第四章 雨降って地固まる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
18.奇跡
「勘右衛門、何をしているのだ?」
梅雨も明け、蒸し暑い気候に移ったある日の事。
兵助は同室の勘右衛門が机に向かい、何かを弄っているのに気がつき声をかけた。
兵助は寝転がっていた体を起こして、四つん這いでのそのそと勘右衛門のもとまでやって来る。
「これは?」
兵助は目を瞬いた。
勘右衛門の手の中にあったのは見慣れないもの。四角い物体。
暫しじっとその物体を見つめていた兵助はある答えにたどり着く。
「あっ、もしかして・・・!」
声をあげる兵助に二っと楽しげな笑みを向ける勘右衛門。
「そう!兵助の予想通り、これはユキの世界のものだ」
「やっぱりそうだったか」
興味津々といった様子で瞳を輝かせ、兵助は勘右衛門の手元にある四角い物体を見つめる。
「これは何なのだ?」
「すまーとふぉん。というらしい」
「へぇ。どんな道具?」
「ユキが言うには遠くの人と会話が出来たりするとても便利なものらしいんだ。俺も実際にユキが誰かと会話しているのを聞いた」
「あぁ。前にそう言っていたね。でも、何故勘右衛門がユキの物を持っているんだ?」
「ユキが放り投げたコレを拾ってな。この前、私が譲り受けていいか確認したらいいって言ってくれたんだ」
「へぇ。羨ましいのだ」
「へへ。だが、今は“電池”というのが切れてただの鉄の塊ということだ。でも、面白くってな。こうしてイジっているんだ」
そう言って勘右衛門はスマホをひっくり返し、凹んでいる部分に指を引っ掛け引いた。
すると、パカッ。電池が入っている部分の蓋が開く。
「見たことのない素材だよな。これは鉄じゃなさそうだ」
勘右衛門は電池を取り出して、触り、指で弾く。
「俺もこれが実際に使われているところ見たかったなぁ。ユキは他にもユキの世界の不思議道具を持っているだろうか?」
「持っているらしいぞ。そろばんの役割を果たす機械とか、声を保存する機械なんかも持っているらしい」
「声を保存するカラクリは春誕生日会に見たね。そろばんの役割を果たすカラクリも見てみたいな」
兵助が是非見てみたい。と言う横で、勘右衛門は電池を元の位置に戻す。
そして蓋を閉めてまたイジリ始めた。
「この突起はなんの為についていたんだろうな?っと、え・・・・・?」
ブルル
「「わっ!?!?」」
二人は同時に声を上げた。
液晶から光を発したスマホがブルブルと振動したからだ。
思わずスマホを取り落としそうになる勘右衛門は、おっとっととスマホを手の中に収める。
「もしかして復活したんじゃないか?!」
勘右衛門が興奮気味に声を上げる。
「俺、ユキちゃんを呼んでくる!」
「あぁ。その方がいいな!食堂で待ち合わせをしよう」
二人は部屋を出る。
兵助がユキの元へと走って行き、勘右衛門は手元のスマホに目を落としながら食堂へと小走りに向かっていく。
スゲェ!ピカピカしてる!!
