第一章 郷に入れば郷に従え
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11.ボーロ
髪は結んで三角巾もつけた。爪も切って、割烹着も着て準備完了!
今日はこちらの世界に来て初めて迎える週末一日目。長次くんにボーロ作りを教えてもらう日。
『おはよう、長次くん!』
「……おはよう」
厨房には既に長次くんの姿があった。彼も準備万端みたい。調理台を見るとボーロ作りの材料がある。
『えへへ。すっごく楽しみにしてたんだ。よろしくお願いします』
あちらの世界から持ってきた手帳とボールペンを持って調理場へ。レシピメモする時、単位が違うから間違わないようにしないとね。
『材料揃えてくれてありがとう。大変だったよね』
「……慣れている。問題ない」
普段から作り慣れているんだ。料理が出来る男の子は素敵。
『これは牛乳?あと、これは薄茶色だけど何砂糖になるの?』
「豆乳だ。砂糖はきび砂糖を使う」
『きび砂糖ってことは九州とか沖縄の物かな?』
「ユキの世界の地名か?」
『あ、うん。えーと、琉球ってこの時代かな?』
「……そうだ。この砂糖は琉球のものだと商人が言っていた」
海路を通ってこのあたりまでやってきたのかな?飛行機や貨物列車のない時代に長い旅をしてきた砂糖が愛おしく思える。
「始めよう。卵をとってくれ」
『はい、先生!』
元気よく返事をする私に表情を柔らかくする長次くん。
混ぜて、捏ねて、丸めて……。口数は少ないけど、長次くんの教え方は分かりやすくて丁寧。大きな手からは想像できない器用で繊細な指の動き。
『いっぱいできたね』
天板の上に等間隔に並べられたボーロを満足気に見る。
『うん。こう上から見ると、私が作ったボーロのイビツさが分かる』
「……」
『フォローなしですか?』
「……個性があっていい」
『そんな難しい顔しないで!実は私自身そんなに気にしてないから。フォロー無理強いして申し訳ないっ』
眉間に皺を寄せながら言葉を選んでくれた長次くんは優しい子です。
これからが最難関。釜戸の火加減は難しい。
長次くんが手際よく薪を着火させたのを見て、私は竹筒に口を当てて空気を送り込む。
うぅ、酸欠になりそう。
でも、息を吹くたびに火がゴウゴウ燃えるから楽しくなってきた。火が踊っているみたい。ファイアーダンス!あれ、ファイアーダンスってどんなだっけ?
「!?」
『あ、ありがとう、長次くん』
ファイアーダンスを思い出そうと火を凝視しながら息を吹いていると頭がくら~として前につんのめってしまった。
長次くんがいなかったら危なく燃える火の中に頭を突っ込むところだった。昔から一つのことに集中すると周りが見えなくなっちゃうんだよね。この癖直さないと。
「ゆっくり立ち上がるといい」
『うん。つい夢中になっちゃって。また迷惑かけちゃった。気をつける……』
「モソ」
立ち上がる私を支えてくれていた長次くんの手がポンと私の頭にのった。大きくて温かい手。
「何事にも一生懸命なのは、ユキの良いところだ。私はそういうユキを見るのが好きだ」
『あ、ありがとう!』
ひゃあっ照れるな!ニ、三度私の頭をぽんぽんしてボーロを焼く準備をする長次くん。背を向けてくれて良かった。真面目な顔であんな事言われたからドキドキして顔が赤くなっていくよ。
「15分焼いたら出来上がりだ」
『はい!良かったら待っている間にお茶を飲む?淹れるよ』
「頼む」
ちゃんと湯呑も温めてお茶を淹れる。
そろそろ仙蔵くんへのお茶出しも卒業していい腕前になってきたと思うのだけど、辞めるといった時の彼の反応が怖くて言い出せていない。
釜戸の前に椅子を二つ。私たちは向かい合ってお茶を啜る。いつも誰か彼か他の六年生が一緒だから、こうやって二人で話すのは初めてだ。
窓の外に目を向ければ流れていく白い雲。のんびりしたこの感じ幸せ。
『長次くんて大人っぽいよね』
「……きり丸の父親に間違われたことがある」
『父親か……』
確かに十五歳には見えないけど。
「老けている、とか顔が怖いと言われることもある……ユキもそう見えるか?」
う~んと唸っている私に尋ねる長次くん。
『確かに大人っぽいけど、きりちゃんくらいの子がいる年齢にはみえないよ。それに体つきは若いじゃない。さっき助けてくれた時も鍛えている男の人って感じで』
長次くんの肩がビクリと跳ねる。
『あ、体つきはって……顔は老けているってわけではなく。えっと、何と言ったらいいか、老けるって言い方が悪いよね。その、大人顔?落ち着いた顔?渋い感じっていうか……』
言い直すが、長次くんは顔を真っ赤に染めてしまった。
何も言ってくれないし怒らせちゃったかな?
