第四章 雨降って地固まる
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20.三本勝負 前編
土曜日の午後。
「留さん!」
伊作の声に振り向いた。が、伊作がいなかった。
「留さ~~~~ん」
「はぁ。やっぱりか」
伊作は毎度毎度の期待を裏切らず、喜八郎の穴に落ちたようだった。
深い、深い穴を覗き込む。
「怪我ないか?」
「お尻をぶっただけ。怪我はないよ。それにしても喜八郎の奴、随分深く掘ってくれたものだね」
「来い、伊作」
「うん。よっと」
伊作が飛び上がって伸ばしていた俺の手に掴まった。
穴の中から伊作が出てくる。
喜八郎が最近やたらと深く穴を掘っていたのは知っていた。
ある日「随分深く掘るんだな」と穴に向かって声をかけたら「ユキさん、いなくなっちゃうかもしれないんですよね」と質問とは違う、泣きそうな声が返ってきたのは、つい数日前の話。
その時はうじうじする喜八郎に活を入れたっけ。
ユキを信じるように、と。
これは自分自身にも向けた言葉だったりする。
「中庭へ行こうか」
「あぁ、そうだな」
伊作の声で喜八郎との回想から我に返る。
これから中庭でユキと出茂鹿之介さんが学園長先生から三本勝負の内容を伝えられ、競い合うのだ。
中庭には既に多くの忍たま、くノたま、先生たちが集まっていた。
どの顔も緊張しているようだ。
もちろん忍術学園の俺たちは皆ユキの事を応援している。
しかし、出茂鹿之介さんはプロになれる程の実力を持つ男。
普段は忍者のアルバイトをこなしているという。
一方のユキはこの一週間鍛錬を積んだとは言えズブの素人。
不利なのは明らかだ。
いや・・・信じてやらないとダメだよな。
出茂鹿之介さんの横に並び、こちらに背を向けて立つユキの背中を見ながら思う。
勝ってくれ、ユキ―――――
心の中で応援していると、煙玉が廊下に現れた。
ボンッ
辺り一面が白煙で覆われる。
ユキと出茂鹿之介さんが思い切りむせていると、学園長先生の姿が現れた。
「皆の者、待たせたの!」
その顔はどこか楽しそうだ。
ユキのピンチにこの笑顔。ちょっと学園長先生を恨みたくなる。
学園長先生はユキを見、出茂鹿之介さんを見、俺たちをずーっと見渡してから口を開く。
「これから三本勝負を行い、どちらが事務員に相応しいか決めるものとする」
「はい!」
『はい』
自信満々な出茂鹿之介さんの声に対してユキの声は震えている。
大丈夫か?不安になる。
そんな気持ちになっていると、
「負けるのは決まっているんだ。勝負の前に辞退するってのも手だぞ?」
ユキの動揺を誘うような言葉を出茂鹿之介さんがユキに向けて言い放った。
出茂鹿之介さんに視線を向けるユキの手は震えている。
しかし、
『お生憎。私は勝つつもりでいますから』
ユキは気丈に言い返した。
出茂鹿之介さんは面白くなさそうな顔をしている。
よく言った!と心の中で笑む。
「ふん。では、覚悟するがいい」
意地悪く笑う出茂鹿之介さんをひと睨みしてからユキは学園長先生の方へ向き直る。
「ゴホンッ。早速だが、第一試合を始めよう」
学園長先生の後ろの戸を吉野先生と小松田さんがススっと開けた。
二人が一つの長机を廊下に運び出して―――――
「うわわっ」
「が、学園長危ないっ」
「ぬが!?」
吉野先生が声を発したがダメだった。
脇に避けようと移動していた学園長先生に机を運んでいた小松田さんがバランスを崩してぶつかった。
