるように通れば罠には引っかからない!残念だったなッ」
『くうぅ』
頭の良い頭だ。
私は罠に頭が引っかかってくれない事に顔を歪める。
自分が追い込まれてきているのが分かる。
迫り来る盗賊の頭。
焦る心。
その時、私はハッと閃いた。
私は懐から防犯ブザーを出す。
思い切り引っ張る。
『小型爆弾』
「何!?」
私はうるさく鳴り響く防犯ブザーを盗賊頭に投げつけた。
「うわあああっ」
真っ青な顔をして元来た道へと逃げた盗賊の頭。
今のうちに逃げよう!
上がる息
痛い脇腹
絞められたような喉
あの大音量のブザーが私の位置を知らせてくれることにもなる。
私は誰かが助けに来てくれるのを期待しながら走り続けていたのだが―――――
『あ・・・しまった』
藪を抜けた先は崖だった。
降りようと思えば降りられる、のか?
いや、無理だろ。70度近くはあるわこの斜面。
引き返して別の道を・・・
「見つけたぞ!」
元来た道を戻ろうとした私は体を跳ねさせる。
藪から出てきたのは盗賊の頭だった。
「よくも小型爆弾などと謀ってくれたな」
『くっ』
私は胸元に手を入れた。
四年生からもらった手裏剣が出てきた。
五枚の手裏剣を出し、盗賊の頭に向かって構える。
「あ?お前、くノ一なのか?」
『お前に答える義理はない!』
私はビュンと手裏剣を打った。
しかし、カキンッ!弾き返されてしまう。
く~~ちゃんと真正面に飛んでいったのに!
「ハハッ。くノ一と言っても女は女だ。ひねり潰してやる。それから可愛がってやるよ。おっと」
カキンッ
もう一枚追加で打った手裏剣もいとも簡単に弾き返された。
「無駄だ!無駄だ!!」
高笑いする盗賊頭。
考えて。
投げ方を工夫して。
私は残りの三枚を連続で打てるように準備する。
打ち返しにくいようにバラバラの場所を狙って連続して投げよう。
「無駄な抵抗はやめな、ねーちゃん――っ!?」
カキンッ
カキンッ
「ぐっ」
顔を歪める盗賊。
当たった!!
私の打った三枚のうちの一枚が盗賊頭の太ももに突き刺さった。
「ってめぇ!」
盗賊頭が太ももに突き刺さった手裏剣を引き抜いた。
そこからは血が流れ出している。
痛そうに顔を歪めている山賊頭だが、痛みよりも、憎悪の感情が勝っているらしい。
私を鬼のような形相で睨みつけている。
「もういい」
突然、山賊頭が低い声で呟いた。
『え?』
「殺してやる」
ぞぞぞっと背中に走る戦慄。
た、戦わなくちゃ!
真っ白になる頭。
私は震えながら半助さんからもらった守刀を取り出した。
鞘を抜く。
キラリと太陽を反射して守刀が光った。
私は、この刃で、この男を、刺すの?
「死ねーーーー!」
馬鹿!考えている場合じゃないッ。
私は守刀を両手で持ち、横に倒した。
ガンッ
強い衝撃
私の手から守刀が落ちた。
慌てて地面の守刀に手を伸ばす。
「けっ。させるかよ」
守刀が盗賊頭によって踏まれた。
盗賊頭が大きく刀を振り上げる。
私は後ろへと飛び退いた。
ブンッ
刀が空を切る音。
避けられた!