怒るより傷つけちゃったかな?私のフォローもメチャクチャだったし、思春期の繊細なお年頃なのに……ひょ、表情から感情が読み取れないよぉ。
『長次くん!』
ズリっと椅子を動かして前のめりになる。
ちゃんと誤解を解かなくちゃ。語彙力の乏しさを補うように長次くんの手を握る。何となく、気持ちが手から伝わっていくような気がするからだ。
『私は長次くんの顔好きだよ。怖いなんて思ったことないし、たまに見せてくれる優しい
笑顔が好き。雰囲気も落ち着いていて、一緒にいて安心するよ』
気持ちが伝わるように長次くんの目を見て話す。しかし、彼の反応は今ひとつよく分からない。
心の内が読めずにあわあわしていると突然長次くんが立ち上がった。
漂う緊張感にゴクリと唾を飲み込む。
「……焼きあがった」
『へ?』
ミトンを着けた長次くんが天板を取りだした。
薄い煙と一緒に香ばしい匂いが厨房に広がっていく。長次くんの隣に行って、調理台に置かれた天板を覗き込むと、ぷっくりと膨らんで狐色に焼きあがったボーロ。
『わあっ!!美味しそう!』
「……」
しまった。さっきまで雰囲気悪かったのに空気読まずにはしゃいじゃった。身を縮ませながら顔を上げて長次くんの様子を覗う。
「モソ」
『……ご、ごめん。もう一回』
怖々と尋ねる私。
『お願い』というと長次くんは少しだけ身を屈め、秘密を打ち明けるように私の耳に手をあてた。
私の心臓が跳ねる
「私も、ユキと一緒にいるのが好きだ」
こんなの反則だよ
顔を真っ赤にさせる私に、長次くんは私の好きな優しい笑顔を向けた。
「完成したか??」
『うわあっ』
頭の中でパチンッとシャボン玉が弾けたように意識が切り替わる。食堂に走り込んできた小平太くんがキキキィィとカウンター前で止まった。
「約束通りボーロを食べにきたぞ」
嬉しそうにカウンターから身を乗り出して覗き込む小平太くん。
『今出来上がったところなの。ナイスタイミングだよ』
他の六年生も来たみたいで食堂が一気に賑やかになる。
「わぁ、いい香りだね」
「俺たちも食っていいか?」
「ふむ。割烹着姿は様になっているな」
「ユキ、お前料理できんのか?」
伊作くん、文次郎くん、仙蔵くん、留三郎が続いて入ってきた。
長次くんがカウンターに置いてくれた天板を皆が覗き込む。
「こっちがユキのだな!」
小平太くんが二パッと笑って指さした。
『ぐぬぅ』
正解です。形が歪んだ右半分が私の作品です。ぐぬぬ。
『くっ。どうして分かったの?』
「…………細かいことは気にするな!」
『前半の沈黙が気になるっ』
ガクッと落とした肩にポンと手が置かれた。振り向けば癒しの伊作くんスマイル。
『伊作くん……!』
「大丈夫!味は同じだから落ち込まないで」
『よし。伊作くんはフォローの仕方を勉強しようか』
「わわっ、僕、マズイ事いっちゃたかな」と慌てている伊作くん。オロオロして慌てている姿が可愛過ぎる。
「おい、これ」
口元をヒクつかせて文次郎くんが指差すボーロ。
『よくぞ気が付いてくれました!文次郎くんのために作った文次郎ボーロです』
じゃじゃーんと手を広げてみせる。
私の力作 文次郎(人)+文次郎(犬)
目の前の文次郎くんの顔に犬の耳をつけた特製ボーロ。
『名付けて“ラブリー文次郎~犬耳バー「最後まで言わせないからな」ふがっがが』
両頬をぐにゃ~と引っ張られた。
「ギンギンに食べ尽くすっ」
『あぁ!私の文次郎がッ』
特製文次郎ボーロは文次郎の中に消えた。
文次郎ボーロが消えたのは残念だったが文次郎は美味しそうに頬を緩めた……ややこしい。
「ん、やっぱり美味いな」
『留三郎ったら一人でそんなに沢山……食べてるのは全部長次くん作?私のも食べなよ』
「気が向いたらフグッ!?」
視線を泳がせる留三郎の口にボーロを詰め込んでやった。
そうか、熱いか、もがくがいい!