飛んでいった学園長先生の体は見事に中庭に転がっていく。やれやれだ。
しかし、小松田さんは裏切らないなぁ。
『ふふ』
呆れていると小さな笑い声が耳に届く。
ユキが口を抑えて笑みを堪えていた。
「小松田くんお主という奴は~~~~!それに雪野君も笑うでないっ」
「ご、ごめんなさ~~~い」
『すみません、学園長先生』
謝りつつも、まだ肩を震わせているユキ。
学園長先生には悪いが、今のでユキの緊張がマシになったかもな。
小松田さんと学園長先生には感謝だ。
「オホンッ、オホンッ。仕切り直して第一試合の内容を告げるとしよう」
学園長先生がユキ、出茂鹿之介さん、俺たちを見渡して言った。
「一回戦の内容は事務能力を見るための帳簿計算勝負じゃ!」
ユキがパッと振り返って俺たちを見た。
ニッコリ笑ったユキと視線が合う。
これは課題になるのではないかと予想していたものだ。
予想的中だな。
帳簿計算は文次郎に教えを受けながらかなりみっちり練習を積んできている。
「では、二人とも位置につきなさい」
ユキと出茂鹿之介さんが長机の前に座った。
ヘムヘムによって二人の前に帳簿と算盤が置かれる。
「では――――――始め!」
学園長先生の合図で勝負が始まった。
わっとそこかしこから声が上がる。
「ユキさん頑張ってーー」
「負けないで~~っ」
用具委員の後輩のしんべヱと喜三太も声をめい一杯張り上げて応援している。
「ユキ!落ち着いていけよっ」
俺も口に手を当てて檄を飛ばす。
算盤の珠を弾く音
めくられる帳簿
唇を噛んで計算に集中しているユキの目が帳簿と算盤を忙しく行き来する
そして――――
「終わりました!」
『終わりましたっ』
俺は顔を歪めた。
僅かな差で出茂鹿之介さんの方が声を上げるのが早かった。
いや、でもまだ分からない。
計算が合っているかどうか分からない。
「間違え~間違え~」
三郎が出茂鹿之介さんを見ながら低い声で呟いている。
「算盤肘で落とせ。算盤肘で落とせ」
勘右衛門も呪いの言葉を唱えている。
見れば五年生全員そんな感じになっていた。
後輩のストレートな感情表現に思わず苦笑いが漏れてしまう。
「では、答え合わせを行う」
学園長先生が叫んだ。
「まずは初めに完了を叫んだ出茂鹿之介、導き出した答えを言いなさい」
「はい。五千四百七十一です」
「次、雪野ユキ」
「はい・・・同じく、五千四百七十一です」
ユキが苦い顔をして顔を顰める。
「やり直しになればいいが・・・」
隣の仙蔵が呟く。
俺もそれを願っていたが・・・
「出茂鹿之介、雪野ユキ、共に正解!よって、この一回戦は計算が早かった出茂鹿之介を勝者とする」
あちらこちらから落胆の声が聞こえてきた。
「くそっ計算は合っていたのにな」
バシンと文次郎が拳を自分の手に打ち付ける。
「うぅ~~~悔しいなっ」
小平太が自分の頭をぐしゃぐしゃにする。
肩を落としながらユキが廊下から中庭へと降りてくる。
「ユキ!気持ち切り替えろよ!」
叫ぶとハッと顔を上げたユキと目が合う。
ユキは力強く頷き、唇に弧を描いてみせた。
だが、次はいよいよ・・・
「第二回戦は的当てをしてもらう!」
実技だ。
学園長先生の言葉は予想していたが、胃にズンとした重みを感じる。
ユキにはかなり不利だ。
半分諦めの気持ちが出てきてしまった俺は、その気持ちを頭を振って追い払う。
ユキを信じてやんないでどうすんだ。あいつはこの一週間あんなに懸命に
鍛錬を積んできたじゃないか!
