第四章 雨降って地固まる
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17.劇本番 後編
下級生の劇が終わり、上級生の準備の時間に入った。
「ユキさん一緒に見よ~」
「見よ~」
『うん。一緒に見よう』
怪士丸くんと平太くんが私の両隣に座る。
両隣りの二人とお喋りしていると暫くして衝立の後ろから小道具まとめ役の勘右衛門くんが顔を出し、私に手で丸を作った。
『皆さん、上級生忍たまによるロミオとジュリエットの始まりです』
私は立ち上がって声を張る。
わーっと皆の期待がこもった拍手が沸き起こった。
三木ヱ門くんが舞台端に出てくる。
そして、すっと息を吸い込んだ。
「夏の夕べ、キャプレット家はヴェローナの国で最も華やいだ場所だった。大広間の壁には大きな絹の掛け軸がかかり、蝋燭を乗せたガラスが炎を反射しキラキラとさせ、仮面をつけた人々の顔に虹色の光を投げかけていた」
パーっと小道具係さん、大道具係さんがそれぞれ猫や鳥、人の顔に装飾の入った仮面をつけて舞台上に出てきて舞台は一瞬にして賑やかになった。
舞台を華やかにする為に手の空いている大道具係さん、小道具係さんは舞台上に出る事にしていたのだ。
華やかなパーティーの様子は見ていて楽しい。
「食べ物が置かれているテーブルの一角に佇んでいる少女がいた。キャプレット家のジュリエットだ。ジュリエットは仮面を外し、肩の下まである黒髪をほどいた」
桃色の小袖を着ていた仙蔵くんがすっと簪を抜いて髪を下ろす。
仙蔵くんの美しさに観客たちからほうっと溜息が漏れる。
「一人の青年がその様子を少し離れたところから見つめていた」
「あんなに美しい女性はいない」
滝夜叉丸くんが自分の胸に左手を当て、右手を大きく広げる。
「そしてこんなに輝いている男も私の他にはいないだろう。何故なら私は学年一成績優秀!座学の成績もトップなら戦輪の腕前も超一流。忍術学園のスーパー」スパーン!!
三木ヱ門くんが台本を丸めて滝夜叉丸くんの頭を引っぱたいた。
「な、何をする三木ヱ門ッ」
「まーじめにやれ、滝夜叉丸!」
三木ヱ門くんがくわっと叫ぶ。
「私はいたって真面目だ!ジュリエットが美しいなら主役である私も美しいと観客に伝えねば!」
自己陶酔に入っている滝夜叉丸くん。
「そんな事台本に書いてないから言わなくてもいいんだよ!」
「ちょっとしたアレンジを加えて、も・・・」
喧嘩し始めた二人をハラハラと見つめる私。
しかし、二人の動きは突然止まった。
二人はギギギっと音がするように後ろを振り向く。
「ふは、ふははははは」
((ヒイイィ中在家先輩が怒っていらっしゃるっ))
長次くんの怒った顔を見て、自分たちの顔を真っ青にさせる二人。
二人は喧嘩を止め、前を向いて演技を続ける。
「もっと彼女の方に近づいてみよう」
滝夜叉丸くんがやや震えた声で言った。
「ロミオがジュリエットの方へと近づいていくのを面白くなさそうな顔で見ている人物がいた。ジュリエットの従兄弟のティボルトである」
三木ヱ門くんも真面目になってナレーションを続ける。
「何処へ行く、ティボルト」
キャプレット家当主役の伊作くんが尋ねる。
「剣を取りに行くのです。モンタギュー家の息子ロミオがこの家に紛れ込んでいます」
ティボルト役の留三郎が目を吊り上げて言い返した。