勘右衛門は興奮気味に、しかし、そっと、ツルツルした液晶に指を這わせた。
スっと移動する画面。
未知との遭遇に勘右衛門の興奮は高まる。
「よ、勘右衛門。って何してんだ?」
画面を見ながら歩いていた勘右衛門はいつの間にか食堂に着いていた。
顔を上げると、三郎がこちらに向かって手を上げていた。
勘右衛門は兵助以外の五年生が揃ったテーブルへと近づき、興奮気味に自分が持っている機械の説明をする。
好奇心に輝いていく五年生の瞳。
「スゲー!ユキの世界の物か!」
キラキラと目を輝かせて八左ヱ門。
「もしかして前に言っていた、遠くの人と話せるカラクリ?」
興味深そうに雷蔵もスマホを覗き込む。
「ちょっと触らせてくれ」
スっと伸びてきた三郎の手をペシリと勘右衛門が叩く。
「これは俺の!まず俺が触る権利がある」
「勘右衛門のじゃなくてユキのだろ?てか、なんでユキの物を勘右衛門が持ってんだよ」
「お前たち、喧嘩か?」
「「あ、食満先輩」」
五年生が視線を食堂の入口へ向けると、六年生が食堂へ入ってくるところだった。
六年生は机の上に不思議なものがある事に直ぐに気づき、興味津々と言った顔で寄ってくる。
「勘右衛門、それはなんだ?」
「ユキの世界のカラクリです、潮江先輩」
「ほう。ユキの世界のものか」
仙蔵が興味深げに五年生の後ろからスマホを覗き込む。他の六年生も同じだ。
見た事とのない材質、異世界のカラクリに興味津々。
「・・・小さな四角い箱が並んでいるな。それぞれの箱に意味があるのだろうな・・・」
「それぞれ使う用途が違うのかもな!離れた相手と会話以外も出来ると、前にユキが言っていた」
長次と小平太が言う。
学園長先生の庵での“摩訶不思議、カラクリから人の声が出てくる事件”は忍術学園で有名である。
「触ってみろよ、勘右衛門」
我慢できないといったように三郎が促す。
ユキが来るまで待っていようと思っていた勘右衛門だったが、好奇心に勝てなかった。
それに、コレは既にユキから勘右衛門へ譲られた物だ。
勘右衛門は取り敢えず目に付いた緑色の箱に触れた。画面が変わる。
「面白いな!」
「小平太・・・飛ぶな」
小平太が机に手をつき、興奮しきったようにピョンピョン飛ぶのを長次が宥める。
「ねえ、この何とか“帳”って何だろう?」
伊作が画面左下にある“電話帳”と書かれた文字に気がついて画面を指差す。
「帳簿・・・連絡帳・・・何かを集めて綴ったものではないか?」
文次郎が手を組んでううむ。と唸りながら言う。
「そうであれば、会話したい者を選ぶ名簿かもしれん。勘右衛門、押してみろ」
仙蔵に促されて勘右衛門は“電話帳”と書かれたボタンをタップした。
「当たりですね!」
八左ヱ門が声を上げる。
ズラッと並んだ名前。
全員の目がリストの上部に止まる。
“お父さん”
“お母さん”
“ルイ”
お気に入りリストに登録されている家族の名前がリストの一番上に並んでいた。
いやがおうにも高まる皆の興奮。
顔を見合わせた五、六年生が考えた事は一つだった。
みんなの気持ちを代表して、勘右衛門がポチッとボタンを押す。
「そこは“父”を押さないんだな」
「食満先輩、いきなりお父さんへの挨拶は壁が高いですから」
勘右衛門が押したのは“お母さん”のボタン。
トゥルルルルと応答を待つ音がスマホから聞こえてくる。そして、数秒後。
「もしもし、ユキ!?」
「「「「「「声が出たーーー!!!」」」」」
わっと沸く五,六年生たち。
「な、なに?ええと、ユキ?じゃないわね。誰?」
電話口で興奮する五,六年生。
電話口の向こうではユキの母が戸惑った声を上げていた。
「もしもし?ハロー?」
「すみません。我々はユキさんが勤めていらっしゃる学園の生徒です。失礼ですが、ユキさんのお母上でお間違いないでしょうか?」
冷静だった仙蔵がスマホに向かって話しかける。
すると、スマホからはわぁお!と楽しそうな声が上がった。
「ユキがお世話になっています!あ、ちょっと声が小さいわね。左端下にあるスピーカーボタンを押してくれる?」
「スピーカー・・・というのは分かりませんが、左端下なら、この部分ですね」
仙蔵がスピーカーボタンに触れる。
「どう?私の声、大きくなった?」
