第四章 雨降って地固まる
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16.劇本番 前編
私は下級生忍たまが七匹の子ヤギの稽古をしている三年は組の教室へと向かっていた。
廊下まで聞こえてくる声。
「お前はお母さんじゃないぞ!」
「お母さんの足は真っ白だ」
「お前の足は茶色!お母さんの足じゃないっ」
可愛い声が聞こえてくる。
開け放たれていた教室の後ろの戸から顔を覗かせるとやってるやってる。
役に当たっている忍たま達は台本を手に持って一生懸命演技していた。
「あ!ユキさんっ」
邪魔にならないように静かに見守っていたのだが、孫兵くんに見つかってしまった。
ちなみに孫兵くんは首にジュンコちゃんを巻いている。うん。彼には何も言うまい。
『練習中断させてしまってごめんね』
「いいえ!それよりお聞きしたい事があって」
庄ちゃんが私のところへ駆けてきた。
なあに?と首を傾げながら彼に視線を合わせるように屈む。
「あのね、ユキさん。お母さん役がいないんだ」
『えっ・・・・・え?』
フリーズ
『ええっ!?』
ヒィっと私は叫びながら青くなる。
もしかして、また私はヘマをやってしまったのか!?
昨日の事を思い出してみる。
あぁ・・・確かにお母さん役がいなかったように思う。
お母さん役のくじを入れ忘れてしまったに違いない。
確かに、クジが一枚余っていたんだよね。
小道具係さんのクジだったから多く作りすぎたのだと思ってそのままポイしてしまっていた。
あぁ!重要な役なのに気付かなかったなんて!
昨日は急遽決めた眠り姫の台本を急いで書き上げるためにくじ引きが終わってから直ぐに自室へ引っ込んでしまっていた。
忍たまの皆も台本を写し終えたら順次解散。
それもあって、お母さん役がいなかった事に誰も気付かなかったのだろう。
しまった・・・と頭を抱えていると、五男役の喜三太くんに上衣をちょいちょいと引っ張られる。
「ねぇ、ユキさんがお母さん役をやってよ」
にこにこ笑顔でそう言われた。
『私が!?』
目をパチクリさせていると、他の子達からも「それがいい!」と声が上がる。
「僕もユキさんが適任だと思う」
と三郎次くん。
『え・・・私なんかでいいのかな・・・』
今からでも大道具か小道具の忍たま達の中から誰か引っ張ってきたほうがいいのではないか?そう思っていたのだが、
「僕、ユキさんにお母さんになってもらって甘えたい」
きゅっと私の手を握りながら伏木蔵くんが言った。
「僕も!」
しんべヱくんが伏木蔵くんが握っている手と反対側の手を握る。
きゅんっとなる私の胸。
そして先程回った大道具係さんと小道具係さんの様子を思い出してみる。
どちらも忙しそうにしていて人手不足な程だったな。
一人でも引き抜くのは難しいだろう。
私はそう考えて、こくりと皆に頷いてみせた。
『それじゃあ、私がお母さん役やらせてもらうね』
「「「「「「「やったーー」」」」」」」
みんなの喜ぶ顔に顔を綻ばせる。
「お母さんっ」
「お母さんだ!」
飛び跳ねる喜三太くんに私の腰にぎゅーっと抱きつく伏木蔵くん。
わーいと両手を上げるしんべヱくん。
ニコニコ笑っている三年生、二年生の子ヤギさんたち。
その中でプクーっと膨れているきりちゃんはちょっと面白くなさそうな顔。
『練習を始めようか』
「「「「「「「はーい」」」」」」」
「一番初めからいきましょう」
ナレーターの庄ちゃんが言う。
黒板前に意気揚々と並ぶ皆。
私は一人膨れた顔のきりちゃんの顔が可愛らしくて、つい笑みを零してしまいながら私の半歩先を行く彼の頭を撫でる。
「っ!?」
ビックリした顔で私を見上げるきりちゃん。
『いい子ね、きりちゃん』