「火傷するだろ、馬鹿!」
『鍛えてないからそうなるのよ。忍たまでしょ?』
「口の中なんて鍛えようがねぇよっ」
ボケたらテンポよく突っ込まれるこの感覚、クセになるね!
「なんでニヤニヤしてんだ!?」
『べっつにー。みんなも食べてみてね。仙蔵くんも感想聞かせて』
ニヤリと笑った仙蔵くんがカウンターに頬杖をついた。
軽く開いた口もと
『えと、あの』
「何をしている。早く食べさせろ」
まさかと思ったけど、やっぱりそういうことだった。
「私の批評が聞きたいのだろう?早くしろ」と意地の悪い顔。
『……指先ごと持ってかれそうだから箸使いまーす』
「咬まんわッ」
頬を引っ張られて変な顔にされた。だって私、歯医者さんの指を咬んだことあるから。もちろん故意じゃないけど。
『みんなのお茶も淹れるね』
美味しいボーロをゆっくり味わおう、という事でお茶を淹れてテーブルに移動。
サクッとした食感のあとふわ~と口の中で溶けていくボーロは優しくて懐かしい味。
『しあわせ』
ふとある事に気がついて隣を見る。
長次くん、お茶ばっかり飲んでボーロ食べてないような……。
『食べなくていいの?なくなっちゃうよ?』
「……私はいい」
まさかのボーロ嫌い、とか。いやいや、そんなわけ無い。
『どうして?』
「……自分で食べるより、人が食べている姿を見るほうがいい」
そう呟いてお茶を啜る長次くん。
『長次くん』
「っ!?」
長次くんの唇に私が作ったボーロを一つ。躊躇いがちに開かれた口の中に歪な形のボーロが消えた。
(((((長次うらやましい)))))
『ふふ、美味しい?』
「モソモソモソ」
『良かった。美味しく食べる長次くんの笑顔も見たかったの』
今赤くなったのは怒っているのでも、傷ついたのでもなく照れているから。小さな声で教えてくれた『今までで一番美味しい』の言葉。
一人で作れるようになりたいけど、楽しかったから今度も一緒にお料理したいな。私はそう思いながらボーロを摘んで口に入れた。
***
白い桜の花が描かれた赤い和紙の袋を二つ。
「ユキさーん。入ってもいい?」
ちょうど良いタイミングできりちゃんから声がかかる。戸を開けると「よいしょっ」と布団を抱えたきりちゃんが私の部屋へと入って来てくれた。
『乱太郎くんとしんべヱくんも寝るところ?』
「二人ともまだ宿題やってる」
『きりちゃんは?』
「僕もやってないけど、バイトの内職が」
『こらっ』
眉を上げる私にきりちゃんは決まり悪そうに笑った。
『内職手伝ってあげるから、まずは宿題終わらせること』
「タダで手伝ってくれる?」
『今度、タダで読み書き教えてくれる?』
「ん~」
『悩むところ!?』
「ドケチにタダの言葉は御法度だから」
真面目な顔で言うきりちゃんの顔に思わず笑ってしまう。
「むぅ~僕にとっては大きな問題なんですよ」
『ゴメンゴメン。むくれないで。これあげるから許してよ』
「あげる!?アハアハ」
『現金だなぁ』
私は目も小銭型になっているきりちゃんに笑ってしまいながら先ほど作った袋のうち一つを手渡した。
「なんスか?」
『開けてみて』
中身は今日作ったボーロ。きりちゃんの顔がパァっと輝いた。
「この前、中在家長次先輩と一緒に作るって言っていたボーロ?」
『うん。長次くんに教えてもらいながら作ったの。形が歪なのはご愛嬌ね。それから今回は多く作れなかったから、きりちゃんの分しかないの。みんなには内緒だよ』