急に大きくなったユキの母の声にみんなは心臓を跳ねさせる。
「お、大きくなりました」
心臓を抑えながら勘右衛門。
「ふふ。良かった。さて、これで話ができる環境が整ったわね!なんて奇跡!皆と色々話したいわ。の前に自己紹介ね。私はユキの母、雪野雪子です。そこにいらっしゃるのは?」
自己紹介は先輩たちから。
「六年い組、潮江文次郎です」
「あら!村で飼っている柴ワンコと同じ名前!」
「・・・ユキにもそれで・・・文、ちゃん・・・とか呼ばれています」
「ふふふ」
少し頬を染めて文次郎。
「同じく六年い組、私は立花仙蔵です。以後お見知りおきを、ユキさんのお母上」
「お母上だなんてガラじゃないわー。でも、宜しくね」
「六年ろ組・・・中在家長次です。ユキからは・・・異国の話をよく聞かせて頂いています・・・」
「ユキの仕事だからね。楽しんでくれてる?」
「モソ」
「それは良かっ「私の名前は七松小平太です!!」うわああっビックリした」
順番を待ちきれなくなった小平太が大声で自己紹介をしてユキの母は叫び、そしてケタケタと笑う。
「元気がいいのね」
「はい!ユキとはいつもバレーとかして遊んでます」
「あの子と遊んでくれてありがとう。ユキは体動かすの好きだから。喜んでいるでしょうね」
ユキの母がひとしきりクスクス笑った後、留三郎が口を開く。
「六年は組、食満留三郎です。ユキとはええと・・・喧嘩仲間っていうか何ていうか・・・」
「あら。ふざけあえる友達ってわけね。仲良くしてくれてありがとう、食満くん」
「い、いえっ」
「僕は食満くんと同じ組の善法寺伊作です。保健委員をしています。後でユキちゃんが来たら言ってあげて下さい。ユキちゃんは時々無理をしすぎる傾向があるんです」
「あー。あの子の性格、猪みたいだものね。ご迷惑おかけしています」
「いえっ。迷惑って程では」
「いつもユキの世話をしてくれてありがとうね、善法寺くん」
「いいえ。こちらこそ!」
六年生が挨拶を終え、次は五年生だ。
まずは、い組の勘右衛門から口を開く。
「五年い組の尾浜勘右衛門です。ユキからこのすまーとふぉんを貰って、イジっていたらお母さんと声が繋がったんです」
「そうだったのね。ユキは何処かへ出かけているの?」
「今、同じ組の久々知兵助がユキを呼びに行っています」
「そうなのね。ありがとう」
「ユキが来るまでに残りの私たちの自己紹介もさせて下さい。私は五年ろ組、鉢屋三郎。特技は変装です」
「変装!?見てみたいわね・・・あ。そうだわ。一旦切るわ。そしてこっちからもう一度
かけ直す。スマートフォンから音が鳴ったらピコピコ光るボタン・・・場所を押して」
プツッと音が切れて、急に食堂が静かになる。
しかし、直ぐにスマホから音が鳴る。
ユキの母はスカイプで電話をかけ直したのだ。
三郎がユキの母に言われていた通りにボタンをタップする。
「聞こえる?」
「はい。聞こえます」
「じゃあ、次に、右上上部に三つの丸が並んでいるでしょう?その一番左を押して。私もみんなに顔が見えるようにするから」
「こう、ですか?って、おお!」
三郎を初め、みんなから歓声が上がる。
液晶にはユキの母親の顔が映し出された。
「「「「「「「美人!!!」」」」」」」
「アハハ!お世辞の上手い子達ね」
ユキの母はアーモンド形の目を細めてカラカラと笑った。
しかし、実際、五,六年生たちは何もお世辞を言ったわけではなかった。
黒く意志の強そうな瞳。
白い肌だが不健康そうな色はなく、パンと張っている肌。
そして明るい笑顔。
どれもユキが母から受け継いでいるものだ。
ユキの母は迷彩柄のタンクトップと黒いキャップを被り、笑顔を向けた。
「これで皆の顔が見れた。ええと、鉢屋くんはどの子だっけ?」
「私です」
「変装の名人か・・・あ!もしかして、今は隣にいる子の変装をしているの?」
「はい、そうです。彼の名前はーーー」
「僕は不破雷蔵です。中在家先輩と同じく図書委員をしています」
「そうなのね。ユキは本が大好きだから何かとお世話になっているでしょう?」
「時々字を教えてあげたり、その代わり、ユキさんにはユキさんの世界の話を聞かせてもらっています」