「放っておきなさい、ティボルト―――ああっ!」
「「「「「『あっ!!』」」」」」
全員が叫び声を上げた。
留三郎を抑えようとした伊作くんの上に天井から吊っていた行灯が落ちてきたのだ。
「うわっ!熱ーーーー」
伊作くんの衣服を燃やす火。
「い、伊作落ち着け!今火を消してやるからっ。取り敢えず袖に引っ込むぞ」
「いや、でも、この後も僕たちの台詞だよ、留さん~~~」
「くっ。そうだったか」
「台詞だけ大急ぎで言って袖に引っ込もう!」
伊作くんが勇敢に言った。
しかし、既に地獄絵図。
伊作くんの腕から火が上がっている。
それでも火を消しながら一生懸命演技を続ける伊作くん。
「ティボルト、キャプレット家とモンタギュー家はヴェローナ国王から争いをしてはならないと言われている」
留三郎が舞台の上のテーブルに置いてある徳利を持ってきて伊作くんの
燃えている袖に水をぶっかけた。
火は小さくなった。しかし、まだ消え切らない。
「でも、明日ロミオの奴は自慢げに言いふらすんですよ。どうやって、熱っ!乗り込んで、消えないっ、どう、やって、踊って、帰ってきたかを!よし、消えたぞってうわ!今度は俺の方に燃え移った」
「ひいぃ!僕のせいでごめんよ留さんっ」
不運と巻き込まれ不運。
流石だなっ!抜群の安定不運である。
叩いてどうにか自分の袖に燃え移った火を消し終えた留三郎。
「俺はロミオをこてんぱんにやっつけて追い出してやりたい」
留三郎が焼けて穴の空いた自分の上衣を摘みながら言った。
「ダメだよ、ティボルト。僕も、じゃなくて私も同じくらいモンタギュー家を憎んでいる。だが、王の命じた言葉はこの国では破ってはいけない掟なのだ。一人前の男なら冷静になって怒りを抑えろ」
「しかし、ジュリエットは俺の大事な従姉妹だ」
「それでも耐えるんだ」
伊作くんと留三郎が舞台から消えた。
二人とも火傷の具合は大丈夫かな~。
しょっぱなからハプニングを見せつけられて不安になる。
実はこのロミオとジュリエット、大道具係、小道具係さんもチョイ役だが色々な場面で出演している。
ロミオとジュリエットの配役は多いからだ。
お大事にと言った顔で伊作くんと留三郎を見送って話を続ける三木ヱ門くん。
「ロミオは美しいジュリエットの手を取った。驚いたジュリエットだが、自分の手を取った彼の美しさに手を振り払おうとはしなかった」
「初めまして。美しい人。私は自分と同じくらい魅力的な人を初めて見ました」
「ありがとう」
見つめ合う滝夜叉丸くんと仙蔵くん。
「ロミオとジュリエットは一瞬にして恋に落ちました」
「あぁ!今まで恋に落ちたと思った事はあったけれど、あれは子供が遊んでいたようなものだった。今度は本当の恋に落ちた。この人も同じように思っているだろうか」
手を大きく広げ、輝くオーラをまき散らしながら滝夜叉丸くんが独白する。
「そんな時だった。ジュリエットの元へ「いけいけどんどーーんっ」「来、来るな小平太!ぐふっ」「彼女の乳母がやってき・・・突撃して来ました?」
舞台上に倒れるジュリエット。
仙蔵ジュリエットは焙烙火矢を出した。
やめろおおおおお!
「おっ。やるのか?」
キラキラするな!
お、落ち着け二人ともッ。
私が念を送っていると、ハッと我に返ってくれた仙蔵くんが焙烙火矢をしまった。
大人だ。それでこそ六年生だよ、仙蔵くん!