「~~っ!」
そう言うと、きりちゃんは真っ赤な顔になりながら、私が撫でた頭に自分の手を持っていったのだった。
***
劇発表会の日がやってくる。
授業が終わり、大道具小道具を全員で武闘場へと運び入れる。
武闘場奥には一段高いひな壇がある。そこを舞台として使うことになった。
舞台の両端には背が高く大きな衝立が置かれていて、そこで役者や大道具、小道具係さんは待機する。
「楽しみじゃのう」
『はい!』
学園長先生がウキウキしながら一番前の席に座る。
ひな壇下、武闘場の上から吊るされた沢山の行灯が舞台を明るく照らしていた。
蝋燭の明かりは何とも言えない良い雰囲気を醸し出す。
「ユキ、真っ白だな。忍たま下級生のやる劇では幽霊でも出てくんのか?」
後ろを向くと留三郎がいた。
『違うよ。これは白ヤギの衣装なの』
「は?」
私は体が透けないように白い寝巻きを何枚か重ね、白い足袋を履いた服装をしていた。
確かに、これで三角の布を頭に被ったら幽霊になっちゃうけどね。
私は三角の布の代わりにロウソクを二本角のように頭に布で固定している。
『見えるでしょ、ヤギに』
「見えねぇよッ」
留三郎が私に突っ込んだ。
「どう見ても丑三つ時に藁人形を持って呪詛を唱える祟屋の姿だよ」
苦笑する伊作くん。
『え、マジで?』
留三郎、伊作くん、長次くん、文ちゃんが一斉に頷く。
『どうしよう・・・』
「いいんじゃねぇの?面白れぇし」
にやっと留三郎が笑う。
『そうはいかないよ!』
頭を抱える私。
もうすぐくノ一教室の劇が始まってしまう。
どうしよう!
あわあわしている私は一人の人物と目が合った。
パーっと私の顔が輝いていく。
『タカ丸くんっ』
救世主!
私はタカ丸くんの元へと駆け寄っていく。
『お願い!髪で角を作ることって出来ないかな?』
パシンと両手を合わせて頭を下げると、直ぐに「勿論出来るよ」との返事。
「チョキチョキチョキ~」
ひゅんひゅんとタカ丸くんの手が私の髪をいじる。
「はい、完了!」
『うわあ!』
タカ丸くんに見せてもらった手鏡を覗き込んだ私は感嘆の声を上げる。
頭には二本の角がしっかりと出来ていた。
「もしかして、子ヤギちゃんたちの頭も蝋燭だったりする?」
『うん』
「直ぐに結ってくるよ」
タカ丸くんがパチパチとハサミを鳴らしながら言った。有難いっ。
私は頼りになるタカ丸くんの背中を見送ったのだった。
「初めはくノ一教室の眠り姫か」
『ぶふうっ!?』
元気の良い声に振り向くとロミオとジュリエット乳母役の小平太くんがいた。
まん丸い目に私の貸したマスカラを塗りたくり、口紅をオーバーリップ気味に引いている顔は破壊力が凄まじい。
でも、うーん。少しくらい濃いほうが舞台上では良いのかな?
舞台メイクは濃い目にした方が良いのだと演劇部の友人が言っていたのを思い出す。
結局私は化粧については何も言わない事にして『うん、そうだよ』と彼の言葉に答えた。
「ここ、空いているか?」
『空いて―――っ!?』
声に振り向くと美人さん。
とびっきりの美人さん。
『仙蔵くん?!』
「そうだが?」
『是非私の嫁に来て下さいっ』
膝をついて手を伸ばす。
おでこにデコピンがやってきた。
「お断りだ。嫁ならお前が来い」
『いやー。私、どう頑張っても仙蔵くん程綺麗になれる自信ないわ』
「そうだな」
『そんなあっさり言わなくても』
「事実は事実だ」
ふん。と鼻で笑いながら仙蔵くんが私の横に腰を下ろす。
上演する劇に携わるの者以外はこうして他の劇を観劇する事にしているのだ。
わらわらと集まってくる忍たま達が全員床に座る。
大道具主任のみかちゃんが衝立の後ろから顔を出して私に向かって手で丸を描いた。