「そして最後が・・・」
「竹谷八左ヱ門です。生物委員会委員長代理をしています。ユキには怪我を負った子狼の名付け親になってもらって、毎朝二人と一匹で散歩しています」
「狼!わあお。素敵ねーーーーっ!?」
バーーーン
突如緊迫した叫び声がユキの母の近くから上がったと同時に、ユキの母は手元にあった猟銃を構え、画面から顔を逸らし、そして撃った。
ビクリと肩を跳ねさせる五,六年生たち。
「な、何が起こったのですか!?」
雷蔵が叫ぶ。
「ライオンのオス・・・ライオンってのは猛獣のことね。二メートル五十くらいのが近くに来てたみたい。メートル法で言って大きさが伝わるかしら?」
「はい。私たちはメートル法も使っています。二メートル五十・・・そんなに大きな獣がいる場所にいらっしゃるのですか?」
「今、サバンナに来ていてね。ええと・・・場所は南蛮の下のあたりにある大陸よ。私は動物学者なの」
仙蔵の言葉に答えるユキの母はまだ鋭い視線を左へ向けながら仙蔵の問いに答えた。
ユキの母はカチャっと銃の上部をスライドさせて、新しい銃弾を薬室に入れる。
<ライオンはどうなったの?>
<どうやらバーバキューの匂いにつられて来てしまったようです。逃げて行きましたよ>
<傷つけた?>
<いいえ。誰の弾も当たらなかったようです>
<それは良かった>
ユキの母は仲間と会話を交わしてからホッと息を吐き出し、再び画面へと向き直った。
「ライオンは何処かへ行ったみたい。煩い音響かせちゃってごめんなさいね」
「銃を扱えるのですね。それに異国の言葉も」
目を丸くしながら文次郎。
「こういう仕事だからね。ちなみにユキも銃を少しは扱えるわよ。私が手ほどきしたから」
「「「「「「えぇっ?!?!」」」」」」」
「まあ使う事もないでしょうけど・・・って待って。ちょっと待って」
ユキの母は今気がついたと言ったように顎に手をやった。そしてじっと五,六年生たちの姿を見る。
「ねえ、あなたたち・・・その格好・・・もしや・・・忍者、だったり?」
ユキの母の問いに全員が頷く。
「うっそーーーーー!!」
絶叫するユキの母。
「いや、待て、落ち着け、私。忍者の学校?=危険ってわけじゃないんだから。むしろ、強い人たちに守られて安全って考えたほうがいいわ」
さすがはユキの母。ポジティブシンキング。
ぶつぶつ呟いて、娘の身が危険な場所にはないと無理やり自分を落ち着かせる。
だが、心配は消えない。
ユキの母はユキがどの時代へ飛ばされたのか知らないのだ。
「ちょっと聞きたいのだけど・・・」
「お前たち、何をしているんだ?」
「あ、土井先生」
留三郎が振り返って声を上げる。
五,六年生が集まるテーブルへと不思議そうな顔で歩み寄っていく半助。
「誰か新しい方が?」
「はい。この学園の先生です」
留三郎と長次が半助の為に場所を開ける。
目を見開く半助。
「これは・・・ユキの持っていたカラクリ。それにこの人は・・・」
「はじめまして。ユキの母の雪野雪子です」
「?!絵が喋った!?」
「土井先生驚きすぎですよ」
勘右衛門は仰け反る半助に苦笑いしながらユキのカラクリの事とユキの母と話していた事を話す。
「そうでしたか・・・」
「ユキがいつもお世話になっております」
「いいえ。こちらこそ。世話を焼いてもらっているのはこちらの方です。私は一年は組の教科担当教師、土井半助と申します」
半助とユキの母は画面越しで頭を下げあった。
「ちょっとお伺いしたいのですけれど、今皆さんがいる時代は、どういう世界なんですか?先程自己紹介してくれたのは忍者になりたい生徒さんという事でいいのでしょうか?」
「まだこの学園の事も何も聞いていなかったのですね」
「教えてください。ユキが今いる場所、世界のことを」
半助は躊躇った。いたずらにユキの母を不安にさせていいものかと。
だが、迷ったが、正直に話すことにした。
既に自分たちが忍者であることは割れているのだ。
下手に隠しても仕方ない。
「ここは忍術学園。仰られた通り、忍者を育てる学校です。そして今は室町時代。世は戦乱の時代です―――――
半助は戦好きな城があり、各地で戦が絶えないこと。
だから、忍者がいて、そこかしこで活躍していること。