私が心の中で拍手を送っていると――――
「どうしたの?ばあや」
仙蔵くんが口の端をやや痙攣させながらも小首を傾げて言った。
小平太くんはややつまらなそうな顔をしたが「お嬢様、お母様がお呼びです」と台本通りの台詞を言う。
舞台上から去っていく仙蔵ジュリエット。
同じく舞台袖へ行こうとする乳母小平太くんを滝夜叉丸くんロミオが掴まえる。
「すみません。あの方をご存知ですか?」
「あぁ!勿論知っているぞ。あの方はキャプレット家のじゅりっとお嬢様だ」
元気よく答える小平太くん。
去っていく小平太くん乳母を呆然と見送る滝夜叉丸くんロミオ。
ロミオは自分が敵の家の娘に恋してしまった事を知る。
舞台から人がいなくなり、大道具係さんが舞台を転換した。
そこには簡易のバルコニーが設置された。
「ジュリエットはその夜、眠れませんでした。考えるのはロミオの事ばかりです」
淡い蝋燭の光がバルコニー下に置いてある薮を照らす。
「ジュリエットはロミオが敵の家の息子だと乳母に聞かされて、庭の美しさにも気づかないほど悩んでいました」
ここからは有名な台詞だ。
私は楽しみで胸をドキドキさせていた。
舞台袖から琴の音で有名な映画「ロミオとジュリエット」の曲が流れてくる。
これは小道具係の雷蔵くんが弾いているのだ。
美しいメロディーの中、空に向かって仙蔵くんが手を広げる。
「あぁロミオ!どうしてあなたはモンタギューなの?もしも他の名の元に生まれていたら、あなたをどれほど愛しているか伝えられたのに!」
独白が終わると同時に左の袖から滝夜叉丸くんが出てきた。
「それじゃあ、愛しい人と呼んで欲しい。それが僕の望みだ」
仙蔵くんはバルコニーから身を乗り出してハッと息を飲む。
「どうしてここにいるの?」
「どうしても君に会いたかったから壁を登ってきたんだ。僕も初めて見た時から君を愛してしまった。君が僕と同じ気持ちかどうか知りたくて来てしまったんだ」
「同じ気持ちですわ、ロミオ様」
静かに奏でられる音楽と情熱的な言葉。
二人の美男、美女。
観客席からは感嘆の溜息が零れる。
「でも、あなたの愛が本当かどうか確かめるにはどうしたらいいの?明日には私の事を忘れてしまっているのではなくて?」
「それなら証明しよう。明日の正午にロレンス宮司のところへ来てくれ。そこで夫婦の契りを結ぼう」
きゃーっとくノたまちゃんたちから黄色い声が上がった。
「ロマンチック!」
「いいな~私もこんな恋がしたい」
「素敵でしゅ」
私もこの有名で美しい場面を惚れ惚れとして見つめていた。
仙蔵ジュリエットは口を開く。
「でも、私たちは出会ったばかり。それに両親はなんと言うかしら?」
「だが初めて会った時にこの愛は本物だと気づいただろう?家同士が憎しみあっているから、僕たちは離れ離れで生きていくのかい?」
仙蔵くんの演技は上手い。
俯き、きゅっとバルコニーを握り締め、覚悟を決めたといったように顔をあげる。
彼の姿からジュリエットの決意が伝わってくる。
「いいわ。明日の正午にロレンス宮司のところへ行きます」
主役の二人が袖にはけ、大道具係さんがバルコニーを下げている間に小道具係さんが夜仕様に消していた蝋燭をつける。
明るくなる舞台。
神父役の兵助くんが舞台上に現れた。
「モンタギュー家のロミオ、キャプレット家のジュリエット、話は分かった。だが、二人の結婚には大きな障害がある事はわかっていますね?」
「えぇ分かっています!ですが、私はジュリエットを心から愛しているのです」
「私もロミオ様を心から愛しています」
「家同士が争っている為、ロレンス宮司は二人に夫婦の契りを結ばせるか悩みました」
だが、ロレンス神父は考える。
この二人の結婚がモンタギュー家とキャプレット家の和解の糸口になるかもしれないと。
「分かりました。二人の結婚を認めましょう」
兵助くんがそう言った時、赤、黄色、青の光が舞台上に入ってきた。
『うわあ。綺麗・・・』
思わず言葉を漏らしてしまう。
どうやら小道具係さんたちは兵助くん経由で私から聞いたステンドグラスを再現してくれたようだった。
「それでは誓いの言葉を。汝、ロミオはジュリエットを妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓いますか?」
「誓います」
「ジュリエット。あなたは幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守る事をここに誓いますか?」
「誓います」
滝夜叉丸くんが仙蔵くんの肩に手を置き、そして―――――キス!