だが、そう思うも不安は拭いされない。
周りの皆も不安でいっぱいの表情で射的場へと向かっていく。
射的場には色々な武器が並べられていた。
苦無、手裏剣、銃、弓などなど。
「どの武器を使ってもよい。公平を期して武器によって的との立ち位置は変えておる。三回打って、その合計点数が高かったものを勝者とする」
一番中心から外に向かって、黄色を十点、橙色を八点、赤を六点、青を四点、
黒を二点、灰色は零点だ。
「俺は弓にする」
出茂鹿之介さんが弓を手にとった。
「弓は得意ではないのですが、素人女に勝つくらいの腕前はありますよ」
『こいつ殴っていいですか?いいですよね?』
カチンときた顔のユキが出茂鹿之介さんに飛びかかろうとする。
吉野先生と小松田さんが必死にユキを止めた。
一発くらい殴らせてやってもよかったのに。と思うのは不謹慎か。
いや、やっぱ殴らさせてやりゃあ良かったのに。
「雪野くん落ち着いて」
「そうだよ、ユキちゃん落ち着いて!どうどう」
『くっ・・・すみません。落ち着きます。(小松田さんに動物のような扱いされたでも小松田さんだから許す・・)』
ゼーハー肩でしていた呼吸を落ち着けるユキ。
鼻で笑う出茂鹿之介さんから顔を逸らし、ユキが手にとったのは――――
「銃?」
俺たちは目を瞬いた。
俺たちと普段練習しているのは主に手裏剣か苦無投げ。銃を扱ったことはない。
斜堂先生とも同じように主に手裏剣か苦無の練習をしていると聞いていた。
弓を選ぶことはないと思っていたが、まさか銃とは・・・。
たしかに、ユキの母親と話した時にユキは銃を扱えるとは言っていたが・・・。
「大丈夫だろうか?」
思わず本音がポロリと零れる。
「大丈夫さ」
俺の言葉に直ぐに反応したのは山田先生だった。
「えっと、どういう・・・?」
伊作が戸惑いながら聞く。
「まあ、見ていなさい」
ニヤリと笑う山田先生を前にポカンとする俺たち五,六年生。
「では、先ほどの勝者からいこう。出茂鹿之介、前へ」
「はい」
出茂鹿之介さんが的に向かって弓を引く。
張り詰める緊張。
そして、開(かい)に入った時だった。
「「「「「「「キャー!出茂鹿之介さん格好良い~~~」」」」」」
くノ一教室から声が飛んだ。
「へ?」
ヒュン
「ああっ!?」
出茂鹿之介さんの手を離れた矢は灰色の部分。的の零点の位置にあたった。
唖然とした顔で的を見る出茂鹿之介さん。
「あら~残念」
「せっかく応援したのにぃ」
「次は頑張って下さいねぇ」
見ればくノ一教室の面々がしてやったりと言った顔で笑っていた。
や、やるな、くノ一教室!
「い、今のは妨害行為に当たるのではないでしょうか!?」
出茂鹿之介さんが叫ぶが、
「え~私たちは応援しただけですよぉ」
「さっきの算盤の時だって出茂鹿之介さんを応援していたのにそんな風に言うなんて酷ーい」
「私たちは、出茂鹿之介さんの味方なんですよ?」
「だ、そうじゃが?出茂鹿之介」
苦笑しながら学園長が出茂鹿之介さんに首を傾げてみせる。
「くうぅぅ」
出茂鹿之介さんは言い返すことが出来ない。
「出茂鹿之介さ~~ん」
くノ一教室の上級生がタタっと出茂鹿之介さんに駆け寄った。
「次こそ良い点数出してくださいね?」
腕を取り、きゅっと自分の胸を出茂鹿之介さんの腕に押し当てている。
「お、お、おっ!?!?」
出茂鹿之介さんは真っ赤だ。
「負けちゃ嫌ですよ?」
反対側の腕もくノたま上級生に絡められ、肩にコテンと頭を乗せられていた。
「「勝っ・て・く・だ・さ・い・ね?」」
耳元で囁かれた言葉。
出茂鹿之介さんは顔を紅潮させて口をパクパクとしている。
両腕を取られ、一方では胸を押し当てられ、一方では頭を肩に乗せられている出茂鹿之介さん。
「色に落ちたな。暫く平常ではいられないだろう」
ククッと仙蔵が笑う。
「「じゃあ、頑張って下さ~い」」
出茂鹿之介さんの腕を取っていた二人の上級生くノたまが去っていく。
「つ、次に弓を引く時は静かにしていて下さいっ。集中力がなくなりますから!」
ハッと我に返ったようにして出茂鹿之介さんが言う。