「わかった!エヘヘ、ありがとう!」
きりちゃんは“内緒”の言葉にはにかみながら笑みを零した。
「もう歯磨いているでしょ?食べるのは明日ね』
「え~今食べたい」
『虫歯になったら治療費かかるよ。それでもいいの?』
「じゃあ、やめる」
『プッ、ふふ。素直でよろしい。宿題もってきた?』
「すぐ取ってくる!」
自分の部屋に戻っていくきりちゃん。
私はその間に彼が持ってきた布団を敷く。
私が一人で眠れないと知ったきりちゃんは、一年は組のみんなに私の事を相談してくれた。
そして「誰かと一緒なら熟睡できる」という結論に至り、一年は組のみんなは毎日一人ずつ交代で泊まりに来てくれることになったのだ。
六年生の安眠対策もあって私はぐっすり眠れている。
「ただいま」
『はい、おかえり。筆記用具は机の上にあるの使ってね』
「ユキさん、これは誰用?」
きりちゃんが机の上に置いてあったもう一つの袋を指さした。
『半助さん、土井先生に渡そうと思って』
首を傾げているので『いっぱいお世話になっているから』と付け加える。
『本当は形の綺麗な長次くん作を渡したかったのだけど、六年生が物凄いスピードで完食しちゃってさ。もちろん、私のボーロも味は悪くないんだよ。長次くんの保証付きだから断言できるけど……私のは形がね……』
自分の袋からボーロを取り出したきりちゃんが「確かに不細工」と呟いている。きりちゃんの手にあるボーロは球体ではなく円盤型。ユーフォーかよ。すごい形だな。
「ユキさん不器用だから仕方ないよ」
『う~ん。今回は渡すのやめておこうかな』
「渡したほうがいいよ!土井先生すっごく喜ぶと思う」
『本当にそう思う?』
ぷくっと頬を膨らませる私に笑顔のきりちゃん。
「だって、ユキさんの手作りだもん。喜ぶに決まってるじゃん」
『え~そこが問題なのに』
「問題ないない。絶対僕の言ったとおりになるって。ちょっと待ってて、土井先生呼んでくる」
『えっ、ま、待って!きりちゃん!もーー!』
捕まえようとする私の腕をすり抜けて部屋から駆け出していってしまった。
半助さんも寝る準備している時間なのにここまで呼びつけてしまっては申し訳ない。ボーロを入れた袋を持ってきりちゃんを追いかける。
ペタペタと廊下を小走りに渡っていると遠くから二人の話し声が聞こえてきた。ハアァァ、きりちゃんったら。
「あ!ユキさん来たの?」
『来たの、じゃありません。夜遅くに申し訳ありません、半助さん』
「いえいえ。呼び出したのはきり丸だから」
『きりちゃんも何か言うことあるわね?』
「う~土井先生、ごめんなさい。でもさ、ユキさんに会えて嬉しいでしょ?」
「きり丸っ」
『きりちゃんっ』
「アハハ、二人とも顔真っ赤になった!ユキさん、先に部屋に戻ってるね」
「きり丸!」
『きりちゃん!……はぁ、もう』
部屋から出ていった時と同じように器用に私の腕をすり抜けて、きりちゃんは逃げていってしまった。きりちゃんったらませてるんだから。はあぁとため息をついて振り返る。
『寝る直前にごめんなさい』
半助さんは寝巻き姿。髪もいつものように結っていない。忍装束でも町に出る町民の服でもない、隙のある様子に私の胸がドキリと跳ねる。
しかも互いに赤い顔。きりちゃん、この空気どうしてくれるのよっ!