わーーー本当にチュってした!チュって!!
わあああっと会場中興奮した声で満たされる。
顔を真っ赤にしている滝夜叉丸くん。
ふふふ。舞台稽古を見に行った時にリアル性を追求する為に本番では真似じゃなく本当にキスするようにって言って良かった。ニヤニヤが止まらない。
「これを以て二人を夫婦とする」
兵助くんが宣言して、結婚の場面は終わった。
次は広場の場面だ。
舞台上から祭壇が取り除かれ、舞台上には何もなくなる。
「ロミオたちが結婚式を挙げた頃、ロミオの友人で短気なマキューシオとロミオの従兄弟であり友人のベンヴォーリオは町の広場にいました」
「ロミオはどこだ!?こんなに俺たちを待たせて」
文ちゃんが怒って言う。
「きっと何かあったに違いませんよ」
三郎くん扮するベンヴォーリオが宥める。
「二人が話していると、広場にロミオがやって来ました」
「お待たせしました!」
「やっと来たか」
「ひっ。すみません、潮江先輩」
ギロリと迫力ある文ちゃんの睨みに思わず本当の名前で呼んでしまう滝夜叉丸くん。
「まあ、いい。ところで遅れた理由はなんだ?」
誤魔化すように直ぐに三郎くんが元の会話へ引き戻した。
「実は愛する人が出来たんだ。その人の瞳は輝く月のよう、その人の肌はまるで陶器のようになめらかで、髪は絹糸のよう。彼女はこの私にも引けを取らないような美人なんです。まあ、でも、私にはそれに加えてこの輝くスターのオーラがあるわけですがグダグダグダグダ
「ロミオ!」
滝夜叉丸くんが自己陶酔に浸っていると留三郎扮するティボルトを先頭としたキャプレット家がやって来た。
「昨日の夜、キャプレット家のパーティーに来ていただろう?許さないぞ。剣を抜け!」
留三郎が木刀を構えた。
観劇している忍たま下級生たちの目が輝き出す。
「しかし、ロミオは剣を抜きません」
忍たま下級生たちが急にしょぼんとつまらなそうな顔になる。
ふふっ。皆正直なんだから。
そんな彼らを可愛いなと思っている間も劇は続く。
「あなたとは戦わない。そんな事をしたら自分の家族と戦うようなものなのです」
「どういう意味だ。この臆病者!」
留三郎は鼻でモンタギュー達をふんと笑う。
「モンタギュー共は臆病者揃いだな」
「ロミオ!俺は黙って見てはられねぇぜ?」
ニヤリと笑って文ちゃんが木刀を構える。
再び目を輝かせ始める忍たま下級生たち。
「止めるんだ、マキューシオ!」
滝夜叉丸ロミオが叫ぶ。
「止めるな、ロミオ。ティボルト、俺がお前の相手になってやる」
わっと拍手が沸き起こった。
舞台上での文ちゃんと留三郎の戦い。
激しくぶつかり合う木刀。
うっわ。凄い迫力!
下級生たちは
「マキューシオ頑張れー」
「負けないでティボルト!」
「潮江先輩凄いっ」
「食満先輩カッコイイッ」
それぞれ声に出して応援する後輩たち。
しかし、むむむ・・・
私は嫌―な予感を感じ始めていた。
激化していく戦い。
どうやらマキューシオ対ティボルトではなく、舞台上では文ちゃん対留三郎の戦いに変わっていってしまっているらしい。
それは舞台上にいるみんなも気づいたらしく、滝夜叉丸くん、そしてティボルト友人を演じる守一郎くん初め、舞台上に上がっている役者がオロオロし始めた。三郎くんは舞台の隅に避難していた。おいっ!