だが、攻撃の手が緩むはずもない。
私は懐から苦無を出す。
横に薙ぎ払うように刀を振る盗賊の頭。
キンッという音と共に私の苦無が飛んでいく。
再び振り上げられた刀。
そして―――――
『痛っ』
飛び退くのが遅かった。
ピッと私の左肩が切れた。
衣が破れ、そこから赤い線になって血が噴き出す。
「良い顔だ。その歪んだ顔、いいぜ?」
舌舐りする盗賊頭の顔を見て虫ずが走る。
私は左手を懐に突っ込んだ。
まだ腕は動く。この傷はきっと深くない。
頭が興奮しきっているから痛くないだけかもしれないけれど。
私は後ろへ下がり、盗賊頭との距離をとり、苦無を構えて狙いを定めた。
斜堂先生、私、死にませんから。
教えてくださったこと、無駄にしませんから。
ゆらりと歩いてくる盗賊頭は私が苦無で刀と戦うと思っているのだろう。
刀を下ろし、ずりずりと地面を擦って近づいてくる。
嗜虐欲にギラギラと光る瞳。
私はニタニタ笑う盗賊頭に向かって思い切り苦無を投げつけた。
「なっ!?ぐふっ」
『これでお相子ですね』
私は盗賊頭の左肩に苦無を刺すことに成功した。
ハハ・・・一矢報いてやったよ。
私はガタガタと震える握りこぶしを握って構えた。
もう懐には何の武器も入っていない。
後ろにチラッと視線をやる。
崖から飛び降りる?
いや、そんなことすれば確実に死んでしまう。
それならば、万に一つの可能性をかけて、盗賊頭と戦おう。
盗賊頭が刀を振り上げた。
太陽光を反射して不気味に光る白刃。
浅くしていた私の呼吸が自然と止まった。
何もかもがスローモーションに見える。
後ろへは飛べない。横だ。横に飛べ!
私は飛んだ。
ヒュンと刀が空を切る音が聞こえる。
私の体はドンと地面に倒れた。
「お遊びは終わりだ。ねーちゃん」
ドシドシと近づいてきた盗賊の頭。
刀が私の上に垂直に向けられる。
目を逸らすもんか。
私は、私を殺そうとするこいつの顔を、最後まで見ていてやるっ。
真っ直ぐに心臓に向かって突き下ろされた白刃。
私はやってくる痛みに奥歯を噛み締める。
その時だった――――――
ガンッ
強い金属音が耳に響いた。
『え・・・?』
目の前で白い布が翻る。
私は顔を輝かせて、目の前にいる、久しぶりの人物の名前を叫んだ。
「ユキ!」
『よ、与四郎くん・・・!』
「でーじょうぶか!?」
『与四郎くん!!』
私は彼が助けてくれたことが嬉しくって、彼の質問に答えるのも忘れて、与四郎くんの名前を叫んでいた。
「ユキを傷つけたこと、許さない」
ダッと与四郎くんが走り出す。
ガキンッ ガンッ ドスッ
『嘘。つ、強い・・・』
勝負は一瞬にしてついた。
私が苦戦して、殺されそうになったのが嘘みたいに。
与四郎くんは錫杖で剣を弾き、薙ぎ払い、盗賊頭の頭の後ろを強打した。
いまや盗賊頭はピクリとも動かずに地面に伏している。
スゴイや、与四郎くん!
「ユキ!」
『ありがとう』
「怪我しただーりゃ!?」
『肩切られちゃって』
「手当する。上衣脱げるか?」
『うん。痛っ』
「脱ぐの手伝うだーよ」
『ごめんね。迷惑かけて』
「迷惑なんてことねぇ。ユキが無事で良かっただーよ」
『助けてくれてありがとう、与四郎くん。ホント、死ぬとこだっ、た・・』
浮かんできてしまった涙を袖で拭う。
与四郎くんが優しく私の頭を撫でてくれた。
途端に、安心したのか先程より強く体の震えが出てくる。
本当に情けないくらいガタガタと震える私。
そんな震える私の衣に手をかけて、与四郎くんが服を脱がしてくれている時だった。
「ん?あの音は?」
ビイィィーーーーーという電子音が近づいてくる。
「これはユキの持ってた南蛮式最新小型爆弾、じゃなくて・・・」
『防犯ブザーの音。盗賊たちから逃げる時に投げたんだ』
暫くすると、前方の茂みが揺れた。
「ユキ!!」