「「「「「「はーーーい」」」」」」
元気に返事をするくノ一教室の面々。
きゃいのきゃいのと出茂鹿之介さんに声をかけているくノたまの顔は笑っていても目は笑っていない。
女って怖ぇよな。
俺を含めたその場にいた忍たま全員が、同じ気持ちを共有していた。
ヒュン
「四点!」
ヒュン
「六点!」
出茂鹿之介さんの合計点数は十点。
一本目は零点だし、二本目も三本目も良いとは言えない。
「くそう」
出茂鹿之介さんが悔しそうに呟きながらユキを睨みつけている。
続いてはユキの番だ。
山田先生に銃の扱いを習ったらしい。火薬と鉛の玉を銃口から入れ、朔杖(かるか)で火薬と鉛の玉を銃身の底に押し込んでいる。
「用意はいいか?」
『はい、学園長先生』
「では、始め!」
ユキが火縄に火をつけた。
じりじりと燃えていく縄。
ゆったりと小さく上下していたユキの肩がピタリと止まった。
バーーーン
「えっ・・・」
その場にいる誰もが息を飲んだ。
そして大爆発。
わっと歓声と拍手の渦が巻き起こる。
「十点!」
的を確認する役目の厚着先生が喜色ばんだ声で叫ぶ。
「よくやった!」
叫ぶと、俺の声に気づいたユキが俺にぐっと親指を突き上げてみせた。
俺も同じように親指を突き上げてみせる。
次の弾を詰め、再び的に狙いを定めるユキ。
指が引き金を引く瞬間。
「が、頑張って~~~~雪野さーーーんっ」
突然、出茂鹿之介さんが叫んだ。
バーーーン
声とほぼ同時に放たれた銃弾。
誰もが出茂鹿之介さんを睨んだ。
点数は?
出茂鹿之介さんを憎らしく思いながら厚着先生の言葉を待つ。
緊張の一瞬―――――――
「お見事!十点!」
「っしゃあ!」
思わず叫んでガッツポーズをしていた。
妨害行為があったのに、出茂鹿之介さんの点数を二回で既に超した!
「な、なんで・・・ド素人じゃないのか・・・?」
唖然としている出茂鹿之介さんにユキはニッコリと笑いかけている。
『運が良かった。射的だけは得意なんですよ』
「クソっ」
憎々しげにユキを睨む出茂鹿之介さんと、その視線をかわすユキ。
「第二回戦の勝者は雪野ユキじゃ!勝負は第三回戦で決める!」
学園長先生が皆に向けて叫んだ。
「三回戦の種目は裏山一周マラソンじゃ。当人同士の妨害は何でもあり!一刻後(三十分)正門前に集合しなさい。一時解散っ」
学園長が告げ、場は一時解散となった。
わらわらと喋りだす生徒たち、先生方。
くノ一教室とキャッキャと喋り終えたユキがこちらへと駆けてくる。
『みんな!』
「心配したぞ、ユキ!」
『わふっ!?』
小平太がギュッとユキを抱きしめた。
「小平太・・・ユキが苦しがっている・・・」
長次がモソっと呟く。
「おぉ!そうか。悪い、悪い」
小平太はユキを離し、かわりに頭をグリグリと撫でた。
『そんなに強く撫でられたら身長縮みそうだよ』
「そうなって欲しいな」
『なぬ!?伊作くん!?』
「アハハ、本気」
『本気かよッ』
ユキが伊作にバシっと手で突っ込んだ。
「それにしても先ほどの銃の腕前は見事だった」
『ありがとう、仙蔵くん。算盤は負けちゃったけどね・・・負けてごめん、文ちゃん』
「そんな顔するな。健闘していたじゃないか。答えも合っていた。次の予算会議では是非手伝いに来てもらわねばな」
「絶対手伝いにこさせる。だから次の試合、負けるなよ?」と言いながら文次郎がワシワシとユキの頭を撫でる。
俺も一言声を―――――
「「「「「「「ユキさーーーーん」」」」」」
一歩ユキの方へと踏み出した時、元気な声と、ドドドッという足音が俺の前を通過した。
一年生たちだ。
「ユキさん、応援しているからね。みんな!せーのっ」
「「「「「「フレーフレー頑張れ!ユキさんっ」」」」」」」
『ありがとう、みんな!』
庄左ヱ門の号令でユキに応援の言葉を送った一年は組。
「俺たち一年生は学園長に言われて裏山の要所要所に道案内役で立つことになったんだ」
きり丸が言った。
「苦しくなったら私たちの応援で息を吹き返してね」
『ありがとう、乱太郎くん。みんなの応援があったら凄く元気になると思う』