本来なら滝夜叉丸くんがマキューシオ文ちゃんを羽交い締めして動きを止め、そこを狙ってティボルトがマキューシオを刺す展開だ。
頑張れ、止めるんだ、滝夜叉丸くんっ。
しかし、滝夜叉丸くんは激化した戦いの中に飛び込めないでいる。
「おのれ留三郎~~~!」
「お前、負けるはずだろうっ。さっさと俺に倒されろッ」
「煩い!後の展開は俺が考える。先にお前がやられろ!」
「何~~~~~っ!」
お前ら相打ちしろ
二人はついに木刀を投げ捨て、それぞれの得意武器で戦い始めた。
マキューシオを止めなければならない、めっちゃ困っている滝夜叉丸くん。
滝夜叉丸くんを心の中で応援していると、滝夜叉丸くんは意を決してマキューシオ文ちゃんに飛びついた。
が、しかし・・・・
ガコーーンッ
バタンッ
「「あ」」
チーーン
文ちゃんの得意武器、袋槍が滝夜叉丸くんの頭に当たった。
おおおおおいっロミオが天に召されたら話が変わってしまうだろうっ!
私は頭に手をやって『ぐぬぬぬっ』と唸り声をあげる。
どうしたらいいんだ?考えろ。考えるんだ。
兎に角、舞台全体の責任者は私だ。
立ち上がって舞台袖へと走っていく。
キキっと舞台袖へと滑り込むと振り返った上級生が困惑顔で私を見た。
「どうする?ユキ」
勘右衛門くんが舞台を指差しながら聞く。
『と、取り敢えず小平太くん。滝夜叉丸くんを支えて舞台上に立たせて』
「おうっ」
舞台上に出ていった小平太くんが滝夜叉丸くんを後ろから羽交い締めにし、舞台上に立たせた。
首がガクンと垂れ、足もぷらんと伸びきっている滝夜叉丸くん。
糸の切れたマリオネットのようだ。哀れ・・・
私は舞台袖から大声で叫ぶ。
『いい加減に争いは止めるんだ、マキューシオ、ティボルト!』
台詞を叫ぶと共に舞台袖から文ちゃんと留三郎に台本通りに動くように念を送る。
私の般若のような形相の睨みが効いたようだ。
文ちゃんが屈辱だ、と言った顔をしながらも留三郎の得意武器、鉄双節棍を体に受けて倒れた。
『ティボルト!(小平太くん、落ちてる木刀拾って留三郎を切って!)』
コソコソっと小平太くんに言う。
『マキューシオだけを死なせておくにはいかない!やあっ!』
小平太くんは滝夜叉丸くんに無理やり握らせた木刀で留三郎を切る。
「ぐわあっ」
倒れる留三郎。
「急いで誰か城の衛兵を呼べ!」
町人役のタカ丸くんが叫ぶ。
「逃げるんだ、ロミオ」
とロミオ友人、ベンヴォーリオ役の三郎くん。
「しかし、ロミオは逃げられませんでした。自分はジュリエットの従兄弟を殺してしまった。人殺しをジュリエットは愛さない。衛兵が到着しても呆然としてロミオは自分が殺してしまったティボルトを見続けていたのでした」
舞台が転換して暗くなる。
ずりずりと引きずられて舞台袖へ下がってくる滝夜叉丸くん。
ヴェローナ王のロミオに対する判決、ロミオは二度とヴェローナに足を踏み入れてはならないという判決を三木ヱ門くんがナレーションしている間に私たちは顔を寄せ合って相談していた。
「どうする?完全に伸びきっちまってるよ」
三郎くんが滝夜叉丸くんの手を持ち上げ、離すと、バタンと滝夜叉丸くんの手が床に落ちた。
「主役がいないとお話が続かないし・・・」
タカ丸くんが眉を寄せる。
『何か良い方法は・・・ずっと小平太くんに後ろで支えてもらうわけにはいかないし』
力の抜けたパペット状態で演技させるのは不可能だ。それに不気味だ。
『どうしよう・・・』
「あ」
皆で困っているとポンと喜八郎くんが手を打った。
『何か良い案が?』
「ユキさんがロミオ役を引き継いだらいいんじゃない?」
『は?』
なんですと!?