危険な時代だが、それだけではない。楽しいこともある。時には娯楽もある。
町で、村で生きる者は精一杯自分の人生を輝き歩んでいること。
忍術学園は強者の教師が揃い、そして忍たま、くノたまは良い子たちで、とても温かい場所である事を話した。
「忍術学園は安全な場所です。ユキさんの事は私たちが守っています。安心してください」
「そう言って頂けると安心します」
ユキの母は半助の説明に表情を崩した。
「みなさん、ユキと仲良くして下さっているのですね。先ほどの生徒さんたちの自己紹介からもそれが伝わってきて、私は嬉しくって・・・」
ユキの母は急にうるっときたのか鼻の下に手の甲を押し当て、ずびっと鼻を鳴らした。
「それにしても、ユキ遅いな」
勘右衛門が食堂の入口を見た時だった。
パタパタと足音が聞こえてくる。
『スマホが復活したって?!?!?』
「すまない。ユキさん見回り中で連れて来るの遅くなってしまったのだっ」
キキっと足でブレーキをかけ、食堂入口で止まったユキ。
ユキに続いて兵助も食堂へと入ってくる。
「ユキ!」
『え!?お母さん!?』
半助と長次がユキと兵助に場所を明け渡す。
ユキは荒い息を繰り返しながら信じられない面持ちで画面を見つめた。
『まさか、こんな事って・・・』
「ユキ!久しぶりね」
『お母、さんっ』
ぐにゃりとユキの視界が歪み、頬に涙が伝う。
「やーね。泣いたりして」
そういうユキの母も涙ぐんでいた。
『どう、して・・・充電は切れたと思ったのに』
「奇跡ってやつね。神に感謝だわ」
ユキはそっと画面の母に触れた。
「元気だった?」
『元気すぎるくらい元気!』
袖で涙を拭きながらユキは笑顔で答える。
『ハハ。まさかもう一度お母さんに会えるとは思っていなかったから何から話したらいいか分からないや』
「そうね。でも、お母さんはユキの元気な姿が見られただけで充分よ」
『そうだね。私もお母さんが元気そうで安心した』
ニコリと微笑み合う二人。
ユキの母は、ユキの隣に立つ兵助に視線を向ける。
「彼の紹介をしてもらっていい?他の皆には自己紹介してもらったのよ」
『そうだったんだね。彼は久々知兵助くん。五年生だよ』
「五年い組の久々知兵助です。ユキさんとは豆腐好き同士で意気投合して、豆腐同盟を組んでいます」
「いいわね!一緒にお豆腐食べに行ったりしているの?」
「はい。一緒に作ったりもしています」
「凄い!本格的ねっ」
ユキの母は楽しそうに笑った。
カーーーン
ヘムヘムが鳴らす鐘が鳴った。
夕食の時間だ。
食堂前の廊下が騒がしくなる。
「いっちばーーーん」
「今日は何にしようかな~」
「乱太郎、きり丸、待ってよー」
一番初めに食堂へ入ってきたのは乱太郎、きり丸、しんべヱだ。
『きりちゃん、おいで!』
「?ユキさんも土井先生も先輩方も何してるんすか?」
不思議そうな顔できり丸を先頭には組の生徒たちがスマホが置かれた机へとやって来る。
途端に上がる声、声、声!
「わあっこれなあに?」
「この人だあれ?」
『私の母だよ』
「「「「「「ええっ!?ユキさんのお母さん?!」」」」」」
「はじめまして」
「「「「「「絵が喋ったーーーー!!!」」」」」」」
一年は組の面々は我先にと名乗り出す。
「わ、私は猪名寺乱太郎って言います」
「僕は福富しんべヱ」
「黒木 庄左ヱ門です」
「二郭 伊助です」
「笹山 兵太夫です。わー前に見た声の出るカラクリだ!」
「凄いね!あ、僕は夢前 三治郎です」
「加藤 団蔵です!」
「佐武 虎若と言います」
「山村 喜三太です。ユキさんのお母さん、ナメクジさんは好きですか~?」
「わあっナメ壺開けないで、喜三太。あ、僕は皆本 金吾です!」
ユキの母は元気な一年は組を見渡してから、
「ユキの母の雪野雪子です。宜しくね」
と皆に笑みを向けた。
そして、ユキの母の視線は自己紹介をしていない、戸惑った顔をしている少年へと注がれる。
ユキは戸惑った顔をするきり丸にふっと笑いかけ、きり丸の肩を抱いた。
『お母さん、紹介させて。私の息子、きり丸。通称きりちゃん』
「まあ!」
「あの、は、はじめまして」
きり丸は緊張しながらペコリと頭を下げる。
どう思われるだろう?