私は立ち上がってすーっと息を吸い込む。
『みなさん、お待たせしました。くノ一教室による眠り姫の始まりです!』
わーっと拍手が沸き起こると同時にナレーターのあやかちゃんが舞台上に姿を現した。
昔々、南蛮のある国に、子供のいないお殿様と北の方様がいらっしゃいました―――
身ごもり告げし蛙の声
望みの和子は一年経たずにお生まれになるでしょう
喜びし殿が催したのは姫君の誕生を祝う宴
しかし、金の皿が一枚足りずに宴に呼ばれなかった南蛮妖術を使う悪い魔女が宴に乗り込んでくる・・・
悪い魔女を亜子ちゃんが演じ、良い魔女をおしげちゃんが演じる。
「姫は毒が仕込まれた機織り機に手を挟んで死ぬだろう!」
「いいえ!死にましぇん。姫は寝台の上で百年の眠りにつくだけです」
「では、どちらの力が上回っているか」
「百年後に確かめてみましょう!」
高らかにおしげちゃんが言って、舞台が転換した。
「おしげちゃんとっても素敵~」
直ぐ目の前に座っているおしげちゃんの彼氏のしんべヱくんがニコニコ顔で手を叩く。
周りのみんなも物語に引き込まれていた。
物語はどんどんと進んでいく。
お姫様役はユキちゃん。
ユキちゃんが出てきた時、私はパッと顔を輝かせた。
ユキちゃんは南蛮衣装だったからだ。
「あれはくノ一教室の者が作ったのか?」
『そうだよ、仙蔵くん。みんな頑張ってたよ~』
夜遅くまで彼女たちが衣装を縫っていたのを知っている。
仙蔵くんは感心するような目で舞台に視線を戻した。
機織り機に手を挟まれて倒れるユキちゃん。
そして百年後、トモミちゃん扮する若殿様が硬い蔓で覆われた白亜の城に乗り込んで行き、眠っているお姫様を見つけ、口づけをして眠りから覚まさせる。
ロマンチックで素敵なハッピーエンドのお話。
私たちは大道具、小道具、役者さんたちが力を合わせて作り上げた舞台に想いを込めて拍手を送る。
「はー。緊張した」
「でも、楽しかったわ」
「大成功でしゅ」
ユキちゃん、トモミちゃん、おしげちゃんがそう言いながら私たちの所へとやってくる。
『三人とも素敵だったよ』
「「「ありがとうございますっ」」」
三人は顔を見合わせて笑い合う。
さあ、次は私たちの番だ。
「ユキちゃん頑張ってね」
『うん。ありがとう、伊作くん』
忍たま下級生たちはくノ一教室の子達と入れ替わって舞台袖へ。
「うわ~ん。緊張してきた」
しんべヱくんが衝立から顔を覗かせて客席を見ながら言う。
『大丈夫だよ、しんべヱくん。おしげちゃんも頑張ったし、しんべヱくんも頑張ろう』
しゃがんで、しんべヱくんの頭を撫で撫でする。
「皆さん、準備はいいですか?」
と、庄ちゃん。
『あ、ちょっと待って』
私はこちら側の袖にいるみんなに声をかける。
『円陣を組もう』
私たちは肩を組んで円陣を組んだ。
『絶対成功するぞ!えいえいっオー!』
「「「「「「えいえいっオーー!」」」」」」」
私たちは気合を入れて微笑み合う。
すると直ぐに反対側の舞台袖でも「えいえいっオー!」の声が聞こえてきた。
庄ちゃんが「では、行きます」と皆に声をかけて舞台へと出ていく。
昔々、あるところに、優しいお母さんヤギと、七匹の子ヤギたちが住んでいました。
わらわらと私を先頭に七匹の子ヤギたちが舞台へと出ていく。
ひえ~緊張するっ。
それでも、沢山練習したし、頑張って練習してきた忍たまちゃんたちの苦労を私のせいで台無しにしたくはない。
私はやるぞ!と腹を決めて台詞を言うために口を開く。
『お前たち、お母さんは用事で出かけるから、ちゃんと留守番をしているのですよ。それから最近は悪い狼が出るというから、用心するのですよ』
「お母さん、狼って、怖いの?」
と長男の三之助くんが言う、のだが――――――いない!!