ユキは話しかけてくる一年生一人一人にニコニコしながら答えている。
「じゃあ僕たち、そろそろ行きます!」
珍しくキリっとしたしんべヱがそう言い、それを合図に一年生たちは正門へと駆けて行った。
ひと段落したところでユキに話しかけようとするのだが、
「ユキさん!」
『滝夜叉丸くん。それに皆も』
今度は四年生がやってきた。
「使えそうなものをかき集めてきました」
三木ヱ門がそう言い、四年生はそれぞれ何かをユキに手渡している。
近づいて手元を覗いてみる。
まきびし、手裏剣、苦無、微塵、卵、などなど。
「ユキちゃんは足が速いから、出茂鹿之介さんより先に出たら、まきびしを撒いて」
『おぉ!これがまきびし。有名だよね、まきびし』
ユキはキラキラした目でタカ丸さんからまきびしを受け取った。
「妨害は何でもありなんて心配です。十分に気をつけて下さいね」
『ありがとう、守一郎くん。あ、この鉄の玉が三つついた武器は何?』
「微塵だよぉ。投げて使うんだ。でも、初めて見るみたいだね。扱い慣れないなら持っているのやめたほうがいいや。荷物になるし」
喜八郎が微塵をしまった。
『せっかく持ってきてもらったのにごめんね』
「何言ってるのさ。気にしないでよ」
喜八郎がきゅっとユキに抱きついた。
そこで抱きつく意味はあるのか!?
まったく羨ましい・・・って俺は何考えてんだよ!相手はあのユキだぞ!?
羨ましいわけがあるか、羨ましいわけが!
俺が自分の考えを打ち消している間に武器の説明と譲渡が終わったらしい。
しかし、声をかけようにも四年生の後からも後輩たちがユキの元へとやってくる。
「一年生は裏山で道案内。二年生の生徒も裏山に行くそうだ。私たちはどうする?」
仙蔵が聞いた。
「五年生はどうするんだ?」
小平太が呼びかける。
「俺たち五年生はゴールの正門前にいることにします」
兵助の言葉に五年生全員が頷く。
「ユキならやってくれると信じています。だから、信じて待ちます」
「金楽寺の階段を猛スピードで駆け上った奴ですから。勝てますよ、きっと」
「うん。一番に戻ってきてくれるはず」
「よし!俺はモンを連れてくる。一緒にユキを迎えるんだ」
勘右衛門、三郎、雷蔵が順に言い、八左ヱ門は狼を連れに飼育小屋へと走って行った。
「モンちゃんね~」
「あ?何か言ったか、留三郎」
「いや、別に」
「いーや。何か言っただろ!」
「お前たち、今日は喧嘩はやめにしろ」
仙蔵がピシャリと言う。
ぐぬぬと黙る文次郎にニヤリとした笑みを向けておく。
相変わらず、揶揄いがいのある奴だ。
「本当はユキの後をスタートからゴールまでくっついてついて行きたいところだが、
私も我慢して正門前にいることにする」
ユキが試合に勝って、一段落したら思い切り狼モンを文次郎の前で名前を呼んで可愛がってやろうと考えていると小平太が言った。
「お、小平太が“我慢”だなんて言葉を口にするのは珍しい」
「留三郎は私を何だと思っているのだ?」
「我慢の効かない暴君」
「正解だな」
「仙蔵何いいぃ!?」
「ハハハ」
不安を笑いで吹き飛ばす。
あいつが帰ってくるの、信じて待っていてやろう。
結局俺たち六年生も、正門でユキを待っていることになった。
『そろそろ正門に向かわないと』
ユキが話していた三年生に向けて言った。
三年生は正門に残ることにしたらしい。
左門と三之助の迷走コンビがいるから良い判断だな。
っと、そんなことより、試合が始まる前に一言かけてぇ。
「ユキ!」
『ん?』
「頑張れよ!」
『うん!』
かけたのはありふれた言葉
でも、思いはいっぱい詰まっている
願いはいっぱいかけている
一番で戻ってこい
『行ってくる』
こちらへ突き出された拳
「男らし過ぎるっつーの!」
『ハハッ』
コツンとユキの拳に自分の拳を当てる
楽しそうに笑うユキ
この笑顔が、これから先も見られますように――――――
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
*開(かい)に入る→弦が矢を打つ直前まで伸びきった状態。