「おお。それは良い考えだ」
三郎くんがニヤリと笑う。
『む、無理だよ』
ブンブンと首を横に振る。
「だけど、ユキさんは台本全部覚えているでしょ?」
雷蔵くんの問いに戸惑いながら『覚えているけど・・・』と答える。
覚えているけどさ!でも、いきなりの主役だよ!?
気持ちが追いつかないよ。
頭の中が大混乱している間にも舞台は続いている。
今、舞台上では仙蔵ジュリエットがロレンス神父から毒薬をもらって仮死状態になり、ロミオと添い遂げる方法を聞いている。
ロミオの出番がだんだんと近づいてきた。
「ユキ!頼む」
パンと両手を合わせて文ちゃん。
「俺たちのせいで悪かったよ。ユキ、反省しているからロミオ役をやってくれ。俺たち、ユキの願いなら何でも聞いてやるから」
留三郎も頭を下げた。
『何でも?』
ニヤリ。口角が上がる。
「お、俺たちの出来る範囲でな」
留三郎の顔が引き攣る。
私は覚悟を決めた。
台本を書き、ストーリーを知っている私が一番ロミオの役をこなせるはずだ。
『よし。じゃあ、頑張る』
パアアと私を囲んでいた上級生忍たまの顔が輝く。
「悪ぃな、滝夜叉丸」
三郎くんが滝夜叉丸くんの服を脱がせていく。
「ユキ、着替えろ」
『うん』
滝夜叉丸くんの服を受け取る。
着替えようと服に手をかけるが――――
「「「「「・・・。」」」」」
おいっ!
『みんな、後ろ向こう?』
「「「「「「チッ」」」」」」
『セクハラ反対っ!』
私はみんなにシャーっと怒ってから滝夜叉丸くんの衣装に着替えたのだった。
キャプレット家でジュリエットが亡くなっているのが見つかり、キャプレット家は悲しみに包まれる。
ジュリエット死の知らせはロミオの友人ベンヴォーリオによってロミオに届けられた。
私は緊張しながらジュリエットの死を告げる三郎くんを見、そして泣く真似をする。
『ジュリエットなしでは生きていけない。ヴェローナへと戻る』
「何を言っているんだ、ロミオ。ヴェローナにいるのが見つかったらお前の命はないぞ」
『俺は死を恐れない。ジュリエットなしでは生きていけない。今すぐ彼女の元へ行く。ベンヴォーリオ、馬丁を起こして馬に鞍をつけるように言ってくれ』
三郎くんが舞台から去り、風呂敷の中から私は小瓶を取り出す。
『ジュリエットの元へ行き、この毒を飲んで彼女の隣で死のう』
「ロミオ、馬の用意ができたそうだ」
『では俺はヴェローナに戻る』
「私も一緒に行く」
『いや、俺ひとりで行くよ。ありがとう、ベンヴォーリオ』
私は舞台袖へと下がっていった。
再び舞台転換。
ふー。緊張する。
でも、次が最後の場面だ。
大道具係さんがテーブルに布をかけた霊廟セットを舞台上に配置する。
霊廟の上には毒で眠っているジュリエットの姿。
「ロミオは人目につかないように小道を通り、顔をフードで隠し、真っ直ぐにキャプレット家の霊廟に行きました。霊廟の門はロミオを待ち受けていたように開けられており、中は松明で照らされていました」
私は再び舞台上に出ていく。
霊廟の上で眠る仙蔵くんはとっても美人さんだった。
『あぁ、ジュリエット。君なしでは生きていけない』
そっと囁くように台詞を言う。
『最後に君の美しさを瞼に残したい。生きている間は一緒にいられないけれど、愛するジュリエット、死ねば俺たちを引き裂くものはなにもない』