きり丸の心は緊張でドクドクと鼓動が鳴っていた。
もし、否定的な言葉を言われたら?
そんな事を考えていたきり丸だったがそんな事は杞憂だった。
「きり丸くん、きりちゃん」
「は、はい」
「あなたが私の孫なのね!」
「っ!?」
きり丸の顔が嬉しさからカーっと熱くなっていく。
『きりちゃんにはルイのギメルリングを渡したんだ』
「それは良い考えね」
ユキの母の瞳がパッと明るく輝く。
「ふふ、私のとお父さんのギメルリングも持っているんでしょう?」
『うん』
「それは将来伴侶になる人に、ね?」
パチリとウインクするユキの母。
「なあなあ、ぎめるりんぐ、ってなんだ?」
小平太が首を傾げる。
『リングは指輪の意味。ギメルリングは通称双子指輪と言われていて、一つの指輪を二つに分けることが出来るの。見たほうが早いね』
ユキは首に下げていた袋を引っ張り出して、袋からギメルリングを出した。
そして、指輪の上部を指で挟み、カチリとひねって分ける。
『指輪が抱き合うようにひとつになる様子から、”離れることのないふたり”や”命の結合”を表しているんだ』
「それを将来夫になる人に渡す、と。という事は、私が受け取っていいのだな!」
そう言って小平太はユキの掌にあるギメルリングを一つ摘んだ。
自分の指に指輪をはめようとする小平太。しかし、その手元から指輪が消える。
「・・・・そうはさせない」
「あっ返せ長次!」
「モソ(嫌だ)」
「七松先輩!ここだけは先輩といえど反論させて頂きます。ユキの伴侶になるのはこの私です!という事で、私とユキの中をお認めください、お母さん」
ずいっと三郎がスマホに顔を寄せる。しかし、ユキの母の目に映る三郎の顔は誰かにグイっと押されて消え、代わりに自分を指差す勘右衛門の顔に変わる。
「いーえ。ユキの夫になるのは俺!尾浜勘右衛門ですっ」
「引け!勘右衛門!ユキが好きなのは私だっ」
「三郎は勘違いしてるっ。ユキが好きなのはこの俺だ!」
「三郎!勘右衛門!ユキさんのお母さんの前でやめなって」
眉を下げる雷蔵の横で勃発する三郎と勘右衛門の喧嘩。
「騒がしくってすみません!」
八左ヱ門がユキの母に頭を下げる。
「ふふ。いいのよ。ユキは愛されているのね。嬉しいことだわ」
ユキの母は目を細める。
「五年生に便乗するのは癪だが、私もお母上に宣言させて頂きます。ユキを妻にするのはこの私です」
仙蔵が自分の胸に手を置いて言う。
「せ、仙蔵!ユキの意思を無視してこういう事を言うのはよ、良くないぞ!」
「ユキは必ず私が落とす。嘘は言っていない」
「バカタレ!落とすなどと人の心を弄ぶような発言は良くないぞっ」
「文次郎のくせに恋愛論を語るか?」
「んなっ?!おおおおお俺は、ただ!」
文次郎にニタリと笑ってみせる仙蔵。
顔を真っ赤にしながら反論する文次郎。彼を揶揄う事にした仙蔵。
「そういう事でしたら僕にもユキちゃんを幸せにする自信が・・・いや、僕はその、
超絶な不運体質なんですけど、ユキちゃんとならその障害を乗り越えて、幸せな家庭を築いていきますっ」
ずいっと仙蔵と文次郎を押しのけて伊作が宣言。したのと同時に指輪の奪い合いを繰り広げていた小平太と長次の喧嘩に巻き込まれる伊作。
「っと危ねぇ」
危機一髪。今回は不運に巻き込まれなかった留三郎。
流れてきた長次の縄ひょうを鉄双節棍で弾いた。のだったが、弾いた拍子に鉄双節棍が仙蔵と言い合いをしていた文次郎の後頭部に当たる。
「痛って。貴様~~~~」
「げっ」
「覚悟しろ!」
文次郎と留三郎もお約束の喧嘩へ突入。
「「「「「ぎゃーー先輩方!落ち着いてくださいーーーーー」」」」」
五年生がそれぞれ武器を取って、防戦に入る。
慌てて食堂の隅へと避難する一年は組や食堂に来ていた忍たまたち。
「お、お前たちやめなさーーーいっ」