『「あの」』
勇気を出した声が重なってしまった。
「ええと、私に用というのは……」
『これを渡したくて』
持ってきた小さな赤い袋を渡す。半助さんは目を瞬きながら受け取ってくれた。
「私に?」
『中在家長次くんに教わりながら作ったボーロです。お世話になっている半助さんに食べてほしくて。ただ、形がちょっと……味は大丈夫なのですが……歪な形で、恥ずかしいのですが』
気まずくて俯いていると袋を開ける音。顔を上げると、半助さんが中からボーロを一つつまみあげていた。
形が整っているのを選んだはずなのに、自分でもがっかりするくらい不細工な形。
「ユキの手作りかい?」
『はい』
半助さんが歪な形のボーロをパクリと食べた。うぅ、緊張する。
「うん。旨い」
『ほ、本当ですか!?』
「あぁ」と微笑む半助さんにホッと胸を撫で下ろす。半助さんは美味しそうにパクパクと食べてくれている。喜んでくれて良かった。
「ユキにも一つ」
『ん……』
私の口にボーロを一つ入れてくれた。
サクッと楽しい食感に
ほっとする甘さ
ふわっと口の中で溶けていく
優しい香りが満ちて
柔らかい感触――――え?
『っ!?』
「す、すまない!」
手の甲を口に当てて真っ赤な顔で慌てている半助さん。
思考停止
頭真っ白
ボーロを食べていて、優しい香りがして、柔らかい感触……
ボンッと頭の中が爆発する。
目の前の半助さんが色っぽいな~とか考えていたら、熱に浮かされたように頭がぼんやりして、気がついたら半助さんとキスしていた。
冷水をかぶったように体が冷えていく。
「……ユキ。いきなり」
『い、い、い、いきなりキスしてごめんなさいっ』
「え?」
『半助さんに手出しするなんて私ったらああぁぁぁ!!どうか忘れてくださいっ。忘れて、どうか許してください。本当にすみません。し、失礼しますッ!』
「ユキ!?」
いくら半助さんが艶っぽかったからといって無理やりキスしちゃうなんて。しかも無意識に!
ひいい自分で自分が怖いよぉぉっ!!!
全力疾走で部屋へと逃げ帰る私は「どうなっているんだ?」と混乱している半助さんに
気がつかなかったのであった。
『き、き、きりちゃん!』
「わあっ!?どうしたんすか?」
勢いよく戸を開けて部屋に飛び込むと、きりちゃんが目を丸くして顔を上げた。
内職している
『……宿題は?』
ごまかし笑いのきりちゃんから内職を取り上げる。
「だって明日までなんだもんっ」
『いけません。宿題が先です!』
可愛い顔で駄々をこねられると許したくなっちゃうけど、心を鬼にして甘やかさないようにしなければ。
『私が内職しておくから、きりちゃんは宿題しなさいね』
「ちぇー」
ぷっくり膨らむ頬を指で押しつぶし、私達はクスリと笑いあってからそれぞれの仕事へと移る。
月はゆっくりと上っていき……。
「宿題おわった!」
『よしよし。頑張りました』
算数のノートを見せてくれるきりちゃんの頭を撫でる。
「ユキさんも全部終わりそうじゃん!凄い!」
気持ちを落ち着かせるために黙々と作業をしていた私は、ほぼ全ての内職を終わらせていた。単純作業で乱れた気持ちは落ち着いたみたい。
「そういえば、慌てて部屋に戻ってきたのどうしてっスか?」
『ん~忘れた』
冷静に考えたら半助さんの唇を奪ったなんて言えないよ。しかも半助さんはきりちゃんの担任なわけだし。
「あやしい」とじとーっとした目で見てくるきりちゃんに内職で作った巾着袋を手渡す。これできりちゃんの内職もおしまい。
『さぁ寝よう』
「むぅ。おしえてくれるまで寝なーい」
『フフフ、寝ないなら、こうしてやる!』
「わわっ!?」
きりちゃんを布団に転がして脇腹をくすぐる。
くすぐったり、くすぐられたり。
私たちは笑い疲れるまでじゃれあった。