『留三郎!長次くんに小平太くんも!』
出てきたのは六年生三人だった。
『見つけに来てくれたんだ』
「あぁ。一年ろ組の話を聞いて上級生で裏山に入ってお前を探していたんだ。そしたら聞いたことのある音が聞こえてきてってのはどうでもいい。お前!怪我しているじゃねぇか!」
叫ぶ留三郎に肩を竦める。
『切られちゃったんだ。でも、殺される前に与四郎くんが助けてくれて』
「間一髪だっただーよ。間に合って良かった」
与四郎くんが私の傷にさわらないように私を抱きしめた。
上衣脱いだ状態だからちょっと恥ずかしいのですが・・・
「・・・まずは傷の手当てだ」
冷静に長次くんが言った。
「おぉ。そうだ。縁笈(えんおい)の中に治療道具が入っている。出してくりゃーな」
長次くんが与四郎くんが背負っていた箱の中から治療道具を出している間に与四郎くんが私の前掛けの紐を解いた。
『あぁ・・・無残』
ブラジャーの左肩紐が切れ、右肩だけで体にぶら下がっている。
私は胸が見えないようにブラジャーごと左胸を抑えた。
手際よく、私の治療をしてくれる与四郎くん。
手当してもらっている間に留三郎に止め方を言って煩い防犯ブザーを止めてもらう。
『ありがとう』
「応急処置だから忍術学園の校医の先生に見てもらうんだーよ?」
『うん』
「なぁ。コイツどうする?」
与四郎くんから視線を移した私は目を剥いた。
小平太くんが盗賊頭の胸ぐらを掴み、宙に持ち上げていたからだ。
『小平太くぅん!?』
「ユキを傷つけたコイツ、許せない」
獣のように鋭い視線を盗賊頭に向ける小平太くんの手には苦無が握られていた。
慌てる私。
『お、落ち着こう!私は、まあ、与四郎くんのおかげで軽傷だったわけだし!』
「しかし、間一髪、殺されかけたんだろう?」
『そ、そうだけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうか。落ち着こう、小平太くん。ゆっくり盗賊を下ろして。ね?下ろして。さあ』
忍者怖ぇよッ。
目には目をのハンムラビ法典かよッ。
兎に角、私は小平太くんが盗賊頭を地面に下ろしてくれてホッと息を吐き出した。
『だからといって、このまま野放しにしちゃったら、私に恨み持ってこの辺を去らないで彷徨かれても困る。この盗賊の他にも仲間が四人いるの。それぞれ裏山の罠にかかっているんだ。全員集めてお説教して、この山には近づかないように言ってくれたら嬉しいな』
「いいのか?自分を殺しかけた男だぞ?そんな生温い対処でいいのか?」
小平太くんが眉をひそめながら聞く。
『いいんだよ。誰も死なないなら、それが一番いいから。あ、でも、思いっきり締め上げてね。もう盗賊やらない!ってくらいガツンと怒ってやって』
私はニッと笑ってグンッと右拳を宙に突き上げた。
「じゃあ、ユキ。忍術学園まで運んでいくだーよ」
与四郎くんが横に置いていた箱、縁笈を背負い、私を横抱きにした。
『え!?いいよ。切られたの肩だし!』
「そんな震えた足じゃ立てねーよぉ」
私は自分の足を見た。
生まれたての子鹿のように震えてしまっている。
恥ずかしい・・・
『すみません。よろしくお願いします』
「任せとけ」
ニッと与四郎くんが笑った。
「俺たちは残りの盗賊を見つけるのと他の上級生にユキが見つかったのを伝えてくる」
『留三郎、よろしくお願いします』
留三郎、長次くん、小平太くん(盗賊頭を担いで行った)が去っていく。
「俺たちも行くだーよ」
『うん。お願いします』
私は与四郎くんに横抱きされて裏山を下っていく。
あぁ、負けたな―――――
命拾いして思うのは試合のこと。
今頃、出茂鹿之介さんは事務員の職を得たと狂喜乱舞しているところだろう
ごめん、みんな・・・
私は応援してくれた皆の事を思い、与四郎くんの腕の中で出そうになる涙を必死に堪えたのだった。