止めに入る半助。
「くっ。ふふふ。ぷっ。あはははは」
ユキはカオスと化した食堂から笑い声のするスマホへと目を移した。
「ユキ!楽しくやっているのね」
『うん!』
母の言葉にユキは表情を崩す。
しかし、ユキは笑みを、寂しそうな笑みへと変えていった。
ユキの母も、同じように微笑みを浮かべたまま、寂しそうな眼差しをユキに向ける。
『お母さん。きっとこれが本当に最後の交信になると思う』
「そうね」
『電池は前回の時に切れていた。今回の事はきっと奇跡』
「えぇ」
ユキは泣きそうになるのを堪えて、息を吸い、口を開く。
『今回のような事がまた起こるんじゃないか・・・って、スマホがあったら、私、期待しちゃうと思う。でも、そんな奇跡を信じる、一縷の望みをかけながらスマホを持ち続けるのは辛い』
ユキは溢れてきた涙を拭い、そして母を見た。
『このスマホは水没させて使えないようにしようと思う』
ユキの母は真っ直ぐに娘の顔を見、そして、ゆっくりと一つ頷いた。
彼女の目にも涙が光る。
「そうしなさい」
ユキは画面に映る母の顔に触れた。
ユキの母も同じように画面の向こうで手を伸ばす。
『お父さんとルイに宜しく』
「伝えておくわ」
『みんな、元気でいてね』
「ユキ、元気で。愛してるわ」
『私も、お母さん』
二人は悲しみを押し殺して笑顔を作る
さようなら
元気でいてね
『切ります』
画面の向こうで母が一つ頷く。
ユキは、スマホの電源を切って、会話を終了させた―――――
『さてと』
ユキはスマホをひっくり返し、SDカードを抜き出した。
喧嘩する六年生、防戦する五年生。
そんな彼らを叱る半助と食堂のおばちゃん。
いつもの見慣れた、楽しい日常に笑みを浮かべながらユキは食堂を出て行く。
夕闇の迫る空。
ユキは池へと着いた。
「ユキ!」
ユキが池のへりにしゃがむ。
手のひらにはSDカード。
ユキがSDカードを水に浸そうとした時だった。
ユキの後ろから声がかかる。
『勘右衛門くん』
走ってやって来たのは勘右衛門だった。
「なにしているんだ?」
『過去とお別れしようと思ってね』
ユキは立ち上がって勘右衛門に肩を竦めてみせる。
「お別れ・・・?」
ユキは勘右衛門に微笑んで見せる。
『今日、お母さんと会話出来たことは奇跡。お母さんと話せて、とても嬉しかった。本当にありがとう、勘右衛門くん。でもね・・・また奇跡が起こるかもと期待しながら生活するのは辛い』
「ユキ・・・」
『だから、確実に通信不可能な状態にしようと思ってね。これを水につけたら、もうあのスマートフォンは復活しないの。本当にただの鉄の塊になる』
「いいのか・・・それで・・・」
『ちゃんとお母さんとお別れ出来た。後悔はないよ。ちょっと寂しい、け、ど・・・』
ユキは涙を見られないように勘右衛門に背を向けた。
しゃがみ、そして、再び手を水面へと近づける。
『!?』
ユキの手首を掴んだ手。
『勘右衛門くん・・・?』
「ユキの気持ちは分かった。辛さを減らすことは出来ないけれど」
勘右衛門の手がユキの手のひらへ移動する。
重なった二人の手。
自分の顔を見るユキに小さく笑いかける勘右衛門。
「お前の辛さに寄り添うことは出来る。一緒にやろう」
『っ!・・・・うん!』
ユキは彼の優しさに、涙を溢れさせ、頷いた。
指を絡ませた二人の手がゆっくりと水中へと沈んでいく。
水中の中で指を絡ませたまま、二人の手のひらが離れる。
沈んでいくSDカード。
小さなそれは泥の中に紛れる―――――
「泣くなら胸貸すぞ」
答えを聞かぬまま、勘右衛門はユキを引き寄せ、抱きしめた。
『ありがと、勘右衛、門、くんっ・・・うっ、ひっくっ、くっ・・・』
勘右衛門の上衣を掴み、涙を流すユキ。
さようなら、私のいた世界
ユキは勘右衛門の胸の中で、声を枯らすまで泣いたのだった――――