ここでジュリエットにキス・・・なのだが省略しよう。
恥ずかしすぎる。
代わりに私は仙蔵くんの頬を手で優しく撫でる。
そして私は瓶の栓を抜き、中に入っている水を飲み干した。
『うっ』
私は崩れ落ちながら霊廟の下に仰向けに倒れる。
シンと静まり返る武闘場。
仙蔵くんが起き上がる気配。
「ロミオ様!もう少し待っていて下さっていたら!あぁ!あなたが死んでしまったこの世界など生きている意味はありませんわ」
仙蔵くんが私の上体を抱き起こした。
「もしかしたら毒が唇に残っているかもしれない」
『!?』
ええええ!?こんな事台本にない!と思いながら薄目を開ける。
悪戯っぽく口角を上げながら近づいてくる仙蔵くんの顔。
『!?』
ちゅっ
仙蔵くんが私の唇に口づけを落とした。
一回、二回、三回と角度を変えて口づけを落とす。
ちょ、ちょっと!心臓が持たないっ!
てか、人が何も出来ないからって好き放題するなッ。
絶対私の顔真っ赤だ。
仙蔵くんが小さく「ククッ」と喉の奥で笑ったのが聞こえた。性悪っ!このジュリエット性悪!!
最後にもう一度私に口づけを落とし、仙蔵くんはやっと私を床に横たえる。
「毒は残っていないのね・・・ならばこうするまでよ・・・!さあ、愛する人のもとへ私を連れて行って!」
薄目を開けると、仙蔵くんが短剣を抜いて自分の胸を貫く動作を見せた所だった。
ばたりと私に重なって倒れる仙蔵くん。
「数時間後、ロレンス宮司が二人の姿を見つけた。二人はまるで眠っている子供のように身を寄せ合っていた」
ロミオとジュリエットの死によってモンタギュー家とキャプレット家の憎しみも共に消え去った。
悲しみを分かち合い、両家はロミオとジュリエットを一緒に埋葬したのでした――――
三木ヱ門くんが台本を読み終えたと同時に大きな拍手が武闘場を包んだ。
私はパチリと目を開ける。
「なかなか良かったぞ。お前のロミオは」
『ありがとう』
「それに唇もな」
『っ!』
ヒュンと拳を一発お見舞いしてやろうとしたが簡単にいなされてしまった。
『もう!何も出来ないからって好き放題して』
「ハハッ」
楽しそうに笑いながら仙蔵くんが立ち上がり、私に手を差し出す。
彼の手を借り立ち上がる私。
舞台袖の役者、大道具係さん、小道具係さんも出てきた。
『!滝夜叉丸くん、気がついたんだね』
「はい!私の後を継いで下さりありがとうございます」
『こちらこそ。役取っちゃってごめんね』
「いえいえ。素敵なロミオでした」
そういう滝夜叉丸くんは心からそう思ってくれているような明るい顔で私はホッとする。
ちなみに、滝夜叉丸くんは私が着ていた私の小袖を着ていた。後で交換しなければ。
私たちは並んで頭を下げる。
一生懸命に拍手をしてくれている子、涙を流している子。
みんなこの舞台を楽しんでくれたみたい。
色々なハプニングが起こったけど、こうして無事に舞台が成功して良かった。
私たちは舞台から降りて皆の元へと行く。
観劇した興奮でザワザワと友人同士で話をする忍たま、くノたまちゃん達。
私は皆が目をキラキラさせて話す姿を見て、劇をやって良かったと表情を緩めながら思ったのだった。
おしまい。