私&子ヤギ全員は一斉にあたりを見渡す。
「あれえ?みんなどこだ?」
『ちょっとおおお!止めて!長男止めてっ。武闘場から出ていくうちの長男止めてくださいっ』
三之助くんは武闘場出口で発見された。
「三之助、こっちだっ!どんどーーん」
小平太くんによって舞台に上げられる三之助くん。
ゴホンっ。
改めまして、
『最近は悪い狼が出るというから、用心するのですよ』
「お母さん、狼って、怖いの?」
三之助くんが首を傾げて聞いた。
『そうよ。狼は、ヤギを食べてしまうの。特に子ヤギが大好物なの』
「それはスリルとサスペンス~」
「あーん、怖いよー。ねえ、ジュンコ」
<シャー(私も食べられるの?>
「大丈夫。ジュンコは何があっても僕が守って『家の中にいれば安全ですよ。でも、狼は悪賢いから、お母さんのふりをしてやって来るかもしれないわ』
孫兵くんがジュンコちゃんと二人だけの世界に旅立ちそうになったので会話を元の軌道に戻す。
『狼の見分け方を教えましょう。狼はガラガラ声で茶色い足をしているの。そんなのがお母さんのふりをしてやって来ても、決して家の中に入れてはいけませんよ』
「わかりました!」
ピンと手を上げて三郎次くんが台詞を言う。
『では、良い子でお留守番をしていてね』
私は簡易で作られた扉を出て舞台袖へと下がっていった。
「こうして、子ヤギたちのお母さんは用事で出かけて行きました」
庄ちゃんのナレーションの後に長男の三之助くんが皆を見渡す。
「お母さんがいない間、何をして過ごす?」
戸の鍵を閉めながら三之助くんが聞く。
「僕はジュンコと愛を語り合う」
「怖い話をみんなで一つずつ言っていこうよ~」
「僕はナメさんたちと遊ぼうかな」
「何か食べたいなぁ」
「アハアハ。お金を数えたいっ」
私は舞台袖で固まっていた。
みんな?台本は何処へやった!?何処へポイ捨てしたんだい!?
三之助くんと三郎次くんがめっちゃ困った顔をしている。
『ちょっと早いけど、左門くん、行こうっ』
このカオス状態を切り抜けるには話を強引にでも進めるしかない。
しかし、
「子ヤギたちの家はこっちだーーー!」
NOOOOOOOOO!そっちじゃないっ!!
彼も方向音痴だって事を忘れていたよッ。
左門くんが舞台から飛び降りて観客席へと突っ込んだ。
「左門っ子ヤギの家はそっちじゃないっ!」
文ちゃんナイス!
左門くんを捕まえた文ちゃんが左門くんを扉の前まで連れてくる。
「ありがとうございます、潮江先輩っ」
「いや、どういたしましてだ。頑張れよ、左門」
このやりとりに沸いた会場。
笑いが収まり、左門くんが扉を叩く。
「坊やたち、開けておくれ、お母さんだよ」
元気いっぱいの左門くんの声が会場に響く。
「お母さんの声はそんな声じゃないよぉ」
としんべヱくん。
そうだ、そうだ!と子ヤギたちは声を揃える。
「しまった。声でバレてしまったか。よし!薬屋に行って声が綺麗になるチョークを買ってこよう。こっちだーー」
『そっちじゃないっ!こっちだああああぁ』
私は舞台から飛び降りようとする左門くんの手を思わず引っ張り、舞台袖へと引き入れた。
『誰か縄持ってない?縄!』
「ここにあります」
いつも三之助くんと左門くんを縄で繋いで誘導している作兵衛くんが縄を渡してくれた。
左門くんの腰にくくりつける。
『よし。行っておいで』
「はいっ」
左門くんが再び舞台に出て、そしてまたまた舞台上から消えようとしたので手綱?を握っていた作兵衛くんがぐいっと綱を引き、戸の前に誘導した。
「坊やたち、開けておくれ、お母さんだよ」
「あっ、お母さんの声だ」
孫兵くんが戸に手をかける。
「待ってください、お兄さん。お母さんの足を見て下さい」
きりちゃんが戸の下を指差す。
「子ヤギたちは玄関に駆け寄りましたが、戸の隙間から見えている足は茶色です」
「お母さんは、そんな茶色い足じゃないよ」
三郎次くんが怒ったように言い、
「そうだ、そうだ。お前は狼だろう!ね、ナメさんたちもそう思うよね?」
と言いながら喜三太くんがナメクジ壺の蓋を開けた。
途端に溢れ出るナメさんたち。
ひょえええっ!
『喜三太くんっナメさんたち戻して、早くっ早くっ』
袖から出来るだけ声を抑えて叫ぶ。
「ふえ?あ、はい!ナメさんたち~お家へおかえり~」
喜三太くんが促すが、遠くまではって行ってしまったナメさんたちがチラホラ。
数馬くんが声をかけて、大道具、小道具係の数人がコソコソしながら舞台へと出て、ナメさんたちを回収していく。
その間も、舞台は続く―――――
「足が茶色いなら白くすればいい!さっき買ったチョークを砕いて足にまぶせよう」
左門くんが作兵衛くんの縄に誘導されながら舞台袖へ戻ってくる。
その間にナメさんたちの回収は終了した。
一安心である。
「狼はチョークで高い声を手に入れ、足を白くして、再び子ヤギたちの住む家に向かいました」
「坊やたち、開けておくれ、お母さんだよ」
「今度は声も足もお母さんみたいだね」
「うん。戸を開けよう」
しんべヱくんときりちゃんが扉を開ける。
「なんて美味そうな子ヤギたちなんだ!ガオーー」
「「「「「「「わーーー」」」」」」」
舞台上を七匹の子ヤギたちが走り回る。
三之助くんと孫兵くんはテーブルの下へ、三郎次くんと伏木蔵くんは布団の中、喜三太くんとしんべヱくんは瓶の中に隠れ、きりちゃんは釜戸の中に隠れる。
次々と子ヤギたちを見つけ出していく左門くん。
(舞台上で方向音痴にならなかった奇跡に感謝)
「狼は次から次へと子ヤギを見つけると、パクリパクリと飲み込んでしまいました」
庄ちゃんがナレーションする。
わー、きゃーっと叫びながら子ヤギたちは左門くんに摘まれて口に入れられた素振りを見せ、クルクルと回りながら舞台袖へと下がってくる。
「ふう。旨かった。六匹も食べたらお腹が一杯だ」
左門くんも縄に引っ張られながら舞台袖へと戻ってくる。
次は私の出番だ。
「暫くして、用事で外に出ていたお母さんが帰ってきました」
『こんなに部屋が荒らされて、子ヤギたちは何処へ行ったの!?三之助、孫兵、三郎次、伏木蔵、喜三太、しんべヱ!』
「お母さんは子供たちの名前を呼びますが返事がありません。しかし・・・」
『きり丸!』
「お母さん、ここだよっ」
きりちゃんが釜戸の中から出てきた。
『良かった無事だったのね』
私ときりちゃんはひしと抱きしめ合う。
末っ子の子ヤギ、きりちゃんから話を聞いた私はオンオンと泣く真似をする。
『でも、狼は満腹できっと遠くへは行っていないはずよ。探しに行きましょう』
「うん」
きりちゃんが私の手を取った。
きゅっときりちゃんが私の手を握るのを感じながら舞台袖へと戻る。
大道具係さんが茂みを舞台上に配置した。
左門くんが舞台へと出て、寝転がる。
そして時間を置いてから私ときりちゃんは舞台へと上がる。
「お母さんと末っ子の子ヤギは野原で眠る狼を見つけました」
『あら!狼のお腹がモコモコと動いているわっ』
「もしかしたら皆丸呑みにされて生きているのかも!」
私はハサミで狼のお腹を切る振りをする。
くるくると回りながら舞台袖から飛び出してくる子ヤギたち。
「わーい、お母さんだ。お母さんが助けてくれたんだ!」
喜三太くんがナメ壺を高く掲げながら明るい声で台詞を言う。
ピョンピョンと飛び上がって喜ぶ子ヤギたち。
『皆、悪い狼にはお仕置きが必要ね。森の奥にいる魔女に頼んで兎に変えてもらいましょう』
「こうして狼は兎に変えられ、七匹の子ヤギとお母さんは末永く、皆仲良く暮らしましたとさ。おしまい」
庄ちゃんが物語の終わりを告げると、わっと歓声と拍手が沸く。
私は舞台袖にいる大道具係、小道具係さんに舞台場へ上がってくるように手招き。
みんな揃って頭を下げた。
私たちは無事に終わった安堵感とやり切ったという充実感でいっぱい。
私たちはそれぞれ顔を見合わせて、笑みを溢しながら舞台場を下りたのだった。
おしまい。